« 自衛隊がねぇ | トップページ | やっぱり代弁人でしたよ »

この流れは止まらないのかな

地方新聞の記者さん時代から愛読しているガ島通信の藤代裕之氏が日経のIT-PLUSで最近のインターネットの状況について「J-CAST炎上」事件に絡めて論じている記事を見かけました。大手新聞系サイトとネットとの関係についてだいたい適切な見取り図のような気がします。

この炎上事件そのものはまあどうでもいい話なのですが、J-CASTは俗に「炎上メディア」と呼ばれるようにネット上でバトルになっているネタを拾ってはこれを報じるという「ミドルメディア」と性格づけられています。この「事件」など見るとマッチポンプメディアと呼びたいような気もしますね。ともかくここから筆者はネットにおける「私刑化」の問題を指摘し、さらに

重要なことは、ある種「どうでもいいようなこと」をネット系、新聞社系に限らずニュースサイトが取り上げるようになっていること、そしてメディアの相互作用の中でJ-CASTのようなミドルメディアも「首が取れる」ことが明らかになってきたことだ。

と述べています。「首が取れる」というのはメディア界のジャーゴンでトップを辞任に追い込むことを意味する言葉だそうですが、ミドルメディアがこの「首を取る」権能を獲得しつつあるといいます。そして筆者によれば現在のメディアは三層構造化しつつあるとされます。

そのパワーの源泉は三層化したメディアの相互作用にある。ブログや掲示板といったパーソナルメディアとミドルメディア作用に加えて、ネット界では日本最大のポータルサイト、ヤフーがパワーをレバレッジしている。[...]アクセス数は「首を取る」パワーの源泉にもなるのだ。

一方にブログや掲示板があり、他方に大手メディア・サイトがあり、両者を媒介するミドルメディアがパワーを持ち始めているという話です。ちなみに各国のヤフーを見比べた時に日本ヤフーのニュースのヘッドラインがその記事のどうでもよさにおいて群を抜いていることにお気づきの方も多いでしょう。ちなみに海外の日本報道でしょうもないニュースばかり配信されるのも─偽の啓蒙主義的な記事よりはなんぼかましではありますが─最終的にはこうした日本のメディアのトリヴィアリズムのせいな訳ですが、ここではその問題は置いておきましょう。最後に大手メディアもまたアクセス数稼ぎが自己目的化しているという指摘をしています。

別の新聞社系ニュースサイトでは、芸能や事件・事故の刺激的な見出しを多用するようになり、写真は女性タレントか水着。確実にアクセスを稼ぐことができる「編集」が行われるようになっている。より刺激的に、より面白おかしく…数字を求めてさまざまな取り組みが行われている。

この点については以前毎日新聞英語版の「凄さ」について書きましたが、あそこまでいかなくとも─虚構記事を掲載するレベルということです─いくつかの新聞系サイトのアクセス数稼ぎのための「面白おかしさ」の追求ぶりについては皆さんお気づきの通りです。私はこうした傾向に眉をひそめるほど上品な人間ではありませんが、この先どうなるのか多少心配にならない訳でもないです。最後に、

なぜ、アクセス数のみに頼るのか。アクセス数が増えなければ広告収入が増えないというのがもっとも大きな理由だ。それに加えて、どのようなニュースサイトを作りたいかがはっきりしないという理由もある。 特に新聞社系のニュースサイトは依然として「マスメディア」を志向しているため、誰に、どのような価値を提供するか不明確なまま運営されている。「顧客視点」と言えば聞こえは良いが、要するに指標がアクセス数しかないのだ。 このアクセス数重視は、視聴率競争に明け暮れ、最終的に人々に見放されつつあるテレビの「いつか来た道」にも重なる。ただし、チャンネルが限られるテレビと異なり、ネット上ではメディアは誰もが簡単に作ることができる。「ワイドショー化」「衆愚化」が進むからこそ、別の価値を持つメディアが登場するチャンスがあると考えている。

と広告収入のみならず目的意識のなさをこの原因に帰していますが、上記の三層構造内部の相互作用的力学の中でニュースサイトのインフォテイメント化はとどまることなく進行し、最終的に人々に見放されることになるのではないかという見通しを─別のメディアの登場のチャンスを暗示しつつ─提示して記事は締めくくられています。テレビの報道番組が情報娯楽番組の侵食を受けてほぼ壊滅状態─価値評価が強い表現ですが─になってしまったことがいくつかの新聞においても反復されてしまうのでしょうか。

こうした趨勢は世界的なもののように思われますが、日本の新聞の文脈で言えば、戦後日本には寡占的メディア構造下にあって「中新聞」しかなかったという点が重要になるかと思います。朝日にせよ読売にせよ毎日にせよ現在の大手新聞はいわゆる「子新聞」から出発し、新中間層の成長とともに「大新聞」を蹴散らして現在の地位を築いたことをここで想起しますと、今後は中新聞にとどまる新聞社と再び子新聞化する新聞社とに分化し、大新聞はいくつかの海外紙で間に合わせる─日本にも大新聞があっていいような気がするのですがね─ことになるのでしょうか。分権化の進行とともに地方新聞が再編されつつ。あるいはこうした古典的な構造が消滅し、もっと不透明で入り組んだメディアの布置になるのでしょうか。つまり新聞というマスメディアそのものが消滅─勿論ニュース需要がなくなるわけはないでしょうから今存在している意味ので「新聞」がということです─していくプロセスです。私としては後者の可能性に思いを馳せてしまいますが、ネットの出現によるメディア再編の混乱期はまだまだ続くのでしょう。その間に起きるだろうごたごたのいちいちに敏感に反応するつもりもありませんが、混乱による弊害は最小化していただきたいものだと思います。もはや一国の内部だけに収まる問題ではないのですから。

|

« 自衛隊がねぇ | トップページ | やっぱり代弁人でしたよ »

メディア」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/507226/21321432

この記事へのトラックバック一覧です: この流れは止まらないのかな:

» lip plumper [lip plumper]
informative post, keep it up. [続きを読む]

受信: 2008年6月26日 (木) 15時56分

» nail fungus [nail fungus]
informative post, keep it up. [続きを読む]

受信: 2008年6月27日 (金) 17時19分

» tramadol [tramadol]
nice choice of colors. [続きを読む]

受信: 2008年6月27日 (金) 18時46分

« 自衛隊がねぇ | トップページ | やっぱり代弁人でしたよ »