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ミュンヘン協定ねえ

このたびのグルジア情勢を受けて様々な分析記事が出回っていますが、目にとまったものを紹介しておきます。ル・モンドの「サルコジ、欧州連合、グルジアの窮地」という無署名記事です。以下訳ではなく概要です。

"M. Sarkozy, l'UE et le guêpier georgien"[Le Monde, mis à jour le 16.08.08]
8月12日に停戦合意を結ぶことでサルコジは欧州がこの紛争で駆け引きができる存在であることを示そうと望んだ。アメリカはゲームの外にいた。 言葉上の強がり以上に出ることは出来なかったのだ。初めてワシントンが麻痺し、欧州が行動に出たように見えた。

欧州連合の議長を務めるサルコジは前代未聞の行動主義を見せた。外相ベルナール・クシュネルとともに欧州のパートナー達に交渉の代表委任を求めることなく先んじてチビリシとモスクワに駆けつけた。既成事実をつくった上で合意を有効と認めるように要求した。

この事件が示しているのはリーダーシップが欠けている時には欧州のシステムが不適応をおこすということだ。リーダーシップが機能するのは議長職にある指導者が案件を一手に引き受け、共通の規則を覆す時だけなのだ。この仲介もフランスが規則通りに外相会談を開いたりしていたならば失敗に終わっただろうし、国際法を基盤に代表委任を正式決定などしていたらモスクワとの合意は妨げられただろう。

本質的な問題はサルコジ主導で結ばれたこの合意がモスクワ側の条件で締結された点だ。リトアニア大統領はこの合意をミュンヘン協定に比較すらしている。1938年にドイツ語圏の住民の保護の必要を口実にしたヒトラーのズデーテン、チェコスロヴァキアの併合を英仏は許した。グルジアの領土一体性を承認していないこの合意はアブハジアと南オセチアをロシア側に放棄するようなものだ。この合意は欧州の原則を踏みにじるもので、グルジアへのロシアの軍事的侵略を非難していない。この重大な誤りに加えて当事者達にこの合意に署名をさせるのを忘却し、明白な影の領域を残してしまった事実がある。

確かに一対一の交渉でこれ以上のことをするのは困難、不可能だったが、グルジア問題は悪い出だしとなった。コソボ独立を認めた欧州人はアブハジア人、オセチア人に自決権を拒む立場にない。とりわけサーカシビリ大統領は南オセチアの民間人を爆撃したことで自らを窮地に追い込んだ。

こうしてロシアに有利なこの合議がブリュッセルで承認されたが、ロシアの擁護者のドイツ外相は他のメンバーを反露的にしないように注意深く発言を行った。欧州議会の外交委員会はヴァカンスを理由に開催されなかった。

しかし初めて欧州人は討議をした。旧共産主義国は混乱したが、拒否権は発動しなかった。サルコジはおそらく最もモスクワに敵意をもつ諸国との和解作業の果実を得たのだろう。ここ一年サルコジはイラク戦争の際にジャック・シラクに侮辱されたと感じたこうした諸国の面倒を見てきた。NATO軍事機構への再統合によってパリはもはや反米主義─サルコジによれば「フランス外交の展開を妨げるこの文化的ガン」─を疑われている訳ではない。

ダニエル・コーン・ベンディットによれば、「フランス人はいつものようにあまりにも狡猾に振る舞おうとした。短期的には決裂を止めたのだが、長期的には欧州を強化しなかった」。彼によれば欧州人は立場の相違を長くは隠せないだろう。

フランス大統領はロシア語圏の利害を守る権利をロシアに承認したことで既に政治的信頼の一部を無駄にした。8月14日ワルシャワがポーランドにミサイル防衛システムを設置する合意に署名した際に最初の亀裂が開いた。

ここで決定的な疑問が提出される。ブッシュ政権が追求する対決と抑圧(refoulement)の戦略と断絶すべきなのかどうかだ。この戦略は危険なものである。とりわけ圧力の手段をほとんど持たない時には。ベルナール・クシュネルは調停の際に誰も軍事的にロシアを攻撃しないし、逆にガスをカットすべきでないと述べた。サルコジは第一の解決は1990年代に侮辱されたと感じているモスクワを大国に相応しい敬意をもって扱うことにあり、プーチンとの間の時にざらつくとはいえ率直な関係が進展に貢献できると考えている。

サルコジの主導の妥当性はロシアの善意に依存している。グルジアの領土一体性を承認する国連決議を通じてモスクワが和平案を受け入れること、ロシアがOSCEの委任を受けた監視人の現地派遣に同意すること、グルジアからロシアの部隊の撤退を開始することを確かにする必要がパリにはある。トビリシへのライス国務長官の訪問によってアメリカもこの方向に進んでいる。しかしモスクワが従わないならば、ワシントンは8月19日のNATO外相会談以後再び主導権を握ろうとするだろう。拡大欧州諸国を結集してアメリカはこの紛争に冷戦の古典的風味を再び与え、欧州の解放(emancipation)の試みの失敗を確固たるものにするだろう。


以上、サルコジの和平案はロシアに甘過ぎる、今後の動きでグルジアの領土一体性を確かなものにしろ、EU外交は制度的にうまく機能しない、欧州諸国の利害不一致は大きい、米国の新冷戦的な戦略は拡大欧州の戦略の失敗を明らかにするだろう、といった内容でこのたびのサルコジの仲介外交に辛目の評価をしています。アメリカは合同軍事演習をキャンセルしましたが、フランスはまだしていなかったと思います。今後どうなるのかは判りませんが、仏露の関係というのは伝統的になかなかに複雑かつ微妙なものがありますのでサルコジのようなアングロ・サクソン寄りと見られる大統領でもそこはそれほど単純にはいかないでしょう。なおここで出てくるズデーテン侵略ですが、このたびの紛争でたびたび想起されています。私はこの類比はまったく不適切だと思いますが、敵をナチスに例えるのはプロパガンダの常套句ですからねえ。プーチンの叫んでいた「ジェノサイド」はユーゴを意識したものなんでしょうか。いやはや。それから「侵略(agression)」という国際法上の不法行為を表す語彙を躊躇なく使用しているのも欧米メディアの特徴でしょうね。ところでロシアは国際法的にはどう位置づけているのでしょうかね。個別的自衛権の行使なんでしょうか。

関係ないですが、日本の新聞サイトの英語版では分析記事や解説記事にもっと力をいれたほうがいいと思います。日本国内は勿論少なくとも東アジア情勢に関しては他よりもインテリジェンスもある訳ですし、もう少し吐き出してほしいです。なにかこの地域であったらどうなっているんだと世界中から一斉に読売なり朝日なりのサイトにアクセス殺到するような地位を目指して下さい。仮想的な外国人目線で眺めてみると日本はなにを考えているのだというのが今ひとつよく見えてきません。正直あんまり面白くないです。念のために言っておくと、面白いというのは勿論面白可笑しいという意味ではないですからねえ。

ではでは。

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コメント

"日本国内は勿論少なくとも東アジア情勢に関しては他よりもインテリジェンスもある訳ですし、もう少し吐き出してほしいです。"

無理でしょうね。
まず憲法論議における社の方針が枷になって、安全保障論議が自由にできない。したがって、外交論争は良好な二国間関係の維持に終始し、戦略論はおざなり(もしくはタブー視)になる。

国際部所属の特派員は、キャリア形成の途上での語学研修の関係で、日本外交の専門家ではなく、地域専門家化しているので、自分の担当地域しか目に入らない。(朝鮮半島専門家は半島だけ、中国専門家は中国だけしかみていない。朝鮮屋のほうが深刻ですが)
もっというと中国や韓国の政治を論じるのに完全な自由があるのは(誤解を恐れずにいえば)産経だけ、という問題もあると思います。

投稿: Aceface | 2008年8月17日 (日) 15時50分

>憲法論議における社の方針が枷になって、安全保障論議が自由にできない。
そうした制約の中でももっと言えるはずだと思うのですけどね。また自社の記者さんの筆では難しくとも安全保障や外交の専門家の寄稿記事をもっと掲載するだけでいいと思います。対立意見を併置する形でもいいですし。その点で社論の統一の枷があまりにも強過ぎるのではないですか。社論とは別に国内論議を紹介する場として機能させてほしい。

>完全な自由があるのは(誤解を恐れずにいえば)産経だけ
言いたい意味はよーく判りますが、それで自由民主主義国の報道機関と言えるのでしょうか。あまり根拠のない勝手な思い込みで単なる自縄自縛に陥っている側面はないですかね。日本的な「国際的配慮」というやつのせいで。

投稿: mozu | 2008年8月17日 (日) 16時39分

"そうした制約の中でももっと言えるはずだと思うのですけどね。また自社の記者さんの筆では難しくとも安全保障や外交の専門家の寄稿記事をもっと掲載するだけでいいと思います。"

いろいろとね。先輩や上司の目という奴があるようですし。「外部の専門家」も憲法という踏み絵である程度立場や論旨もわかってしまっているので。一番無難なのは「外国人」なんですが。

"対立意見を併置する形でもいいですし。"
朝日ではかつて宮沢喜一vs中曽根康弘という顔合わせをしてましたが、同じ党ということもあって、いま一つでしたね。
NHKスペシャルの憲法特集では大江健三郎と中曽根康弘という思いきり食べ合わせが悪そうな対談ををやってました。

”あまり根拠のない勝手な思い込みで単なる自縄自縛に陥っている側面はないですかね。日本的な「国際的配慮」というやつのせいで。”

中国も韓国も日本の新聞の論調には非常に目を配っているので、「反中」「反韓」と目されればかなり業務に差しさわりがでます。最近もNHKのあるモスクワ特派員になかなかビザが下りないという問題が発生しました。あくまでウワサですが、前支局長ほどクレムリンの覚えがよろしくないのが理由だ、とまことしやかに語られてます。

産経は産経で社内的な縛りというのはあるかもしれませんけども、とりあえず自由に書ける、ということもあり、他社からの移籍組が国際部の看板記者になってますからね。(ソウルの黒田支局長、北京の伊藤支局長、ワシントンの古森支局長など)ま、だからといって産経が日本のオピニオンリーダーになるべき、とも思いませんが。

投稿: Aceface | 2008年8月17日 (日) 17時29分

非常に空気感の伝わるコメントありがとうございます。いっそのことwaiwai方式にしたらどうでしょう。ただの翻訳だから当社は記事内容には一切責任はもちませんと。いえ、つまらぬ冗談です。

まあ、論調そのものは無難なものでも英語圏の記事には出そうにない情報を巧みに織り込むなど細かい努力で記事の付加価値は上げられると思うのですけどね。日本語版はいいですから英語版こそもっと頑張ってほしいのです。

投稿: mozu | 2008年8月17日 (日) 17時42分

"いっそのことwaiwai方式にしたらどうでしょう。ただの翻訳だから当社は記事内容には一切責任はもちませんと。いえ、つまらぬ冗談です。"

いえいえ、産経の中国総局の記者はブログでまさにそれをしてますけどね。あくまでもネットの噂だから、ということで。

英字面については、どこの社も人事的には決して出世コースではない、というか、はっきり言って窓際です。英語しか能のない英語屋と腰掛けの外国人にまかせとけ、みたいな扱いですよ。

投稿: Aceface | 2008年8月17日 (日) 17時52分

>英語しか能のない英語屋と腰掛けの外国人にまかせとけ
そうなんだろうな感は紙面からひしひしと伝わってきますね。お願いだから少しは頭脳を回してください、と誰に言っているのか判りませんが。

投稿: mozu | 2008年8月17日 (日) 18時26分

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