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地中海連合の構想者

このたびの地中海連合設立のニュースは各国の大手メディアで概ね好意的に迎えられているようではありますが、他方でこの構想には当初より常に懐疑的な眼差しが向けられてきました。その原因のひとつとしてこの構想を強力に推進している人物がかのアンリ・ゲノーであるという事実も指摘できるのではなかろうかと思います。しばしば「アングロ・サクソン的」だの「新自由主義的」だのと形容されることのあるサルコジ政権の性格を考える上でもこの人の存在はある意味で象徴的であると個人的には思っています。

サルコジ大統領の特別アドバイザー、スピーチライターとして知られるアンリ・ゲノーでありますが、この人はばりばりのド・ゴール派の国家主義者であります。マーストリヒト条約や欧州憲法の批准の際には反対運動を指揮したユーロ懐疑論者であり、統制主義的なエコノミストであり、政治的なるものの再興を訴える─官僚主義的な欧州連合は政治の死を意味するとされる─共和主義者であります。そう、サルコジのパブリック・イメージの真逆にある人と言っていいと思います。しかし、例えば、サルコジの過剰にも見える欧州中央銀行のバッシングを書いているのはどうやらこの人であるという事実はなにかを物語っているように私には思えます。私がサルコジの政権を必ずしも「アングロ・サクソン的」「新自由主義的」(その中身は問わないでおきましょう、もともと空疎なレッテルなのですから)だと思っていないのは他にもいろいろな理由があるのですが、このアンリ・ゲノーの印象もわりと大きいような気がします。

彼の書くスピーチは狙い済ましたような文脈撹乱的引用によってインテリの神経を逆撫ですることで有名であります。あのサルコジの口からフランス社会主義の象徴的人物たるジャン・ジョレスの言葉を語らせること、やはり社会党の大物にして人民戦線内閣首班のレオン・ブルムの言葉を再利用すること、レジスタンス歴を有し、パリ5月革命にも関与したことで知られる哲学者、社会学者エドガール・モランの概念を剽窃すること、これは言ってみれば日本の右派政治家の口から幸徳秋水やら片山哲やら吉本隆明やらの言葉や概念が飛び出すような話であります(まあもともとこういう引用の政治文化ではありませんが)。

この点に関してmarianne2とのインタビューによると、

インタビュアー ジョレス、ブルム、マルローに言及するのはあなたが最も誇りに思っている考えなのですか。これを聞いたフランス人は本気にするとあなたは思っているのですか。

ゲノー これはパリのミクロコスモスの問題です。あなたも私も人民戦線の遺産とは無縁であるとは感じないでしょう。あなたは有給休暇に反対しないでしょう。私もです。これは偉大なる社会進歩なのです。私はその後継者であり、そのことに満足しています。ニコラ・サルコジはジョレスのテキストを読みました。右翼であろうと左翼であろうとフランス人がジョレスのテキストに自らの教育的な概念を反映するなにものかを見出すことになんら馬鹿げたことはありません。ジョレスの言葉に言及しましたが、ニコラ・サルコジの教育プランを完全に明らかにするからです。なぜ言及してはならないのですか。

同じインタビューの中で「私はド・ゴールと同じようにフランスとは右翼でもなく左翼でもなく全フランス人のことだと考えます」とか「共和国、国家、国民についての特定の考えを有する者達は一緒になすべき何事かを共有しているのです」とかいったセリフがありますが、あるいは本気でどんな主義者であろうとも、フランス人たらんとするものこそがフランス人なのだと考えているのかもしれません。私には特定オーディエンスを意識して変化球的な挑発を仕掛けている根性の悪さが感じられるのではありますが、どちらかと言えば無骨なこの人の風貌や発言からはこの言葉はある程度まではそのまま受け取ることもできるのかもしれません。どのスピーチに彼の思いが入っているのか細かく分析するほどウォッチしているわけではないのでただの印象論ですが。

さらにこの人は大統領のスピーチライターばかりでなく、実際の外交にもかなりの影響力を行使していますので注目せざるを得ない存在です。特にアフリカ外交に関与していますが、地中海連合を構想し、推進しているのは他ならぬこのユーロ懐疑派の国家主義者なのでありますからこの構想が欧州連合を撹乱するのではないかとドイツが警戒心を抱くのも宜なるかなというところであります。地中海連合についてのインタビュー記事や動画(コレとかコレとか)もけっこう出ていますが、だいたいは経緯の説明や美辞麗句のラインに収まっているのでそれほど面白くはないです。ただそこで強調されているのは、このプランが官僚的なものではなく、政治的なものなのだという点です。この点は官僚的なもの、オートマチックなものを嫌い、政治的なものの復興を訴えるこの人の政治哲学から出てきている訳ですね。

それから強調されているのは、バルセロナ・プランは北によって決定され、南はこれに従うというように非対称的な関係になっていたのが弱点で、今度の地中海連合では北と南の対等性が保証されているのだという点です。この点に関しては、国によって違うのですが、アフリカ側からの疑念が当初よりつきまとっていることを指摘しなければならないでしょう。このたびのパリ首脳会議でリビアのカダフィが参加を見送り、新植民地主義の試みに過ぎないと冷ややかな論評をしているのは象徴的であります。ここでフランスの血と汗にまみれた対アフリカ外交の歴史を振り返る余裕はないのでパスしますが、簡単に言うとサルコジ政権は従来のパターナリスティックなアフリカ関与からよりビジネスライクなパートナー関係へと転換することを目指していると一般に目されています。このサルコジの新アフリカ外交に対する疑念でありますが、例えば、その「植民地主義的な」レトリックゆえに論争と紛糾を巻き起こした悪名高きダカール演説を書いたのは他ならぬこのアンリ・ゲノーであった事実をここで想起しておきます。この演説をめぐる新哲学派のベルナール・アンリ・レヴィを巻き込んだ論争(というのか罵り合い)については日本語でも紹介されていますのでググってご確認なさってください。まあこれでは反発や疑念を持つなという方が無理でありましょうとだけ言っておきます。ただこの人が必ずしもシニカルな戦略家ばかりでなくそれなりに信念の人のように思えることもあるのは時に見せるこうした「拙劣さ」もあります。その信念の是非については、私の志向性とはずいぶん違うなあとだけ言っておきます。

というわけで今のところメディアではずいぶん高い評価を受けているようでありますが、この構想が当初より欧州連合諸国の間でもアフリカ諸国の間でも疑いの目で見られていること、そしてこの構想の中心にいるのがアンリ・ゲノーなる論争的な人物であることをご理解いただけますととりあえずこの文章の機能は全うされることになります。勿論彼もまた政治権力の構造の中の一人であり、さらにこうした大きなプロジェクトが一旦動き出したならば、そのプランも彼自身の意思からは徐々に離れていくのでありましょうが、絶えずある方向性へとこれを誘導しようとする無視できない存在としてとどまり続けるのではないでしょうかね。それでは皆様におかれましても暑さにめげず一日を全うされますことを。

追記
修正しました(7.17.2008)

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