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宇宙基本法に関するメモ

私もかつては宇宙の神秘に心を奪われる天文少年、SF少年だった時期があったのですが、今やすっかり俗塵にまみまれた生活をおくるくたびれた大勢の一人として宇宙に対する関心はもっぱら安全保障やビジネス分野に限定されるというつまらないことになっています。よくないですね。もっともこの分野に確かな知識があるわけでもなくなにか意味のあることを論じることもできませんので識者の方々の英知を分有させていただきたいというスタンスであります。したがって以下はただのメモです。

まず今回の宇宙基本法策定がさほどの紛糾もないままにするすると進展していることに軽い驚きを感じています。時代は変わったものです。我が国の安全保障の議論が神学論争や感情論のぶつけ合いでぐずぐずになるパターンには心底飽き飽きしていましたので、民主党がこの法案策定に協力していることをとりあえず高く評価します。党内のアレな勢力をうまく抑えられているようでなによりです。民主党内では「宇宙基本法PT」というグループが推進勢力になっているようです。このプロジェクトチームのメンバーについての情報は見当たりませんでしたが、メンバーの一人の藤末健三議員のブログで進捗状況について記述がありますね。

さほどの紛糾もないままにと書きましたが、もちろん権限をめぐっての鍔迫り合いは毎度のことながら展開しているようです。宇宙基本法に関して文部科学省の策動の疑惑については有名な軍事ブログ「週刊オブイェクト」さんのこのエントリがとりあげていました。上の藤末健三議員の書かれた記事をもとにした分析です。文部科学省としては宇宙利権を手放したくないがために社共を利用しようと策動をしているらしいという話です。真偽不明でありますが、たとえ事実だとしても無駄な試みに終わったようです。ちなみに結論部分には同感いたします。

既に宇宙防衛政策とミサイル防衛ではお互いの安全保障戦略を共通のものとした自民党と民主党。後は民主党が防衛費5000億円削減という馬鹿な案を捨てて、現実的な防衛予算案を対案として提出して貰えれば、私としては政権交代しようがしまいが、政府与党が自民党だろうが民主党だろうがどちらでも構わないです。ただ、民主党の国防に詳しい議員は数名に限られる為、ネクスト防衛大臣に不適格な人物を据える事が多々あるので、少々不安な面があります。歴代の民主党ネクスト防衛大臣を見ていると、あの長島昭久議員でかなりマシな部類で、他は殆ど問題外(どう見ても軍事は専門外の人達)です。

成熟した政党政治の実現のためにエールはおくっておりますが、民主党の外交安全保障政策と経済政策への懸念はなお消えていません。こういう層もけっこういることを民主党におかれましては十分に御考慮なさってほしいものです。なお米国からの自立性を高めることを本気で考えているならば、情報分野での米軍への過度の依存を見直すという意味においてもこの法案は歓迎すべきだということになるでしょう。この点反米的な人々の意見を伺いたいものです。

この法案をめぐっては国民の関心がそれほど高いとは思えませんが─いいことなのかよくないことなのかよく判りませんが─それでも主要紙では3社が社説でとりあげていました。まず、読売の「宇宙基本法 政治主導で戦略を練り直せ」[読売]から引用すると、

防衛目的の宇宙利用を解禁するとともに、内閣に「宇宙開発戦略本部」を新設して、安全保障や産業振興のための宇宙政策を総合的に進める、という内容だ。日本の宇宙開発は、年間約2500億円の予算を投じながら、研究・開発分野が限定され、産業化に十分つながってこなかった。原因の一つに、宇宙利用を「平和の目的に限る」とした1969年の国会決議がある。当時の審議で「平和」とは「非軍事」の意味と解釈され、防衛目的の衛星の打ち上げなどができなくなった。3党の宇宙基本法案は、宇宙の平和利用について、「非侵略」という国連宇宙条約の考え方と、専守防衛など「憲法の平和主義の理念」を踏まえて行う、と定義し直すものだ。民主党が、国際的に異質な足かせをはずすため、与党と法案を共同提出した意味は大きい。

北朝鮮によるテポドン発射を機に03年から導入された情報収集衛星の能力は、民間衛星と同等にとどめられている。ミサイル発射を探知する早期警戒衛星の開発も封じられてきた。日本が高い技術水準のロケットエンジンを開発しても、軍事衛星を打ち上げる可能性のある米国企業には売却できない、という問題もあった。
[...]
宇宙開発・利用の“司令塔”が、これまで政府にはなかった。首相を本部長として設置される宇宙開発戦略本部で、政府が一体となって戦略を再構築すべきだ。法案には、民主党の要求で、法施行から1年後をめどに内閣府に「宇宙局」(仮称)を設ける規定も盛りこまれた。宇宙政策を仕切り直す体制を、しっかりと作ってもらいたい。

というようにこれまでの我が国の宇宙開発が産業化という点で不十分であったこと、1969年の国会決議での「非軍事」の解釈を「非侵略」に改めることで軍事衛星の保有が可能になること、縦割り行政の弊害を除去すべく内閣直属の機関を構築することが論じられています。以上、事実の説明で歓迎の意思表示以上の主張は含まれていません。

次に産経新聞は「宇宙基本法 国の守りと科学の両立を」[産経]で読売同様に法案を歓迎していますが、注文もつけています。曰く、

法案通りに成立すると、内閣に首相を長とする「宇宙開発戦略本部」が置かれ、担当大臣も任命される。この新体制は、強力な牽引(けんいん)力を持つはずだ。そこで、いくつかの注文をつけておきたい。 第1には、日本の宇宙開発をバランスよく発展させていくことである。予算配分が防衛分野に偏り過ぎて、宇宙科学や宇宙ビジネスの分野が先細りになるようなことがあってはならない。日本の宇宙科学は、世界をリードする位置にある。これを損なうような事態を招けば、あぶはち取らずになってしまう。研究者の配置も10年、20年先を展望してビジョンを描くことが必要だ。 第2には防衛分野での透明性を可能な限り確保することだ。残念ながら、現在運用中の情報収集衛星については、その成果がまったく国民に伝わっていない。宇宙開発は巨費を伴う。実効的なチェック機関や機能がなければ、税金が有効に使われているのかどうかもわからない。加えて、極端な秘密主義は、技術研究の発展を停滞させがちだ。機密なしの防衛はあり得ない。その一方、透明性なしには科学技術の発展も望めない。この二大命題の両立に、関係者は議論を重ね、知恵を絞ってもらいたい。

というように安全保障に偏重することなく宇宙科学、宇宙ビジネスとのバランスをとるべきこと、また防衛分野での透明性を確保すべきことの2点を求めています。これはどちらも正しい提言であろうと思います。とりわけ後者は自由民主主義国の原則論として─限度もありますが─強調されるべき点でしょう。

一方、朝日新聞は「宇宙基本法―あまりに安易な大転換」[朝日]で懸念を表明しています。曰く

今回の基本法は、現状を追認するばかりでなく、そうした制約も取り除いてしまおうというものだ。ところが、そうすることによる国家としての得失はどうか、自衛隊の活動にどんな歯止めをかけるのか、といった論議は抜け落ちたままだ。しかも、たった2時間の審議で可決するとは、どういうことか。あまりに安易で拙速な動きである。 基本法が成立すれば、自衛隊が直接衛星を持ち、衛星の能力を一気に高める道が開ける。それにとどまらず、将来のミサイル防衛に必要な早期警戒衛星を独自に持つことができたり、様々な軍事目的での宇宙空間の利用が可能になったりする。だが、内閣委員会で、提案者の議員は具体的な歯止めについて「憲法の平和主義の理念にのっとり」という法案の文言を引いて、専守防衛の枠内であるという説明を繰り返しただけだ。基本法の背景には、日本の宇宙産業を活性化したいという経済界の意向もある。衰退気味の民生部門に代わり、安定的な「官需」が欲しいのだ。 だが、宇宙の軍事利用は、日本という国のありようが問われる重大な問題である。衛星による偵察能力の強化は抑止力の向上につながるという議論もあるだろうが、日本が新たな軍事利用に乗り出すことは周辺の国々との緊張を高めないか。巨額の開発、配備コストをどうまかなうのか。宇宙開発が機密のベールに覆われないか。そうしたことを複合的に考える必要がある。国民の関心が乏しい中で、最大野党の民主党が法案の共同提案者になり、真剣な論議の機会が失われているのも危うい。

というように事態がスムーズに進展している事態に対して懸念を表明しています。私ですら軽く驚いているところですからなおさらでしょう。私は朝日新聞の論調を揶揄する趣味は持ちませんのでこの言論スタイルに関してのみ手短かに述べます。この法案については昨年から議論になっていたわけでもっと真剣な論議をしてほしいならば、まずこの法案が通過することでいかなるメリットとデメリットが生じ得るのかシミュレーションを行う作業を行うのは新聞社の側の仕事でもあります。これは対論を出せというのとは少し違います。議論の素材を提供するのが言論機関の役割であって単に議論をしろというのは怠慢であると言いたい訳です。

なお宇宙開発については日経の「宇宙基本法で日本の宇宙開発は強化されるか」が慎重な議論をしています。2007年1月付の古い記事ですが、基本的な論点は変わらないでしょう。まずこれまでの体制の問題点として文科省の一組織となった宇宙開発委員会が十分に機能しなかった点を指摘しています。

戦略や計画をつくる体制でも議論すべき点はある。宇宙開発戦略づくりを担う組織は現在、内閣府の総合科学技術会議ということになっている。かつては宇宙開発委員会が担っていたが、2001年の省庁再編時に同委は文科省の一組織に格下げされ、宇宙開発事業団と宇宙科学研究所など同省傘下の研究機関(現在は宇宙航空研究開発機構に統合)のお目付役に任務を縮小してしまった。 宇宙開発委を総合科学技術会議や原子力委員会と同じように内閣府に置いて国の宇宙開発戦略をつくる役割を担わせることもできたはずだが、事務局を務めていた旧科学技術庁は文部科学省と統合する際に保身、縄張り確保の狙いから同委を文科省の下に置いてしまった。格下げしても、安全保障や産業振興まで含め広い視野で日本全体の宇宙開発を見渡して国の戦略をつくれないことはなかった。しかし、その議論は乏しく、宇宙開発戦略の議論の場は総合科学技術会議に移ってしまった。 航空や宇宙開発の分野は軍事とも密接に絡んでおり、技術的には民生、軍事の両方をにらんだ研究開発戦略が必要になる。仮に民生分野だけの研究開発をするとしても、国力、軍事技術を意識して技術高度化、産業強化を狙うのが当たり前のことである。宇宙開発委にはその認識が薄かったと言えるだろう。

この後、縦割りを改め内閣主導で話を進めろとなっていますので、この点はどうやら今回の法案で実現しそうです。さらに産業育成の観点から米国の干渉に注意を促し、国頼りにならないよう民間活力を活かせるような体制づくりをすべきであるとしています。

産業育成・強化という点でも考えておくべき点はある。航空宇宙分野では日本の技術力が上がると、米国から干渉されたりしてきた。航空自衛隊の支援戦闘機「F1」の後継機「FSX」の開発では独自開発が米国の圧力もあって日米共同開発になった。宇宙開発分野でも日本が技術導入を手始めに通信、放送、気象の衛星の技術力をつけることを目指したが、米国からの商業衛星の市場開放圧力が強まり、思惑通りに衛星メーカーの育成ができなかった。 防衛省が偵察衛星を持てるようになれば、同盟という考え方から米国製の導入の働きかけは強まるだろう。ロケットは独自技術を確立し、打ち上げも民営化できるにしても、衛星では技術力を上げ、国際的な競争力のある産業に育てられるのかは必ずしも見えない。独自開発を円滑に進めやすくできるかどうか、そのためには何が必要かも法案審議では議論すべきだろう。 宇宙開発というと、国費を注ぎ込むことばかり考えがちだ。国威発揚や人気取りも狙って、とてつもなく資金のかかる有人計画に走りたがる傾向も強い。しかし、宇宙関連産業が国にたかるという構図になってしまえば、活力につながらない。安全保障はともかく、民生分野では関連産業が国に頼らずに稼げるようにならなければ強化策の意味はない。

ここは陰謀論的にならないよう気をつけるべきでしょうが、この分野に関しての米国の干渉というのは確かに現実に問題になりそうです。もっともかつてとは安全保障環境も大分変化してしまったので日本封じ込め論みたいなものがまた出てくるとは考えにくい状況ではありますが、緻密な外交が求められるところなんでしょう。またこれは宇宙開発に限りませんが、武器輸出の原則の緩和もそろそろ必要になってくるのでしょうね。ここは政治的に慎重に事を進めないといけないところです。

なお慶応の大学関係者などが主宰し、JAXAのメンバーなどが参加している「宇宙開発と国益を考える研究会」が提出したレポートがありましたので紹介しておきます。この問題に関して多面的な検討をしているので興味深かったです。もっとハードな戦略論的な論考も読んでみたいところですね。

追記
Japan Timesが社説で反対していますが、公明党も推進しているのに不思議ですね(棒読み)。

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コメント

初コメです。
初代の「宇宙開発担当大臣」を誰か兼務するのかが最大の関心事です。
やはり、科学技術担当相あたりに落ち着くんでしょうかね。

投稿: bystander | 2008年5月15日 (木) 16時39分

コメントありがとうございます。
人事のことはあまり考えていませんでしたが、おそらくbystanderさんの言われる通りになるのではないでしょうか。ソフトパワー戦略という点でも科学的側面を前に出したほうがいいでしょうしね。

投稿: mozu | 2008年5月15日 (木) 19時31分

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