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今日も暑かった

今日も暑くて疲れました。ラテンな世界が好きなくせに暑いのはどうも苦手です。死ぬ時はやはり雪のしんしんと降る中一人静かに死にたいものだなどと混濁した意識で考えておりました。私みたいな人間にもそれなりに縁というものはあって一人で死ぬということはどうやらなさそうですけどね。

"Nationalism isn't an issue in Japan"[Japan Times]
On Japanese nationalisms[Oberving Japan]
Japan TimesのRobert Dujarric氏の社説とTobias Harris氏の応答です。冷静に観察するならばこのぐらいの話になるでしょう。愚かな政治家の失言やら頭のネジのゆるんだ評論家の暴言やらネットの一部の先鋭的な空騒ぎやら珍妙な小集団の奇矯な行動やらに目を奪われずに、また何人かの知り合いから得た個人的な印象を一般化したりせずに、マジョリティーの行動を丹念に観察し、信頼性の高い社会調査のデータに基づいて判断するならばですね。でもこんなことは基本だと思うのですがね。だいたいオーディエンスの分析を欠いた言説分析なんてあんまり意味はないんですよ。善かれ悪しかれ、生活に密着した話以外にはさっぱり興味を持たないみたいですね、日本国民の大多数は。こう成熟してしまった社会では基本的にはあまりコストの高い選択は望まれていないと思います。反対しないというよりも「美しい日本」なんて言っても大多数はなんのこと?で聞いてすらいなかったと思いますけどね(>Harrisさん)。現状はDujarric氏の判断が正しいと私は思いますが、ただ自分達の生活が脅かされているという感覚が国民的規模で共有されるような大イベントが起きた時には不合理に見える動きをする危険もゼロではないと思いますね。結局、あちらさん次第ですよ。そもそも民主主義にナショナリズムなんてつきものなんですからこの程度であんまり騒ぎなさんなということでいいんじゃないですか。ともかく英語圏の議論は現実からずれ過ぎています。よく言われることですがキューバが米国市民を拉致して核武装してご覧なさいな。どういうリアクションになるか想像して比較してみたらどうですか。驚くほど大人しいもんですよ。

Quand "Charlie Hebdo" ne fait plus rire[Le Monde]
前に紹介したシャルリー・エブドの風刺問題はすっかり国民的議論のネタ化しているようです。どこのメディアもこの問題ですね。シャルリーのヴァル編集長対風刺イラストレーターのシネ氏の対決はどうやら法廷に持ち込まれるようです。擁護派と批判派の陣営も整いつつあるようです。不毛かつ有害な展開になる可能性もないとは言えないとも思ったりしますが、こういう問題が起きた時の全員参加的な熱い討論はやっぱりフランスだよなと感心している自分もいたりします。日本にもフランスみたいな討議の文化を!みたいなしゃらくさいことは言いませんけどね。そんなこと言う暇あったらまずお前からがんがん討議せよって話ですから。毎日問題はなんだかつまらない展開を辿ってしまいました。私にとっては外国からどう見られるかみたいな話はそれなりに重要だけれど(いい加減な報道のせいで迷惑を蒙っているのは事実ですから、まあ半分は身から出た錆だと思いますけどね)結局は二義的な問題であって、ここでの私の個人的な賭け金は日本のメディアの無責任体質の改善だと思っていたんですね。まあどこの国のメディアも相応に無責任ですけどね。でも我が国のメディアは日露戦あたりからどれだけ進歩していますか。毎日だけではなく無軌道週刊誌も含めて少しは自ら問うてほしいのです(勿論テレビもね)。報道の自由や言論の自由は勿論結構ですがそこには暗黙でもルール感覚というものが必要じゃないですかね。お下品はいけませんとか特定の意見は排除しろとか無害で中立的なことだけ報じろと言っている訳ではないですよ。毎日さんにもこの事件でシュリンクして欲しくはないです。でもこれはすべきじゃないという自由民主主義社会にとっての消極的なルールみたいなものはあると思うんですよ。デマゴギーの横行には注意せよとかね。こんなのギリシアの昔からの基本でしょうとか。噫、私は無骨な自由民主主義者なんですよ(笑)。

Justin Norie氏の一読しただけ複数の嘘が混入していることが判る記事をめぐってなんだかまたつまらん議論みたいなものがあるみたいですね。毎日新聞さんもこの記事については言うべきは言ったほうがよくないですか。名誉に関わる話ですからね。ともかくくだらない展開ですねえ、噫。

"La fragile stabilisation libanaise"(Le Monde)
レバノン情勢については以前ヒズボラが行動を起こした際にエントリを書きましたが、その後の展開も仏語メディアで地味に追っています。よく通ったあの美味いレバノン料理屋の親切なおかみさん元気かななどと思いながら。少し前のあの国家分裂の危機かというほどの緊張から一転、平和が回復したとばかりに旅行者が急増したりと平穏な空気のようですが、それでも不穏な内部対立の芽は摘まれていないと冷静な現状分析がなされています。この宗派間対立の複雑さにはいつ見ても目眩を覚えます。どうやって国民統合できるのかと。多文化主義があるじゃないかとか暢気な顔で言う人には本気でお仕置きしてしまいますよ。シリア、イスラエルの動きが不確定なうちは内部対立の再燃の可能性は消えないという当然の話です。オルメルトも辞めるようですね。どうなるんでしょう、本当に判らない。

<労働者派遣>4野党、「日雇い」禁止は一致[毎日]
経営側、日雇い派遣禁止に反発=法改正に向け審議再開−厚労省
派遣労働の世界の一部で悲惨が現実化していることは憂慮すべき事態ですが、原則禁止というのはやはり筋が悪いんじゃないですかね。労働監督の強化とか待遇改善とかの方向がやはり正しくないですか。この件でプロのエコノミストの意見は全然フォローしてないのですが、普通に考えれば、失業者を増やし、闇の低賃金労働を生むだけだと思うのですが。実は秋葉原事件が騒がれた時に悪い予感がしたので猫猫先生に賛辞を送っておきましたが、こうきましたか。むー。まあこの件は後で調べることにして暫定的にこれまずくないですかと危惧を表明した上で判断は留保しておきます。

今日はまあこんな感じでしょうかね。皆様も暑さにめげず労働に学習に遊びに励んでくださいませ。またぐずぐずしている人にも幸いがありますように。

追記
本文少し修正しました。それからなんだか延焼しそうな勢いなので書いておきます。コメント欄でも書きましたが、私は必ずしもジャパンタイムズは駄目だとは思っていません。昔なつかしの論調の記事には軽い郷愁を感じることもないではありませんが、そういう記事ばかりという訳ではないです。このエントリでもとり上げましたが、バランスのいい記事もよく掲載されますし、啓発される記事もけっこうあります。要望を言えば、事実チェックの甘さをどうにかして欲しいこと、またもし在日外国人向けのメディアを目指しているならばネット版については基本情報へのリンクを充実して英語圏での流言飛語を防いで欲しいことぐらいですかね。でもまあこれは私の個人的感想に過ぎません。別の人が見れば別の意見もあり得ましょう。Tokyo Confidentialについて言えば、waiwaiと違ってタブロイドソースであることを明記してある点、記事の選択にそこまでの悪質さが感じられない点から言ってこれを叩くのは行き過ぎに思えます。私の印象では最近ではだいぶ論調も多様化し、変化してきているので日本人が今騒ぐのは有害だと思います。発言する際にはちゃんと複雑な文脈を読んでからなにか言わないと逆効果ですよ。忠告しておきます。

なおコメント欄で議論になったのですが、ハリス氏を褒めてばかりいるのもなんなので批判しておきましょう。このエントリについては日本のナショナリズムが相対的に最も低い状態にあるというすべての議論の前提を明示しているだけましだと思っただけで氏の見方に同意はしていません。「誇り」という単なる日常語を深読みするのが英語圏の一部で「流行っている」ようですが、その意味了解など千差万別なのですから、あまり信頼性の高くない世論調査をもとにしてなにか言っても無意味だと思います。私のいう信頼性の高い社会調査とは勿論日本の新聞の世論調査のことではありません。昔に比べれば大分ましになってきたとは思いますが、それでも調査結果のばらつき具合から見ても問題があるのは間違いないでしょう。「誇り」云々の調査がルール違反に近いあやしいシロモノなのは入門社会統計学的知識でも判る話です。保守層に向けて日本国民の皆が皆自己嫌悪に沈んでいる訳じゃないんだぞ!とやりたかったんじゃないですかね。またハイパーナショナリズムの危険については白昼夢でも見ているのですかと言いたくなりますね。なんだか三島由紀夫の亡霊が気になっているようですが、私にとっては彼は政治的存在ではなく昭和という時代の悲喜劇を見事に演じた千両役者です。また安倍元首相は私にとってはただの無能な若様であって彼のお祖父さんのような凄みは全く感じられませんね。だいたい靖国参拝控えて中国との関係修復に尽力した彼のどこが右翼政治家なんですか。周りに影響されやすいただの「いい人」に見えますけど。日本の保守や右翼(街宣じゃないですよ)の深みや複雑を理解しろなどと言うつもりはありませんが、アメリカのリベラル筋の幻想には毎度の事ながら辟易とさせられます。まあ私は保守でも右翼でもないんですけどねえ。

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コメント

ジャパンタイムズでも性的記事が掲載されていたことが問題になってるようですね。記者はWaiWaiにも書いたことがある人だとか。

http://www.j-cast.com/2008/07/31024368.html

ジャパンタイムズにしろ毎日新聞にしろ、一度日本に批判的になると、歴史問題のようなイデオロギー面だけではなく、こういう低俗な面でも日本を叩きたくなってしまうんでしょうかねえ。

投稿: Baatarism | 2008年8月 1日 (金) 12時52分

Observing Japan の記事はバランスはとれていましたが、平和な国であって欲しい(読売の調査)や、中国の汚染についてもっと強い発言をしてほしい(極東経済)といった国民の声をナショナリズムの例としてあげるというのはいかがなものか、と思いました。これをナショナリズムというなトバイス氏のナショナリズムの定義をかえってうかがいたい、と思いました。

投稿: 空 | 2008年8月 1日 (金) 15時01分

ジャパン・タイムズは批判論調が強いですが、必ずしも単なるバッシング新聞だとは思わないです。ある種の記事については昔の左翼を見ているような懐かしさを感じることもありますけどね。どこかで書きましたが、もっと事実のチェックはしっかりしてほしいですし、ネット版については日本法や判例集のデータなどにリンクをはって情報を充実させてほしい。ジャパンタイムズの記事から流言飛語というパターンももう見飽きたので。Tokyo Confidentialは知っていますが、waiwaiほどひどくはなかったと思いますね。はっきりとタブロイド記事である旨断っていたし、記事の選択にもそれほどの悪質さは感じませんでしたから。こう言ってはなんですが「一流紙」でもないですしね。なんというか大学の学校新聞的な空気が漂っていますね。

投稿: mozu | 2008年8月 1日 (金) 18時16分

ハリス氏は知能程度の低いリベラル左翼みたいにナショナリズム=悪みたいな教条的な思考はしないだろうとは思いますがね。たいした分析力だと思いますが、それでも時々当為の水準が入り込んでブレてしまうんですよね。とりわけ「彼ら」が絡むと。やっぱり平板な捉え方なんですね。他の論者に比べるとだいぶましですけど。感情的な反発を隠しきれない。日本史の中の彼らの位置の複雑性についての認識が足りないと思いますね。私自身の政治的志向性とは全然違いますけどね、でも悪魔化したりはしない。

なおこの辺の問題はアメリカの脆弱性を象徴しているようにも思えます。シリアだろうがヒズボラだろうが交渉できるどこかの老獪な国とは違ってね。あるいは大西洋側のもうひとつの島国でもいいですけど。一般的に言えばアメリカのこういう部分は必ずしも嫌いではないのですがね。ただ言いたいことがあるとすれば、自国の延長で世界を捉えたら間違いますよ、もう少し自分達は「普遍主義的な田舎者」に過ぎないんじゃないかという疑いを持つべきじゃないですか、といったところですかね。そうなったらもはやアメリカじゃないのかもしれませんけどね。なお勿論これはハリス氏に言っている訳ではなく、もっとベタな人達に向けて言いたいのですがね。

追記
コメント少し直しました。ご了解ください。

投稿: mozu | 2008年8月 1日 (金) 18時39分

トバイス氏には、やはり、日本の民主党の陰を強く感じちゃうんですよね。民主党も悪くないのですが、それとの対立で自民党風のことはすべて悪いといった図式を感じてしまう。もっと自由な立場から書いて欲しいところがありますね。

で、例えば、平和な国であって欲しい、中国の汚染問題についてはっきりいってほしい、といったことまでナショナリズムに括って、それをどちらかと言えば否定的に見ようとする、という裏に、日本に対する異様な警戒感を感じるのですね。
それは彼だけではないです。例えばROBERT DUJARRIC氏をググっていたら、http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/44006/
産経の古森氏を日本の敵として叩いているらしい。まあ、古森氏というのは左の英米人からかなり叩かれるわけです。
古森氏の論説を肯定するわけではありませんが、しかし、それほど極端な論陣を張っているわけでもないように思うのですがね?そうした強い非難というのは、どこでも左派のする右派に対する批難の方式なのか、それとも、欧米の左派が欧米の右派の翳になにか不気味なものをみていてそれを日本に投影させているのか、それとも、日本というものに何か不気味さを感じているのかーーーどれなのか、どれも少しずつあるのか、などと考えてしまいますね。

アメリカに関して、「普遍主義的な田舎者」ってのは面白いですね。「田舎者の普遍主義者」ってほうがぼくはいいような感じがしますけど、ぼくはそうした田舎者の普遍主義者に非常に期待と信頼を寄せているところがあるんですね。ある種の田舎者が突然金と力もっちゃったが、その一番のよさは、しかし、言えば聞く耳をもつ人々がいる、という純粋さがある、ところじゃないですかね。だからこそ、日本からもどんどん言説を発信していくべきだと思います。

投稿: 空 | 2008年8月 2日 (土) 00時25分

>どこでも左派のする右派に対する批難の方式なのか、それとも、欧米の左派が欧米の右派の翳になにか不気味なものをみていてそれを日本に投影させているのか、それとも、日本というものに何か不気味さを感じているのか

どれもあるでしょうね。いずれにせよ現実と乖離した批判になってしまっているんですから不安の投影であることは間違いないでしょうね。人間心理一般としては理解できますが、認識者としては駄目ですね。

「田舎者の普遍主義者」のほうが確かにいいかもしれませんね。上に書いたように勿論馬鹿にしているのではなく、アメリカの好もしいところだと思っています。世界にとってプラスの役割を果たしているのもこういう部分から来ていると思いますから。ただ他者認識がなんだか中世レベルと言いたいほどに(勿論誇張表現です)貧弱に感じられるのが困ったものです。一般人はともかく知的階層すらね。またこれを批判するリベラル左翼層も同じ穴のムジナに見えてしまうんですよね。アメリカの理想(普遍主義的人道主義であれ多文化主義であれ)を無批判に全世界に投影し、その敵とみなす者を実態もよく知らずに叩く点ではね。まあ大雑把すぎる話ですし、他者認識の貧弱は日本にも言えることですから、あまり大声で言うつもりもないですが。

投稿: mozu | 2008年8月 2日 (土) 08時58分

Observing Japanは僕はまったく買いません。
Mozuさんの高い評価が正直わかりかねるところです。
(もちろん日本語の読めない外国人記者クラブの面々よりはいいと思いますが、そんなのと比較したら彼に失礼でしょう。)
そもそもHarris氏のナショナリズムの基準がまったく分かりません。どうとでもとれる世論調査や国家主権に関する原則論まで十把ひとからげでニッポン・ナショナリズムでござい、なんて分析でもなんでもないでしょう。安部に奇妙な執着をもってるようですが、「ハイパー・ナショナリズム」なんてどうか、と思いますね。特に安部政権は、幽霊の正体みたり枯れ尾花、って感じでしたし。

古森問題に関しては、結局のところ彼が日本人で唯一英語で論を展開できる人物で、ワシントンのある種のジャパン・ハンドたちにとって吊るし上げやすい格好の対象だったということにつきる、と思います。
もともと、安部=ハイパー・ナショナリズム・古森=その代弁者みたいな構図を作って英字メディアにばら撒いたのも同じ繋がりの人たちみたいですからね。
僕は彼らは論の是非以前に、彼らのあの一段上から見下すような態度がどうも気にいらんです。


投稿: Aceface | 2008年8月12日 (火) 23時18分

ハリス氏の意見に同意するという意味ではないです。彼みたいに福田首相を評価する気にはなれませんし、外交、安全保障についてのヴィジョンもそうとう違うように思えます。内政面のいくつかの点では考えが近いようにも思えますが。空さんの民主党寄りに過ぎるという意見はその通りだと思います。

ハリス氏を評価しますというのはあるいは私の欧米人の日本政治に関する言説に対する期待水準の低さから来ているのかもしれません。「ジャーナリスト」もどんな立場でもいいからともかくなにか書くなら最低限このぐらい調べろよといいたい気分なんですね。内容以前の問題です。

ナショナリズムの話についてはハリス氏のポストで評価できるのは周囲の諸国に比べて相対的に日本のナショナリズムが最も弱いという点が明記されているという一点のみです。馬鹿みたいな話なんですが、この一点の認識すらろくに共有されていない状態でのバッシングが続いた訳ですからね。「期待水準の低さ」というのはこういうことです。

アメリカのリベラル筋の日本の保守派に対する不当なまでの嫌悪については上に書いた通りです。彼らは自分達の単純明快な世界観におさまらないように見える存在は端的に許すことができないようですね。余計ですけど、私は日本の自由主義者やフランスの自由主義者にシンパシーを抱くような人間なので、そういう人間の目から見るとアメリカのリベラルはジャコバンにしか見えないくてうんざりさせられることが多いですね。我ながら乱暴なこと言っているなと思いますけど。

>最後の一文トーンを抑えるよう変更しました。いや、勿論わりと好きなアメリカのリベラル人士もいるんですけどね。ともかくアジア・コンプレックスをどうにかしてくれとだけ言いたい。

投稿: mozu | 2008年8月13日 (水) 02時14分

ちょっとハリス氏に対して失礼過ぎるコメントだったかもしれませんね。ただネット上の英語圏の議論を見渡してみて彼のブログが優れていることは疑えないですし、全体の水準を引っ張り上げる役割を果たしてくれていると思います。その意味での感謝の念のようなものがありますし、私も啓発されたことが何度もあったので評価しています。個別の論点については私もそのうち反論なりしようかなとは思っていますね。

とりあえずこのポストについては追記に書いておきました。

投稿: mozu | 2008年8月13日 (水) 02時40分

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