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満州国

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しばらく前に読んだJapan Focusに掲載されたシカゴ大学のPrasenjit Duaraという人の満州国に関する記事がありまして、けっこうあちこちで言及されているので紹介しておきます。これは実証史学的というよりも理論的な研究でかならずしも私の好みではないのですが、まあこんな議論もありますよと。流行の感のある帝国論の観点から満州国をどう理解するのかといった話です。

The New Imperialism and the Post-Colonial Developmental State: Manchukuo in comparative perspective

まずAnthony Pagdenという人が20世紀後半の帝国主義はむしろある種の連邦主義として理解すべきなのではないかという問題提起をしているのを紹介しています。19世紀的な主権国家、国民国家体制から定義し難い連邦的なものへの移行ということでPagdenの念頭にあるのは米国とEUの例ですが、これに対して論者はこの最初の完璧な例として満州国があるとしています。

論者によれば満州国は「新帝国主義」の完璧な事例であり、これはアメリカ、ソ連、そして日本において出現した帝国主義であり、ヨーロッパ列強の帝国主義とは異質であるといいます。以下Duara氏の提案する概念である「新帝国主義」の特徴が列挙されます。軍事的な従属を通じて帝国の辺境をコントロールしようとはするが、自らの似姿のような主権をもった国民国家を創造し、法的にこれを維持しようとする。反植民地主義的なイデオロギーを鼓吹し、経済的な投資を行い、制度やアイデンティティーの近代化を推進する。換言すれば、統治者と被統治者の間の差異化ではなく同一化の原理に立つ。さらに軍事的政治的側面と経済的側面との間には分離があり、従属国家は軍事的には従属するものの、宗主国は経済的にはかならずしもペイしないと。つまり産業主義的な宗主国と一次産品を提供する植民地といったような古典的な搾取理論にもとづく植民地主義の理解を超えているとします。また地域的なブロック志向であり、グローバルな覇権を獲得すべく域内で経済的自給自足を推進しようとすると特徴づけられています。このように日本の帝国経営が英仏のそれとは異質である点についてはこれまでも認識されてきたわけですが、これを米ソと同じ型と見るというのがDuara氏の認識枠組みのポイントになります。

日本の場合、この変化にあたって大きいのが反帝国主義的なナショナリズムとの遭遇であり、朝鮮の三一独立運動と中国の五四運動に直面した日本帝国は逆説的に反帝国主義的な言説である反西洋的な汎アジア主義を生み出すことになります。日本のナショナリストは西洋帝国主義や人種主義の犠牲者と自らをみなす一方で自らの帝国を形成しようしますが、文化的、人種的に連続的な人々の住む地域に帝国を形成する中で汎アジア主義のレトリックに自らが拘束されることになります。論者はこの「アジアの兄弟」という理念は現実を隠蔽する単なる煙幕というよりも新帝国主義の自己矛盾ととらえた方がいいとしています。これは正しく、理念と現実の乖離はもちろんあるわけですが、理念を軽視すると矛盾した行動の意味を解釈できなくなるでしょう。

論者は大英帝国やフランス帝国、あるいはナチス・ドイツの新秩序構想にもブロック志向はあったものの日本帝国のブロックはより機能的なものであると述べます。たとえばインドのGDPが1900年から1946年の間で年間1%以下であったのに対して、朝鮮は1915年から1940年の間で年間3%以上であり、1938年の大英帝国のインドに対する投資は一人当たり8ドルであったのに対して、日本の朝鮮に対する投資は一人当たり38ドルでした。この点は右派が肯定的側面として強調したがるところですが、もちろん価値評価ぬきで帝国経営の特徴としてただ広く認識されるべきでありましょう。

以下各論になりますが、重要な論点に即して日本帝国の歴史的展開を記述していきます。論点を列挙しますと、明治以来日本の帝国主義はナショナリズムによって正当化されるが、北東アジアは西洋列強に対する国防の「生命線」とみなされたこと、満州事変そのものは完全な断絶とはみなせないこと、満州事変に対して国民の圧倒的な支持があったこと、第一次世界大戦後に既に「戦略的自給」の概念が生まれていたこと(小磯国昭、松岡洋右の例)、また三一独立運動以後の朝鮮における「文治政治」もまた新帝国主義的であること(日鮮同治、共存共栄といったスローガン)、汎アジア主義が1920年代に広まる過程においてワシントン会議、海軍軍縮協定、アメリカの排日移民法が決定的であったこと(反人種主義感情)、満州において同盟者を得るため軍が汎アジア主義を採用したこと(石原莞爾の例)、1930年代にブロック理論が出現したこと(東亜連盟、東亜協同体、大東亜共栄圏へ)を追って説明しています。ここはこれまでの様々な研究のまとめ的な内容ですが、帝国の歴史を考える時、満州事変に先立つ第一次世界大戦が画期となるというのは正しいでしょう。また論者のように朝鮮における文治政治への転換もこの全体の流れに位置づけると理解しやすくなります。

次に家族的国家観の話に移ります。一般に新帝国主義における従属的同盟国ないし保護国は植民地とは異なり、その地位も流動的であると述べ、満州国が独立国家から「大東亜共栄圏の長男」へとその地位が変化したことを跡づけていきます。まず1940年に満州国皇帝溥儀が天皇の(異母の)弟として再生する儀礼を行ったという一見不可解な事例をとりあげていますが、この儀礼的関係は日本民族の雑種理論と合わせて考える必要があるとします。小熊英二氏によれば日本の「家族国家」のイデオロギーは日本のイエを理想化したもので、血統主義的な家系lineageとは異なり、部外者も養子として受け入れることが可能であったといいます。そして天皇の弟になるという先の例は従属的地位の下に入ることを象徴しているとします。またこの「兄弟」の理念は汎アジア主義においてもヒエラルキー的な「家族国家」に加わることを意味したと解釈しています。ここはやや微妙な感じもしました。実証主義的な研究が検証しないとイメージだけが一人歩きしそうな論点ですね。

以下、急激な産業化プロセス、現地の協会を用いた社会動員、五族協和の理念について詳述した後に結論になります。結論ではソ連の帝国主義(東欧の衛星国との関係)、アメリカの帝国主義(中南米との関係など)が日本と満州帝国の関係ときわめて類似していることを強調しています。いずれも古典的な「搾取型」ではなく「開発型」の帝国主義であり、グローバルな軍事的覇権の維持のために従属国家を単純な支配ではなく構造的に統合しようとします。またいずれも反植民地主義的なイデオロギーに駆動されるという自己矛盾を抱えている点が共通していると述べています。米国のモンロー主義と門戸開放の自己矛盾はよく知られるところでありますが、それが新帝国主義の段階に達するのはキューバ危機以降としています。国益と啓蒙主義と軍事的暴力の一体化したCarl Parriniのいう「超帝国主義」の出現であります。満州国自身が同時代の米ソの影響を受けているわけですが、第二次世界大戦以降出現する新帝国における開発主義的な従属国家の原型を先行的に実現したとされます。最後にナショナリズムを結局のところ克服できなかった日本帝国の前例は、今日のグローバル化、経済ブロック、地域形成の流れにとってdiscouragingな前例であるとしています。

内容は以上です。帝国主義という用語から脊髄反射するむきもあるかもしれませんが、マルクス主義的な議論ではありません。旧帝国と新帝国とを区別し、20世紀後半の米ソ両帝国に代表される新帝国的な秩序の完璧な前例として満州国をとらえるという発想ですが、いかがでしょう。わたしはこうした図式的な議論を好まないのですが、満州国の伝統的なナラティブにも飽き飽きしているのでその分だけ新鮮かなという感想を持ちました。ところで論者は言及していませんが、新帝国といった時に現在の中国を想起してしまうのはわたしだけではないでしょう。あれはやはり日本帝国の似姿なんですかねぇ。ふう。

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 戦後の日本作家で司馬遼太郎ほど愛されたひとはいないのではないか。ぼくはこの小説家に対する読書の守備範囲は決まっている。一部の例外を除けば、幕末後を舞台とする小説、そして評論、エッセイ、対談に偏っている。これまで相当数、眼をとおしているので、この網の目から抜け落ちる本は限られてしまった。今月、2冊、未読の書を手に入れることができた。その1冊、氏の最後の対談を編んだ『対談集 日本人への遺言』(朝日文庫)を読んだ。相手は田中直毅、宮崎駿、大前研一、榎本守恵、武村正義、ロナルド・ナビの各氏である...... [続きを読む]

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