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神風協奏曲

大澤壽人 (1907-1953)/Piano Concerto.3神風協奏曲  Sym.3: Saranceva(P)  Yablonsky / Russian Po大澤壽人 (1907-1953)/Piano Concerto.3神風協奏曲 Sym.3: Saranceva(P) Yablonsky / Russian Po
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忘れられた作曲家大澤壽人が「再発見」されたのはここ数年前のことだといいます。溝口健二のいくつかの映画音楽を担当していたということもあって私もこの人の音楽を実際には耳にしてはいたのですが、作曲家の名前や経歴についてはなにも知りませんでした。最近一部で話題になっていたのでさっそく聞いてみたわけですが、確かにこんなモダンボーイが我が帝国にもいたのかと感心しました。私はクラシックについて滔々と語れるほどの教養は持ち合わせていないので以下はライトなリスナーによる紹介です。

生没年が1907〜1953年ということですから日本史で言えば日露戦争後の生まれで戦後の吉田内閣の頃まで活躍した人ということになります。解説によると、神戸の製鉄関連の大澤工業の経営者の子息として生まれ、クリスチャンの母の影響で西洋音楽に親しみ、関西学院中等部、高等商業学部在籍中に外国人教師などからピアノの薫陶を受け、卒業後そのまま渡米、ボストン大学とニューイングランド音楽院に学び、その後、パリで多くの音楽家と交流し、才能を認められたといいます。アメリカのポピュラーミュージックや当時のヨーロッパの前衛音楽、それに日本の伝統音楽の語法を自在に使いこなす神戸生まれのモダンボーイです。実際、いろんな作曲家の音が聞こえてきます。帰国後、あまりにも先端的であったために日本での評価は今ひとつであったといいます。居場所を見つけられないままに関西を舞台に活動を続けますが、そのモダンぶりを控えて「社会的要求に適った音楽を提供する職人に徹して戦時期」を生き抜こうとしたされます。ラジオ向けの曲を書いたり、映画音楽を作曲したり、宝塚歌劇団や松竹歌劇団にミュージカルを提供したりしているようです。戦後は軽音楽の領域にも進出し、ラジオの音楽番組を受け持ち、クラシック音楽の聴衆の裾野を広げる啓蒙家としての役割を果たしたそうです。

それでこのCDに収録されている彼の代表作(?)の神風協奏曲こと協奏曲第3番ですが、特攻隊とはなんの関係もありません。神風というのは当時の朝日新聞社が所有していた民間航空機の名前で、日本の航空機の国産時代への転換期を象徴する最新鋭機だったそうで、1937年にこの神風は東京-ロンドン間の最速記録を樹立し、日本の工業力を内外に知らしめたといいます。ちなみに毎日新聞のニッポン号が「世界一周親善大飛行」を行って当時の我が国は「航空ブーム」に湧いていたとのことです。これは知りませんでしたね。ともかくこうした時流に乗って1938年に初演された航空機讃歌がこの神風協奏曲であります。モダニストが機械をテーマにするのは珍しくない話ですが、この曲は航空機の運動イメージの音楽化です。プロコフィエフがモダンボーイだった頃の協奏曲を想起させるところもありますが、ジャズ調があちこちに散りばめられてアメリカンなテイストになってます。日中戦争が進行している時期に作曲されたとはとても思えないほど軽快な曲です。

収録されているもう一曲の交響曲第3番のほうは別名「建国の交響曲」といい、1937年の紀元節に完成した曲です。1940年の皇紀2600年記念行事は歴史上有名でありますが、大澤は自主的に3年前にこの奉祝曲を発表したといいます。「垢抜けしすぎてしまったらしい彼は、日本人として足下を見つめ直し、日本の楽壇、この国の聴衆との接点を模索」すべく皇紀2600年を口実にこの曲をつくったとのことですが、書法は少し前の時代のものに遡り、全般に和洋折衷的な曲調になっています。とはいえそれほど「日本主義的」という感じもしませんね。途中、バルトークを想起させるところもありますが、それほど野性的というわけでもなく聞きやすい曲です。この時期のモダニスト達の「後退」は世界的な現象のように思われますが、あるいはこの作曲家はこうした時代の変化に敏感だったのかもしれません。解説はショスタコーヴィチの例を挙げていますが、ロシア回帰した後の民族主義的重厚さみたいなものは欠けているように思えます。

2曲とも1930年代後半の曲であり、その成立事情からいって当時の情勢を深く反映した作品なのですが、「軍国主義的」なところがあまり感じられないのは、この関西のモダンボーイはそういう深刻ぶった重々しさとは本質的に無縁なタイプだったということなんでしょうか。2曲聞いただけでどうこう言うことはできないわけですが、欧州や日本の同時代のモダニスト達ともなにか異質な感じがするのは、この人にとってはアメリカという存在がかなり大きいことが関係があるのかもしれませんね。神風号讃歌にしても全体主義的な機械賛美の美学とはちょっと異質な印象を受けました。ジャズ・エイジが日本にもあったのは歴史的事実でありますが、全体に芸術家の間では欧州志向が強かった時代にこういう人がいたのは面白いなと思いました。対米戦争はこの人の音楽にどういう影響を与えたんでしょうね。

追記
朝日の神風号、毎日のニッポン号については実に力の入った記事がありました。やはりこういう分野のマニアの方の圧倒的な知識には脱帽せざるを得ません。

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