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日本女性について

西洋(あるいはそこを経由した世界)における日本女性のイメージというのはわれわれにはなかなかはかりがたいものがあります。われわれが知っているのはなんとかさんとかだれだれちゃんとかいった具体的な人であり、日本女性一般なるものと出会うことはないからです。ところが世界には厳然として「日本女性」のイメージが実体であるかのごとく流通しています。ハリウッド映画などでなにこれといいたくなるような日本女性が登場するのを目撃したこと経験はみなさんにもおありでしょう。最近では「サユリ」でしたっけ。彼女は日本人でも日系人ですらありませんでしたが。ちなみにこの反応を素朴なナショナリズムと受け止めるむきがあちらにあるのですが、そういう受け止め方の問題じたいも文化-政治的な考究の課題となるのでしょう。アジアン・ビューティーと言えば、タイも日本もベトナムも一緒なわけです。

こうした一方で現代日本女性の紹介といった試みがささやかに行われていることはあまり知られていないと思われます。川上澄江さんというジャーナリストの方がしばらく前に「さようなら蝶々夫人」というタイトルの本を英語で出版されました。著者はかならずしもばりばりのフェミの方というわけでなく、現在女性の置かれている場所に肉薄したいといったモチベーションから仕事をされている方とお見受けしました。10人の女性(と1人の男性)のインタビュー集です。わたしはこのインタビュイーの方々を「普通の人」とは呼びたくないような気もしましたが、いずれにせよわれわれ同様の無名人たちの生と性を掘り起こした試みです。

Neojaponismeという現代日本カルチャーを扱った有名なブログで彼女のインタビューが掲載されていました(日本語版もあります)。彼女のインタビューの答えはちょっと一般化しすぎじゃないの、とか、時代ごとの変遷が十分に説明されていないじゃないの、といった感想もところどころで持ちましたが、まず、ステレオタイプな日本女性のイメージがあるとしてそこに対して現在の日本の女性を提示する試みとしてはなかなか誠実なものだろうと判断します。ありがちな男性=抑圧者、女性=非抑圧者といったマニ教的な枠組みに過剰に依拠していない点も好感がもてました。この本のタイトルはどうなのよと言いたいところもありますが、まあ一般の人に読んでもらうことを狙えばこうするしかないんでしょうね。

でこの本に対するリアクションをいろいろ探っていくと、だいたいがこの本に登場する女性たちに「個人的に」共感したとか変だとかいった素直かつ人間的な反応です。また日本の会社システムっておかしくねという「社会派的」な感想も多く見受けられます。わたしが興味をもったのはAsian Review of Booksの評で、日本女性のロマンティックな生活に興味をひかれるのは謎だ、ペルー女性やインドネシア女性についての本などあまりないという言葉、また蝶々夫人はもはや存在しない、いやはじめから存在しなかったのだという言葉です。ここでもやはり記号としての「日本女性」の強さが確認されます。

また日本人のみならず外国人による現代日本女性を紹介しようという試みもあります。ヴェロニカ・チェンバースさんの「キックボクシング・ゲイシャ」という本は、タイトルはともかく(なんとかならんか)、同じようにいろんなタイプの女性の生を扱ったリポートです。これも日本女性につきまとうステレオタイプを打破して、具体的に生きている女性たちの姿を共感的に伝えようとした試みと言えるでしょう。著者のインタビューもあります。日本女性というと着物を着た芸者さんのイメージとセーラー服の女子高生のイメージが強いけれども、「普通の女性」たちが社会を大きく動かしているといった主旨です。運動なき革命という表現も使っていますね。これまでの草の根の女性運動の果たした役割を十分理解しているのかどうかを別にすれば、だいたい正しい認識ではないでしょうか。

いろいろ眺めていて分かるのは、だいたいもの静かで(quiet)従順な(submissive)女性というイメージが強固にあり、現在の女性たちのイメージは過剰に性的(oversexualized)なイメージといったところでしょうか。前者は芸者さん、後者はAVなんかのイメージなんでしょうか。まあ、たしかにこれでは日本女性像は歪むわけですね。もっともこうしたイメージの普及にあたって日本のメディアの果たした役割も大きいわけですがね。ここにあるのは相互作用であってオリエンタリズム!とか言って単に彼らを責めればいいというものではない。こちらにも反省すべき点は多々あるわけです。

ところでこういうロマンティックなイメージとは別に抑圧された(oppressed)女性たちというイメージも相当に根強くあるのを実感します。別に抑圧がなかったとか今ないなどとは言いませんよ。でもどうでしょう。キリスト教のような強力な一神教の下での抑圧とはずいぶん様相が異なるような気がします。中世はもちろん19世紀ぐらいでも西洋史の本を紐解くならばそのミソジニーぶりにけっこう震撼させられます。アメリカだってなかなか凄いなと思います。社会的な抑圧というよりも宗教的、内面的な部分での抑圧ですね。ああいう強力なフェミニズムが生まれるにはそれなりの土壌もまたあるわけです。性的な意味での抑圧は日本では明治以降中途半端に西洋の模倣をしたわけですが、内面的な部分まで強力にはいってくるような感じではないような気がしますが、いかがでしょう。明治儒教的な要素(良妻賢母主義)の残存を甘くみるつもりもないですし、まあひどい抑圧があったのは事実ですし、どっちがいいというような話ではないつもりですが、前提が違っていないかなといつも感じます。またそれが直輸入的なフェミニズムが今ひとつ日本でパっとしない理由でもあろうかと思います。日本が遅れているからだとか大衆が無知蒙昧だからだとか思っている人がいるとしたらちょっとそこは考え直したほうがいい。もっともこういうことも賢明で真摯なフェミニストは折り込み済みだと思いますのでまったく大きなお世話ですね。

それはともかくこの抑圧された女性のイメージと先ほどのもの静かで従順な、あるいは過剰に性的な女性のイメージは独立したものではなく、相互に連携しつつ日本女性のイメージを形作っているようです。ええ、これはイメージの話であって具体的なあなたやあなたの知り合いのことではないのです。でもひとたび日本を離れた時には、あるいは日本でも外国人とコミュニケーションするときには、こうしたステレオタイプとの格闘が待っているのかもしれません。その場合、鏡像的な関係に入らないこと、あるいはイメージに亀裂を入れること、そうした実践が課せられることになるでしょう。ステレオタイプに飲み込まれたほうが楽なんですけれどもね。わたしとしてはここで優雅に抵抗する人が増えてほしい。

こうしたなか最近日本の女性で英語発信する人が徐々に増えてきていまして、それを個人的には非常にうれしく感じています。Shisakuという日本政治に関するブログ(皮肉っぽいですがなかなかいい)で知ったアンナ・キタナカさんのブログを見つけたことでこうした思いを新たにしました。そのエントリーのひとつ「性差別はグローバルだ。日本だけじゃない」というエントリーには心打たれるものを感じました。

内容はインデペンデントとガーディアンというイギリスを代表する左翼新聞による毎度毎度の日本批判に対する反論です。ちなみにこの両誌はどこの国に対しても批判的ですからなかなか骨があるじゃないと思うことももちろんあるのですが、日本に対する批判はちょっとあまりにもポイントをはずしていることが多いのが問題です。記者のレベルがどんどん落ちている。現実の日本というよりも想像上の日本への批判ですからこっちとしてもはあ?となることが多い。

インデペンデントによれば日本の職場における「見えない天井」は「コンクリートの天井」「鉄の天井」だそうです。それで女性の社会進出に対する意識の大幅な向上を示す統計を示した後に、いつものテンプレです。日本では伝統的に女性の場所は家庭であり、日本は女性が職場での平等を求めていまだに戦っている唯一の先進国であるのだそうです。こうした物言いに対して日本だけでなく全世界で女性の居場所は伝統的に家庭にあったのであり、職場での平等は現在においてもすべての先進国での課題でしょうとごくごくまっとうな批判をしています。同様にガーディアンの記事に対しても、問題を日本だけに押し付けるな、日本以外では性差別がなくなったなどと嘘をついてわれわれを混乱させるなと批判しています。また結婚と出産を選択した女性を憐れむべき存在と考える権利などお前にはない、それも人生の選択なんだとやっつけています。

要するにこうやって問題を日本に特殊化して自分たちをそこから切り離す作法を常套的に用いるわけですね。これは本当にいらやしい言説戦術ですが、英語の新聞ではテンプレ化しています。ですからもはや書いている記者にもさほど自覚がないのでしょう。そしてそういう記事を読む読者は自分とは無関係の話として極東の遅れた国の女性たちを安心して憐れむことができるわけです。ここには本気で世界における女性の地位向上を願う真率さなどみじんもない、つまり偽善しかないわけです。こういった正義を偽装した記事を掲載することでイギリスは帝国意識の残滓が左翼を含めて強固に残っている国であることを日々暴露し続けているわけですね。ちなみに彼女はイギリス生まれの方だそうですから、当地の事情をよーくご存知なんでしょう。

話を少し大きくしますと、こうした欧米左翼に巣食う傾向性を一般にリベラルパターリズムと言いますが、そこにはソフト・レイシズムがまとわりついています。善意と蔑視の混じった視線ですね。この問題性についてはアカデミックな世界では論じられているのですが、ややラディカルな人達が唱えていることもあって一般にはあまり広まっていない認識のようです。あまり声高に訴えるとそれはそれで変なイデオロギーになっていく罠があるのでしょうけどもね。それはともかくアジア・テンプレというのが既にありまして記事はこの枠組みの中でしか書かれない。とりわけ社会、文化記事はほぼどこの国でも同じような切り口になります。女性に関するシンポジウムが開かれた時、そこでの議論は複雑多様にして実に興味深いであったのにガーディアンにのった記事はアジアは遅れているというテンプレ記事だったと怒っている女性に出会ったこともあります。英語を学んでこういう記事を読んで同胞たちが土人扱いされているのに自分だけはそこに属していないと勘違いしているbananaさんたちを苦手としているわたしとしては、こういう真の国際交流をする気のある女性たちが続々と出現することを希望しています。

最後にこの裏返しとしてわれわれ自身が同様のまなざしを他の国々に向けていないかどうかも深く反省すべきだと思います。それは非常に醜悪な光景です。批判がいけないというわけではない。ただ偽の批判と真の批判があり、偽の批判とは本当はどうでもいいと思っているのに単に心理的な満足を得るためだけの批判であり、確かな情報もないのにイメージだけにもとづいた批判のことです。一般の人にまでこうした倫理を要求するつもりもありませんが、日本のメディアや知識人にこうしたまなざしが巣食っていることに苛立ちを感じます。日本の場合はオクシデンタリズムとオリエンタリズムの使い分けをその特徴としていると言われます。思い当たりますよね?

PS ここではイメージの話しかしていないのですが、もちろん日本社会における現実の女性の置かれた地位の問題というのがあります。なにが女性の行動の制約条件になっているのかというのは相当に複雑だと思います。最大の問題が企業慣行にあるのは間違いないでしょう。とても結婚や育児を支援するような体制にはなっていない。そしてわたしが疑問に思うのは日本のフェミニストがパート労働の問題について十分に問題化していないように見える点です。問題化とは気付いていないということではなく実際のアクションがあまり目につかないという意味です。経済的に見ればここが最大の問題でしょう。その点、非正規雇用の問題が騒がれ出しているのはいいことだと思います。もっとも男性の非正規雇用者が増大している事実が引き金になったのでしょうからそれはそれで問題なのですがね。いずれにせよ労働市場改革が急務である所以です。また文化的な要素も無視できないのでしょうね。トラックバックしていただいた空さんが役割期待の話をされていますが、日本における役割期待の起源はどこにあるのだろうとつねづね疑問に思っていました。これは儒教的な要素とも思われない。domestic matriarchyという表現も見かけますが、どちらかという言えば海洋アジア的(島嶼的)なものなのかなあなどと感じますが、よく分かりません。なかなか実証的に議論しにくい論点ですよね。ただ私は不毛な文化闘争とか象徴闘争のたぐいに入り込むよりもこういう問題ではプラグマティズムのほうが好ましいと考えますので文化的文脈に配慮しつつ文化論はあまり表に出さないほうが政治的に賢明だろうと思っています。

若干訂正、加筆しました(6.3.2008)

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コメント

日本の女性たちは詐欺師だらけだ。
美人なんてくそくらえ。
外国にも悪い女性はいるが
この出会い系サイトの女は特に酷い。
真奈美は大嘘つきだ。
約束破り、ポイント稼ぎ女だ。
5000円以上損した。

投稿: 嘘つき女出会いサイト | 2011年2月 8日 (火) 19時14分

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