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2008年7月

ラテン語メディアの世界

この広大なる世界にはラテン語をなお生きた言語として使用する、また死んだ言語にすまいと努力する人々が存在しています。残念ながら私はラテン語話者ではないのでありますが(読むと聴くだけ)、これらラテン語人口の地味ながら精力的な活動は興味深く観察しております。世の中いろんな人がいるもんだねと(なぜか地味ながら精力的な活動をしている人々にどうしようもなく惹かれる傾向性があるような気がします。欲望の希薄を補完したいのでしょうかね)。それはともかく彼らのおかげでこの世の中にはラテン語の新聞やラジオといったメディアが存在しております。

私も習慣的に聴取しているラジオ・ブレーメンとフィンランドのYLEのラジオ1はこの世界においては有名なインターネット・ラジオ・サイトです。テキストと音声と両方ありますのでディクテーションの教材にいいです。またエフェメリスという新聞サイトは世界中の短信ニュースをラテン語で伝えてくれます。我が国においてこの古めかしい言語をやろうなどという層はかなり限定的でありましょうし、ラテン語学習者の間では知らぬ者はないサイトでしょうから、いったい誰に向けて紹介しているんだかよく判らないのですが、まあそんな世界もありますよという話です。一人ぐらいこの世界に誘うきっかけになったらば私もなにごとかを成し遂げたことになるのでしょうしね。

一般的に古典作品を読むのがラテン語学習者の夢でしょうけれども、海外ニュース・マニアでもある私にはこうしたニュース・サイトは非常に嬉しい存在です。ラテン語で報じられる世界はなにかしら古代風の響きが添えられるのが楽しいところですね。ハイデゲリアンではないですが、やはり言語によって世界の現れ方はまるで違うようです。アメリカのニュースなんてまさにローマ帝国の現存といった印象を与えますね。よくたとえとして言われることではありますが、ラテン語で記述されるアメリカ合衆国は本当にローマ帝国を彷彿とさせます。

どんな雰囲気なのか伝えるべく、ラジオ・ブレーメンの7月のニュースを翻訳しておきます。音声ファイルがありますのでよろしければ聴いてみて下さい。ドイツ語訛りのあまりないきれいな発音です。Nuntii Latini mensis Iunii 2008, [4'47]の左側のスピーカー・アイコンです。

Manus pedifollica Hispaniae campionatum Europaeum anni bis millesimi octavi assecuta est;
in decertatione finali in urbe Vienna habita pedilusores Germaniae folle semel portae eorum illato vicit. Hispani non solum in hoc ludo, sed etiam in toto certamine longe superiores et invictos se praestiterunt. Homines totius Hispaniae hac victoria maximo gaudio affecti sunt. Etiam pedilusores Germaniae in patriam reversi magno iubilo Berolini accepti sunt.
ヒスパニアのフットボール団が2008年欧州選手権を制覇した。ウィーンで開催されたる最終戦でゲルマニアの選手団に1-0で勝利した。ヒスパニア人達はこの試合ばかりでなく全試合で卓越し無敵であることを誇示したのだ。全ヒスパニア人はこの勝利の歓喜に酔いしれた。祖国に帰るゲルマニアの選手団は喧噪の中ベルリンに迎えられたのであった。

Ab Hibernis pactum Olisiponense, quo Unio Europaea transformaretur, plebis scito abrogatum est. Quo facto iterum conatus Europae in meliorem statum redigendae irritus factus est. Hoc pacto id efficeretur, ut Unioni Europaeae institutiones democraticae inducerentur moderatioque habilior institueretur.
ヒベルヌス人によって国民投票で欧州連合を変貌させるリスボン条約が否決された。これにより改善されるべき欧州の試みは再び未決とされた。欧州連合に民主的制度が導入され、より相応しき節度[moderatio 訳が見つからない]が制度化されるといった事態がこの条約により実現されるはずであった。

Petitores praesidentiae Unitarum Civitatum Americae senatores Barak Obama democrata et John McCain republicanus supersunt, de quibus mense Novembri decernatur. Obama primus candidatus origine Africana est, qui ab altera factione magna Domui Albae destinatus est.
アメリカ合衆国大統領候補の民主党のバラク・オバマと共和党のジョン・マケインが残っているが、11月に両者のどちらかから(大統領が)選出される予定だ。第一の候補のオバマはアフリカに起源をもち、野党[民主党]によりホワイトハウスに指名される。

Tribunal Supremum Civitatum Unitarum Americae decrevit captivis in campo Guantanamo in Cuba insula sito inclusis ius esse in iudicio civili adversus captivitatem lege agere. Quo decreto moderatores Americani clade acerba affecti sunt; complures captivi enim per octo iam annos sine ullo iudicio in illo campo militari in custodia tenentur.
アメリカ合衆国最高裁判所はキューバ島にあるグアンタナモ基地に拘禁される捕虜達には民間の法廷で人身保護の請求を行う権利があると判決を下した。この判決によりアメリカの指導者達は苦い敗北を味わうことになった。多数の捕虜達は8年間裁判なしでこの軍事基地に拘禁されている。

Procuratores cursus publici Germaniae se cunctas tabernas suas clausuros esse decreverunt. In posterum hominibus solum in pantopoliis, stationibus autocinetorum, ephemeridum tabernulis facultas dabitur, ut opera cursus publici utantur. Quae res apud homines totius Germaniae magnam indignationem movit.
ゲルマニアの郵便の経営陣が多数の急便局を閉鎖することを宣言した。郵便業務を利用する便宜は今後食料品店やガソリン・スタンドや新聞スタンドでのみ提供される。こうした措置は全ゲルマニアの住人の間に憤怒をひき起した。

In Brasilia nonnullae gentes indigenae inventae sunt, quae adhuc cultu atque humanitate occidentali non contactae vitas agunt. Igne utuntur, habitant vicos senarum casarum. Venatores peritissimi esse, olera colere videntur. Brasiliae moderatores hos indigenas ab ullo homine adiri vetant.
ブラジリアで原住民が発見されたが、彼等はこれまで西洋の文化や文明に接触することなく生活を営んできた。彼等は火を使用し、6件の家屋の集落に居住している。熟達した狩人であり、野菜を栽培しているようだ。ブラジリアの指導者達はこの原住民達の下に接近することを禁じている。

In Graecia Argo navis fabulosa denuo est constructa eodem modo, quo antiquis temporibus fabricatam esse homines docti arbitrantur. Tali in nave triginta metrorum vecti Argonautae primum Bosporum periculosum inter Europam et Asiam situm transisse dicuntur. Quem cursum iterare moderatores Turciae vetuerunt suspicantes ita imperium quoddam Graecorum in regione Pontica renovari.
グラエキアで識者達が古代に建造されたと考えるのと同様の仕方で伝説のアルゴー船が再現された。30メートルの船で運ばれたアルゴーの船員達はエウローパとアシアの間にあるボスポルス海峡を越えたと言われる。トゥルキアの指導者達はグラエキア人の帝国がポンティカ地方で復活することを恐れてこのコースをとることを禁じていた。

Carla Bruni-Sarkozy, antequam praesidenti Francogalliae nupsit, cum monstratrix vestimentorum tum cantatrix processit. In ultima collectione canticorum, quam edidit, singulis triginta viris, a quibus amata est, unum canticum dedicavit laudans, quas quisque haberet virtutes. Etiam maritum, cui nunc nupta est, versibus "Tua sum" celebrat.
フランコガリア大統領と結婚する前にはカーラ・ブルーニ・サルコジはある時はスーパーモデルまたある時はスター歌手だった。彼女がプロデュースした最新の歌のコレクションの中で、かつて彼女が愛された、それぞれの美点をもった30人の男達を称賛する一曲を捧げた。さらに「あなたのもの」という歌で現在結婚している夫を祝福している。

15分ぐらいで大急ぎで訳したので変なところもありそうですが、地方名、国家名はラテン語の響きを尊重して古代風のままにしておきました。アメリカ合衆国はCivitates Foederatae AmericaeとかUnitas Civitatum Americaeとかいろいろな言い方があるようですね。どれが正式なんでしょう。このニュースではオバマもマケインも英語のままですが、ラテン語化するとさらにそれっぽくなります。ただラテン語といってもニュースのラテン語は近代語ベースなので古代のラテン語に比べるとおどろくほど読みやすいです。古いラテン文はもっとぐにゃぐにゃしているので一文の意味について一日中考え込んでしまったりすることもよくあります(仕事の合間合間にですね)。でも語学話というのは始めるときりがないのでこのへんで止めておきます。

最近ではインテリの間でもラテン語はできなくなりつつあると言われますが、それでもこんな風にしてこの由緒ある古代語を愛好する人々は絶えないようです。それでこのラテン語人口の活動を観察していて感じるのはこの人達の情熱には欧州統合の意思のなかにひそかに混じっている成分と同質のものがあるようだということですね。中世の普遍帝国への郷愁のようなものです。ラテン語以外禁止の掲示板などではそういう声がたまに露出していたりもします。欧州のキリスト教アイデンティティーが時に強調されたりするのと通底するものを感じるわけですが、これは政治的にはけっこうセンシティブな話だったりします。まああんまり政治にもっていくのも窮屈な話ですからこれぐらいにしておきますが、ともかくラテン語は死語ではなく現代に生きている言語なんだ、この言語にはなお現代政治や現代社会を記述する能力があるんだ、ということをご理解していただけましたらこの文に多少の意味があったことになります。

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もっと主張しろとな

今日は気になった記事のクリップだけです。

"How Obama Sees the World"[Newsweek]
その冷静と中庸ゆえにわりと好みなザカリア氏なのですが、オバマ外交についてエッセーを書いています。特定の外交政策についての分析ではなくマケインと対照させながらオバマの外交スタイルを特徴づけています。オバマはデモクラットには珍しくリアリストの伝統に忠実であり、マケインはリパブリカンには珍しくモラリスティックだと。オバマはその漸進主義的なパースペクティブという点でほとんどバーキアンだとすら言っていますね。またマケインが悲観的な世界観なのに対してオバマは楽観的な世界観という気質の違いがあると。Optimistic RealistないしRealistic Optimistと呼んでいます。ふーむ。でも楽観主義的リアリストというのは最大級の褒め言葉ではないですかね。日米関係については誰になってもこちらの意思がはっきりしないとどうしようもないと思うんですけどね。なんだか言っていて空しくなりますが。

The reformist president[Economist]
サルコジの改革が地味に進んでいることを好意的に捉えている記事。「経済の近代化」法に関連した小売業界の規制はずしと例の35時間法の緩和化の話なんですが、記事の大部分は組合対策の変化の記述にあてられています。私個人としては喜々としてストやデモに興じるかの国の人々を眺めているのが─たとえ主張そのものには同意できなくとも─たいそう好きなこともあって一抹の寂寥感もないこともないのですが、そうも言っていられない訳です。ちなみに労組関係ではなぜか日本の例が持ち出されることが多いですね。「改革派」からは理想的に見えるらしいですよ。

"Magnificent Obsession: Japan’s Bone Man and the World War II Dead in the Pacific"[Japan Focus]
遺骨回収事業に半生を捧げる西村さんに関する記事。西村さんのことは承知しておりましたが、こういう人もいるんだということが英語化されることは多分いいことなんでしょう。顔の見えない敵のままじゃ哀しいですからね。以前不機嫌になっていた時にまとめてからかうようなこと書きましたが、マクニール氏に対しては必ずしも否定的なばかりな訳でもないです。希少なヴォイスをよく拾っていると思いますし、啓発された記事もいくつかあります。複雑で錯綜した文脈を丹念に辿ったいい記事もあります。ただ最終的なところでよくある二元論的枠組みにおちているように見えるのが時に不満なだけです。まあそういう枠組みからちっとも抜け出せない日本の政治や政治言説がそもそも駄目駄目なんですがね。

一応言っておくと、日本関連記事の善し悪しを個人的に判断する際に偏狭な友敵理論(「親日」とか「反日」とか)には依拠したくはないですし、イデオロギーにもあまりこだわらないようにしています。いい批判記事と駄目な称賛記事ならば当然前者のほうを評価します。中国関連記事やイタリア関連記事やインドネシア関連記事と同じ基準で読むようにしています。ただ他国に比べても水準以下の記事が多いと思うのですよね、率直に言って。なぜですか。これも日本のメディアの水準のせいなんだろうとは思うのですがね。

なお一部で流行っているようなのでやってみたのですが、40歳ですか。いえいえ、実年齢はだいぶ下ですよ。主張が足りないということなんでもう少しがんがんいきましょうかね。はーい。

Tushinbo_img

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フランスの右翼

フランスの右翼とはなにかという点についてはどうも日本語情報が限られており、専門家やフランス好きを別にすれば多くの人々の間ではイメージすら湧かないのではないかという印象があります。やはり一般にはフランスというと左翼の国というイメージが強いのではないでしょうかね。でもあなたは右翼ですか左翼ですかと問われるならば、うーん、右翼ですねと答える人のほうが多数派の国なんですよね。まあだいたいどこの国でもそうだと思いますが。

こういう情報の偏りはアメリカに関してもある訳ですが、アメリカの保守の動向は今では日本語でもある程度まで捕捉できるようになって徐々に是正されている印象を受けます。一方でフランスについては左翼の声ばかりが聞こえる状況はあまり変わっていないような気がします。そのせいでいくぶんか悪魔化された右翼のイメージが伝わる訳です。個人的にどちらにシンパシーを抱くのか、とか、どちらがより正しいと思えるのか、という判断に関わる問題とは別により正確な認識というのはやはり必要な訳ですからこうした偏りは是正されるべき事には違いないだろうなあと思えます。いいえ、日本語圏で私がフランスの右翼の広報役をつとめるぞという意味ではないです。そんな義理はないので。

残念ながら私は別にこの領域の専門家でもなんでもなく基本的にニュースを追っかけるのが好きな単なる極東の見物人に過ぎないのでフランスの右翼とはなにかについて滔々と論じられるほどの知識や教養がある訳でもありません。でもなにも知らない人よりはだいぶ知っていると思いますからル・モンドのオピニオン欄にあったルネ・レモンの古典再訪記事をネタに少し捕捉情報を追加してほとんど知らない人向けにイメージを掴むためのヒントのようなものを提供してみたいと思います。なおここは素人談義のネタ提供を目的としたあまり敷居の高くないブログを目指しておりますので専門の方々におかれましては温かい眼差しで見ていただけますと幸いです(間違いはコメントでどんどんご指摘お願いします)。

それで昨年物故したルネ・レモンという人物ですが、フランスの右翼研究で知られる歴史学界の重鎮です。政治史だけなく宗教史でも有名な人です。最近では歴史家集団が記憶法(歴史の修正主義的解釈を規制する法律)に反対する声明を提出したニュースでこの人の名前が日本でも報じられていましたね。それはこの方がいわゆる修正主義者や否定論者にシンパシーを抱いているからではなく、間違った議論は証拠を示して批判すればいいのであって法律で規制するなんて馬鹿げているということですね。それはともかく、記事によると第二次世界大戦後にはヴィシー政権に対する反動から左翼の権威が高まり、右翼というのはなにかいかがわしい単一の政治潮流とみなされていたという前提があったといいます。これに対してレモンが「フランスの右翼 1815年から今日まで」で提出したのはフランス右翼とは単数(droite)ではなく複数(droites)であるというテーゼです。当たり前みたいな話ですが、右翼といってもひとつじゃなくていろいろなんですよと言った訳です。

当時は19世紀的な実証主義的な政治史を乗り越えるものとして経済史、社会史を歴史のアルファであり、オメガであると考える学派(いわゆるアナール派)が隆盛していた訳ですが、レモンは政治的なものは社会的、経済的現実の反映に過ぎないという発想を共有しなかったとされます。勿論両者は無関係ではないが、前者は後者に還元できないという認識は後に大きな影響を与えることになります。この方法論的な問題での衝突に加えて、当時は右翼を研究テーマにするというだけで疑わしい目で見られたといいます。日本でもそうだったようですね。記事ではシモーヌ・ド・ボーヴォワールの言葉が引用されています。「真実は一つだが、誤謬は多数だ。右翼が複数であると白状するのは偶然ではない」と。残念ながら左翼が一つの真実ではなかったことはその後の歴史が証明してしまった訳ですがね。

右翼は複数だというテーゼですが、レモンは三つだと考えました。彼の用語系ではレジティミスト、オルレアニスト、ボナパルティストの三つです。以下それぞれについて簡単に説明します。

レジティミスト(正統王朝派)は「反革命派」とも呼ばれるようにフランス革命を完全否定し、それ以前を正統であると考える一派です。思想家で言えばジョセフ・ド・メーストルといった人々に連なりますが、中世以来の社会秩序観に依拠し、カトリック教会を精神的、社会的支柱と考えます。彼らにとっては近代性とは社会秩序の破壊そのものを意味する訳です。一般に中小貴族や農民に支持された立場であると言われ、地域的にはブルターニュやフランス南部などに多かったとされます。復古王政期(1815-1830)に権力の座に就きますが、7月革命で権力を喪失して以降は、時折連立の形で政権に加わることもありますが、田舎の所領で封建的な秩序を固持しようとしたとされます。

オルレアニスト(オルレアン派)は7月王政(1830-48)で権力の座についた自由主義的な一派です。彼らも君主制支持者ですが、自由主義的、議会主義的な革命の遺産を承認する立場です。世俗的王権、三権分立、議会主義、基本的人権(自由権、平等権)といった制度や価値の信奉者であり、主としてブルジョワ層に支持されたとされます。参政権の拡大(制限選挙)、教育や学術の普及などに熱心であり、離婚や結婚に関して社会改革的意思も示したりします。政権側のオレルアニストと野党側のオルレアニストとがいますが、後者がより自由主義的であったことは言うまでもありません。

ボナパルティスト(ボナパルト派)は2月革命(1848)後に権力を獲得したナポレオン崇拝を正統性の根拠する権威主義的かつ大衆主義的な一派です。一方でカリスマ的な指導者の下での権力の権威主義的行使、他方で絶えざる大衆の支持(プレビシットの実施)の追求で特徴づけられるこの体制は、政党政治や議会主義を軽蔑する一方、都市や経済の近代化を推進したことで知られます。この体制が急増する都市労働者の存在抜きに語れないことはマルクスのおかげか日本でも一部論壇で有名になっていますね。社会進歩的な動きは停滞しますが、普通選挙が導入されたように反自由主義的かつ「民主主義的」な体制であったと称されます。

話をだいぶ単純化していますから本当はそれぞれの内部もかなり複雑多様なんですが、こんな具合にナポレオン以後、順番に権力の座についた右翼潮流をルネ・レモンはフランス右翼の原型のようなものとして捉えています。つまりこれ以降にも様々な右翼潮流が出現する訳ですが、それをこの三類型の主題の変奏や組み合わせの変化として理解していく訳です。国民戦線はレジティミスト成分が濃いとかブーランジスムやド・ゴール主義はボナパルティスト的だとか現在の保守はオルレアニスト的だという風に。復古主義的右翼、自由主義的右翼、権威主義的(大衆主義的)右翼という要素なんですが、特定のアジェンダをめぐって離合集散したり、再編されたり、修辞が微妙に変化したり、左翼側との混交現象が起きたりという風に不変な実体という訳ではないのですが、やはり右翼潮流を見渡した場合にはそこには驚くべき連続性があるというのがこの人の認識です。

予想されるように連続性の認識に対しては不連続性の認識からの批判というのがあります。また1954年に出版されたこの古典的傑作に対しては実証的なレベルでの批判もあり(最大の争点は「フランス・ファシズム」の位置づけ)、著者は細部において修正を加えていくのですが(私が読んだのは改訂版)、レモンは「今日の右翼」という最近の著作でもこの三類型は現在の右翼の記述になお有効だとしています。こうした類型がなぜ執拗に反復回帰するのかについては、人々の心理的、文化的傾向性に行き着くのだろうとしていますが、説明理論というよりも歴史記述ですからね。理由はあまり深く問うてはいけない。そしてその記述力はやはりたいしたものだと思いますね。この三類型はリセの教科書レベルでも踏襲されていますから今でも標準的理解といってよろしいかと思います。レモンによるサルコジスムの分析はないのですが、おそらくはこのいかがわしさを漂わせた正体の知れない政権の中に、ボナパルティズム(権威主義的権力行使、メディア戦術)とオルレアニズム(経済自由主義的政策)とレジィティミズム(道徳主義的、宗教的修辞の復活)の要素の独特にして最新の結合形を見出していたんじゃないかと思いますね。

本当を言えば、私はこういう類型論的な歴史理解というのはあまり好まないのでありますが、日本政治史や政治思想史に関してもこういう総合的記述のやり方はあり得るだろうなとは思います。でも我が国の近代政治思想史、政治史はフランスに比べても複雑ですからねえ。そしてずっと面白いと思います。総合には向かないかもしれませんがね。

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暑いですね

最近は小学生が合唱しているポニョ、ポニョ・・・の残響が頭を離れません。子供がやたらと多い地域に住んでいるので今何が流行っているのかはだいたい彼らが勝手に教えてくれます。町のあちこちでピーチク囀っているのが自然に耳に入ってくるわけですね。昔から半身が異なる時空を泳いでいるようなところがあって流行というものに関しては全般に疎いので彼らの囀は便利です。芸人は知らないが、ギャグは知っている。知ってどうするということもないのですが。またなにが流行っているかばかりでなく時にこれはなにかの啓示なのだろうかとかつい考え込んでしまうような意味深なメッセージを耳にすることもあります。昨日はマクドナルドでしばし考え込んでいました。

先日のECBの利上げの評価は難しい、判断つかないなという状態が未だに続いています。期待のコントロールといっても外部要因で物価が押し上げられている現状でそんなこと出来ますかねという誰もが抱いているだろう疑念が消えないためです。フィガロにECB総裁のトリシェのインタビューがありましたが、中身は公式見解の枠から出るものはないですね。第二四半期と第三四半期には減速するが第四四半期に穏やかに回復するだろうという短期的な見通しはいささか楽観的ではありませんかねえ。先日の利上げは中期的な見通しでの物価安定のためで(目標は2%)、今後の利上げについてはバイアスは一切なしだと繰り返しています。また他の中央銀行の動向とは無関係に判断するとも。持続的成長との兼ね合いはどうするのだという問いには、二兎を追う者は一兎も得ず、中期的な物価安定のみを目標とすると断固として答えています。うーむ。ここまでの展開は私の予想のうちの最悪のシナリオの通りになっているのですがね。東の方面は大丈夫ですか。ちなみに「ドグマチック」という世評のトリシェでありますが、政治家の美辞麗句を見慣れているせいかそのフランス語の構文の単純さにはちょっとした驚きを抱きます。修辞に長けた中央銀行総裁というのはそれはそれで困りますが、融通があまりきかないのもどうかと思います。これは言っても仕方ないかもしれませんが、セオリー通りに動いているといってもそもそもユーロ・ゾーンじたいがセオリーから逸脱した存在だと思うんですよね。

なおエコノミストのマルク・トゥアティ氏が運営している「トリシェを止めろ!」というサイトがあります。英語版もありましたのでリンクしておきます。これは3日の利上げに合わせて出来たサイトですが、今後も運営されるのでしょうかね。我らが中央銀行についても不穏な動きがあった場合には誰かこのようなサイトつくりませんかね。逆効果のような気もしますが。なおインフレ話ではEconomistも記事を掲載していますね。FTの論調に比べるとこちらの方が日本での論調に近いですかね。

Not unambiguously good for Japan, in other words, but inflation may not be unambiguously bad either.

なんとも微妙な言い回しですね。なお外圧理論を信奉する方もいらっしゃるようです。

Historically, it has taken some form of external shock or pressure from overseas, known as gaiatsu, to induce rapid and profound change in Japan (as a result of the 1970s oil shock, for example, Japan started liberalising its finance industry). Inflation, argues Mr Wood, even of the bad, cost-push variety, will prove another form of gaiatsu. And when Japanese group behaviour changes, he warns, it will change fast.

ガイアツはもはや国際語のようであります。反対語はカミカゼになるのでしょうか。いや、ジョウイですか。英語でこう書かれるとなんだか本当に不思議の国な感じがしてきますが、完全に間違っている訳でもないのが困ったところです。外圧研究という学際的な研究分野があってもいいかもしれませんね。なお外圧神話というのもあると思うんですよね。誰か実証的に明らかにしてください。

シャルリー・エブドと言えば怖れ知らずの風刺雑誌で有名ですが、今度は白旗を上げてしまったようです。しかし風刺家受難の時代ですね。シネという名の「極左」の名物イラストレーターがスクーター事故で係争中の大統領の息子のジャン・サルコジを風刺した記事なのですが、「訴えているのはアラブ人に違いない!」「こいつはDartyの御令嬢でユダヤ系の婚約者を娶る前にユダヤ教に改宗宣言したばかりだ。この坊やは出世するだろうさ!」というところにヌーベル・オプセルヴァトワールのクロード・アスコロヴィッチ氏が反ユダヤ主義だ!と噛み付きます。シャルリー内部でゴタゴタがあったようですが、結局、編集長のフィリップ・ヴァル氏がユダヤ教への改宗は無根拠な噂に過ぎず、改宗と出世とを結びつけたことも擁護できないと敗北宣言します。サルコジ家が訴えると脅したとか脅さなかったとか噂されていますが、シネ氏はシャルリーを立ち去ってこの事件を風刺するイラストをRue89に送りつけています。ヘタれたヴァル氏を風刺しています。

で、問題はこのシャルリーがムハンマド風刺画の時には「言論の自由」の名の下に断固として戦った雑誌である訳です。そのためにこれってダブスタじゃねという感覚が残るわけですね。またシネ氏支援のために2000人の署名を集めた請願書も出たりしているようですね。反骨の風刺家を救え!と。日本でそれなりに知られている哲学者のミシェル・オンフレ氏やダニエル・ベンサイード氏も名を連ねています。一方で新哲学派のベルナール=アンリ・レヴィはこの擁護者達も含めて批判する記事を書いていますね。1930年代の例を持ち出して左翼だって反ユダヤ主義に加担したんだから風刺者が左翼であることは言い訳にならない、それからヴォルテールを引き合いに出して宗教の風刺と人種の風刺とは違うんだと説いています。ヴォルテール自身はこの区別ができていないがと断ってますが、ラビをからかうのと「ユダヤ人」をからかうこと、イマームをからかうのと「アラブ人」をからかうのは違うという話ですね。あとは「政治的正しさ」や「笑いの禁止」の風潮には与するつもりはないと断っていますが、シネよ、お前の笑いのセンスは駄目だと。

誰も聞きたくないかもしれませんが、まず、私の「趣味」から言えば、シネ氏流の風刺というのは実はそれほど面白いとは思えないです。なにか古くさいもののように感じられてしまうというのが率直なところです。勿論風刺一般の価値を否定する訳ではさらさらないのですが、こういうセンスはなんかずれてるよなあという感じは否めないですね。すべてを笑え!というのは勿論その威力を発揮するような場合があることはよく判りますが、この件で記号的に「ユダヤ」と「アラブ」をぶつけるセンスもやはりどうしようもないなあと思います。この人どっちでもない訳ですしね。この坊やを風刺するならいくらでもやり方はあると思うんですよね。サルコでもカーラでもセシリアでもコマは揃っているじゃないですか。最後に、この風刺そのもの出来やこれが反ユダヤ主義にあたるかどうかの問題(私は無関係なので判断は控えておきます)とは別に、「政治的」に言えば、この「事件」がマイノリティー間の対立が高まらないようなやり方で処理されるといいなと思います。けっこうやばい水準にまで来ていると思うのですよ。「事件」のたびに恣意的にPC基準をあげるだけではルサンチマンが一部の層でつのっていくだけのように思えます。まあこんなことはみなさん判っているでしょうから完全に余計なお世話ですね。

宗教風刺はいいが人種風刺は駄目というレヴィの議論について言えば(しかしコメント欄けっこう荒れてますね。まあ必ずしもニュートラルには受け取られない背景もあるんですがね。無関係な私は無骨にリテラルに読みますが)、それでも一般的な議論というよりもたぶんに文脈依存的な議論に感じられます。フランス社会の差別文脈における人種風刺のことを考えているのでしょうし、例えば「ブラジル人」風刺や「日本人」風刺までは射程に入っていないでしょう。それはそれで別にいいと思いますけどね。お互いからかい合うのを許し合うぐらいの関係が望ましいと思うので(悪質なもの除く)。関係ないですが、シャルリー・エブドの前身は「ハラキリ」と言います(笑)。仏語ですから「アラキリ」です。私の関心からすればむしろ自分達の文脈を文脈を共有していないところに当て嵌めたり、さらには自分達の文脈を直接別の文脈に持ち込もうとする現象でしょうかね。私は文化相対主義者では決してないのですが、それでもそれぞれの文脈を尊重しようという精神は必要だと思うんですよね、お互いのために。とはいえこれだけグローバルなレベルでメディア化や情報化が進み、人の移動が大規模になると混線現象は不可避なのかもしれません。なかなかやっかいな話ですね。

「フランスの失言屋」ことサルコジがアイランドを訪問したようですね。国民投票のやり直しを要求する旨発言したとかしないとかでその「傲慢さ」をめぐって当地では大騒ぎになっていたようですが、そんなことは言ってないからと、アイルランドの民主主義の勝利を讃えた模様です。説得力ゼロですが、この記事ではアイルランドのメディアのわりと好意的な反応がまとめられています。まあメディア受けする大統領であることは間違いないですねえ。なおかの地中海の夢のゲノー氏ですが、例外事項を設けて条約を改訂した上でアイルランドの民意にはかるプランを語っていました。このプランでいくつもりなんでしょうかね。

Global Talk21のOkumuraさんが例の騒動のエントリの中で私のスタンスを説明してくれています。ありがとうございます。この件に関しては言いたいことの8割ぐらいはもう言ったのでしばらく黙っていることに決めました。それから@もはずすことにしました。日本語圏ではたぶんあまり知られていない訳ですが、英語圏の日本政治をめぐる言説の貧困を救っているのはObserving JapanとGlobal Talk 21だと思っています。もしこの2つのブログがなかったらと想像するとなんだか寒気がしてくるほどです。なおそれぞれの分野の優秀な方々がそれぞれのスタンスで英語ブログを始めてくださると本当にありがたいのですのですがね。それがどれほどプラスになるのか計り知れないほどだと思うのです。皆様お忙しいことと存じますが、御一考なさってください。特に法学関係者の方。

今日は髪を切ってさっぱりしているはずなのですが(髪は自分で切る)、それでも暑いので(エアコンは入れない)思考が乱れていて意味不明なことを書いているような気もするのですが、また余計なことを書いているような気もしますが、まあそういう日もあっていいさと思い直してそのまま投稿します。

追記
誤字修正、追加フレーズを入れました。なお今後は誤字に関しては断りなく修正します。しかしなんでこんなに間違うのでしょう(汗)(7.23.2008)

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ある保守政治家の肖像

評伝斎藤隆夫 孤高のパトリオット  /松本健一/著 [本]評伝斎藤隆夫 孤高のパトリオット /松本健一/著 [本]
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記念碑的な北一輝研究で名高い著者による斉藤隆夫論です。戦後の硬直したイデオロギー枠組みの中では右翼思想研究者であるという事実のみをもって時には両翼より不当なる非難を受けることもあったと言われるこの近代思想史家の手によって斎藤隆夫が論じられるという時点で決して平凡な聖人伝にはなるまいという期待を持って本書を手に取りましたが(初読は数年前で今回は再読)、著者独特の深い情感と歴史の襞から襞を辿る繊細な視線は本書でも十分に発揮され、本書は立体的な斎藤隆夫像を描き出すことに成功していると思われます。名高い「粛軍演説」と「反軍演説」によって軍部独裁に反対した民主主義者といった平板なイメージとともに今でこそその名がたびたび想起されるようになりましたが、解説によれば我が国が誇るべきこの保守政治家が注目されるようになったのは実は1980年代以降の話だと言われます。つまり戦後日本の言説状況となじまないなにかがこの人物にはあった訳であります。本書で強調されているのは政治思想家(天皇機関説論者)としての斎藤隆夫、政治的現実主義者(帝国主義的権力政治の冷徹な認識者)としての斎藤隆夫という二つの側面であります。それほど堅い文体でも晦渋な内容でもありませんし、予備知識も要求されませんので(背景説明部分が懇切丁寧、あるいはそこが読むのがしんどいかもしれませんが)、政治に関心があるという人々、特に若い衆─まだ私もその一部かもしれませんが─の間で本書が広く読まれることを希望します。以下書評ではなく内容の紹介です。

斎藤隆夫は明治3年(1870年)8月18日に兵庫県出石(いずし)郡(現出石町)中村という山陰の村の貧しい自作農の6男として誕生します。この出石は「弘道館」を中心とする教育熱心で名高い小藩であったそうで後に論敵となる東大初代総理の加藤弘之もまたこの佐久間象山とも因縁深い出石出身だそうであります。この土地の空気を吸って育った貧乏にもかかわらず向学心と立身出世の意思に燃えた少年だったことが数々のエピソードから描かれます。郷党の先輩の元に寄宿する苦学生として東京専門学校(現早稲田大学)の行政科に学び、弁護士試験に合格した後には、同校の校長たる鳩山和夫の弁護士事務所に入りますが、この事務所の廃業とともに自分の弁護士事務所を開きます。とはいえ私学出身の弁護士では食えない時代であったためアメリカ留学を目指し英語の勉強に熱心に取り組んだといいます。32歳でエール大学に公法や政治学を学びに留学しますが、この留学は弁護士仕事に飽き足らず「天下国家の為に何事をか為さん」すなわち後の政治家への道を漠然と企図したものであったと著者によって推察されています。

このアメリカ体験は後の斎藤隆夫の精神を形作る上でとりわけ重要なものであったようであります。留学中に左肋膜炎を患い、1年間入院生活をおくることになるのですが、斉藤は手術に失敗したグレース病院に対して法的な闘争を挑んだといいます。これは黄色人種への偏見と差別が当然視されていた当時の白人社会に対する「理屈」による闘争という意味合いを持っていたことを著者は明らかにします。とはいえ斉藤の批判の対象は白人社会そのものよりも当地の「卑屈な日本人」達に向けられていたといいます。「亜米利加乞食」「亜米利加ゴロツキ」という強い言葉で批判しているのは、アメリカに10年いるなどと鼻にかけては白人に対しては媚びへつらい、あまつさえ日本に戻ると「洋行帰り」「ハイカラ」として権威ぶる連中でありました。この「洋行帰り」嫌悪は後の「講壇派社会主義」の源流に位置する同郷の帝大教授和田垣謙三批判として展開されることになります。桜を尊ぶ日本人は西洋人に比べてしょうもないという議論(?)への彼らしい徹底的に「理詰め」の反論です。

このように西洋風を吹かす軽薄才子を心底軽蔑するパトリオットである一方で、斉藤が国粋的惑溺(いわゆる「暗黒面」)からほど遠い人間であったことは「立憲政治の完美」を目指したその政治活動からも─それゆえ著者はナショナリストではなくパトリオットと彼を呼ぶ─また彼の政治思想からも明らかであると著者は診断します。帰国後自費出版された彼の著書「比較国会論」に伺われるのは天賦人権説(自然権論)に依拠し、「輿論政治」としての国会政治の漸進的な成熟を訴える立憲政治の啓蒙家の姿であります。具体的には天皇の条約締結大権や緊急勅令大権をいずれ超克されるべき「初期におけるやむを得ざる事態」とみなし、国会を「主権機関」のひとつとみなす国家主権説(天皇機関説)であります。

余は、天皇は単独主権機関にあらず、換言せば、我国の国会は天皇と共同して主権機関を組成す、更に政治上の語を以て云えば、我国の主権は英国其他の立憲君主国と同じく君主のみに属せずして、君主と議会との共同団体に属す、と断言せんとす。
以上のように個人的には皇室崇拝者であったにも関わらず、同時代の北一輝と類似した「ラディカルな」天皇機関説の立場に斎藤隆夫は立ったとされます。この立場から同郷の先輩にして帝国学士院長の加藤弘之に論戦を仕掛けます。「族父統治の天皇機関説・加藤博士の所論に就て」において、天皇機関説論者を「共和主義を説くもの」として排撃し、天皇と国民の間の関係を「父子」関係に類比される「族父統治patriarchie」(つまり通常の君主統治monarchieではない)とする加藤を政治論および法理論の立場から批判しますが、「国体新論絶版事件」以降「転向した」かつての明治啓蒙主義者加藤弘之はこれを頑迷に拒むばかりであったといいます。


明治末年に改進党系の野党立憲国民党所属の衆議院議員として立候補し、これに最下位当選するところから斉藤の政党政治家としてのキャリアは始まりますが、その活動は長い間それほど華々しいものではありません。その後立憲同志会、憲政会、民政党と政党をスライドしていきますが、その政治行動および発言の公準となっているのは我が国における政党政治、立憲政治の確立と成熟という揺るぎない政治的信念であった点は言うまでもありません。斉藤が目撃したのは藩閥政治から政党政治への転換、大正デモクラシー運動の高揚、普通選挙法の確立、党利党略にまみれた政党政治の退廃、そして終焉という光景でありました。この中で著者が特筆しているのは普通選挙法の推進活動と昭和6年の演説であります。前者ですが、「普通選挙法心得」という彼が書いたパンフレットの中で彼の普通選挙法に関する考えが判ります。斉藤は普通選挙を「日本建国以来の大革新」と呼ぶ一方で、

即ち普通選挙は国民平等の原則に立脚して居るから、政治の前に於ては貧富の原則を認めない。日本一の大金持も其日稼ぎの労働者も参政権の前に立てば絶対平等である。故に、今後吾々は政治上に於て有産階級の特権を認めざると共に、無産階級の特権をも認めない。有産階級の跋扈を許さざると共に、無産階級の横暴をも許さない。国内に於ける有ゆる階級は互いに一致調和して、国家の進運と国民の幸福に向って最大の義務を果すと云うのが、普通選挙の精神である

というようにこの時代に台頭しつつある社会主義運動をおそらくは意識して保守政治家の立場から「国家の進運と国民の幸福」を目指すのが普通選挙の精神であるとしています。また後者ですが、普通選挙によって成立した田中内閣批判演説「正しき者に勝利あり」は政党政治の退廃の予兆を鋭く指摘したものと評価されています。田中内閣と軍閥との距離の近さの批判、また公共事業の空約束による集票活動に見られるように国益を語って党益を第一とする党略政治の批判であります。政党の利益のための政治ではなく国家民衆の利益のための政治を行わない限り、政党内閣否認の声がいずれ挙がることになるだろうと。またこの演説の予言的性格でありますが、

さなきだに近時国民思想の流れ行く有様を見ると、一方には極端なる左傾思想があると共に、他の一方には極端なる右傾思想があり、而して是等の思想は悉く其向かう所は違っているけれども、何れも政党政治とは相容れない思想であって、彼らは大なる眼光を張って、政党内閣の行動を眺めて居る。 若し一朝、政党内閣が国民の期待を裏切り、国民の攻撃に遭うて挫折するが如き事があるならば、其時こそ彼等は決河の勢を以て我政治界に侵入して政治界を撹乱し、彼等の理想を一部でも行おうと待設けて居るのである。故に、今日は政党内閣の試験時代であると共に、政治界に取っては最も大切なる時である。

というように党利党略に走った場合には立憲政治の基盤を破壊する「極端なる左傾思想」と「極端なる右傾思想」の攻撃を受けることになるだろうと─後に的中することになった─予言をしています。

さて226事件を受けてなされた高名ないわゆる「粛軍演説」でありますが、これが保守的現実主義者の立場からなされたものであることを著者は強調しています。まず「革新」という語のインフレ批判。

まず第一は革新政治の内容に関することでありまするが、一体近頃の日本は革新論及び革新運動の流行時代であります。革新を唱えない者は経世家ではない、思想家ではない、愛国者でもなければ憂国者でもないように思われているのでありまするが、しからば何を革新せんとするのであるか、どういう革新を行わんとするのであるかといえば、ほとんど茫漠として捕捉することは出来ない。 [...] 彼らの中において、真に世界の大勢を達観し、国家内外の実情を認識して、たとえ一つたりとも理論あり、根底あり、実効性あるところの革新案を提出したる者あるかというと、私は今日に至るまでこれを見出すことが出来ないのである。

というように「革新」なるものは内実を欠いた空疎なスローガンに過ぎず、「世界の大勢」の認識も「国家内外の実情」の認識もともなっていないという現実家の立場からの批判。それから軍人の政治活動の危険性についての言及となりますが、これは青年将校によるテロやクーデターが純真な─すなわち単純にして危険な─「愛国の至情」に由来するものであるとの認識に基づくものです。軍人が政治運動をすることは明治大帝の「軍人勅諭」に反している。軍人は陛下の統帥権の下に服して国防に専心すべし。「無責任にして誇張的な」ジャーナリズムやマスコミに煽られた純真な青年将校達は軍人内閣を樹立することで一切の腐敗や悪が消滅すると思い込んでいるがなんの具体的な展望もありはしないと。この「直情怪行の青年」とカリスマ的な「一部の不平家、一部の陰謀家」の言論の結託によるテロという認識は著者も述べる通り正確なものであります。さらにこうした事態の萌芽的な段階で刈り取らなかった軍当局の責任の追求へと演説は進みます。三月事件、十月事件、515事件でもし徹底的な追及がなされたならばこのクーデター未遂は生じなかったに相違ないとし、苛烈な軍法会議批判を行い、さらに226事件において事態の真相解明は十分になされておらず、「裏面に於て糸を引いて居る」軍首脳(つまり真崎教育総監)の存在も暗示しているといいます。さらに反軍思想という悪罵に対して、

元来我国民中には動もすれば外国思想の影響を受けやすい分子があるのであります。欧羅巴戦争の後に於て、「デモクラシー」の思想が旺盛になりますると云うと、我も我もと「デモクラシー」に趨る。其後欧州の一角に於て赤化思想が起こりますると云うと、又之に趨る者がある。或は「ナチス」「ファッショ」の如き思想が起ると云うと、又之に趨る者がある。 [...] 今日極端なる所の左傾思想が有害であるのと同じく、極端なる所の右傾思想も亦有害であるのあります。左傾と云い、右傾と称しまするが、進みいく道は違いまするけれども、帰する所は今日の国家組織、政治組織を破壊せんとするものである。 [...] 我が日本の国家組織は、建国以来三千年牢固として動くものではない、終始一貫して何ら変わりはない。又、政治組織は、明治大帝の偉業に依って建設せられたる所の立憲君主政、是より他に吾々国民として進むべき道は絶対にないのであります。故に軍首脳部が宜しく此精神を体して、極めて穏健に部下を導いたならば、青年軍人の間に於て怪しむべき不穏の思想が起こる訳は、断じてないのである。

というように不変の国体と明治以来の立憲君主政体を擁護する者という立場からの外国の最新流行かぶれの「極端なる所の左傾思想、右傾思想」批判である旨自らの依って立つ場所を明示しています。かくして国民の代表者たるべき政党政治家が党利のために軍と結託し、政党政治の基盤を自ら破壊せんとする事態を前にして孤軍奮闘する一人の保守政治家の姿が立ち現れる訳であります。この「粛軍演説」はマスコミからも国民からも圧倒的な支持を得たという話でありますから、決して雄弁家ではない彼の説得の言葉は広く国民大衆の心を掴むだけの威力を持つものであったようであります。

その後の展開が斉藤の望むものでなかったことは誰もが知るところではありますが、斉藤の批判の舌鋒はますます鋭くなっていきます。近衛内閣における国家総動員法をナチスの授権法と類似したものとみなす批判演説、そして名高い「支那事変処理に関する質問演説」であります。この米内光政内閣に向けられた「反軍演説」として知られる演説でありますが、これはいわゆる平和主義の立場からではなく徹頭徹尾リアリズムの立場からなされている点が特徴であります。「国民」の名において日華事変の処理がいかになされるのかストレートに問い質しているのでありますが、批判の射程は米内内閣ではなく近衛内閣にまで向けられていきます。ここで近衛第三次声明を想起し、これを5本の柱に要約します。すなわち、1、支那の独立主権の尊重、2、領土要求、賠償金要求をしない、3、経済上の独占を行わない、4、第三国の権益の制限をすることを支那政府に要求しない、5、内モンゴルを除く地域からの日本軍の撤兵。しかしながら中国からの撤兵はいまだなされていない。これは汪兆銘政権を欺くものではないかと。さらに昭和14年12月の「東亜新秩序答申案」を事挙げし、かつて「革新政治」の無内容を衝いたように、その言語不明瞭を揶揄します。曰く

之を見ますると云うと、吾々には中々難かしくて分からない文句が大分並べてあります。即ち皇道的至上命令、「ウシハク」に非ずして「シラス」ことを以て本義とすることは我が皇道の根本原則、支那王道の理想、八紘一宇の皇謨、中々是は難しくて精神講話のように聞えるのでありまして、私共実際政治に頭を突込んで居る者には中々理解し難いのであります。

という具合に泥沼化した戦局をいかに処理するのかという実際的問題を離れ、国民の犠牲も忘れて観念の遊戯に没頭している愚を問い詰めていきます。ここではもはや事変でなく「戦争」と明瞭に言い表していますが、なぜ1年半の後になって慌てて戦争目的を設定しようとしているのかと。また近衛声明にある「聖戦」観に対しては、

斯様な考えを持つて居らるるか分らない、現に近衛声明の中には確に此の意味が現われ居るのであります、其の言は洵に壮大である、その理想は高遠であります、併しながら斯くの如き高遠なる理想が、過去現在及び将来国家競争の実際と一致するものであるか否やと云うことに付ては、延いて考えねばならぬのであります。苟も国家の運命を担うて立つ所の実際政治家たる者は、唯徒に理想に囚わるることなく、国家競争の現実に即して国策を立つるにあらざれば、国家の将来を誤ることがあるのであります。

というように「実際政治家」の立場から戦争目的の空想性、観念性を批判した上で帝国主義的な権力政治の現実をこれに対置します。曰く世に平和論や平和運動は蔓延るがこれが実現したことなど歴史上一度もない。人類の歴史は戦争の歴史だ。戦争が一度起こったならば、最早正邪曲直の争いではない、是非善悪の争いではない、徹頭徹尾力の争いだ。強者が弱者を征服する、これが戦争である、正義が不正義を贋懲する、これが戦争という意味ではない。この現実を否認する者は偽善だ。国家競争の真髄を掴まなければ生き残れない。国家競争の真髄とは生存競争、優勝劣敗、適者生存だ。これ以外の歴史など存在しなかったし、今後も存在しない。と空しい正義論に対して「力こそが正義」の現実を対置し、国策はここに依拠せねばならないと訴えます。さらに曰く

此の現実を無視して、唯徒に聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し、曰く国際正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、斯くの如き雲を掴むような文字を列べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことかありましたならば現在の政治家は死しても其の罪を滅ぼすことは出来ない。

というように政治家の責任を追求していくのでありますが、この「唯徒に聖戦の美名に隠れて」の部分が軍を激しく刺激することとなり演説の削除問題に発展し、最終的に斉藤は議会からの除名処分の憂き目に遭います。以上のように斉藤の批判は十分な説明のない状態で国民に膨大な犠牲を強いることへのパトリオットとしての、さらに空想的な聖戦論を嘲笑する政治的現実主義者としての批判であったとされます。

除名処分後に翼賛選挙で無所属議員としてトップ当選しますが、もはや政治家としての有意義な活動は出来ず、近衛批判、大政翼賛会批判、東条の憲兵政治批判、大東亜会議批判をただ家で書き継ぐ日々を過ごしていたといいます。彼にとっては日本の敗戦は当然の結末であり、米軍の占領も極めて冷静に受け止め、戦後は老体に鞭打って日本進歩党の結成に奔走し、新日本の建設に力を尽くすことになります。我々は戦争に敗けた。しかし国家が亡ぶるものではない。人間の生命は短いが、国家の生命は長い。国家の盛衰はあるが衰えたからといって失望落胆することはない。失望落胆して気力を失った時こそ国家が滅びる時だ。日本国民は勇気を取り戻して旧日本に別れを告げて新日本の建設に邁進せねばならない、と国民を叱咤激励して。

以上のように斎藤隆夫はまさに「孤高のパトリオット」として孤軍奮闘した保守政治家でありました。米英の亜細亜侵略もまた強者の権利と言わんばかりの冷徹な国際政治認識は、戦後の思想地図にあっては大東亜戦争の大義を捨てきれないロマン主義的な右派にも、また軍国主義への抵抗者として彼を英雄視する動機を持つはずのロマン主義的な左派にも受け入れらない「毒」であったため彼は長らく水で薄めた形で時折言及される政治家にとどまったと著者は喝破しております。いずれにせよこうした保守政治家というのはどこの国にもいて緊急時において最もその威力と高貴を示すものであるという点は忘れないようにしたいものだとあらためて思った次第です。なおお節介に聞こえるでしょうが、特に自分を右派だと思っている若い人にはこういう認識を分け持っていただきないなと個人的には思っています。保守と右翼は似ているようでいて全然違います。大人と子供ぐらい違います。ここで右翼というのは勿論あの奇矯なパフォーマー集団のことではなく、認識の問題です。

追記
斎藤隆夫の演説はこのサイトで電子テキスト化しています。その労苦に感謝と称賛を送り、リンクを張らせていただきます。

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地中海連合の構想者

このたびの地中海連合設立のニュースは各国の大手メディアで概ね好意的に迎えられているようではありますが、他方でこの構想には当初より常に懐疑的な眼差しが向けられてきました。その原因のひとつとしてこの構想を強力に推進している人物がかのアンリ・ゲノーであるという事実も指摘できるのではなかろうかと思います。しばしば「アングロ・サクソン的」だの「新自由主義的」だのと形容されることのあるサルコジ政権の性格を考える上でもこの人の存在はある意味で象徴的であると個人的には思っています。

サルコジ大統領の特別アドバイザー、スピーチライターとして知られるアンリ・ゲノーでありますが、この人はばりばりのド・ゴール派の国家主義者であります。マーストリヒト条約や欧州憲法の批准の際には反対運動を指揮したユーロ懐疑論者であり、統制主義的なエコノミストであり、政治的なるものの再興を訴える─官僚主義的な欧州連合は政治の死を意味するとされる─共和主義者であります。そう、サルコジのパブリック・イメージの真逆にある人と言っていいと思います。しかし、例えば、サルコジの過剰にも見える欧州中央銀行のバッシングを書いているのはどうやらこの人であるという事実はなにかを物語っているように私には思えます。私がサルコジの政権を必ずしも「アングロ・サクソン的」「新自由主義的」(その中身は問わないでおきましょう、もともと空疎なレッテルなのですから)だと思っていないのは他にもいろいろな理由があるのですが、このアンリ・ゲノーの印象もわりと大きいような気がします。

彼の書くスピーチは狙い済ましたような文脈撹乱的引用によってインテリの神経を逆撫ですることで有名であります。あのサルコジの口からフランス社会主義の象徴的人物たるジャン・ジョレスの言葉を語らせること、やはり社会党の大物にして人民戦線内閣首班のレオン・ブルムの言葉を再利用すること、レジスタンス歴を有し、パリ5月革命にも関与したことで知られる哲学者、社会学者エドガール・モランの概念を剽窃すること、これは言ってみれば日本の右派政治家の口から幸徳秋水やら片山哲やら吉本隆明やらの言葉や概念が飛び出すような話であります(まあもともとこういう引用の政治文化ではありませんが)。

この点に関してmarianne2とのインタビューによると、

インタビュアー ジョレス、ブルム、マルローに言及するのはあなたが最も誇りに思っている考えなのですか。これを聞いたフランス人は本気にするとあなたは思っているのですか。

ゲノー これはパリのミクロコスモスの問題です。あなたも私も人民戦線の遺産とは無縁であるとは感じないでしょう。あなたは有給休暇に反対しないでしょう。私もです。これは偉大なる社会進歩なのです。私はその後継者であり、そのことに満足しています。ニコラ・サルコジはジョレスのテキストを読みました。右翼であろうと左翼であろうとフランス人がジョレスのテキストに自らの教育的な概念を反映するなにものかを見出すことになんら馬鹿げたことはありません。ジョレスの言葉に言及しましたが、ニコラ・サルコジの教育プランを完全に明らかにするからです。なぜ言及してはならないのですか。

同じインタビューの中で「私はド・ゴールと同じようにフランスとは右翼でもなく左翼でもなく全フランス人のことだと考えます」とか「共和国、国家、国民についての特定の考えを有する者達は一緒になすべき何事かを共有しているのです」とかいったセリフがありますが、あるいは本気でどんな主義者であろうとも、フランス人たらんとするものこそがフランス人なのだと考えているのかもしれません。私には特定オーディエンスを意識して変化球的な挑発を仕掛けている根性の悪さが感じられるのではありますが、どちらかと言えば無骨なこの人の風貌や発言からはこの言葉はある程度まではそのまま受け取ることもできるのかもしれません。どのスピーチに彼の思いが入っているのか細かく分析するほどウォッチしているわけではないのでただの印象論ですが。

さらにこの人は大統領のスピーチライターばかりでなく、実際の外交にもかなりの影響力を行使していますので注目せざるを得ない存在です。特にアフリカ外交に関与していますが、地中海連合を構想し、推進しているのは他ならぬこのユーロ懐疑派の国家主義者なのでありますからこの構想が欧州連合を撹乱するのではないかとドイツが警戒心を抱くのも宜なるかなというところであります。地中海連合についてのインタビュー記事や動画(コレとかコレとか)もけっこう出ていますが、だいたいは経緯の説明や美辞麗句のラインに収まっているのでそれほど面白くはないです。ただそこで強調されているのは、このプランが官僚的なものではなく、政治的なものなのだという点です。この点は官僚的なもの、オートマチックなものを嫌い、政治的なものの復興を訴えるこの人の政治哲学から出てきている訳ですね。

それから強調されているのは、バルセロナ・プランは北によって決定され、南はこれに従うというように非対称的な関係になっていたのが弱点で、今度の地中海連合では北と南の対等性が保証されているのだという点です。この点に関しては、国によって違うのですが、アフリカ側からの疑念が当初よりつきまとっていることを指摘しなければならないでしょう。このたびのパリ首脳会議でリビアのカダフィが参加を見送り、新植民地主義の試みに過ぎないと冷ややかな論評をしているのは象徴的であります。ここでフランスの血と汗にまみれた対アフリカ外交の歴史を振り返る余裕はないのでパスしますが、簡単に言うとサルコジ政権は従来のパターナリスティックなアフリカ関与からよりビジネスライクなパートナー関係へと転換することを目指していると一般に目されています。このサルコジの新アフリカ外交に対する疑念でありますが、例えば、その「植民地主義的な」レトリックゆえに論争と紛糾を巻き起こした悪名高きダカール演説を書いたのは他ならぬこのアンリ・ゲノーであった事実をここで想起しておきます。この演説をめぐる新哲学派のベルナール・アンリ・レヴィを巻き込んだ論争(というのか罵り合い)については日本語でも紹介されていますのでググってご確認なさってください。まあこれでは反発や疑念を持つなという方が無理でありましょうとだけ言っておきます。ただこの人が必ずしもシニカルな戦略家ばかりでなくそれなりに信念の人のように思えることもあるのは時に見せるこうした「拙劣さ」もあります。その信念の是非については、私の志向性とはずいぶん違うなあとだけ言っておきます。

というわけで今のところメディアではずいぶん高い評価を受けているようでありますが、この構想が当初より欧州連合諸国の間でもアフリカ諸国の間でも疑いの目で見られていること、そしてこの構想の中心にいるのがアンリ・ゲノーなる論争的な人物であることをご理解いただけますととりあえずこの文章の機能は全うされることになります。勿論彼もまた政治権力の構造の中の一人であり、さらにこうした大きなプロジェクトが一旦動き出したならば、そのプランも彼自身の意思からは徐々に離れていくのでありましょうが、絶えずある方向性へとこれを誘導しようとする無視できない存在としてとどまり続けるのではないでしょうかね。それでは皆様におかれましても暑さにめげず一日を全うされますことを。

追記
修正しました(7.17.2008)

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地中海のための連合

革命記念日の前日にパリに欧州諸国、地中海諸国の43カ国の首脳が集まり、地中海連合の正式発足が宣言されたことは日本でも報じられていましたので、みなさまもご存知のことでしょう。この耳慣れない地域的な協力機構でありますが、サルコジ肝いりの外交的プランであります。この設立に至るまでのゴタゴタについては日本語版wilkipedia(英語版の訳のようですね)でもだいたいのところは掴めますのでおすすめしておきます。要は自由貿易圏の創設を謳い上げた1995年のバルセロナ宣言の後継プランとしてサルコジ政権が提唱したこと、トルコの欧州連合加盟交渉問題とリンクさせたために紛糾を呼んだこと、加盟国を沿岸諸国に限定しようとしたため欧州諸国(特にドイツ)の反発を呼んだこと、最終的にはバルセロナ・プロセスのラインに引き戻され、名称も地中海連合(UM)から地中海のための連合(UPM、以下面倒なので地中海連合と呼びます)に変更されたというのがここまでの経緯です。

日本語ソースもけっこうありますが、AFPの記事と産経の山口昌子氏の記事をリンクしておきます。
EU、トルコとの加盟交渉を再開[AFP]
地中海周辺およびEU諸国による「地中海連合」が発足、中東和平への期待高まる[AFP]
「相互に愛し合う方法を」、パリで初の地中海連合会議開催[AFP]
EU首脳会議で地中海連合構想発表へ[産経]
第1回地中海サミット 海洋汚染防止など採択 サルコジ大統領「大満足だ[産経]
中でもシリアのアサド大統領の首脳会議出席が注目すべき点で、中東和平への米国とは異なるフランス主導のアプローチの始動としておおむねメディアからは好意的に迎えられているようですね。ご承知のようにイスラエルとシリアの間で交渉が行われている最中でもあります。フランスが深く関与しているレバノン情勢もあって(ハリリ首相暗殺の件で反シリア・デモも起こっているようです)この複雑な連立方程式をどのように解いていくのか見物であります。そう簡単にはいくまいとは思いますが、いろいろアプローチがあっていいんじゃないでしょうか。

フランス国内の論調を少し紹介します。
「勝利するパリ」[Le Figaro]
フィガロ社説はこの第一回会合をパリの外交的勝利として讃えています。以下概要で訳ではありません。グラン・パレでの会議はフランス外交の成功であり、ニコラ・サルコジの個人的勝利だ。大統領選挙キャンペーン中に表明された地中海の北と南を共同運命体となすべく欧州とアラブとイスラエルを同じテーブルにつかせるなどといった話をいったい誰が信じられたろう。当初のプランは取り下げられた。北欧や東欧─ドイツを先頭にする─の我らのパートナー達はこのラテン諸文明の起源たる「我らの海」からは遠いからだ。エリゼの決意(ゲアンとゲノのデュオ)と大統領の信念が不可欠な妥協を可能にした。これにより地中海連合からバルセロナ・プロセスの後継者として皆が受け入れる地中海のための連合となった。他の点、中東の平和や軍事的、外交的錯綜の点でもグラン・パレの首脳会議は良い方向へと向かっている。イスラエル首相オルメルトとパレスチナのアッバス議長の間の直接交渉の追求は緊張緩和を生んでいる。シリアによるレバノンの独立承認と両国の大使の劇的な交流はもうひとつの良い報せだ。シリア大統領を歓迎するという賭けは勝利に終わりそうだ。アサド大統領はレバノンのテロリスト支援と断絶することで文明諸国の協力体制へと再統合する意思を示しているからだ。アメリカ新大統領とフランスの支援の下でイスラエルとの直接の平和交渉を開始することを決断したならばそれはより容易くなるだろう。全体として1年間でサルコジのスタイルと方法は中東で際立っている。将来の新展開や不可避的な危機がどのようなものであれ、ニコラ・サルコジの主導によるグラン・パレの会議は中東のカオスの歴史に白い石で刻まれることだろう。以上、中東和平交渉進展への貢献の期待を込めてサルコジの外交的勝利であったとしています。

懐疑の中の我らの海[Le Monde]
ル・モンドに掲載されたエリック・ル・ブシェルの論評です。同じく以下概要。政治と経済のどちらが社会発展を支配するのかについてよく議論される。しかし人口動態と呼ばれる三番目の変数がある。これが地中海連合の中心的なモチーフだ。欧州では少子高齢化が進み、衰退を迎えているのに対して、アジアは2世紀にわたる従属の復讐を行っており、南から北へとラテン化するアメリカの人口動態はダイナミックだ。地中海周辺には2億6千5百万の住民が生活し、その3分の1が15才以下だ。さらにブラック・アフリカには2025年には10億に達する大陸が存する。確かに別の言い方もできるだろう。経済的に惑星は「オレンジの薄切り」のように組織されている。アジアは韓国-日本-中国-インドネシア枢軸で統合され、資源庫であるオセアニアへと伸びている。北米と南米も相互に結合している。政治についても同様だ。イスラミズムの高まりへの応答は戦争ではなく、共同運命体、共生体の構築であることを欧州は示さなければならない。このような平和的な企図、共通文明の野心によって欧州は21世紀に他の諸文明に対して自らの位置を見出すだろう。地域安定のための地中海連合。イスラミズムの脅威を低減するための地中海連合。隣人と共同で発展し、移民を管理するための地中海連合。3度ウイと言おう。ニコラ・サルコジは正しい。しかし、誰もこれを信じてはいないのだ。それぞれが賭け金を理解し、これに加わろうとするだろうが、我々の未来を痙攣させてしまうほどに躊躇いや反対も数多いのだ。障害のリストは長い。まず1995年のバルセロナの試みの失敗の原因であるイスラエル・パレスチナ紛争。東では東欧、ロシア、中国の市場が興隆している。南では植民地化への非難、贖罪の要求が渦巻いている。北では民主主義の前提条件が立ちはだかる。そして移民が両岸の間に鉄の壁を立てている。かくも遠隔の経済格差のある人々を日常レベルで統合させる困難は言うまでもない。最後にアングロ・サクロン世界はサルコジの保護主義を非難し、欧州市場の開放が南の発展の最良のてこであると(正当にも)述べている。ラッパが鳴り終えた時、なにが残るのか。翌朝からなにをするのか。プランだ!具体的なプランが必要だ。地中海連合はこれを欠いている。汚染の防止、海洋の連携の強化、エネルギー、石油以後の思考の開始。これ以外にはほとんどない。東欧再建の時の銀行のようなものすらない。北の財務大臣達や官僚達の拒否!というわけで市民社会に頼らなければならない。善意には欠けていない。しかしまたビジネスにも頼らなければならない。アラブ諸国は石油や太陽光の降り注ぐ海岸を有するし、国内総生産も年5%の成長をしているし、中産階級は消費をしているし、昨年の投資は600億ドルにも達した。しかしこうした麗しい宣言の背後には懐疑主義がつきまとう。プランの準備が悪いのか。たぶんそうだ。南の劣悪なガバナンスとライバル心のせいか。勿論だ。しかし北の無関心しか見えないのだ。「ノン」の欧州はもはや戦略をもたない。飽食した欧州は進歩を疑う。引っ込み思案な欧州は偉大なる未来への投企を放棄している。欧州は老人達の大陸だ。以上、ヴィジョンそのものは素晴らしいが、誰も本気で取り組もうとしてないのが問題だという内容でした。

というようにローマ帝国は言うまでもなく、ブローデルのヴィジョンを想起して、そうだ、地中海とはかつては一つの文明、あるいは諸文明の交錯する空間だったし、常に既にそうなのだ、とこの希有壮大な構想にロマンを感じる人もいるかもしれませんが、勿論21世紀初頭の生々しいパワーのせめぎ合いの中にこの構想は置かれているわけです。こういう麗しいカバーをかけて影響力の強化をはかるというやり方はいかにも大陸的で我ら島国的な外交伝統にはあまりなじまないかもしれませんが(大東亜共栄圏というのがありましたし、今でもいろいろやっていますが)、参考になる部分もあるのかもしれません。また欧州連合のように大きなプロジェクトもささやかな分野での協力関係から始まったことを思えば、現時点でむきになってこの試みを擁護したり、非難したりする必要もなく、さあどうなるんでしょうねえと折に触れて観察していくのがおそらくは極東の見物人がとるべき正しい態度なのでありましょう。

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苗字の歴史

(以下昨晩アップしたのですが誤って一度削除してしまったエントリです)

日本家族史、特に近代家族史というのは─私もその中に含まれているのではありますが─なかなか腑に落ちたという感じを与えない分野であります。それはひとつには家族というものが個々人の生活に直接関係するだけに一般的かつ俯瞰的な理解図式にはなにか抵抗感を覚えさせられやすいということもありましょうし、実際にこの列島上に展開された家族形態が歴史的になかなか複雑多様であることにも起因しているのでしょう。また本によってずいぶん書いてあることが違うのも困ったところですね。

梶ピエール先生のところからのリンクで見つけたウェブページの記述でうーむとうならされたのでメモしておきます。この書き手の方は夫婦同姓は明治以降の「創られた伝統」だ、前近代には夫婦別姓はよくあったし、そもそも百姓には苗字などなかったではないかという夫婦別姓論者による議論(よく知らないのですが、一般的にこういう論調なんですかね)に対して、別姓論議の妥当性とは別に、その歴史的認識の誤りを指摘しています。前近代における夫婦別姓は大陸の父系主義的な宗族組織の影響なんだから現在の男女平等の理念とは無関係でしょうぐらいのことは私でも言えますが、後者の論点については恥ずかしながら知識とイメージが混乱していました。それによると、

確かに、江戸時代の百姓は原則として、公的な場や武士の面前で苗字が用いられることは禁止されていましたが、村の中などでは堂々と苗字が名乗られていたという事実が、多くの研究者によって明かされています(坂田「百姓の家と村」P35)。中世の庶民のなかには、苗字だけではなく擬似的な姓(天皇から与えられたわけではないという意味で)を有していた者もいますが、庶民のなかで姓から苗字が中心となり、苗字の数が飛躍的に増加するのは、15〜16世紀のことです(坂田「百姓の家と村」P36〜37)。苗字・家名という社会的制度は、制約があるとはいえ、前近代の日本社会に広く浸透していたのでした。

といいます。これで立派な苗字が持てるんだ!俺は上杉だ!いや藤原だ!とそれまで苗字を持たなかった村人達が驚喜して役所に押し寄せて我先に家名を登録している光景が─そんな光景は目撃したはずはないのですが─「四民平等」という言葉から自動的に連想されるのでありますが、室町時代ぐらいから庶民も苗字を持っていたというのは他の歴史的事象との関連から言っても当然の話ですね。そう言えば、農民の苗字が書かれている江戸時代の史料を見た記憶がありますし、また明治政府が夫婦別姓にしようとしたけれども強硬な反対で頓挫したというエピソードもどこかで読んでいました。なぜこんな連想が生じるのだろう。どこかで刷り込まれたんですね。

また同じ書き手の方は別の記事で氏名、姓、苗字の差異について解説しています。姓と苗字の違いは理解していたつもりですが、氏名と姓の違いと同一化のプロセスの理解は中途半端な状態でした。坂田敏氏の議論のようですが、

氏とは氏名(ウジナ)であり、藤原・源・平などです。姓はカバネであり、ウジナとともに天皇から与えられるものです。真人・朝臣・宿禰などがあります。公的な場では、ウジナとカバネは実名(ジツミョウ)と組み合わせて用いられます。たとえば、藤原(ウジナ)朝臣(カバネ)道長(ジツミョウ)、平(ウジナ)朝臣(カバネ)清盛(ジツミョウ)となります。ウジナとカバネは父系血縁原理による氏族集団を指す名称であり、家名ではなく、公的性格の強い名称です。


ウジナとカバネがやがて同一視されるようになり、ウジナを姓(セイ)と称するようになった経緯について、前回の記事ではやや曖昧な説明しかできませんでした。本書では、カバネの機能が官位に取って代わられ、姓をカバネと呼ぶ習慣が廃れ、ウジナが姓(セイ)とみなされるようになったのではないか、とされます。また、ウジナとカバネをあわせて広義のセイと考えられていたのが、ウジナ=姓(セイ)に変わった可能性もある、とも指摘されています。ただいずれにしても、古代の段階ですでにウジナと姓(セイ)の同義化が進行していたようです。姓と実名による呼称は、その人物が氏族の構成員であることを表していました。姓は原則として天皇から与えられるという意味で、他律的性格の強い名称でした。

ということですね。なお名字と字(アザナ)についての説明も判りやすいのでおすすめしておきます。15、16世紀に百姓層にまで家制度が根を下ろしたという話でありますが、地域的差異や定着のリズムのずれのようなものはどこまで追跡できるのでしょう。この本はいずれ読まないといけませんね。琉球やアイヌの家族制度(や氏族制度)も判ったようで判らないんですよね。なお近代におけるなんとかの誕生モノは大量生産されていますが─勿論その仕事の意義を否定するつもりもないのですが─ちょっと飽き飽きしているというのが本音です。政治的動機が見え透いた議論が多いということもありますし、相対化すると称しつつも逆に近代を特権化し過ぎではないのかなという疑念も湧いてきます。私は私なりの仕方で近代主義者なのだろうとは思いますが(なんだか不確かな物言いですみません)、最近はもう少し長いスパンで物事を考えたい気分になっています。

ちなみに私がなんとなく近代家族史のナラティブに含まれていないという感覚をもつのは実家が代々の女系的な─厳密には双系的なんでしょうが─一家であることにも起因しているような気がします。私にとって家長とは奥座敷に威厳をもっていつも座している、なによりも煙管を愛するあの曾祖母(おひいさま)のことであり、家という語は男などは闖入者と言わんばかりのあの女性的な権力空間を意味しています。そんな感じの家は今でもけっこう各地にあるようですね。いわゆる現代家族の多様化とは別に近代法的擬制の下に実際には多様な形態の家族生活が営まれてきた歴史はいったい誰が書いてくれるのでしょう。いや、私が無知なだけでどなたかがもう書かれているのかもしれませんね。

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諍いはなおも続く

チベット騒乱とその暴力的鎮圧に対する抗議の意思表示としてフランス大統領サルコジが北京オリンピック開会式ボイコットという外交カードを示唆した頃には中仏関係に関してこのブログでも何度かとり上げました。この事件に対するフランス政府の対応は当初はむしろイギリスやドイツに比べてはるかに生温いものであったことは既にみなさんお忘れかもしれません。激高した国民世論の圧力を受けてサルコジが開会式ボイコットを口にし、さらに聖火リレーに対する派手な妨害行為によって一躍フランスは欧州において中国の人権問題に対して最強硬派というイメージができあがってしまったわけでありますが、これは成り行き上そうなってしまったという側面が大きいように思えます。「人権の国」フランス共和国とてコストが低いと判断した際に戦略的に人権カードを使用するものの国益上プラスとなれば涼しい顔で人権蹂躙国家とつき合うだけの老獪さを備えていることはよく知られた事実であります。この点ではむしろ「永遠の青年」アメリカ合衆国のほうがはるかに潔癖かつナイーブなのであります。

その後中国で吹き荒れた反仏デモの嵐、さらに中国政府によるフランス旅行の妨害といった力強いリアクションを前にして国民各層の間でじわじわと反中感情が高まる一方で重要な商機を逸することを恐れるビジネス界を中心に両国関係の改善の要望の突き上げが高まるという状態がここまで続いておりました。つつがなく終わってよかったですねという以外になんの成果があったのか今ひとつ不透明な我らが洞爺湖サミットの席上、サルコジによってオリンピック開会式参加が表明されたことは、これで国際政治上の重要争点としてのチベット問題はしばらくは棚上げになるのか、国際政治とはなかなか残酷なものだなという印象を少なからぬ日本国民にも与えたことでありましょう。

一方、この発表に対して欧州、またフランスではさっそくリアクションが出始めております。共和国の外交的行動に最終的に制約をかけるのは世論でありますから、こうしたリアクションには注意を払っておいた方が良いでしょう。

オリンピックにサルコジが行くのは「スキャンダルだ」[Le Point]
まずは68年の生ける象徴たる「赤毛のダニー」ことコーン・ベンディットの反応です。ストラスブールの欧州議会の席で「オリンピック開会式をボイコットしないというのはスキャンダルだ」との発言。「ブッシュやサルコジみたいに開会式に出るというのは中国共産党に忠誠を誓うことだ」なぜなら「開会式は中国共産党と党の全歴史の演出になるわけだから」とのこと。「フランスは原発を売りたい、これを欲しい国がひとつある、中国ってわけだ。原発を売りたければ開会式セレモニーをボイコットできないってね」。ちなみにこのビデオで激怒してるおっさんです。また国境なき記者団のロベール・メナール氏(日本にも来ましたね)も激高しているとのことです。

さらにこの参加表明の後に中国政府がもしサルコジがパリでダライ・ラマと会談をしたならば両国関係に「深刻な結果」をもたらすことになるだろうという恫喝カードを切ったことは中仏関係に新たな火種を提供した模様であります。1000年以上の腐れ縁のある我々からするならば、ああ、またかという感想しかでてこないいつもの行動なのでありますが、この度重なる恫喝にあまり免疫のないフランスでは中国の要求は驚きと反感をもって受け止められているようであります。

「中国大使の発言でパリと北京の間の緊張が再び高まる」[Le Monde]
この記事がこの発言の経緯を述べています。これによると、首脳会談で開会式参加が公表されたにもかかわらずパリと北京の対立は止まないが、その原因は8月12日から22日のダライ・ラマのパリ訪問の際の会談が「深刻な結果」をもたらすだろうという在仏中国大使Kong Quan氏の発言にある。ベルナール・クシュネル外相との話し合いの場で大使はダライ・ラマと会談することは一つの中国の原則の侵害にあたり、中国への内政干渉にあたると強硬に反対意見を述べたとのことです。まあいつもの話です。

「私のアジェンダを決定するのは中国ではない」[Le Monde]
10日の欧州議会でのサルコジの自己弁護についてこの記事は扱っていますが、先ほどのコーン・バンディットの批判に対して開会式参加に関しては欧州連合全メンバーの同意を得た、人権問題を守るために北京に行くのであり、また台湾関係の改善に見られるように中国は進歩しており、国際舞台で孤立化させるべきではない、ダルフールでもイランでも中国の協力は必要だとサルコジは応答しております。一方でダライ・ラマに会うなという要求は批判し、私のアジェンダを決定するのは中国ではない、ダライ・ラマのような人物と会うことを禁止することは誰にもできない、いつ会談するかはいずれ知らせると述べたようであります。

この中国の要求への反発はあちらこちらで吹き上がっていますが、チベットに限らず中国の人権問題を懸念し憤っているのは「当然のことながら」左翼であります(ねえ、ほんとに目を覚ましてくださいな)。サルコジ批判としてはFrench Politic経由で知った社会党のピエール・ミスコヴィチ議員のブログの記事「弱い環」などが典型的でしょうか。少し紹介します。訳ではありません。

まず今回中国がダライ・ラマとの会談があったら報復すると威嚇しているのは「信じ難いが事実だ」。「深刻な結果」とは要するにTGVやエアバスや二国間関係のことだろう。中国はまさに偉大な国であり、我々は米国に先駆けて共産中国を承認したし、社会党は定期的に中国共産党と接触してきた。中仏友好は将来にとって死活的に重要だ。しかしこんな外交的な命令は受け入れ難い。ブッシュはダライ・ラマを受け入れたし、メルケルもそうした。なぜニコラ・サルコジにこんな圧力が来るのか。それは共和国大統領が欧州の「弱い環」とみなされているからだ。お愛想のせいで中国側はサルコジを拒否しない人物と思っている。候補者だった頃には人権外交の枠組みの中でロシアや中国に対して毅然たる対応の必要性を語っていたが、大統領になるや否や、中国に契約を結びに出かけて、人権問題には口を噤んでしまった。チベット危機の際の彼の無言は無関心、中国への共感を示すとみなされ世論の圧力をもたらした。彼は開会式セレモニーへの出席について何度も示唆し、10日前には中国とダライ・ラマの間の交渉参加に条件づけをしようともした。こうした譲歩の結果、新たな脅しの対象になってしまったのだ。哀れな話だ。サルコジはジレンマに陥っている。中国に屈服するか、手ひどい経済的復讐にもかかわらず抵抗するのか。フランス外交は呆れるような状況に陥っている。嘆かわしい話だ。

中途半端な姿勢が中国を増長させている、フランスは「弱い環」とみなされているぞと。というわけで今後の展開に関してはなお予断を許しませんが、これから国内の突き上げもあるでしょう。まあなんだかんだ言ってもかの国においてシニカルな政治経済エリート達に対して「人権の国」の看板を死守せんと立ち上がるのはいつも国民世論なのでありますから。

追記
コメントで指摘されたのですが、よくあるステレオタイプを弄んでしまったような気がしてきます。反証はいくらでもあげられるでしょう。ただそれなりにあてはまる部分もなくはないと思いますがね。相対的な問題としては。

「永遠の青年」アメリカ合衆国のほうがはるかに潔癖かつナイーブなのであります。

の部分ですが、フランスからはそう見える、と付け加えてください。私自身の意見として米国の外交的伝統を揶揄するつもりはありません。アメリカ合衆国という理念の強さは知っているつもりですし、その誠実性には基本的には敬意を抱いています。ペリー以来の日米関係を振り返るに日本国民としては言いたいところもないわけではないですがね。なおこれは余計かもしれませんが、フランスの権威を借りてアメリカを叩くという─最近は減っているようですが─ある種のインテリの隊列に連なる意図もありません。

また入江さんの言われる政府の現実主義と民間の理想主義というのはどこでも多かれ少なかれそうなんだろうとは思います。行動や発言の表明の仕方や権力の作動の仕方に歴史的伝統の差異に起因する多少の違いはあったとしても。

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言えない空気

しばらく国内政治の話からは遠ざかっていたのですが、勿論それなりにニュースは追っています。このブログは中長期的な射程のありそうな話題だけにとどめて政局ネタはできるだけとり上げない方針なのですが(その能力がない)、前原氏をめぐって少し前から動きが盛んになっていることが気にかかっています。私も「偽メール事件」とそれに続く辞任劇─辞任の必要は全くなかったと思います─の時に大いなる溜息をつき、少しは権力闘争に揉まれて政治的狡知を身につけていただきたいものだと思った口であります。今回の動きも理念先行に見えますが、どうなるんでしょう。

「Yahoo!みんなの政治」に関連記事がアップされています。
民主党は政権を担えるか(1)民主党は政権を担えるか(2)[Voice]
例の話題になった寄稿論文です。経済政策についてはこれまでの発言で違和感を抱かされたことが何度かあったのですが、この危機感と使命感は買っておきたいです。この人は政治家としては発言がいささか正し過ぎるのではないかと思うところもあったりするのですが、こういうストレートな人がいないとやはり駄目な局面なのかもしれないとも思い直したりもします。この記事では官公労と旧社会党系議員への言及の仕方などの率直さが政治的狡知の欠如にも見えますが、良いぞ、前原がんばれとも思うのです。

また、中央公論の対談も話題になっていますね。
自民と民主は本当に違うのか(その1) 自民と民主は本当に違うのか(その2)[中央公論]
与謝野馨氏と田原総一郎氏との鼎談です。以前少し書きましたが、「悪魔的」云々を除けば(インタゲの話)、与謝野氏はそれなりに尊敬している政治家でありまして、この鼎談はなかなか面白い内容になっています。発言は短いですが、たいそう示唆に富んでいます。ところで「上げ潮」vs「財政再建」みたいな演出された対決図式から少し自由になる必要があるのではないでしょうかね。与謝野氏自身がこのフレーム内で話しているのが困りものなのですが。一方、ここでの前原氏の発言にはさほど違和感はないかな。「一人当たりGDP世界一」を国家目標に掲げると言っているところは世界一はともかく「一人当たり」は強調されるべきだとは個人的に思っています。それはともかく、

ですから、仮にこのまま民主党が政権を取っても大変です。私は「君子豹変」しないかぎり、まともな政権運営はできないと思いますよ。今、民主党が最もしてはならないのは、国民に対して耳触りのいいことばかり言っておいて、仮に政権を取った時に「やっぱりできません」という事態を招くこと。そして「やはり民主党の言っていたことは夢物語だった」と思われて、すぐに自民党に政権が返ること。これが最悪です。

この発言に象徴される基本政策批判、農政関連のバラマキ批判が物議を醸したようですね。勿論正論なんですが、立腹した民主党内のプチ・スターリニスト達が恫喝文書を発表したことは先日報道されたのでみなさんご存知でしょう。というわけで党内では前原氏はどうやら浮いた存在になりつつあるようです。この辺の空気はあまり信用ならない政局記事からも伺えますが、田原氏が応援記事の中で批判しています。

前原誠司の勇気に応えよ(1)前原誠司の勇気に応えよ(2)[Voice]
これによれば、

この問題が起きたとき、じつは私は何人もの民主党議員に直接電話をかけて、「あなたは前原氏と同じ意見ではないのか。なぜ手を挙げないのか」と理由を聞いた。答えは「いまは時期が悪い」「同じことをいえば、自分まで党内で浮いてしまう」というものであった。    小沢氏が怖いのかというと、そうではない。いってはいけない空気が、民主党のなかにある。それで何もいえずにいるという。これでは政党のなかに言論の自由や表現の自由がないも同じである。議員たちは沈黙を強いられ、前原氏はまったく孤立した状態にある。こういう民主党は嫌だな、と思う。いつのまにか民主党は、北朝鮮のような党になっていたのだ。いつから民主党は、そんな情けない政党になってしまったのだろうか。

といった状態のようであります。前原氏も意識しての議論喚起のつもりだったのでしょうが、9月の代表選を前にして党内は腹の探り合い中で誰も呼応しなかったという結果になっているようですね。こういう部分は理想家肌の前原氏の政局観のなさなのかもしれませんが、これが事実だとすると田原氏同様に今の民主党の空気はいやだなと思います。というわけで民主党関係者は多分読んでいないでしょうが、書いておきます。ここで前原氏を干すようだとそうとうイメージ悪いですよ。社共みたいな硬直的な政党に見えます。政権交代に向けて結束を強めるんだというのは判りますけれどもね。代表選で活発な政策論争がないようでは政党としてどうなのよということになりますし、基本政策の練り直しはどこかでしなくてはならない作業であって逃げるわけにはいかないですからね。マニフェストというのは祝詞じゃないんですから。といっても小沢氏が代表にとどまっている限りはどうにもならないんでしょうかね。なんとも停滞感の漂う話であります。

微修正しました(7.11.2008)
なおねじれ国会および民主党の戦術についての考えは「頼むよ民主党」「ねじれの効用」というエントリで以前書きました。対決路線は結構、しっかりチェック機能を果たしてください、ただもうそろそろ政権獲得後をにらんで基本政策について議論しておいたほうがいいんじゃないですかという話です。

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怒りのブロガーかあ

今日は仕事の関係で妙に疲弊しておりますので軽く目にとまった記事をクリップするだけにしておきます。特にテーマはありません。

日本が行方不明、サミット議長国の姿が見えず[フィナンシャル・タイムズ]
なにかこの記事に脊髄反射している向きもあるようですが、無視で構わないと思うのですがね。イギリスのサミットで謳われたアフリカ救援がなにをもたらしましたか。涙出そうな状況じゃないですか。それに日本でサミットを開催するということを一等国の勲章のように喜んではしゃぐ時代ももうとうに過ぎていると思うんですよね。メディアも少し騒ぎ過ぎだと思います。サミットなんて単なる会議に過ぎないのですから淡々と報じればそれでいいのだと思います。税金いくらかかってるのかとか日本がなんの実利を得たのかとかベルルスコーニの服装がどうだとか。

Nor Anything that is thy neighbors[Shisaku]
でこの記事に戦後日本は覇権など求める気はずっとなかったんだとShisaku氏が応答しています。それは正しい。が、日本政治の英語ブログでそれほど違和感なく読める─意見に同意という意味ではない─数少ないブログのひとつということで尊重はしているのですが、率直に言って、あなたのブログはあなたが「少数派」と呼ぶ人々の存在を過剰に大きく見せる効果を果たしていると思うのですがその点どうですか。あなたはなぜかくも彼らを恐れるのですか。

ウィリアム・バックリーと保守主義運動:なぜアメリカの保守主義は蹉跌したのか[中岡望の目からウロコのアメリカ]
これは非常に判りやすい見取り図です。判りやすいので逆に警戒してしまうのですが、ウィリアム・バックリーがいかに大きな存在なのかという点は理解できたような気がします。よく見る名前なんですが、どういう位置にいるのか今ひとつよく判らなかったんですよね。最近では日本でもアメリカの保守論客の著書が翻訳されるようになってはいますが、この人は多分翻訳ないですよね。こういうオーガナイザーがいなかったから日本の保守論壇というのは政治的に未熟に見えるのですかね。まあ「融合主義」などわざわざ唱えなくともなんでもかんでも習合してしまう「国柄」らしいのでへっちゃらですがね。高貴な保守主義者が減少しているというのは日本にも当てはまりそうですね。なんだか口の悪いのばかり増えて福田恆存氏とか竹山道雄氏みたいな人はもう出ないのですかねえ。

EU backs French immigration pact[BBC]
現地の険悪な空気は肌身で判るつもりですのでやっぱりこうなりましたよねという以上の感想はありません。多文化共生とか能天気に言っている人々は欧州の事例をよく調べてくださいね。日本の今後をシミュレーションをする時の生ける実験場みたいなものですから。なお私は移民に関しては慎重派ですが必ずしも反対派ではありません。またどうやらフランスのホスト国の文化を学べ案は拒否されたようですね。各国独自に同化政策を採るべしと。ところでどうも最近この言葉(assimilation)があまり躊躇なく使われるようになっているような気がするのですが、なにか変化があったのですかね。イタリアのロマの問題は大変難しいのでお気楽に非難したくはないのですが、私にはやっぱり不愉快な事態です。それははっきり言っておきます。

Japan rails at Australian's tabloid trash[The Sydney Morning Herald]
ついに私のブログも海外メディアにとり上げられたようです。といっても例の変態騒動の話なんですが。いや、変態報道騒動でしたね。これによると私は怒りのブロガーということなんですが、日本語読めないんですね。いいですか、私は「英語圏におけるwaiwai批判の紹介者」なんですよ。在日外国人や日本人の間でこれはまずいんじゃないかという真摯な批判が先行していた訳です。この記事に出てくる誰かさんみたいに日本人vs非日本人のマニ教的な枠組みに入れようとしても駄目ですからね。なおライアンはどうでもいいと明記していますよね、私が批判したのは毎日です。それから虚構のポルノ記事を掲載する毎日新聞の姿勢を疑問に思わないシドニー・モーニング・ヘラルドというのはどうやらエロ記事満載のタブロイド紙のようですね。同類を憐れむという話ならばまあいいです。タブロイド紙だろうがなんだろうが精進すれば道は必ず開けますからね。職業に貴賤なしです。これは我らが日本仏教のありがたい教えです。がんばって精進してくださいね、Justin Norrieさん。

というわけで疲弊している上にカキの種を切らしていることもあって─これがないと落ち着かない─なんだか各方面に喧嘩を売ってしまったような気がしてきますが、誰に対してもそれほどの悪意は抱いておりませんのでそれほど真面目にとらないでくださいね。明日は穏やかな一日を過ごせますことを祈りつつこのエントリを終えたいと思います。みなさん御機嫌よう。

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利上げしましたね

欧州各地でバブルがつぶれ阿鼻叫喚の声があがっている最中にインフレ闘士としての本領を発揮して利上げを断行するECBの益荒男ぶりを目にして、ハイパーインフレの悪夢の再現の阻止を至上命題とするブンデスバンクの遺伝子と「大陸ならでは」を追い求めては止まないENA経済学の真髄とを見せつけられたような気がして身の引き締まる思いを新たにしました。結局のところ金融政策というのは延長された政治なのですねと。というのはもちろん真っ赤な嘘です。ともかくサルコジやべルルスコーニやサパテロの罵声を浴びながらECBが予想通り利上げをしました。

この景気減速の中での成長かインフレ抑止かという政策判断は大変だったでしょう。ECB内部でも意見対立があったようです。各国の政治家の介入を排除して物価の安定という目的のためにセオリー通り動いたECBを賞賛する声と石油や食料の価格高騰に対してはECBの利上げは効果がなく、結局、景気の悪化を招くだけだと非難する声とどちらが正しいのかを現時点で判断するのは難しい訳ですが、「バイアスなし」とのトリシェの言葉を信じるならば、これは多分に象徴的な身振りでしょうから特に大騒ぎすべきではないのかもしれません。以下はフランス語圏の論調の一部の紹介です。

"Trichet seul contre tous"[Le Figalo]
まず利上げ直前の7月3日付のフィガロ社説ですが、「トリシェ対世界の戦い」という風に揶揄しています。4%の記録的インフレを前にしてECBの使命を果たそうとしているのだろうが、この使命は果たせるだろうか。それは不確実だ。なぜなら1970年代を想い起こさせるこのインフレの劇的な復活はエネルギーや食料の高騰という外部的要因によるものであり、全世界の金融担当者の協調行動を必要とするものだからだ。当面、欧州のユニラテラルな利上げは物価の上昇を止められないだろうし、未来についてもなんの保証もない。賃金上昇の効果も止められないだろう。フランスの経済的損失を最小化すべくECBとトリシェに釘を刺し続けてきたニコラ・サルコジももはや孤立してない。マーストリヒト条約の作成者はインフレとの戦いの権能をECBに与えたが、成長の維持は条約に書かれていない。これはおそらくは条約のもともとの欠陥のひとつである。欧州人が今まっさきに着手しなければならないのがこの問題だ。以上、サルコジは正しい、ECB単独の利上げはインフレを止められない、成長の維持も目標に入れよという内容でした。なお「バイアスなし」発言を受けてフィガロの論調もその後ややトーンダウンしている印象を受けます。

"Le temps de la réflexion"[La Tribune]
経済誌ラ・トリュビュヌの社説は決定の後に書かれたものです。まずトリシュエは「明瞭に語り」、約束したことをなした。これを撤回するなどあり得なかった。金融政策に関して冗談というものはなく、インフレ率の上昇は疑い得ない正当性を与えたのだから。経済が減速する中でこの決定によって今後のシナリオ作成の自由を得たのだ。信じられているところとは異なり、トリシェも他の中央銀行もインフレのみに執着している訳ではない。短期的な景況の不確実性があるからフランクフルトも次の動きを決める前にこうして反省の時をおいたのだ。インフレ抑止のために連続して利上げしたら最悪の影響を与えるだろう。景気のいっそうの悪化を招くことになる。インフレ抑止のための利上げの連発の後に経済拡大のための利下げの連発というのは破滅的なシナリオだ。そんなことになったらECBは評判を市場で失うだろうと。以上、今回の決定は妥当だ、今は今後のシナリオづくりの反省の時だ、金利の爆上げはなしねという内容です。

なお他の主要紙は事実報道記事や分析記事は掲載していますが、社説ではこの問題はとり上げていないようですね。気になった記事をあげると、

"On va sans doute connaître des désordres monétaires"[Liberation]
経済学者ジャン・ピザニ・フェリーとのインタビュー記事です。
ECBの決定は正当かという質問に対して。ターゲットの2倍の水準にインフレ率が達し、インフレ期待も上昇していたのだから利上げそのものは不可避だ。しかし0.25ポイントの利上げはインフレを抑止できない。これは合図だ。インフレ・スパイラルを抑止するために期待のコントロールをしているのだという答え。
なぜECBは賃金の上昇を恐れるのかという問いに対して。石油ショックというのは国民所得への外部からの課税のようなものだ。2007年から2008年の成長による所得の上昇は石油の請求書が増えることで吸収されるだろう。賃金に石油上昇分を上乗せするというのはこの課税に支払い拒否をするようなものだ。インフレスパイラルに入り込むことなり、取得に関してなにも得るものはないという答え。
石油や食料を除くインフレ率は2%ほどのままだが、利上げは石油ではなくこのインフレ(註 コアCPI)に影響しないかという問いに対して。エネルギーと農業生産物のようなリソースが世界経済の成長のブレーキになることにみな気付きつつある。需要に供給が追いついていないので価格が高騰をしているが、これは2000年代初頭とは異なる。限界速度を超えたのだ。短期的には世界経済の需要を抑えないといけない、つまり金融政策を引き締めないといけない。ユーロ・ゾーン単独ではなく政策協調しないといけないという答え。
ユーロが対ドルで上昇する危険はないかという問いに対して。全くだ。インフレに対する態度が同じでないと市場が判断したら為替レートに結果が及ぶだろう。Fedはインフレリスクに今後関心を向けるだろうが、中国や日本は同様の態度を示していない。かつては物価の安定に世界が集中したが、今後はおそらくショックに対する応答が異なるような段階に進むだろう。金融の無秩序を経験するのではないかという答え。

うーむ。イメージは湧かなくもないですが、ここで言う限界速度を超えたという表現の意味がよく判らないのですが。また今回、世界的な政策協調を訴える声をよく見るのですが、我々を巻き込まないでくださいねと言いたい。日本にそんな能力ないですから。我々は我々の道を進みますのでそこのところはよろしく。FTもインフレ万歳言ってますしね。なるほど。これは政治的に使えそうですね。

それから共産党のユマニテはさかんにECB批判していますね。経済減速に拍車をかけ、低所得者層にも打撃を与えると。事態を本当に理解しているのかは別にして、これはこれで正しいと思うんですよね。貧者の友としては。これに比べて共産主義者や社民主義者がデフレ不況下にも関わらず金融の引き締めを要求し続けた(んですよね、違っていたらすみません)日本というのはどういう国なんでしょうか。

話が逸れました。あとはまあサルコジの発言ですかね。相変わらず方々に喧嘩売っています。人として好きなタイプという訳では決してないですし、まわりにいてほしくはないタイプなのですが、やっぱり見ていてなんとなく楽しいですね。この人のどことなく憎めない部分の正体をうまく表現できないのがもどかしいのですが、ユーロ・エリートともそのへんのおっさんとも同レベルで罵り合えるところですかね。品位のなさと言ってしまえばそれまでですが。まあこのへんは演出された部分もあるんでしょうがね。

追記
消費者物価ですが、Eurostatにデータがあります。HICPというのがどう定義され、どう計算されているのか、日本のそれと同一視できるのかどうかよく判らないんですよね。専門の方に解説してもらえるとありがたいのですがね。

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ポーランドのノー

ポーランドのカチンスキ大統領が議会で既に批准されたにもかかわらず、リスボン条約に署名をする気がないと言明したことがニュースになっています。大統領の署名がなければ条約の発行はないということですから混乱が続きそうであります。さあ、サルコジどうする。

Courrier internationalは世界中のニュース翻訳を集めた便利な雑誌ですが、そのネット版でポーランドの各紙の論調が簡潔に紹介されていました。ここには読売や朝日の記事が紹介されることもあります。マイナー言語の記事の翻訳が多く、深く突っ込んだ分析はありませんが、各国の論調を大雑把につかむのに重宝しているメディアです。

「リスボン条約 カチンスキはノーと言った」[Courrier international]
Gzeta Wyborczaの社説のタイトルは「カチンスキ大統領がサルコジを苛立たせた」だ。欧州連合の議長国にフランスが就任した最初の日の素敵な歓迎の贈り物・・・。「欧州がリスボン条約を救い、欧州統合を前進させるための方策を探っている時に、ポーランド大統領は、兄の反欧州政策を強化するために、条約に署名できないだろうと発言した。こうした拘束はポーランドを屈辱と不能に晒すことになる」とこのワルシャワの日刊紙でMarek Beylinは評価する。「急いで批准すれば、我々は欧州の先端に立ち、欧州の未来の意思決定に参加できるだろう」と彼は嘆く。「今や我々抜きで決定がなされるリスクがあるのだ。我々は立腹した欧州のパートナー達の圧力によって決定を受け入れざるを得なくなるだろう」。

カチンスキ大統領のノーは一般のポーランド人の欧州熱と矛盾している。「法と正義[社会保守政党]が与党だった際にはポーランドは欧州の笑いぐさで恥だった。しかし最近の総選挙の結果[2007年10月に市民プラットフォームのリベラル派が勝利]我々は統治権力の反欧州的な気まぐれを受け入れないことを証明したのだった・・・」とBeylinは続ける。「レヒ・カチンスキはリスボン条約の批准をできた」とジャーナリストのAdam Szostkiewiczは左翼の週刊誌Politykaのインターネット・サイトに掲載されたブログで主張する。「しかし彼は法と正義の人間ではないだろう[意味不明]。この党のポピュリズムにはなにも新しいところはない。欧州の問題に関して法と正義はナショナリストの右派と反欧州的な左派に連なった。この勢力は欧州連合の凋落に賭けている。だからこの勢力はエリートとその価値、その生活スタイルへの反感のような低劣な衝動を利用しているのだ」とAdam Szostkiewiczはみなしている。

右派の日刊紙Polskaもカチンスキがリスボン条約にノーと述べたことを残念がっている。「とりわけ彼自身が交渉し、自分の成果だと示した文書である」という点を同紙は指摘する。ポーランド大統領のノーは彼とは別の政治選択を代表している首相のドナルド・トゥスクとの対立の結果であろう。条約の批准の熱烈な支持者である首相はポーランドにアメリカのミサイル防衛システムを是が非でも設置しようとする件についても、ジョージ・ブッシュとの合意に調印しようとしている国家元首とは異なって懐疑派だ。「バローゾ氏には全幅の敬意を表明するが、欧州委員会は国家指導層の決定を判断する権能を有する組織ではない」とレヒ・カチンスキは右派の日刊紙Dziennikで説明する。この新聞のインタビューで大統領は条約に署名する意思がないことを表明したのであった。カチンスキ兄弟に近いRzeczpospolitaにとっては当面は待つことが最善である。「どの国が条約問題で優位に立つか吟味するために・・・」。
<了>

というようにRzeczpospolitaの社説を除いては主要紙はこの発言を歓迎していないようです。ポーランド政治ビギナー─私もビギナーですが─のために、カチンスキ兄弟は見分けのつかないほどにそっくりな双子の政治家で、兄がヤロスワフ(元首相)、弟がレフ(現大統領)で、どちらも欧州連合に対しては懐疑派で有名です。というわけでこの発言そのものにはポーランドではそれほどの驚きはなかったようです。Rzeczpospolitaは穏健保守的な論調の影響力のある新聞とされますが(ポーランド語版しかないので読めない)、カチンスキ兄弟寄りというのは知らなかったです。そうなんですかね。Polskaが首相との確執に触れていますが、この発言は国内向けという側面もありそうですね。

関係ないですが、Rzeczpospolitaはジェチュポスポリタと発音する「共和国」(レスプブリカ=リパブリック)を意味するポーランド語ですが、中近世のこの国の「国体」を表すようなキーワードです。「貴族共和政」として知られていますが、コンセンサス重視の政治システムです。専門家の話を聞いていて少しほのぼのした気持ちになったことを記憶しています。なんだか昔懐かしの「和の政治」みたいで。勿論別物なんですが。

追記
どうも最近誤字や書き間違いが多いですね。そんな年でもないのに。というわけで一部修正しました(7.3.2008)

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良いインフレねえ

しばらく前のFTのインフレ万歳記事には目を疑ってしまいましたが、インフレ・ネタでまたFTがなにか書いていますね。内容のメモをしようかと思っていまところもう既に翻訳されていました。なんとも便利な時代になったものです。今欧州では4%というここ10年ほどで最高のインフレを記録し、景気後退の懸念の中にあってECBの利上げ予測が出て怒号が飛んでいる(ラテンな方面から)状態のようでありますが、日本のインフレに関してはFTがなぜか楽観的に見えるのが気になるところです。

日本が良いインフレと悪いインフレに直面[フィナンシャル・タイムズ]
記事では現在のインフレが国外要因のコストプッシュ型インフレだから悪いインフレだという意見─私も普通にそう思っているのですが─に対してKBCフィナンシャル・プロダクツのジョナサン・アラム氏とマッコーリー・リサーチのエコノミスト、リチャード・ジェラム氏の意見を対置しています。アラム氏曰く、

「日本ではもう何年も1%未満で推移している。1〜3%というスイートスポットの領域に入るのなら、大歓迎だ」とアラム氏。原油・食料価格の高騰が引き金のいわゆるコストプッシュ型インフレは良くないという批判に対して同氏は、「今のインフレが良いインフレか悪いインフレか、理屈をこね回すこともできる。けれども(ほとんどの)中央銀行関係者は、1〜3%の間にとどまるインフレは良いインフレで、その幅を超えてしまうインフレは悪いインフレだと言うだろう」と話す。

また、

アラム氏はこれに対して、そもそものコストプッシュ要因がどこで発生したとしても、物価上昇は二次的な効果をもたらずはずだと言う。人は物価が値上がりしていると感じると資産を現金以外のものに移す傾向があるので、「そのおかげで『フトン・マネー(タンス預金)』が使われるようになれば、とてもいいことだ。物価上昇のおかげで、賃金上昇圧力が生まれれば、それもすごくいいことだ」。

と述べています。そうなればいいですけれどもねえ。うーむ。またジェラム氏のほうですが、

輸入インフレは確かに需要を抑制して企業利益を圧縮するものだが、ポートフォリオ組み立て直しのきっかけともなると指摘。このことから「外国人投資家が日本に興味を持つようになった」とジェラム氏。理由としては、英米の証券市場がほぼ横ばいなのに対して、日本では3月半ばを底値に日経平均が17ポイント上昇していることを挙げている

と証券市場の動きに注意を促しています。まあまた少し下がっているようですが。そう言えば、「福田売り」とか大騒ぎしていた人々はなにをしているんでしょうか。

「石油・食料価格の高騰と輸出の減速という逆風に見舞われた割には、出てくる数値は見事に落ち着いている」とジェラム氏。「減速はしているが、ひどい減速ぶりではないし、心配するほどでもない。国内で打撃はあったものの、国内経済はしぶとく打たれ強かった」

と日本経済の打たれ強さを賞賛しています。FTにはこういう記事も出てますね。
Strong data allay fears for Japan[FT]
あれほどボコボコだったのになんだか少し前から手のひら返しの風でありますねえ。現金なものです。それほど楽観的にはなれないですが、欧米に比べたら今年の日本は多分相対的にはだいぶましなパフォーマンスを見せるだろうなと実は思っていたりもします。だからそう悲観的になることもないさ、上を向いて歩こうよ、と言いたいところです。誰に向かって言っているのかよく判りませんが。分析も結論もないエントリで(いつもそうですが)失礼しました。

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