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西洋人よ、団結せよ。

どうやらロシアが軍事作戦停止を指示したようですが、無論軍の撤退は当面はないでしょうから緊張した状態は続くのでしょう。今回の軍事行動に関してロシアが明確な青写真を持っていたとは必ずしも思えないのですが、今後は軍事力を背景にしてオセチアでの政治工作を進めていくつもりなのでしょうか。欧州代表として現地入りしたクシュネル外相が提出した和平案をグルジア側は受け入れたとのことですが、ロシア側はこれを拒否する方針のようです。EUの仲介交渉がしばらく続くのでしょう。サルコジもロシア入りしたようです。

今回の紛争が今後のNATO加盟交渉にどのような影響を与えるのかですが、甚大なものがあるでしょうね。12月に再びグルジア、ウクライナの加盟交渉がなされる予定であったのですが、これで頓挫する可能性もなくはないと思います。その場合でも勿論なにかしら格好はつけるでしょうけれどもね。まあ素人があまり先回り的に今後の予想を書き連ねてもつまらぬ話ですから、ル・モンドの関連記事を紹介しておきます。ここで出てくるトランスドニエストルの問題もたいそう複雑なんですよねえ。欧州の境界はどこに設定されるべきかということなんですが、残念ながらこの境界地域での紛争は当面は止む事はないでしょう。

なおどうでもいいような話ではありますが、les Occidentauxは西洋人ではなく、西洋諸国民にしておきました。日本語の語感として前者に違和感を抱くからというだけでそこに深い意味はありません。欧米人とか欧米諸国とか西側とでもすればいいのかもしれませんが、対ロシアにおいて彼らの中での地理的概念とアイデンティティーの結合ぶりを明示化したかっただけです。英語のthe Westernersです。英語と仏語の両者の指し示す人間集団の範囲が完全に同じなのかどうかはよく判りません。誰かこの言葉の語用論的分析でもしてくれませんかねえ。


「グルジア、NATO、コソボ: ロシアの報復」par Nathalie Nougayrede[Le Monde]

コーカサスの軍事的エスカレートにおける双方の過失がなんであれ、確かな事実が重みをもつ。アフガニスタンでのソ連の戦争以来初めてモスクワが公式に主権国家に空爆作戦を展開したということだ。グルジアでのロシアの軍事作戦は事実上、ポスト・ソ連時代の新たな局面を切り開いている。

ロシアの報復の時だ。この時が予防戦争というラディカルな方法に訴えるためにモスクワによって選ばれた。おそらくは東方へのNATO拡大に決定的な中止をもたらし、1990年代の軍事的屈辱を劇的に雪ぐという目的─プーチンによって確立されたシステムの何度も回帰するテーマのひとつ─から。

この戦争は、南オセチアとアブハジアの分離主義的な諸地域の震源地から、ロシアが非難して止まない─反対することはできない─コソボ独立宣言から6ヶ月後に起きた。ロシアはとりわけコーカサスにおいてこの独立宣言が重大な影響をもたらさずにはおかないだろうと予告していた。

この戦争は、他方、親西洋的なグルジア大統領ミハイル・サーカシビリ─この男の政治的上昇は伝統的な影響圏内部でのアメリカの策謀の結果としてモスクワからはこき下ろされ続けた─が再選された8ヶ月後に生じた。この再選に対してロシアはグルジアに輸出禁止を発令していた。

この戦争はまた、ウクライナとグルジアの大西洋同盟との接近に関する西洋内部の対立が際立ったブカレストでのNATO首脳会談の4ヶ月後にこの戦争は勃発した。ブカレストではドイツとフランスの要請により─両国はアメリカに反対した─ウクライナとグルジアは「加盟行動計画」、候補国にとっての入り口に入ることができなかった。しかしモスクワに損害を与えることになる加盟の可能性は開かれたままだ。12月にはNATOは加盟を提起するために新たに会合をもつ予定だ。グルジアにおける軍事危機の上昇はおそらく「加盟行動計画」に致命的な一撃を与えた。

ロシアは戦略ゾーンにしてまた非常に象徴的価値をもつ黒海地域に自国の利害を「釘付けにする」よう試みた。つまり2014年にロシア初のオリンピックが開催される予定のソチにだ。ウクライナのセバストポリに停泊するロシア黒海艦隊の多数の軍艦の動員がついでに想い起こさせるのは、契約期限が切れる2017年にキエフが主張するようにこの海軍力が離脱するようにするのは簡単ではないだろうということだ。

欧州はこの危機に直接に関係している。2007年のルーマニアとブルガリアの加盟以来、欧州連合は黒海に面している。欧州の東面では長い間「凍結した」と呼ばれていた紛争が燃え上がった。南オセチアとアブハジアの後にはモルダヴィアのロシア語圏で分離主義的な地域であるトランスドニエストルで新たな緊張が表面化する危険が存在している。1992年に紛争が勃発したこの飛び地から部隊を撤退させることをロシアは十数年間拒んでいる。

これらすべての「前線」で西洋のたいした反応のないところでロシアは数ヶ月間活発な活動を展開した。OSCE内部の資料によればこうしたシークエンスは計画されたものだったようだ。コソボ独立のパースペクティヴはこれを加速させるものとして働いたようだ。ロシアによって西洋諸国民の間の対立が間近に観察されたブカレストのNATO首脳会談も同様だ。モスクワが突然グルジアの分離主義的な地域─ここで1990年代初頭以来、平和維持の任務を正式に負ったロシアの部隊が紛争当事者として活動している─との政治的紐帯を締め直したのはこの首脳会談の後のことだ。

春以降、アブハジアはロシア軍の勢力拡大の舞台であった。ロシア軍はまずグルジアの無人偵察機を破壊し、次に落下傘特別攻撃隊を送り、地上部隊を展開した。一方で南オセチアでは軍事的小競り合いが増大していた。

トランスドニエストルに関してはいえば、ロシアはこの共和国において軍事的影響力を永続化させることになる解決プランを分離主義者達とモルドバ政権との間に押し付けようと活発に試みている。OSCEによれば、ロシアの優先事項はNATOからこの国を遠ざけるためにいつの日かモルダヴィアの中立的地位を獲得することにある。欧州空間内部においてカリングラード、ベラルーシ、モルダヴィアを経由してコーカサスに至る一種の「中立」ゾーンの輪郭が描かれるだろう。西洋諸国民がコソボ独立を準備していた2007年に、ロシアは何本かの「赤のライン」が越えられることを許さないだろうと予告した。ロシアはNATO拡大、アメリカのミサイル防衛構想、欧州通常戦力条約に言及した。

6月以来、ロシア新大統領ドミトリ・メドベージェフは大陸の将来に関する戦略的問題について欧州連合およびNATOと平等な一歩へとロシアを事実上置くことになる「汎欧州的安全保障条約」を提案している。西洋諸国にとってこの計画の提案は、影の領域にもかかわらず、ウラジミール・プーチンの「冷戦」のアクセントのある演説よりは妥協的かつ建設的な調子を予測させるものだった。しかしグルジアの諸都市を爆撃することでモスクワは一挙にこのアプローチと完全に矛盾することになった。

8月10日日曜にワシントンは主権国家に対するロシアの「侵略」を非難し、グルジアで政権転覆をしようとしているとモスクワを告発した。欧州連合は同様の言語を用いなかった。フランス大統領の声を通じて欧州連合は公的に犯人を名指しすることを避けたのだ。おそらくは調停能力を保持しようという配慮から、そして面子をつぶすことなくロシアに撤兵することを許すために。

しかしブカレストのNATO首脳会談の場合と同様に、西洋諸国民の間の間隙はモスクワに弱さの徴、少なくとも躊躇の徴と受け止められる危険がある。ロシアは国連での糾弾を免れることを知っている。モスクワはまた今後数週間でコーカサスや黒海の安全のみではなく国際的な安全を危険に晒す件で協力が要求されることになることを知っている。イランの核のことだ。西洋諸国民はある選択をするよう促されてはいないか。

追記

無論軍の撤退は早急にはないだろうと書いた途端に和平案の受け入れとのこと。うーむ。これから厳しい交渉ですね。ともかくNATOの無力が印象づけられましたね。

なんだか誤解を与えそうなタイトルでしたが、私の意見ではないですし、ここで紹介した記事は必ずしもそういう論調でもないですね。このエントリを書く直前にそうした声に溢れているところを見たのでつられてしまいました。ところでロシアと欧州の関係はやはり「東西関係」なんですよねえ

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