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自己責任の原風景

「決闘裁判 ヨーロッパ法精神の原風景」山内進著
本書は西洋法思想史を専門とする著者による「決闘裁判」を扱った新書です。決闘といった時に思い浮かべるのは貴族の子弟が御夫人方との色恋をめぐって対決するイメージとかでしょうか。ところが決闘裁判はその名の通り、私闘ではなく、公的な裁判制度の内部にある裁判手法のことです。現在の目から見ると「愚かなこと」をしているなあということになるわけですが、イングランドでは19世紀になるまで認められていた制度であります。著者はこの決闘裁判に西洋社会における「当事者主義」の原風景を見ています。話は現代アメリカの裁判制度にまで及びますが、時に我々に激しいなあと感じさせるあの攻撃性の根源は、著者によれば中世社会の自力救済主義の伝統の中にあるとされます。非常に高揚感のある文体で読後、なにかそわそわしてしまったことを付け加えておきます。

まずローマ法の影響の弱い初期中世ヨーロッパにおいては裁判とは「神判」であったわけですが、具体的には熱湯裁判、熱鉄裁判、冷水裁判、決闘裁判といったやり方で神の意思が露にされ正義が実現されたといいます。熱湯に手を入れて火傷するかどうか、灼熱の鉄を持たせて火傷するかどうか、水に入れて浮かべば有罪、沈めば無罪とかいった具合です。日本の古代のクガタチと同じですね。決闘裁判は法廷で当事者に武器を持って戦わせ、その勝者を正しい者とする方法でありますが、これも神の関与のせいと理解されていたのでれっきとした神判でありました。ただ偶然に左右されにくいこと、一対一の主体的な戦いであり、神の関与なのか本人の力量なのかよく分からないという点で前三者とは異質であり、それが長続きした理由でもあるとしています。

決闘裁判がどのように行われたかについては豊富な事例で解説がしてありますが、三類型に分けられるとしています。ひとつは当事者同士の決闘、次に判決人に対する決闘、最後に一方の側を助ける宣誓補助者および証人に対する決闘、または証人同士の決闘です。決闘をする資格があると考えられていたのは基本的に「武装権」を有していた騎士階級でありましたが、実際には農民、市民、女性や老人も決闘に加わっていました。しかし老人や女性や子供などハンデが大きい人は自分に代わって戦ってもらうケースが多かったそうです。これを代闘士(チャンピオン)と呼びますが、親族から出る場合もあれば、プロフェッショナルもいました。著者は後者を区別して決闘士と訳し分けていますが、彼らは非差別者でありました。ローマ法の復活以降には剣闘士と同一視され法的無能力者の地位に甘んじていたといいます。決闘の具体的なやり方はコード化され、フェア・プレイの精神が尊重され、降参するか殺害されるまで続いたといいます。

このように決闘裁判は暴力的ではありますが、紛争を解決するための公的な裁判手続きでありました。これは暴力と武力が跋扈し、紛争がフェーデ(私戦)によって解決されがちで、これを抑えきる公権力がなお生成途上であったような社会において、これをなんとかを公的枠組みの中に組み込み、飼いならす手段として発達したとされます。13世紀ぐらいになると神判が教会から批判され(第四ラテラノ公会議)、禁止令が多数出されるようになり、世俗権力や都市もこれに倣い、先ほどの三類型は徐々に消滅していくのですが、決闘裁判だけはしぶとく生き残ります。それでも16世紀半ばぐらいまでに世俗的で公権的な裁判制度が樹立されるに従ってきわめて自力救済的な要素の強かった決闘裁判は終焉をむかえたといいます。ただ「名誉」を重んじる気風はかわらず私闘そのものは続くことになります。

ところが決闘裁判はイングランドにおいては19世紀までしぶとく残ります。イングランドでも先ほどのラテラノ公会議を受けて神判を禁止したわけですが、この時にこれに代わるものとして生まれたのが例の陪審制度(判決陪審)であります。しかし陪審制度というのは現在のイメージと異なり、王権によって上から押し付けられた制度ととらえられたため、これを拒否する権利感情は強く、決闘裁判が自由の証とみなされたといいます。したがって陪審と私訴との選択肢はこの後も維持されることになります。私訴の手段としての決闘裁判への批判は続きますが、多くの自由主義的な論客達がこれを自由の証として正当化しました。しかし1818年に「アシフォード対ソーントン事件」を最後にイングランドでも決闘裁判が廃止されることになります。

なぜ決闘裁判が続いたのかについて著者は自由と名誉の精神を強調します。中世ヨーロッパ社会においては権力の分散によって多数の独立した自由人や中小の権力者が存在し、それが相互援助的なネットワークを結んだこと、さらにそこでは権力に頼らない自力救済の精神、自立と結びついた名誉を重んじる気風、自己責任に裏打ちされた自由主義が成立、発展したことが、多くの批判にもかかわらず、この制度を長続きさせた根拠であるとしています。また中世において名誉と権利とは不可分の概念であり、自身と親族の権利は自力で防衛しなければならないし、それが名誉であり、正義であったといいます。キリスト教的な観念で粉飾されているが、それはキリスト教に先立つものであり、また教会の批判にもかかわらず存続した事実に表れているように、決闘裁判の本質は戦士的資質をもつ者達による自力救済であるとします。

最後に著者はアメリカをこの中世ヨーロッパの伝統の後継者と見なしています。絶対王政を知らない民であるアメリカは、市民の自由と自力救済のシステムを直線的に発展させ、可能な限り公権力に頼らず、それを制御する制度と精神を築き上げていった。アメリカの「市民の武装権」も「個人の権利」も近代的というよりも中世における自力救済の思想に根ざしているといいます。大陸ヨーロッパが公権力優位の「糾問訴訟」を発達させていたころ、イングランドでは当事者を訴訟の中心に立つ方式を維持したわけですが、それがアメリカにいってさらに拡大深化したと。特にアメリカの裁判を特徴づける「当事者主義」にそれが見られるといい、形式的にも精神的にも中世ヨーロッパの裁判、特に決闘裁判との類似性を指摘しています。

当事者主義についてはジェフリー・ハザードの言葉。
「アメリカの当事者主義は、当事者間の対立に重点が置かれ、弁護士が訴訟における依頼者のための戦士としてあらゆる手段を尽くし、全力をあげて相手方と闘うことを強調する概念である」
「当事者主義は、イングランド・アメリカ的法伝統に深い根を持っている。その先行者はノルマン人の決闘裁判だとしばしば言われる。この決闘裁判のもとで、疑わしい争点が決闘の結果によって解決された」
またジェローム・フランクの言葉。
「訴訟とは法廷で行われる合法的戦闘である。それは歴史的には(そして現代においても)拳銃や剣による私的な戦いの代用品である。ナイフや拳銃を使って相手にこちらの望むことをさせるかわりに、いまでは相手を殺さない武器、つまり説得という道具を用いて・・・裁判所で戦うのである」

以上のようにフェーデの代用としての当事者主義の裁判というものの原風景をなしているのが中世の決闘裁判であるといいます。最後に結論的な部分を引用しておきます。著者によれば欧米社会における権利意識の強さはその近代性に求めるべきでなく、中世的な伝統がそのコアにあるということになります。

「日本の法律家たちの多くは、権利や自由を重視する考えは、近代の啓蒙主義やフランス革命、あるいは人権宣言によってはじめて登場した、とこれまで考えてきた。その考えによると、権利と自由こそ近代社会の指標にほかならない。日本人が権利意識に乏しく、裁判を嫌うのは、後進的で、近代化が十分でないからである。近代化を推進するために、われわれは、権利意識を高め、裁判に訴える機会を増やさなければならない、と。
しかし、決闘裁判の考察から明らかなように、「権利のための闘争」はヨーロッパの土壌に深く根ざしており、歴史的かつ文化的なものである。われわれが「権利のための闘争」に違和感を覚えるのは当然であろう。権利主張が義務であるかのように語られることそれ自体が矛盾であり、その違和感の存在を証明している。
しかし、その戦いは、実はそれほど颯爽としているわけではなく、凄惨で暴力的だった。戦いには流血はつきものである。決闘裁判がもっとも具象的に示しているように、欧米世界で発達した裁判においては、血と暴力という陰と、権利と自由という光が交錯している。裁判だけではない。法も同様である。この光と陰の交錯が欧米の法文化を彩っているといってもよいだろう。おそらく、現代の国際社会においても、欧米諸国によって法と正義が語られるとき、このような光と陰の交錯は避けられない。」

新書ということもあって飛躍が多いような印象も受けましたが、著者の雄弁にはなかなかうならされました。もちろん欧米近代というのは中世ヨーロッパの伝統の普遍化として存在しているわけですから、その法意識を理解するためには過去に遡るという作業は必須でありましょう。決闘裁判という個別の制度にどこまで多くのものを読み込めるのかわたしには判断がつきませんが、英米法における当事者主義というものが(もちろん大陸にもそういう要素はありますが)、自身の起源として決闘裁判のイメージを抱いている点は非常に勉強になりました。最後にアメリカってなんだか中世っぽいなあという印象はやはりそれなりに正しいのですね。

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コメント

これまたおもしろい。
mozuさんは文章がお上手ですね。
現代の訴訟の弁論でも「攻撃方法」、「防御方法」などの言葉遣いは、まさに決闘の残滓なのかもしれませんね。
「権利」という言葉自体、輸入された造語ですが、日本にも権利に相当する、あるいは近い概念は輸入以前にも日本社会のなかで機能していたのだ、という議論があるようですね。この前読んだ本のなかにーー詳しくはかかれたなかったのですがーーそんなことが書いてありました。

投稿: 空 | 2008年4月25日 (金) 02時29分

>日本にも権利に相当する、あるいは近い概念は輸入以前にも日本社会のなかで機能していたのだ、という議論があるようですね。

それはとても面白そうな議論ですね。中世ヨーロッパの法制史を読んでいると宗教的要素を排除すれば日本とダブるところが非常に多いなあという印象を受けますね。かつての日本は自力救済の精神がみなぎっていたように思えるのですがね。大陸法じゃなくて慣習法を導入すべきだったんですかねぇ。そんなこといっても遅すぎますが。

投稿: mozu | 2008年4月25日 (金) 03時08分

室町時代や戦国時代は、日本も中世ヨーロッパに近い社会だったように思います。当時は個人も村落も自らの権利のために文字通り戦っていたようですね。
江戸時代になって「お上」に権利を守ってもらうようになっても、無頼やヤクザという形で、自力救済の伝統は続いたのでしょう。江戸末期のヤクザは相当な力を持っていたようですし。

投稿: Baatarism | 2008年4月25日 (金) 12時41分

そういう気概は日本史の中にも連綿とあるんですよね。この本の著者とは少し違う意味で、近代化論者は日本人も欧米を見習ってうんぬんという言説スタイルを少し変更したほうがいいような気がしますね。それなら日本主義者も満足させられるでしょう。

また未来のモデルとしての室町、戦国というのはありそうですね。アジア貿易に乗り出したサムライ商人の時代ですし。江戸以前の日本というのはもうひとつの日本という感じで面白いですね。

投稿: mozu | 2008年4月25日 (金) 15時49分

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投稿: ジョブ板事務局 | 2008年4月25日 (金) 17時16分

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投稿: つき指 | 2008年4月25日 (金) 19時47分

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