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ガルブレイス吠える

ニュース・クリップが続いているような気もしますが、特定のテーマで書く気力が湧いてこないもので。

"Gay activists in India want British apology for sex law"[Independent]
インドのゲイ・アクティヴィストが反ソドミー法を導入した件でイギリスに謝罪を要求している模様です。

First it was slavery, then it was looting the world's architectural treasures for our museums. Now it is homophobia.

この書き出しがなあ、あなた方それでも左翼ですか、他国の過去を批判する時のあの勢いのよさはどこに消え失せたんですか、インディペンデントさん、と皮肉のひとつも言いたくなりますが、それはインディペンデントに対してでありまして、勿論私はゲイのインド人でもないので英国政府を真顔で糾弾する動機はありません。このグループの声明ですが、

"We call on the British Government to apologise for the immense suffering that has resulted from their imposition of Section 377. And we call on the Indian government to abandon this abhorrent alien legacy of the Raj that should have left our shores when the British did."

記事によると、この刑法377条はイギリス統治下に導入された反ソドミー法の遺産でunnatural sexual offenceを禁じるものだそうで(懲役10年)、団体によるとこれがゲイ差別の根拠になっているのだそうです。実際ここ20年ぐらいでこの法が適用された事例はないそうですが・・・。ヒンズー教、仏教、初期ムスリム文化は同性愛行為に寛容であったのにあの憎らしいブリッツどもが・・・ということですね。この主張の妥当性については具体的な事をなにも知らないので判断留保しておきますが、インド以外でも英国植民地になった諸国においては同様の事情のようです。私が興味をもつのはシンガポールのケースですかね。

日本というのはこの関連の問題では英語圏ではけっこう議論の対象となっている国であるという事実はあまり知られていないのかもしれません。例えば、文献だけでも相当ありますし、wikipediaの記述も厚いです。私はたまにそちらのフォーラムを覗いたりするのですが、yaoi問題などが熱く議論されていたりします。いずれにせよそこでは常に極端に分裂した見方が衝突している様子が伺えます。同性愛に関して宗教的、伝統的に寛容な社会というイメージと自分の正体を隠さないと暮らしていけない抑圧的な社会というイメージと、この真逆の二つのイメージが実体よりも誇張された形で併存しているようです。まあ、どんな問題でもそうですが、一般に日本に関する英語圏の言説がなぜかくも極端に分裂的なのかと言えば、それは自分達の基準をストレートに持ち込んで目につく事象に過大な意味を読み込むからという単純な理由ですね。

"History's Back Ambitious autocracies, hesitant democracies." by Robert Kagan[the weekly Standard]
いつものケーガン節です。私はたぶんリアリスト寄りなんだと思いますが、ネオコンを侮ったりはしないようにしています。ただその世界観のシンプルさには頭がくらくらすることがしばしばあることは告白しておきます。シンプルな世界観の強さというのも理解しているつもりなのですがね。ケーガンの歴史への言及にはいつもながら突っ込みどころが多いのですが、一つだけ言っておくと、まあ、今時、第二次世界大戦を民主主義対ファシズムの戦争とベタに考えるプロの歴史家はいないと思いますけどね。内容はここしばらく言い続けてきたことの繰り返しです。曰く、フクヤマ的な「歴史の終わり」は来なかった、経済成長に政治的自由化、民主化は必ずしもともなわない、中国、ロシアのような豊かにして強力な専制国家(autocracies)の台頭を前にして我らが民主主義陣営は重大な脅威に直面している、民主主義陣営は一致団結してグルジアに積極介入せよと。ここで面白いのはgeopoliticalという語の用法ですかね。「富国強兵」のスローガンを掲げる明治日本は経済統合や西洋的制度を取り入れたが、geopoliticalな闘争は放棄しなかったとか、冷戦以後にはgeoeconomicalな時代が来ると思ったらgeopoliticalな時代が来てしまったとか、postmodernな欧州には伝統的なgeopoliticalな挑戦にはうまく答えられないとか。超克されたはずのなにかが回帰してしまったかのような物言いですが、そんなことは一度もなかったような気がしますけどね。とっても判りやすくてある意味面白いので一読をおすすめしておきます。

メルケル独首相、グルジアのNATO加盟を明言[AFP]
ウクライナの加盟には同意するようだというニュースは見ましたが、メルケルがグルジアのNATO加盟の支援を明言したとのこと。ほーお。外交的意味合いの強い発言だと思いますが・・・、となるとフランスも同じ方向に動くことになるのでしょうかね。サルコジはインタビューで和平協定の厳守を訴え、撤兵に関して盛んにロシア批判をしていましたが。本音ではあそこまで拡大するのは怖いでしょうけれども、建前的には欧州の分裂を防ぐためには見捨てる訳にもいかないというジレンマに陥っているように見えます。

"La fin du « nouveau consensus monétaire »" par James K. Galbraith[La vie des idées]
ガルブレスが高らかな勝利宣言をしています。この金融危機によってミルトン・フリードマンとマネタリズムの遺産は灰燼に帰した、バーナンキにもなすすべがない、今こそ、ケインズ、ガルブレイス(父)、ミンスキーに帰れとアジっています。フリードマンの大恐慌分析は誤っていたと。彼の言うnew monetary consensus(この文章は仏語なんですが)が失敗したのは確かなんでしょうが、ケインズに帰って具体的になにをしたらいいのでしょうかね。その先がないのが困ったものです。

それでは皆様、深夜のネット生活をお楽しみください。私は明日も早いのでもう離脱します。

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