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十字軍の実像

十字軍という聖戦?キリスト教世界の解放のための戦い (NHKブックス 1105)
本の書評ではなく紹介です。十字軍に関しては日本人研究者によるものも欧米の研究者の翻訳ものもけっこうあるわけですが、八塚春児氏の「十字軍という聖戦」は啓蒙的な概説書ではありますが、十字軍研究の現在の水準を知るのにいい本かと思います。とはいえ最初の一冊ではなく、橋口倫介氏の古典的な十字軍本を読んだ後にクールダウンするために読むことをおすすめします。

世界史上有名なこの大事件については誰もが漠然としたイメージぐらいは持っているでしょうが、その実像となると十分に知られているとは言いがたいでしょう。最近では反米主義的な文脈で米国の行動を揶揄するのに、あるいはイスラム圏では本気で批判するのに十字軍のイメージが召喚されることが多いですが、宗教が政治に強力に絡んでいた中世という時代にあっても理念と現実というものの関係は時には牽引し、時には乖離し、時には反転しといった具合に複雑と錯綜をきわめているものです。堅実なる実証史家の筆になるこの書は十字軍にまとわりつく神話的イメージを相対化し、崇高なる理念と政治的利害や打算の絡み合いを解きほぐしてくれるとともに人間というもののあいもかわらぬ業のようなものを垣間見せてくれることでしょう。

著者が冒頭で述べるようにこの巨大な運動を紙幅の限られた概説書の形式の中に封じ込めることなどとうていできはしません。それゆえに焦点と論点はかなり絞られています。本書は多くの人々の脳裏に浮かぶ高校世界史的な十字軍像に対して、様々な仮説を検討しながら、時には実証の困難を正直に告白しつつ、現実の複雑さを対置するといった論述の進め方をとっています。それゆえかならずしも歯切れのよい本ではありません。読書にロマンやカタルシスを求めるむきにはかったるい経験となる恐れなしとはしませんが、歴史の好きな人間はこうしたジグザグした記述が著者の誠実を保証してくれるものであることを経験的に知っているはずです。

先に述べた高校世界史的なナラティブとは「1096年から1291年まで通算7回の十字軍遠征がなされた。当初の十字軍は宗教的動機による純粋な十字軍だったが徐々に世俗的利害が全面に出るようになって堕落していく。その転機となったのが第四回十字軍であった。なぜならばヴェネチア商人の商業的利害によって聖地ではなくその商敵であったコンスタンチノープルを占領することになったのだから」といったものです。

まず1095年のクレルモン会議において教皇ウルバヌス2世が第一回十字軍の招集を行ったことにこの運動の端緒があるとされるわけですが、著者はこの背景について丹念に分析を重ねていきます。まず当時の東方情勢についてですが、当時聖地を治めていたセルジューク朝トルコによってキリスト教迫害が激化したのかどうかは定かでなく、現在ではこれを主原因とする通説は批判されているそうです。それで十字軍招集の理由として、当時分裂していた東方正教会とローマ・カトリック教会の教会統一をはかるためという説、叙任権闘争の最中にあって神聖ローマ帝国に対して教皇権の優位を確立するためという説、内戦を外征に転化することにより西欧内部に平和をもたらそうとしたという「平和運動」説、スペインや南イタリアで再征服した地に宗主権を要求する政策を追求していたが、これを東方にも拡大しようとしたという宗主権政策説を検討します。著者は以上の仮説はすべてが正しくどの目標も同時に追求しようとしたとしています。そして重要なのは「キリスト教世界christianitasの解放liberatio」観であるとしています。キリスト教世界という単一の共同体に自由を保障すること、それがキリスト教世界の解放ですが、当時教会改革を通じてこの理念が高唱されるようになる。上述したようなすべての目標はこのキリスト教世界の解放の理念の一部として包含され得るというわけです。

ここで当初は絶対的な無抵抗主義であったキリスト教がいかにして聖戦思想を形成したのかという問題になります。著者はエルトマンに依りつつ十字軍思想の発展を説明していますが、画期となるのはローマ帝国におけるキリスト教の国教化であり、その後アウグスティヌスがドナティスト論争を通じて「正戦just war」の概念を発明します。これは教会内部の敵との戦争ですが、異教徒との戦争を理論化したのがゲルマン人の改宗を推進した大教皇グレゴリウス1世とされます。この後は徐々に「正戦」から「聖戦holy war」へ、すなわち消極的な戦争から積極的に推進されるべき戦争へと変化していきますが、聖戦思想にとって重要なのがカノッサの屈辱で有名なグレゴリウス7世です。彼の教皇の招集する義勇軍による戦争の構想を現実化したのがウルバヌスの十字軍ということになります。

著者は実際の十字軍参加者を分析して、(1)十字軍の理念に忠実なタイプで宗教的動機による参加者、(2)現状不満者で東方で一旗揚げようとした世俗的利害による参加者、(3)政治的利害から消極的に参加せざるを得なかった者に具体例をあげて分類しています。以上から第一回十字軍を宗教的に「純粋な」十字軍と見るのは誤りであり、むしろ時代が下るほどに「十字軍家系」の形成とともに世俗的動機が薄くなるという正反対の仮説を提示しています。

次に聖地解放の目的を放棄してコンスタンチノープルを占領したことで悪名高い第四回十字軍ですが、著者によればコンスタンノープル占領は計画的なものではなく偶然の重なりからであり、聖地への希求は揺るいでいなかったといいます。その原因となったのはヴェネチアの傭船計画であり、見積もりが多すぎたために費用を払えなくなり、ヴェネチアの要求でザラを占領するはめに陥った。しかしヴェネチアの役割はそこまででコンスタンチノープル占領には直接は関係ない。ヴェネチアとコンスタンチノープルも商敵ではなく当時強い結びつきをもっていたとされます。コンスタンチノープル占領にいたる原因は十字軍がビザンツ宮廷のクーデターに巻き込まれたことにあり、教皇はこれを叱責するが、事態の展開に応じて教会統一のためという名目の下に結局は占領、さらに教会国家の設立を追認していくことになったとされます。この展開は当初誰も予想していなかったものであり、偶発事態の連鎖の結果に過ぎなかったことが説得的に論述されます。

また「民衆十字軍」と呼ばれる運動についても一章を割いています。正規の十字軍とは言い難い動きです。例えば、後に半ば伝説化することになる隠者ピエールの活動は実際には無謀な作戦を繰り返し、悲惨な結果に終わったことで知られます。ドイツではフォルクマルに率いられる一隊がプラハでユダヤ人を虐殺した後にハンガリーで軍に撃破されます。またライニンゲン伯エミコの率いた隊はライン地方の諸都市でユダヤ人虐殺を行ったことで悪名高いですが、やはりハンガリー軍と戦闘になり、敗走、解散したとされます。こうした暴挙ともいえる運動について模擬反乱説、経済的窮乏説、経済的繁栄説などの解釈が提示されていますが、著者はこの時代の都市経済の発展が社会的格差の拡大を生んだことが宗教的熱狂とあいまってユダヤ人迫害につながったのではないかと推論しています。

最後に十字軍は7回というのもひとつの見方に過ぎず、実際には十字軍は数多存在していた点も強調されています。これも十字軍とは聖地解放のための宗教的動機によるものという先入観によるもので、一般に「非東方十字軍」とか「政治的十字軍」などと別のカテゴリーでくくられる十字軍も東方への十字軍とまったく同じ論理による同一の現象としてみなければならないことが強調されています。「キリスト教世界の解放」のためにその敵に対して教皇の招集により遂行される戦争、すなわち十字軍なのであり、その敵は異教徒であろうと異端であろうと皇帝であろうと誰だろうと構わない、また聖地であろうとどこであろうと構わないことになります。アルビジョワ十字軍しかりイタリア十字軍しかりレコンキスタしかり。16世紀ぐらいまで十字軍は存在しましたが(ウィーン包囲に対する神聖同盟も含めれば17世紀まで)、現在でも廃止されたわけではないので法理論的には現在でも発動可能なようです。まあそれはないでしょうがと著者も述べておりますが。

以上のように本書は通説的なイメージに対して綿密な分析を通じて修正を加えつつ、十字軍がきわめて複雑で多様な現象であったことを教えてくれます。ここではいくつかの論点について結論的な部分だけを抜き書きしたに過ぎませんので、詳細は本書を手に取られてご確認ください。わたしたちが知っていると思っている歴史がいかに幻想にまみれたものであるか、当時の現実の手応えのようなものを感じ取るにはこうした堅実な仕事をじっくり読んでみる経験が大切であることを教えてくれます。

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