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諍いはなおも続く

チベット騒乱とその暴力的鎮圧に対する抗議の意思表示としてフランス大統領サルコジが北京オリンピック開会式ボイコットという外交カードを示唆した頃には中仏関係に関してこのブログでも何度かとり上げました。この事件に対するフランス政府の対応は当初はむしろイギリスやドイツに比べてはるかに生温いものであったことは既にみなさんお忘れかもしれません。激高した国民世論の圧力を受けてサルコジが開会式ボイコットを口にし、さらに聖火リレーに対する派手な妨害行為によって一躍フランスは欧州において中国の人権問題に対して最強硬派というイメージができあがってしまったわけでありますが、これは成り行き上そうなってしまったという側面が大きいように思えます。「人権の国」フランス共和国とてコストが低いと判断した際に戦略的に人権カードを使用するものの国益上プラスとなれば涼しい顔で人権蹂躙国家とつき合うだけの老獪さを備えていることはよく知られた事実であります。この点ではむしろ「永遠の青年」アメリカ合衆国のほうがはるかに潔癖かつナイーブなのであります。

その後中国で吹き荒れた反仏デモの嵐、さらに中国政府によるフランス旅行の妨害といった力強いリアクションを前にして国民各層の間でじわじわと反中感情が高まる一方で重要な商機を逸することを恐れるビジネス界を中心に両国関係の改善の要望の突き上げが高まるという状態がここまで続いておりました。つつがなく終わってよかったですねという以外になんの成果があったのか今ひとつ不透明な我らが洞爺湖サミットの席上、サルコジによってオリンピック開会式参加が表明されたことは、これで国際政治上の重要争点としてのチベット問題はしばらくは棚上げになるのか、国際政治とはなかなか残酷なものだなという印象を少なからぬ日本国民にも与えたことでありましょう。

一方、この発表に対して欧州、またフランスではさっそくリアクションが出始めております。共和国の外交的行動に最終的に制約をかけるのは世論でありますから、こうしたリアクションには注意を払っておいた方が良いでしょう。

オリンピックにサルコジが行くのは「スキャンダルだ」[Le Point]
まずは68年の生ける象徴たる「赤毛のダニー」ことコーン・ベンディットの反応です。ストラスブールの欧州議会の席で「オリンピック開会式をボイコットしないというのはスキャンダルだ」との発言。「ブッシュやサルコジみたいに開会式に出るというのは中国共産党に忠誠を誓うことだ」なぜなら「開会式は中国共産党と党の全歴史の演出になるわけだから」とのこと。「フランスは原発を売りたい、これを欲しい国がひとつある、中国ってわけだ。原発を売りたければ開会式セレモニーをボイコットできないってね」。ちなみにこのビデオで激怒してるおっさんです。また国境なき記者団のロベール・メナール氏(日本にも来ましたね)も激高しているとのことです。

さらにこの参加表明の後に中国政府がもしサルコジがパリでダライ・ラマと会談をしたならば両国関係に「深刻な結果」をもたらすことになるだろうという恫喝カードを切ったことは中仏関係に新たな火種を提供した模様であります。1000年以上の腐れ縁のある我々からするならば、ああ、またかという感想しかでてこないいつもの行動なのでありますが、この度重なる恫喝にあまり免疫のないフランスでは中国の要求は驚きと反感をもって受け止められているようであります。

「中国大使の発言でパリと北京の間の緊張が再び高まる」[Le Monde]
この記事がこの発言の経緯を述べています。これによると、首脳会談で開会式参加が公表されたにもかかわらずパリと北京の対立は止まないが、その原因は8月12日から22日のダライ・ラマのパリ訪問の際の会談が「深刻な結果」をもたらすだろうという在仏中国大使Kong Quan氏の発言にある。ベルナール・クシュネル外相との話し合いの場で大使はダライ・ラマと会談することは一つの中国の原則の侵害にあたり、中国への内政干渉にあたると強硬に反対意見を述べたとのことです。まあいつもの話です。

「私のアジェンダを決定するのは中国ではない」[Le Monde]
10日の欧州議会でのサルコジの自己弁護についてこの記事は扱っていますが、先ほどのコーン・バンディットの批判に対して開会式参加に関しては欧州連合全メンバーの同意を得た、人権問題を守るために北京に行くのであり、また台湾関係の改善に見られるように中国は進歩しており、国際舞台で孤立化させるべきではない、ダルフールでもイランでも中国の協力は必要だとサルコジは応答しております。一方でダライ・ラマに会うなという要求は批判し、私のアジェンダを決定するのは中国ではない、ダライ・ラマのような人物と会うことを禁止することは誰にもできない、いつ会談するかはいずれ知らせると述べたようであります。

この中国の要求への反発はあちらこちらで吹き上がっていますが、チベットに限らず中国の人権問題を懸念し憤っているのは「当然のことながら」左翼であります(ねえ、ほんとに目を覚ましてくださいな)。サルコジ批判としてはFrench Politic経由で知った社会党のピエール・ミスコヴィチ議員のブログの記事「弱い環」などが典型的でしょうか。少し紹介します。訳ではありません。

まず今回中国がダライ・ラマとの会談があったら報復すると威嚇しているのは「信じ難いが事実だ」。「深刻な結果」とは要するにTGVやエアバスや二国間関係のことだろう。中国はまさに偉大な国であり、我々は米国に先駆けて共産中国を承認したし、社会党は定期的に中国共産党と接触してきた。中仏友好は将来にとって死活的に重要だ。しかしこんな外交的な命令は受け入れ難い。ブッシュはダライ・ラマを受け入れたし、メルケルもそうした。なぜニコラ・サルコジにこんな圧力が来るのか。それは共和国大統領が欧州の「弱い環」とみなされているからだ。お愛想のせいで中国側はサルコジを拒否しない人物と思っている。候補者だった頃には人権外交の枠組みの中でロシアや中国に対して毅然たる対応の必要性を語っていたが、大統領になるや否や、中国に契約を結びに出かけて、人権問題には口を噤んでしまった。チベット危機の際の彼の無言は無関心、中国への共感を示すとみなされ世論の圧力をもたらした。彼は開会式セレモニーへの出席について何度も示唆し、10日前には中国とダライ・ラマの間の交渉参加に条件づけをしようともした。こうした譲歩の結果、新たな脅しの対象になってしまったのだ。哀れな話だ。サルコジはジレンマに陥っている。中国に屈服するか、手ひどい経済的復讐にもかかわらず抵抗するのか。フランス外交は呆れるような状況に陥っている。嘆かわしい話だ。

中途半端な姿勢が中国を増長させている、フランスは「弱い環」とみなされているぞと。というわけで今後の展開に関してはなお予断を許しませんが、これから国内の突き上げもあるでしょう。まあなんだかんだ言ってもかの国においてシニカルな政治経済エリート達に対して「人権の国」の看板を死守せんと立ち上がるのはいつも国民世論なのでありますから。

追記
コメントで指摘されたのですが、よくあるステレオタイプを弄んでしまったような気がしてきます。反証はいくらでもあげられるでしょう。ただそれなりにあてはまる部分もなくはないと思いますがね。相対的な問題としては。

「永遠の青年」アメリカ合衆国のほうがはるかに潔癖かつナイーブなのであります。

の部分ですが、フランスからはそう見える、と付け加えてください。私自身の意見として米国の外交的伝統を揶揄するつもりはありません。アメリカ合衆国という理念の強さは知っているつもりですし、その誠実性には基本的には敬意を抱いています。ペリー以来の日米関係を振り返るに日本国民としては言いたいところもないわけではないですがね。なおこれは余計かもしれませんが、フランスの権威を借りてアメリカを叩くという─最近は減っているようですが─ある種のインテリの隊列に連なる意図もありません。

また入江さんの言われる政府の現実主義と民間の理想主義というのはどこでも多かれ少なかれそうなんだろうとは思います。行動や発言の表明の仕方や権力の作動の仕方に歴史的伝統の差異に起因する多少の違いはあったとしても。

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コメント

メルケルには途方もない圧力がかかりましたし、ブラウンも同じ目に会いましたが、それには触れずに「なぜウチだけ」というのはいかにもフランスですね。中国にも台湾に武器を売るような国なのだから、少し中国に振り回されればいいんだ、とつい意地悪く思ってしまいます。

投稿: Aceface | 2008年7月13日 (日) 01時23分

原文では軋轢にも短く触れていますが、米中関係にはたいした影響をもたらさなかったし、ドイツにも深刻で後を引くような反撃はなかったとしていますね。サルコジがふらふらしているからこんな無茶な要求を許したんだとつながっているので確かに変な印象を与える文章ですね。「無茶な要求」はよそにもしているわけで。

少し話は違いますが、なぜフランスだけというのは例の聖火リレー騒動以降しばしば口にされるフレーズのようですね。イギリスでも妨害はあったのにと。それになんで対中関係を重視している我が国が攻撃の的になっているんだと。我々は中国は嫌いでないのにと。このへんの思いが大衆的な反感の根のひとつになっているような印象も受けます。もちろん成長する中国経済への恐怖やフランスの影響力の低下への不安が対中不信の根っこにはあるでしょうからここには自己欺瞞もあるのでしょうけれどもね。

少し中国に振り回されればいいんだというのは私も意地悪く思ったりもします。狡猾外交もたいがいにせいよ、また変な幻想をさますのにいいだろうと。ただ逆方向に変な幻想が出てきても困りますがね。なんだか黄禍論を想起させるようなフランス人による中国異質論も目にしました。こういうのはアジアンとしては─アジア主義スケプティックなんですが、まあ─やはり不快であります。とても一部反中派の方々のようには喜ぶ気にはなれないですねえ。

なんだかおしゃべりな返答になってしまいましたね。

投稿: mozu | 2008年7月13日 (日) 02時32分

こんにちは。Mozuさんのブログ、わりと最近知ったのですが、バランスの取れた質の高い評論で、いろいろ共感しながら読ませていただいております。 本日の文で、一箇所;

>この点ではむしろ「永遠の青年」アメリカ合衆国のほうがはるかに潔癖かつナイーブ

これはカーター大統領時代で終わったと思います。その後のアメリカは、軍事・情報産業と、国際金融業界のエリート&スーパーリッチ達が、世界支配の確立を目指して動いており、欧州の老獪さとは違う意味で、また芯までツワモノ達です。

それから英語でナイーヴという言葉は、「世間知らず、物を知らない」という感じで、ネガティヴな意味合いの(相手を軽く馬鹿にする)言葉です。日本のかなりの数の知識人が、ナゼか肯定的な誉め言葉と勘違いしていらっしゃるように見受けられるので気になります。ご存知でしたら、すみません。でも相手に誤解されるとMozuさんに損なので、書かせていただきました。

投稿: lulu | 2008年7月13日 (日) 12時37分

アメリカにも様々な外交潮流や戦略観はあるでしょうが、善かれ悪しかれイデオロギー的なものに動かされる傾向というのはあまり変わっていないように私には見えます。戦略家のみなさんがどれほど強かでも最終的に米国の行動を支えているのは善意の国民世論である点も。フランスから見るとという話でよくあるステレオタイプな表現を用いました。老人vs青年という言い方はよくされます。確かにナイーブというのは揶揄の意味が入っていますが、私自身はやはり理念の力というのはたいしたものだとも思っていますのでアメリカ外交一般を侮るつもりはありません。でも確かにこういうステレオタイプな表現は誤解を招くかもしれませんね。私は欧州人でもないわけですしね。はい。

投稿: mozu@ | 2008年7月13日 (日) 14時24分

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