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動けぬ欧州

このたびのロシア・グルジア間の「戦争」がポスト冷戦時代において「グローバルなバルカン」とも呼ばれる中央アジア・コーカサス地域をめぐる地政学的対立の一局面であるというごくおおまかな認識は、我が国もこの地域に及び腰ながらも関与し始めているだけに日本国民にもそれなりに知られてもいいのかななどと思ったりもしますが、歴史的に関係が希薄な地域ということもあってアブハジアとかオセチアとか言ってもなにそれという反応が一般的なのも宜なるかなとも感じます。高校世界史の中ではオリエント史と中央アジア史をこよなく愛した口ですから(この地域の地理も好きだった)地名レベルでの愛着もあったりしますが、そういう人はごく限定されているのでしょう。それはごく健全なことだと思いますが。

そうした大きな枠組みの中にあってこの紛争に直接影響を与えた最近の出来事と言えばすぐにコソボの独立とウクライナ、グルジアのNATO加盟見送りが思いつきます。また欧州素人ウォッチャーとしてはNATOの存在意義ってなんなんだろうという観点からこの紛争を見てしまいます。もし先日の首脳会談で加盟に成功したならばNATOには防衛義務が発生したでしょうから、あるいはこうした事態を見越してドイツやその他の国々は必死になってブロックしたのだろうかと邪推したくもなります。いずれにせよ今回の事態になにか有効な対応を示す事ができないようであれば、既にグリップが弱まっているとたびたび伝えられる東欧諸国の猜疑と不満はますます亢進していくことになるような予感がします。

フランス議長国の下における欧州連合においては安全保障の枠組みとしてこのNATOと欧州連合との2つの枠組みをどう摺り合わせていくのかというのが大きなテーマになっていますが、この議論に対してこの紛争がどのような影響を与えていくことになるのかにも注目せざるを得ません。さあ、どうするつもりですか、サルコジさん、無力な欧州のままでいいのですか。今後の具体的な動きとしてはフィガロの記事によれば、週明けに欧州連合の外相会談が開催され、そこで即時停戦、グルジアの主権と領土的一体性の尊重、紛争開始以前の現状回復の3点からなる声明が発される予定であるといいます。なお注記しておきますと私自身は現在のグルジア大統領にそれほどのシンパシーを抱いている訳でもありません。私が無限の連帯を表明する宛先はこの地域の無辜の住民達だけです。

「コーカサスの戦争」par Pierre Rousselin [Le Figaro]

8月9日付の社説です。以下訳ではなく概要です。ロシアと親西洋的なグルジアのこの戦争はモスクワが分離主義を支持しているグルジア内の領域をめぐって始まったものだが、この賭け金はそれ以上のものだ。これはロシアとその「近隣の外国」、さらには大西洋同盟との関係にも関わるのだ。敵対状態の即時停止、国際的に承認された国境におけるグルジアの主権と領土的一体性の尊重、こうした原則を課すことが必要であり、ロシアが利用しているコソボの一方的独立宣言を忘却させる必要があるだろう。誰が火薬に火をつけたのかは知らない。ただオリンピック開会式に合わせて戦闘が開始されたのは偶然ではない。注意は他所にあり、グルジア人もオセチアの分離主義者もこの機会を利用しようとしたのだ。ロシアの軍事介入がなければグルジアはこの反乱地域のコントロールを回復できただろうが、モスクワが戦車と戦闘機を戦闘に投じた今となってはグルジアにはなすすべもない。紛争の拡大、アブハジアへの戦線の拡大を防ぐには停戦と交渉開始が緊急に必要なのだが、これは容易くない。民族主義が完全復活したロシアはコーカサス南部に足場を失うような決定をできない。アブハジアと南オセチアはロシアにとっては公然と敵対的なグルジア内の2つの橋頭堡であり、ここで2003年の「バラ革命」で失った立場を回復することを望んでいるのだ。ロシアの恫喝に立ち向かうことを決心し、アメリカの支援でNATO加盟の道を進めているグルジア大統領は西洋諸国の援助を当てにしている。この国がカスピ海からの炭化水素の通過する貴重な回廊となったことを彼は知っているが、彼はたぶん幻影を見ている。NATOがグルジアを助けるためにロシアに戦争をする危険を犯すだろうか。チビリシ近郊の軍事基地を爆撃したロシアの戦闘機は西洋の無力を指摘した。この紛争は両国間でずいぶん前から準備されたものだ。アブハジアをめぐるドイツの仲裁が失敗し、戦争が始まってしまった今、フランスが議長国を務める欧州連合はロシアとの回復不能なまでの関係悪化を避けるために再び主導権を握らなければならない。以上、即時停戦して交渉を開始せよ、グルジアの主権と領土を尊重せよ、しかしロシアは言う事は聞くまい、なんと西洋は無力なのだ、ともかく欧州連合はロシアとの交渉で主導権を握れという内容でした。

「グルジアの戦火」[Le Monde]
8月8付の社説。以下同様に概要です。ソ連の旧共和国諸国はソビエティスム、もっと正確に言うとスターリニスムの清算をし続けている。オセチアでの現在の紛争はスターリンが仕掛けた時限爆弾であり、少数民族の「ナショナリスム」との戦いを口実に、この紛争はこの地域を二分した。ロシア連邦に属する北とグルジアに「与えられた」南とに。1991年の独立宣言以来、グルジアは3つの分離主義運動に直面した。アジャリ自治共和国はグルジア側についたが、アブハジアハは20万人ものグルジア人の追放後、ほぼ独立状態となり、国際承認はないがロシアの全面支援を受けている。南オセチアも同様だ。ロシアへの帰属を求める意思は1991年に最初の戦争をひき起した。グルジア大統領は広範な自治権を提案して「領土的一体性」を守る意図を常に示してきたが、この目的は達成されなかった。現在の紛争の責任が誰にあるのであれ、「平和維持」を口実に部隊を維持するロシアにはこの紛争解決を妨げるほうに利益がある。この固定腫瘍はグルジアに対する政治的、軍事的圧力の手段をロシアに与えることになる。グルジアがNATOに加盟する時にはなおさらだ。これに対して西洋は無力に見える。ロシアの圧力に対して譲歩するようグルジア人に求める訳にもいかないし、コソボの先例を利用するロシアに対して動きかける手段もほとんどない。いつかロシアとグルジアの間で選択を迫られた時にどちらに傾くのかを想像するのも難しくはない。モラルではなくリアリスムがグルジア人に対してロシアを挑発すべきでなく、ロシア人の挑発に答えてはならないと促すのでなくてはならないだろう。以上、これはスターリン主義の亡霊だ、西洋にはこれに対抗する手段がない、グルジアよ、無茶をしないでくれという内容でした。

というようにあいかわらず優柔不断な欧州でした。確かにどうにも動けないよなあとは思いますが、なんだか最近の欧州は日本みたいですね。リベラシオンがいい分析記事を掲載していましたので後で紹介するかもしれません。それでは皆様御機嫌よう。

追記 変な記述になっていたところを直しました(8.10.2008)。 20080808caucasusethnicfr http://www.rue89.com/explicateur/ossetie-comprendre-la-nouvelle-guerre-du-caucaseより転載。

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コメント

グルジア情勢を見ていて、「日中戦争の始まりってこんな感じだったのかなあ」と思ってしまいました。まあ中国とは国土の広さが全然違いますが。
ロシアは南オセチアやアブハジアばかりか、トビリシまで進撃するのではという観測も出てきてますね。ロシアの目的はサーカシビリ政権の打倒と、BTCパイプラインの掌握なんでしょうか?

投稿: Baatarism | 2008年8月12日 (火) 14時59分

どうも開戦は偶発的要素が強そうな印象も受けますね。しばらく前からずっと小競り合いは続いていましたから。しかしこういう形になってしまったのはなんとも。

直接的に政権の打倒まではしないような気がします。グルジア国民の間での大統領の支持率はどうなっているのでしょうね。BTCパイプラインの話についてはどうもグルジア側から出ている情報みたいですからどこまで信じていいのか判らないです。

私にはロシアも必ずしも明確な目標を持って臨んだようには見えないですね。しばらくは膠着するんじゃないでしょうか。散発的な戦闘が続く中で両自治共和国での分離工作を更に進めていくというような展開かなあと想像しますが、どうなることやら。

投稿: mozu | 2008年8月12日 (火) 18時28分

トビリシまで進撃、というシナリオはないでしょう。グルジア国民のサーカシビリと欧米への信任を落とすのが目的でしょう。サーカシビリは失地回復に失敗した上、報復攻撃を招き、NATOは結局無力、というのを見せ付けるためじゃないですか。あんまりやりすぎてグルジア国民がサーカシビリの元に結集しすぎても具合が悪いとおもいますし。
それにしても、サーカシビリが南オセチアに対してやっていることは、ミロセビッチがコソボにしたこととおんなじですね。

投稿: Aceface | 2008年8月12日 (火) 23時26分

>それにしても、サーカシビリが南オセチアに対してやっていることは、ミロセビッチがコソボにしたこととおんなじですね。

そうですねえ。欧州ではなかなか言えそうにないですけれどもね。

投稿: mozu | 2008年8月13日 (水) 19時25分

ただどうしてこう日本の報道はグルジア一辺倒なのでしょうか?サーカシビリ大統領は結構食わせ物だというのは前々から知られていたことのような気がするのですが。

ユーゴスラビア内戦のときもそう感じたのですが、中欧・東欧・中央アジア情勢に関してはよほど気をつけないと、大マスコミの報道にミスリードされてしまう気がします。

ただ、改めてEUの無力さは感じました。これはユーゴ内戦から感じておりますが。

アメリカの外交姿勢にはいろいろ問題があることは重々承知していますが、EUには米国を批判する資格があるのかと思ってしまいます。ユーゴ内戦もそうでしたが、結局米国抜きにはほとんど効果的な外交ができない。

限界を感じますね。

投稿: tomojiro | 2008年8月15日 (金) 02時48分

tomojiroさん、コメントありがとうございます。

>ただどうしてこう日本の報道はグルジア一辺倒なのでしょうか?

判官贔屓というばかりでなく一般に日本のメディアの反プーチン的偏りは左右を問わないように思えますね。朝日も産経もそれぞれ動機は違うのでしょうが、なんのニュアンスもなくずっと批判一色ですよね。いや批判は無論構わないのですが、なんだかひどく平板で単調に見えます。

>アメリカの外交姿勢にはいろいろ問題があることは重々承知していますが、EUには米国を批判する資格があるのかと思ってしまいます。

あまりないと思いますね。欧州内での戦争リスクがなくなったのは確かに歴史的偉業なんですが、すっかり内向きになってしまっているように感じます。ドイツが動けないのは理解できますが、フランスについてはサルコジがもう少しリードするかなと思っていたのでなんだかなあという感想を持ちますね。やはりEUという枠組みはスケール・デメリットが大き過ぎるのではないでしょうか。各国がもっと自由に動けたほうが効果的に外交ができそうに思えるのですが。ただこの件に関しては動き難いのも事実でしょうね。とりあえず和平案の提出以外になにができただろうかと考えると・・・。グルジアはともかくウクライナ加盟交渉あたりで少し欧州の主導性を見せて欲しいなあと思います。

投稿: mozu | 2008年8月15日 (金) 04時01分

そもそもEUにしろNATOにしろ拡大さえすればいいのか、と思いますね。
ジョージ・ケナンがクリントン政権が99年のNATO第一次拡大の時(ポーランド・ハンガリー・チェコ)反対した理由はロシアのナショナリズムを目覚めさせるというものでした。実際旧ワルシャワ条約機構国を受け入れるときにこうした問題が生じるのはわかりきっていたわけで、いまさら驚くほうがどうか、と。ウクライナもグルジアもロシアとの緩衝国でいいんじゃないの、と思いますが。

戦後欧州の安定はアメリカとソ連という域外の超大国が作り出していたという事実に、欧州はもっと謙虚であるべきですよ。
先日言及されたイアン・ブルマのベルギー問題の論考ではありませんが、もともと国民国家間のナショナリズム競争を止揚するための枠組みが、今はそれを煽っているという矛盾を欧州は再認識すべき、だと思います。

投稿: Aceface | 2008年8月17日 (日) 16時11分

フランスびいき(なのかな?)のくせに私自身はユーロ懐疑派的なんです。前に書きましたが、共通通貨のユーロはいらんだろう、共通外交政策なんて無理な話だろう、欧州内部の戦争の危機は過ぎているのだからそんな大仰な枠組みを拵えなくとも各国緩く連帯する枠組みぐらいでいいだろう、そのほうが効率的かつ効果的な「統合」をなしとげられるだろうと。

冷戦以降の統合の急激な進展は理念先行でそこには抗米意識が働いていたと思いますが、それもあまり現実的な根拠があるようには見えませんでした。そういうこともあってここしばらくこれまでの無理が噴出している印象を受けますね。

結局はアメリカの戦略次第なんだと思いますね。どこもそうですけど。アメリカが対露強硬的に動くか融和的に動くかに合わせてフランスもその枠組みの内部で巧妙に立ち回って欧州内での地位を維持しようとするということなんでしょう。今度のNATO加盟交渉はどうなるんでしょうかねえ。ドイツもウクライナに関してはオーケーらしいですね。

投稿: mozu | 2008年8月17日 (日) 18時13分

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