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事件報道

メディア上を疑わしい言説がかけめぐり、それが政府の政策に歪みを与えるという現象はなにも今に始まったことではありません。かつてイデオロギーの横行した時代にはこの歪みはさらにひどいものだったはずです。とはいえ状況が改善しているとはとうてい言えない。現在において流言飛語にも等しい疑わしい言説が流通する理由は、主としてメディアが顧客たる視聴者の需要に応じて情報を供給するという剥き出しの市場の原理なのでしょう。

やや保守的とはいえ基本的に自由主義を奉じるわたしとしてはメディアの商業主義そのものをなじるつもりはありません。ただ一消費者として粗悪品が市場に出回るのはよくない、もっとちゃんと品質管理をしなさいとクレームをつける権利はあるわけです。なにが良質な言説であるのか判別する基準は難しいのですが、実証的であることというのは数あるなかのひとつの基準となり得るでしょう。実証性とはなにかという哲学的な議論はパスでよろしくお願いします。ここで要求しているのはさほど高尚な話ではなく、社会面をにぎわす事件などについて識者やジャーナリストや占い師やその他素性の知れない人たちの疑わしいコメントばかりがついて、彼らをシャットアウトしろとは言いませんが、これを中和するようなコメントが出ないのはまずいだろうといった程度の話だからです。

こんな誰もが思ってはいるもののもはや言うのも野暮に思われるような話題をあらためてとりあげたのも若者論批判をテーマにされているリベラル派社会学者(?でいいですか)の後藤和智さんのこのエントリーを読んだからです。ここでは社会学者の宮台真司さんの若者論がやり玉にあげられています。援助交際やオウム事件の頃にメディアに華々しく登場したその姿を見てドストエフスキーの「悪霊」に出てきそうなタイプだなあとある種の感慨を覚えたのを記憶していますが、その後は大アジア主義の復活とかわけの分からない方向に向かわれてしまったようですね。それで後藤さんが90年代の彼の若者論がいかに実証性を欠いた議論だったのか、またそれがいかに有害だったのか、すなわち学的批判と政治的批判の観点から宮台氏を難詰しています。

誰かが言っていましたが、90年代ぐらいから事件の際にコメントを求められる識者が進歩的文化人から心理学者や社会学者に変化したそうなんですが、この学者たちの言うことがなぜうさんくさいのかが問題になるわけです。占い師と言っていることが変わらないわけですが学的に粉飾されているだけ有害だと思います。天然の人と確信犯がいると思われますが、宮台氏は後者でしょうね。意図はともかく政治的効果ということでは同じことです。ごく一部の若者をとりあげては「危険で理解不能な若者」というステレオタイプをつくり、それが行政の青少年対策に大きな影響を与えたわけですから。

この若者論の問題は犯罪報道の問題と密接に結びついています。犯罪報道の問題点については識者によってずいぶん指摘されていますが、このブログが分かりやすいでしょうか。要するに凶悪犯罪は全体として増加するどころか減少している。残酷な青少年犯罪など昔からあった。治安はまったく悪化していないどころか良くなっている。にもかかわらず国民の「体感治安」が劇的に悪化しているのはメディアが稀少な凶悪犯罪を微に入り細に入りしゃぶりつくすまで連日報道していることにあるからだという見解がどうやらリベラルな犯罪学者の間の合意になっているようです。つまりメディアが抑制的な報道を行い、統計資料にもとづいた科学的な議論が正しく啓蒙されてきたならば、ここまで歪んだ社会像が蔓延することはなかったと。ここにも微妙な政治があるのかもしれませんが、おおよそ正しいのでしょう。もっともメディアばかりのせいなのかは考えなくてはいけないでしょうが。

いずれにせよメディア化し情報化した社会において疑わしい言説が疑心暗鬼と不安心理ばかりを増幅しているというわけです。これは世界的な現象でありましょうが、日本はこの点でやや特異なんじゃないかなと思います。日本特殊論はいやなんですが、外国人が驚くのはなぜ日本のメディアは事件報道ばかりしているのかという点だそうです。なぜ日本のメディアで事件報道が多いのか(これも実証的なデータが必要ですが)の理由として、ひとつにはどんなトリヴィアルなニュースも逃さないメディア網の稠密さ、もうひとつは治安秩序に対する伝統的な要求水準の高さがあげられるだろうかと思います。いろんな国に行きましたが、どう見ても日本は安全ですよ。これは請け合います。

あまり根拠のない怯えによって社会が動くというのは健全ではないだろうと思いますので、犯罪は減っている、治安はよくなっているということは、呪文のごとくメディア上で強調されてもいいと思います。今日もテレビを見ていて、事件そのものはご遺族の気持ちを考えればやり切れなくなるものですが、三輪さん、そんな心配しなくとも凶暴な若者は稀少ですからご安心くださいね、霊的なものとかたぶん関係ないんですよ、と言いたくなりました。右派の政治家や評論家がまた道徳教育とか宗教教育とか叫び出さなければいいんですがね。残念ながら凶暴な人間が確率的に出現するという現実はそう動かせそうにないですし、淡々とどう対処すればいいのか考えるほかなく、大騒ぎしても無駄だというある種の諦念と実際思考が必要なのでしょう。

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