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2008年8月

民族主義とか

"This Isn’t the Return of History"[Newsweek]
このザカリア氏の論説のタイトルは、この間のケーガン氏の論説への応答でしょう。グローバル化と統合の時代が過ぎ、列強の衝突する19世紀的な世界に戻った云々という話に対して、諸大国の台頭はグローバル化の結果そのものであり、ナショナリズムとこれに対抗する諸力、つまりグローバル化、統合とがせめぎ合う時代なのだという世界観を開陳しています。それからこの紛争がもたらしたのは米欧の接近であり、ロシアが得たものは少ない、56年のハンガリーや68年のチェコではなく79年のアフガニスタン侵攻にむしろ似ているのだとしています。また英仏が旧植民地に今のモスクワよりもはるかに粗暴な仕方で干渉したのはつい50年前の話だと述べ、この紛争への世界的な反応そのものがルールが変わったこと、我々が21世紀的にいることを証しているのだといいます。

さらに今各国の外交官は対ロシアの制裁手段を探しているが、問題はロシアとの間の絆の弱さ、レバレッジのなさにあり、ロシア側が世界秩序に統合されないまま、ルールを破っても失うものがないと感じているところに問題があるとしています。ロシアの孤立主義は西洋の外交政策がもたらしている側面もあるが、石油が関係している、従ってとるべき戦略は

The single best strategy for bringing Russia in line with the civilized world would be to dramatically lower oil prices, which would force the country to integrate or stagnate. Pending that, we should shore up Georgia and assist countries like Poland and Ukraine. At the same time we should stay engaged with the Russians so that we continue to work on issues of common concern—like nuclear proliferation—but also to develop leverage with them. A strategy that further isolates Moscow would only reduce the levers that we have to affect its behavior.

という風に石油価格を劇的に下落させ、グルジアやポーランドやウクライナを支援しつつ、ロシアを孤立化させないように包摂していく必要があるとしています。相変わらず冷静で楽観的なザカリア氏ですが、どちらも引くに引けなくなってしまっている現状では当面はどうもそんな風に事態が進むようにはあまり思われないのは私だけでしょうかね。関係ありませんが、ここしばらくの英国メディアの煽りっぷりにはなんだか余裕のなさを感じてしまいます。経済の見通しの暗さもあるのかもしれませんが、らしくないですね。論調そのものというよりもトーンに妙に悲愴なものを感じます。

"Un effet de la politique soviétique des nationalités"[Le Monde]
Thorniké Gordadzé氏のグルジア、アブハジア、南オセチアの民族主義についてのインタビュー記事。グルジアには確かに民族問題があるが、少数民族はアブハジア人、オセチア人だけでなく、アルメニア人、アゼリ人、ロシア人もいて数的にはこちらの方が多い。つまりアイデンティティーだけの問題ではない。両民族が統合されなかったのは政治と歴史の問題だ。またグルジアと南オセチアの民族主義を語るのは本質的なものを見失わせる。つまりロシアのナショナリズムだ。グルジアは周辺地域で集権的な王国を形成した時期は短く、周辺の帝国に支配されたが、民族的アイデンティティーは強かった。アブハジアについてはグルジア王の支配を多かれ少なかれ受ける領邦が15世紀から19世紀に存在したが、南オセチアについてはボルシェヴィキの発明品だ。オセチア人は中世以来グルジアの複数の領邦や王国の下に暮らしてきたが、この民族的-政治的単位が出来たのがソ連時代だという意味だ。1921年にボルシェヴィキがグルジアを征服した際にグルジアは反ボルシェヴィキ的、ブルジョワ的、貴族的ナショナリズムの地とみなされたが、オセチア人とアブハジア人は抑圧された農民的民族とみなされた。南オセチアとアブハジアはソビエトから自治的な地位を得たが、このことが両地域のネーション意識の形成に貢献した。

従ってソ連の民族政策の結果なのだ。民族文化の創造を促進する地元の共産党エリートというものが生み出されたのであり、ソ連時代に自治的な地位を得ていた周辺地域で1990年代に紛争が勃発したのも偶然ではない。グローバル化と人の移動の加速が「前にそこに誰がいたのか」の問題を深刻化させている。私はグルジアのナショナリズムを最初に非難した者の一人だ。しかしこれはカフカスの諸民族に共通した態度だ。特定の民族が特定の地域で特権を得るためには時には石器時代に遡る民族起源の「科学的」物語が必要だったのだ。グルジア初代大統領はこうした考え方に凝り固まっており、この国に民族的緊張をもたらし、オセチア人とアブハジア人をモスクワ寄りにした。サーカシビリについても非難は出来るが、彼のナショナリズムはソビエト時代のものではない。彼は統一グルジアを望んでいるが、排他的な民族イデオロギーに基づくものではないと。日本語でも解説がでていますが、アブハジアと南オセチアではまた違うようなのが複雑ですね。

なおここで民族主義と訳したのはエスニック・ナショナリズムnationalisme ethniqueのことです。日本の政治家の皆さんも誤解されないように注意してくださいね。必ずしもそうでもない人でもそうとられる発言をしているのを見ることがあります。シビック・ナショナリズムnationalisme civiqueはセーフだけれど前者はPC的にもうアウトになりつつあるように見えます。なお私は両者の区別は難しいと思っていますので、こうした傾向はどうなのかなと思っていたりもするのですけれどもね。いえ、勿論ごりごりの民族主義は好きではないですよ。ただエスニック/シビックのこの二分法は少し単純過ぎるし、後者だからいいのだという話ではないようにも思えるのです。

あえぐ経済、支持率低迷 台湾・馬総統就任100日[朝日]
総統の支持率が景気の悪化で低迷しているという記事ですが、ここしばらくのニュースを眺めているに台湾の民主主義の土台はなかなか堅固だなという印象を深めています。こうなると国民党政権も世論の圧力を無視したりは出来ないでしょうね。変な世論主導の動きもあるようですが。ところで最近台湾が韓国に盛んに喧嘩を仕掛けているようなのはなぜなんでしょう。誰か火に油を注いだりしていてはいないでしょうね。

イタリア、リビアに25年間で50億ドル投資 植民地支配の補償[AFP]
フランスの動きに連動するかのようにイタリアもリビアに接近しているようです。カダフィもうまいことやってますね。パリ訪問の時は格好良過ぎて笑いました。東の方面が膠着する一方で南の方面にリーチを伸ばしていく動きは加速しそうな印象を受けます。クシュネルも飛び回っているようです。なおこの記事にはありませんが、この交渉では移民の管理の問題がかなり大きいようですね。

大本営発表という権力[池田信夫]
もう今更の話なんですけれど、どう見てもあれは独裁国のやる戦争ではなく、民主主義国の怒りの戦争ですよね。いくら未熟な段階で、許されざる人権侵害があったとしても。あの大正デモクラシーの後になぜという問いはそもそもおかしい。ただ選挙結果などを見てもかなり微妙な動きをしていますから世論の動きについては慎重に論じないといけないと思いますけれども。また軍国主義と無辜の国民云々という話は別にしても、国民世論がどれほど非合理に傾こうともそれをうまく説得して制御するのが為政者の務めなんですから、それに失敗した政治の責任の重さは変わらないでしょう。新聞については日露戦争の頃から売らんかなだった訳でなにも大本営を持ち出して批判することもないように思えます。黄門様の御印籠みたいなこの時代の使い方は好まない。とはいえ今の新聞にけっこうシビアな評価であるのは変わらないです。よくある新聞批判に与するつもりはないのですが、やはり物足りないですし、もっとできるはずです。

追記
タイトル変更。フレーズ追加(8.31.2008)

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佐賀藩の位置

幕末維新と佐賀藩?日本西洋化の原点 (中公新書 1958)Book幕末維新と佐賀藩?日本西洋化の原点 (中公新書 1958)

著者:毛利 敏彦

販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

本書は論争の書である「明治六年政変」(同新書)で知られる日本近代史家の手になる幕末維新期の佐賀藩の位置づけを問い直すという主旨の新書です。私はいわゆる幕末マニアではないのですが、歴史好きですのでこの時期にもそれなりに関心はあります。薩長土肥と言われるわりには影の薄い佐賀藩ですが、地域史家の杉谷昭氏の著作からこの渋い藩には以前から惹かれるものがありましたので手にとりました。感想を一言で言えば佐賀藩史としてはやや物足りないが、この藩の重要性を一般に訴える意味において価値のある新書といったところです。この時期に関心のある方にはおすすめしておきます。全体は「徳川国際秩序」(「鎖国」の言い換え)における長崎御番という特異な位置、幕末における藩主鍋島閑叟(かんそう)の藩政改革、司法卿江藤新平の司法、教育改革、最後に佐賀の乱を論じるという構成になっています。

著者によれば、日本社会を後戻り不可能なまでに根底から変貌させた明治維新の引き金を引いたのは「西洋の衝撃」であるが、この「衝撃」とは具体的には黒船に象徴される鉄製大砲と蒸気機関であった。この技術的優位が西洋諸国をして非西洋諸国の植民地化と資本主義世界市場の形成を可能せしめたものであり、日本の開明的な指導者は「夷の術を以て夷を制す」という当時可能なる唯一の戦略をとることで日本の近代史は幕を開くことになった。したがって鉄製大砲の製造、運用技術の体系的な導入は明治維新史において主軸となる事業であるはずだ。その意味において鍋島閑叟の果たした役割はもっと注目されなくてはならないと。

「徳川国際秩序」において唯一の国際色豊かな都市長崎の御番をあずかる「百日大名」(参勤交代が百日に制限)の誉れを得ていた佐賀藩は江戸時代を通じて外国に対して開かれた土地であり続けた訳ですから、幕末の国際情勢の急変に最も敏感に反応したのがこの藩であったことも当然のことでしょう。鍋島閑叟は藩主に就任するや否や長崎視察とオランダ船乗り込みを実施し、以後これを恒例化するという破天荒な人物であったこと、医学寮を西洋医学のセンターとしたこと、いち早く高島流砲術(洋流と和流の折衷)を導入したことなどが言及されますが、これはすべて天保年間の微睡みの時期になされたことに著者は注意を喚起しています。アヘン戦争の衝撃にもっとも敏感に反応したのも閑叟で、青銅製大砲から鉄製大砲への転換を押し進め、「火術方」を設置し、開発研究、製造や砲術、銃隊訓練センターにし、オランダ国書を携えた使節の開国要求に対しては長崎防衛構想を練り上げ、幕府とは別に単独で長崎沖合砲台を神ノ島、伊王島に設置します。かくして当時の技術の総決算とも言うべき沖合砲台が完成したのはペリー来航の前年のことで、以後、アームストロング砲、蒸気機関、蒸気船の開発に成功した先進的科学技術を保持する藩として名を馳せることになります。

その火力において特異な地位を占めつつも「肥前の妖怪」と呼ばれた閑叟が主要な政治勢力から距離を保ち続けた老獪な政治家であったことが維新史における佐賀藩の存在感の希薄さの原因となった訳ですが、この洋学の伝統の強い藩は明治の国づくりにあたっても技術者のみならず優秀な人材を輩出し続けます。その代表者として著者が本書でとりあげているのが江藤新平です。江藤の業績については著者は「江藤新平」(同新書)で既に論じていますので、この新書では藩主鍋島閑叟とのつながりが強調されています。上の新書と同じく江藤は日本の「人権の父」として描かれていますが、司法と教育の近代化、さらには日本という国民国家の形成においてこの鋭利な知性が果たした役割が絶賛調で論じられていきます。私自身の感想を差し挟んでおきますと、著者の江藤新平評についてはいささか陰影が乏しいかなあといったところです。その輝かしい業績に疑問を抱く者ではありませんが、もう少し幅のある人のような印象も受けるからです。

江藤を論じるところで本書の論述は佐賀藩を離れてしまうのですが、佐賀の乱と江藤の悲劇的最期のところでまたこの土地に議論が戻ります。この経緯は著者の「明治6年政変」の枠組みが踏襲されています。すなわちこの政変を「征韓論政変」とはみなすべきではないという議論です。この議論の入り組んだ論争史についてはここではパスしますが、いずれにせよ、この薩長勢力の再結集と土肥勢力の駆逐をねらった政変によって江藤新平は貧乏クジを引くことになります。いわゆる「佐賀の乱」については著者は江藤には反乱の意図はなかったとしています。下野の後に民選議員設立建白書の提出に加わった江藤は直ぐに佐賀に戻りますが、この土地で自由民権運動を組織化しようとしたものと著者は推測しています。この時期征韓論をめぐって一部士族が騒ぐ程度で佐賀の治安はごく安定しており、江藤自身この士族達と距離をとり、長崎に静養していたにもかかわらず、東京では武力討伐論が優勢を占めた訳ですが、著者はこの原因を大久保利通の嫉妬という個人心理に帰しています。この点はかなり弱い議論に思われますが、いずれにせよ政治的抹殺には違いないのでしょう。

かくして著者によれば近代日本の形成において果たした役割において鍋島閑叟や江藤新平に比べるならば人気の坂本龍馬、高杉晋作、新撰組や白虎隊などは派手だが「歴史の端役」に過ぎない。そしてこの不当な軽視は佐賀の乱(本書では「佐賀戦争」)の後遺症によるものであり、彼らを軸にして維新史は見直されるべきであると結論づけています。私はまずまず面白かったのですが、江藤を論じるあたりから佐賀藩からフォーカスが外れてしまうところが物足りなさの原因なのかもしれません。軍事史的な観点をもっと導入したならば藩としての存在感をもっと説得的に描けたのだろうかとも思います。いずれにせよ維新史において正当な評価がなされていない人物達は他にもいるはずで今後も問題関心の変化に応じて読み直しの作業は続くのでしょうね。

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リアリスト経済学って凄そう

ふう。なんだか忙しい日々です。気になった記事をクリップしておきます。

"Lessons from a “lost decade”"[Economist]
日本型の失われた10年はないだろうという予測に対して類似性は思っているよりも大きいよと楽観論を戒める内容です。単に日本側のマクロ政策の失敗と考えているのだとしたら傲慢だろうと。この記事では最大の失敗は橋本政権下の消費税増税と見られているようで、日銀、大蔵省の他の政策的ミスとされるものはやや寛容な仕方でスルーされています。目配りはまずまずきいているので違和感はそれほど抱きませんでしたが、やはりモデルが違うので比較はしにくいのではないでしょうかね。なお地価のグラフは少し意外でした。

箸墓古墳:天皇陵に規模匹敵「卑弥呼の墓」強まる? 周濠、推定より40メートル広く[毎日]
卑弥呼?それとも後継者? 大規模周濠の一部を初確認 奈良・箸墓古墳[産経]
箸墓古墳の周濠が確認されたという記事です。周濠の存在は既に確認されたものと思っていたのでなにがニュースなのかしばらく判りませんでしたが、正面部分ではじめて確認されたということのようですね。また従来想定されていたよりも広かったと。産経や毎日は邪馬台国論争に絡めてはしゃいでいますが、素人目に見てもそれはないんじゃないですかね。もうこの時代に関しては邪馬台国は括弧に入れて話を進めたほうがクリアになるような気がするのですが。ところで箸墓古墳にまつわる三輪山伝説はいかにも神話的でなかなか楽しいですよね。

"Les Occidentaux ont une marge de manoeuvre étroite"[L'Express]
ロシアの専門家にして異端的経済学者のジャック・サピールのインタビューですが、ロシアに対する西洋側の経済カードは有効ではないと分析しています。資源輸出国にして介入主義的なロシアにとってWTO加盟はそれほどのメリットをもたらすものではない。また現状経済成長に湧くロシアと景気後退に向かう西洋諸国では前者に有利だ。アメリカ企業が取引停止したとしても、ロシアとアメリカとの取引は全体の3%程度に過ぎないので有効ではない。打てる手は少ないが、西洋諸国の技術や知識をロシア側が欲しているところに鍵があるかもしれないと。

ここのところジャック・サピールが非常に元気な印象を受けます。彼もまたこのたびの危機に実は驚喜している一人なのかもしれません。90年代のロシアの急進的な市場経済化の失敗への批判はスティグリッツ同様に正しいと思うのですが、ほとんどプーチン礼賛者のごとき最近の言説(例の「主権的民主主義」の称揚)にはちょっと大丈夫ですかねと言いたくなります。いや「欧州リベラリズム」の批判者にして新古典派経済学を超克する「リアリスト経済学」の提唱者、経済的なるものに対する政治的なるものの復権を訴える共和主義者にしてこの反EU的な主権主義者の言説が妖しい光を放っているのは今にはじまったことではないのですが。日本にはいないタイプの左翼ですね。でも思想史的に考えて正しく左翼だと思います。軍事にも通暁していて、対満州国戦争がソ連軍の「軍事革命」をもたらしたという(多分)異色の論考には興味があるのですが、未読のままです。

なお何度か言及している「主権主義」については主権主義政党について優れた論考(日本語)がありましたのでPDFにリンクしておきます。現政権の周囲にもけっこういますね。

"Japan: Residents go to courts to evict yakuza"[Guardian]
ヤクザと右翼が大好きな(皮肉です)ガーディアンの記事。福岡県久留米市の指定暴力団道仁会の本部事務所に対して周辺の住民約600人が使用差し止めを求める仮処分を裁判所に申し立てたという例の話ですね。ところで

According to Japanese newspaper reports, the eviction attempt is the first by ordinary residents against an officially recognised crime syndicate.

とありますが、これは間違いじゃないですかね。これまでにも同様の訴訟は各地で展開され立ち退きに成功したが、本部事務所に対しては初めてだという話だと思うのですが。また前にWaPo(でしたっけ)に後藤組について書いていた元読売のJake Adelstein氏がまた登場しています。ヤクザ・ネタをおさえると仕事に困らないのかもしれませんね。最近の事態の推移をなんとはなしに眺めていると、このあたりのずぶずぶの構造も、地域的な差異はあるのでしょうが、じわじわと変わってきている印象を受けます。ところでもし合法活動だけをするようになったならば彼らはいったい何者なんでしょう。

"God’s Home Gets Rehab, and Japan Sneaks Peek"[NYT]
出雲大社の御本殿特別拝観のネタです。御神体は何なんでしょうというまとめ方です。出雲大社の御神体の謎というのは確かにあるんですけれども、他にもいろいろな謎はありますし、出雲絡みなら大西記者好みのネタはいくらでもあるでしょうに。島根までわざわざ行ったのにちょっと流した仕事でしたね。どうも宗教ネタは今ひとつ弱いみたいですね。弱者や貧者にフォーカスしたいならばここは本気で取り組むべき領域ではないでしょうか。

ではでは。皆様お元気で。

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BHLの創作について

このブログではわりと新哲学派の面々の発言を拾っていますが、それは彼らにそれなりに影響力があってパリ左翼のミクロコスモス内部の論調を知るのにそれなりに便利だからでありまして、私自身がこの文化人達にどうやらさほどの敬意を抱いていないらしいことは注意深い方ならばお気づきのことでしょう。このエントリではベルナール・アンリ・レヴィ(BHLと略される)がどうやらやらかしてしまった件について紹介しておきます。それは単にこの見栄っ張りさんを嘲笑してやろうという意図からではなくて、なにかしら興味深い事柄が含まれているように思えたからです。

このBHLの問題の文章ですが、8月19日付でル・モンドに掲載された「戦火のグルジアで見たもの」という3ページの長い記事です。長いので訳すのは止めておきます。多分そのうち英訳も出るでしょう。内容ですが、

1. トリビシ周辺でBHLが見たもの。予想に反するグルジア軍の不在。真新しい制服を着用した兵士。ロシアの戦車部隊がトリビシに来るという噂と混乱。ロシア軍との遭遇。負傷したオセチアの農民の語るロシア兵による残虐の事実。
2. ゴリ周辺でBHLが見たもの。打って変わって緊張した状況。側溝に落ちたグルジアのジープ、燃えたタンク。チェック・ポイントで取材を拒否されるが、エストニア大使の車に同乗して通過し、ゴリに到着。火災を目撃。照明弾と爆発音。空っぽな略奪された都市。
3. サーカシビリ大統領との対面。閣僚達の印象批評。大統領の熱弁。
4. カスピでBHLが見たもの。橋、駅の破壊。5台の戦車。
5. 疲れた様子のサーカシビリと対面。和平案への不満をもらす。夜を徹して文書を読むがグルジアの領土一体性の言及がないことに仰天。ホテルで出会ったリチャード・ホルブルックのセリフ。

以上がだいたいこの文章の概略です。BHLが見たとされるものの記述の間に様々な独語やら内省やらがあちこちに散りばめられ、全体としてロシアの非道を糾弾し、西洋の救援を呼びかけるメッセージとして作文されています。メッセージの中心は3のサーカシビリの熱弁と5のホルブルックのセリフにあるといっていいでしょう。前者ではBTCパイプラインが奪われた場合に欧州は100%ロシアに資源を依存することになるぞという例の話とイランとロシアが接近した場合、この枢軸に対して西洋はいかに立ち向かうのかという脅しです。イスラム原理主義とスターリン主義が組んだら怖いでしょうということです。後者はミュンヘン協定の臭いがするというたびたび言及される例です。こちらはナチスで、要は「悪」の三点セットですね。

BHLがグリュックスマンとともに先日のNATO首脳会談の際にグルジア、ウクライナの加盟を訴えた手紙は前に紹介しました。68年5月に大学で暴れ回っていた一人であったのが、その後自らが影響下にあった「68年の思想」との格闘の末にサルトルの再発見を経ていつの間にか西洋文明の守護者に転進することになったという屈曲した遍歴を辿った彼の思想的立場について詳述する暇も知識もないのですが、ネオコンのフランス版みたいなものと言ってもそれほどはずれていないと思います。ネオコン批判もしていますし、同世代の他の文化人達とも微妙に異なる声色で歌っていはいるのですけれどもね。ともかくこの主張そのものは普段から言っていることです。この文章は「私」を主語としていて徹頭徹尾主観的な文体で綴られており、読者は書き手に感情移入することである種の「臨場感」を味わうことができるといった趣向になっています。

まず一読した瞬間にあーあと思ったことを白状しておきます。私は書き手自身が「戦地」に身をおいて視点人物にとどまって自分が見た物についてあれやこれや主観的に考察し、読者を感情移入に巻き込むといった手法で書かれた記事を信用しないだけではなくどうやら嫌悪しているようなのです。この記事はル・モンドでは「哲学者、エッセイスト」の「証言(le temoignage)」と分類されていて、通常の事実報道や分析報道とは別枠にされています。あいつをグルジアに連れて行ってなんか書かせてやれよ、面白い事書くかもしれないから、といった企画なのでしょうか。ですからこれは通常のジャーナリズムの倫理やルールの問題ではなく、哲学者なり批評家なりの政治的証言文学の倫理の問題ということになります。「私が見なかったもの」への想像力や「私は本当に見たのか」という省察を欠いたこうした「私は見たのだ」式の書き物を恥ずかしげもなく披露する書き手の認識論的居直りに対する苛立ちとでもいったらいいのでしょうか。コソボの時のスーザン・ソンタグもそんな感じでした。なおこれは政治的立場や主張内容の是非論とは違います。ロシアの非道を批判し、NATOの介入を訴えるのはそれはそれで一向に構わない。それはそれで立派な考えだと思います。問題はこのスタイルです。本人の主観的な誠実性とは別にこのスタイルそのものが本質的に不誠実に私には感じられるのですね。

とはいえ嫌いだからといって大上段に倫理を振りかざすのはどうなんだろう、まあ、こういうジャンルもジャンルとしてあってもいいんじゃないか、個々の作品ごとに出来不出来を評価すればいいのでジャンルとして否定するのはいささか性急ではないかと思い直したりしていたのであります。そして私のこの記事に対する評価は下の下というものでした。ヴォイスの選択といい、人物描写の平板さといい、とうてい世界の複雑性を開示するような文章ではなく程度の低いプロパガンダに過ぎないと。が、事態は思わぬ方向に展開したようです。「私が見なかったもの」への想像力の欠如どころか「私が見なかったもの」を「私が見た」と書いていた、すなわちこの記事に虚偽が含まれていたという疑惑が持ち上がっているようなのです。

またしてもインターネット新聞Rue89なのですが、本当にここは元気ですねえ。最近では大手メディアよりも強力になりつつあるような気がします。ここの「BHLはグルジアで『見たもの』のすべてを見ていなかった」という記事です。ジュリアン・マルタン、パスカル・リシェ、ダヴィド・セルブネの3人が「ジャーナリズム」の立場からBHLの記事の「ファクト・チェッキング」をしています。

まず「BHLの語っていない事柄」としてこの哲学者の2日半の旅行の背景を説明しています。8月13日水曜日にブルジェ空港発のジェット機を借りて4人の同行者とともにトビリシに向かう。正午にグルジア到着。パリの大使の知らせでグルジア大統領が通訳を送るが、この通訳が滞在中に同行した。土曜朝8時にトビリシを発つまで2日半しかグルジアに滞在しなかった。このチームはマリオ・トビリシというジャーナリスト、外交官御用達の5つ星ホテルに滞在した。この訪問は多数のフランス人ジャーナリストを驚かせたが、哲学者は自分のモチーフを隠さなかった。ロシアの鬼からグルジアの自由を守ることだと。

以下検証が進みます。ゴリ行きの白い空調付きのミニバスで路上で最初に「見た」とされるもの。

「我々が最初に遭遇した最初の重要な軍事的プレザンスはロシアの長い車列だったが、少なくとも100台の軍用車がトビリシに向かってガソリンを充填するために静かにやって来たのだった」

この文について同じ日に同じ道路を利用したヌーベル・オプセルヴァトワールの特派員のクリストフ・ボルタンスキ氏は実際に車列の数を数えたそうですが、彼によれば30台だったとのことです。

そして最大の問題となるのが彼のゴリの報告です。

「我々はゴリに到着した。都市中心部ではなかった。しかしロマイアがアウディーで負傷者回収のために出発する前に我々をおろした場所から、車輪付きのトーチカのような巨大戦車が支配する四つ辻から、我々は見渡す限りの火災を確認することができた。規則正しく間歇的に天空を照らす照明弾に短い爆発音が続いた。空虚。死の腐敗の軽やかな香り」

「ゴリはロシア人が『解放』しに来たと言い張るこのオセチアには属していない。この都市はグルジアの都市だ。ところがロシア人はこの都市を燃やし、略奪し、幻の都市の状態にしたのだ。空虚」

しかしながら記事によれば問題はBHLはゴリに到着していないこと、またゴリは燃えていなかったことにあります。BHLがグルジア国家安全保障評議会議長アレクサンドル・ロマイアらとともに最初の関門をなんとか通過したのは事実ですが、その一行の一人でBHLを同乗させるようにした欧州議会議員イスラ・ベギンの証言によると、「誰もゴリには行っていません」「都市の1.5kmの関門で足止めを食らいました」。彼女によれば燃えていたのは野原だけだそうです。潜伏するスナイパーを避けるための手段だそうです。また「腐敗の香りを感じたというけれども、私は感じなかった。ゴリは燃え、略奪され、幻の都市の状態にされていたと書いているけれども、この時、私達はそんな風には言えないはずです。というのも単に誰もそこに行っていないから。結局、私達はゴリから1.5kmのところで止められていたのだし」と真実を語っております。

また編集者のジル・ヘルツォークも「いや、我々は都市に入らなかったよ。外れにいたけれどもゴリから何キロなのかは知らない。もう夜で照明弾があがるとぼんやりと建物は見えたね。でもみんな道路の端にいたからねえ。周りに燃えている野原はあったよ」と同様の証言をしています。腐敗の香りについても「個人的にはなにも感じなかったね。でもたぶん我が友BHLは感じたんだろうさ」と。また同行中のワシントン・ポストの記者の記事は「8月13日グルジア、ゴリ郊外」と明記され、一行が都市に入らなかったことが明記されているそうです。

また金曜日に再びゴリに入ろうとした際の記述にも問題があるそうです。

「金曜朝。我々はラファエル・グリュックスマン、ジル・ヘルツォーク、欧州議会議員とともにゴリに再び行くことに決めた。サルコジとメドジェーエフの休戦協定に続いてゴリからはロシア人が撤退を開始しただろうし、グルジア人の屍体が豚と犬に委ねられたツヒンバリへ出発間際のトビリシ主教に合流できると思われたのだ」

「しかし主教を見つけることはできなかった。ロシア人は撤退などしていなかった。我々はまたゴリの20キロ手前で足止めされた。我々の前の一台の車が非正規兵の一隊にホールドアップされたが、ロシア人将校の穏やかな眼差しの下にこの一隊はジャーナリストを降ろさせ、カメラ、金銭、個人的な持ち物、それから車を奪ったのだ」

「結局、誤報だった。ロシアのプロパガンダ職人が確かにマスターとなるかに見えるいつもの誤報の駆け引きだ。それでという訳でゴリとトビリシの中間にあるカスピへ向かった。ここには欧州議会議員の通訳の家族がいて、状況は基本的にもっと安定していた」

この文ですが、同行したアンドレ・グリュックスマンがこのホールドアップについて3台の車が先に進むなとグルジア警察に止められたのだと証言しています。彼によればUNHCRの車がロシアの関門を突破したと警察官から聞いたが、このシーンは見ていない。ロシアの関門は500メートル先にあって見えなかったからと。またイスラ・ベギン議員によれば木曜日にグルジア当局から人道支援物資を運びにゴリに行けると聞いたが、金曜日には待てども待てどもロシア側からの許可が得られなかった。したがってBHLと一緒にゴリには行っていないし、主教も探していない。トビリシにずっといたが、グルジア人アシスタントとカスピの村に行く事に決めた。BHLは私のところに来て言った。「昨日もチームを組んだけど、今日もこれ続けるの」と。

またトリビシの最後の晩の大統領との対話の部分ですが、グリュックスマンによればBHLの著書「危険な純粋さ」とサルトルをめぐる哲学談義に花が咲いたそうです。憔悴し切った大統領の必死の訴えのシーンやら和平案の文書を血眼になって読みあさるシーンとはずいぶん印象が違うような気がするのは私の目の錯覚ではないようですね。

以上のようにどうやらBHLのこの作文、記憶違いと寛容な解釈をするのは困難なほどの虚偽や創作が含まれていることは明らかのようであります。そう、この哲学者はゴリには行かなかったし、炎上するゴリも見ていなかったのです。戦争のリポートに関して哲学者や文学者がジャーナリストに「勝つ」場合もあるとは思いますが(いくつか例が思い浮かびます)、どうやらこの勝負に関してはジャーナリズムの側に軍配を上げたいと思います。BHLの駄目駄目さを暴露したRue89らしい対抗ジャーナリズム魂溢れる記事でした。まあだいたいグルジアに関して今私が本当に知りたいのは「意見」などではなく「事実」なんです。本物のジャーナリストの皆様宜しくお願いします。

追記
タイトル変更。偽証→創作。この件では小説の筋や作り話を意味する語であるaffabulationが使われているようですので創作としておきました(8.24.2008)。

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紛争の余波

世間はオリンピック報道一色のようですが、グルジア紛争のことがどうしても頭から離れないのは、この地震の余波が大きくかつ深いものとなることが予感されるからです。ここまで主に欧州視点からこの紛争について書いてきましたが、単に他人事として眺めていた訳ではなくて、我が国が西側の一員である以上(確かに微妙な位置ではありますが)、NATOだとかミサイル防衛構想だとかの動向は我々の生存とも無関係ではないからです。とはいえこの余波は無論欧州には留まらない訳です。Asia Timesから気になった記事をクリップしておきます。

Syria reaps a Russian reward[Asia Times]
まずシリアがロシアに接近しているという記事ですが、ある意味面白いです。1956年のスエズ動乱の際にシリア大統領がクレムリンを訪問し、「ヒトラーを打ち破った偉大な赤軍」の派兵を要請した事例を枕にしていますが、このたびのグルジア紛争後に最初にクレムリン訪問をしたのはシリア大統領アル・アサドであった。ロシア紙とのインタビューの中で大統領はロシアを熱烈支援し、反米的、反イスラエル的言辞を弄していますが、シリアとしては軍事的な支援とイスラエルとの和平交渉でのロシアの主導を望んでいるようです。この動きはフランスの例の地中海連合にも関わってくるでしょうし、同様の動きを見せる国々も現れるのでしょうね。しかし、すごいですね、この記事。

極東の民たる私にとっては欧州がどうしたということ以上に東アジアにこの紛争が与える余波のほうがよほど重要な話です。あまり我が国にとって好都合なシナリオというのが想像できないのでありますが、どうなるんでしょうかね。

"North Korea wary of Russia's return" by Donald Kirk[Asia Times]
北朝鮮のロシア恐怖、両国のこれまでの一筋縄では行かない関係、また今後ロシアの関与が深まった場合の経済面、軍事面でのインパクトなどについて書かれています。Kirk氏は現大統領の対北朝鮮政策にはもともと辛い評価をしている人ですのでそこは割り引いて読む必要があろうかとも思いますが、もし韓国が親米反北路線をとるならば北朝鮮とロシアは接近するだろうという指摘をしています。これといった動きのない中での記事ですから特に目新しい内容はないのですが、現在は一歩引いた構えをとっているロシアが半島情勢に影響力を行使しようとするならば─その確率はそれなりに高そうに思えます─我が国にも相当なインパクトが及ぶことになります。という訳でロシア・北朝鮮関係からは当分は目が離せなくなりそうです。

"War in the Caucasus and the Global Repositioning of China, Germany, Russia and the US"[Japan Focus]
こちらは中国、ドイツ、ロシア、アメリカの今後の動向を扱ったビックピクチャーの記事ですが、我が国に最大のインパクトを及ぼすのは言うまでもなく米中関係です。論者によればこの紛争に対して中国は中立的な立場を維持しているが、中露関係はかつてなく安定している。チベット、ウイグル、台湾を抱える中国としては南オセチアやアブハジアの独立には賛成できない。アメリカはロシアと中国に対して異なるアプローチをとっているが、「新冷戦」になった場合には米中はさらに接近するだろうという予測です。911テロの勝利者は中国だなどと囁かれますが、この場合も中国が勝利者となるのでしょうか。日本としてはプラグマティズムに徹するのが吉であるという訳で(原則論的対応というのも時には必要だとは思いますがね)、アメリカの対中政策の微細な変化に合わせて柔軟かつ巧妙にステップが踏めるように今から準備運動をしておく必要があるのでしょうかね。

というわけで相変わらず微妙な記事の多いAsia Timesなのですが、最後にComing Anarchyで台湾モンゴルについて記事がありますのでリンクしておきます。モンゴルの話はこのブログにもコメントしてくださることがあるAcefaceさんですね。台湾の不安というのは判る話です。同じような思いの国も多数あるでしょう。ふう。

ではでは。皆様、御機嫌よう。

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欧州左派の後退

なんだか大仰なタイトルではありますが、欧州政治が右派の手に移っていることは皆様もご承知の通りです。欧州全体について語る能力はないのですが、いくつかの国については(特にフランス)ここに至る経緯をずっと観察していましたので生々しい現実への敏感さを欠いた政治勢力が後退してしまうのは宜なるかなという感想しか抱けませんが、内部での真摯な内省の試みや新しい方向付けの試みなどがなされているのはそれとなく観察し続けています。物事にはバランスというものがあって一方に流れ過ぎるのは好ましくないという私の中の「保守的な本能」がそうしろと告げているからですが、あんまり状況が見えていない人が多いなという印象を持ちますね。我が国については・・・なにか語るのも鬱になる感じですが、優秀で良質な部分については心の中で応援しています。余計なお世話かもしれませんけれども。

フランス左翼の後退については前にも述べましたが、出口の見えない状況は続いているようです。国民国家主義的な左翼と欧州連合主義的な左翼の対立だとか、親市場派と「左の左」の対立だとかえんえんと内輪もめをしています。そんなことをやっている場合かという気もしますが、この潜伏期間の議論で鍛え直された理念と政策をもったまともな勢力が出てくることをなんとなく希望してはいます。

French Politicsでリンクされていたリベラシオンのこの記事ではフランス知識人の類型論に基づいて社会党に提案をしています。エミール・ゾラの"J'accuse"以来の「怒れる知識人」。人権理念に基づいて不正義に立ち上がる人々ですが、皮相かつ世俗的な観察に依拠するために本質的な批判足り得ない。もう一つが古典主義時代に由来する「ハイパークリティック」。非難し、疑うことそれ自体を信条とし、体制派とも反体制派とも妥協することを潔しとせず、全体か無かの絶対の賭けにしか興味がない人々です。それから1960年代70年代に出現した「専門家」。法や経済や文化や社会の専門領域に通じ、体制派だろうが反体制派だろうが助言者として振る舞える人々で、前の類型の人々のように感情には動かされない。それで論者は第四の類型として「社会科学者」の必要を訴えています。彼らの知識は政治家が欲するものとは一見遠いが、「理念」を供給するならここからしかないと。論者自身が社会科学者なのでセルフ・プロモーションと言ってしまえばそれまでの話ですが、フランス知識人のプロフィールを戯画的によく描いているとは思います。

以下、欧州議会議員で社会党の全国書記のアンリ・ヴェーバー氏の寄稿記事「なぜ欧州では社会主義が後退しているのか」です。ローラン・ファビウスに近い人のようですが、わりと物事が見えているような印象を受けます。記事中では党内の特定の潮流とか派閥への直接的な攻撃はありませんが、フランス政界にある程度詳しい人には細かい言及が実際に誰を念頭を置いて書いているのか見抜けるでしょう。標的になっているのは頭の固い社会主義者やムードだけのPC左翼などですね。問題点の指摘はおおよそ正しいとは思いますが、欧州連合レベルでの社民主義勢力の協力というぼんやりとした提案で締めくくっているので、具体的になにをすればいいんだというつっこみの声が入るところなんでしょう。また最初に断ってはいますが、やはり各国の事情の差異は無視できないと思います。イギリス労働党とフランス社会党とでは全然違うじゃんかとか。ただなにかしら未来を見据えたまともな部類の提言に見えましたので紹介しておきます。

"Pourquoi le socialisme recule en Europe" par Henri Weber[Le Monde]
選挙の敗北が続き、戦闘的な活動家が失墜し、労組や各種団体との連携も弛緩している。たった7年前には欧州連合の15のうち13の政府が社会主義者に指導されていた。現在ではもうスペイン、ポルトガル、イギリス─あとどのぐらいの期間?─だけだ。勿論、こうした結果は慎重に分析されなくてはならない。各国の国政選挙はそれぞれの固有性を持つからだ。それにもかかわらず一般的傾向は明瞭であり、これを否定するのは馬鹿げているだろう。

1996年から2006年のこのバラの波の退潮には多数の理由がある。連続した複数の任期を務めた後の権力の当然の摩滅が引き合いに出された(イギリスのトニー・ブレア、スウェーデンのヨーラン・ペーション)。犯罪、無作法、崩壊する個人主義の高まりに直面して、社会、とりわけ庶民階級(classes populaires)に発する秩序の要求に説得的に応答する能力の欠如、また移民の波とその統合を制御する哀れなまでの無能さだ。左翼が敗北したのは右翼が勝利したからだということも確認された。右翼はその言説、姿勢、指導者、コミュニケーションと同盟の戦略を更新することに成功したのだ。スウェーデンのフレドリック・ラインフェルト、フランスのニコラ・サルコジ、イギリスのディヴィッド・キャメロン、ドイツのアンゲラ・メルケルはこうした時代に適応した人物達だ。

こうした要因のすべてが重要ではあるが、根本的な理由はより深いところにある。それは1990年代に結ばれた「危機への社民主義的な妥協」の衰滅にあるのだ。そしてまた世紀の変わり目に欧州の社会党や社民党が非協力的な仕方で実現せざるを得なかった各国の戦略の行き詰まりにあるのだ。新しい歴史の挑戦─グローバル化、経済の金融化、知識経済への移行、新興国のパワーの上昇、人口の高齢化、賃金制度の断片化、福祉国家の官僚化と貧困化─に対面した欧州の社会主義者はそれぞれに新しい社会契約を受け入れた。この防衛的な妥協は3つの要素を結合したものだった。

経済の控えめな自由化。我々の「混合経済」にあって公的セクターの比重が縮減され、商業的な私的セクターの比重が強化された。企業家国家がレガリア国家(état regalien)のために後退した。社会主義者は、失業、健康、年金に関して「賃金の調整」と既得権の「再構成」を認め、労働コストの、とりわけ非熟練労働のコストの低下に協力することを受け入れた。それと引き換えに社会主義者は投資と技術革新によって新たな国際的分業において我々の社会がよりよく専門化することを企業トップに期待した。完全雇用と「よき雇用」を保証するためのあらゆる活動領域での「全体での上昇」である。

1990年代の妥協の二つ目の柱は現代化のコストの分散化であった。これは個人に負担がかかるべきではなく、国民的共同体が引き受けるべきものだった。それゆえ高い水準の源泉徴収と社会的再配分、質の高い公的サービスと緩和されても維持された福祉国家、社会的パートナーの動員が要請された。

社会的進歩主義の表明が三番目の柱をなした。社会主義者は道徳風習の自由化、男女平等、同性愛カップルの結婚、尊厳死の権利、生活環境の防衛のチャンピオンだった。彼らは政治的エコロジーの寄与をプログラムに組み込んだ。こうした提案が1990年代後半の各国の社会党の成功を可能にしたが、その結果に直面することになった。社会防衛的妥協は不平等の拡大、プレカリア労働の増大、社会保護の水準の低下、「ワーキングプア」の増加を防ぐことが出来なかったのだ。

我々が参入したグローバル化の新しい時代は、エネルギー、食料、原料価格の上昇、反復する金融、経済危機をともなうが、この戦績を改善しないだろう。もし政権につくことを望むならば、欧州の社民主義は新たな政治的提案をしなければならない。それは欧州連合のレベルで構想され、経済的目的を超えた文明の構想を体現するものでなくてはならない。グローバル資本主義の挑戦には大陸レベルでなければ有効に応じられないことを社会主義者は知っている。しかしこの仕事の困難に対面して彼らは実際には国家的な─たいてい非協力的な─戦略に後退した。

ドイツの社会主義者は「サイト・ドイツ」(?site Allemagne)の工業と輸出の力を救うために重い犠牲を受け入れた。このサイトはとりわけ欧州の他の国々における市場の取り分を得た。イギリスの労働党はイギリスを金融業の選ばれた土地にするために不公正な税制と極端な労働の柔軟性を維持した。このリストは長々と続けられるし、フランスの社会主義者も例外ではない。こうした「各自が各自のために」の政策は一時的にはそれぞれによい効果をもたらし得たが、全体に対しては有害であることが明らかとなった。欧州連合はここ15年弱い成長と高い失業率のゾーンだった。

最後の分析として社民主義の危機はグローバル化の挑戦に欧州としての応答を実現する能力の欠如に起因している。その復活は欧州の再活性化と新たな方向付けを経た上のものだ。かくして高く持続的な成長、社会的リスクに対する雇用者の保護、温暖化との戦い、移民の管理、グローバル資本主義の規制(といったアジェンダ)がより意志的でより野心的でより社会的なひとつの連合というものを要請するのだ。

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王様は裸だ

仏国経済でありますが、第二四半期のGDP速報値が予想外に悪かったこともあり、このまま景気後退に突入するのではないかという暗いムードに覆われています。メディアにも暗い論調が溢れかえっています。財務相のラギャルドが歓喜の雄叫びを上げるほど第一四半期は予想以上の輸出の伸びによっていい数字だったのですがねえ。まあこうなるだろうと思っていた通りの展開ですので、私としては特に意外ではありません。どちらかと言えば我が邦のほうが・・・、まあこちらは止めときます。

"France urges action on Europe’s economy"[Financial Times]
まずFTから。フランス首相のフランソワ・フィヨンが月曜ユーロ・ゾーンの経済悪化に対して欧州レベルでの協調行動をとるように呼びかけました。この呼びかけはフランス国内の消費者心理が冷え込む中でいかに対処すべきかをテーマにした緊急閣僚会議の後に出されたもののようです。フィヨンによれば、経済を再活性化するのに新しい国内プランは必要ではなく、唯一の解答は構造改革を推進することだけだと。フィヨンによればEUの協調は「不可欠」であり、9月のニースのEU財相会談の場で議長国フランスのクリスティヌ・ラガルドがなんらかの措置を提案するものとみられているようです。GDP速報値を受けて、今年の経済成長率予想も大幅に見直され、さらに財政赤字の2.5%ラインを維持できるかどうかもあやしくなってきた模様です。既に一年前に財政的インセンティブのパッケージを発表したこともあり、この景気後退に対しては手がない状況ということです。他方、ビジネス界からはフランス企業の国際競争力を削ぐような障壁を撤廃すべきだという声があがっており、中小企業のロビー団体のCGPMEは企業にかかる負担の一部を除去するよう訴えています。

"Croissance : Fillon en appelle au sang-froid"[Le Figaro]
「成長 : フィヨンが平静を呼びかける」という記事ですが、上で言及された閣僚会議を扱っています。Inseeによって第二四半期のGDP0.3%減の数字が公表された4日間後に開催された経済閣僚を集めた会議の後に首相は平静かつリアリストになろうと努めたといいます。「政府は驚愕することなく冷静にこの時期に対処する」と述べ、景気刺激策については退けた模様です。またフィヨンは第二四半期は「よくないだろう」と年初に述べた通りであるとし、第三四半期の0.1%成長予測をしたフランス銀行と同じく、景気後退の語を使うことを拒否したそうです。「2008年はポジティブな成長の年になるだろう、私自身は景気後退について語るのは妥当ではないと考えている」と強気の姿勢は崩さず、「数ヶ月続く」「減速」という表現に固執したそうです。それって同じことでは・・・という野暮な突っ込みはしてはいけません。他方、社会党はフランス覆う主要な経済的危機に直面して「責任回避に固執する」政府の「自閉症」を非難したといいます。記事によれば、フィヨンの目的は政府が「この状況への唯一の回答」たる構造改革に邁進するつもりであることを示すことにあったとされます。

"L'opposition dénonce «l'autisme» du gouvernement"[Le Figaro]
「野党が政府の『自閉症』を非難する」と題された記事は上で述べた野党側の主張を伝えています。社会党のフランソワ・オランドが、自分が首相であったならば、「我々は次のように言っただろう。景気後退のリスクはそこにあり、国際的な景況は厳しい。我々は政策の余地を見つけ、景気刺激策をとらなければならない、と」と発言し、「財政パッケージの措置の一部の再検討」によってそうしただろうと語ったといいます。アンリ・エマニュエリによれば、「社会的後退の政策を追求することで経済政策を運営しようと説明して武器を足下に置いている、これは非常に無責任だ」と。ファビアス派のクロード・バルトロヌは「財政パッケージの一部を取りやめ、財政のニッチを再検討することで700億ユーロ以上を捻出できる」と政策の余地を指摘しています。ミシェル・サパンは「危機に直面した政府の自閉症」を非難し、「消費も投資も支えることができないことを暴露した財政パッケージは年150億ユーロもかかるのだ」と政府批判を繰り返しています。ディディエ・ミゴーもまた財政パッケージに対して同様の批判を行い、購買力、産業の競争力を高めるのに無益であるとしています。労組側ではCGTが購買力に関して労働者の「給与明細書に関する」「期待」を強調し、「労働者の力」のジャン・クロード・マイイは同様に「富裕層向けの」財政パッケージの「誤り」を攻撃し、また交通費の援助についても政府の主導を要求しています。左翼からの批判に対して、与党UMPのスポークスマンの一人のフレデリック・ルフェーヴルは「危機がそこにある」のは疑えないとする一方で、「改革の加速が社会党時代が生んだ遅れを取り戻し、世界的な成長に他の国々よりもよくしがみつく唯一の方法だ」と述べています。シャンタル・ブリュネルは財政パッケージを攻撃しても意味がなく、フランスでも欧州でも建設セクターが困難な時期に入っている時に住宅取得の借入れ金利の引き下げは有益であるとし、2007年6月からのその効果が十分に出ていない決定的な改革や現在進行中の他の改革の強調をしたとのことです。政策の余地は少ないが、ともかく景気刺激策をとれという野党と構造改革に邁進するという与党の対立です。

構造改革は言うまでもなく長期に関わる政策であって、この危機的状況に対する政策ではないのであって、あの忌まわしきブリュッセルとフランクフルトのせいで(ええと、誰かの代弁です)財政政策も金融政策も使えないのですから、要するに打つ手なしです。人気とりのためにちまちましたバラマキをやって嵐が過ぎるのを待つのか、果然と構造改革に励むのかというどうにもならぬ選択肢です。ふう。勿論違う部分が大きいのですが、どこかの国の状況にいくぶん似てはいないでしょうかね。

以下はフィガロの嘆きとも叱咤ともなんともつかぬ「経済失調 : 王様は裸だ」という8月19日付の社説です。
"Économie en panne : le roi est nu" par Yves de Kerdrel[Le Figaro]
これは戦争だ。景気後退との戦争。国富の低下との戦争。半旗の掲げられた購買力との戦争。こうした理由から首相は月曜午後に政府の経済の軸となるメンバーからなるまさに作戦会議を開いた。議事日程に従って、現況分析、我々を襲う重大なる悪についての討議、そして公的権力が前哨にいることを示すためのいくつかの措置をもって。

その意図は称賛されるべきものだ。善意の政府のメンバーとこの即席会議が証すのはフランスがコントロール下にあるということだ。フランソワ・フィヨンによって公表された措置、ガソリン手当ての増額、交通チケットの発行、積極的連帯所得の一般化、入学手当の増額といった措置は異論のあるものに見えるかもしれない。世界的な危機に直面して、公的権力が一つの解決を有するとか、経済が王権に属する活動であるとか、幸運にも過ぎ去った物価の計画化と管理の時代のように経済水準が布告されるものだなどとは思ってはならないだろう。

今日ほど王様が裸だったことはない。二つの理由からだ。一つはマーストリヒト条約以来、とりわけユーロの発行以来我々の財政政策はブリュッセルの強制に応じてなされる他なく、我々の金融政策は選出された訳でもない官僚によってフランクフルトで決定されているのだ。予算と貨幣の支配権なくしては信頼し得る経済政策を運営することなど不可能であるということを理解するのにノーベル賞受賞者である必要はない。こうして欧州の協調的イニシアティブに焦点を当てるという考え方が出てくるのだ。

第二の理由、それはたとえ政府が欧州委員会によって定められた予算の強制から解放されたいと望んでも、そんなことはできないだろう、かくも政策の余地があきれるほど乏しいのだ。それも当然のことだ。経済減速のせいで50億ユーロ以上の税収入が点呼の時に不在なのだから。2009年の見通しは金融法案の準備の任を負うエリック・ウェルト[Woerth]・チームの髪を掻きむしらせている。国庫がかくも空なのでのガソリン手当ての増額をファイナンスするのはトタル─純然たるメセナ─である。

たとえ国家が金持ちになったとしても購買力の問題を解決するのに流れのままに手当てや助成金を分配するというのが幻想であることに変わりはない。この問題は─このことがこの国でもようやく理解されるべき時だろう─我々の企業の繁栄、そしてその競争力を経由する集合的富の増大に依存する他ないのだ。フランス人がいっそう金を稼ぐ能力を条件づけるのは企業の利益なのだ。今日の公的権力の唯一の義務はデマゴギー的にありもしない公的なマナ[出エジプト記に出る奇跡の食べ物]を広めることではなく、経済ショックの第一の主要な犠牲者である企業を支援することだ。あるいは少なくとも企業を安心させることだ。これはそれだけでも並外れたことなのだ!

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ガルブレイス吠える

ニュース・クリップが続いているような気もしますが、特定のテーマで書く気力が湧いてこないもので。

"Gay activists in India want British apology for sex law"[Independent]
インドのゲイ・アクティヴィストが反ソドミー法を導入した件でイギリスに謝罪を要求している模様です。

First it was slavery, then it was looting the world's architectural treasures for our museums. Now it is homophobia.

この書き出しがなあ、あなた方それでも左翼ですか、他国の過去を批判する時のあの勢いのよさはどこに消え失せたんですか、インディペンデントさん、と皮肉のひとつも言いたくなりますが、それはインディペンデントに対してでありまして、勿論私はゲイのインド人でもないので英国政府を真顔で糾弾する動機はありません。このグループの声明ですが、

"We call on the British Government to apologise for the immense suffering that has resulted from their imposition of Section 377. And we call on the Indian government to abandon this abhorrent alien legacy of the Raj that should have left our shores when the British did."

記事によると、この刑法377条はイギリス統治下に導入された反ソドミー法の遺産でunnatural sexual offenceを禁じるものだそうで(懲役10年)、団体によるとこれがゲイ差別の根拠になっているのだそうです。実際ここ20年ぐらいでこの法が適用された事例はないそうですが・・・。ヒンズー教、仏教、初期ムスリム文化は同性愛行為に寛容であったのにあの憎らしいブリッツどもが・・・ということですね。この主張の妥当性については具体的な事をなにも知らないので判断留保しておきますが、インド以外でも英国植民地になった諸国においては同様の事情のようです。私が興味をもつのはシンガポールのケースですかね。

日本というのはこの関連の問題では英語圏ではけっこう議論の対象となっている国であるという事実はあまり知られていないのかもしれません。例えば、文献だけでも相当ありますし、wikipediaの記述も厚いです。私はたまにそちらのフォーラムを覗いたりするのですが、yaoi問題などが熱く議論されていたりします。いずれにせよそこでは常に極端に分裂した見方が衝突している様子が伺えます。同性愛に関して宗教的、伝統的に寛容な社会というイメージと自分の正体を隠さないと暮らしていけない抑圧的な社会というイメージと、この真逆の二つのイメージが実体よりも誇張された形で併存しているようです。まあ、どんな問題でもそうですが、一般に日本に関する英語圏の言説がなぜかくも極端に分裂的なのかと言えば、それは自分達の基準をストレートに持ち込んで目につく事象に過大な意味を読み込むからという単純な理由ですね。

"History's Back Ambitious autocracies, hesitant democracies." by Robert Kagan[the weekly Standard]
いつものケーガン節です。私はたぶんリアリスト寄りなんだと思いますが、ネオコンを侮ったりはしないようにしています。ただその世界観のシンプルさには頭がくらくらすることがしばしばあることは告白しておきます。シンプルな世界観の強さというのも理解しているつもりなのですがね。ケーガンの歴史への言及にはいつもながら突っ込みどころが多いのですが、一つだけ言っておくと、まあ、今時、第二次世界大戦を民主主義対ファシズムの戦争とベタに考えるプロの歴史家はいないと思いますけどね。内容はここしばらく言い続けてきたことの繰り返しです。曰く、フクヤマ的な「歴史の終わり」は来なかった、経済成長に政治的自由化、民主化は必ずしもともなわない、中国、ロシアのような豊かにして強力な専制国家(autocracies)の台頭を前にして我らが民主主義陣営は重大な脅威に直面している、民主主義陣営は一致団結してグルジアに積極介入せよと。ここで面白いのはgeopoliticalという語の用法ですかね。「富国強兵」のスローガンを掲げる明治日本は経済統合や西洋的制度を取り入れたが、geopoliticalな闘争は放棄しなかったとか、冷戦以後にはgeoeconomicalな時代が来ると思ったらgeopoliticalな時代が来てしまったとか、postmodernな欧州には伝統的なgeopoliticalな挑戦にはうまく答えられないとか。超克されたはずのなにかが回帰してしまったかのような物言いですが、そんなことは一度もなかったような気がしますけどね。とっても判りやすくてある意味面白いので一読をおすすめしておきます。

メルケル独首相、グルジアのNATO加盟を明言[AFP]
ウクライナの加盟には同意するようだというニュースは見ましたが、メルケルがグルジアのNATO加盟の支援を明言したとのこと。ほーお。外交的意味合いの強い発言だと思いますが・・・、となるとフランスも同じ方向に動くことになるのでしょうかね。サルコジはインタビューで和平協定の厳守を訴え、撤兵に関して盛んにロシア批判をしていましたが。本音ではあそこまで拡大するのは怖いでしょうけれども、建前的には欧州の分裂を防ぐためには見捨てる訳にもいかないというジレンマに陥っているように見えます。

"La fin du « nouveau consensus monétaire »" par James K. Galbraith[La vie des idées]
ガルブレスが高らかな勝利宣言をしています。この金融危機によってミルトン・フリードマンとマネタリズムの遺産は灰燼に帰した、バーナンキにもなすすべがない、今こそ、ケインズ、ガルブレイス(父)、ミンスキーに帰れとアジっています。フリードマンの大恐慌分析は誤っていたと。彼の言うnew monetary consensus(この文章は仏語なんですが)が失敗したのは確かなんでしょうが、ケインズに帰って具体的になにをしたらいいのでしょうかね。その先がないのが困ったものです。

それでは皆様、深夜のネット生活をお楽しみください。私は明日も早いのでもう離脱します。

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ミュンヘン協定ねえ

このたびのグルジア情勢を受けて様々な分析記事が出回っていますが、目にとまったものを紹介しておきます。ル・モンドの「サルコジ、欧州連合、グルジアの窮地」という無署名記事です。以下訳ではなく概要です。

"M. Sarkozy, l'UE et le guêpier georgien"[Le Monde, mis à jour le 16.08.08]
8月12日に停戦合意を結ぶことでサルコジは欧州がこの紛争で駆け引きができる存在であることを示そうと望んだ。アメリカはゲームの外にいた。 言葉上の強がり以上に出ることは出来なかったのだ。初めてワシントンが麻痺し、欧州が行動に出たように見えた。

欧州連合の議長を務めるサルコジは前代未聞の行動主義を見せた。外相ベルナール・クシュネルとともに欧州のパートナー達に交渉の代表委任を求めることなく先んじてチビリシとモスクワに駆けつけた。既成事実をつくった上で合意を有効と認めるように要求した。

この事件が示しているのはリーダーシップが欠けている時には欧州のシステムが不適応をおこすということだ。リーダーシップが機能するのは議長職にある指導者が案件を一手に引き受け、共通の規則を覆す時だけなのだ。この仲介もフランスが規則通りに外相会談を開いたりしていたならば失敗に終わっただろうし、国際法を基盤に代表委任を正式決定などしていたらモスクワとの合意は妨げられただろう。

本質的な問題はサルコジ主導で結ばれたこの合意がモスクワ側の条件で締結された点だ。リトアニア大統領はこの合意をミュンヘン協定に比較すらしている。1938年にドイツ語圏の住民の保護の必要を口実にしたヒトラーのズデーテン、チェコスロヴァキアの併合を英仏は許した。グルジアの領土一体性を承認していないこの合意はアブハジアと南オセチアをロシア側に放棄するようなものだ。この合意は欧州の原則を踏みにじるもので、グルジアへのロシアの軍事的侵略を非難していない。この重大な誤りに加えて当事者達にこの合意に署名をさせるのを忘却し、明白な影の領域を残してしまった事実がある。

確かに一対一の交渉でこれ以上のことをするのは困難、不可能だったが、グルジア問題は悪い出だしとなった。コソボ独立を認めた欧州人はアブハジア人、オセチア人に自決権を拒む立場にない。とりわけサーカシビリ大統領は南オセチアの民間人を爆撃したことで自らを窮地に追い込んだ。

こうしてロシアに有利なこの合議がブリュッセルで承認されたが、ロシアの擁護者のドイツ外相は他のメンバーを反露的にしないように注意深く発言を行った。欧州議会の外交委員会はヴァカンスを理由に開催されなかった。

しかし初めて欧州人は討議をした。旧共産主義国は混乱したが、拒否権は発動しなかった。サルコジはおそらく最もモスクワに敵意をもつ諸国との和解作業の果実を得たのだろう。ここ一年サルコジはイラク戦争の際にジャック・シラクに侮辱されたと感じたこうした諸国の面倒を見てきた。NATO軍事機構への再統合によってパリはもはや反米主義─サルコジによれば「フランス外交の展開を妨げるこの文化的ガン」─を疑われている訳ではない。

ダニエル・コーン・ベンディットによれば、「フランス人はいつものようにあまりにも狡猾に振る舞おうとした。短期的には決裂を止めたのだが、長期的には欧州を強化しなかった」。彼によれば欧州人は立場の相違を長くは隠せないだろう。

フランス大統領はロシア語圏の利害を守る権利をロシアに承認したことで既に政治的信頼の一部を無駄にした。8月14日ワルシャワがポーランドにミサイル防衛システムを設置する合意に署名した際に最初の亀裂が開いた。

ここで決定的な疑問が提出される。ブッシュ政権が追求する対決と抑圧(refoulement)の戦略と断絶すべきなのかどうかだ。この戦略は危険なものである。とりわけ圧力の手段をほとんど持たない時には。ベルナール・クシュネルは調停の際に誰も軍事的にロシアを攻撃しないし、逆にガスをカットすべきでないと述べた。サルコジは第一の解決は1990年代に侮辱されたと感じているモスクワを大国に相応しい敬意をもって扱うことにあり、プーチンとの間の時にざらつくとはいえ率直な関係が進展に貢献できると考えている。

サルコジの主導の妥当性はロシアの善意に依存している。グルジアの領土一体性を承認する国連決議を通じてモスクワが和平案を受け入れること、ロシアがOSCEの委任を受けた監視人の現地派遣に同意すること、グルジアからロシアの部隊の撤退を開始することを確かにする必要がパリにはある。トビリシへのライス国務長官の訪問によってアメリカもこの方向に進んでいる。しかしモスクワが従わないならば、ワシントンは8月19日のNATO外相会談以後再び主導権を握ろうとするだろう。拡大欧州諸国を結集してアメリカはこの紛争に冷戦の古典的風味を再び与え、欧州の解放(emancipation)の試みの失敗を確固たるものにするだろう。


以上、サルコジの和平案はロシアに甘過ぎる、今後の動きでグルジアの領土一体性を確かなものにしろ、EU外交は制度的にうまく機能しない、欧州諸国の利害不一致は大きい、米国の新冷戦的な戦略は拡大欧州の戦略の失敗を明らかにするだろう、といった内容でこのたびのサルコジの仲介外交に辛目の評価をしています。アメリカは合同軍事演習をキャンセルしましたが、フランスはまだしていなかったと思います。今後どうなるのかは判りませんが、仏露の関係というのは伝統的になかなかに複雑かつ微妙なものがありますのでサルコジのようなアングロ・サクソン寄りと見られる大統領でもそこはそれほど単純にはいかないでしょう。なおここで出てくるズデーテン侵略ですが、このたびの紛争でたびたび想起されています。私はこの類比はまったく不適切だと思いますが、敵をナチスに例えるのはプロパガンダの常套句ですからねえ。プーチンの叫んでいた「ジェノサイド」はユーゴを意識したものなんでしょうか。いやはや。それから「侵略(agression)」という国際法上の不法行為を表す語彙を躊躇なく使用しているのも欧米メディアの特徴でしょうね。ところでロシアは国際法的にはどう位置づけているのでしょうかね。個別的自衛権の行使なんでしょうか。

関係ないですが、日本の新聞サイトの英語版では分析記事や解説記事にもっと力をいれたほうがいいと思います。日本国内は勿論少なくとも東アジア情勢に関しては他よりもインテリジェンスもある訳ですし、もう少し吐き出してほしいです。なにかこの地域であったらどうなっているんだと世界中から一斉に読売なり朝日なりのサイトにアクセス殺到するような地位を目指して下さい。仮想的な外国人目線で眺めてみると日本はなにを考えているのだというのが今ひとつよく見えてきません。正直あんまり面白くないです。念のために言っておくと、面白いというのは勿論面白可笑しいという意味ではないですからねえ。

ではでは。

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追悼ねえ

ふう。8月15日ですか。なんの感慨もないですねえ。

MDシステム配備計画で米・ポーランド大筋合意[AFP]
すごい判りやすいタイミングで来ました。これから連鎖的にいろいろな動きが出てくるでしょう。短期的にはともかく中長期的にはこのままいくと欧州の東西の溝は広がっていきそうに見えます。それはアメリカの方が頼りになるんですから当たり前です。これは理念云々ではどうにもならない話です。しかしアイランドのノンといい、次から次に衝撃が来ますねえ。サルコジ、がんばっていると思うのですけどねえ。ここは踏ん張りどころですね。

終戦から63年、戦没者追悼式[読売]
先の大戦の戦没者に追悼を捧げる気持ちは勿論私にも十二分にあるのですが、この記念のあり方に不満を覚えている自分がいるのも確かだったりします。8月15日の形成のされ方については話題になった佐藤卓巳氏の新書もありますが、氏の語るように9月2日も教えればいいという話でもないような気もしています。そもそも私はあまりこの手の記念行事というのは好きではないのでして私なりの追悼の形を探していくことにしましょうか。

太田農水相、保岡法相が靖国参拝 小泉・安倍両氏も[朝日]
"Japan's PM stays away from shrine"[BBC]
こちらはこちらで相変わらずですね。このネタとりあげているのは私の見た限りでは通信社を除けばBBCだけですが、相変わらずエグいですね。コスプレ禁止にしたらどうですか、靖国さん。私にはこの奇矯な人達はただただ境内を汚しているだけにしか見えないんですけどね。昔は笑っていましたけど最近では腹が立ちます。なお私は靖国に対してはアンビバレントな立場でして、ニュアンスを全く欠いた非難には不満を抱く一方で、現状には満足していないのです。そういう人もけっこういると思うのですがね。極端な人々が大騒ぎをしてその他大勢が怖じ気づいて口を噤むというのはよくないと思うので言っておきますと、やはり誰を祀るのかという問題はありますよね。東京裁判云々は別の話として。いわゆる植民地兵や賊軍の問題も含めて。私にはもうこれは「霊璽簿」という顕名制度を止めることですべて終了させるしかないような気がするんですよね。「祖国のために尊い命を捧げた人々すべて」というように匿名化して(「無名兵士の墓」の無名は匿名のことですよね)、後は皆が皆自分の思いで祈るという形です。日本の宗教的伝統から言ってもこの顕名制度が異質な感じがするのは、厚生官僚的なロジックからこのシステムが来ているように見えるからだと思うのです。政治的譲歩みたいに見えないようにして実現できないでしょうかね。・・・難しそうですね。ただ外圧に対してつっぱっているうちに中長期的には国内の支持層が濃い人しか残らなくなるという可能性もない訳ではない。それはよくないことではないですか。これ読んでそうとう頭に来る人もいるかもしれませんが、私も私なりにこの問題はいろいろ考えてとりあえず言っておきたいのです。やはり他の場所という訳にはいかない「約束の地」なんだろう。あまり政治にまみれてほしくないなと。なお私自身は私なりの追悼の仕方を編み出したい気持ちもあります。大岡昇平的なあり方の一部を加藤典洋などを経由させずにアクロバティックに世代間継承できないかなというような問題意識です。でもこれはまったく私個人の話ですね。

「8月15日」 東洋学園大学准教授 櫻田淳[産経]
いろいろ見て回ったのですが、なにか腑に落ちる感じがあったのは櫻田淳氏の論説ぐらいでした。「正論左派」としてのお役目を立派に果たされているようです。保守と反動との境目はなにか、実績に対する余裕と自信があるかないか、具体論か観念論かだというとても氏らしい内容です。こういう明るい認識というのは優れた保守主義者に共通する資質のような気がします。残念ながらとうてい手の届かないところにある境地です。

毎日新聞問題は「セクハラ問題」であるとの認識[Tech Mom Silicon Valley]
「敵」を見誤った毎日新聞[ガ島通信]
噫、つまらぬ展開だと言いましたが、それは愚か者が大量に入ってきてすっかり荒れたからでして「主婦層」(主婦だけでなく会社勤めの女性が多い印象を受けますけど。まあ判りませんけれどもね)には声援を送ってきました。心の中で応援していただけなので使えないやつなんですがね。そこにはあまり空想的な要素がなく、その怒りには根拠があると思ったからです。実は今回初めて見たのですが、まあなんといいますか、その戦術論的的確性といい、荒らしや誤誘導のあしらいぶりといい、行動力といい、驚嘆させられるものがありましたね。いったいどこでゲリラ戦の極意を学んだのでしょう。繰り返しますと、私にとっては外国からどう見られるかという問題は二義的な問題に過ぎず、我が国のメディアの無責任体質やこういう記事を平気で通してしまう企業体質が問題な訳です。海外メディアも最終的には日本のメディアの情報網に依存しているのですから(自分で取材するまともなジャーナリストなど今や数えるほどしかいないですから)日本のメディアのあり方が見直されることがとりあえずは一番重要なことです。要はこの件を契機にして我が国のメディア環境が幾分かましになってくれないと私には心底つまらないのです。でないと同じ事の繰り返しです。ありもしない黒幕探しをしている暇があったら、奮起してよりよい紙面づくりに励んで下さい。ちなみに私にはこういう事件を許した背景には日本の左翼アナーキスト文化のミソジニックな暗黒面が関わっているように感じられますがね。まあ感じです。

ではでは。

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離婚の危機

フランスの仲介で一応の区切りを見せたかに見えるグルジア情勢でありますが、真打ちのお出ましのようですね。仏語圏の一部では冷戦的修辞が復活しています。曰く、スターリン主義の復活だの、東西対立だの、大西洋同盟の一致だの。しかしながらこうした論調の訴求力は限定されたものに留まるでしょう。「リアリズム」の名の下にそれなりに格好をつけながら振る舞うのでしょうか。それはそれで賢明なことですが、それでいいのか、フランス、といいたい気持ちもない訳ではない。例えばドイツなどとは違って動こうとすればもう少し動けなくもないのですから。東欧の離反を制御するためにももう少し欧州をリードしたらいいじゃないのと思わなくもないのです。和平案の提出以上になにが出来たかと考えると、とりあえずすべきことはしているとは言えるでしょうけれどもね。一方、我が邦は・・・ここは目立って動かないのが吉なのでしょう。功利主義的にいくしかなさそうですね。ロシアの視線が西ばかりでなくもう少し東に向いてくれるとありがたいのですがねえ。西洋への対抗心を抑えたならば誰が真の脅威なのか判りそうなものなんですが。

などといったヨタ話はそのぐらいにして先日のブルマ氏の記事が扱っていたベルギーの問題を少し紹介しておきます。高校レベルで教わる話ですからご存知の方も多いと思いますが、ベルギーには南北問題があります。確認しておきますと、北部のオランダ語系のフラマン語を話すフラマン系住民と南部のフランス語系のワロン語を話すワロン系住民の間の対立です。他にもドイツ語を話す住民もいますし、フランス語系といってもワロン語の他にもシャンパーニュ語だのなんだのといった「地域語」を話す人々もいたりします。両者の対立ですが、政治経済的には、ざっくり言えば、豊かな北部と貧しい南部の対立です。北から見るとなんで俺たちの税金が・・・となるのですが、そこに文化的アンデンティティーが絡むとさらに対立が亢進しがちであることはある程度は想像できると思います。

こうした文化対立はずっとあったわけですが、特に1970年代ぐらいから文化ナショナリズム的な運動が強くなるにつれ、「言語戦争」とまで呼ばれるような文化の対立状況が生まれたとされます。1993年に連邦制に以降し、現在に至るのですが、両者の溝は深まるばかりのようです。かなり荒っぽい話やそこまでやるかみたいなニュースが報じられたりしています。なおワロン運動フラマン運動については英語版のWikipediaでも概要がつかめますので紹介しておきます。下の記事で登場するRWFは合併派ないし連合派(Rattachisme)の流れの団体ですね。

なお私自身はこの件に関してワロン側の不満の声を聞き過ぎたせいかあまりバランスのとれた見方ができていない自信のようなものがあります。分離独立やフランスとの合併というのは正直に言って現実的な選択とは思えないのですが、Economistのもう別れたらというラディカルな提案記事の記憶が鮮明だったのでリンクしておきます。これは半分冗談の記事ですが、本当に分離したらその波及効果はかなりのものになると思いますね。こういう問題を抱えた地域は他にもありますから。EUのエリート層もベルギー情勢の推移には戦々恐々でしょう。まあ「西洋人」同士でも文化的に違いがあると一緒にやるというのは難しい訳です。多文化共生って本当に大変なことなんです。以下、フィガロからワロン系住民の最近の声を伝える記事を紹介しておきます。現実的な選択肢というよりも気分としてフランスとの合併もいいかもなあという声が大分広がっているという話です。

「ワロン系住民はフランスと一緒になりたいと考える」[Le Figaro]
離婚の脅威はタブーを打ち破っている。フラマン系住民に拒絶されていると考えているワロン系住民がフランスへの傾斜を示している。178年の結婚の後にベルギーの結婚解消が完遂されたならば彼らの49%がフランスとの「合併」に魅了されているというのだ。

ベルギーの新聞Le Soirとフランスの日刊紙La voix du Nordに報じられたIfop調査のこの仰天すべき数字は言語境界の両側の緊張を確認している。これまで4百万人のワロン系住民は王国の最後の壁のようなものであった。ずっと彼らは同胞たる6百万人のフラマン系住民の要求になにも言わずに耐えてきたし、逃げ出したいという密かな意思も隠してきた。今日では彼らは拒否し始め、競り値を上げている。

フランス語圏では南の偉大な隣国との連合のようなものを誓う政治家はほんのわずかだ。Rassemblement Wallonie-France(RWF, ワロン・フランス連合)みたいなそうした党派や少数グループはせいぜい1%でしかない。フラマン系側でも分離派は─チェコとスロヴァキアのような選択的で友好的な分離─有権者の10人に1人程度の票しか獲得できない。

この調査は単なる悔しさの身振りなのだろうか。「これはむしろ叫びなんですよ。フランス語圏の住民はひどく怒っているのです。フラマン系の政治階級が王国運営に押し付ける数の論理に対して。それから火消しにして火付けでなにも決断できない首相イヴ・ルテルムに対して。離婚は今日明日のことではないです。でも不幸な時にはワロン系住民はフランスが避難場所になるんだと信じたいんですよ」とLe Soirの編集者のリュック・デルフォス氏は説明する。

しかしながら同アンケートによるとワロン系住民の大多数はベルギーという夫婦の存続に関しては楽観的なままだ。確かに危機の深まり、深刻さ、リスクについてはほぼ一致して認められている(93%)。しかし夫婦の解消と消滅を今日是認できると評価するのはフランス語圏のベルギー人の23%のみだ(59%が反対)。こうした場合には彼らはフランスの胸に身を預けることだろう。しかしこれは最悪の場合のシナリオだ。避けられるならそれに越した事はない。

しかし親フランス的なRWFの創設者にして代表のポール・アンリ・ジャンドビアンはその時が来たと信じている。「これはベルギー国家の加速する退廃の結果です。この危機に瀕してワロン系住民は安全と安定の必要を感じているのです。フランスという解決はしがみつくべきなにかなんですよ。熱狂からにせよ。諦めからにせよ。フラマン系住民との分離というのは通過すべき悪い瞬間にすぎないでしょう」と彼は言う。

イヴ・ルテルムの三度目の辞任(国王に拒否された)以来、合併派は頭をもたげている。長い間なきな臭い[?sulfureux 硫黄臭のする]テーマであったヘクサゴン[註 フランスのこと]との連合はもはや完全には冗談ではないと政治学者のパスカル・デルヴィトは語る。RWFは王国のスローガンを脇にのけて至る所にビラを貼っている。「フランスと一緒になれば連合は力を増すだろう」と。ポール・アンリ・ジャンドビアンのようにフランス好きはフランス革命、ナポレオン、そして王国の基本理念の遺産たる文化的、司法的、行政的な近さを強調する。「1830年にベルギーは第二の小フランスになろうとしたんだ」と彼は言う。しかしこうしたロマン主義は堅固な現実と衝突するリスクがある。ケベック同様に、しかし今度は直接の近隣で、フランスは現状アクロバティックになり得る方針をとっている。つまり干渉しないが無関心でもないという方針だ。

欧州連合は他の25カ国のメンバーとともにローマ条約の6カ国の署名国の1カ国が消滅してしまうかもしれないことを心配している。ましてや旧大陸の統合モデルは、その制度の本質を宿す王国が消滅するようなことがあれば、困難な時を迎えるだろう。状況が悪化し、国境線の訂正があるようなことになったら・・・

追記
一文変更しました(8.14.2008)。

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西洋人よ、団結せよ。

どうやらロシアが軍事作戦停止を指示したようですが、無論軍の撤退は当面はないでしょうから緊張した状態は続くのでしょう。今回の軍事行動に関してロシアが明確な青写真を持っていたとは必ずしも思えないのですが、今後は軍事力を背景にしてオセチアでの政治工作を進めていくつもりなのでしょうか。欧州代表として現地入りしたクシュネル外相が提出した和平案をグルジア側は受け入れたとのことですが、ロシア側はこれを拒否する方針のようです。EUの仲介交渉がしばらく続くのでしょう。サルコジもロシア入りしたようです。

今回の紛争が今後のNATO加盟交渉にどのような影響を与えるのかですが、甚大なものがあるでしょうね。12月に再びグルジア、ウクライナの加盟交渉がなされる予定であったのですが、これで頓挫する可能性もなくはないと思います。その場合でも勿論なにかしら格好はつけるでしょうけれどもね。まあ素人があまり先回り的に今後の予想を書き連ねてもつまらぬ話ですから、ル・モンドの関連記事を紹介しておきます。ここで出てくるトランスドニエストルの問題もたいそう複雑なんですよねえ。欧州の境界はどこに設定されるべきかということなんですが、残念ながらこの境界地域での紛争は当面は止む事はないでしょう。

なおどうでもいいような話ではありますが、les Occidentauxは西洋人ではなく、西洋諸国民にしておきました。日本語の語感として前者に違和感を抱くからというだけでそこに深い意味はありません。欧米人とか欧米諸国とか西側とでもすればいいのかもしれませんが、対ロシアにおいて彼らの中での地理的概念とアイデンティティーの結合ぶりを明示化したかっただけです。英語のthe Westernersです。英語と仏語の両者の指し示す人間集団の範囲が完全に同じなのかどうかはよく判りません。誰かこの言葉の語用論的分析でもしてくれませんかねえ。


「グルジア、NATO、コソボ: ロシアの報復」par Nathalie Nougayrede[Le Monde]

コーカサスの軍事的エスカレートにおける双方の過失がなんであれ、確かな事実が重みをもつ。アフガニスタンでのソ連の戦争以来初めてモスクワが公式に主権国家に空爆作戦を展開したということだ。グルジアでのロシアの軍事作戦は事実上、ポスト・ソ連時代の新たな局面を切り開いている。

ロシアの報復の時だ。この時が予防戦争というラディカルな方法に訴えるためにモスクワによって選ばれた。おそらくは東方へのNATO拡大に決定的な中止をもたらし、1990年代の軍事的屈辱を劇的に雪ぐという目的─プーチンによって確立されたシステムの何度も回帰するテーマのひとつ─から。

この戦争は、南オセチアとアブハジアの分離主義的な諸地域の震源地から、ロシアが非難して止まない─反対することはできない─コソボ独立宣言から6ヶ月後に起きた。ロシアはとりわけコーカサスにおいてこの独立宣言が重大な影響をもたらさずにはおかないだろうと予告していた。

この戦争は、他方、親西洋的なグルジア大統領ミハイル・サーカシビリ─この男の政治的上昇は伝統的な影響圏内部でのアメリカの策謀の結果としてモスクワからはこき下ろされ続けた─が再選された8ヶ月後に生じた。この再選に対してロシアはグルジアに輸出禁止を発令していた。

この戦争はまた、ウクライナとグルジアの大西洋同盟との接近に関する西洋内部の対立が際立ったブカレストでのNATO首脳会談の4ヶ月後にこの戦争は勃発した。ブカレストではドイツとフランスの要請により─両国はアメリカに反対した─ウクライナとグルジアは「加盟行動計画」、候補国にとっての入り口に入ることができなかった。しかしモスクワに損害を与えることになる加盟の可能性は開かれたままだ。12月にはNATOは加盟を提起するために新たに会合をもつ予定だ。グルジアにおける軍事危機の上昇はおそらく「加盟行動計画」に致命的な一撃を与えた。

ロシアは戦略ゾーンにしてまた非常に象徴的価値をもつ黒海地域に自国の利害を「釘付けにする」よう試みた。つまり2014年にロシア初のオリンピックが開催される予定のソチにだ。ウクライナのセバストポリに停泊するロシア黒海艦隊の多数の軍艦の動員がついでに想い起こさせるのは、契約期限が切れる2017年にキエフが主張するようにこの海軍力が離脱するようにするのは簡単ではないだろうということだ。

欧州はこの危機に直接に関係している。2007年のルーマニアとブルガリアの加盟以来、欧州連合は黒海に面している。欧州の東面では長い間「凍結した」と呼ばれていた紛争が燃え上がった。南オセチアとアブハジアの後にはモルダヴィアのロシア語圏で分離主義的な地域であるトランスドニエストルで新たな緊張が表面化する危険が存在している。1992年に紛争が勃発したこの飛び地から部隊を撤退させることをロシアは十数年間拒んでいる。

これらすべての「前線」で西洋のたいした反応のないところでロシアは数ヶ月間活発な活動を展開した。OSCE内部の資料によればこうしたシークエンスは計画されたものだったようだ。コソボ独立のパースペクティヴはこれを加速させるものとして働いたようだ。ロシアによって西洋諸国民の間の対立が間近に観察されたブカレストのNATO首脳会談も同様だ。モスクワが突然グルジアの分離主義的な地域─ここで1990年代初頭以来、平和維持の任務を正式に負ったロシアの部隊が紛争当事者として活動している─との政治的紐帯を締め直したのはこの首脳会談の後のことだ。

春以降、アブハジアはロシア軍の勢力拡大の舞台であった。ロシア軍はまずグルジアの無人偵察機を破壊し、次に落下傘特別攻撃隊を送り、地上部隊を展開した。一方で南オセチアでは軍事的小競り合いが増大していた。

トランスドニエストルに関してはいえば、ロシアはこの共和国において軍事的影響力を永続化させることになる解決プランを分離主義者達とモルドバ政権との間に押し付けようと活発に試みている。OSCEによれば、ロシアの優先事項はNATOからこの国を遠ざけるためにいつの日かモルダヴィアの中立的地位を獲得することにある。欧州空間内部においてカリングラード、ベラルーシ、モルダヴィアを経由してコーカサスに至る一種の「中立」ゾーンの輪郭が描かれるだろう。西洋諸国民がコソボ独立を準備していた2007年に、ロシアは何本かの「赤のライン」が越えられることを許さないだろうと予告した。ロシアはNATO拡大、アメリカのミサイル防衛構想、欧州通常戦力条約に言及した。

6月以来、ロシア新大統領ドミトリ・メドベージェフは大陸の将来に関する戦略的問題について欧州連合およびNATOと平等な一歩へとロシアを事実上置くことになる「汎欧州的安全保障条約」を提案している。西洋諸国にとってこの計画の提案は、影の領域にもかかわらず、ウラジミール・プーチンの「冷戦」のアクセントのある演説よりは妥協的かつ建設的な調子を予測させるものだった。しかしグルジアの諸都市を爆撃することでモスクワは一挙にこのアプローチと完全に矛盾することになった。

8月10日日曜にワシントンは主権国家に対するロシアの「侵略」を非難し、グルジアで政権転覆をしようとしているとモスクワを告発した。欧州連合は同様の言語を用いなかった。フランス大統領の声を通じて欧州連合は公的に犯人を名指しすることを避けたのだ。おそらくは調停能力を保持しようという配慮から、そして面子をつぶすことなくロシアに撤兵することを許すために。

しかしブカレストのNATO首脳会談の場合と同様に、西洋諸国民の間の間隙はモスクワに弱さの徴、少なくとも躊躇の徴と受け止められる危険がある。ロシアは国連での糾弾を免れることを知っている。モスクワはまた今後数週間でコーカサスや黒海の安全のみではなく国際的な安全を危険に晒す件で協力が要求されることになることを知っている。イランの核のことだ。西洋諸国民はある選択をするよう促されてはいないか。

追記

無論軍の撤退は早急にはないだろうと書いた途端に和平案の受け入れとのこと。うーむ。これから厳しい交渉ですね。ともかくNATOの無力が印象づけられましたね。

なんだか誤解を与えそうなタイトルでしたが、私の意見ではないですし、ここで紹介した記事は必ずしもそういう論調でもないですね。このエントリを書く直前にそうした声に溢れているところを見たのでつられてしまいました。ところでロシアと欧州の関係はやはり「東西関係」なんですよねえ

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暑いといってはいけないと言われた

以下ニュース・クリップです。

"Les tardives réactions de l'Occident"[Liberation]
西洋サイドの反応についてまとめた記事。批判のトーンがやや強まっているが、アメリカも欧州も戸惑いの方が大きいと。情報戦の真っ最中ですから断定はしないでおきますが、確約もなしに西洋側の支持を得られると思い込んでオリンピック開会式をねらって南オセチアに侵攻したというのが事実ならば途方もない錯誤としか言いようがないですし、この紛争で亡くなられた方々のことを思うと浮かばれない話だとしか言いようがないです。ロシア側の策動にのってしまったという側面もあるんだろうと推測しますけどそれにしてもなあ。記事の最後で前に紹介した加盟推進派のグリュックスマンがNATO首脳会談でのロシアへの譲歩を批判しています。パリもベルリンも譲歩をすれば相手も譲歩をすると思い込んでいるが、プーチン体制には単なる弱さの印としか見られていないのだと。確かに首尾一貫した立場だとは思いますが、現在の欧州にはロシアと正面から対立する勇気もメリットもさほどないだけにやはり理想主義的に過ぎるようにも見えます。いえ、皆が皆リアリストになる必要はない訳ですからそういう声もあっていい、というのか、対重的言論としてあってしかるべきでしょう。一時的には非現実的に見えても現実的な意味を持つような状況変化がやってくる可能性というのもないわけではないですしね。歴史的にそういう事例はたくさんありますし。個人的にはグリュックスマンは好きじゃないんですけどね。なおずっと欧州視点で書いていますが、極東の島国の住民たる私自身の観点は勿論それとは違っています。

"Disturbing reasons to put a nation to death"[Japan Times]
JTのイアン・ブルマ氏の記事。ベルギーの問題を欧州の未来に重ね合わせる内容です。民族主義の原理に負けるなと。良識的な意見なのだろうと思いますが、連邦的なもの(帝国的なものでもいいですけど)と民族的なものって互いに支え合う関係にあるんじゃないですかね。これまでの歴史的経験から言って前者が後者を乗り越えるってあまり信用できないんですよね。むしろそうした志向が逆説的に民族主義を高めてしまう場合もあると思うのですが。だいたい多文化主義とか多民族主義ってなにも最近言われ出したことじゃない訳です。ソ連帝国でも満州国でもどこでもいいですけど先例がある訳ですね。そんなのと一緒にするなと言われそうですが、そして私もそれはそうだと思ってはいるのですが、ある力学的な構造として眺めた場合にそこにはやはりそれなりの類似性がない訳ではない。これはとても難しい問題ですから結論はないんですけれども。勿論このたびのグルジア・ロシア間の紛争も想起しています。まああまり一般化せずにこういう問題は個別に考えていかないといけないですね。ベルギーは・・・それなりに知っている国なのでやや複雑な心境になりますねえ。

なおJ-CASTに記事が出た時にはバックラッシュを警戒したこともあり、Japan Timesは必ずしも駄目じゃないと書きましたが、勿論良いなどとは一言も言ってはいません。今日見たら読める記事ほんのわずかじゃないですか。いえいえ論調のことではないですよ。イデオロギー・レベルの話でなくそれ以前の話です。それからなんでデマ・サイト管理人に記事書かせているんですか。既に完全包囲状態みたいですから、このままだと道連れにされてしまうかもしれませんよ。まあそれもいいかな、勝手に自滅したらぐらいの気分になってきていますが、そこまで突き放した言い方をしないとしたら、そうですねえ、South China Morning Postぐらいのポジションを目指したみたらどうでしょう。それなら読者増えますよ。はい、大きなお世話でした。

"China wary of a 'normal' Japan" By Hiro Katsumata and Mingjiang Li[Asia Times]
Asia Timesというのもなんとなく微妙なメディアなのですが、一応目は通しています。いえ、こちらはそんなに悪くはないです。ただなにか微妙です。この記事では日本の「普通の国」の議論というのが国連平和維持活動へのより積極的な参加を意味し、それを可能とするべく自衛隊の位置づけを憲法上明確にすることを目指すものであって軍国主義などとは無関係だと中国人に向けて説いています。いや、ごく当たり前の話なんですが、こういう記事が今更Asia Timesに掲載される意味について少し考えてみたのですが、よく判りませんね。まあいいんじゃないですか、こういう記事が普通に英語で流通するのは。NYTには掲載されそうもないですし。日本の安全保障について政策担当者や戦略家ではなく右翼だのなんだの無関係な連中ばかりをインタビューしていて(インタビュー受ける方もどう利用されるのか想像力ゼロというのが絶望的なんですが)心底唖然とさせられた大西記者の記事が堂々と掲載されたことですしね。

ところでWilliam Sparrow氏の記事を掲載しているとMainichiと同レベルにみなされると思うのですがね。内容も低俗週刊誌レベルですからそういうメディアなのねということになる訳ですよ。いいんですかね。この手の記号としての「アジア女性」を売る輩─欲情と啓蒙的意思との奇怪な結託はこの連中の共通の特徴です─を批判するのは本当はアジアのフェミニストの仕事だと思うのですがね。なお余計かもしれませんが、リベラル的な感性の人々に言っておくと、こういうケースでは、ナショナリズムに絡めとられるのは・・・とか変な禁忌に縛られる必要はないと思います。不快ならば不快だと言いましょう。また幻想には事実を対置しましょう。そういう地味な努力をしないから、ネオ・オリエンタンリズムの跋扈を防げないどころか巻き込まれてしまうんですよ。

という訳で少し攻撃的なのは雑誌の占いで今日はそう振る舞えと言われたからです。文句がある人は占い師に言って下さいね。なお私は今日は機嫌が悪い訳ではなくて愉快そのものです。

追記 1フレーズ追加、リンク追加しました(8.12.2008)。 一応断っておきますが、私が言いたいのは、アジア大好き!とか日本大好き!みたいなことを言っているけれども本質的にはアジアも日本も蔑んでいるこの手の偏見にまみれた不埒者どもを我々は一人一殺的に撃滅していくべきだというようなことではまったくなく、もしメディアが信頼性を獲得したいと願うならば、この手の輩のばらまく幻想に紙面を汚されないように気をつけたらどうですかというごく穏当な話です。Asia Timesがもしアジアのヴォイスを正確に伝え、アジア情勢について意義ある情報を提供する定評あるメディアになる気が本当にあるならばです。でなければ三流ゴシップ紙として扱うでしょう。

また、「普通の国」論の記事ですが、こんな当たり前のことをわざわざ言わなければならないほどネットの英語圏では日本の安全保障関連は妄想的な情報ばかりという現状がある訳です。本当は日本のメディアが、少なくとも英語版では、「主張」ではなく、客観的なデータに基づく啓蒙的な解説記事や素人ではなく専門家のインタビュー記事をなにかあった時だけではなく普段から掲載しているのが当たり前なのですが、日本のメディアにはそういう役割を果たそうという気がないようなので本当に使えないです。どうでもいいトリヴィアルなネタの速報記事やらくだらぬ事実無根のデマを流している暇があったら少しは東アジアの安全に資するような情報を出したらどうですか。別に日本政府の肩を持てとか言っている訳ではないですよ。日本国内でどのような議論がなされているのか(素人談義でなく専門家の間の議論)について前提的な了解がない現状ではいくら「主張」しても─それがどんな主張であれ─余計な警戒心を呼ぶだけなんですから。

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動けぬ欧州

このたびのロシア・グルジア間の「戦争」がポスト冷戦時代において「グローバルなバルカン」とも呼ばれる中央アジア・コーカサス地域をめぐる地政学的対立の一局面であるというごくおおまかな認識は、我が国もこの地域に及び腰ながらも関与し始めているだけに日本国民にもそれなりに知られてもいいのかななどと思ったりもしますが、歴史的に関係が希薄な地域ということもあってアブハジアとかオセチアとか言ってもなにそれという反応が一般的なのも宜なるかなとも感じます。高校世界史の中ではオリエント史と中央アジア史をこよなく愛した口ですから(この地域の地理も好きだった)地名レベルでの愛着もあったりしますが、そういう人はごく限定されているのでしょう。それはごく健全なことだと思いますが。

そうした大きな枠組みの中にあってこの紛争に直接影響を与えた最近の出来事と言えばすぐにコソボの独立とウクライナ、グルジアのNATO加盟見送りが思いつきます。また欧州素人ウォッチャーとしてはNATOの存在意義ってなんなんだろうという観点からこの紛争を見てしまいます。もし先日の首脳会談で加盟に成功したならばNATOには防衛義務が発生したでしょうから、あるいはこうした事態を見越してドイツやその他の国々は必死になってブロックしたのだろうかと邪推したくもなります。いずれにせよ今回の事態になにか有効な対応を示す事ができないようであれば、既にグリップが弱まっているとたびたび伝えられる東欧諸国の猜疑と不満はますます亢進していくことになるような予感がします。

フランス議長国の下における欧州連合においては安全保障の枠組みとしてこのNATOと欧州連合との2つの枠組みをどう摺り合わせていくのかというのが大きなテーマになっていますが、この議論に対してこの紛争がどのような影響を与えていくことになるのかにも注目せざるを得ません。さあ、どうするつもりですか、サルコジさん、無力な欧州のままでいいのですか。今後の具体的な動きとしてはフィガロの記事によれば、週明けに欧州連合の外相会談が開催され、そこで即時停戦、グルジアの主権と領土的一体性の尊重、紛争開始以前の現状回復の3点からなる声明が発される予定であるといいます。なお注記しておきますと私自身は現在のグルジア大統領にそれほどのシンパシーを抱いている訳でもありません。私が無限の連帯を表明する宛先はこの地域の無辜の住民達だけです。

「コーカサスの戦争」par Pierre Rousselin [Le Figaro]

8月9日付の社説です。以下訳ではなく概要です。ロシアと親西洋的なグルジアのこの戦争はモスクワが分離主義を支持しているグルジア内の領域をめぐって始まったものだが、この賭け金はそれ以上のものだ。これはロシアとその「近隣の外国」、さらには大西洋同盟との関係にも関わるのだ。敵対状態の即時停止、国際的に承認された国境におけるグルジアの主権と領土的一体性の尊重、こうした原則を課すことが必要であり、ロシアが利用しているコソボの一方的独立宣言を忘却させる必要があるだろう。誰が火薬に火をつけたのかは知らない。ただオリンピック開会式に合わせて戦闘が開始されたのは偶然ではない。注意は他所にあり、グルジア人もオセチアの分離主義者もこの機会を利用しようとしたのだ。ロシアの軍事介入がなければグルジアはこの反乱地域のコントロールを回復できただろうが、モスクワが戦車と戦闘機を戦闘に投じた今となってはグルジアにはなすすべもない。紛争の拡大、アブハジアへの戦線の拡大を防ぐには停戦と交渉開始が緊急に必要なのだが、これは容易くない。民族主義が完全復活したロシアはコーカサス南部に足場を失うような決定をできない。アブハジアと南オセチアはロシアにとっては公然と敵対的なグルジア内の2つの橋頭堡であり、ここで2003年の「バラ革命」で失った立場を回復することを望んでいるのだ。ロシアの恫喝に立ち向かうことを決心し、アメリカの支援でNATO加盟の道を進めているグルジア大統領は西洋諸国の援助を当てにしている。この国がカスピ海からの炭化水素の通過する貴重な回廊となったことを彼は知っているが、彼はたぶん幻影を見ている。NATOがグルジアを助けるためにロシアに戦争をする危険を犯すだろうか。チビリシ近郊の軍事基地を爆撃したロシアの戦闘機は西洋の無力を指摘した。この紛争は両国間でずいぶん前から準備されたものだ。アブハジアをめぐるドイツの仲裁が失敗し、戦争が始まってしまった今、フランスが議長国を務める欧州連合はロシアとの回復不能なまでの関係悪化を避けるために再び主導権を握らなければならない。以上、即時停戦して交渉を開始せよ、グルジアの主権と領土を尊重せよ、しかしロシアは言う事は聞くまい、なんと西洋は無力なのだ、ともかく欧州連合はロシアとの交渉で主導権を握れという内容でした。

「グルジアの戦火」[Le Monde]
8月8付の社説。以下同様に概要です。ソ連の旧共和国諸国はソビエティスム、もっと正確に言うとスターリニスムの清算をし続けている。オセチアでの現在の紛争はスターリンが仕掛けた時限爆弾であり、少数民族の「ナショナリスム」との戦いを口実に、この紛争はこの地域を二分した。ロシア連邦に属する北とグルジアに「与えられた」南とに。1991年の独立宣言以来、グルジアは3つの分離主義運動に直面した。アジャリ自治共和国はグルジア側についたが、アブハジアハは20万人ものグルジア人の追放後、ほぼ独立状態となり、国際承認はないがロシアの全面支援を受けている。南オセチアも同様だ。ロシアへの帰属を求める意思は1991年に最初の戦争をひき起した。グルジア大統領は広範な自治権を提案して「領土的一体性」を守る意図を常に示してきたが、この目的は達成されなかった。現在の紛争の責任が誰にあるのであれ、「平和維持」を口実に部隊を維持するロシアにはこの紛争解決を妨げるほうに利益がある。この固定腫瘍はグルジアに対する政治的、軍事的圧力の手段をロシアに与えることになる。グルジアがNATOに加盟する時にはなおさらだ。これに対して西洋は無力に見える。ロシアの圧力に対して譲歩するようグルジア人に求める訳にもいかないし、コソボの先例を利用するロシアに対して動きかける手段もほとんどない。いつかロシアとグルジアの間で選択を迫られた時にどちらに傾くのかを想像するのも難しくはない。モラルではなくリアリスムがグルジア人に対してロシアを挑発すべきでなく、ロシア人の挑発に答えてはならないと促すのでなくてはならないだろう。以上、これはスターリン主義の亡霊だ、西洋にはこれに対抗する手段がない、グルジアよ、無茶をしないでくれという内容でした。

というようにあいかわらず優柔不断な欧州でした。確かにどうにも動けないよなあとは思いますが、なんだか最近の欧州は日本みたいですね。リベラシオンがいい分析記事を掲載していましたので後で紹介するかもしれません。それでは皆様御機嫌よう。

追記 変な記述になっていたところを直しました(8.10.2008)。 20080808caucasusethnicfr http://www.rue89.com/explicateur/ossetie-comprendre-la-nouvelle-guerre-du-caucaseより転載。

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始まってしまった

以前アブハジア情勢についてメモ的なエントリを書きましたが、ついにグルジアとロシアの緊張が武力行使事態にまで展開してしまった模様です。この間、両国の間で小競り合いが続いていたのは一応フォローしていたのですが、このタイミングでの急激な展開はやや意外でした。この対立ですが、ロシアがアブハジアと南オセチアの独立運動を煽動して内政干渉し、西側(つまりアメリカ、欧州は優柔不断)の支援を受けるグルジアを撹乱しているというのが基本的な構図になります。ロシアの支援を受けるアブハジアも南オセチアも国際的な承認がないまま事実上の独立状態になっています。このたび問題になっているのは南オセチアのほうですが、北の方のオセチアでかつて惨たらしい事件が起こったことは多くの日本国民の記憶に刻印されていることでしょう。

グルジアが南オセチアを攻撃か、露テレビ局が伝える[AFP]
ロシア戦闘機がグルジアを空爆、安保理会合は決裂[AFP]
南オセチヤ情勢緊迫、グルジア軍進攻に露軍が空爆か[読売]
グルジア、南オセチアに開戦 露と本格戦争の懸念拡[産経]
事態はAFPや各社の日本語ソースでおおよそ掴めます。8日未明にグルジア軍が南オセチア自治州に侵攻を開始し、州都ツヒンバリを包囲し、空爆と戦車による攻撃を加え、これに対してロシア軍機がトリビシ近郊のグルジア空軍基地を爆撃、さらに同自治州に戦車、装甲車部隊が侵攻を開始した模様です。オリンピックの開会式に各国首脳が集まるタイミングでのグルジア側の侵攻作戦に対して、プーチン大統領が報復の可能性を示唆し、ロシアの要請で国連安保理の緊急会合が開催されたものの決議は採択されないまま、「自国民保護」の口実の下にロシアの侵攻がなされたというのがここまでの経緯のようです。南オセチアに駐屯しているロシアの平和維持部隊、グルジア軍、さらに南オセチアとグルジアの民間人の死傷者が多数出ている模様です。NATO、アメリカ、欧州連合が停戦の呼びかけを発したようですが、このまま本格的な戦争にまで発展するのか、停戦に向かうのかは現在のところ予断を許さない状況のようです。ふう。まさかオリンピックで仕掛けるとは想像していませんでした。本当になにが起こるのか判らない五輪ですねえ。

ルワンダ大虐殺にフランス政府が加担、ルワンダ政府が報告書[AFP]
フランス政府、ルワンダ大虐殺への加担を否定[AFP]
またフランスとルワンダの間では非難の応酬がなされているようです。キガリ政権が1994年のジェノサイドにフランス政府が積極的に加担したという報告書を提出し、これに対してフランス側がその信憑性に疑義を呈し、「受け入れ難い」主張であると非難したということ。両国間の諍いですが、突然始まったものではなくしばらく前から続いてきたものです。2006年にフランスの司法当局がハビャリマナ大統領搭乗機撃墜事件(ジェノサイドの発端とされる)について当時反政府勢力の指導者だったカガメ氏(現ルワンダ大統領)が指揮したと認定し、国際手配したのに対して、ルワンダが反発し国交を断絶したという経緯があります。ルワンダは長らくフランスの同盟国だったのですが、この国交断絶以降は反仏的な運動が高まっていました。だいたいこういう政治的文脈の下にこの報告書の発表が置かれています。

この長大な報告書ですが、ここのサイトでDLできます。報告書の内容の信憑性についてはコメントしませんが、ルワンダのジェノサイドに関してはフランス側にも一定の責任はあるだろうと個人的には思っています。この報告書が主張するような直接的加担があったのかどうかは別にしても、少なくともネグリジャンスの罪とジェノサイド認定をめぐる不毛な議論のせいで介入を遅延させた罪はあるでしょう。それが法的責任になるのか政治的責任になるのか道義的責任になるのかはよく判りませんが。ただ他人事にしないために例えば日本が国連平和維持活動でスリランカ情勢に今以上に深くコミットしてこういう惨劇が生じた時にどうするのかみたいな想像力の働かせ方はすべきかもしれません。日本とスリランカの関係は歴史的にさほど深くないのでいい例ではないのですが・・・。まあフランス政府は絶対に謝罪しないに5コペイカ賭けておきます。フランスのアフリカ関与については言いたいことがたくさんあるような気もしますが、ここでは止めておきたいと思います。

追記
ここでスリランカを出したのはやはりまずかったと思います。ただ日本国国民の一人という場所を踏まえると私には批判するにしても幾分かの恥の感覚がともなうんですよね。そういう感覚のない人には意味不明だと思いますが、ともかくそれでいささか不適切な例を出してしまったんだろうと思います。はい。また恥ずかしい記憶違いをしていましたので修正しておきました。勘違いのまま走ってしまう癖はどうにも直りませんねえ。

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惜しい人々

ソルジェニツィーン氏が亡くなりました。同世代の大多数にとっては無縁な話でしょうが、私はアカの家の子だったこともあって子供時代には奇妙に不自由な思考回路に閉じ込められていたような記憶があります。別に親からイデオロギー教育を受けたということではないのですが(そんな話をしたことは一度もない)、どうもそうした空気というのはそれなりに感染してしまうものみたいです。なにを考えていたのかはもうすっかり忘れてしまいましたが(子供の考えることですから)、まあそういうこともあってこの偉大な文学者には「イワン・デニーソヴィッチ」以下で自由を与えていただいたなあという感謝の念のようなものをひそかに感じていたりします。

主要メディアはどこも弔辞ですが、ハーバード演説が特筆されているのが特徴でしょうか。ロシアの反体制派知識人として共産主義批判を期待して招待したところ西洋世界の道徳的堕落を延々と糾弾したという有名な演説です。左派系メディアがこれを強調しているのがなんだか奇妙な感じもしてきます(リベラシオンのコメント欄で同意の合唱している素直な君ら。君らみたいのがソルジ氏に一番馬鹿にされていると思うのですがね)。この人は「自由の闘士」とか「反体制派ヒューマニスト」とかではないと思います。いや、なにも私が言うまでもなく、「作家の日記」のドスト氏と一緒で政治的には超反動派ですよね(凡庸な反動ではなく超反動)。時にスターリン体制を擁護するような発言をしたりもしたこの人の複雑性を知らない訳でもないでしょうに。こんな語りに回収されてしまうとなんだか不満を感じます。私の中ではその意見にはまったく同意はしないが魂の深部において震撼させられる一群の人々の一人であって(妙にロシア人が多い)、こういう人達にはありふれたイデオロギー的な擁護や批判は無意味だと思います。無意味というか無力というか。いろいろ読んでみましたが、NYTのこの長大な記事が多少面白かったです。キッシンジャーが警戒したエピソード(正しい直感ですね)や晩年の「反ユダヤ主義的」発言への微妙な言及の仕方とか。ソルジェニツィーン氏に政治的な首尾一貫性を求めても無駄だと思いますがね。そんな世俗的なところで思考している人じゃないですから。

また戦後の我が国を代表するギャグ漫画家もまたこの世を去ってしまいました。トキワ荘の人々ももういなくなりました。なんだか寂しいものがあります。リアルタイムで読んでいた訳では勿論ないのですが、なぜか家に揃っていたので子供の頃にほとんど全部読んでいました。晩年の様子はテレビのドキュメンタリーで見ましたがなんとも痛々しい印象を受けました。林屋喜久蔵氏と仲が良かったようですが、とてもよく判る話です。日本を代表する愛すべき真性の馬鹿を日本を代表する馬鹿になるべく奮闘努力をしてきた人が憧れるというのは。私は氏のギャグ漫画よりも少女漫画のほうが好きでしたが(本人の偽わざる資質が自然に発揮されている感じがして)、読み返したくなりました。なんだかしんみりした気持ちになります。なお私には赤塚氏というのは我が邦において古より存在してきたなんだかよく判らないが愛すべき一群のおのこの一人に見えます。19世紀のロシアの文学者ならきっと魅力的に描いたでしょう。

死者達への言及はこれぐらいにして、欧州経済の見通しに関するEconomistのこの記事なんですが、抑制された筆致で懸念事項を列挙して景気後退はどうも避けられないかもねえと他人事みたいな書き様がエコノミストらしいです。主要国はどこも輸出も内需も駄目そうですねえ。他が沈み、あるいは停滞する中、ここはモーターになってほしいフランスも「改革」の短期的な成果たるや微々たるものでしょうしねえ。私の見た限りでもあらゆる指標がしばらく駄目かもですと告げてます。サブタイトルは「ECBは規律正しい金融政策をとっているが、その報酬は景気後退かもしれない」ですね。そうですね。

"Fukuda calls for stimulus package"[FT]
"Fukuda recruits rival to boost LDP"[FT]
どうも私はFTのある種の日本関連記事には不満を覚えるようなのですが、それはなぜなのでしょう。根本的にはずした事を書いているということでもないですが、政局がらみではもうちょっとインフォーマントを選んだらどうですかという感じでしょうかね。私みたいなズブの素人から見てもそれはないみたいな話がよく平気で掲載されたりしてますから。このたびの内閣改造についてはあまりこれといった感想はないですね。「停滞」という語が自然に浮かびます。与謝野氏就任が波紋を呼ぶところかもしれませんが、現状ではたいしたことはなにも出来なさそうに見えます。どうなんでしょう。朝日にもなんだか微妙な記事が掲載されていました。麻生氏についてはまた国際ニュースになってますね。これ自体はつまらぬ軽口ですが、しっかりBBCは狙いを定めているようで。面白キャラなのは判りますがね、イエロー過ぎますよ、Chris Hoggさん。ただ今の政局だとメディアが叩きに走っても平気そうな気もしてきますね。それからわざとはずしたような政局記事が出回っているのもなんなんでしょうね。この手の話を盛り上げるためだけの政局記事はどうにかしてほしいんですよ。くだらん政局ネタ記事にいったいなにを真面目になっているんだと思われるかもしれませんが、けっこう有害だと思うのです。政治的waiwaiとでも言っておきましょうか。misinfomationともdisinformationともつかぬなんとも呼びようがない情報群のことですね。例の「実話(=虚構)」とは異なってこちらは日本国民でも信じる人もそれなりにいるでしょうし、もう日本語圏だけで情報が流通する時代でもないですからね。やっかいな時代ですね。

追記
いくつかのフレーズを追加し、変な部分を修正しました。

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普遍史から世界史へ

聖書vs.世界史?キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)Book聖書vs.世界史?キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)

著者:岡崎 勝世

販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ドイツ啓蒙主義の歴史研究の研究で知られる著者による新書です。歴史研究の研究ですから著者の専門はいわゆる「歴史の歴史」と呼ばれる分野に属することになるのでしょう。つまり過去がなんであったのかの研究ではなく、過去において過去(大過去)はいかに理解されていたのかの研究ということになります。この新書の扱う対象は巨大でありまして数千年スパンでキリスト教的歴史観(普遍史)から近代の科学的歴史観(世界史)への変化を跡づけています。明確な枠組みの下にケレン味のない実直な文体で細部にまでよく目の行き届いた記述がなされています。西洋文化一般に関心のある人には必須の(さほど関心のない人にも有益な)知識を新書で手軽に得られるのでありますからこれは買いだと思います。以下内容の簡単な紹介です。

「普遍史universal history」なる聞き慣れない言葉でありますが、18世紀ぐらいまで西洋世界を支配し続けた聖書に依拠した歴史観のことを意味します。旧約聖書の記述に基づいたこの世界史は「古代的普遍史」「中世的普遍史」さらにルネサンス、宗教改革、大航海時代、科学革命の時代と時代ごとにその姿を変じていくのでありますが、18世紀に啓蒙主義によってついに息の根を止められたとされるものです。これ以降、近代歴史学の発達にともなって登場し、我々の存在をもまたその内部に巻き込んでいるのがかの「世界史world history」と呼ばれる歴史観であります。

著者に倣って旧約聖書に歴史の枠組みを求めるならば、天地創造に始まりノアの洪水にいたる第一期、セム、ハム、ヤペテを始祖とする諸民族の興亡を経てアッシリアの時代までの第二期、「ダニエル書」が描く四世界帝国(カルデア、メディア、ペルシア、ギリシア)が興亡する第三期、そして「ヨハネの黙示録」に描かれるローマ帝国の支配下で迫害に苦しむ第四期から構成されることになります。次に歴史の典拠となる旧約聖書に関しては、ヘブライ語聖書、ギリシア語訳聖書(七十人訳聖書)、サマリタン版聖書、ラテン語訳聖書(ウルガータ)と複数あり、その記述や数字の齟齬が後の論争の火種を提供することになったとされます。さらにこれを素材にして歴史を構成するその作法(聖書年代学)の起源となったのが例のユダヤ人歴史家のヨセフスであり、キリスト教徒も彼に倣うことになりますが、後の時代に決定的な意味をもったのがエウセビオス=ヒエロニムスの年代学とアウグスティヌスの救済史とされます。

エウセビオス=ヒエロニムスの年代学ですが、例えば、ノアの大洪水が2242年、イエス生誕が5199年です。言うまでもなくこれはキリスト紀元ではなく創世紀元ですが、エウセビオスはこうした旧約聖書の年代学の中に他の世界をいかに組み込むかに腐心します。バビロニア、エジプト、ギリシア、ローマの各地の歴史や伝説を旧約聖書の世界観へ強引に組み込んでいくのですが、アッシリアやエジプトの処理には多くの矛盾を残すことになったとされます。これは後述のように大問題となります。次にアウグスティヌスですが、この古代最大の教父の「神の国」と「地上の国」の交錯からなる救済史においては人類史は8つに時代区分されています。また人間の成長に類比して「幼年期」(第1期)「少年期」(第2期)「成年期」(第3〜5期)「老年期」(第6期〜)とも呼ばれますが、イエス生誕以降人類史は老年時代に入る訳です。例えば、独自の計算によって大洪水は2262年、イエス生誕は5349年と修正されますが、この救済史にエウセビオス的な年代学が組み込まれ、大きな筋立てとして四世界帝国論(アッシリア、ペルシア、マケドニア、ローマ)も継承されたといいます。

かくして古代的普遍史が完成されるのですが、これはローマ世界に対するキリスト教の護教活動と結びついていたとされます。うさんくさい新興宗教との疑念を前に旧約聖書との連続性を強調することで古さと正統性を主張し、聖書の歴史に世界の全民族の歴史を包括することでキリスト教的世界観の優越性を示し、もってギリシア人やローマ人に改宗を説得することを目的としたと。また第四帝国たるローマ時代にイエスが出現したことをもって「神の国」の担い手がユダヤ人からキリスト教会へと移行したと説明することでユダヤ教との差異化もはかったとされます。いずれにせよ普遍史は天地創造から神の国の実現までと始まりと終わりの明確に区切られた独特の時間感覚をもった歴史として、当時正典視されたという「バルナバの手紙」によれば6000年という明確な時間幅(あと何年残っているのか!問題)の歴史として構成されることになります。

この古代的普遍史を中世に引き継ぐ役割を果たしたのが7世紀のイングランドの修道士ベーダです。彼の「時間論」および「時間計算論」の内容はほとんどエウセビオスとアウグスティヌスの枠組みそのままですが、ベーダ経由でこの古代知は中世に受け継がれたそうです。しかし真に中世を代表する普遍史を書いたのは12世紀のフライジングのオットーであるといいます。彼の「年代記」のローマ帝国までの内容はアウグスティヌスの丸写しですが、オットーの独創はその後の時代の処理にあるとされます。西ローマ帝国が滅んでしまった後の歴史をどのように普遍史枠組みに組み込むのかという問題です。古代のキリスト教徒にとっては第四帝国たるローマ帝国の崩壊とともに世界は終末を迎えるはずであった訳ですが、この歴史の存続の事実をオットーは東ローマ帝国、カール大帝の西ローマ帝国、神聖ローマ帝国と継承されていく帝権の存続に求めます。つまりローマ帝国は滅んでおらず、第四帝国たるローマ帝国は現存しているという立場です。さらに彼は異教的ローマとキリスト教的ローマを区別し、後者に皇帝と教皇が、あるいは国家と教会が役割分担をする形での地上の国と神の国の「混合状態」を認め、この二つの権力を焦点とした楕円的な世界として中世ヨーロッパ世界を記述します。クローヴィスまでにこの楕円的ヨーロッパが形成され、以後、グレゴリウス7世の時代までが国家と教会とが協調する「混合状態の教会」が完成した時代と位置づけられます。彼にとってはハインリヒ3世の時代がこの頂点であり、この協調体制を崩すグレゴリウス7世のいわゆる叙任権闘争によって世界は急速に終末に向かっていくことになるとされます。実際には世界は終末を迎えない訳ですが、このオットーの普遍史は皇帝権、教皇権の両者によって自己の支配権の思想的支柱として長く利用され続けられることになったといいます。

こうしてなんとか生き延びた普遍史ですが、中世以降は度重なる危機に見舞われることになります。まずルネサンスの一撃としてマキャベリによる政治的世界の発見が挙げられています。「君主論」で宗教的論理から決別した政治論の可能性を開いたと言われるマキャベリは「フィレンツェ史」においても徹頭徹尾「力量」の保持者たる人間が織りなす対立と抗争の歴史的世界を描いたとされます。またルネサンスの古典研究がエジプト史問題を再燃させることになります。エウセビオスにおいてもエジプト史の古さの処理(大洪水の年代より前に存在していたことになる)が重大な矛盾を残していたのですが、中世には忘却されていたこの問題がヘロドトスのエジプト史(11340年!)とディオドールスのエジプト史(5000年)の「発見」によって無視できなくなります。

また伝統的普遍史に危機をもたらした要因として宗教改革が論じられます。まず著者が挙げているのがプロテスタント的普遍史の白眉として知られる「四世界帝国論」を著わした16世紀のドイツの人ヨハネス・スレイダネスです。この歴史の枠組みそのものは古代、中世の普遍史の伝統を踏襲したものでありますが、スレダネスの独自性としてまず第一帝国をバビロニア帝国としている点が挙げられています。古代、中世の普遍史においては第一帝国はアッシリアとされていたのですが、ダニエル書の記述に忠実であるスレイダネスはこれを排除します。また第四帝国たるローマ帝国に関してはフライジングのオットー同様に古代ローマ帝国と中世ローマ帝国を統合して当時のカール5世にいたる歴代のローマ皇帝の事蹟が記述されます。最後に特徴的なのはその苛烈なローマ教皇、カトリック教会批判、また聖書中心主義的にヘブライ語聖書年代学に依拠している点であるとされます(カトリックは70人訳聖書)。この信仰心溢るるプロテスタントによる聖書の批判的研究が普遍史の内部崩壊を招くことになるのは歴史の皮肉としか言いようがないのですが、17世紀ぐらいになるとホッブズ、スピノザのような知識人もモーセ5書の著者がモーセでないことを公的に論じるようになり、さらにカトリックの司祭リシャール・シモンがプロテスタントの「聖書中心主義を批判するために」聖書の権威そのものの根拠を相対化する聖書の批判的研究(預言者=書記説)を敢行するという倒錯的な展開を辿ったことも歴史の皮肉と言えましょう。

こうした内部からの崩壊に加えて大航海時代には新大陸と中国という他者の発見によって外部からも動揺が加えられます。新大陸の「発見」はヨーロッパ、アフリカ、アジアの三大陸からなる伝統的世界像に衝撃を与えた訳ですが、ここでインディアンをいかに普遍史に組み込むのかという問題が発生します。インディアンが「人間」なのかをめぐって今から見れば破廉恥極まる議論が大真面目に展開されたことは有名ですが、多種多様な起源説がこの時期大量に生産されます。「古イスパニア説」「カルタゴ人説」「東インド起源説」「アトランティス起源説」「ギリシア人起源説」「イスラエル人起源説」などなど既知の「民族表」に関連づけようとする種々の試みがなされたといいます。移住したアジア人という聖書の枠組みに編入可能な存在であることが判明したことで普遍史は今しばらく持ちこたえる結果になった訳ですが。

マルコ・ポーロ、マンデヴィルという中世における前史がある訳ですが、本格的な中国との接触がイエズス会士によってなされたことは高校世界史レベルでも既知の事項なので詳述は控えますが、とりわけインパクトを与えたのがマルティニの「中国古代史」であったとされます。三皇五帝からイエスの時代(漢代)までを扱う本書で中国史は紀元前2952年に始まるとされますが、これは計算されたノアの洪水以前の出来事であるという(普遍史側から見た)矛盾を提出するものでした。これに対するリアクションはある意味滑稽を極めるのですが、フォシウスなる中国狂はノアの大洪水が全世界を襲ったものでなく局地的な現象に過ぎなかったと論じる一方で、ゲオルグ・ホルンは伏羲=アダム、神農=カイン、黄帝=エノクと聖書と中国の史書が同一の事実を語っているとし、またウェッブは堯=ノア説を採用し、ノアは中国に住み、方舟も中国で建造したという説を提出します。他にも伏羲=ゾロアスター説、漢字=ヒエログリフ説に基づく中国人=エジプト人説などなど「民族表」との関連づけのゲームが18世紀ぐらいまで続いたといいます。

さらに普遍史と科学革命の関係を論じるにあたって本書ではニュートンの普遍史の試みが紹介されています。ギリシア、エジプト、アッシリア、ペルシアの年代学である「改訂古代王国年代学」ではアルゴナウテース遠征が天文学的に前937年と確定され、この絶対年代を基準にその他の年代が確定されるというようにニュートンらしい方法論が駆使されているといいます。最大の問題であるエジプトの古さの問題は天文学と歴代ファラオの「虐殺」によって解決されます。ニュートンによればエジプト人はヘブライ人よりも新しい民族だそうです。ニュートン自身は絶対時間と絶対空間という意味を剥奪された時空概念を提出する一方で真面目に普遍史的な時間を擁護をすることに矛盾を感じていなかったといいますが、この点でも最後の魔術師にして最初の近代科学者的であったと評されています。

以上のような危機を受けて激しい論争が起こるのですが、著者はこれを「年代学論争」と名付けています。中世以降の年代学の枠組みをつくったのが16世紀のカルヴァン派のヨハネス・スカリゲルなる人物です。「時間修正論」においてその恐るべき語学力と博識で古代バビロニア人、エジプト人、ペルシア人、エチオピア人、ゲルマン人、ギリシア人、ローマ人の暦、イスラム暦やインド暦など当時知られたすべての暦を参照し、「ユリウス周期」と呼ばれる尺度を基準にこれらすべての暦の対応関係を確定したといいます。彼によればノアの洪水が1656年、イエス生誕が3948年、彼のいた時代が5500年となりますが、この間に起きた出来事を包括する大年表を作成します。スカリゲルを悩ますのがエジプトの古さの問題で、「仮定のユリウス周期」を置いてエジプト史の起点を置くという数学的処理を行うのですが、天地創造に先立ってしまうという矛盾を抱えてしまいます。以下、ペタヴィウス、アッシャー、ボシュエ、ペズロンと新旧両教徒の年代学者の論争が紹介されますが、この年代学論争は上述の危機に対して普遍史の枠組みを擁護する試みであると同時にカトリックとプロテスタントの時間をめぐる宗教闘争でもあったと位置づけられています。エジプト史と中国史の古さにいかに立ち向かうか、ヘブライ語聖書と70人訳聖書のどちらかに依拠すべきか、聖書の批判研究や「自由思想家」達にいかに立ち向かうかなどこの論争の賭け金は甚大なものでした。

しかしこの種の試みが空しく瓦解するのは18世紀の啓蒙主義時代のことです。「歴史のコペルニクス的展開」をもたらしたヴォルテールが「ルイ14世紀の世紀」で示すのは古代ギリシア、古代ローマ、ルネサンス、ルイ14世時代を高い峰とする文化史ないし精神史の枠組みです。聖書的世界が放逐され、世俗的世界における理性的存在たる人間の「理知」の進歩の歴史が記述されるのですが、著者はこの進歩史観(人類の自己啓蒙の発展史)がキリスト教的進歩観(神による人間教育の発展史)の世俗化である事実を注記するのを忘れてはいません。またこのニュートン主義者は「歴史哲学」において6000年という普遍史の時間を放棄し、人類史はアダムとイブではなく地球上の変化から開始されます。また歴史の空間的広がりは地球規模に拡大し、アラビア人、インド人、アメリカ人、中国人の文化と社会も記述対象となり、文明の多元的発生論が主張され、旧約聖書はもっとも新しい民族のひとつたるヘブライ人の偏狭な世界観に過ぎないと批判されます。なお中国の古さは普遍史の否定の根拠として利用される一方で彼の進歩史観において中国は「停滞」した文明という診断が下され、長らく消えない中国停滞論の端緒も開かれます。

一方歴史学の発展もまた普遍史にとどめを刺すことになるのですが、まず17世紀末のケラーによる古代、中世、近代の古典的三区分法の提唱があります。ケラー自身は普遍史の枠組み内にいたとされますが、この三区分法は聖書的時代区分論に風穴をあける事になります。また著者が重視しているゲッティンゲン学派の祖たるヨハン・クリストフ・ガッテラーは普遍史から世界史への変化を体現する存在です。ガッテラーの初期の普遍史では四世界帝国論が放逐され、三区分法が導入され、中国や日本などのアジア諸国の歴史が記述されるなどの革新が見られ、また後には世界史の名称が採用され、旧約聖書が「伝説」の地位に引き下げられ、年号体系が変更され、文化史的観点から6つの時代に時期区分され、モーセと並んで孔子が記述されるなど地球大の規模の歴史に拡大されたといいます。最後の世界史になると創世紀元の使用以外には普遍史的要素は皆無となり、全地球規模の文化史、社会史に変貌しているとされます。こうしてフランス啓蒙主義者の外からの攻撃ばかりでなく誠実なるプロテスタント歴史学者による自己否定によって普遍史は打撃を受けることになったといいます。

これに続くシュレーツァーは自覚的に普遍史と世界史を区別します。普遍史は聖書文献学と世俗的文献学の補助科学にすぎなかったが、世界史(Welt Geschichte)は諸事実の系統的集成であるとともにそれを通じて大地や人類の現状を理解するものであると。内容的には啓蒙主義的な地球大の文化史、社会史であり、人類史は古代、中世、近代の三区分(とそれに先立つ始原世界、無明世界、前世界の三区分)で記述されています。創世紀元も放棄され、「キリスト前(B.C.)」年号が採用され、科学的知見から6日間での天地創造も否定されます。この「キリスト前」年号はいくらでも過去に向かって延長可能な非宗教的な時間であり、キリスト教的な時間たる創世紀元とは本質的に異なることを著者は強調しています。

このようにして時間をかけて普遍史から世界史へというプロセスが進行した訳ですが、最後に著者は19世紀末において普遍史が学校教育の場で教授された稀少な事例として明治日本を採り上げています。そう、我が国においてなぜかアダムとイブから始まる世界史教育がなされていたのです。この翻訳教科書の底本はアメリカで出版されたグードリッチの「パーレー萬國史」なのですが、著者によるとアメリカでは普遍史的な歴史記述は長く残っていたそうです。福沢諭吉が持ち込み、新渡戸稲造が激賞したこの万国史は諸国民の興亡からなる19世紀的な普遍史ですが、帝国主義時代にあって世界情勢の理解に飢えていた明治知識人の欲求にかなうものであったといいます。また神話記述からスタートするこのスタイルは日本史の教科書でも踏襲されていたため違和感なく受け入れられたのだろうと「共通の精神構造」を指摘しています。

以上、本書はハンディーな新書ながら(このブログでは専門書は基本的にとりあげない方針です)古代から近代までの西洋世界の歴史意識を知るのに大変貴重な情報に満ちています。ここでは紹介しなかった論点や事例も多数ありますが、それぞれたいそう興味深いものがあります。こんな風に聖書年代学やら民族起源論の類いは現在ではオカルトの領域に押し込められている訳ですが、かつては正統的な知的伝統であった訳です。なお普遍史的伝統は世界史の中にも残存しているし、完全に死んだものとは見なせないのではないかといった印象も抱いています。著者も指摘するように啓蒙主義的な進歩史観の中にもヘーゲル=マルクス的な歴史の目的論やらその他様々なバリエーションの中にもその尻尾は残っているでしょう。またアメリカではこの伝統は長く残ったということですが、どなたかアメリカにおける普遍史の歴史を研究されていないでしょうかね。私の不確かな記憶でも確か第四帝国としてのアメリカとか誰かが言っていたような気がするんですよね。なお最後の帝国としてのローマというのはたびたび浮上するたいそうディープなテーマで個人的には興味があったりします。なぜああもローマ帝国を存続、復活させたがるのかという点はこういう歴史観の理解がないと意味不明になるんですよね。オクシデンタリズムの罠には嵌るまいと思うのではありますが、いわゆる「西洋」というのはやはり他者だなあと感じさせられるのはこういう部分です。面白いですけどね。

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今日も暑かった

今日も暑くて疲れました。ラテンな世界が好きなくせに暑いのはどうも苦手です。死ぬ時はやはり雪のしんしんと降る中一人静かに死にたいものだなどと混濁した意識で考えておりました。私みたいな人間にもそれなりに縁というものはあって一人で死ぬということはどうやらなさそうですけどね。

"Nationalism isn't an issue in Japan"[Japan Times]
On Japanese nationalisms[Oberving Japan]
Japan TimesのRobert Dujarric氏の社説とTobias Harris氏の応答です。冷静に観察するならばこのぐらいの話になるでしょう。愚かな政治家の失言やら頭のネジのゆるんだ評論家の暴言やらネットの一部の先鋭的な空騒ぎやら珍妙な小集団の奇矯な行動やらに目を奪われずに、また何人かの知り合いから得た個人的な印象を一般化したりせずに、マジョリティーの行動を丹念に観察し、信頼性の高い社会調査のデータに基づいて判断するならばですね。でもこんなことは基本だと思うのですがね。だいたいオーディエンスの分析を欠いた言説分析なんてあんまり意味はないんですよ。善かれ悪しかれ、生活に密着した話以外にはさっぱり興味を持たないみたいですね、日本国民の大多数は。こう成熟してしまった社会では基本的にはあまりコストの高い選択は望まれていないと思います。反対しないというよりも「美しい日本」なんて言っても大多数はなんのこと?で聞いてすらいなかったと思いますけどね(>Harrisさん)。現状はDujarric氏の判断が正しいと私は思いますが、ただ自分達の生活が脅かされているという感覚が国民的規模で共有されるような大イベントが起きた時には不合理に見える動きをする危険もゼロではないと思いますね。結局、あちらさん次第ですよ。そもそも民主主義にナショナリズムなんてつきものなんですからこの程度であんまり騒ぎなさんなということでいいんじゃないですか。ともかく英語圏の議論は現実からずれ過ぎています。よく言われることですがキューバが米国市民を拉致して核武装してご覧なさいな。どういうリアクションになるか想像して比較してみたらどうですか。驚くほど大人しいもんですよ。

Quand "Charlie Hebdo" ne fait plus rire[Le Monde]
前に紹介したシャルリー・エブドの風刺問題はすっかり国民的議論のネタ化しているようです。どこのメディアもこの問題ですね。シャルリーのヴァル編集長対風刺イラストレーターのシネ氏の対決はどうやら法廷に持ち込まれるようです。擁護派と批判派の陣営も整いつつあるようです。不毛かつ有害な展開になる可能性もないとは言えないとも思ったりしますが、こういう問題が起きた時の全員参加的な熱い討論はやっぱりフランスだよなと感心している自分もいたりします。日本にもフランスみたいな討議の文化を!みたいなしゃらくさいことは言いませんけどね。そんなこと言う暇あったらまずお前からがんがん討議せよって話ですから。毎日問題はなんだかつまらない展開を辿ってしまいました。私にとっては外国からどう見られるかみたいな話はそれなりに重要だけれど(いい加減な報道のせいで迷惑を蒙っているのは事実ですから、まあ半分は身から出た錆だと思いますけどね)結局は二義的な問題であって、ここでの私の個人的な賭け金は日本のメディアの無責任体質の改善だと思っていたんですね。まあどこの国のメディアも相応に無責任ですけどね。でも我が国のメディアは日露戦あたりからどれだけ進歩していますか。毎日だけではなく無軌道週刊誌も含めて少しは自ら問うてほしいのです(勿論テレビもね)。報道の自由や言論の自由は勿論結構ですがそこには暗黙でもルール感覚というものが必要じゃないですかね。お下品はいけませんとか特定の意見は排除しろとか無害で中立的なことだけ報じろと言っている訳ではないですよ。毎日さんにもこの事件でシュリンクして欲しくはないです。でもこれはすべきじゃないという自由民主主義社会にとっての消極的なルールみたいなものはあると思うんですよ。デマゴギーの横行には注意せよとかね。こんなのギリシアの昔からの基本でしょうとか。噫、私は無骨な自由民主主義者なんですよ(笑)。

Justin Norie氏の一読しただけ複数の嘘が混入していることが判る記事をめぐってなんだかまたつまらん議論みたいなものがあるみたいですね。毎日新聞さんもこの記事については言うべきは言ったほうがよくないですか。名誉に関わる話ですからね。ともかくくだらない展開ですねえ、噫。

"La fragile stabilisation libanaise"(Le Monde)
レバノン情勢については以前ヒズボラが行動を起こした際にエントリを書きましたが、その後の展開も仏語メディアで地味に追っています。よく通ったあの美味いレバノン料理屋の親切なおかみさん元気かななどと思いながら。少し前のあの国家分裂の危機かというほどの緊張から一転、平和が回復したとばかりに旅行者が急増したりと平穏な空気のようですが、それでも不穏な内部対立の芽は摘まれていないと冷静な現状分析がなされています。この宗派間対立の複雑さにはいつ見ても目眩を覚えます。どうやって国民統合できるのかと。多文化主義があるじゃないかとか暢気な顔で言う人には本気でお仕置きしてしまいますよ。シリア、イスラエルの動きが不確定なうちは内部対立の再燃の可能性は消えないという当然の話です。オルメルトも辞めるようですね。どうなるんでしょう、本当に判らない。

<労働者派遣>4野党、「日雇い」禁止は一致[毎日]
経営側、日雇い派遣禁止に反発=法改正に向け審議再開−厚労省
派遣労働の世界の一部で悲惨が現実化していることは憂慮すべき事態ですが、原則禁止というのはやはり筋が悪いんじゃないですかね。労働監督の強化とか待遇改善とかの方向がやはり正しくないですか。この件でプロのエコノミストの意見は全然フォローしてないのですが、普通に考えれば、失業者を増やし、闇の低賃金労働を生むだけだと思うのですが。実は秋葉原事件が騒がれた時に悪い予感がしたので猫猫先生に賛辞を送っておきましたが、こうきましたか。むー。まあこの件は後で調べることにして暫定的にこれまずくないですかと危惧を表明した上で判断は留保しておきます。

今日はまあこんな感じでしょうかね。皆様も暑さにめげず労働に学習に遊びに励んでくださいませ。またぐずぐずしている人にも幸いがありますように。

追記
本文少し修正しました。それからなんだか延焼しそうな勢いなので書いておきます。コメント欄でも書きましたが、私は必ずしもジャパンタイムズは駄目だとは思っていません。昔なつかしの論調の記事には軽い郷愁を感じることもないではありませんが、そういう記事ばかりという訳ではないです。このエントリでもとり上げましたが、バランスのいい記事もよく掲載されますし、啓発される記事もけっこうあります。要望を言えば、事実チェックの甘さをどうにかして欲しいこと、またもし在日外国人向けのメディアを目指しているならばネット版については基本情報へのリンクを充実して英語圏での流言飛語を防いで欲しいことぐらいですかね。でもまあこれは私の個人的感想に過ぎません。別の人が見れば別の意見もあり得ましょう。Tokyo Confidentialについて言えば、waiwaiと違ってタブロイドソースであることを明記してある点、記事の選択にそこまでの悪質さが感じられない点から言ってこれを叩くのは行き過ぎに思えます。私の印象では最近ではだいぶ論調も多様化し、変化してきているので日本人が今騒ぐのは有害だと思います。発言する際にはちゃんと複雑な文脈を読んでからなにか言わないと逆効果ですよ。忠告しておきます。

なおコメント欄で議論になったのですが、ハリス氏を褒めてばかりいるのもなんなので批判しておきましょう。このエントリについては日本のナショナリズムが相対的に最も低い状態にあるというすべての議論の前提を明示しているだけましだと思っただけで氏の見方に同意はしていません。「誇り」という単なる日常語を深読みするのが英語圏の一部で「流行っている」ようですが、その意味了解など千差万別なのですから、あまり信頼性の高くない世論調査をもとにしてなにか言っても無意味だと思います。私のいう信頼性の高い社会調査とは勿論日本の新聞の世論調査のことではありません。昔に比べれば大分ましになってきたとは思いますが、それでも調査結果のばらつき具合から見ても問題があるのは間違いないでしょう。「誇り」云々の調査がルール違反に近いあやしいシロモノなのは入門社会統計学的知識でも判る話です。保守層に向けて日本国民の皆が皆自己嫌悪に沈んでいる訳じゃないんだぞ!とやりたかったんじゃないですかね。またハイパーナショナリズムの危険については白昼夢でも見ているのですかと言いたくなりますね。なんだか三島由紀夫の亡霊が気になっているようですが、私にとっては彼は政治的存在ではなく昭和という時代の悲喜劇を見事に演じた千両役者です。また安倍元首相は私にとってはただの無能な若様であって彼のお祖父さんのような凄みは全く感じられませんね。だいたい靖国参拝控えて中国との関係修復に尽力した彼のどこが右翼政治家なんですか。周りに影響されやすいただの「いい人」に見えますけど。日本の保守や右翼(街宣じゃないですよ)の深みや複雑を理解しろなどと言うつもりはありませんが、アメリカのリベラル筋の幻想には毎度の事ながら辟易とさせられます。まあ私は保守でも右翼でもないんですけどねえ。

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