ブルカをめぐる熱い論争(3)

いや、暑いですねえ。コーラがうまい。このまま夏本番になってしまうのでしょうか。

やや一般論的に過ぎたような気もしますので今回はもう少し実態のイメージが掴めるような記事を紹介することにします。どちらも少し前の記事なので速報性はありません。右派のフィガロは基本的にライシテ支持の立場をとってきている訳ですが、今回は難易度が高い話なのでやや慎重な論調になっているような印象を受けますね。

”Qui sont les femmes qui portent la burqa en France ?”[Figaro]

まず「誰がブルカを纏っているのか」という記事です。メディアでは改宗したフランス人女性のケースに焦点が当たっているようですが、この記事でもとりあげられています。フランス国籍非保有者ばかりでなく、なんといったらいいのか、移民系や非移民系-何代か遡れば移民だったりしますが-のフランス人にもブルカ族はいる訳ですね。

頭から足まですっぽりと覆うこのヴェールを患う女性がいるが、「大部分は自発的にこの衣服を選んでいた」とイスラム専門家のベルナール・ゴダールは断言する。「多くはフランス国籍を保持している。彼女たちの間では改宗は悪くないと思われている」とかつて内務省の宗教局にいたこの人物は付け加える。「特定のセクトに入るように彼女たちはサラフィストになるのだ」と続ける。

ラディカルなイスラムを支持するサラフィストはフランスではまだ少数派にとどまっている。彼らは30000人から50000人とされる。しかし西洋の否定に麻痺してその勢力は徐々に拡大している。この原理主義はタブリーギーと同様に絶対的なものに飢える若者の心を正確に掴むが、その中には女性もいる。セクトの内部と同じようにメンバーは規則をつくり、コーランや数千のハディース-彼らが文字通りに尊重しようとしている預言者の言葉-を読み直して時を過ごしている。

フランスの多数派であるマーリク派イスラムは全身ヴェールを命じていない。このヴェールは古典的な宗教的義務にもマグレブの伝統にも属していない。しかしアルジェリアに根拠をもつパリ大モスクの指導者のみがニカブに反対の意思を示しているだけだ。他の運動は内部に原理主義的な周辺部を抱えることになるがゆえに困惑しているようだ、と国内情報局では分析されている。

宗教的高進

サラフィスムが広まるにつれてこうした女性たちのプロフィールも多様化している。多くは彼女たちの宗教的高進を家族や周囲との区別の要素となしている。ソフィアがそうであり、この成績優秀のbac持ちのパリ第七大学物理化学科の学生は学部の講堂に全身ヴェールでいつも現れては教授たちを不快にさせている。口頭試問で非常に優秀な点数をとった後に化粧品会社で働くことを夢見てシャネルの研修に参加した。

完璧に整えられたブロンド髪でやはり洗練された四人の子の母親の「デルフィヌ・アイカ」は挑発したがる。「あなたは私が脂ぎった髪だと思ったんですか。私には家に来る美容師の友だちがいるんですよ」。パリ地方の中流階級の家にカトリックとして生まれた彼女は「人生の意味」をもとめている多くの改宗者たちに加わった。「もちろんまずムスリムの男性と出会ったんです。でも信仰によってイスラムへと傾斜したのは私なんですよ」と彼女は語る。ヘッドスカーフからヒジャブ、そしてニカブへ。この推移の間に「私の服装を受け入れない」両親の支持を失ったが、彼女は新しい「姉妹たち」の「連帯」をますます大切なものとしている。

カリマはサン・ドニのシテのクルティユで育った。ぴったりしたジーンズ、イヤリング、ボーイフレンドといった平凡な若者時代の後に彼女は職業訓練に落ちて、世帯を持ったが、シテで人生が萎れ、地平が狭まっていくように感じている。イスラムに回帰した隣人を愛した彼女は夫の原理主義に従うことを受け入れている。ヘッドスカーフから全身ヴェールまで数年だった。この時代、彼女は子供を連れて歩く以外には彼と外出しなくなった。無信仰であるとみなす公的な幼稚園ではなく半ば難民的なサラフィストの託児所に通っている。家では子供の人形の顔は焼かれている。なにも表象してはならないからと・・・。二年後、アルジェリアに暮らすために出発する予定のカリマは苦悩を隠さない。夫は第二夫人をつくるだろうからと。

三人目のケースについては、みのもんた氏風に言えば、奥さん、そんな旦那なら別れちゃいなさいよ、となるのでしょうが、前の二人は自信たっぷりのようですね。パターナリスティックに関与することが正当化され得る場合もあるにせよ、一律的対応ではなくケースごとに対応を考えないとまずかろうと思うのはこうした多様な状況があるからです。なお彼女たちが自称しているのかどうかは不明ですが、サラフィストというのはスンナ派の復興主義的な厳格派を指す言葉で、そういうやばいのが今後フランスで広まるのではという不安がある訳ですね。

"À Vénissieux, terre d'expansion de la burqa"[Le Figaro]
「ブルカの広まる土地、ヴェニシューで」という記事ですが、ここは例のアンドレ・ゲラン氏が市長をやっていた町です。この町にいたブジアヌというイマームが姦通した女性への石打ち刑を肯定する発言をしたのが問題化した際にゲラン氏の名前は目にしたのですが、リヨン郊外のこの町で市長さんとしてヴェール化の波が広まるのを目撃し、この問題と取り組んできた訳ですね。前回のエントリで多少批判的な書き方もしましたが、問題に非常に近いところにいた当事者の視点という点で、高級街区で寛容を唱えるだけの人の視点よりかはなんぼか尊重しなくてはならないだろうとも思います。

「ヴェニシュー、そこはブルカの国だ!」とカップルで通り過ぎる19才のムラドは吹き出す。彼は髭をはやし、つばのない小さな帽子を被っていて彼女は真っ黒に「埋葬されている」。ミゲットのシテのマルシェの通路では今日は彼女は全身ヴェールを着用する少数派だ。彼女たちが慎み深くなるための合言葉が交わされる。信徒は火を消そうと努める。「いつもは三十人ぐらい見ますね」と野菜を売っているコリヌは語る。全体としては60000人の住民のこのリヨンの郊外には、共産党の市長のアンドレ・ゲランによれば、彼女たちが「100人以上」はいる。フランスで最も大規模な密集地帯のひとつである。「ブルカは氷山の一角に過ぎない。いくつかの地区では男女関係はすっかり監視下にある。イスラミスムは我々を真に脅かしているのだ」と議会調査委員会を求めて自らが引き起こした地震を正当化するかのようにこの議員は説明する。ひとつの舗石であり、またひとつの遺言でもある。かつてこの地域の産業周辺にできた都市の25年間の市政の後、市長は任期終了前に辞任を決定した。先週のことだ。辞めるのに先立ってこの町やフランスの他の地域を制圧する教条主義(integrisme)について彼は共和国に警告を与えようとしたのだ。

市役所窓口での日常的な事件

イスラムはおそらくヴェニシューの第一の宗教である。ゲランによれば、ここは人口の半分が外国、おそらくマグレブ出身である。そして鐘楼の下の祈祷室の大部分はサラフィストである。厳格なイスラムが毎日そこで広められる。Essalemのモスク、HLMの建物にはめ込まれたバンガローの近くで若者たちは言う。「女が男の近くにいるときはサタンがうろつくのだ」とある少年は言う。彼の兄弟は妻を「どこでも」同伴している。街路でニカブ、黒い全身ヴェールをまとう女性がほとんど誰も驚かせることなく歩き回っている。多くの者が彼女たちを知っている。彼女たちはこの街区で育ったのだ。彼女たちが共和国の規則と衝突するのは市役所の窓口である。「事件は日常茶飯です」とエレヌ・メクシスは嘆く。ヴェニシューの行政手続きの責任者である彼女は最前線にいる。身分証明書やパスポートを更新するための頭部を表に出す写真が暴力的な抗議を引き起こすのだ。「彼らは人種主義だと言って非難し、復讐すると脅すのですよ」。最後までヴェールを脱ぐのを拒否する女性たちもいる。彼女たちは身分証がないままである。しかし、所員が「しばしば発言を独占し、未来の伴侶がヴェールを脱ぐことを拒絶する男たち」と衝突するのは婚姻届の提出の際である。ところでテキストは明快である。すなわち市役所員は未来の夫婦のアイデンティティーを確認し、結婚が強制でも偽装でもないことを確かめるために顔を出して面談しなければならない。最後に祝福の式は顔を出して挙行されねばならない。

こうしたことがイスラムの規則に執着する者たち、移民たちだけでなく特にマグレブ系の若いフランス人や改宗したフランス人妻や夫を苛立たせるのだ、とエレヌ・メクシスは明言する。サン・パピエ[註:「紙なし」、非合法移民のこと]も忘れてはいけない。というのも地中海の両岸で宗教的グルを介した結婚もあるのだから。

こうしたカップルの子供たちが町の学校に就学している。教師は「ブルカ・ママ」を相手にしている。「私には2人いますね。一人は裂け目のところからのぞく目で、もう一人はシルエットで見分けられますよ」と母親担当の責任者のジャン・ムランは断言する。「私のママは娘が話題になると教室で顔を出しました」とレオ・ラグランジュ小学校の教師は思い出す。彼女は誰も排除したくないようだ。「ご承知のように飲んだくれの親というのもいます。彼らも相手にしています。大事なのは児童なんです」と彼女は付け加える。少女から執行猶予された女性性へ。校庭で「少女たちがまもなく着ることがなくなるスカートや背中を出した服」について話しているのをこの女性教師は聞くという。「彼女たちは自分たちの状況について鋭敏な意識を持っているんです」。いたるところで宗教的圧力が強まり、もっと小さな子供たちまで網に捕らえていく。シャルル・ペロー小学校の校長のパトリシア・トゥリュオンは13年前からヴェールが広まるのを見てきた。母親のほぼ半分が頭部を覆うようになっており、ジェラバがシルエットを画一化している。ブルカの女性は少ないままであり、パトリシア・トゥリュオンは子どもを預ける前にアイデンティティーを確認するためにヴェールを脱ぐよう求めている。しかし、「宗教的問題はブルカを超えています。幼稚園や小学校では非常に問題含みであることが明らかになっています」と彼女は不安だ。子供たちにその義務はないラダマンを行う児童もいる。「断食が学校活動と両立しないことを説明するために私は両親たちをみな呼んでいます」と言う。多くの児童が宗教的理由から学校の食堂に不満だ。市当局はハラールの肉を拒否したが、一週間に二日魚を出している。「その日には児童は増えますね」とジャン・ムラン小学校長のベルナール・キュルトは認める。木曜には例外的に豚肉が出ていたが、シャルル・ペロー小学校の登録者の4分の3は別の料理を注文した。また「幼稚園には人参を食べるのを拒否する子もいます。のどを掻っ切っていなかったからと言って」とパトリシア・トゥルュオンは語る。小学校では再生産に関する生物の授業がしばしば疑問視される。「反啓蒙主義が広まっている」と彼女は認める。

遅ればせの市の逆襲

1983年に「ブールの行進」が始まったのはヴェニシューからであった。失敗の後、暴力を阻止し、「完全なフランス人」となる希望を叫ぶために首都に向かった移民の師弟もいた。フランス社会と両親たちに自分たちはフランスに留まるつもりであり、統合されることを望み、平等を求めていることを告げるために10万人が到着した。権力の座についたばかりの左翼政権は移民に10年の滞在許可証を与えた。平等が期待されたが、失望が勝利した。イスラムもまた勝利した。宣教者がローヌ沿いの郊外を行き交う。1992年にムスリム青年連合(UJM)の第一回会合が開催されたのはここヴェニシューであった。ムスリムの兄弟のタリクとラマダンに影響されてリーダーたちは人種的軽蔑、イスラムの拒絶に社会的不正義を再び読みこんだ。先導者、教育者、調停者、スポーツ・インストラクターらがUJMの苗床から育ち、何年もかけてメッセージを中継した。1990年代以降、男たちはハムを追放すべく主婦のかごの中身を確かめ、女性の埋葬も拒否するようになった。市が反攻の狼煙を上げるためには2002年にサラフィストのイマームのブジアヌを追放しなければならなかった。地下室でない2つのモスクの計画が進行中である。伝統的なムスリム共同体との関係は強化された。サラフィストの拡大を阻止できていないが。

「こうした逸脱に宗教的応答をもたらすこと」

ギュイアンクール(イヴリヌ県)のイマームのアブデラリ・マムンによれば、フランスのいたるところで「忍者」女性の数が急上昇している。パリ地方で共同体が繁茂している。トラップ、ミュロ、マント、アルジャントゥイユ、ナンテール、サルトルヴィルで、またピュト、グリニー、エヴリ、さらにはロンジュモー、それからもっと農村的な地帯でも。「こうした逸脱に対して宗教的応答をもたさなければならない。たとえサラフィストがジハーディストでないにしても彼らは西洋を憎悪し、不信心者を軽蔑する一方でフランスのあらゆる社会的利益を利用する。教義が求めるようにムスリムの地に定着することなしにだ。彼らの二枚舌はムスリムの信仰告白をしたフランス人にも有害だ」と。これはヴェニシューで生まれ育った郊外選出議員国民協会長のムスタファ・グイラも共有する立場である。「こうしてブルカで挑発をしてフランスとその伝統に背を向けるべきではない」。

反ブルカ戦線は広いが、「ヴェールが、たとえ全身のヴェールでも、失業とプレカリテの禍を覆い隠す」ことを望まない者もある。ムスリムの信仰告白をしたフランス人の間でも多くが「ニカブを着用する者たちとの一種の連帯を衣服を守るためでなくアイデンティティーの内省ゆえに感じている」とローヌのムスリム信仰地域評議会長アゼディヌ・ガチは説明する。しかし若者の間にはこうした多くの頭部を再び覆うことになったヴェールを前にした相対的な無関心が存在する。「それぞれが自分の気に入るようにするさ」のイスラム版だと二ザールは要約する。「女性がブルカしたいならブルカする。したくならしないのさ!」。こうした言葉と軽いトーンは管理困難な現象を前にして議員たちが表明している増大する不安とはずれている。

以上、「忍者女性」の増大が巻き起こしているさまざまな波紋をまとめた記事です。社会面の記事は解説が必要な言葉がたくさん出るので困るのですが、まあ、細かい部分は飛ばしてください。記事中の「ブールの行進」というのは1983年の有名な最初の人種差別反対の運動のことでブールというのはマグレブ系移民二世や三世を表す言葉です。記事にあるようにフランスのムスリムの大部分が北アフリカのマグレブ地方出身で穏健なマーリク派に属していますが、なぜかアフガニスタンやパキスタンのブルカやペルシア湾岸諸国のニカブがフランスに出現して困惑をもたらしていると。この点は実際、この地域の出身者が多いイギリスとは少し違うようにも思えますが、90年代以降のテレコミュニケーション技術の発達によるところが大きいように思われますね。宗派と衣服の関連を十分に理解していないので詳しい方教えてくださいませ。マグレブでも同じような傾向がある訳ですかね。

具体的には役所や学校でのトラブルというひどく消耗するだろうけれどもちまちました話にまだとどまっているようですが、今後こうした傾向が延長される先になにが待っているのかとひどく不安にさせるようです。見慣れないものが周囲に増えていくことへの不安そのものは人情として理解可能ですし、こうした気持ちをなにかのレッテルを貼って蔑ろにするつもりはありませんが、ヴェールといういかにも関心を集めやすい可視的なものに議論が集中するのはどうなんだろうなとはやはり思います。具体的な行動につながりにくいテーマだと思うのですよね、全面禁止というのは筋悪だと思いますし。プラグマティックな観点からヴェールを脱がなければならない場面をルールとして設定するというのは意味があるかもしれませんけれども。ところで慣れるとブルカ・ママも目やシルエットで見分けられるのですねえ。それはたいしたものです。

ではでは。

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ブルカをめぐる熱い論争(2)

で、ブルカの続きです。共和国の原理の護持派と文化的多様性の護持派の間で様々な意見が表明されているようですが、今のところは特に個人的には目新しい意見は目にしないかなといった感想です。ここのところやや忙しくて十分にフォローできているのかどうか分りませんけれども。ちなみにスカーフの頃に比べると後者の声が弱いような印象を受けます。それからこの大変な時期にこんな超少数派(せいぜい数千人、500万のムスリム人口比では取るに足らない数字)の問題で騒ぐのはうんざりだという感想を目にしますね。同感です。

今回の議論をざっと眺めていて気付くのはライシテの議論から女性の人権の議論に強調点が移動している点です。その点ではオランダなどの議論に近づいている印象を受けます。学校内での宗教的象徴の禁止とは違って公的空間全域でのライシテとなると、公的なものと私的なものの境界線の問題に直面し、合理的に推論するならば、例えばカトリックやユダヤ教の衣服までが問題化される可能性もなくはないでしょうから-実際、革命の際に司祭服が禁じられたことがありますが-フェミニズムの問題として提示するのが「賢い」のかもしれません。公的秩序概念とセットにして男女平等で攻めれば、法案は合憲になると考える法学者もいるようです。

それでどちらと言えば私が気になるのは具体的な政治的な動きのほうなので今回はそちらについて書いておきます。私にまだ見えないのが大統領側と例の調査委員会の距離です。学校スカーフの時にはシラク大統領は勧告を出したスタジ委員会に非常に距離が近かったのですが、サルコジ大統領が本気でブルカ禁止を法制化したいのかどうかにはまだやや疑問が残ります。大統領演説では強い言葉で批判した訳ですけれども、誰があの演説を書いたのかはだいたい想像できる。確かにサルコジ氏は内務相の時代から郊外の暴れん坊達と喧嘩してきた経歴を持つ人物ですが、本人は必ずしもごりごりの共和主義者という訳ではないと思うのですね。移民や外国人に関する問題についてむしろ彼らからはこの英米かぶれめと言われそうな見方を持っているところもあったりする。

まあ、どんな主義者なんだか少々不明な大統領は置いておいて、このたび立ち上がった超党派の32人の委員会に話を移すと、前に書いたようにこの調査委員会を主導しているのは共産党のアンドレ・ゲラン議員です。ローヌ県の議員さんですが、ずっとイスラムの過激派との戦いをしている人です。右派とも連帯して行動するせいか共産党内部では微妙な位置にあるようです。その他の経歴を見ると組合運動を指導したりといかにも立派な共産主義者です。過激な政治的イスラム主義との戦いそのものはもちろん正当化されると思いますが、私の目からは時にパライノイア的なすれすれの修辞を使っているようにも見えますね。

以下、ゲラン議員のブログにあった決議提案文の中のモチーフを説明している箇所の訳です。内容は①ライシテの来歴とその意義、②女性の人権への脅威の訴えから成っています。この提案文には89人の議員の署名がついています。かなり突貫訳なので変なところもあるかもしれません。気づいたら修正していきます。

Proposition de résolution n°1725 de André Gerin pour une commission d'enquête sur le port de la burqa

皆さん、1789年の人間と市民の権利の宣言は「何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の秩序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない」と定めています。

かくして我々の社会組織と我々の集合的歴史を構成するライシテの原理が誕生しました。

教会と国家を分離する1905年12月9日法は我々の制度にこれを根付かせました。信教の自由な実践は認められていますが、市民性と宗教的帰属の分離が確認されています。いかなる宗教といえどもその諸原則を社会の組織的規範として押し付けてはならないことになります。

1946年憲法以来、ライシテの原則は憲法的な価値を獲得しています。

第5共和国憲法第1条はこれを再びとりあげ、規定しています。

「フランスは世俗的(laique)、民主的、社会的な不可分なる共和国である。フランスは出自、人種、宗教の差別なく全市民の法の下の平等を保証する。フランスはすべての信仰を尊重する。」

この世俗的な枠組みは自閉的な、さらには互いに排除し合うような共同体のモザイクに押し込めるのではなく同じ領土の上で同じ信念を共有しない男女が共存する可能性と手段を提供するものなのです。

この意味においてライシテとはすべての者を社会へと統合するのです。ライシテは固有のアイデンティティーの権利の承認、個人の信念の尊重と社会的絆の間の均衡を創り出します。

国民的一体性、共和国の中立性、多様性の承認を強化することによって、ライシテは、伝統的な諸々の共同体を超えて、共通の価値に基づくひとつ運命共同体、共生の意志と欲望を基礎付けるものなのです。

それは共和国と市民に権利と義務をもたらすのです。ライシテが脅かされる時、フランス社会はその一体性、その共通運命を提示する能力において脅かされるのです。

歴史を通じて諸法がライシテの原理の法的確認を表明してきました。ライシテが危機にある時にこうした法律が必要であったのです。これに関して我々は明晰な証拠を示さなければなりません。

かくして児童が学校施設内で自らの宗教的帰属を誇示的に表明するための徴ないし衣服の着用を禁止する2004年3月15日の2004-228法にまでいたりました。

この法は2003年12月11日に共和国大統領ジャック・シラクによって委任されたライシテの原理の適用に関する「スタジ委員会」と呼ばれる熟慮の委員会の報告と勧告の延長上に位置付けられます。

我々は今日都市の街区においてまさに動く監獄に身体と頭部を完全に覆い、押し込めるブルカ、そして目のみを表に出すニカブを着用するムスリム女性達に直面しています。

イスラムのスカーフは宗教への帰属の明白な徴をなしていましたが、ここで我々はこうした実践の極端な段階を前にしているのです。

これは誇示的な宗教的表明のみならず女性の尊厳、女性性の表明に対する攻撃であります。

ブルカないしニカブを纏うことで女性は閉鎖、排除、屈辱の状態に置かれます。その存在すら否定されるのです。

これがイラン、アフガニスタン、サウジアラビアないし他のアラブ諸国からやって来る時、この囚われの女性達の光景は既に耐えられないものであります。こうした光景はフランス共和国の国土においては完全に受け入れられません。

さらにこうした衣服の着用に夫への、家族の男達への従属、市民性の否定が付け加わることを我々は知っています。

反白人、反フランス人種主義、反西洋観念の攻撃に基づいて姦通を犯した妻達への体罰に賛成した2004年4月のイマーム・ブジアヌの信仰表明を想起しなくてはなりません。

国務院は2008年6月27日の判決において政府が婚姻によるフランス国籍の獲得を拒否した(民法21条2、21条4)外国籍の人物のケースについて決定しなけければなりませんでした。関係者はその宗教のラディカルな実践の名においてフランス共同体、とりわけ男女平等の原則と両立しない社会行為をとったと考えらました。

国務院は申請者が民法が提示する同化の条件を満たしていないと結論づけました。

実際、彼女がイスラムの全身ヴェールを着用し、家族の男達の意志に完全に従って隠れて暮らしていたことを政府の委員が指摘しました。

他方、受入、統合契約の枠組みでANAEMが提供する言語研修の際にブルカを着用した別のムスリム女性のケースについてHALDEは決定しなければなりませんでした。

ANAEMの局長はこの研修を受ける者がブルカないしニカブを脱ぐ義務は人権と基本的自由の保護に関する欧州協定の第9条と14条の要請に合致しているかどうか知るためにHALDEに問い合わせました。

2008年9月15日の審議によってHALDEはこうした義務が上述の協定に合致していると決定しました。

かくしてHALDEは次のような結論に到達しています。
-ブルカは女性の従属の意味合いを持っており、これは宗教的射程を超えて、フランスではじめて認められた外国人に対する義務的研修の計画と統合の推進を統べる共和主義的な価値への攻撃と考えられる得る。

-ニカブないしブルカを脱ぐ義務は公安上の要請、個人を特定する必要性、さらには他者の権利と自由の保護という合法的目的によって正当化され得る。

こうした判例は有益でありますが、フランスで我々が許容できないこうした実践に直面するには十分ではあり得ません。

こうした理由から国民議会がこの件を採りあげ、調査委員会が組織されるように提案がなされているのです。


この委員会は既に2003年に個人の自由と若い女性の状況の深刻な後退にのしかかる脅威を指摘した「シュタージ委員会」の作業の継続に位置することでしょう。

この委員会は我々のライシテの原理に反する、そして我々の自由、平等、人間の尊厳の価値に反するこの共同体主義的な逸脱に終止符を打つために現状を調査し、勧告を定めることを任務とするでしょう。

こうした観察を条件として、皆さん、この決議提案文を採用することを皆さんに求めます。

ついでに書いておくと、イランではブルカは着用されていなかったと思います。原理主義=ブルカという思い込みが感じられる部分でした。今日はここまでにしておきます。またなにか動きがあったら続けます。ではでは。

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ブルカをめぐる熱い論争(1)

この奇妙な梅雨空の下、みなさまいかがお過ごしでしょうか。私はぼちぼちと生き長らえております。この不況の大変な時期にフランスではブルカをめぐる象徴政治が起動しているようです。何度か書いたような気がしますが、私自身は象徴をめぐる政治というのがどうも苦手みたいで、もっと実質的な物事に政治的リソースは配分しようぜ、とひどく世俗的な感想を持ってしまうのですが、やはり大きな話には違いないのでエントリしておきます。こうした多文化的な状況から発生する面倒な問題は日本にとってもそのうち他人事ではなくなるかもしれませんので格別欧州やフランスに関心のない人にとっても当地でなにが起こっているのか知っておくことに意味があろうかと思われるからです。

まずブルカとかニカブとかヒジャブとか言ってもイメージが湧かないという方も多かろうと思いますのでフォトをコピペしておきます。今、問題になっているのはブルカとニカブの二種類です。顔の隠れる全身タイプですが、目も隠すのがブルカで目は見えるのがニカブと呼ばれるようです。

Voiles1

で、他の欧州諸国同様にブルカに対する批判はフランスにも存在していましたが、そもそもブルカ人口がひどく少ないこともあって議論の焦点が学校でのスカーフ着用に集中してきた経緯は日本でもよく報じられたのでご存知だろうと思われます。前にこの措置に批判的なアサド氏の論文を紹介したことがありますが、共和国の非宗教性-仏語でライシテlaicite-の原則に反するということで2004年に他の宗教的象徴とともに法的に禁止された訳です。それでこれは公立学校という特定された空間内の話だった訳ですが、今度は限定性を欠いた公的空間でブルカないしニカブの着用を禁止するという話にまで展開しています。

英語ソースだとEconomistとBBCの記事が短くまとまっているのでリンクしておきます。だいたいの経緯がつかめます。

"No cover up"[Economist]

"France sets up burka commission"[BBC]

"Sarkozy seaks out against burka"[BBC]

それでナポレオン以来とされる6月22日の象徴的な議会演説の場でのサルコジ大統領の発言ですが、引用しておきますと、

"Je veux le dire solennellement, elle [la burqa] ne sera pas la bienvenue sur le territoire de la République française. Nous ne pouvons pas accepter dans notre pays des femmes prisonnières derrière un grillage, coupées de toute vie sociale, privées de toute identité. Ce n’est pas l’idée que la République française se fait de la dignité de la femme."
私は以下謹んで申し上げたいと願うのですが、ブルカはフランス共和国の領土では歓迎されないでしょう。私たちは社会生活から切り離され、アイデンティティーを奪われた、格子の向こうの囚われの女性たちを我が国に受け入れることはできないのであります。これはフランス共和国が女性の尊厳について抱く理念ではないのであります。

これと連動するように超党派の議員グループが公的空間におけるブルカ禁止の可能性の検討も含む実態調査の委員会を立ち上げることになります。注目されるのはこの動きを先導しているのは共産党のアンドレ・ゲラン議員、つまり左翼である点です。委員会メンバーには社会党の議員も含まれています。全体として左派が少数派に対して共感的になるという傾向性はやはりありますが、左派とて共和主義的な原則を重視する人は多いですので、日本の左右のイメージで接近すると多少の認知上の不協和を起こすことになると思います。それほど単純な構図でもないです。

また発端になったのは米国大統領オバマ氏のカイロ演説とされます。ヴェールやスカーフを着用することを禁止する西洋の国もあるが、ムスリムの宗教的信念は守られるべきである、と発言したことが、フランスの神経をいたく刺激してしまったと。そもそも政教分離の考えというのは西洋で括られる諸国の間でも違いがあってその中でも米仏は両端に位置するといってもいいように思われます。好意的政教分離と敵対的政教分離などとも言われるようですが。さらにフランスのライシテというのは法制度的な問題ではありますが、それだけではなくて、なんといいますか、精神とか感性にまでかかわるところがあるようなのですね。自由であることの価値と世俗的であることの価値の結合がある。こうなると価値観のぶつかり合いになる他ない。文化的多様性と寛容を説く人々もけっこう多い訳ですが、この服装に違和感ないし不快感を抱く人のほうがだいぶ多いだろうと想像します。

論争は始まったばかりでいろいろな声があがっているので何度かにわけてエントリしたいと思います。まず米仏の話になりましたのでアメリカ人のフランスウォッチャーの視点を紹介しておきます。

"Burqa Politics in France"by Michelle Goldberg[The American Prospect]

立法権の独立を守るための19世紀の法を廃棄した最近の改革のおかげで月曜にニコラ・サルコジはシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルト以来初めて議会に演説する最初のフランス大統領となった。この機会に、サルコジの強い言葉がフランスではほとんど着用する女性のいない衣服を非難することに向けられたのはむしろ奇妙であった。ブルカは「女性の服従、従属の象徴である」と彼は述べたのだ。それは「フランスでは受け入れられない」と彼は付け加えた。ヘッドスカーフは2004年以来フランスの学校では禁止されている。今やサルコジはさらに先に進んで、顔を隠すヴェールであるニカブとともにブルカ、すなわ女性の全身をすっぽりと包み込むゆったりとしたヴェールを公的な空間のどこであれ着用することを禁止しようとしている。.

これは部分的にカイロ演説の一部でフランス人を激怒させたオバマへの非難である。髪を隠すことを選択する女性はどういうわけか平等ではないとする西洋の一部の見方を拒絶する、とオバマが述べた際に、フランスの多くの人々はこの国の共和主義的なライシテ-信仰は私的領域に帰属されられるべきことを求める-への攻撃ととったのである。ニュージャージーのプリンストン高等研究所の歴史家で2007年の『ヴェールの政治学』の著者であるジョアン・スコットは「強い抗議の声とひどく侮辱されたという感覚が」存在したと言う。「サルコジの言葉はこれに対する応答以外には読解できないと私は思う」。

おそらく怒りそのものよりも重要なのはこれがうみだしたチャンスであり、この発言は左翼に不快感を与えることなくフランスの反移民的な右翼にリーチをのばす機会をサルコジに与えたのだ。ムスリム女性の服装は他の欧州の国々と同じくフランスでは長らく政治問題である。ヘッドスカーフ、ヴェール、ブルカをめぐる討議は大量のムスリム移民時代の文化的アイデンティティーというもっと射程が広く、不安を与える問題の提喩である。イスラムは欧州の生活を変えている。多くの欧州人を不愉快にするような仕方で。しかし人種主義や外国人嫌悪をともなうことなくこの話をすることは欧州人にとって困難である。欧州人が自文化の優位性を確信できるひとつの場所が性に関わる領域なのだ。フェミニズムと女性解放がナショナリズムの道具となるのである。

2002年の暗殺の前にはオランダの首相に手が届くところにあったカラフルな反移民政治家のピム・フィルトゥインにこれは明瞭であった。フォルトゥインは寛容で知られたオランダ文化にムスリム移民が与えるとする脅威に対して十字軍的な戦いを挑んだ。彼が語ったところでは男達は突然通りで手をつなぐことを怖れ、教師は移民の生徒に同性愛者であることを認めるのを躊躇うようになった。「私はもう一度女性と同性愛者の解放を経過したいとは思わない」と彼はリポーターに述べた。

彼の批判にはなにものかがあった。リベラリズムと多文化主義に矛盾があることを保守はずっと指摘してきたが、リベラルは長いことこれを無視してきた。右派ジャーナリストの中でたぶん最も知的なクリストファー・コールドウェルは来月『欧州における革命の省察。移民、イスラム、西洋』という新刊を出すが、その中で「イスラムは欧州のよき慣習、受け入れられた理念、国家の構造を破壊した-あるいは適応を要求し、あるいはその擁護を再び議論させた」と論じている。

こうした譲歩のいくつかはささやかなものである。例えば、公共のプールの男女別の時間とかムスリムの雇用者への刺激を避けるために仕事の後の一杯を止めるビジネスとかだ。いくつかの譲歩はより大きなものである。例えばスウェーデンではある閣僚がアフリカ系移民を狙い撃ちせずに女性の割礼と戦うために「すべての少女の性器の国民的検査を提案した」とコールドウェルは指摘している。イギリスの労働・年金機関は一夫多妻婚の妻たちに便宜を提供し始めているし、フランスのある判事は妻が処女性について嘘をついたという理由でムスリムのカップルの婚姻を解消し、それゆえ本質的に妻が夫と結んだ契約を論議した。

世俗的なマジョリティーと信仰深いマイノリティーの衝突が生み出す、この言葉として発せられないが、渦巻いている緊張を反移民の政治家は容易く利用できる。ブルカは欧州文明に対する脅威の象徴になっている。右派のオランダ人議員のヘルト・ウィルダースは2006年にブルカを「中世的な象徴、女性に敵対する象徴」と呼んで禁止しようとした(翌年、彼はコーランを「イスラムのマイン・カンプ」と呼んで禁止するよう呼びかけた)。ベルギーのいくつかの都市はブルカとニカブを禁止し、着用する女性は罰金を徴収されている。

「サルコジにとってはフランスの極右政党の国民戦線から票を獲得することがすべてである」とスコットは言う。「反移民の政治はこの大きな部分である。サルコジはフランス性のチャンピオンの立場をずっと引き受けてきた。これはフランスのナショナル・アイデンティティーの保護者と自らを称することのできるようなイシューを見つけるのに政治的にうまく使える」。

ブルカの禁止はもちろんアメリカの文脈では考えられないことである。というのも我々の政教分離の理解、表現の自由の理解はフランスで流布するそれとはかなり異なっているからだ。「アメリカでは政教分離は国家からの宗教の保護に関わる」とスコットは言う。「フランスではこの理念は宗教的な主張から個人を保護するためのものなのだ。個人が共同体によって抑圧されていると考えられるときには国家は個人のために介入できるのだ」。

しかしこうした国家介入は個々の女性に対して不利に機能してしまうこともあり得る。例えば昨年フランス人男性と結婚したモロッコ人女性は夫の求めでブルカを着用したせいでフランス市民権を拒否された。判決は「フランス共同体の基本的価値、とりわけ男女平等の原則と両立しない彼女のラディカルな宗教的実践と社会的行為」を言明した。研究者のセシル・ラボルドによれば、政党、知識人、ジャーナリストはこの判決をほとんど全員一致で賞賛した。

同じようにサルコジのブルカ禁止はフランスのムスリム・ゲットーにルーツを持つNi Putes Ni Soumisesを含むかなりのフェミニストの支持を受けている。この団体の立場は真面目に受け止める価値がある。というのもイスラム原理主義に対する闘争は彼女達にとって生死に関わる問題であり続けているからである。ソマリア系オランダ人フェミニストのアヤーン・ヒルシ・アリのように彼女達の活動は多文化的な信心のあり方[適訳見つからず。multicultural pieties]への中和として役立っている。

しかし、結局のところ、ブルカを着用するフランス人女性が自らを抑圧されているとみなしているなんの証拠もない。「誰にも強制されておらず、こうした慎みの形は世界の中で自分の望ましいあり方に適していると考えて、ブルカを着用している女性たちがいる」とスコットは言う。「彼女たちと強制されている女性たちを区別するのは困難だ」。そういう訳だから結局、女性の権利増進のために通過するとされる禁止法はその代わりに彼女たちの自由を侵害し、彼女たちが価値あるものとみなしているものを奪い取ることになり得るのだ。さらにひどい場合には、それは最も原理主義的な世帯の女性たちが家の中に閉じ込められることにもつながり得る。たとえ彼女たちの服装がフランスが正しくも聖なるものとみなす世俗主義への非難に見えたとしても解放の名の下にこうした女性たちの選択肢を制限することは残酷である。

以上、まとめると、①世俗主義とフェミニズムがナショナリズムの道具になっている、②ブルカを「自由意志」で選択している女性の自由の侵害になる危険がある、としてブルカ禁止の動きを批判じています。リベラリズムと多文化主義の両立不可能性の指摘や移民系のフェミニストの活動の評価に見られるようにムスリム側に全面的に寄り添った立場をとっている訳ではないようです。論者ですが、これまでいくつかの記事を読んだ限りではイデオロギー色の薄い分析肌の人という印象があります。簡単にコメントしておくと、

①の要素は引用されるスコット氏の見解に完全に同意しないとしても、その要素の存在は否定できないように思われます。そもそも発端がオバマ演説への反発にあったようにアングロサクソン的な多文化主義-フランスから見るとそういう言い方になります-への対抗心、オルタナティブな普遍としてのフランスというナショナルな意識が存在しているのは事実でしょうし、こういう「瑣末」な象徴への苛立ちは直接ではないにしても反移民の淀んだ空気と無縁とは言えないところもあるでしょう。だいたい女性の人権などさほど興味のなさそうな人々が吼えている光景というのもあったりする訳です。お馬鹿さんたちの例を出してそれを一般化するつもりはないですけれども。サルコジ政権については大統領選の際に移民問題で政治を展開して極右票を取り込んだのは事実だと思いますが、その後は右に左に節操なく舵を切っていて極右から見ればムスリムに甘すぎ、極左から見れば反移民的といった具合に両方から叩かれているように見えます。不況で支持率が下がってきているところで紛糾確実のネタを振ったと見ることもできるかもしれませんが、舞台裏は私には見えません。

②の論点については、強制されているので助けてほしいという声が多くあるのであれば話は別ですが、そうではないところが問題に思えます。さまざまな動機から着用を「意思」する人-フランス生まれの二世の動機はそれほど自明ではない-をどう説得するのかは個人的にはよく分りません。お前の意思は嘘の意思だとでも強弁するのでしょうか、そういうお前は誰なんだということになりそうに思えます。そもそも論的になりますが、例えば、私は毎日ネクタイをつけている訳ですが、この犬の舌みたいな物体を着用することを私は「選択」しているのだろうかと本気で自問するならば、今日は気分的にこれがいいとかこれプレゼントされたのはありがたいけれどもどうもつける気にはなれないなとかあれこれ選択しているような気もする一方で、結局のところ、慣習に従っているだけで期待がなければこんな犬ベロ首に巻くことはあるまいという気もしてくるといった具合に自由意思の有無は本人ですらよく分らないところがある訳ですね。ただなんにせよそれはこっちの問題であって、政府に私の意思と欲望の在り処を指摘し、決定して欲しいとは思えないと。

という訳で政治思想的には共和主義よりは自由主義に寄っていることもあって-多文化主義には懐疑的-かなりお節介な話に思えるのですが、かの国の国体に関わる話なのでこの問題をめぐる紛糾はまだまだ続くでしょう。回をあらためて他の論点に言及していきます。

ではでは。

追記

細かい表現の修正と補足しました(2009.7.2)。

BBCでBHLとKen Livingstonが英米英仏の対応の違いについて議論してます。BHLが訛った英語でまくしてています。http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/newsnight/8118735.stm

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日露戦なかりせば

もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から (朝日選書) Book もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から (朝日選書)

著者:コンスタンチン・サルキソフ
販売元:朝日新聞出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ここしばらくまとまった時間がとれなくてTwitter(右側にリンクあり)でのつぶやきにとどめていましたが、三日坊主の性格を矯正すべく軽めの内容で更新しておきます。

以前コメント欄で勧められたサルキソフ氏の『もうひとつの日露戦争』を読みました。この戦争に関しては最近では、文化史的、メディア史的な研究の他、「最初の総力戦」とか「第零次世界戦争」とかいったやや大仰なキャッチフレーズの下にグローバルな視座から新たな照明を当てようとする試みがなされているようですが、本書はあまりけれん味なくバルチック艦隊提督の私信を中心に当時のロシア側の事情を明らかにしています。私はこういう着実な仕事が好きです。戦争の語りというのは一般にそういうものですが、日露戦争の語りも日本側の視点ばかりになっていますので本書は新鮮な視点を提供してくれるでしょう。

本書は著者が独自に発掘したロジェストヴェンスキー総督の妻子にあてたプライベートな書簡史料の紹介が目玉になっている点で「発見」の書です。書簡から浮かび上がる総督の人柄や錯綜する人間関係はなかなか興味深いものがあり、単なる「愚将」のイメージからは遠い人物であったことが分ります。このイメージは日本だけでなくロシアでも強いそうですが、著者によれば、帝政末期の無責任体制において無謀な作戦の責を全面的に負わされた格好になったということです。精鋭たる旅順艦隊(太平洋第一艦隊)に比べてバルチック艦隊は俄かづくりの混成部隊に過ぎず、欧米列強の中立維持によって燃料補給や食糧補給もままならず、本国との連絡もきわめて困難な状況に置かれ、戦闘開始以前に勝負がついていたことが総督の嘆きの書簡からよく分ります。歴史の肌合いの感じられるところですが、だらだら引用を続けるのもなんなんで簡単に済ませると、例えば、日本海海戦前の書簡から。

 お前にはもう伝わっていると思うが、昨日、われわれは南シナ海に到達した。われわれは今、日本艦隊がわれわれを打ち負かすためにいつ攻撃を開始するのか、また、日本艦隊がいつ、そしてどこで、ニェボガートフを捕捉することができるか、と判断することで大忙しだ。

[...]私は疲れた。熱帯の暑さの中でもう六ヶ月目だ。お前も覚えている通り、ペテルブルクの夏でさえ、私にはつらい。航海を続行してからあと二日ですでに一ヶ月になる。四十五隻体制の艦隊だ。航海再開からすべての船で故障や異常が起こっている。中には、十二回も故障や異常を起こした船もある。

[...]たとえ惨めなものであろうとも、幕を閉じることは必要だ。今、艦隊の誰もが締め付けられるような思いになっている。

[...]われわれはうぬぼれて、全部門にわたってロシア独自の学問を発展させようとし、時期尚早のうちにわれわれの教師だったドイツ人を追い出してしまった。すべてはここに起因する。彼らのもとに戻るべきである。ドイツに学ぶためロシア国民を派遣すべきである。我々の秩序のため、ドイツ人を呼ばなければならない。

といった具合に敗北を完全に予期しているにもかかわらず、軍人として死地に赴く悲愴な覚悟が記されています。個人の進退のみならず、敗北の後にロシアはどういう運命を辿るのか、ロシアにはなにが欠けているのかについて考察しているあたりには「戦艦大和の最期」を彷彿とさせるものがありました。

また本書の特徴としては「日露戦争は避けられたかもしれない・・・」という歴史のifをめぐって考察がなされている点でしょう。著者によれば日露戦争は日英同盟締結後でも十分に回避可能なものであったとされています。大津事件によるニコライ2世の怨恨説を退け、皇帝側に戦争の意思が必ずしもなかったこと、当時の極東政策が中央の手を離れて極東総督一派の推進派に握られていたこと、皇帝の曖昧な性格から責任体制が不透明になっていた状況-どこかで聞いたような話ですが-などが明らかにされていきます。

例えば1903年の日本側の均衡提案をロシア側が受け入れ、ロシアが満州、日本が朝鮮というように影響圏を分割できていたならば、日露戦争は回避できただろう、第一次政界大戦後の日露秘密協約に結実したように英米の中国進出に対して日露には共通利害があったのだとしています。ここで引用される日露をぶつけて両国の国力を消耗させ、フィリピンを安堵するというルーズベルトの発言にはやはりなと思わせられるものがあります。日露戦争というのは代理戦争ですからね。ついでにこの敗戦がなければロシアの共産革命も回避できたかもしれないという思いも-著者のソ連に対するスタンスは承知しておりませんが-伝わってきました。

当時の国際政治的、地政学的状況についての思考を非常に促される議論なのですが、ロシアのみならず日本にとっても都合のいいシナリオのように思えてくるのは著者一流の説得力なのでしょう。実際、回避シナリオが実現した場合には朝鮮統治と満蒙特殊権益をめぐる深刻な問題は発生しなかった訳でしょうから。勿論こういうのは「後知恵」に過ぎないですし、ロシア側の膨張主義的傾向を甘く見積もっているのではという批判もできるでしょう。ちなみに日露戦争の批判といっても日本側の「侵略」の糾弾ではなくてロシア側の自己批判、そして著者の日露の友好への思いが伝わってくる趣きの議論になっています。

以上、予備知識なしでも読める一般向けの内容ですが、発見と洞察に満ちた本ですのでおすすめしておきます。

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気分はいつも直滑降

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VoxEUのアイケングリーン教授の論文から。結論:世界恐慌レベルのダメージだが、政策対応が違うから大丈夫さ。本当ですか、教授。

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優雅な報復攻撃能力の保有について

"The Homecoming of Japanese Hostages from Iraq: Culturalism or Japan in America’s Embrace?" by Marie Thorsten[Japan Focus]

イラク人質事件について英語圏でも論じられているのを何度か見ましたが、どちらかと言えばフェアなほうの批判記事でしょうね。「日本人のお上意識」を熱っぽく語る大西氏のNYT記事には軽く苛立った記憶がありますが、記事では日本の批判派もまたこの件をいつもの日本人論の枠内で理解しようとしていたと論じ、確かに日本的文脈はあるとしつつも、やはりアメリカでも同様のバッシングが存在した点から「犠牲者非難」の反応の共通性を指摘しています。only in Japanな話ではない、と。

異論がない訳でもないですが、日本の批判派や海外ウォッチャーが頼りがちな平板な文化主義的な解釈-十分に文脈化された解釈とは違う-に距離を置こうとしている論者の姿勢そのものは評価したいと思いました。勿論批判的な視座というものは必要なものですが、伝統芸能化した内外の批判の様式が気に入らないという話です。それはどこにも人を連れていかないし、なんの変化ももたらさない。

でこの事件そのものに戻ると、個人的に重要だったかなと思うのは、これがきわめてメディア的な出来事であったように思える点です。小泉政権下において右派からは共感とともに真実の民の声として、左派からは警戒とともに危険なポピュリズムとして、ネットの声という未知の存在が注目され始めたタイミングで生じたためにハレーションを起こす結果となった、そうした事件として個人的には記憶しています。その後、両メディア間での増幅効果が限定的なものにとどまっているように見えるのは、マスメディア側が考えたところもあるのでしょうし、ネットが一般社会に接近してかつての先鋭性と危険さを喪失して平常化しつつあるのもあるのでしょう。単に危険そうな領域に近づかなくなったからそう見えるだけなのかもしれませんが。

防衛大綱・自民素案「北策源地攻撃に海上発射の巡航ミサイル」[産経]

敵基地攻撃能力の保有を盛り込んだ自民党国防部会の出した防衛大綱素案が話題になっているようです。メモしておきます。

政府は敵基地攻撃は、敵のミサイル攻撃が確実な場合は憲法上許されるとするが、北朝鮮まで往復可能な戦闘機や長射程巡航ミサイルがない。素案は弾道ミサイル対処で、ミサイル防衛(MD)システムに加え「策源地攻撃が必要」と明記。保有していない海上発射型巡航ミサイル導入を整備すべき防衛力とした。

ということなんですが、もう少し具体的な情報が欲しいところです。ところで前から思っているのですが、「策源地」と「敵基地」はどちらも英語だとbaseだと思うのですが、日本語では前者のほうが非限定的で、後者は限定的に感じられます。どうなんでしょう。用法を見ていると、策源地のほうが融通性がきく、遊びのある概念のように見えなくもないのですが(違っていたらすみません)。

敵基地攻撃能力だけでは弾道ミサイルを防ぐ事は出来ない[週間オブイェクト]

弾道ミサイルへの対策としてはMDが主軸であり、敵基地攻撃はあくまでも従である、イラクの「スカッド狩り」も穴だらけであった、実際、北朝鮮の弾道ミサイルに対抗するのに都合のいい兵器があるなら教えて欲しいと述べています。この件は政治的な意味合いが強いと思っているのですが、そこには軍事的リアリズムの裏打ちがなければいけない訳でふむふむとなりました。象徴的には大きな変化のように見えますが(この能力の保有のアイディアそのものは当然の自衛権の範囲だと思います)、コスト的、技術的な問題から現実化されたとしても半島有事の際に補助的に機能するかもしれない能力程度のものになるといったところでしょうか。

Separated by a common enemy[Observing Japan]

なんだか粘着しているような気もするのですが、基本的には優れたブログだと思っているので。敵基地攻撃能力が地域の状況に与えるかもしれない影響について考察しています。日本の北朝鮮へのアプローチと米国とのそれには違いがある。日本は自国の安全の観点であるが、米国の関心はより広い。世界的な核拡散の問題への懸念に加えて米国には日本との関係ばかりでなく韓国との関係もあるからだ。米韓同盟と日米同盟の相反する要請は日米同盟にやっかいな影響を与える。米国の言動は韓国のことを考えなくてはならず、抑制的なものとなるが、これは日本側に不安を与える。米国側が日本の自立的な先制攻撃能力の保有を懸念するとしたら、それは日本が自国の安全保障上の理由で動くことで他の国にダメージを与える可能性があるからだ。実際にはこれはありそうもないシナリオではあるが、もし日本がこの能力を保有するならば、他の諸国に与える影響について責任をもって考慮しないとけない。地域の安全と安定は日本の国益であり、この点を自覚することで日本の指導者は米国の努力をより評価できることになるだろう云々。

原則論的な反対という訳でもないようですが、どういうベネフィットがあるのか不透明である、また敵基地攻撃能力を保有するとして実際にそれを行使するにあたって自国の安全のみならず地域の安定に貢献するよう思考しなければならないという考えのようです。日米に限らずあらゆる同盟には同床異夢の側面があると思いますが、パースペクティヴの差そのものについては埋まらないところがありますね。現状では調整可能な範囲だと思いますが、今後日本側のいらいらが募ることになるでしょう。

"Japan Debates Preparing for Future Preemptive Strikes against North Korea"[pdf]

2006年に書かれたこの論文では法的、技術的、財政的問題から言ってこの構想はincredibleであり、これは国内向けの政治的な議論であるとしています。本気ではない、と。実際、国内向けの要素もなくはないとは思いますが、本気ではないとまでは思いません。技術的な問題についてはいざとなったら金一族を広義の策源概念に含めるとか誤爆だと言い張って政府機関にでも打ち込めばそれでいいんじゃないかという気もしますが(冗談です)、素案の段階で賛成だ反対だと騒ぐのもどうかと思いますのでしばらく眺めることにします。

こと安全保障関係については細心に物事を進めていくしかない訳であまり力瘤を入れた議論-賛成論も反対論も-は現実から遊離してしまうようにも思えます。対米不信や独立願望がここに強く投射されると米国側の猜疑や誤った解釈を呼んでおかしなことになるのかもしれませんからこのあたり主導する人々には修辞の研究が少し必要な気もします。実際のところ、あの決定的な敗戦の心理的後遺症が残っている中、また日本の置かれたなかなかに険しい戦略環境の中、さらに国内のリソースの制約の中にあっては、日米同盟を堅固なものにする一方で地道で粘り強い調整を通じて中長期的に相対的な自律性を高めていくしかないように思われるのですね。まあ、そんなに悠長なことを言っていられない可能性もありそうですが。

“After death cometh judgment” - Why are there so many Christian signs in provincial Japan?[MTG]

いたるところで不吉なメッセージを伝える「キリスト看板」についての良ポストです。目的と手段の関連の見えないところがいっそう不穏さを醸している訳ですが、この協会の堅忍不抜の恫喝的宣教活動にはなにかしら心を打たれるものもあります。これはこれでアートなのかもしれません。高校生の頃、学校帰りにフレンドリーなモルモンのお兄さん方に話しかけられてなにをやっているんだと思いつつもユタの事情に詳しくなっていたことを思い出しました。

【パリの屋根の下で】山口昌子 カンヌに登場した“蔑視”映画

「国辱」映画といいますかwaiwai映画のようですね。このイメージはけっこう強力にあると思います。リベラルなみなさんも「ナショナリズムに絡めとられるのはちょっと・・・症候群」を脱してこの手の破廉恥幻想については少しは批判すべきではないでしょうかね。また型通りのオリエンタリズム批判ではなく創作によるわさびのきいた文化的報復というのもあると思うんですよね。個人的には優雅なやり方のほうが望ましいです。とはいえこの種の幻想の悪循環に加担するコラボばかりが出現するのには困ったものです。ふう。

追記

細かい表現を直しました(2009.6.4)。一応書いておきますが、タイトルは遊びです。蔑視だ!とか偏見だ!といった糾弾調の言説よりも文化領域での余裕のあるやり合いが望ましいと思うのですね。

再追記

民間で多様な意見が戦わされることはいいことだと思うので頭ごなしに否定はしないですが、本当を言えば、政治のレベルでは難易度の高そうな話よりも集団的自衛権や通常戦力の問題に議論を集中して欲しかったりします。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=8lcDJhq1sDQ&feature=related

エミー・ジャクソン『涙の太陽』(1965昭和40年)

極東のシルヴィー・ヴァルタンこと(今勝手にそう呼んでみた)エミー・ジャクソンの40年のヒット曲。和製ポップス一号とも言われる曲ですね。涙のシリーズはどれもいいです。

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負けじの心

"A New Look For Japan’s Musicians"[Newsweek]

日本の音楽シーンが多民族的、多人種的になっているという話なんですが、そのことを強調するために日本の純血主義とやらを誇大に唱えることで-伝統的に血統幻想がそんなに強い社会だったとも思えないのですが-神話の強化に貢献してしまうというよくあるパターンの記事です。大衆はそんな話にさほどの関心がないことの証拠として捉えることだってできるかもしれないと思うのですがね。この奇妙な言説効果については何度も言及しましたのでもういいです。

それ以前にビルボード関係者とされる書き手には日本芸能史や歌謡史の基礎教養がないみたいです。確かに最近はいわゆるハーフの歌手や外国籍の歌手が増えている印象を受けますけれども、昔から日本の芸能の世界はそんなもんだったように思います。なお日本の歌謡についてなにか論じるには「芸能」が「芸術」(欧)や「エンターテイメント」(米)と取り結んできた入り組んだ関係への視座や東アジア諸国の芸能者たちの愛憎半ばする交流の歴史に関する認識も必要な気がするのですが、indigenousな日本にしておきたいのでしょう。こういう粗雑な地理-文化的なヴィジョンでは東アジアのマーケットには食い込めないんじゃないですかね。

ルイズ・ルピカールさん 「お百度参り」の日本訪問[毎日]

"French woman raised in Japan during war makes annual nostalgic pilgrimage"[The Mainichi Daily]

フランス人の父と日本人の母をもつ「トゥールーズの大和撫子」ルピカールさんが日本の訪問をしたという記事です。軍国少女時代の自伝『ルイズが正子であった頃』にはつくづくいろんな戦争体験があるんだなと思わされましたが、記事では「なにくそ」の「負けじ魂」について語っておられます。日仏の架け橋として活躍されていらっしゃるそうですが、本当に凛とした方のようですね。

週刊誌記者の取材に心が汚れた[Cnet]

別にメディア人が総じてすれっからしだとも思いませんし、それほどネットに大きな幻想を持っている訳でもないのですが(小さな幻想はありますが)、この記事にはなんだかしみじみとさせられました。「心が汚れた」という表現はいささか可憐に響きますが、氏には負けじの心でやってもらいたいものです。

"How do you solve a problem like Korea?"[Guardian]

どうということもない記事ですが、典型的に思えましたので。北朝鮮問題を解くには中国の協力が必要だ。しかし体制崩壊にともなう難民の発生を怖れる中国はこれまで非協力的であった。ところで北朝鮮の暴走は中国にとってコストになりつつある。なぜならば北朝鮮の挑発行動は中国が難民以上に怖れる日本の軍事化を促すからだ。この点で中国には状況を管理できる状態にするインセンティヴがあり、米中には共同の利害がある、と。もっとストレートに日本を後押しして中国に圧力をかけろ式の意見もちらほら見ますが、日本の現状を見ていないその幻想性においては軍国主義の復活だ!組と五十歩百歩なのかもしれません。

"On North Korea's nuclear and missile tests"[FP]

ウォルト氏に米国のリアリストの意見を代表させるのがいいのかどうか分かりませんが、同盟国は戦争を望んでいない、米国にはほとんど打つ手はない、この問題は中国に主導させろ、と述べています。あまり関心はなさそうですが、誰かが聞けば、日本については拡大抑止の有効性を確認して安心させとけ云々が続くのでしょう。

自国を棚にあげて言えば、米国の対北朝鮮外交はやはり稚拙なところがあったように思いますけれども、同盟国の足並みが乱れ、戦争オプションがとれないとなると他にどうしたらいいのだという気持ちにもなるでしょう。とりあえず今回韓国がPSIに参加したことは言祝ぐべきなのでしょう。当面は国連外交を進めたり同盟の空洞化を防いだり安全保障に関する縛りを緩めたり外交的手数を増やしたりすることぐらいですかね。ふう。否、負けじ。

追記

"A nuclear Japan is not an option"[Observing Japan]

クラウトハマー氏の日本核武装論に対して上のウォルト氏の記事を引用してオバマ政権は過敏に反応せずに同盟国に拡大抑止の口約束をせよと述べています。反対の理由としては日本の国内世論を挙げる一方で、地域の安定にとってワイルド・カード過ぎるからと述べていますが、後者は曖昧な言い方ですね。氏の見方には総じてそれなりの(米国から見た)合理性と現実性があると思いますが、現在の同盟関係が日本側にもたらす心理的側面についていささか楽観的に思えます。別に「保守」の頭がとりたてておかしい訳ではないと思いますよ(おかしい人もいますけど)。

ついでに、たとえ米国がゴー・サインを出したとしても(この仮定の現実性は度外視します)、核の目的をめぐって日米で齟齬が広がるように想像します。対中国の最前線の位置付けは御免蒙りたいと考える人が多いでしょうし、日本の日本による日本のための核戦略に賛成するほどアンクル・サム氏も親切ではなさそうですしね。なにかコンセプトが欲しいところです。ただ核であれなんであれ思考の縛りは無用だと思いますが、国民の合意がまったく存在しない現在は通常戦力の強化の問題に議論は集中すべきだと思います。

再追記

細かい部分の修正をしました。MTGで白熱した議論になっています。一応注記しておくと私はゴーリストではないですね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=2Y8I8xD46wU&feature=related

バートン・クレーン『酒がのみたい』(1931年昭和6年)

日本初の欧米系外国人歌手と言えば、このジャーナリストさんですね。お世辞にも上手いとは言いがたい歌唱ですが、この曲は耳に残ってよく口ずさみます。

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村と帝国の戦いでは村を支援せよ

(タイトルに特に意味はありません)

コメント欄でリクエストがあったのでグーグル・アース事件に関するル・モンド記事の訳をアップしておきます。話題になったAP記事に比べるとだいぶ短いですが、この問題について非常に詳しい記者の記事なので意味があるかもしれません。また部落解放同盟の古地図に対するスタンスがあまり世の中に伝わっていないようなのでその点で価値があるかもしれませんね。地名削除は歴史の抹消を意味してしまう、というのが同盟の見解のようです。基本的スタンスはココにありますね。文脈を無視して複製をアップしたのも、問題化すると泡を食って地名削除に及んだのも不満である、と。そうですね、個人的には古地図から地名の削除というのは薄気味悪いです。

「日本でグーグルが禁じられた地区に侵入する」ル・モンド5月20日フィリップ・ポンス

その性質から言って古地図より無害なものはあるだろうか。徳川将軍時代(1606-1868)の東京と大阪の歴史地図を公開した時、グーグル・アースは自らがタブーに抵触することになるとは知らなかった。かつて差別の対象となった社会の周縁の者たちが居住していた-現在もその子孫の一部の者たちが暮らしている-地区を地図上で位置決定することが引き起こすかもしれない偏見を理由に、この検索エンジンは数週間前から法務省の調査対象となっている。

1871年に差別は廃止されたが、この社会カテゴリーの者たち-生まれた場所ないし居住地以外には他の日本人といかなる違いもない-への偏見は人々の心性に深く根を下ろしている。グーグルのおかげで今後は”burakumin”(「小集落の住民」の意)地区を位置づけることは容易くなる。公式には彼らは150万人とされるが、その倍いるかもしれない。その一部は列島各地の4000ヶ所で暮らしている。その土地の名はしばしば変更されたが、微妙な差異をとどめている。

”eta”(穢れた者の意)は彼らの職(皮革、屠殺、解体の従事者)ゆえに仏教から非難され、下層階級のいかがわしい周辺の者たち(娼婦、物乞い、落伍者、軽業師)である"hinin"(非-人間の意)は特別の地区に押し込められた。差別が廃止された後も彼らはそこにとどまり、やがて農村から都市へ移住した大勢の困窮者たちがそこに合流した。先祖に関わる偏見は区別を欠いたこの貧困層へと押し広められることになった。

家族の秘密

生まれた場所でこの「部落の民」を「同定」することはできない。かつての「ゲットー」の場所のリストが内密に企業の人材サーヴィスを流通している事実は根強い偏見を証言している。今後はこうした地区がかつてはゲットーであったことを知るのにワンクリックで十分になるし、ゲットーを特定するには古地図と新しい地図を重ね合わせるだけで十分になる。

古地図の複製は日本では禁止されていないが、一般に歴史的説明の補足がつく。カリフォルニアのコレクター所蔵の地図をオンライン化するにあたってグーグルは用心を欠いた。最も重要な反差別団体である部落解放同盟は反応した。二週間後、グーグルは”eta”のような差別的言及を地図から削除した。しかし解放同盟は満足していない。というのも「それはそこに暮らした人々を世界から抹消することに帰着する」からだ。かつてのカースト外の人々をめぐるやっかいな問題はここでは慎重に取り扱われているのだ。グーグルが頓着しない「家族の秘密」の問題は。

といった具合にグーグルの慎重さの欠如にやや批判的なトーンです。ついでに書いておくと、成長の壁にぶつかりつつあるかに見えるこの企業をめぐって近年日本で起きている諸事件は兆候的に思えます。ストリート・ヴュー事件の際にも英語圏論者には日本の文化ナショナリズムの主張のように受け止めるむきが多かった印象がありますが、日本的近代における公私区分編成の問題なのか公共的なものと世間的なものとの争いなのかシステムに対する生活世界の側の抵抗なのかあるいはこうした説明は嘘っぱちなのかよく知りませんが、日本だけでなく世界中でこうした問題は起こり得るのではないでしょうかね。グローバル化の概念と関わってくるのでしょうけれども、私がこの言葉から連想するのはマクドナルド化する世界のような平板化のイメージでも文明の対立のようなシンプルな闘争のイメージでもなく、どこが内でどこが外なのか不分明な入り組んだ文脈間の絶えざる折衝のイメージです。

追記

で、この件についてどういう要望の下に折衝がなされるべきかがそもそもよく見えてこないのが困ったところですね。

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マスクな一日

"Despite Political Uncertainty, Japan Can Still Show the Flag"[CSIS]

グリーン氏とセーチェニ氏の論評です。日米同盟に関して悲観的な声が広まっている。政局の混迷がこれに拍車をかけている。しかし日本の戦略的信頼性や重要性は過小評価されるべきではない、現在の混迷は55年体制の最終局面なのである、といい、先日の飛翔体発射への対応やインド洋への海自派遣、シンクタンクの戦略提案、憲法改正の支持率等の例を挙げ、両国とも同盟の未来について野心的になるべきだとしています。民主党に関する言及部分が気になるところですが、基地問題について鳩山はプラグマティストだが、党内左派や社民党のマネージをしないといけないのだ、とか、「よりバランスのとれた」同盟というのがアジアでの積極外交を意味するならば米国にとってもいいことだとかいった具合にフォローが入っています。悲観論への牽制ということなんでしょうが、それはもともと性急な期待をするから悲観的になるのであって・・・、まあ、当面はぐずぐずしつつ身動きができる範囲を少しずつ広げるしかないのでしょう。アフガンもどうなるのかよく分りませんしね。

たぶんイメージだけなんでしょうけれども、米国側の日本への信頼度はずいぶん高いですね(HT to Curzon)。価値観の離れた大国の台頭を前にした漠たる不安が米国市民にあって伝統的な同盟国の存在に安堵するという部分があるのかもしれません。ついでにこれも不安の投影なんでしょうけれども、ごく一部には日本国民の漠たる対米不信をイデオロギー的な反米と取り違える過敏な反応も見られますね。

"Call: Economic recovery but political gridlock in Japan"[FP]

経済的にはどうやら日本は底を打っているようだが、政治的な混迷が気がかりだというブレマー氏の記事です。自民党と民主党の不満層が中道的な第三党を結成するだろうという情報を個人的に得たと書いています。中国が台頭し、オバマ政権が新たな関係を結ぼうとし、回復が構造改革のチャンスを提供しようとしているときに政治的麻痺状態が続くようだとこれは日米にとって悪いニュースだと述べています。ところで民主党のrising starって誰でしょう。なんとなく想像はつきますけれども、この情報は意味があるのですかね。

Face à la grippe, "les Japonais restent calmes"[Le Monde]

こちらのル・モンド記事は在日フランス人たちによる列島リポートです。学校が閉鎖されたとか会社で注意喚起があったとかマスクが売れているとかあるが、一部のジャーナリストが主張するようなパニックはないと口を揃えて述べています。不安感は漂っているが、市民はごく落ち着いていて普段と変わらない、と。そうですね、私の見る限りでも、のほほんとした空気に見えますね。マスクの着用についてはどうすんべと思っていたのですが、職場で支給されて着用を要求されました。暑苦しかったです。

"Au Japon, Google s'aventure en zone interdite"[Le Monde]

フランス語圏の日本記事にはほとんど言及していませんが、一応読んでいます。言及しないのは日仏関係に関心のある人以外にはそれほど意味がないように思われるからです。これはグーグル・マップの古地図に被差別部落名が記載されていた例の話です。この問題の歴史や現状についての要領のいい説明があり、グーグルは「家族の秘密」には顧慮しないといったまとめ方をしています。グーグル的なものの受け止め方にはいろいろある訳でしょうが、書き手のポンス氏には微妙な留保があるのかもしれません。私は検索以外は使わないのでどういうサービスがあるのかもよく理解していませんが。

ちなみに同記者が一時期「反日」と呼ばれているのを見たことがありますが、基本的に日本の歴史と文化に対する敬意と日本国民への共感がある方ですのでそう思ったことはありません。もっとも政治レベルでの氏の進歩派への共感と保守派への反感はあまり買いませんが。しつこいようですが、それは私が概して保守派に共感し、進歩派に反感を抱いているからではなく(保守にも進歩にも共感できる人も反感を抱く人もいます)、社会的現実から遊離した現在の言論の対立構造に不満だからです。また対立の存在そのものに批判的なのではなく現在の日本が直面している問題に合わせて対立軸をずらして欲しい訳です。実際には言論と関係なく事態は進行している訳ですが、それはいいことではないでしょう。

最後に地図の話については確かに現実的な不都合があるところにはあるのかもしれませんが、これだとタブーを強化するような気もするのでこれでいいのかなという感じがどこかに残ります。コメント欄ではフランスの郊外のいわゆる敏感な地区の問題が言及されていますが、この話ではやはりカゴの話が想起されるべきでしょうね。

"Wakamatsu voit rouge"[Liberation]

"Ce film est adressé aux jeunes Japonais"[Liberation]

連合赤軍映画のフランス公開に合わせた若松監督の紹介記事とインタビューです。日本の伝説の怪物といった具合に60年代70年代の文化的カミカゼぶりを紹介しています。「教訓。怖れるな!」という結論です。インタビューでは監督が戦後史における学生運動について説明し(あれは父達の失敗を繰り返さないための闘争だったのだ・・・)、これは日本の若者たちへの映画なのだと語っています。いかに彼らが失敗したのかを記録として伝えたいのだ、と。連合赤軍には肯定的にも否定的にも思い入れはないのですが、この武勲詩・聖女伝にはなんだかなと思わされました。歴史的落とし前をつけたいという孤独なモチーフそのものはいいとして監督が語る世代論の枠組みを借りるならば、氏の敗戦映画は甘過ぎて例えば父世代の岡本喜八の敗戦映画の足元にも及ばないように思えます。それとやはり女性闘士の問題は氏には扱えないようです。それから実際、世相に大きな影響を与えた以上仕方ないのかもしれませんが、あり得べき日本の社会運動というものを想像する時、これがピリオドだと言わんばかりの事件の神話化は好ましくないでしょう。前にも書きましたが、実際には歴史は続いている訳ですから。

なんのまとまりもないエントリですが、ただの日記ということで。

追記

"Spread of Swine Flu Puts Japan in Crisis Mode"[NYT]

「一部のジャーナリスト」って田淵さんですかね。ほぼ予想通りの展開でオチがついたようでなによりです。もはや伝統芸ですね。

"Random gaijin mail magazine dude nails it on Japan's media-fueled swine flu panic"[MTG]

あるいは私や私の周囲が暢気すぎるだけで世の中的にはパニックになっているのでしょうかね。うーむ。

「リスク」というのは大げさだったかもしれませんが、言語共同体に安住して日本国民とコミュニケーションをとろうとしない在日外国人が多いようですので日本語で書く方が増えるといいなと願っているのですね。批判的な内容でも同じ目線の高さから発せられた誠実な声ならば大概の人は真面目に聞くと思いますよ。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=NeVdlNZ4yMQ

テレサ・テン『つぐない』(1984年昭和59年)

三木たかし先生の訃報は残念でした。平和のうちにお休みください。

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疫学的想像力

"Misreading the Map: The Road to Jerualem Does Not Lead Through Teheran"[Foreign Affairs]

リアリストの声が大きくなるにつれ、特に先日のガザ侵攻以降、米国でのイスラエルに関する論調のトーンに変化が生じている点については多くの人々が気づくところでしょうけれども、このフォーリン・アフェアーズの記事はごく冷静な筆致でオバマ政権はネタニヤフの言うことを聞かずにイランに対抗することよりもパレスチナ問題の解決に焦点をあてたほうがいいと進言しています。イランの台頭を前にしてスンナ派諸国とイスラエルの間に利害の一致が出来つつあるように見えるが、イランへの強攻策は各国の国内世論を反米、反イスラエルに傾かせることになる。こんな言い方をしていますね。

But the fact that they share certain U.S. or Israeli strategic concerns will not create the foundation for long-term strategic alliances (as opposed to ad-hoc tactical arrangements). In the Middle East, as elsewhere, one-night stands do not necessarily lead to marriage.

それでイランの核開発を遅延化させるべく交渉しつつ、その日が来た後に備えて抑止の枠組みをつくらなくてはならない。一方で中東の不安定化の根源にはパスレチナ問題があり、オバマ政権はこの解決に向けて力を注がなければならない、と。

"The good, the bad, and the unknown"[Foreign Policy]

でこちらはスティーブンのほうのウォルト氏のブログの記事ですが、基本的な認識で上の記事と一致しているようです。イラン問題とパレスチナ問題のリンケージははずすべきであり、後者についてオバマ政権は具体的に動きべきだ、と。リアリストのイスラエルに対する見方は長期的には必ずしもイスラエルにとってマイナスばかりだとは思わないのですが、イスラエル側-といっても多様な訳ですが-に想像的に内在してみるとかなりきつく見えるでしょうねえ。

アメリカ知らずのくせに余計なことを書いておくと米国のリアリストにも微妙な印象を抱くことがあります。悪いという意味ではないですが、彼らもまたアメリカ的に感じられます。欧州系のリアリズムとはなにか違う。もちろん我が邦のそれとも。今は亡き永井陽之助氏が冷戦期の封じ込め(containment)や隔離(quarantine)言説に関して指摘した「疫学的戦略観」-イノセントな国土の健康を守るために遠隔からの病原菌の進入を防ぐべく伝統的な勢力圏を無視して防疫ライン・道義的ラインを引こうとする-に彼らもまた多かれ少なかれ規定されているように見えるからなんでしょうか。そこに葛藤と苦悩があり、そこから特有の悲劇的トーンが出てくるのでしょうけれども、そこに米国的なものを感知する訳ですね。

日米同盟に関するNYTのオピニオン記事。日本の政局の混迷の中で日米同盟は漂流しつつある、変化するアジア情勢に応じて更新が必要であるという意見です。ごく穏当な内容ですが、注目すべきは北方領土問題を含めた日露関係の改善と日米韓の三カ国の関係強化の言及でしょうか。歴史を遡るならば領土をめぐる日露交渉の難航の責任の一端は米国にもあると思われるのですが(別に責める気もないですが)、米国が日露関係についてどう考えているのかは今ひとつよく分らないです。米国の戦略と両立する形で日本が中露のバランサーをつとめるというのはgeopolitically correctな選択のようにも思えるのですが、日本側にはそんな意志はなさそうですね。日韓については互いにhistorical antagonistsとみなし合っているのではなくて片方が一方的に・・・まあ、いいです。基地問題については語るも憂鬱なのでパスしたいところですが、国土防衛の役割分担についての小幅な-象徴的には大幅な-変更があってしかるべき時期かもしれませんし、それに応じた再編の構想案が民間からも出てきてもいいように思えます。ちなみにリアリストから見ても、

Moreover, mounting voter frustration in Japan with an unresponsive political system leaves the door ajar for nationalist politicians and policies, which undermine Tokyo’s ability to cooperate on pressing issues.

という風に見えていると思われます。ナショナリストのみなさんは、たとえそんなものを信じていなくとも、交渉とか協力とか妥協とかの重要性を語る芝居の稽古をしたほうがよろしいかと存じます。曇りなき赤心に加えて蛇のごとき狡猾なくして祖国の生き残りははかれませんです。

"The concept of quarantine in history"[pdf]

豚インフルエンザをめぐって検疫が話題になっていますが、この語は英語だとquarantineといいますね。語源はイタリア語の40を意味するquarantaとされます。ヴェネチア共和国とビザンツ帝国の間にあって東地中海商業の覇権を握ったラグ-ザ(現ドゥブロクニク)において黒死病到来に対応して1377年に敷かれた制度が現在の検疫体制の起源とされることは西洋史好きならばご存知でしょう。これは検疫概念の歴史についての概略的な記事ですが、ラグ-ザの検疫体制について特筆しています。旅人を40日間隔離したのですね。というわけでquarantineという語は黒死病と隔離の暗い歴史を想起させ、また日本と同様に人権に敏感な人々に懸念を呼び起こす語であるようです。中国の検疫についてのNYTの第一報における日本の不正確な言及およびその修正についてはGlobal Talk21さんがエントリされておりましたが、政府にはきちんとbecauseを内外に説明できるよう準備することを願います。

またマスクの着用をめぐってなんだかあちこちで小競り合いがあるようですが、MTGのアダムさんが日本語でエントリされていました。「日本語で書く」というリスクをとっている人々の意見は賛成するにせよ反対するにせよ尊重するのが礼節というものかと存じます。公衆衛生の知識が乏しいのでなんとも言えないところがありますが、個人的には我が邦のマスク文化には国土地理的、都市構造的な観点から言って一定の合理性があるように思われるのですけれども、どうなんでしょうね。

ではでは。

追記

政府の対策に批判的に言及している笹山氏が記事で日本の「清浄国神話」に触れています。米国の疫学的想像力とはなにか違う感じがありますが、孤立主義の伝統から来るものというのはあるのかもしれませんね。なんだかあやしい日本論やアメリカ論になってしまいそうなのでこれ以上は止めておきますが、この点に関連してアメリカ人の日本言説に自己の投影を感じることがあります。

などと呑気なことを書いているうちに国内での感染が始まってしまったようですね。ふう。気をつけましょう。

一部簡単な説明を追加しました。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=vHt1t-GxNWw

ジノ・ヴァネリ『Brother to Brother』(1978年)

北米のラテン男ヴァネリの代表曲。ヴァネリの歌唱にはいつも圧倒されます。胸毛もナイスです。

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外交と映画リスト

特にテーマもなく今日読んだ記事をクリップしておきます。

"Teaching foreign policy with film"[FP]

映画で外交を学ぶというフォーリン・ポリシーの記事。リストは以下です。imdbリンクです。

1. Fog of War, An Errol Morris Film

2.   The Quiet American (Michael Caine version, not the original)  //  Graham Greene, The Quiet American and William Lederer and Eugene Burdick, The Ugly American

3.   Path to War //  Robert McNamara, In Retrospect: The Tragedy and Lessons of Vietnam

4. The Kite Runner //  Khaled Hosseini, The Kite Runner

5. Charlie Wilson's War //  Steve Coll, Ghost Wars: The Secret History of the CIA, Afghanistan, and Bin Laden, from the Soviet Invasion to September 10, 2001

6.  Black Hawk Down //  Mark Bowden, Black Hawk Down: A Story of Modern War (esp. Epilogue and Afterward)

7.  Hotel Rwanda (also Sometimes in April) /  Samantha Power, ‘A Problem from Hell': America and the Age of Genocide.

8.   Dr. Stangelove //  John Hersey, Hiroshima.

9.   Thirteen Days // Michael Dobbs, One Minute to Midnight: Kennedy, Krushchev and Castro On the Brink of Nuclear War

10.  Last Best Chance and Dirty War //  Graham Allison, Nuclear Terrorism: The Ultimate Preventable Catastrophe

11.  Paradise Now (also a Sri Lankan film The Terrorist) // Christoph Reuter, My Life is a Weapon: A Modern History of Suicide Bombing (also Robert Pape, Dying to Win: The Strategic Logic of Suicide Terrorism)

12.   Battle of Algiers // Alistair Horne, A Savage War of Peace: Algeria 1954-1962

13.   No End in Sight ( besides Fog of War, the only other documentary film shown)/  Thomas E. Ricks, Fiasco: The American Military Adventure in Iraq (to be replaced by Ricks' latest, The Gamble: Gen. David Petraeus and the American Military Adventure in Iraq, 2006-2008)

ということです。半分ぐらいしか見ていないですねえ。その中ではドクター・ストレンジラブがやはり一番面白いですね。このリスト、参考にしましょうかね。

"Leader of Japan’s Opposition Resigns"[NYT]

小沢氏辞任に関するファクラー氏の記事。小沢氏のキャリアや政治スタイルについて手際よくまとめています。小沢氏についてはあまり好意的なコメントを書いてなかったような気もしますが、個人的にはそれほど嫌いではありません。理想主義的なマキャベリストというのは政治家としては評価するタイプですし、こういうアジア的な空気を漂わす政治家には懐かしさとたのもしさを感じたりもします。ただ個人的には最近は時代に追い越された感がありました。90年代に小沢氏主導の内閣ができていたらなと思うことがあります。とはいえ記事にあるように民主党の足腰を強化したことは評価されるべきでしょうし、最近では国民に思考を促すという意味で-文字通りには賛成しませんが-第7艦隊発言はヒットだったと思います。

政界への道が「閨閥」から「世襲」へと移った背景にある問題[ダイヤモンド]

閨閥と世襲の関係を扱った記事ですが、うーむ、となりました。前時代的ではあるものの例えば欧州の階級社会などに比べて閨閥システムはエリート選抜制度としてそれなりの合理性と開放性を持っていた。世襲化は新しい現象であり、逆説的だが、価値観の多様化や女性の人権、地位向上、小選挙区制度の導入といった民主主義の進展が背景にある。記事はこれは過渡的現象であろうが、もし階級社会の固定化を促すようならば、なんらかの世襲制限は必要かもしれないとしています。これは政治学の世界でよく言われる話なのでしょうか。他の時代や他の国のことを考えたりと、ちょっと思考を促す記事ですね。

欧州経済:新たな序列[Economist]

エコノミストもなんだか元気のない論調になっていますが、これもそんな感じですね。大陸欧州モデルと英米モデルとどちらがいいのかみたいな話はかなり話を単純化しているように思えるのですが(イデオロギーは別にして英と米でも実はわりと違いますよね)、不況の間は欧州モデルの利点がでるかもとしています。景気回復は英米のほうが早いもんね、とつけ加えていますが。不況に強いというのはそうなのかもしれませんが、不良債権の問題が気になって仕方ありません。ちなみにエコノミストはフランスの左派メディアからはウルトラ・リベラルと呼ばれて憎まれてきましたのでこの記事にはつかの間の勝利感を覚えたのではないでしょうかね。ふふ。

"Continuing controversy of 'comfort women'" [Japan Times]

ソー氏の慰安婦本のジェフ・キングストン氏による書評。一見、日本の右派が喜びそうな議論のように見えますが、それは韓国社会における女性の問題を専門とするソー氏の意図するところではないでしょう。未読ですけれども。なお評者は和解が遠のくと嘆いていますが、個々の問題はともかく、国と国の間の話ならば、過去を引き摺りつつ時に喧嘩しながらでも前に進んでいけばそれでいいのではないでしょうかね。歴史は飛躍をなさず、だらだら続くよ、どこまでも。

ではでは。

追記

細かい部分で修正しました(2009.5.13)。言わずもがなですが、いわゆる歴史問題などどうでもいいという意味ではないです。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=GwO2MQAspAs&feature=related

坂本スミ子『夜が明けて』(1971年昭和46年)

ラテンの女王様のスキャンダル後の復帰作ですが、この曲調いいです。

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主権が立ち現れるとき

宗教関連は弱いのですが、素人が素人なりに気になったことについて書いてみるという趣旨のブログですので躊躇せずに続けます。

"Trying to understand French Secularism" by Talal Asad[pdf]

コメント欄で教えていただいたタラル・アサド氏のフランスのライシテ(世俗性、非宗教性)についての論文です。50ページ以上あるので内容を要約するのはたいへんですからポイントだけかいつまんで感想を記しておきますが、主権論と規律訓練論でフランスのライシテを理解するという趣旨の論文です。スカーフをめぐる騒動は私もニュースやオピニオンを眺めていたのですが、フランス的語彙で言うと、統合主義と多文化主義、普遍主義と差異主義、共和国の世俗性と宗教的共同体主義等々の概念で盛んに論じられていました。もちろんスカーフはひとつの焦点であって他ではなくこの時にこのような形で問題化されたその背景まで考慮すれば、これはなんとも深刻な事態になっているなあと溜息が出る他なかったです。

メディア上の論調ではライシテの歴史を想起して共和国の原理としてこれを護持すべしという意見と移民の歴史を想起して文化的多様性を認めるべしという反対意見が戦わされていた記憶があります。個人的には知識人たちの神学論争よりも移民の子弟の置かれている状況やいわゆる普通のフランス人の不満の原因がどのあたりにあるのかといった具体的な話に興味があったのですが、私の記憶では論争の中で想起されていたのは戦後史、古くとも19世紀後半以降の歴史であり、この論文のように初期近代にまで遡って論じる人はあまりいなかったような気がしますね。

それでこの論文ですが、16世紀末の宗教戦争後のcuius religio eius religio(領主の宗教が領民の宗教となる)から始めています。これは宗教の核心が内面的なものであるとみなされるようなった時代に「特定の宗教問題」に「一般的な政治原理」を適応した例として重要である。政治的なものと宗教的なものとの分離そのものは中世にも認識されていたが、今日とはずいぶん違う。国家が脱キリスト教化され、非人格化され、政治的なものが宗教的なものをその領分から排除し、吸収し、といった具合にその下にさまざまな宗教を信仰する臣民が共存する抽象的かつ超越的な権力が立ち上がっていく。誰が宗教的寛容に値し、なにが宗教的寛容であるのかを決定するのはこの権力である、と。

フランスの文脈ではナントの勅令が言及されていますが、その後、革命政権により「宗教的不寛容」が弾劾され、自由、平等、友愛の名の下に教会が攻撃され、宗教の本質が個人の信仰として定義されるようになる、1世紀にわたる闘争を通じて第三共和国の下で最終的に解決されるという風に歴史を辿っていきます。人道と進歩の理念を掲げる共和国は実証主義的ヒューマニズムを涵養する公教育制度を樹立する一方で、文明化の使命の名の下に植民地を拡大する。反教権教育、教会との不平等な協定、帝国の拡大、この三つがフランス・ナショナリズムの柱であり、この上にライシテも誕生した。しかしアルジェリアのみがこの学校システムの例外で国家と教会が協働して改宗やムスリムの教育にあたった。マシニョンのようなオリエンタリストはムスリムの解放に熱狂したが、誰を解放するのか、いかに解放するのかを決定するのは共和国であった、と。

それで論者によればスカーフ事件から見えるのは今日のフランスはある意味でcuius religio eius religioのままであり、この原理の重要な点は特定の宗教へのコミットメントや禁止にあるのではなく、単一の絶対的な権力-主権国家-を立ち上げることにあるとされます。この権力は単一の源泉からその力を汲み、さまざまな信仰にかかわらず人民に対して世俗的配慮をするという単一の目的に取り組むような権力である。宗教はあの世のことに関わるのであって国家権力はこの世の福利厚生のための自らの適切な場を定義しなくてはならない。それゆえこの世の福利厚生のイメージが必要とされ、宗教のプレゼンスの記号はなにかという問題への答えも必要とされる、と。ここから特定の象徴が宗教的なものか否かを最終的に決定する権能が世俗国家に残されることになる。以下、国家の記号読解の様態をスタジ報告書から読み解いています。

論者によれば、スカーフをまとう動機は多様であり得るし、宗教的動機からだとしてもそれは「行為」であって「象徴」とはいえないかもしれない。それを宗教的シンボルと決定し-十字架とキッパとともに-禁止することを通じて世俗国家はその権力を行使する。さらに報告書はここに宗教的なシンボルを顕示する「意志」と「欲望」を読み込み、それを決定する、と。またカール・シュミットのいうように主権とは「例外」を決定する権力のことであるとして国家から補助を受けているキリスト教系とユダヤ教系の私学、国が教会財産を所有し、聖職者が給料を支払われているアルザス・モーゼル、司教区組織や様々な宗教的アソシエーション、軍隊、学校、病院付きの司祭の例などを挙げています。事実としてフランスは普遍主義的な市民のみから成り立っているわけではない、と。以下、友愛の問題やユダヤ人の問題やイスラム嫌悪の問題などについて具体的に論じていきますが、ここはよく語られる部分なので割愛します。具体的なことに興味のある方はリンク先をお読みください。

以上、ライシテの問題とは、なにが「宗教的」なのか、またなにを「例外」とするのかを決定する主権の行使の問題である、としています。そしてそこには本質的に恣意性がつきまとう点が示されていますが、特になにか政治的提言がある訳ではなくここでは「理解」が目指されています。まず、ここまで一般化するならば、フランスに限らず、政教分離が存在する近代国家であればどこでも権力の作動を記述できるのではないでしょうかね(こうした「批判的」な記述の仕方を好まない人もいるでしょうけれども)。確かに普遍的かつ世俗的な市民を育む公教育の場から宗教的記号を放逐せんとする情熱はいかにもフランス的ですが、スカーフが宗教的シンボルと認定され、これをまとうことが禁止されるにいたる経緯を見るならば、共和国の原理そのものから直接導き出される必然的な結論と言えるのかどうかは微妙なところもあるように思えます。なぜこの時期このような形でこのような措置がとられたのかはやはり具体的な政治社会状況を見ないと分からないでしょう。理念的にはライシテを「人類」の目標と普遍主義的に語る者もある一方で、ユダヤ・キリスト教文明やフランスの特異性に言及する者もあるといった混乱も問題でしょう。ただこの問題は長期的に見ないといけない問題だと思います。最後に、これは言って詮無いことかもしれませんが、私自身は象徴政治というのはやはり好きではないです。

信仰の土着化とナショナリズムの相関関係──「宗教の神学」の課題として[pdf]

こちらは小原克博氏の信仰の土着化とナショナリズムに関する論文です。日本のキリスト教の場から発せられた論文として読ませていただきました。当方、単なる歴史好きなので十分に咀嚼できているのかどうか心許ないところもありますが、問題意識は伝わってきました。世俗ナショナリズムと宗教ナショナリズムに対して寛容と多元主義を掲げるリベラリズムを掲げても問題の解決にはならない、そもそもこれらは西洋発の近代主義的ディスコースが排除した当のものなのだから、という認識が大きな枠組みになっています。

これに関連して近代国民国家における「宗教」と「迷信」の構築という論点が言及されていますが、この点は前エントリで紹介した記事などと認識を共有しているようです。近代国家は「宗教」がなんであるかを定義しつつこれを私的領域に割り当て、民俗的なものを「迷信」として排除することで世俗的な公共空間を形成していくが(近代的な「宗教」と「世俗」の関係の創出)、ナショナリズムと「宗教原理主義」は公共的な空間から排除されたものたちの復讐である。また植民地化と脱植民地化を経験した非西洋社会においては旧宗主国が押し付けた、あるいは輸入された制度たる政教分離に対して世俗的、宗教的ナショナリズムで応答する場合もある、と。

日本の文脈では天皇制イデオロギーおよび国民道徳が公的秩序原理として樹立される一方、伝統仏教の「再土着化」とキリスト教の「土着化」を通じて宗教が私的なものとして承認され、民俗的なものは迷信として排斥される日本的政教分離のプロセスを辿ったとされます。日本のキリスト教については土着化論と文脈化神学(というのがあるのですね)の観点から論じていますが、内村鑑三のようにキリストへの忠誠と日本への忠誠に引き裂かれ葛藤した人物もいたが、キリスト教のほぼ全体がナショナリズムの渦に飲み込まれてしまった。戦前にはナショナリズムは土着化の前提とされ、これが批判的に検討されることはなかった。逆に戦後は国家のみならず「日本的なもの」に接近することにまで強い警戒心を持つことになる。しかしただの反動であってナショナリズムを十分に対象化できていないといいます。

世俗的、宗教的ナショナリズムと批判的、建設的な対話をしつつ、自らを近代的価値の体現者と考えがちな西洋キリスト教の「宗教の神学」が前提とする「宗教」概念そのものを相対化する作業をすすめるために、論者は「一神教の神学」に加えてintra-contextual theology of religionsとinter-contextual theology of religionsという2つのプログラムを提唱しています。前者は郷土愛、民俗信仰や愛国心を対象とする神学、後者は国境を越えた文脈間の歴史的つながりや流動性を確認していく神学であるとされます。

シヴィック・ナショナリズム論やリベラルな多元主義論が単なる西洋の自己正当化に終わることへの警戒や宗教的ナショナリズムが近代からの逸脱ではなく近代化の産物そのものであることの認識などは私みたいな単なる国際ニュース好きにも理解可能な話ですし、ナショナリズムを単に否定するだけでは逆効果なことも実感させられてきたところですのでその問題意識は分るように思えます。「批判的・建設的」の「建設的」の部分が具体的にどういうものになるのかに興味があります。論者による近代日本の宗教概念についての論文も入手できたら読んでみたいなと思いました。ついでに「宗教」と「迷信」に加えて「科学」というのもありますね。特に我らが同盟国において宗教と科学が時に対立するだけでなく一緒になって迷信と戦ったりする光景をよく見ます。日本でも局所的にありますけれど。

"An interview with Peter Berger"[pdf]

かつて世俗化論の社会学者として知られたピーター・バーガー氏のインタビューですが、とても平易で明快です。氏の学説の放棄については仔細を知らなかったのですが、ネットで検索しただけでもずいぶん記事がありますね。このインタビューでは自ら説明しています。近代化とは世俗化ではなく多元化である、多元性と選択肢の拡大は世俗的選択につながるとは限らず、宗教的選択にもつながるのだとしています。ただ信仰がなんであるかではなく信仰がどのようになされているのかに注目するとそこには違いがあって、絶えず相対化にさらされるために確実性への信頼が毀損され易く、これが原理主義の土壌を形成しているとされます。

それから複数の世俗のあり方の可能性という話で日本が出てきます。最初に非西洋社会で近代化に成功した国として興味深いとしています。日本を世俗的な社会とみなした者もいたが、自分はそうは思わない、ただ異なる宗教性の形式を持っているのだ、西洋のようにドグマや教会を持たず、一人の人間が複数宗教のプラクティスを行っているというようにその宗教性は本質的にシンクレティズムである、ただ中国もそうであり、東アジア全体に言えることだろうとしています。西洋の一神教的な概念とは違うんだ、と。中村さん(誰?)の著書で一箇所だけ記憶に残っているところがあって、西洋のように一人の神がいてアリストテレスの排中律が支配する社会とは違うんだと言っていたと述べています。皮相といえば皮相かもしれませんが、まったくの間違いというわけでもないぐらいでしょうか。

次に米欧比較の話になりますが、宗教的アメリカと世俗的欧州という大衆的イメージは、実際には思われている以上にアメリカは世俗的で、思われてる以上に欧州は宗教的だったりもするが、有効ではあるとしています。「欧州化」した一握りの世俗的文化エリートがアメリカを牛耳り、他はまるで違う一方で、欧州では「信仰なき所属」が支配的である、と。世俗化論に従うならばアメリカは近代的でないことになるが、ベルギーのほうが近代的なのだろうか、アメリカが例外的なのか、否、欧州が例外的なのではないか、と問い、デイヴィーの世俗的欧州の考えを紹介しています。欧州といっても中東欧や正教圏では違うピクチャーになるが、と留保しつつ。一方、アメリカは振り返るならば最初から多元主義的であったし、多元主義というのは単なる事実ではなくアメリカのイズムそのものだと述べています。こうなると、結局、欧州の理論を学んだが、自国をうまく説明できないことに気付いたという話にもなりそうです。バーガー氏はこの構図はそれほど変わらないだろうとしていますが、欧州のムスリム人口の増大が与えるかもしれまない変化についても語っています。未来予測は難しいでしょうね。

その他、さまざまな質問に答えていますが、質問者の引用するエルヴュー=レジェ氏の言葉が印象に残りました。フランスは人々が教会に行かなくなった後にもカトリック文化のままであり、たとえフランス文化の中で無神論者だったとしても、その人は「カトリックの無神論者」である、と。とするならば「プロテスタント系の無神論者」というカテゴリーもあるのでしょうが実際、、彼らにはしばしば独特の宗教性を感じることがあるのですね。これだと宗教と文化の区別がなくなりそうですが、誰か無神論者の国際的比較分析でもしてくれないですかね。いや、もうあるのかもしれませんね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=lrCBNkINfr0

大島ミチル『御誦』(1984年昭和59年)

映画音楽やゲーム音楽で知られる作曲家の代表曲で読みは「おらしょ」です。長崎出身の方です。

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市民宗教ねえ

最近読んだ宗教がらみの記事をクリップしておきます。

"'Etiquette guide' for Thai monks"[BBC]

タイのお坊さんのよいマナーのガイドラインが出されたという和み系の話です。不良坊主問題が発生しているので-昔からといいますが-指導ということのようですが、その中でトランスとゲイの坊さんの話もあって、

He was especially concerned, he said, by the flamboyant behaviour of gay and transgender monks, who can often be seen wearing revealingly tight robes, carrying pink purses and having effeminately-shaped eyebrows.

とのこと。同性愛はオーケーだが、目立ち過ぎるなということのようです。かつては華やいでいた日本の仏教界ですが、現在はそういうのってどこかに残っているのでしょうか。ちなみにBBCはどうやらタイモンク・ネタが好きみたいですね。

"God is back: How Ned Flanders won the evangelical crusade"[Times]

タイムズのエヴァンジェリカルについての記事。アメリカのクリスチャンのカリカチュアとしてシンプソンズの信心深い隣人ネッド・フランダースに言及しています。これまでハリウッドではエヴァンジェリカルの説教師は偽善の代名詞のような扱われ方をしてきたし、フランダースも愚か者の象徴として描かれている、しかしフランダースは負け犬なのだろうかと記事は問います。実際にはフランダース主義は世界中で勝利しつつあるのではないか、と。啓蒙の時代以来、欧州の知識人は宗教が近代性によって没落することを予言してきたが、アメリカは当初から違っていた。確かにアメリカの知識人も合理主義の下での宗教の弱体化を予言し、弱者や貧者や愚者の間でのみ宗教は生き残ると考えてきたが、このピクチャーは変化しつつあるとしています。ピーター・バーガー氏によれば社会学者は近代性を世俗化と捉えたが、これは誤りであり、近代性とは多元性のことである。アメリカではどの宗教を選ぶことも選ばないことも自由である、と。またフランダースは世界展開しており、今ではクリスチャンの60%は途上国にいるといいます。ロシアや中国のような国家による強制的世俗化を蒙った国でも宗教リヴァイヴァルが顕著であり、欧州ですら世俗化の放棄の兆候が見られる、と。宗教紛争の原因ともなっているとしつつも、記事はグローバル化する世界において宗教のプラスの側面についても触れています。いかにも欧州的な戸惑いが感じられる記事ですが、後半ではわりと好意的な解釈もしています。仲間と一緒でヘルシーでハッピーだ、と。まあ、そうなんでしょう。

ただ日本でもその傾向がありますが、欧州ではアメリカの「エヴァンジェリカル」はだいぶ記号化されているような気がします。よく知らないのですが、そんなに単純なイメージでいいのかなと思われます。世俗化や多元主義は難しい話ですが、イスラームも含めて中世的なものの浮上ではなく近代性-曖昧な概念ですが-の内部の宗教の再編現象が生じているのでしょう。以下、多少関連した記事になっています。

"'Religon' and 'the Secular' in Japan. Problems in history, social anthropology, and the study of religion" by T. Fitzgerald[ejcjs]

日本における「宗教」と「世俗」概念の用法が「我々西洋」とはなにかずれているということを指摘する記事です。多くの人が無宗教を自称しつつ宗教的プラクティスを怠らないのはなぜなのかといった問題には様々な答え方があり得るのでしょうが、それは西洋から輸入した概念が社会的現実からずれているからうまく自己記述できないからだというのもひとつの回答になるのでしょう。比較宗教学的方法論にキリスト教的前提が多数忍び込んでいることもまたつとに指摘されるところですが、記事は非西洋圏の宗教現象を把握するためには歴史的コンテクストを踏まえつつ、基本的な概念の語用論的な分析をする必要があると主張しています。ここでなにか具体的な対象の分析をしている訳ではなく、多くの英語圏の日本の宗教に関する言説をとりあげて方法論的反省をしています。他者性を強調するあまりに不可知論みたいになるとそれはそれでひどく困るのですが、ずれているのは事実でしょう。ただ「我々西洋」ってそれほど一枚岩でしょうか。政教分離や社会における宗教のあり方にはずいぶん多様性があると思われます。

ちなみにこの調査では世界二位の無神論者の国ということになっているのはおそらく「宗教」概念の混乱ゆえなのでしょう。戦後日本人は宗教を失ったみたいな嘆きを聞くこともありますが、おそらく戦前でも同じ方法で調査したならば「無神論者」率は高くなるのではないかと想像します。そもそも無神論(atheism)というのは一神教空間内の概念だと思いますので意味が違っていると思うのですがね。

Religiones

法外なるものの影で 近代日本における宗教/世俗[pdf]

こちらは近代日本の宗教と世俗の概念の文節化を扱った現代思想系の論文ですが、上の論文に対するひとつの変化球的な応答になっているように思われます。日本の批判的知識人の間でとりわけ靖国とイスラームに関して政教分離をめぐる問題が近年では取りざたされているが、このふたつの問題に対して彼らは正反対の対応をしている。イスラームに関しては政教分離は西洋近代の生んだ局所的な理念に過ぎず、その普遍性妥当性を疑う一方で、靖国に関しては政教分離を金科玉条のごとく唱えている。政教分離の問題は非西洋社会が西洋の宗教概念および関連制度に包摂される中で浮上する問題であり、日本において政教分離を貫徹すべきか否かの二者択一的な議論をする前に、近代日本がこうした理念をいかに受け入れたのかを歴史具体的に論じる必要がある。戦後日本では普遍主義的な理念として政教分離が謳われるが、現実には西洋においてもこれが貫徹されることは稀であり、宗教の占める位置には多様性がある。実際、明治エリートはこのことを見抜いており、プロイセン型の「宗教の寛容」理念を採用したが、敗戦とともにアメリカ的な政教分離を受け入れることになる、と。

次に「国家神道」をめぐるこれまでの議論をまとめていますが、論者によって定義が異なるためにこの語でなにを指すのかは自明ではなく、例えば島園氏によれば現在でも広義の国家神道は存在するという話になっているとされます。ただし国家神道という語はGHQの「神道指令」で用いられる以前は行政や学術の世界で用いられることはなかったために、これを遡及的に使用することの問題性も指摘しています。後代の呼称である以上は、国家神道なるものがいつ存在したのか、あるいはまったく存在しなかったものなのかは言葉の定義によって決まってしまう、と。論者はここでは一貫した政策的意図を欠いた偶発的で紆余曲折の政策過程を捉えるための分析概念として用いるとしてます。

よく知られるように「国教」を定めず、諸宗教に「宗教の自由」を認める一方で神社神道を臣民の公的義務たる「祭祀」に割り当てるという戦略が採られる訳ですが、論者は「宗教」と「祭祀」は明確な二分法とは言えず、国家と癒着した祭祀が私的領域の宗教を覆うという曖昧模糊とした分割であったと評しています。以下、島地黙雷の政教分離論や美濃部達吉の説を引用して論文は帝国が「政治と宗教」、「宗教と道徳」といったニ分法では明確に括れない社会体勢であった点を指摘しています。またGHQによる国家神道の解体は一般には「敵対型政教分離」とみなされがちだが、そうではなく政治による「好意的無関心」に基づく政教分離を目したとされます。GHQの考える政教分離はフランス型ではなく法制度としてはともかく社会としては宗教に好意的なアメリカ的な政教分離である。これは日本側にとっても望ましいことで、結果、天皇制と神道との曖昧な関係を戦後に残すことになった、と。

次に現在まで混乱の続く「宗教」概念について論じています。戦前の日本では神社が宗教なのか祭祀なのか、宗教と祭祀をどのように定義するのかは法的に未規定のままであり、この区分はあくまでも「官私の別」という政治的配慮によるものであったため、神社政策や信教の自由との兼ね合いから激しい議論を呼ぶことになった。明治10年代には日本でreligionの訳語としての「宗教」が輸入され、20年代以降には宗教学が誕生するが、宗教の定義としては2系統が存在した。そのひとつはプロテスタント系の定義であり、姉崎正治の心理主義的、体験主義的、ビリーフ中心主義的な宗教の定義、それから加藤玄智による「国民的宗教」「神人同格教」としての神道理解が代表的である。ビリーフを重視する立場に対して柳田國男の共同体のプラクティスとしての宗教概念がもうひとつあり、宗教民俗学、宗教人類学によって洗練されていくことになる。現在にまで残るこの宗教の意味のゆらぎは宗教に対立するところの祭祀という言葉にも存在した。また神社祭祀が国民道徳論と結びついたために神社非宗教論は宗教と対立するところの道徳という世俗領域にまで浸透することになり、宗教と祭祀、宗教と道徳の二分論は無効化されることになる。このように二分法の境界はきわめて流動的であり、神社非宗教論も宗教の定義によって多様な解釈が主張される状態であったとされます。

最後に天皇制の問題を論じています。上述のような議論は穏やかな宗教の自由の下に許容されていたものの天皇の権威に及ぶところで弾圧の対象とされることになった。しかし、これは政府ではなく社会の側からの声による制裁としてなされた。様々な二分法に重層的に規定された天皇は宗教や国家神道といった概念では理解できない。そもそも幕末開国以降、西洋世界に包摂される中でこれに対抗する形で社会の中に本来的な伝統を見出す運動が起こり、日本という国民国家を根拠づける究極の権威として想像された以上、天皇は歴史的状況の内部に文節化された文化的一要素であってはならず、歴史的変化を超えて輝き続ける決定不能な外部でなくてはならなかった。また西洋的立憲君主であると同時に伝統的な祭祀王である天皇は「西洋/日本」という対立項を超え出た、宗教と世俗というニ分法を生み出すような根源である。以下、宗教/世俗、宗教/道徳の二分法を前提とする歴史学や宗教学の言説の不能を説き、天皇制のような外部に屹立するような存在がいかに歴史的文脈の内部に顕現してきたのか、そのプロセスを発生論的に対象化していく必要があるとしています。一見、超歴史的な存在に見えても非西洋が西洋に包摂する中で内部で夢見られた余白なのだから、と。

冒頭のバルトの引用からいかにもな香りが漂う論文ですが、「国家神道」や「天皇制」を実体的に考えるべきではないという点についてはその通りだろうと思います。だいたいこうした用語は「」に入れるか、個人的には使わないことにしています。宗教と世俗のゆらぎの論点も重要でしょう。ただ「決定不能な外部」とか「法外なもの」とか「余白」といった形で天皇制を過剰に神秘化することには同意したくありません。戦後神話というのもあって、メディアが空疎なプロパガンダを喚いていたとしても、実際、そんなにファナティックな人間ばかりだったはずはないでしょう。憲法の規定通りに象徴君主として遇すること、あまり深読みしないことが「社会に封じ込める」最良の戦略に思えますが、どうなんでしょうかね。

戦前期日本の日蓮仏教に見る戦争観[pdf]

大谷氏は近代日本の「日蓮主義」についての研究で知られる方ですが、これは田中智学、石原莞爾、妹尾義郎の三者の戦争観についての講演です。今日において日蓮仏教の公共的展開の可能性を考えるというテーマのようです。日蓮主義運動は「仏教的な政教一致による、国教の樹立を目指した宗教運動である」と定義されていますが、ご承知の方も多いように、大正から昭和初期にかけて流行したナショナリズムとの関連性の強い運動のことです。

まず問題意識を説明していますが、宗教と公共性に関して、現在、社会参加仏教(engaged buddhism)研究と公共宗教研究への注目があるとしています。前者に関してはムコパディヤーヤ氏の「国家化」「社会化」「大衆化」「国際化」の4類型を紹介し、これが戦前、戦後の日蓮主義の活動を分析するのに役立つとします。また後者についてはアメリカの研究動向で、公共宗教とは社会統合や資源動員に資する、あるいはこれに対抗する「公共領域で機能する宗教」のこととされます。最近では「国家神道」を市民宗教ないし公共宗教として断罪調ではなくニュートラルに捉え直す動向もあるようですが、その点についても触れています。いわゆる「宗教」は公的領域から排除され、そこに「国家の祭祀」たる「国家神道」がおさまり、近代仏教は私的領域に配分されることになる。しかし内面の信仰には留まらずに社会参加、教育や福祉を通じて国家や社会に関わろうとした。公的領域で仏教教団の果たす役割の可能性と不可能性に関心がある、と。

次に田村芳郎氏の日蓮主義ないし日蓮仏教の類型論を紹介しています。第一に国家主義や日本主義の高まりに伴って現われた日蓮信奉のあり方で、田中智学、本多多生の日蓮主義、第二に普遍的な個にたっての信仰、あるいは宇宙実相の信仰で高山樗牛、宮沢賢治、尾崎穂積、妹尾義郎の名前を挙げています。最後がいわゆる新宗教で本門佛立講、霊友会、創価学会であると。講演者は第一の日蓮主義は後の二者にも多かれ少なかれ影響しているとします。

以下、田中智学、石原莞爾、妹尾義郎の戦争観が論じられます。田中智学については国立戒壇論と「世界の大戦争」の教えが採りあげられていますが、日蓮仏教の国教化(国立戒壇の建立)にあたっては「二法冥合」「事壇成就」「閻浮統一」のプロセスがあるといいます。まず国体の自覚を促し(国体概念が重視されている点が特徴とされます)、日蓮仏教の教えを広め、憲法改正により国教化、国内で政教一致が実現した後に世界の統一へと進むと。しかし世界は日本に敵対するために「賢王」の指揮の下で「世界の大戦争」が起こる云々と。次に石原莞爾はこの日本国体論と世界の大戦争論と世界統一のヴィジョンを切迫した終末観の下にさらに先鋭化させたと。最後にこれとは対極的な例として妹尾が紹介されています。小作争議に関わる中で日蓮主義を捨て新興仏教青年同盟を結成し、社会主義的な宗教運動を展開したが、1936年には治安維持法違反で弾圧、戦後は仏教社会主義同盟や全国仏教革新連盟を結成し、平和運動や日中交流や日朝交流にも関わったという人です。要するに平和主義者ですが、テクストの中には血盟団事件で有名になった「一殺多生」の考えがある点に注目しています。

多様に展開した運動の中において「国家化」の過去の側面を踏まえていかに「民の公共」に関われるのかが日蓮仏教の課題であるとしていますが、まあ、そうなのでしょう。何系でもいいですから、日本仏教界からはもう少し活発な社会活動があってもいいと思われます。メディアが報じないだけでいろいろとなされていることはそれとなく見てはいますが。ちなみに昔よく読んでいた人々の名前がずらりと並んでいるのですが、この系統の資質があるのでしょうか。思いつきを言えば、戦後の平和主義も市民宗教みたいなものなのかもしれませんね。

ではでは。南無南無。

追記

Ideology, Academic Inventions and Mystical Anthropology: Responding to Fitzgerald's Errors and Misguided Polemics

The Religion-Secular Dichotomy: A Response to Responses

Dichotomies, Contested Terms and Contemporary Issues in the Study of Religion

上で紹介したフィッツジェラルド氏の記事をめぐってリーダー氏との間で論争があったことをtomojiroさんに教えていただきました。ざっと読んだところですが、同型の議論はあちこちで見たことがあるような気がします。確かに問題提起そのものは分りますが、やや性急な政治性が感じられてそれが生産的な意味をどこまで持ち得るのかどうかというところで、うーむ、という印象も受けますね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=qvKJCb1h0to&feature=related

HIS『夜空の誓い』(1991年平成3年)

この曲は好きでした。ピース。

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革命前夜?

フランス関連で最近話題になっていた記事をクリップしておきます。

"Villepin s'inquiète d'un "risque révolutionnaire" en France"[Le Monde]

前首相のド・ヴィルパン氏が「フランスには革命のリスクがある」と発言したという記事です。失業者の間の「強い怒り」と「絶望」に対して社会政策を訴える文脈にあるこの発言ですが、ずいぶんあちこちで採りあげられていますね。「予測できない社会的反応」、「コントロール不能の集合行動」に備えるべく全速力で非常措置を取らねばならぬとのこと。内閣改造の話を振られたのに対して2年の首相任期は長いが、自分は首相に返り咲く気はないと述べた模様です。

"Avant un 1er-Mai massif, le climat social se tend"[JDD]

昨今の社会的緊張を扱った記事です。メイ・デイを前にしてかの国では例によってデモやストが各地で起こっている訳ですが、学校でも工場でもラディカル化の兆しが見えているようです。ド・ヴィルパン氏の「革命のリスク」発言に加えて、記事によれば、やはり元首相のラファラン氏がフランスの「熱い血」について語っているようです。熱いですよね、本当に。ユベール・ランディエ氏によれば、「社会危機は常に予測できないものだが、確かに火種がある」と言います。大統領の失言のようなほんの一刺しが火に油を注ぐことになるだろう、と。ただ1970年代に比べたらまだまだ全然温いとしています。それから記事はCGTのような組合が現在は運動のラディカル化を抑えつつ、政治に働きかけようとしている点についても触れています。平等や自由を求める情熱は高まっているが、1968-2009はないだろうとしています。

"Who wants a new French revolution ?"[Times]

でタイムズもド・ヴィルパン氏の発言を採りあげてその可能性はないとしています。この発言については、

Revolution is being talked up by people in the Establishment with their own ambitions at heart. Villepin is the most glaring example. He is a never-elected diplomat who owed all his government appointments to his mentor President Jacques Chirac. He is to stand trial later this year on charges of trying to smear Sarkozy in the so-called Clearstream affair. Last Sunday he talked of possible revolution saying he feared that public despair would lead to "collective behaviour that we might not be able to control". On Friday, he announced that he hoped to stand against Sarkozy in the next presidential election in 2012.

といった具合に政局的な解釈をしています。またロワイヤル氏も大統領攻撃を強め、フランスのために海外に対して「謝罪」する発言をしたり、暴力的な事件のたびに労働者と連帯して革命を訴えている、中世レベルの労働条件だ!と、しかし彼女もまた大統領選挙の立候補を公言しているとし、眉に唾したほうがいいと述べています。

この観察そのものは必ずしもシニカルという訳ではないでしょう。政局絡みの発言には違いないでしょうから。結局のところ、「革命」の語でなにを想起するのかという問題だと思われますが、政権を揺るがすような規模の社会的争乱が生じる可能性という意味ならば、それはなくはないでしょうね。オーストリアの話で済むと楽観しているのか政治経済エリート層には危機感が乏しいように見えますが、東から大波がやって来たならば、今はリスク回避のために大人しくしている人々も踊り出る可能性はあるのではないでしょうかね。ちなみにロワイヤル氏の「謝罪」ですが、サルコジ氏がフランスのイメージを落としていることに対してフランスに代わって謝罪するという意味でブッシュ政権時にアメリカでソーリー・サイトみたいなものが出来ていましたが、その真似なんでしょう、こんなブログもありますね。

サルコジ仏大統領が各国首脳を酷評、仏紙報道に波紋[AFP]

かのハイパー大統領が各国首脳をこき下ろした件は国際的に波紋を呼んでいましたが、あーあ、また、やったか、と思いました。ヌーヴェルオプのブログがこの件についてエントリしていました。件のリベラシオンの記事が正しいのかどうかはよく分りませんが、この通りに語ったとしてもまったく違和感がないです。政治家はまず選ばれなくてはならない、三度も選ばれたベルルスコーニは偉い、というのは冗談なんでしょうか、本気なんでしょうか。我が邦の首相も失言でよく叩かれますが、サルコジ、ベルルスコーニのコンビはそうとうのものですね。

"After 43 Years, a French Town’s Nostalgia for Harry and Joe Lingers"[NYT]

前にNATO統合軍事機構完全復帰をめぐる論争を紹介した際に米軍基地があった時代に簡単に言及しましたが、これはシャトールーの今の様子のリポートです。基地に対する受け止めというのは概して両価的なものなのでしょう。記事は昔をなつかしむ地元の声を拾っています。アメ車乗り回して、やあ、戻ってきなよ、と言っていますね。ちなみに記事に出てくるハリーズのパンはそのへんのスーパーで売っているものですが、こういう経緯があったのですねえ。

40年以上前に米軍はこのフランス中部の町を離れたが、ハリーとジョーは居残った。

二人のアメリカ人がここに居た。というのもフランスはかつてNATOのメンバーであり、シャトールーは欧州最大の米軍基地を擁していたからだが、ここは8000人のアメリカ人と3000人のフランス人民間雇用者-料理人、お抱え運転手、床屋、会計係、大工-を抱える巨大な補給センター、航空機補修ユニットであった。

しかし1966年にドゴールがフランス-英国、カナダ、オーストリア、ニュージーランド、米国の兵士の助けで二つの世界大戦を生き延びたフランス-は軍事的に自立できると決断し、NATO軍事機構から脱退し、アメリカ人に立ち去るように命じたのだった。

ここシャトールーの年配世代の多くにとってNATO基地時代は戦後フランスの陰鬱な灰色の時代にあって古きよき日々である。基地には金払いのいいたくさんの仕事があり、カラフルに彩られ、任務を離れたアメリカ人はハワイアンシャツを見せびらかし、明るい色のシボレーや他の古い車を乗り回したものだった。市庁舎ではアメリカのサービスマンとフランス人女性の間で約450の結婚が祝われた。

勿論皆がアメリカ人を歓迎した訳ではない。共産主義者や社会主義者はいつも「US、ゴーホーム」と壁に落書きした。しかしニコラ・サルコジ大統領がNATOの懐にフランスを復帰させた今、こうした年月が戻るのではないかと希望をもって語っている者もいる。

アメリカ人が帰ってきたとして、「私は別に困らない」と政府機関で働く40代のゾフィー・バラは控えめな声で語る。「そのことを話していますよ」。

しかし今日でもアメリカ人は完全に出て行った訳ではない。ノルマンディーに上陸したメイン州オーガスタ生まれのジョセフ・ガニエは1952年1月にここに基地を建設する計画のうわさを聞きつけた。フランス人妻のジャニンと一緒に彼はルドリュ・ロラン通りにジョー・フロム・メーンJoe from Maineというハンバーガーレストランを開店した。ジョーは今月86歳で地元の病院で亡くなったが、娘のアネットが今もハンバーガー、ホット・ドッグ、テクス・メクスを週に6日間出している。

「お客さんは今はフランス人ですけど、当時基地に勤めていたGIやその子供達がやってきますよ」とアネットは言う。"Schlitz on Tap"と書かれた偽のティファニー・ランプの下で彼女はある訪問者を楽しませていた。「1952年1月に父が店を開いた時にフランス人はハンバーガーがなにか知りませんでした」とアネットは言う。「私達は自分達のケチャップをつくって、基地でスパイスを手に入れたんです」。

レストランの下には今は貯蔵庫に用いられている30平方フィートのアーチ型天井の石造りのセラーがある。そこでかつてアメリカ人は途方もない量のビールを飲み干し、チェーン・スモークをし、フランス人のガール・フレンドと踊ったものだった。アーチ天井には「ベニー、トム、フェ-ガン」と名前が刻まれている。

ハリーはこの町にもっと大きな足跡を残した。1960年代に地元の実業家のポール・ピカールはアメリカのサービスマンが食べていた奇妙な白い四角形のパンに印象付けられた。長いバゲットに慣れた他のフランス人のようにピカール氏はそんなものを見た事がなかったが、ここに可能性があると考えたのだった。

それで氏は米国のパン屋を訪れ、製造法を習い、フランスに戻ってワンダー・ブレッドをリエンジニアした。アメリカっぽさを与えようと氏はこれをハリーズ・アメリカン・ブレッドと名づけ、その包装も星条旗で飾った。ハリーが誰かは誰も言えないが、おそらくはアメリカっぽく響く名前というだけなのだろう。

ピカール氏がここでパンを売るには基地が閉鎖されたのは早過ぎたのだが、氏のパンはフランスでヒットすることになった。今ではシャトールー郊外のハリーズの巨大なパン工場で白パンその他が年間1億3千万斤も生産されている。これはフランス全土に点在する他の工場でのハリーズの生産の3分の1程度だ。フランス全土に展開する6つの工場はハリーズをこの国最大のパッケージされたパンの製造業者とした。

ピカール氏は今はこの地域のとある城に引退し、ヴィンテージのレーシングカーを収集しており、氏の会社はイタリアの多国籍食品企業が所有している。しかし400人の雇用者を抱えるこの工場ともうひとつの工場によってハリーズはこの地域で二番目の雇用主となっている。トップは自動車部品会社であるが、自動車産業のスランプで雇用を減らしている。それゆえハリーズはまもなくナンバーワンになるだろう。

「彼はヴィジョナリーだった」と42歳の工場マネージャーのジャック・ローランはピカール氏を評して言う。白いサンドウィッチ・パンは「フランスでは二義的な存在」だと彼は断じる。フランスではスライスされたサンドウィッチパンはパン市場の7%を占めるに過ぎない。「フランス人はバゲットを食べる」と彼は言う。しかしハリーズは子供向けのスナックのDoo Wopやパンの耳を食べたがらない子供向けの耳なし白パンのようなアメリカっぽい新しい商品を生産し続けている。ハリーズはクイック-フランスにおけるマクドナルドとの競争企業-のハンバーガー・ロールを生産している。自家製のパンをつくっているジョー・フロム・メインのためではない。

人口66000人のシャトールーはパリやヴェルサイユやシャルトルと並ぶような存在では決してない。町には魅力的な裏路地があるが、聳え立つカテドラルがある訳ではなく、町で最も古い教会のサン・マルシャルも予約でのみ訪問者に公開されているだけだ。町のモダンなタウン・ホールには車検場といった具合の魅力がある。作家のエディス・ワートンが1906年にシャトールーを訪れた際にこのタウン・ホールを「否定しようもなく幻滅させる」と評した。

近年フランス経済の高波はシャトールーの地位を高めていたが、今や危機がこの町を揺るがしている。町長のジャン・フランソワ・メイエはNATO基地が戻ってきたならばなにをもたらすだろうかと思い巡らしている。1951年にアメリカ人が建設した滑走路はまだ存在しているし、シャトールーの空港は、航空便、航空機補修、パイロット訓練、チャーター便などのビジネスをしたりしている。

「もうかつてと物事は同じではないが、彼らに戻ってもらえるといいです」とメイエ氏は語る。「空港が存在しているのは役に立ちますよ。アメリカ人が来る場所はありますから」。

しかし他の者にとってはアメリカ時代は今後も黄金時代のままだろう。IBMパンチカードマシーンを操作する学校を出てすぐ米軍基地で働いていた74歳のミシェル・ブランシャンダンは去年、150人ぐらいの労働者を集めてこの時代の記憶を保つためのアソシエーションを結成した。メンバーの中には今でも古いシボレー、ムスタング、キャディラックを運転している者もいる。

アメリカ人は帰ってくるのだろうか。「いや」と彼は言う。「文脈が同じじゃないね。冷戦がある訳ではない」。彼は少し考えて、付け加えた。「もし彼らがやって来るなら、歓迎するよ」。

追記

"Nationalism and Anti-Americanism in Japan-Manga Wars, Aso, Tamogami, and Progressive Alternatives"[Japan Focus]

書き手の水木しげる氏の記事には少しだけ感心したのですが、これは読んでいて溜息が出ました。基地も出ますし、反米主義の話ですので短くコメントしておきましょうか。まず「ネオナショナリスト」VS「プログレッシヴ」という架空の対立図式を設定し、前者を否定し、後者を称揚するというパターンの英語圏の一部の言説には飽きています。だいたい列挙される名前も恣意的ですし、各人それぞれに違いますし、どちらにも属さない人々が主流なのです。こうした英語圏の一部の言説における日本の言説空間の「誤表象」や「良き日本人」も存在するといった傲岸不遜な物言いは半可通ブロガーあたりにも感染していますね。なお私は戦後の左右の硬直的な思考枠組みの中では両者と絶妙に距離を置いた人や両者に叩かれた人しか信用しませんが、こうした微妙な問題意識は図式主義者には見えないようです。ところでこのところ田母神氏は英語圏の一部の人々の間ではすっかりアイドルになっているようでなによりです。こういう人々は「敵」なしではいられませんから過大評価し続けるのでしょう。最後に激しい人々を別にすれば、全体としては気分は「反米」というよりは「離米」ではないでしょうかね。それは悪いことではないと思います。

再追記

協調戦略を描けないヨーロッパ[JBpress]

FTのミュンヒャウ氏の記事の翻訳。IMFの金融安定性に関する報告を受けたものですが、内容は氏のこれまで語ってきたことの繰り返しです。不良債権額は米国よりも欧州の方が多く、また処理もちっとも進んでいない。銀行救済にせよ景気刺激にせよ協調戦略が欠如しているため、保護主義的になっている。今回の危機は欧州域内市場と単一通貨を強化するチャンスであるにもかかわらず、現実にはどうもそうはなりそうもない、と。最後に述べている全5幕の長編劇というのはどんな悲喜劇を想定しているのでしょうかね。あまり悲観シナリオばかり語るのもどうかと思われますが、氏の論説はどんどん陰鬱なトーンになってきていますね。

上で批判的に言及した記事ですが、英語圏における言説編成の中において書き手の意図を勝手に解釈すれば、その「好意的」なスタンスを指摘することもできるでしょうし、書き手の文脈化の意志には評価すべき点もあるのかもしれませんが(実際、平均的語り口よりはずっと丁寧です)、結局のところ、こういう言説スタイルだと不毛な対立を延命させることにしかならないように思えますし、正直に申し上げまして、今、文化戦争をやっている場合ではないと思うのですね。最後に、言うまでもなく、誰かを弁護するために書いているつもりはありません。

再々追記

追記でまとめて批判するような書き方をしましたが、図式主義者とか半可通ブロガー云々というところで念頭にあったのは別の人々です。この点不透明な書き方で失礼しました。この記事に絞って書きます。公正かつ細かく見ている方だとは思いますが、この記事で不満なのは、ネオナショナリスト対プログッレシブという一部でよく用いられるラベルによるまとめ方です。水木しげる氏はいわゆるプログレッシブではまったくないけれども、その戦争漫画には保守的大衆にも訴えかけるだけの力がある。こういう人々はいわゆる中道というのとは違う意味で分極化した状況の橋渡し役的な存在として貴重だと思うので私がつまらないと思うような人と一緒に囲い込んでほしくない訳です。また現実政治のヴィジョンについても日米同盟か東アジア共同体か、戦争か平和かといった二者択一の提示の仕方にはあまり感心しませんし(氏の議論ではなく日本の国内議論ですが)、「ネオナショナリスト」とされる人々の言説も「プログレッシブ」と同様にいわゆる「政府の現実主義」に対する「民間の理想主義」の位置にあることを確認しておきたいと思います。実際には三帝国の間で絶妙な位置取りをしていかなければならないのであってそうそう乱暴な舵取りはできないということは誰よりも日本国民の多くが直感的に知っているところなのではないでしょうかね。

英語圏のリベラル言説への不満やら現在の日本の論壇への幻滅やらでなんだか難癖をつけているような格好になりましたが(コメント欄で指摘されたように氏の問題というよりも現在の日本の言論の問題ですね)、記事そのものは優れていますので読んで損はないと思います。個人的には論旨に同意できない部分はありますが、リベラルな傾向の方にはお勧めしておきます。対話できる方だと思います。

再々々追記

「恣意的」と書きましたが、進歩派なら水木しげる氏にとっての戦争は受け止めるべきだという意味に理解するならば、このチョイスも正しいのかもしれないと思い直しました。小田実も現在の政治的正しさの観点から見れば過剰な人々に含まれるのでしょうし。実際、進歩派にも変わってほしいです。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=qVX29N2E0z0&feature=related

カントループ『バイレロ』(オーヴェルニュの歌より)

マリ=ジョゼフ・カントループ(1879-1957)の『オーヴェルニュの歌』は作曲家の故郷の民謡の編曲集ですが、歌詞は南仏の言語のオック語です。リンク先で歌っているのはマドレーヌ・グレイ。初録音の人です。内容は羊飼いの素朴な歌です。

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憧れの杜氏たち

まとまったことは書けそうもないので記事のクリップを続けます。

"Communist party surges as Japan's economy withers" by Eric Talmadge[WaPo]

APのタルマジ記者による日本共産党の近況報告。不況とともに、特に若年層の間で、人気がそれなりに集まりつつあること、志位氏がメディアで人気者であること、党勢は国政では弱体であるが地方では強いこと、全般に政界が保守化している中にあってチェック&バランスを果たす機能を果たしていることなどが書かれています。日本の政界をウォッチする上で特筆すべき存在なのかどうかは別にして、また資本論や蟹工船の漫画とかはネタとして微笑むだけにしておくとして、だいたいそんな感じなのでしょう。似たような趣旨のわりと好意的な記事としてはタイムのコレがあります。冷戦崩壊の影響をそれほど受けずに先進国では最大級の共産党が日本に残っているという現象はやはりなにか不思議に見えるのでしょうね。他の国ならば別のものが手当てしているような層がいて日本では「土着化した」共産党がその役割の一端を担っているということなんでしょう。党勢回復はあっても躍進とまではいかないのではないでしょうかね。

"The conservatives undaunted"[Observing Japan]

日本はミドル・パワー路線でいくべきであり、「保守」は危険であるというのがハリス氏の基本的なスタンスですが、安倍元首相のワシントンでのスピーチと中川氏の核の議論の必要性に関する発言をとりあげています。とりわけ中川氏の発言に関しては公論において感情的な反発ではなく理性的な批判が必要だとだいぶ懸念しているようです。心配せずとも、政治的ハードルが高すぎる独自核については「現状では」現実的でない選択であることはよく理解されている話だと思われます。ちなみにテレグラフがこの件で軽く煽っていました。えーと、憲法9条で禁止されている訳ではないんですよ。

引っかかるのはハリス氏の言う憲法改正と「保守」の関係です。氏の言説では憲法改正は「保守」のアジェンダとされているのですが、それは正確ではないでしょう。「保守」でない改憲論者というのもいる訳ですし、9条問題にオブセッションを抱いている人ばかりでもない。また憲法改正とミドル・パワーも別の話でしょう。憲法論と国家戦略論は別の問題であってミドル・パワーを標榜する改憲論の立場だってあり得る訳ですから。とはいえビッグとかミドルとかスモールと言っても結局、自己イメージをどう持つのかとか国外向けのブランド戦術の話でしかないようにも思えてきます。それが重要ではないとは思いませんが、漠たる話に感じられます。

"Integrity needed in journalism"[Japan Times]

"Shukan Shincho's responsibility"[Japan Times]

ジャパン・タイムズの社説二本ですが、それぞれ講談社と週刊新潮の問題を扱っています。精神科医がクライアントの個人情報を提供したとされる事件と朝日新聞襲撃に関する例の記事の話です。内容は日本語圏で報じられている通りですが、ここで述べていることを自ら実行することをジャパン・タイムズには求めます。なおこの件で擁護する気はさらさらないですが、週間新潮の話には微妙な感想を持ちます。必ずしも週刊誌の良い読者ではないですが、ろくでもない記事に塗れつつもそこにジャーナリズムの場所があるのもまた事実であってそこまで一緒に萎縮するようだと困るなという思いもするからです。ただ今の週刊誌の形式がなにかずれている感じはあります。遠くない将来に再編されるのでしょう。

"Manifesto of a Comic-Book Rebel"[NYT]

劇画の生みの親とされる辰巳ヨシヒロ氏の『劇画漂流』の英訳版の紹介記事ですが、漫画史に占める劇画の位置について基本的な説明がなされています。ふむふむと読んだのですが、最後で躓きました。村上春樹って・・・あるいはこの意外な連想になにかを読み取るべきなのかもしれません。話を戻すと、藤子不二夫の『まんが道』にも似た自伝ですが、戦後の風俗史としても面白いのでおすすめしておきます。ところでフランス語訳は知っていましたが、辰巳氏は各国語に訳されているのですね。社会派漫画みたいな受け止めなんでしょうか。漫画についてあまり偏ったイメージになるのも困りますから訳者に敬意を表しておきます。歴史的なパースペクティヴが得られるような地味な作業はひっそりと進行しているようです。

"Japanese whisky leaves traditionalists on the rocks"[Guardian]

中学生の頃には杜氏は憧れの職業でした。今も酒造りの人々には敬意を抱いています。ニッカの余市とサントリーの響が昨年のウィスキーのワールドコンテストで優勝し、英国進出を目指しているというマッカリーさんの記事です。竹鶴政孝とスコットランド人の妻リタによる日本におけるウィスキー史のはじまりにも記事の最後で簡単に触れています。竹鶴についてはこのサイトで概要がつかめます。かなりの情熱家のようですね。いい顔をしている。

"Although some Japanese people are the last to believe in the quality of their own products, their malt whiskies are as good as any in the world," said Chris Bunting, an expatriate Yorkshireman who blogs about the country's whisky at Nonjatta.

とバンティングさんも言っておられますが、ニッカのウヰスキーは美味いと思います。余市よいとこ一度は行くべし

2009年4月20日・4月21日[ムネオ日記]

先日の谷内氏の3.5島発言は不可解で理解し難いです。国内世論向けの観測気球のつもりなのかとも思ったのですが、先に手の内を明かすメリットがよく見えません。この問題で内閣と外務省は統一的に行動しているのでしょうかね。

バルチック艦隊司令長官の手紙 ロシアで発見[朝日]

もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から [著]コンスタンチン・サルキソフ[朝日]

コメント欄で教えていただいたのですが、サルキソフ氏が発見したロジェストウェンスキー中将の書簡と書籍についての一昨年前の記事です。この話見逃していました。司馬遼太郎の描いた提督像とは大きく違い、日本海海戦の敗北を冷徹に予測していた将であることが書簡からは分るといいます。「坂の上の雲」を読んだのはずいぶん前の話なのでそこで中将がどう描かれていたのか具体的な記憶に乏しいですが、愚将のイメージは確かに残っています。いつかこの本には目を通さないといけないですね。ネットソースでは子孫も加わった日露戦争百周年会議に参加された方の記した文章がありましたが、軍人さん同士の心の連帯が感じられます。日露戦争はいろいろな意味で本当にすごい戦争ですが、集合的な記憶からはだいぶ抜け落ちてしまってますね。90年代には1930年代にリアリティーを感じることが多かったのですが、今はこの時代のほうにリアリティーを感じることが多いのは不思議な話です。論壇もこっちのほうに目を向けるべきではないでしょうかね。激しくレベルは違いますが、この時代と同じことを言っているだけのような気もするんですよね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=M4O1di7fmW8&feature=related

沢田研二『時の過ぎ行くままに』(1975年昭和50年)

研二サイコ-。

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