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社会の分断

アイルランドの否決をめぐる議論は百花繚乱といった感じでありますが、経済的背景に触れた記事を紹介します。前のエントリの記事でも最後に触れていましたが、急激な経済成長の一方で不平等が拡大していたという事実が今回の投票行動に与えた影響というのはたぶんあるのでしょう。論者自身十分なデータがないと言ってるようにこれはまだ印象論に過ぎないのでありますが、さもありなんといった構図を描いています。なお私は接近遭遇したのですが、2005年のフランスの投票行動に関してはこの構図でかなりの部分を説明できるだろうと思います。勿論それだけではないのですが。ともかく指導者はきちんと説得せよというのは多くの論者が述べる通りであります。賛成にせよ反対にせよ、煽りの言説ばかりでは社会不安が高まるだけであります。苦みがあっても宥める言説が求められているのでしょう。これは日本の政治経済の言説にも言えることではありますが。

「アイルランドのノーと富裕層/貧困層、都市/農村の分断」
Kevin H. O’Rourke 14 June 2008

多くの同胞達と同じように私は金曜の晩をパブで過ごしていた。私の場合は、フランスの美しいシャルトルーズ地方の心臓部にあるパブだったが。ここはフランス人とオランダ人のサッカー・サポーター達の占拠するところまで満杯だったが、オランダ人サポーターは夜が更けるにつれてますます荒っぽくなっていった。これは感じのいいとても欧州的な機会だった。地元の子供達─私の子供も含めて─と一緒にオランダ人が酔っぱらってラ・マルセイエーズを歌って答えるといった具合にだ。これはまた少なくともアイルランド人にとって非常に象徴的な機会でもあった。この3カ国の市民は共に欧州の制度的変更の最終ラウンドにノーを投じたのだから。

一見したところフランス人のノーとアイルランド人のリスボン条約の拒否には共通するようなものはない。フランスではさらなる統合は減税ゲームにつながり、フランスのリベラルな避妊の法律が危険にさらされるぞとデマが飛んだ。アイルランドではさらなる統合は増税ゲームにつながり、リべラルな避妊の法律がこの深くカトリック的なままの国に押し付けられるぞとデマを広める者がいた。しかしこの2つの投票の間には欧州の政治家が怯えて無視する驚くべき社会経済的類似性がある。

選挙区地図を眺めるだけで最初の世論調査が示したものを確認するのに十分だ。つまりアイルランドの投票ははっきりと戸惑わせるほどに階級のラインに沿って分断したのだ。Dun Laoghaireのようなダブリンでもっとも豊かな選挙区では─慎ましい家庭ですら100万ユーロ以上のコストがかかる(変わりつつあるが)─60%以上が条約に賛成を投じた。シティーの労働者階級の地区では60%以上のスコアをつけたのはノーの投票だったのだ。2006年のBrouardとTiberjの研究は、2005年のフランスの投票では富裕層と貧困層ないし熟練労働者と非熟練労働者の間の分断が正確に認められることを示している。

こうしたパターンを解釈するのには少なくとも2つの方法がある。一つは教育がある投票者はより政治的に洗練されていて欧州連合の制度的土台への複雑な改定に含まれる諸問題をよりよく理解できるというものだ。二つ目の解釈は反対に富裕層も貧困層も正確に自分達の経済的利害がどこにあるのか認識していてそれに応じて投じるというものだ。一般にグローバル化、狭くは欧州連合が少なくともフランス、アイルランド、オランダのような豊かな国では圧倒的に熟練労働者に有利に働いたという議論だ。反対に非熟練労働者はルーマニア人(やアジア人)の競争や東欧やさらなる遠方からの移民の脅威を感じている。我々みたいな幸運な人間はこのことを遺憾に思っているが、ヘクシャー・オーリンの論理に従って、彼らが票を投じていることにはなんら驚くべきものはない。

投票の重要性に鑑みて信じられないことに我々になぜノーを投じた人々がそうしたのかを示してくれる出口調査のようなものはなかった。しかし中産階級と労働者階級の投票ギャップのパターンはいわゆる政治的洗練の差異以上に、現実的なものであれ想像的なものであれ、異なる利害とより多く関連していることに私はベットすると言わざるを得ない。これを優先するのは諸国を通じてのグローバル化の決定要素に関するAnna Maria MaydaとDani Rodrikの仕事、それからRichard Sinnottと私自身の仕事に大部分基づいている。この仕事が示したのは、豊かな国の非熟練労働者は熟練労働者よりも貿易と移民に敵対的で、貧しい国では最もグローバル化に好意的なのは非熟練労働者だということだ。 これはあまり教育のない者達には国際的な経済統合の利益の理解を期待できないなどといった議論と両立するのは難しいように思える。もしこの解釈が正しいならば、欧州連合で最も好意的な加盟国であるアイルランドの国民投票の結果は政治家達の目覚ましコールとして役立てられるべきだ。もしオープンな国際市場の利益を維持したいならば─私もそうだが─、彼らは取り残された者達の懸念に注意しなければならないだろう。

勿論私はこの国民投票の結果が様々な投票グループの経済的利害のみに関わるのだと主張したい訳ではない。親条約派が直面する困難は2005年と2007年の拡大の波が明瞭に破綻しなかった時にイエスを投じる説得的な理由をはっきりさせることにあったのだ。アイルランドとフランスでの政治家への公衆の不信が意味するのは条約が本当に必要である─その反対に見えてしまうのだが─ことの保証が多くの人々の耳に届いていないということだ。オランダと同様に、小国としてのアイルランドはノーを投じるのを諦めなさそうな形勢にある恐れがあった訳だが、ありそうなこととして欧州の指導者達がアイルランドは小国だといった理由から彼らの制度的野心へのアイルランドの障害を無視しようとするならば、この印象はこの先の何週かにわたって大きくなっていく運命にあるのだ。フランスとオランダの国民投票結果が本質的に欧州の指導者に無視されたそのやり口に嫌悪している者もいるのだ。などなどと。

私が言いたいのは経済的利害は多くの中の一つの要素で無視されるべきではないということだ。労働者階級と農村の投票者が組織的にさらなる欧州統合に反対票を投じるならば、これは欧州の政治的指導者が耳を傾ける必要のある事柄だ。彼らがこんな風に感じるという事実はまたなぜかくも多くのフランス人の隣人や友人が今週私の同胞達の投票に関して私を祝ってくれているのかを説明している。私は勿論感謝して彼らの連帯の表現を受け入れているが、もし今年アイルランドに住んでいたならば、イエスを投じただろうということは教えていない。今週物事が進む中で、アイルランドはできるだけ多くの友人を必要とするだろう。
<了>

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