« 「独立」フェチについて | トップページ | 一人当たりでみると »

アジア主義

Japan Focusは日本を中心にした東アジア全般に関する論考を集めているサイトなんですが、英語圏のリベラル左翼知識人の発表の場となっています。まあ内容は推して知るべしなんですが、中には面白い記事が出ることもあるので一応チェックしてはいます。それでアジア主義に関してCemil Aydinという研究者の論考がありました。

Japan’s Pan-Asianism and the Legitimacy of Imperial World Order, 1931–1945
実はポストコロニアリズムの流れで90年代ぐらいから日本のアジア主義の研究が英語圏でプチ・ブームになっていたのですが、911テロ以降「文明の衝突」が喧伝される中でアクチュアリティがあるとみなされているのかずいぶんこのネタを目にするようになりました。これまでの研究の成果を受けつつ全体の流れを要約したような記事です。全体として公平に書かれていると思います。細かい部分は省略で問題意識と研究史の部分だけ紹介しておきます。

まず1920年代には親英米的な外交政策を採用していた日本帝国において満州事変以降どうやって汎アジア主義的なレトリックが日本のエリートの言説に浸透していったのか、なぜそれまでのリベラル国際主義からアジア主義的な国際主義へと国際秩序に関する主流のヴィジョンが転換していったのかと疑問を提示して導入としています。

論者はこれまでの研究を国内の政治的要因を強調するものと国際的な環境の変化に重点をおくものとにおおざっぱに分類しています。前者によればアジア主義とは拡張主義者、軍国主義者、保守主義者によって支持されたイデオロギーで、例えば、ディッキンソンは第一次大戦後の新英的な自由主義者と山県有朋周辺の親ドイツ的な反自由主義者の対立にその起源を求め、ストリは大正デモクラシーが右翼の攻撃によって崩壊していくプロセスを論じつつ、なかでも軍の将校に与えた影響から大川周明をその中心人物であったとみなしているそうです。まあよくある伝統的なナラティブです。

これに対して論者はアジア主義を保守的な拡張主義的イデオロギーとみなすのは狭すぎるとし、自由主義者にもアジア主義的な発想があったこと、満州事変に対する公汎な支持が存在していたことを指摘しています。例えば親西欧的な国際主義者で有名な新渡戸稲造が日本の中国政策の擁護をしたり、国際連盟脱退を受け入れたこと、またリベラルな国際主義者である頭本元貞が満州事変を機にアジア主義なレトリックを用いるようになった例などです。

さらに京都学派や昭和研究会の例を挙げてアジア主義を単なる保守的イデオロギーと見ることの誤りを強調しています。日本のアジア・アイデンティーや東西文明論など自由主義者にせよ反自由主義者にせよ共有している部分があると。この点は非常に正しい。右翼と軍部の台頭でうんぬんというナラティブに無理があることはまともな歴史学者であればみな知っているわけですが、国際的には、いや、国内的にもまだこの次元なんですよね。

一方国際環境を重視する立場からは、この時期のエリートの世界情勢の理解が問題になります。地域主義の高まりは当時の世界的趨勢であって自由主義的な国際秩序を否定したのはナチスドイツやソ連ばかりでなく、アメリカの汎アメリカ的な貿易ブロック、保護主義やイギリスのスターリングブロックの動きも当時の指導層は観察していた。したがって1930年代の世界的趨勢への対応としてアジア主義というのは出てきたと言えるだろうとしています。

1930年代の研究をしているクロウリーという研究者によれば保守主義者や右翼が主導権を奪ったという説明はまったくの誤りで、「公的な精神」においても「政策決定プロセス」においても立憲国家の枠組みは維持されており、政策決定は責任ある政治、軍事指導者によってなされていると述べているそうです。これも正しいわけですが、国内でもまだ常識になっていないようですね。下手をすると修正主義者扱いされかねない。

以下大川周明と三木清、またアジアの反植民地主義的なナショナリストの事例について詳細に検討していきます。ここが本論なのですが、長くなるので割愛します。興味のある方は英語でどうぞ。結論は以下。日本帝国のナルシシズムと理念と現実の乖離を批判しつつもアジア主義のもった意味について政治的に問題含みな評価をしています。

日本の汎アジア主義は1933年以降、日本政府と軍事指導層によるその理念の予期せぬ保護の格好の機会を得た。1930年代を通じてアジア主義の中にあった人種的な反西洋主義の伝統は、アジアにおけるヨーロッパ諸帝国の終焉、とりわけ大英帝国の弱体化に焦点をあてたが、米国への挑戦は主張も推奨もしていたわけではない。それゆえパールハーバーは日本の汎アジア主義者にとっては望ましからぬ展開であった。たとえ彼らがすぐさま東西文明論や黄色と白色の人種闘争論の言説を通じてこれを称揚し、正統化すべく馳せ参じたとしてもだ。その一方で、日本の様々な知識人のセグメントからのアジア主義への新たな改宗者たちは、このアジアの連帯という両価的なスローガンに対して、地域協力と多民族共同体に関する社会科学的な諸理論を通じて、実際的かつ政策論的な内容を付け加えたのだった。日本帝国のロジックとの内的な逆説や緊張にもかかわらず、汎アジア主義は、東南アジアにおいて西洋帝国主義へのプロパガンダ戦に相対的な勝利を得ることを日本に許し、数多の理想主義的な日本人のアクティヴィストやその協力者たちに動機を与えることになった。汎アジア主義のプロパガンダは、第二次世界大戦における日本帝国そのものの拡張をともなうものであったが、西洋諸帝国の終焉に貢献することになったのであった。部分的には第二次世界大戦後の世界秩序をより包容的で非帝国主義的なものとして構想させ約束させることを連合国に強いることによって、また部分的には植民地化されたアジアの諸民族の間にヨーロッパの植民者を敗退させる自信と反植民地主義的な思考を刺激することによって。

なおわたし自身はアジア主義に対しては心情的には当時の国際環境から言ってそういう議論が出てきても理解できなくもないと思いつつも(実際、尊敬に値するアジア主義者というのはいた)、結局は他者を欠いた一方的な議論に過ぎず、国際情勢判断を誤らせ、亡国をもたらしたという点で評価しません。結果的にはシニカルな帝国主義者や孤立主義的な国粋主義者の方がまだましだったでしょう。そこには理想や正義があったのでしょうが、理想や正義ほどおそろしいものはないという政治的真理をかみしめなくてはなりません。アイデンティティーポリティクスとしての外交などというものはないのです。現在左右からアジア主義の亡霊の声が聞こえていますが、非常に甘い見通しに基づいた議論であり、当面は断固として拒否していきたいと思っています。

|

« 「独立」フェチについて | トップページ | 一人当たりでみると »

歴史」カテゴリの記事

コメント

6月といえば1960年と70年のふたつの安保闘争の月だが、それだけではない。東亜における奴隷解放の闘いの画期となったのが、1872(明治5)年6月の「マリア=ルース号事件」である。

日置英剛編『新・国史大年表 第六巻』国書刊行会2006から経過を引いてみる。月日は太陰太陽暦(旧暦)、数字は洋数字に換えた。

6月4日 清国人苦力(クーリー)231人を乗せたペルー船マリア=ルース号、マカオから横浜に寄港。
 7日 苦力1人が脱出し、同船の酷使を訴えてイギリス軍艦アイアン=ジョークに救いを求める。イギリス側は罰刑を加えないことを条件に苦力を帰船させるが、笞刑を加えたことが判明。
 29日 アメリカ・イギリスの臨時代理公使、苦力の虐待を取調べるよう外務卿副島種臣(そえじま・たねおみ)に申入れる。
7月1日 副島外務卿、神奈川県参事大江卓(おおえ・たく、7月14日県令となる)に取調べを命じる。
9月13日 日本政府、マリア=ルース号の苦力229人を清国使節陳福勲に引渡す。
〔公文録・秘魯国帆船マリヤルーヅ号処置一件・白露(ペルー)国馬厘亜老士船裁判略記〕

当時国際的にはタテマエ上は奴隷禁止のはずが、アジアにおいては、マカオを中心に公然と奴隷貿易が行われ、数千数万人の奴隷が売買されていた。維新後まもない日本の新政府の強硬な闘いによって、奴隷が解放され、はじめてマカオの奴隷市場もさびれることになったのである。しかも、この奴隷船の解放にさいして、横浜在留の列国領事のなかには、日本政府が白人の外国船長を裁判する権限はないとか、日本政府の越権は許せないなどと主張するものも少なくなかった。副島外務卿は強硬かつ慎重に闘い、ついにアジアの公然たる奴隷市場を解消させるという輝かしい仕事をなしえたのである。

アジアを植民地化しようとする欧米に抗して独立と自由を守る――ここに明治維新の精神があった。日本アジア主義は、維新精神を原点にした、東亜における最初のアジア解放と世界革命の思想であり運動であった。

投稿: 前田年昭 | 2008年6月15日 (日) 08時29分

マリア・ルス号事件は我が国における人権保護の歴史に画期をなした点で重要であると認識しております。ただイギリス在日公使が日本に対して救助要請した点やこれが芸娼妓解放令につながった経緯に触れないのは片手落ちではないでしょうか。私はここに亜細亜主義よりも人権主義を見たいのですが、アナクロニズムでしょうかね。

投稿: mozu | 2008年6月15日 (日) 18時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/507226/11238824

この記事へのトラックバック一覧です: アジア主義:

« 「独立」フェチについて | トップページ | 一人当たりでみると »