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諸行無常

以下ニュースクリップ。

三菱UFJ、モルガンに20%出資 最大9000億円[日経]
野村証券のリーマン買収に続き、大型のM&A案件です。私はこの分野については(いや、どの分野についてもか)歴史的な見方しかできないので意味のあることはなにも言えないのですが、それでもなにかしら感慨深いものがありますね。モルガン家の栄光の時代なんてはるか昔の話ですけれどもやはり老舗の風格みたいなものはなんはなしにあったわけですよね。中はともかく外から見ると。FTでも特集があったみたいですが、日本勢が買いあさっているというのが国際ニュースになっています。すっかり意気消沈していた感のある日本の金融屋さんもそれなりに動き始めているようでなりよりな話です。次の展開につながるといいですね。まあ私個人には関係ないんですけどね。次に気になるのはUBSの行方ですかねえ。

"Prepare for N Korea crisis, says Japan"[The Australian]
ampontanさん経由の記事。オーストラリアンの日本記事ってなにか微妙な感じなんですけれど(ラッド首相に日本重視を訴えたりもしてますけれどね)、この記事は北朝鮮がらみでの日本の動きを報じています。麻生氏の選挙演説の引用、それから内閣が北朝鮮の偶発事態に備えたプランを検討、更新する会合を開くことを伝えています。

The contingencies include conflict on the North-South and North Korea-China borders, uncontrolled refugee flows into the region, civil war between competing elements of the People's Liberation Army, and the threat of missile attacks or, less likely, nuclear strikes on Seoul and Japan's east coast cities, including Tokyo.

と起こり得る事態について列挙されています。周囲の環境の荒々しさやメディアのいつもの煽りにかかわらず国民が相変わらずのほほんとしているようなのは今では我が国の強みのような気すらしてきてもうとうに苛立つのは止めていますが、北朝鮮は本当にどうなるんでしょうね。どうでもいい脅威としてキム氏が頑張ってくれているのが日本にとっては一番都合のいい展開だったという説が有力ですが、遠くない将来になんらかの決断を迫られそうです。そしてそれが出来そうなのは麻生氏ぐらいなんでしょうか。

"The road to Yasukuni's survival" by Kiroku Hanai[Japan Times]
Japan Timesが懐かしい論調の避難場所であることは周知の事実でありますし、私はそうした論調を揶揄する趣味はないのでありますが、このオピニオンにはさすがに深いため息をついてしまいました。靖国に批判的なのは全然構いませんよ。それはそれで立派な意見です。でもね、靖国問題でお父さん、正義の鉄槌を、って情けなくないですか。恥知らずにもほどがあります。いいですか、これは日本国民が解決しないといけない話なんですよ。9条ありがとうの人なんでしょうけれどもね、もういい加減精神的に自立なさいな。あなた方とニューディーラー気取りとの馴れ合いの構図は醜悪という他ないです。政治的には全く評価しませんけどね、せめて天木氏ぐらいの矜持は持ったらどうですか。

米政府のAIG救済はダブルスタンダードか?アジア通貨危機と比較[AFP]
アジア通貨危機の時と今回を比べてダブルスタンダードではという話。スティグリッツが糾弾したようにこの時のIMFの指示はなんとも苛烈でしたね。ここでは韓国の人が発言していますが、フランスからはこのたびのアメリカの「経済愛国主義」を讃える声が飛んでいますね。勿論嫌みです(笑)。日本の金融危機の時にもずいぶんと批判していましたよねえ。空売り規制って、そんなのありですか。一方でthe United Socialist State Republic of Americaみたいな皮肉がでるのも米国ならではですね。今後は米国でもリベラル派のエコノミストの声が強くなるんでしょうかね。ケインズ、ミンスキー復活の声があちこちから聞こえるのですが・・・、今度は逆に極端にふれ過ぎなければいいなと思います。日本は常に真ん中あたりを走っていればいい。そういう国なんですから。そんな感を強くする日々ですね。

とっちらかった感想ばかりですが、それでは取り急ぎ失礼します。

追記
JTのオピニオンですが、いわゆる戦後民主主義の一番駄目な部分(外部の権威に極度に弱く自分達の自由民主主義をそもそも信じていない部分)をこの姿勢に感じ取ったわけですが、あるいは読み込み過ぎだったかもしれませんね。それでもなに言っているんですかという感想に変わりはないです。あなたがなすべきは問題の複雑性について、いろいろな議論や提言があってもなかなか事態が動かないその理由について、外国人読者の期待の地平を裏切って、分析し、説明することではないですか。

"US woes are a taste of honey for Japan"by Gillian Tett[FT]
気になった記事追加。アメリカの不幸は日本にとって蜜の味ということで日米逆転の構図を描いています。Tett氏は日本の金融危機の著作(未読)のある方です。これを読んで有頂天になる人はいないでしょうけれども(いや、いるか)、無常感漂うものがありますね。この記事は二国間の比較でどうこう言っていますが、アメリカの場合には対岸の火事では済まないのがつらいところですね。

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コメント

アメリカが自国の問題に如何いう対策を採ろうと構いませんが、その対策を他国に厚かましく押し付ける愚かさがアメリカに対する嫌悪感を生んでいることに、もう気付いてよい頃だと思います。
とはいえ、ヘッジ・ファンド全盛の頃、ヘッジ・ファンドのやり方には規制が必要とのマレーシアのマハティール氏の主張を、日本のエコノミストの殆どが、英米の国の人と一緒に、遅れた考えとして嘲笑しました。その後、ヘッジ・ファンドがロシアで失敗し、多額の損失を計上したとたん、アメリカは、ヘッジ・ファンドの活動に規制を導入しました。このとき、それは退行だ、と主張した日本の経済研究者・エコノミストを寡聞にして知りません。
大前研一氏が定義したボーダレス・ワールドのあと、グローバル・エコノミーという言葉が意味を持つ言葉として使われるようになり、それがいつの間にか、グローバリズムとかグローバライゼーションという言葉に吸収されてしまいました。今では日本は無論のこと、英米のメディアでもこの用語が当たり前のように使われています。日本で経済を語る人たちには、『リフレ派の人は』などと井戸端会議の小母ちゃんみたいな仲間内の話で盛り上がるのではなく、己の見識をしっかり持って語って欲しいものです。

投稿: chengguang | 2008年9月23日 (火) 10時26分

私は勉強させていただく立場なので大きな声では言えませんが、特に日本では経済学者と経済評論家との距離が大きいような印象を受けますね。そのせいか前者の言説には恨み節のトーンがつきまとうように見えることが多い気がします。後者の無節操な傾向は誰もが知る通りですね。勿論傾向性の話なので人によりますが。

なになに派となになに派の対立みたいなものはどこの国でもありますが、ネットの世界ではどうもパプリックな議論という感じにならないですね。議論のスタイルのせいなのか、意見集約する仕組みの不在のせいなのか判りませんが、もったいないような気がします。罵り合いや立場の違いの確認に終わってほしくないですね。

マハティールはそれなりに正しいことを言っていたと思います。あの時はIMFの言う事を聞いた国ほどひどいことになりましたからね。米国のルールの押しつけですが、まあ、そういう国ですからね、そう簡単に変わる話ではないでしょう。いい面も悪い面もあるでしょうけれど、ここしばらく悪い面ばかり目立つような事態になっているのは事実でしょうね。反米主義には距離を置いている私でも苛立つことがありますからね。

投稿: mozu | 2008年9月23日 (火) 13時58分

>周囲の環境の荒々しさやメディアのいつもの煽りにかかわらず国民が相変わらずのほほんとしているようなのは今では我が国の強みのような気すらしてきて

こののほほんさがなくなると、日本も韓国みたいになってしまうのかもしれませんね。もっとも日本も高度成長期あたりまでは戦前戦後を通じて、デモだの大衆運動だのテロだのクーデターだのと、結構殺伐としていたわけですが。

今回、日本勢によるアメリカの投資銀行(元・投資銀行?)への投資が相次いでいるのは、中国やロシアやアラブよりはジャパンマネーの方が信頼できるという判断があったのかもしれませんね。普段はあまり役に立たなくても、こういうところでは国家の信頼というソフトパワーが効いてくるのかも。

マハティールが今回の金融危機についてどう思っているのか、一度聞いてみたい気はしますね。まだご存命ですから、誰かインタビューしてみればいいのに。

投稿: Baatarism | 2008年9月24日 (水) 10時26分

>もっとも日本も高度成長期あたりまでは戦前戦後を通じて、デモだの大衆運動だのテロだのクーデターだのと、結構殺伐としていたわけですが。

やはりその時代でも大多数はのほほんとしていたのではないかという気もしますが(各時代にのほほんカルチャーがありますから)、韓国っぽくなるというのはそうでしょうね。やはり似ている部分がある国ですから。大陸や半島で大きな動きがあった時にどこまで国民が冷静でいられるのか信頼したいのですがねえ。

>普段はあまり役に立たなくても、こういうところでは国家の信頼というソフトパワーが効いてくるのかも。

テキはなかなか老獪ですからうまく立ち回ってくれるといいです。しかしアメリカはともかくイギリス大丈夫なんでしょうかね。製造業シフトもできないでしょうし。次にどんな手を打ってくるのか興味深いです。

ドクター・マハティールのインタビューは読んでみたいですね。多分激しい英米型資本主義批判をするでしょうね、それからアジアの連帯を訴えそうです。まあ男気のある人ですからね。

投稿: mozu | 2008年9月24日 (水) 12時00分

マハティール氏の見解は下記でご覧になれます。

http://www.nst.com.my/Current_News/NST/Tuesday/National/2357417/Article/index_html

投稿: chengguang | 2008年9月24日 (水) 16時07分

情報ありがとうございます。やはりドクターはダブスタ批判していますね。もっと言いたいことはあるでしょう。


投稿: mozu | 2008年9月24日 (水) 21時26分

HANAIさんの記事に関しては、JTにコメントを送ろうと思いましたが、非常に細かい個人情報を入力しなければならないので断念しました。自分たちの個人情報は公開せず、他人の個人情報を一方的に知りたがるのは何故なのでしょうか。
HANAIさんの記事は最後の四段落が主文で、前文一段、本文二段、結論一段として読みました。あれほどアメリカに縋り付きたい気持ちは、何処から生まれてくるのでしょう。理解できません。
靖国への閣僚の参拝を非難する人たちは、政教分離の日本憲法に違反すると主張しますが、そもそも憲法の想定する政教合一とは如何いう状態を言うのか、の説明を寡聞にして知りません。その上、閣僚の靖国参拝では鬼の首をとったように喜ぶ日本のマスメディアも、公明党は素通りです。不思議なメディアの日本です。
最近のFTの金融記事は精彩を欠いており、金融誌と言うよりは政治色の強い、その割りに内容のない記事が多くなっている気がし、読まなくなりました。特に日本については、嫉妬と妬みが丸出しのような記事が多いので、このGillianさんの記事も裏を考えてしまいました。

投稿: chengguang | 2008年9月26日 (金) 21時27分

JTは読者からの手紙欄で公開するつもりがなければcontact usからメアドと名前だけで意見は送れますね。何度かクレームを入れました。日本語でも大丈夫だと思いますよ。

ええ、この平和主義者の一部に見られる依存心性はなんなんだというのが腹が立つ以前に不思議ですね。所詮9条と日米同盟はセットだからですかね。甘えんなの一言です。

おっしゃるように日本の政教分離の話は靖国にのみ集中してその他はスルーというよく判らない状況にありますね。つまり法理の問題というよりもイデオロギーの問題です。厳格に解釈したとしても、私的参拝の権利については信教の自由から保護されるべきであることは言うまでもないのですがね。要は結論ありきで憲法原理なんてどうでもいいんですよ、騒いでいる人達は。

確かに最近のFTの記事はつまらなくなっています。嫌みにしても冴えがないですね。英国風の嫌みというのはわりと好きなはずなんですけれどもね。内容の皮相性ですが、要は改革派vs抵抗勢力といった単純な枠組みでしか見ていないんです。小泉一派カムバックしか言っていません。

ただ日本関連記事はどこもゴミですよ。だいたい途方もなく無知な上に取材もしなければ事実の確認もしない記者ばかりですから。日本語もできずにそもそもどうやって記事書けると思えるのかその精神構造が不思議です。外人記者クラブなんて少数を除いてもはや阿呆舟状態ですね。

投稿: mozu | 2008年9月26日 (金) 22時08分

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