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レバノン緊迫中(2)

ヒズボラによるベイルート西部の占領と撤退という事態を受けて引き続くレバノンの政治危機ですが、その後も各地で小規模な衝突が続いているようです。アラブ連盟が仲裁にはいったとか、アメリカがレバノン軍の強化の支援表明をしたとかいった動きも出ているようです。日本語ソースは例によって外信ばかりですが、高橋宗男氏が現地入りして記事を書かれています。敬意を表明して引用しますと、

レバノンの首都ベイルート東部の山岳地域で11日、イスラム教シーア派民兵組織ヒズボラなど親シリア勢力と、反シリアのイスラム教ドルーズ派の間で激しい衝突が起きた。ベイルートの衝突が小康状態になる一方、戦闘は他地域に飛び火している。ロイター通信によると、7日以降の死者は53人、負傷者は150人に上った。

新たな戦闘地域ではドルーズ派が多数を占め、キリスト教徒も居住している。ヒズボラ支持者の多いシーア派の村が二つあり、衝突は同派住民とドルーズ派住民の間で起こった。ドルーズ派の大半は反シリア派だが、少数の親シリア派のドルーズ派住民もシーア派側について戦闘に加わっている。

反シリア派の有力指導者で、ドルーズ派の領袖であるジュンブラット氏は地元テレビを通じ「平和と共生が最も重要だ」と述べ、支持者に武器を置くよう求めるとともに、同地域の支配権を軍に引き渡す考えを示した。

ドルーズ派はイスラム教徒の中で歴史的に異端視された経緯があるが、結束の強さと勇猛さで知られる。オスマントルコ時代以降、レバノン地域では人口比以上に強い発言力を有してきた。

というようにシーア派とドルーズ派の宗派間でも対立が高まっているようです。ドルーズ派(ドゥルーズ派とも表記)というのはシリア、レバノンを本拠とするイスラームの第三勢力とも言われる宗派です。シーア派の一派として生まれたものの、スーフィズムに加えてグノーシス主義や新プラトン派の影響を受けたとされ、歴史的に異端視されることが多かった宗派といいます。コーランを教典とみなさず、聖者崇敬に熱心で、さらに輪廻転生を信仰しているという話です。ハーキムというファーティマ朝のカリフを神格化し、世界終末の際にはこの人物の再臨によりドルーズ派信徒は救済されるということです。この派がこの地域の政治史に果たした役割は非常に大きいので(親英、親イスラエルのスタンスとされる)、スンナ派対シーア派という軸に加えて要チェック勢力です。日本語でも概説書がありますので興味をもった方はどうぞ。さらにレバノンにはキリスト教マロン派という興味深い勢力もいて本当にいやになるほど複雑です。

それで仏語圏では細かい勢力分析などもなされているのですが、日本語のブログの世界でそこまで必要とされているとも思えませんので、よく分からないけど、どうなってるわけ、という人向けにRue89の啓蒙的な記事がありましたので紹介します。「レバノン危機 ヒズボラの賭け」という記事です。以下要約です。2006年以来の「冷たい内戦」状況を概観した後に基本的な疑問に答える形で解説しています。

1. ヒズボラとは何か?
ヒズボラは「神の党」を意味する。これはレバノン南部にイスラエルが侵攻した際(ファタハとパレスチナ解放戦線を撃退するための「ガリラヤの平和」作戦)、1982年6月に設立されたレバノンのシーア派の軍事組織だ。ヒズボラはベカー平野に駐屯するイランの革命防衛隊の2000人のグループと近い。当初よりシリアやイランによって支持されている。ヒズボラの目的はイスラエルをレバノン南部から撃退すること(さらにヘブライ国家を消滅させること)、少なくともレバノンにイスラム国家を樹立することだ。

ヒズボラは政治運動に転じたが、社会事業にも参画している。アル・マナールというテレビ局をつくり、病院や学校を経営している。2005年選挙では議会で14議席(128席中)、政府では2人の大臣を獲得した。厳格なムスリム的な生活スタイルを誓っているが、レバノンをイスラム社会に変化させるようとする意思は放棄している。

常に民兵組織を保有し、国際的圧力に抵抗している。首相ラフィック・アリリ氏暗殺の後に2005年にシリアの同盟者によるレバノンの撤退の後もそうであった。

ヒズボラは2000年のレバノンからのイスラエル撤退、2004年のヘブライ国家によるレバノン人、パレスチナ人の囚人解放以来、アラブ世界で大いなる信頼を獲得した。2006年にイスラエル兵を捕虜にした際に、イスラエルはレバノンの極めて破滅的な戦争を開始したが、これが親ヒズボラ、反ヒズビラの内的緊張を煽ることになった。「神の党」の威信は反西洋的なアラブ人の間で増大した。

2. これはテロリストの運動なのか?
ヒズボラは民間人を対象にして何度も攻撃を加えたため、米国や他の西欧諸国ではテロリスト組織と考えられている。1985年にメンバーの3人がTWA機をハイジャックし、搭乗していたイギリス海軍の軍人を殺害した。ジャン・ポール・カウフマンのケースのように人質をとることにも躊躇しない。対イラン戦争でイラクへの武器引き渡しを減らすためにフランス政府に圧力をかけるために行ったケースだ。

1992年のアルゼンチンのイスラエル大使館への攻撃(29人死亡)、2年後のアルゼンチンのユダヤセンターへの攻撃(95人死亡)にも関与した疑惑がある。1996年のサウジアラビアでのアメリカの軍事施設への攻撃の犯人とされる(19人死亡)・・・

ブッシュ大統領は2002年1月の国連演説(「悪の枢軸」演説)でテロリスト集団としてヒズボラを明示的に言及した。ニコラ・サルコジも同様にヒズボラをテロリスト組織とみなしている。一方でヒズボラは欧州連合が作成したテロリスト組織のリストには掲載されていない。

3. 誰が指導しているのか?
Cheikh Mohammed Hussein Fadlallahは精神的指導者と考えられている。1992年以来、ヒズボラの民兵組織の司令官であったHassan Nasrallahが政治的リーダーだ。この人物はイランとイラクで神学を研究した。3番目に重要なのがImad Fayez Mugniyahであり、テロ活動の責任者と考えられていたが、ダマスカスで2008年2月19日に殺害された。ヒズボラはこの攻撃の背後にいるとしてイスラエルを非難した。

4. アマル、ヒズボラ、違いはどこ?
アマル(「希望」)はもうひとつのレバノンのシーア派の政党で1975年に創設された。ヒズボラの同盟者だ。しかしこの党はヒズボラのように宗教指導者によって支配されていないし、1991年には公的に武装解除した。実際には民兵組織を保有しているが、ヒズボラほど強力ではない。

アマルはイランとその議員達との強いつながりをもつ。1982年にアマルのラディカルな一派はその歴史的なリーダーのNabih Berri(現在議会の委員長)と断絶し、1983年にヒズボラに参加した。これが「イスラム主義的アマル」であり、今日ヒズボラのセクトのひとつを形成している。

議会での同盟者であるアマルとヒズボラは常に素晴らしき関係を保っているわけではない。1987年、1988年のように軍事的に対立すらしたこともある。

5. なぜレバノン軍はヒズボラに介入しなかったのか?
行政権力同様に、これは多宗派で構成される軍であり、この衝突では中立を保つことを決定した。そのトップのMichel Souleimaneはマロン派のキリスト教徒だが、幕僚長のShawki Al Masriはドルーズ派、公安のトップのWafig Jizziniはシーア派、治安部隊のトップのAchraf Rifiはスンナ派といった具合だ。4日間の暴力の間、軍は調停勢力の立場を堅持し、新聞社や党本部を保護した。他方で政府によって免職された空港保安官をポストにとどめることを決定した。

土曜日にはベイルートの市街地から撤退するようヒズボラを説得するのに成功した。国民の間で威信と中立的なイメージを増大させると考えられる。これは大統領の任命を待っている軍のリーダーのMichel Souleimaneにとってメリットととなる。

6. シリアとイランの賭けはなにか?
シリアは常にレバノンと同盟者ヒズボラを地域における利害─とりわけ対イスラエルの─を守るために利用してきた。この国への影響力を回復するために現在の緊張を利用し得るだろう。

イランの役割はもっと議論されている。何人かのコメンテイターによれば、イランとヒズボラは真の意図─レバノンにイスラム共和国を樹立する─を表明したのだ。しかしイランが現在の状況に満足しているというのがもっとありそうな話だ。イランにとってヒズボラはなによりもイスラエルと西洋に対する圧力の道具だ。もしテヘランを困らせるようなことがあれば、このレバノンの道具を壊滅できるだろう。

ジャン・ピエール・ペランなどはより手の込んだ仮説を示している。イランとヒズボラはイスラエルとゴラン高原の返還を密かに交渉しているシリアに裏切られることを恐れているというのだ。かくしてこの軍事行動はシリアとの戦略的同盟をテストする目的をもつものであったことになる。
(了)

といった具合です。こうした不安定な治安情勢の国はどこでもそうですが、注目すべきはレバノン軍なのだと言っていいのでしょう。アメリカがレバノン軍の増強を表明しているのはその意味で正しいのでしょうが、反米感情を刺激しないように欧州やこの地域の同盟国を立ててうまくやらないといけないのでしょう。軍が近代的かつ中立的な勢力として成長すること、国民の間で威信を保てるかどうかが鍵だと思います。民兵組織の武装解除が次の段階ということになるのでしょうが、そんなにうまくいくのかいと言われれば、うぐっとなります。これだけ宗派が混然としているところでいったいなにを国家統合の核にしたらいいのでしょうねぇ。

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