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否決の余波

今回のアイルランドの国民投票によるリスボン条約の否決という結果はまたしても欧州の政治エリートと市民との間の溝を照らし出す機会を提供してくれました。実際、アイルランドでなくても国民投票を実施したならば多くの国で否決の結果が出たでしょう。私はユーロ懐疑派ですが必ずしも欧州統合反対派ではないというスタンスですが─極東の見物人に過ぎないのでそもそも賛成も反対もないのですが─政治エリート主導の性急な統合プロセスには、いささか焦り過ぎではないかという印象を持っていましたので、今回はたださもありなんといった感想でした。

日本語ソースもずいぶん出ていますが、朝日の「EU各国、「リスボン条約」否決に衝撃と落胆」から引用すると、

アイルランドが、13日開票された国民投票で欧州連合(EU)の新基本条約「リスボン条約」を否決したことは、加盟各国に衝撃を与えた。統合推進派の国から次々と落胆の声が上がる一方、EUの権限拡大に懐疑的な一部の国からはアイルランドをたたえる声も出た。

欧州統合の牽引役であるドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領は「大変残念だ」とする共同声明を発表。「他の加盟国が批准作業を進めていくことを望む」と各国に呼びかけた。

EU議長国・スロベニアのヤンシャ首相は「アイルランド国民の民主的な声は尊重するが、結果は極めて遺憾で失望した」と述べ、シュタインマイヤー独外相は「このように後退したことに失望している」との声明を出し、落胆を隠さなかった。

イタリアのナポリターノ大統領は「一国の有権者の半分以下で、しかも人口でもEUの1%に満たない数の人々の決定(反対)によって、かけがえのない改革が止められてしまうことがあってはならない」と述べ、「小国の反乱」への不快感をのぞかせた。

一方、EUに批判的な発言で知られるチェコのクラウス大統領は声明で「リスボン条約の企てはきょうで終わりだ。批准(手続き)を続けることはできない。エリート主義的な欧州の官僚支配に対する自由と理性の勝利だ」とした。大国主導、本部があるブリュッセル中心のEU運営が加速することへの不満をぶちまけたかたちだが、EUへの懐疑はチェコだけでなく一部加盟国に根強くある。

EUは19、20両日にブリュッセルで開く首脳会議で対応を協議するが、アイルランドの否決をきっかけに、統合への考え方の違いが表面化する可能性もある。
(朝日新聞6月14日)


というように統合の主導者の独仏は批准作業の継続を求めています。今後はどうなるのか予断を許さないですが、26カ国で批准を済ませてアイルランドを包囲し、第二回の国民投票での批准を目指すというのがひとつのプランのようです。2001年のニース条約の際にアイルランドはいったん否決した後に二度目の国民投票で批准したという前例があります。リスボン条約の再交渉については独仏は今のところは考えていないようですが、この記事にもあるように、欧州連合の権限拡大に懐疑的な諸国との間で鍔迫り合いの結果の修正があるのかもしれません。残っているのは北からスウェーデン、ノルウェー、エストニア、オランダ、ベルギー、チェコ、イタリア、スパイン、キプロスの9カ国ですか。記事でも引用されているチェコの動向が気になります。

英国とアイルランドの論調は他の方が紹介されるでしょうから、フランス・メディアから。ル・フィガロは「アイルランドのノンへの唯一の解決策」という社説を掲げています。この社説はまず2005年のフランスでのノンの衝撃を想起しつつ、なぜ否決になったのかと問います。それは国民投票をするならば多様かつ矛盾した動機からなる不満の声というものは明確な動機をもつ人々の数を上回るものだからだ。この危機を乗り越える唯一の解決策は、批准作業を継続することだ、なぜなら300万人が4億5千万に関する事柄を決定するのは民主的ではないからだと。ふーん。アイルランド人が不安を感じるような条項を手直しして二度目の国民投票にかけるがよい、ニース条約の時を思い出せ。雪だるま現象を防ぐには出来るだけ急がなくてはならない。そうすれば麻痺状態に再び陥ることを避けられるだろう。欧州が前進するにはアイルランドのノンを劇的なものにしてはならない。これが議長国フランスの挑戦となるだろうと。以上、なにがあろうと迅速に批准作業を推進せよという意見です。

ル・モンドの社説「欧州にとってのチャンス?」は今回の否決が議長国フランスに重くのしかかるとし、いくらサルコジが身近な懸念の問題(移民、エネルギー、農業など)に集中したとしても今度6ヶ月ほどは制度的問題に妨げられるだろうとしています。それで今後なにができるのかですが、アイルランドに再び国民投票をさせるのも、ダブリンに「休暇を与える」のも満足いく解決策ではないといいます。全員一致の原則が放棄されない限りは欧州連合は改革できないことが示された一方で、現状を打破するには全員一致が必要だ。この悪循環から脱する可能性はひとつしかない。現在の欧州連合とは別に統合深化のために多数決原理を受け入れる国々からなる前衛組織を創るしかないと。このことに気付かせた点でアイルランドのノンは欧州にとってのチャンスとなるだろうと締めくくっています。以上、全員一致の原則にこだわっているとなにも進まないから、前衛組織を創れという提言です。

またリベラリシオンも社説「泣き女」でこの国民投票をとりあげていますが、それによると、欧州を覆う危機の際にはいつも同じ喜劇が見られる。今回も、欧州は破滅の淵にあると叫ぶ泣き女と、なあに、これまでのように前進するさと豪語する乱暴な男の二人芝居が展開されている。欧州連合は精妙な外交とか断固たる口吻とかではもはや前進しない。欧州連合には民主主義と教育とが必要とされている。欧州市民を建設事業に参加させなければならない。議長国フランスも戦略を変えるべきだ。特に重要とする事柄を推進しなければならないが(移民、気候、防衛、地中海)、そこにも説明が必要だ。アイルランド人の否決が示している不安はアイルランド人特有のものではない。フランスは欧州建設の推進者であった。泣いたり、乱暴に振る舞っている場合ではないと。以上、エリート主導を見直して民主主義と教育を重視せよと説いています。

このように主要紙はいずれも欧州統合を推進すべきだという立場でありますが、各紙ともその論調を反映したニュアンスの差が出ています。なおコメント欄はブラボー!アイルランド!や民主主義の勝利だ!の声のほうが大きいような印象を受けます。ここにも市民との溝が感じられますね。他に気になったのはメディアについての分析記事でしょうか。他国の介入を極度に嫌うお国柄のアイルランドということもあって、この国民投票前は各国とも発言を控えていたそうですが、その空白をアングロサクソン右派の反対プロパガンダが埋めた、すべてはマードックのせいだという─いささか偏った─解説をけっこう見かけました。英国保守派の工作だそうです。ふふふふ。

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EU各国、「リスボン条約」否決に衝撃と落胆(朝日新聞) - goo ニュース アイルランドでEU統合についてのリスボン条約の賛否を問う 国民投票が行われ、結果は条約否決となりました。 大半の国は国民の反発を恐れ、議会の承認で済ませているようで、 本当の民意を問うのを避け、EUのエリート官僚により 進められているEU統合の不安がアイルランドで表面化 したともいえます。 条約発効にはすべての加盟国での批准が必要なため、 アイルランドでの再投票か、条約そのものの練り直しが必要です。 今後のEUは強力な機関... [続きを読む]

受信: 2008年6月15日 (日) 11時37分

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