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普遍史から世界史へ

聖書vs.世界史?キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)Book聖書vs.世界史?キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)

著者:岡崎 勝世

販売元:講談社
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ドイツ啓蒙主義の歴史研究の研究で知られる著者による新書です。歴史研究の研究ですから著者の専門はいわゆる「歴史の歴史」と呼ばれる分野に属することになるのでしょう。つまり過去がなんであったのかの研究ではなく、過去において過去(大過去)はいかに理解されていたのかの研究ということになります。この新書の扱う対象は巨大でありまして数千年スパンでキリスト教的歴史観(普遍史)から近代の科学的歴史観(世界史)への変化を跡づけています。明確な枠組みの下にケレン味のない実直な文体で細部にまでよく目の行き届いた記述がなされています。西洋文化一般に関心のある人には必須の(さほど関心のない人にも有益な)知識を新書で手軽に得られるのでありますからこれは買いだと思います。以下内容の簡単な紹介です。

「普遍史universal history」なる聞き慣れない言葉でありますが、18世紀ぐらいまで西洋世界を支配し続けた聖書に依拠した歴史観のことを意味します。旧約聖書の記述に基づいたこの世界史は「古代的普遍史」「中世的普遍史」さらにルネサンス、宗教改革、大航海時代、科学革命の時代と時代ごとにその姿を変じていくのでありますが、18世紀に啓蒙主義によってついに息の根を止められたとされるものです。これ以降、近代歴史学の発達にともなって登場し、我々の存在をもまたその内部に巻き込んでいるのがかの「世界史world history」と呼ばれる歴史観であります。

著者に倣って旧約聖書に歴史の枠組みを求めるならば、天地創造に始まりノアの洪水にいたる第一期、セム、ハム、ヤペテを始祖とする諸民族の興亡を経てアッシリアの時代までの第二期、「ダニエル書」が描く四世界帝国(カルデア、メディア、ペルシア、ギリシア)が興亡する第三期、そして「ヨハネの黙示録」に描かれるローマ帝国の支配下で迫害に苦しむ第四期から構成されることになります。次に歴史の典拠となる旧約聖書に関しては、ヘブライ語聖書、ギリシア語訳聖書(七十人訳聖書)、サマリタン版聖書、ラテン語訳聖書(ウルガータ)と複数あり、その記述や数字の齟齬が後の論争の火種を提供することになったとされます。さらにこれを素材にして歴史を構成するその作法(聖書年代学)の起源となったのが例のユダヤ人歴史家のヨセフスであり、キリスト教徒も彼に倣うことになりますが、後の時代に決定的な意味をもったのがエウセビオス=ヒエロニムスの年代学とアウグスティヌスの救済史とされます。

エウセビオス=ヒエロニムスの年代学ですが、例えば、ノアの大洪水が2242年、イエス生誕が5199年です。言うまでもなくこれはキリスト紀元ではなく創世紀元ですが、エウセビオスはこうした旧約聖書の年代学の中に他の世界をいかに組み込むかに腐心します。バビロニア、エジプト、ギリシア、ローマの各地の歴史や伝説を旧約聖書の世界観へ強引に組み込んでいくのですが、アッシリアやエジプトの処理には多くの矛盾を残すことになったとされます。これは後述のように大問題となります。次にアウグスティヌスですが、この古代最大の教父の「神の国」と「地上の国」の交錯からなる救済史においては人類史は8つに時代区分されています。また人間の成長に類比して「幼年期」(第1期)「少年期」(第2期)「成年期」(第3〜5期)「老年期」(第6期〜)とも呼ばれますが、イエス生誕以降人類史は老年時代に入る訳です。例えば、独自の計算によって大洪水は2262年、イエス生誕は5349年と修正されますが、この救済史にエウセビオス的な年代学が組み込まれ、大きな筋立てとして四世界帝国論(アッシリア、ペルシア、マケドニア、ローマ)も継承されたといいます。

かくして古代的普遍史が完成されるのですが、これはローマ世界に対するキリスト教の護教活動と結びついていたとされます。うさんくさい新興宗教との疑念を前に旧約聖書との連続性を強調することで古さと正統性を主張し、聖書の歴史に世界の全民族の歴史を包括することでキリスト教的世界観の優越性を示し、もってギリシア人やローマ人に改宗を説得することを目的としたと。また第四帝国たるローマ時代にイエスが出現したことをもって「神の国」の担い手がユダヤ人からキリスト教会へと移行したと説明することでユダヤ教との差異化もはかったとされます。いずれにせよ普遍史は天地創造から神の国の実現までと始まりと終わりの明確に区切られた独特の時間感覚をもった歴史として、当時正典視されたという「バルナバの手紙」によれば6000年という明確な時間幅(あと何年残っているのか!問題)の歴史として構成されることになります。

この古代的普遍史を中世に引き継ぐ役割を果たしたのが7世紀のイングランドの修道士ベーダです。彼の「時間論」および「時間計算論」の内容はほとんどエウセビオスとアウグスティヌスの枠組みそのままですが、ベーダ経由でこの古代知は中世に受け継がれたそうです。しかし真に中世を代表する普遍史を書いたのは12世紀のフライジングのオットーであるといいます。彼の「年代記」のローマ帝国までの内容はアウグスティヌスの丸写しですが、オットーの独創はその後の時代の処理にあるとされます。西ローマ帝国が滅んでしまった後の歴史をどのように普遍史枠組みに組み込むのかという問題です。古代のキリスト教徒にとっては第四帝国たるローマ帝国の崩壊とともに世界は終末を迎えるはずであった訳ですが、この歴史の存続の事実をオットーは東ローマ帝国、カール大帝の西ローマ帝国、神聖ローマ帝国と継承されていく帝権の存続に求めます。つまりローマ帝国は滅んでおらず、第四帝国たるローマ帝国は現存しているという立場です。さらに彼は異教的ローマとキリスト教的ローマを区別し、後者に皇帝と教皇が、あるいは国家と教会が役割分担をする形での地上の国と神の国の「混合状態」を認め、この二つの権力を焦点とした楕円的な世界として中世ヨーロッパ世界を記述します。クローヴィスまでにこの楕円的ヨーロッパが形成され、以後、グレゴリウス7世の時代までが国家と教会とが協調する「混合状態の教会」が完成した時代と位置づけられます。彼にとってはハインリヒ3世の時代がこの頂点であり、この協調体制を崩すグレゴリウス7世のいわゆる叙任権闘争によって世界は急速に終末に向かっていくことになるとされます。実際には世界は終末を迎えない訳ですが、このオットーの普遍史は皇帝権、教皇権の両者によって自己の支配権の思想的支柱として長く利用され続けられることになったといいます。

こうしてなんとか生き延びた普遍史ですが、中世以降は度重なる危機に見舞われることになります。まずルネサンスの一撃としてマキャベリによる政治的世界の発見が挙げられています。「君主論」で宗教的論理から決別した政治論の可能性を開いたと言われるマキャベリは「フィレンツェ史」においても徹頭徹尾「力量」の保持者たる人間が織りなす対立と抗争の歴史的世界を描いたとされます。またルネサンスの古典研究がエジプト史問題を再燃させることになります。エウセビオスにおいてもエジプト史の古さの処理(大洪水の年代より前に存在していたことになる)が重大な矛盾を残していたのですが、中世には忘却されていたこの問題がヘロドトスのエジプト史(11340年!)とディオドールスのエジプト史(5000年)の「発見」によって無視できなくなります。

また伝統的普遍史に危機をもたらした要因として宗教改革が論じられます。まず著者が挙げているのがプロテスタント的普遍史の白眉として知られる「四世界帝国論」を著わした16世紀のドイツの人ヨハネス・スレイダネスです。この歴史の枠組みそのものは古代、中世の普遍史の伝統を踏襲したものでありますが、スレダネスの独自性としてまず第一帝国をバビロニア帝国としている点が挙げられています。古代、中世の普遍史においては第一帝国はアッシリアとされていたのですが、ダニエル書の記述に忠実であるスレイダネスはこれを排除します。また第四帝国たるローマ帝国に関してはフライジングのオットー同様に古代ローマ帝国と中世ローマ帝国を統合して当時のカール5世にいたる歴代のローマ皇帝の事蹟が記述されます。最後に特徴的なのはその苛烈なローマ教皇、カトリック教会批判、また聖書中心主義的にヘブライ語聖書年代学に依拠している点であるとされます(カトリックは70人訳聖書)。この信仰心溢るるプロテスタントによる聖書の批判的研究が普遍史の内部崩壊を招くことになるのは歴史の皮肉としか言いようがないのですが、17世紀ぐらいになるとホッブズ、スピノザのような知識人もモーセ5書の著者がモーセでないことを公的に論じるようになり、さらにカトリックの司祭リシャール・シモンがプロテスタントの「聖書中心主義を批判するために」聖書の権威そのものの根拠を相対化する聖書の批判的研究(預言者=書記説)を敢行するという倒錯的な展開を辿ったことも歴史の皮肉と言えましょう。

こうした内部からの崩壊に加えて大航海時代には新大陸と中国という他者の発見によって外部からも動揺が加えられます。新大陸の「発見」はヨーロッパ、アフリカ、アジアの三大陸からなる伝統的世界像に衝撃を与えた訳ですが、ここでインディアンをいかに普遍史に組み込むのかという問題が発生します。インディアンが「人間」なのかをめぐって今から見れば破廉恥極まる議論が大真面目に展開されたことは有名ですが、多種多様な起源説がこの時期大量に生産されます。「古イスパニア説」「カルタゴ人説」「東インド起源説」「アトランティス起源説」「ギリシア人起源説」「イスラエル人起源説」などなど既知の「民族表」に関連づけようとする種々の試みがなされたといいます。移住したアジア人という聖書の枠組みに編入可能な存在であることが判明したことで普遍史は今しばらく持ちこたえる結果になった訳ですが。

マルコ・ポーロ、マンデヴィルという中世における前史がある訳ですが、本格的な中国との接触がイエズス会士によってなされたことは高校世界史レベルでも既知の事項なので詳述は控えますが、とりわけインパクトを与えたのがマルティニの「中国古代史」であったとされます。三皇五帝からイエスの時代(漢代)までを扱う本書で中国史は紀元前2952年に始まるとされますが、これは計算されたノアの洪水以前の出来事であるという(普遍史側から見た)矛盾を提出するものでした。これに対するリアクションはある意味滑稽を極めるのですが、フォシウスなる中国狂はノアの大洪水が全世界を襲ったものでなく局地的な現象に過ぎなかったと論じる一方で、ゲオルグ・ホルンは伏羲=アダム、神農=カイン、黄帝=エノクと聖書と中国の史書が同一の事実を語っているとし、またウェッブは堯=ノア説を採用し、ノアは中国に住み、方舟も中国で建造したという説を提出します。他にも伏羲=ゾロアスター説、漢字=ヒエログリフ説に基づく中国人=エジプト人説などなど「民族表」との関連づけのゲームが18世紀ぐらいまで続いたといいます。

さらに普遍史と科学革命の関係を論じるにあたって本書ではニュートンの普遍史の試みが紹介されています。ギリシア、エジプト、アッシリア、ペルシアの年代学である「改訂古代王国年代学」ではアルゴナウテース遠征が天文学的に前937年と確定され、この絶対年代を基準にその他の年代が確定されるというようにニュートンらしい方法論が駆使されているといいます。最大の問題であるエジプトの古さの問題は天文学と歴代ファラオの「虐殺」によって解決されます。ニュートンによればエジプト人はヘブライ人よりも新しい民族だそうです。ニュートン自身は絶対時間と絶対空間という意味を剥奪された時空概念を提出する一方で真面目に普遍史的な時間を擁護をすることに矛盾を感じていなかったといいますが、この点でも最後の魔術師にして最初の近代科学者的であったと評されています。

以上のような危機を受けて激しい論争が起こるのですが、著者はこれを「年代学論争」と名付けています。中世以降の年代学の枠組みをつくったのが16世紀のカルヴァン派のヨハネス・スカリゲルなる人物です。「時間修正論」においてその恐るべき語学力と博識で古代バビロニア人、エジプト人、ペルシア人、エチオピア人、ゲルマン人、ギリシア人、ローマ人の暦、イスラム暦やインド暦など当時知られたすべての暦を参照し、「ユリウス周期」と呼ばれる尺度を基準にこれらすべての暦の対応関係を確定したといいます。彼によればノアの洪水が1656年、イエス生誕が3948年、彼のいた時代が5500年となりますが、この間に起きた出来事を包括する大年表を作成します。スカリゲルを悩ますのがエジプトの古さの問題で、「仮定のユリウス周期」を置いてエジプト史の起点を置くという数学的処理を行うのですが、天地創造に先立ってしまうという矛盾を抱えてしまいます。以下、ペタヴィウス、アッシャー、ボシュエ、ペズロンと新旧両教徒の年代学者の論争が紹介されますが、この年代学論争は上述の危機に対して普遍史の枠組みを擁護する試みであると同時にカトリックとプロテスタントの時間をめぐる宗教闘争でもあったと位置づけられています。エジプト史と中国史の古さにいかに立ち向かうか、ヘブライ語聖書と70人訳聖書のどちらかに依拠すべきか、聖書の批判研究や「自由思想家」達にいかに立ち向かうかなどこの論争の賭け金は甚大なものでした。

しかしこの種の試みが空しく瓦解するのは18世紀の啓蒙主義時代のことです。「歴史のコペルニクス的展開」をもたらしたヴォルテールが「ルイ14世紀の世紀」で示すのは古代ギリシア、古代ローマ、ルネサンス、ルイ14世時代を高い峰とする文化史ないし精神史の枠組みです。聖書的世界が放逐され、世俗的世界における理性的存在たる人間の「理知」の進歩の歴史が記述されるのですが、著者はこの進歩史観(人類の自己啓蒙の発展史)がキリスト教的進歩観(神による人間教育の発展史)の世俗化である事実を注記するのを忘れてはいません。またこのニュートン主義者は「歴史哲学」において6000年という普遍史の時間を放棄し、人類史はアダムとイブではなく地球上の変化から開始されます。また歴史の空間的広がりは地球規模に拡大し、アラビア人、インド人、アメリカ人、中国人の文化と社会も記述対象となり、文明の多元的発生論が主張され、旧約聖書はもっとも新しい民族のひとつたるヘブライ人の偏狭な世界観に過ぎないと批判されます。なお中国の古さは普遍史の否定の根拠として利用される一方で彼の進歩史観において中国は「停滞」した文明という診断が下され、長らく消えない中国停滞論の端緒も開かれます。

一方歴史学の発展もまた普遍史にとどめを刺すことになるのですが、まず17世紀末のケラーによる古代、中世、近代の古典的三区分法の提唱があります。ケラー自身は普遍史の枠組み内にいたとされますが、この三区分法は聖書的時代区分論に風穴をあける事になります。また著者が重視しているゲッティンゲン学派の祖たるヨハン・クリストフ・ガッテラーは普遍史から世界史への変化を体現する存在です。ガッテラーの初期の普遍史では四世界帝国論が放逐され、三区分法が導入され、中国や日本などのアジア諸国の歴史が記述されるなどの革新が見られ、また後には世界史の名称が採用され、旧約聖書が「伝説」の地位に引き下げられ、年号体系が変更され、文化史的観点から6つの時代に時期区分され、モーセと並んで孔子が記述されるなど地球大の規模の歴史に拡大されたといいます。最後の世界史になると創世紀元の使用以外には普遍史的要素は皆無となり、全地球規模の文化史、社会史に変貌しているとされます。こうしてフランス啓蒙主義者の外からの攻撃ばかりでなく誠実なるプロテスタント歴史学者による自己否定によって普遍史は打撃を受けることになったといいます。

これに続くシュレーツァーは自覚的に普遍史と世界史を区別します。普遍史は聖書文献学と世俗的文献学の補助科学にすぎなかったが、世界史(Welt Geschichte)は諸事実の系統的集成であるとともにそれを通じて大地や人類の現状を理解するものであると。内容的には啓蒙主義的な地球大の文化史、社会史であり、人類史は古代、中世、近代の三区分(とそれに先立つ始原世界、無明世界、前世界の三区分)で記述されています。創世紀元も放棄され、「キリスト前(B.C.)」年号が採用され、科学的知見から6日間での天地創造も否定されます。この「キリスト前」年号はいくらでも過去に向かって延長可能な非宗教的な時間であり、キリスト教的な時間たる創世紀元とは本質的に異なることを著者は強調しています。

このようにして時間をかけて普遍史から世界史へというプロセスが進行した訳ですが、最後に著者は19世紀末において普遍史が学校教育の場で教授された稀少な事例として明治日本を採り上げています。そう、我が国においてなぜかアダムとイブから始まる世界史教育がなされていたのです。この翻訳教科書の底本はアメリカで出版されたグードリッチの「パーレー萬國史」なのですが、著者によるとアメリカでは普遍史的な歴史記述は長く残っていたそうです。福沢諭吉が持ち込み、新渡戸稲造が激賞したこの万国史は諸国民の興亡からなる19世紀的な普遍史ですが、帝国主義時代にあって世界情勢の理解に飢えていた明治知識人の欲求にかなうものであったといいます。また神話記述からスタートするこのスタイルは日本史の教科書でも踏襲されていたため違和感なく受け入れられたのだろうと「共通の精神構造」を指摘しています。

以上、本書はハンディーな新書ながら(このブログでは専門書は基本的にとりあげない方針です)古代から近代までの西洋世界の歴史意識を知るのに大変貴重な情報に満ちています。ここでは紹介しなかった論点や事例も多数ありますが、それぞれたいそう興味深いものがあります。こんな風に聖書年代学やら民族起源論の類いは現在ではオカルトの領域に押し込められている訳ですが、かつては正統的な知的伝統であった訳です。なお普遍史的伝統は世界史の中にも残存しているし、完全に死んだものとは見なせないのではないかといった印象も抱いています。著者も指摘するように啓蒙主義的な進歩史観の中にもヘーゲル=マルクス的な歴史の目的論やらその他様々なバリエーションの中にもその尻尾は残っているでしょう。またアメリカではこの伝統は長く残ったということですが、どなたかアメリカにおける普遍史の歴史を研究されていないでしょうかね。私の不確かな記憶でも確か第四帝国としてのアメリカとか誰かが言っていたような気がするんですよね。なお最後の帝国としてのローマというのはたびたび浮上するたいそうディープなテーマで個人的には興味があったりします。なぜああもローマ帝国を存続、復活させたがるのかという点はこういう歴史観の理解がないと意味不明になるんですよね。オクシデンタリズムの罠には嵌るまいと思うのではありますが、いわゆる「西洋」というのはやはり他者だなあと感じさせられるのはこういう部分です。面白いですけどね。

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コメント

 長文。
 保存して、紙に印字してから読みます。
 何か、役に立ちそうです。
 有難うございます。

 http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/
 一般法則論 

投稿: 一般法則論者 | 2008年8月 3日 (日) 16時15分

あまり意味もなく長い文章を書くのが好きなんです。なにかのお役に立ていただけますと幸いです。

投稿: mozu | 2008年8月 3日 (日) 21時50分

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