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西谷喬助氏を讃えて

もし食品業界にノーベル賞があったとしたらかならず受賞するであろう人物に西谷喬助(要介という表記も)氏がいらっしゃいます。戦後の我が国が輩出した偉人の一人といっていいでしょう。我々は氏の革命後の世界に住み、その恩恵に浴しているにもかかわらず、革命家である西谷氏の名をあまり耳にすることがありません。安藤百福氏と比べた場合、これはいささか不当な事態ではないでしょうか。というわけで今日は氏の業績をこの場末ブログで讃えてみたいと思います。

なんだか俺は知ってんだぞ的な物言いになっていますが、現在、かまぼこ、ちくわ、魚肉ソーセージなどの練り製品のほとんどが氏の開発した「冷凍すり身技術」によってつくられていることを私が知ったのは、恥ずかしながら、実は先週のことでありまして、私もついこの間まで忘恩の徒の一人であった訳です。練り物への愛、とりわけ魚肉ソーセージへの─いささか不透明な─愛に関しては、人後に落ちないことを自負しているにもかかわらず。

氏のもたらした恩恵は日本にとどまらず、今や世界中でsurimiが消費されていることはみなさまもご存知でしょう。東アジア地域は勿論でありますが、欧州や北米にも着実に浸透中のようであります。フランスの食卓へのsurimiの浸透については日本のメディアも報じていましたが、実際、これは一過性のものではなく既に日常食として定着しているようでありました。どこのスーパーにも置いてあります。フランスでsurimiと言った場合にはカニカマのことでありますが、すり身技術によってつくられた加工食品を表す語としてsurimiは英語圏でも定着しつつあるようですね(英語圏の現地在住の方、教えてください)。

氏の着目したのが当時北海道では高い漁獲高を誇っていたものの、全国的にはそれほどでもなく、またその利用法が限定されていたスケトウダラでありました。タラコのスケトウダラですね。このスケトウダラは鮮度の低下が早く、冷凍すると組織が壊れてしまう─解凍するとスポンジ上になってしまう─性質のなかなか扱いの難しい魚のようでありまして、練り物の材料には使えなかったそうであります。昭和30年代ぐらいにはかまぼこ類はシログチ、キグチ、ハモ、エソなど、魚肉ハムやソーセージはマグロ、鯨などが原料になっていたそうであります。北海道水産試験場の西谷チームがスケトウダラのすり身に砂糖と重合リン酸塩を加えるというアイディアによってこの欠点を乗り越える技術の開発に成功したのは昭和35年(1960年)のことといいます。3年間の試行錯誤の末にある日偶然崩れないすり身ができてしまったというこの「発見」のプロセスは模範的な話に見えます。この後、この冷凍すり身技術はまたたく間に全国に広まり、昭和40年代までにスケトウダラの漁獲量は劇的に増大することになったといいます。

Surimikoutei
出典 http://www4.ocn.ne.jp/~kisenren/surimi.htmより転載

この冷凍すり身技術の発明はインスタントラーメンの発明に匹敵すると言われるほどに食品加工業界に革命的変化を引き起こしたという話であります。これで長持ちしないすり身を冷凍保存することが可能になり、計画的な生産が可能になった訳です。この冷凍すり身技術の発明はそれに続く様々な新技術の開発をもたらし、当時「斜陽産業」と呼ばれた練り物業界を躍進させたといいますから、まさに技術革新のお手本のような事例であります。あるサイトの情報によると昭和35年のすり身の生産量が250トンだったのが、昭和40年代になると50万トンにまで飛躍的に発展したそうであります。凄まじい増産ぶりです。

西谷氏の情報を探しているのですが、ご尊顔はおろかプロフィール的な情報も見当たりません。我が国の研究者の多くに共通するこのシャイネスを個人的には好ましく感じつつもやっぱり損だよなあと思わずにいられません。なお伝記が一冊出ているようです。わずかにその人柄が忍ばれるのが、西谷氏を駆動していたのが「あまったものを捨てるのはもったいない」という戦中派研究者的な精神であったという情報であります。これは戦後のある時期までの食品産業や小売産業を支えた精神であります。なんだかプロジェクトX的でありますが、実にいい話ではないですか。

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コメント

魚肉ソーセージへの─いささか不透明な─愛に関しては、人後に落ちない

私も共有する感覚であります。
その意味で、私も西谷氏(とかいうひとに)に賛辞を送りたいと思います。敬礼!

投稿: 空 | 2008年5月16日 (金) 04時24分

非本格志向なのかなんなのかよく判りませんが、ともかく好きですね。敬礼であります。

投稿: mozu | 2008年5月16日 (金) 21時48分

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