« 暑いですね | トップページ | もっと主張しろとな »

フランスの右翼

フランスの右翼とはなにかという点についてはどうも日本語情報が限られており、専門家やフランス好きを別にすれば多くの人々の間ではイメージすら湧かないのではないかという印象があります。やはり一般にはフランスというと左翼の国というイメージが強いのではないでしょうかね。でもあなたは右翼ですか左翼ですかと問われるならば、うーん、右翼ですねと答える人のほうが多数派の国なんですよね。まあだいたいどこの国でもそうだと思いますが。

こういう情報の偏りはアメリカに関してもある訳ですが、アメリカの保守の動向は今では日本語でもある程度まで捕捉できるようになって徐々に是正されている印象を受けます。一方でフランスについては左翼の声ばかりが聞こえる状況はあまり変わっていないような気がします。そのせいでいくぶんか悪魔化された右翼のイメージが伝わる訳です。個人的にどちらにシンパシーを抱くのか、とか、どちらがより正しいと思えるのか、という判断に関わる問題とは別により正確な認識というのはやはり必要な訳ですからこうした偏りは是正されるべき事には違いないだろうなあと思えます。いいえ、日本語圏で私がフランスの右翼の広報役をつとめるぞという意味ではないです。そんな義理はないので。

残念ながら私は別にこの領域の専門家でもなんでもなく基本的にニュースを追っかけるのが好きな単なる極東の見物人に過ぎないのでフランスの右翼とはなにかについて滔々と論じられるほどの知識や教養がある訳でもありません。でもなにも知らない人よりはだいぶ知っていると思いますからル・モンドのオピニオン欄にあったルネ・レモンの古典再訪記事をネタに少し捕捉情報を追加してほとんど知らない人向けにイメージを掴むためのヒントのようなものを提供してみたいと思います。なおここは素人談義のネタ提供を目的としたあまり敷居の高くないブログを目指しておりますので専門の方々におかれましては温かい眼差しで見ていただけますと幸いです(間違いはコメントでどんどんご指摘お願いします)。

それで昨年物故したルネ・レモンという人物ですが、フランスの右翼研究で知られる歴史学界の重鎮です。政治史だけなく宗教史でも有名な人です。最近では歴史家集団が記憶法(歴史の修正主義的解釈を規制する法律)に反対する声明を提出したニュースでこの人の名前が日本でも報じられていましたね。それはこの方がいわゆる修正主義者や否定論者にシンパシーを抱いているからではなく、間違った議論は証拠を示して批判すればいいのであって法律で規制するなんて馬鹿げているということですね。それはともかく、記事によると第二次世界大戦後にはヴィシー政権に対する反動から左翼の権威が高まり、右翼というのはなにかいかがわしい単一の政治潮流とみなされていたという前提があったといいます。これに対してレモンが「フランスの右翼 1815年から今日まで」で提出したのはフランス右翼とは単数(droite)ではなく複数(droites)であるというテーゼです。当たり前みたいな話ですが、右翼といってもひとつじゃなくていろいろなんですよと言った訳です。

当時は19世紀的な実証主義的な政治史を乗り越えるものとして経済史、社会史を歴史のアルファであり、オメガであると考える学派(いわゆるアナール派)が隆盛していた訳ですが、レモンは政治的なものは社会的、経済的現実の反映に過ぎないという発想を共有しなかったとされます。勿論両者は無関係ではないが、前者は後者に還元できないという認識は後に大きな影響を与えることになります。この方法論的な問題での衝突に加えて、当時は右翼を研究テーマにするというだけで疑わしい目で見られたといいます。日本でもそうだったようですね。記事ではシモーヌ・ド・ボーヴォワールの言葉が引用されています。「真実は一つだが、誤謬は多数だ。右翼が複数であると白状するのは偶然ではない」と。残念ながら左翼が一つの真実ではなかったことはその後の歴史が証明してしまった訳ですがね。

右翼は複数だというテーゼですが、レモンは三つだと考えました。彼の用語系ではレジティミスト、オルレアニスト、ボナパルティストの三つです。以下それぞれについて簡単に説明します。

レジティミスト(正統王朝派)は「反革命派」とも呼ばれるようにフランス革命を完全否定し、それ以前を正統であると考える一派です。思想家で言えばジョセフ・ド・メーストルといった人々に連なりますが、中世以来の社会秩序観に依拠し、カトリック教会を精神的、社会的支柱と考えます。彼らにとっては近代性とは社会秩序の破壊そのものを意味する訳です。一般に中小貴族や農民に支持された立場であると言われ、地域的にはブルターニュやフランス南部などに多かったとされます。復古王政期(1815-1830)に権力の座に就きますが、7月革命で権力を喪失して以降は、時折連立の形で政権に加わることもありますが、田舎の所領で封建的な秩序を固持しようとしたとされます。

オルレアニスト(オルレアン派)は7月王政(1830-48)で権力の座についた自由主義的な一派です。彼らも君主制支持者ですが、自由主義的、議会主義的な革命の遺産を承認する立場です。世俗的王権、三権分立、議会主義、基本的人権(自由権、平等権)といった制度や価値の信奉者であり、主としてブルジョワ層に支持されたとされます。参政権の拡大(制限選挙)、教育や学術の普及などに熱心であり、離婚や結婚に関して社会改革的意思も示したりします。政権側のオレルアニストと野党側のオルレアニストとがいますが、後者がより自由主義的であったことは言うまでもありません。

ボナパルティスト(ボナパルト派)は2月革命(1848)後に権力を獲得したナポレオン崇拝を正統性の根拠する権威主義的かつ大衆主義的な一派です。一方でカリスマ的な指導者の下での権力の権威主義的行使、他方で絶えざる大衆の支持(プレビシットの実施)の追求で特徴づけられるこの体制は、政党政治や議会主義を軽蔑する一方、都市や経済の近代化を推進したことで知られます。この体制が急増する都市労働者の存在抜きに語れないことはマルクスのおかげか日本でも一部論壇で有名になっていますね。社会進歩的な動きは停滞しますが、普通選挙が導入されたように反自由主義的かつ「民主主義的」な体制であったと称されます。

話をだいぶ単純化していますから本当はそれぞれの内部もかなり複雑多様なんですが、こんな具合にナポレオン以後、順番に権力の座についた右翼潮流をルネ・レモンはフランス右翼の原型のようなものとして捉えています。つまりこれ以降にも様々な右翼潮流が出現する訳ですが、それをこの三類型の主題の変奏や組み合わせの変化として理解していく訳です。国民戦線はレジティミスト成分が濃いとかブーランジスムやド・ゴール主義はボナパルティスト的だとか現在の保守はオルレアニスト的だという風に。復古主義的右翼、自由主義的右翼、権威主義的(大衆主義的)右翼という要素なんですが、特定のアジェンダをめぐって離合集散したり、再編されたり、修辞が微妙に変化したり、左翼側との混交現象が起きたりという風に不変な実体という訳ではないのですが、やはり右翼潮流を見渡した場合にはそこには驚くべき連続性があるというのがこの人の認識です。

予想されるように連続性の認識に対しては不連続性の認識からの批判というのがあります。また1954年に出版されたこの古典的傑作に対しては実証的なレベルでの批判もあり(最大の争点は「フランス・ファシズム」の位置づけ)、著者は細部において修正を加えていくのですが(私が読んだのは改訂版)、レモンは「今日の右翼」という最近の著作でもこの三類型は現在の右翼の記述になお有効だとしています。こうした類型がなぜ執拗に反復回帰するのかについては、人々の心理的、文化的傾向性に行き着くのだろうとしていますが、説明理論というよりも歴史記述ですからね。理由はあまり深く問うてはいけない。そしてその記述力はやはりたいしたものだと思いますね。この三類型はリセの教科書レベルでも踏襲されていますから今でも標準的理解といってよろしいかと思います。レモンによるサルコジスムの分析はないのですが、おそらくはこのいかがわしさを漂わせた正体の知れない政権の中に、ボナパルティズム(権威主義的権力行使、メディア戦術)とオルレアニズム(経済自由主義的政策)とレジィティミズム(道徳主義的、宗教的修辞の復活)の要素の独特にして最新の結合形を見出していたんじゃないかと思いますね。

本当を言えば、私はこういう類型論的な歴史理解というのはあまり好まないのでありますが、日本政治史や政治思想史に関してもこういう総合的記述のやり方はあり得るだろうなとは思います。でも我が国の近代政治思想史、政治史はフランスに比べても複雑ですからねえ。そしてずっと面白いと思います。総合には向かないかもしれませんがね。

|

« 暑いですね | トップページ | もっと主張しろとな »

フランス」カテゴリの記事

政治」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

コメント

coldsweats01

「右翼の正体」

右翼団体の多くは、騒音をまき散らしながら頭のおかしいふりをして、愛国者は「変質者、危ない人」というイメージを国民に植え付け、

さらに日の丸や、天皇陛下のイメージを汚しながら、企業に無理難題を押し付けて金銭を要求するなどの犯罪を行っています。

(参考URL)
http://www.geocities.jp/uyoku33/

投稿: 良太 | 2008年8月14日 (木) 09時17分

どうも「啓蒙活動」ご苦労様です。ただこのエントリと関係ないような気が・・・。一応私の意見を述べておきますと、日本の右翼の話ってもっともっと複雑なんだと思いますよ。はい。

投稿: mozu | 2008年8月15日 (金) 04時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/507226/22523150

この記事へのトラックバック一覧です: フランスの右翼:

« 暑いですね | トップページ | もっと主張しろとな »