« 否決の余波 | トップページ | 社会の分断 »

愛故にノンを投じたのだ

アイルランドのリスボン条約否決と今後の見通しに関しては様々な分析がなされていますが、経済的観点からこの否決を解読する記事がいくつかありました。原因としてはやはり政治的な要因が大きいだろうと思いますが、個人的に興味を惹かれた記事を紹介したいと思います。まずエロワ・ロランという人の記事です。かなりビッグ・ピクチャーですが、この論点は今後の欧州の小国の動向を占う上でもそれなりに有効な洞察を含んでいるように思われます。欧州の東方拡大でこれまで享受してきた有利な立場を奪われるのではないかという不安です。しかしあらためて実感したのですが、「ケルトの虎」とか言われた成長は凄かったのですね。

「いや、アイルランドは恩知らずなのでなく、不安なのだ」
15 juin 2008, Par Eloi Laurent (OFCE)

1963年6月28日にアイルランド議会を前にした演説の際に、アイルランドは「これまで豊かな国であったことも強い国であったことも一度もなかった」とジョン・F・ケネディーは喚起した。40年ほど後に時代はすっかり変わった。アイルランドは一人でリスボン条約を無効にしてのけたのだ。欧州統合のおかげで豊かになった訳だから、アイルランドは恩知らずと非難されている。欧州連合の四方八方から非難の声があがる。アイルランド人は誰よりも「ウイ」を投票すべきだったのだと。

まずアイルランド人が「ノン」の常習犯であることを忘れよう。そう、彼らは既に多数をもってニース条約を拒否したのだった。しかし、単に非難するのは、人々の知恵というものを誤解ないし軽蔑することだ。アイルランド人が「ウイ」を投じる合理的理由─経済的利害─があるならば、彼らはおそらくそうしただろう。それゆえこの「ノン」には理解すべきなにものかが存在しているのだ。2005年の国民投票の後のフランスの社会危機やオランダのアイデンティティー危機について理解すべきなにものかが存在していたのと同様にだ。

ここで大急ぎの仮説を試みてみよう。つまりアイルランドは拡大欧州の中では居心地が悪いのだ。欧州統合の小さな奇跡であるアイルランドは、商業的、金融的、財政的な波が東に向かっている時期にあたって、自身の成長と繁栄の戦略の永続性に不安を抱いている。そしてアイルランドが経験している経済的、政治的困難の時期はこれにどうにも対応できないのだ。

ユーロバロメーター(2008年5月)の最後の波の結果は雄弁だ。欧州連合に属していることはよいことだと74%(27カ国中4位)が、自国が欧州統合から利益を得ていると87%が(1位)、欧州連合に肯定的なイメージをもつと69%(1位)が、さらにユーロを支持すると87%(1位)が考えているのだ。それが将来の拡大への支持を尋ねられると、これに好意的なのは45%に過ぎなくなるのだ(20位)。

結論。アイルランド人は欧州連合はかくも愛しているのでこれを他者と共有したくないのだ。

まず疑いようもなく欧州統合に多くを負うアイルランドの信じられないほどの成功を考えてみよう。グラフの1は1970年と2006年の間の一人当たりの国民所得の発展を再現したものだ。アイルランドは、周知のように、1973年に欧州経済共同体に加盟した際には最も貧しい国だった(欧州平均所得の60%)。それが2006年には欧州の最も豊かな大国(英国や独逸)より上位であるだけなく、アイスランドやスウェーデンのような北欧の小国よりも上位にあるのだ。

もう少し歴史的に遡行するとアイルランドのパフォーマンスはより劇的でよりはっきりと欧州統合の各段階と結びついている。グラフ2によると、アイルランドは1870年から1998年まで西欧諸国の平均や英国よりも貧しかったが、ついに1998年に(ルクセンブルクを除く)欧州連合のすべてを追い越したのだ。1973年以来追い上げが明瞭に始まり、欧州建設の各段階ごとに加速している。

アイルランドの「軌跡」は欧州の3つの柱に依存する。

共通市場、そして単一市場の陰で展開した貿易開放、そこではアイルランドの開放度(国内総生産に占める輸出入の割合)は1970年の38%から2006年の75%へといたるのが見られることだろう(2001年には92%)。アイルランドは今日ではOECDの最も開放された経済の5位を占める。

欧州の第一歩以来の税の競争でアイルランドは1981年に法人税を45%から10%へと下げることを選んだ。欧州平均が48%であるのにだ。

統一の名の下での欧州の巨大な財政移転、これがアイルランドの成長戦略の2つの柱を補強し、この国の人的資本を強化したのだ(アイルランド財務省の計算では1973年と2005年の間に総額402億ユーロが─すなわちこの時期の平均国内総生産の3,3%が─欧州予算を通じて投入された)。

この3つの柱が現在揺らいでいる。アイルランドの経常収支は赤字になった(たとえ貿易収支が常にプラスであっても)。外国の直接投資のストックは2006年には国内総生産の3分の2を示したが、親加盟国に移動したために資本の投下は大幅に減速している。最後に欧州連合で2番目に豊かなアイルランドは今日では欧州連合の予算の正真正銘の貢献者となっている。アイルランド人の不安、それは2004年の拡大を定式化したニース条約の批准の際に既に表明されたが、それはこの経済的文脈によって先鋭化した。この文脈はフランスを嫉妬に狂わせたが、アイルランドにとっても懸念なのだ。経済成長は1996年と2006年の間にほぼ2分されたが(それでも5%に達している!)、失業率は上昇している。2001年まで大幅に低下した後、2007年には4,6%に上昇した。

しかしとりわけ不動産危機の文脈の中でアイルランド人の心を占めているのはインフレと生活コストだ。最近公にされたデータが示すところではここ12ヶ月で物価は4,7%の上昇だ(住宅、エネルギー、食糧については約10%の上昇)。ところでアイルランドは野心的な社会政策がないために貧困率を減らさなかったし、個人所得の不平等は地域間の不平等をともなっている(ダブリン地域の国民所得の113%に対してミッドランヅ、ボーダー、ウェスターンの91%)。

結局、経済的理由だけにとどめても、アイルランドは恩知らずというよりも不安なのだ。アイルランドは深く欧州であるが、JFKが予感したように、アイルランドは欧州連合の中で「他の小国が従うべき模範、モデル」となったのだ。アイルランド人はおそらくこのプロトタイプにとどまることを望んだのだろう。
<終了>

|

« 否決の余波 | トップページ | 社会の分断 »

欧州情勢」カテゴリの記事

社会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/507226/21673446

この記事へのトラックバック一覧です: 愛故にノンを投じたのだ:

« 否決の余波 | トップページ | 社会の分断 »