« 諸行無常 | トップページ | 秋の戯れ »

規制主義的自由主義

ここ1週間ほど仕事で激しく追いつめられていたわけですが、なんとか乗り切りましたのでほっとした気分でブログの更新しておきます。まあなんとかなるもんですね。

いやあ、すごいことになっちゃってますね、ここで欧州経済についてずっと悲観的な見通しを書いてきたわけですが、どうやら現実が想像を超えつつあるようです。英米については報道が多いですので私は地味にフランスまわりの状況をクリップしておきましょうかね。

"L'AMF enquête sur la déconfiture de l'action Natixis"[Le Figaro]
日本にも進出しているみたいですが、一般にはあまりなじみのないナティクシスは仏国を代表する投資銀行のひとつです。サブプライム問題の直撃を受けたところでして、資本の増強がはかられたわけですが、その際に大口投資家達が不自然な動きをして株価が下落した原因を金融監督庁が調査することになったそうです。今年に入ってから株価が70%も下落しているんですよね、ここ、やばくないですかね。

"Dexia lance une augmentation de capital de 6,4 milliards, à 9,90 euros par action"[La Tribune]
デクシアは日本の地方公共団体にもけっこう投資しているのでご存知の方も多いでしょう。フランス、ベルギー、ルクセンブルクの三ヶ国による総額64億ユーロの公的資金の投入が決定されたようです。首脳陣は責任をとって辞任ということですね。売り浴びせ状態だったようですが、これで息継ぎできるのでしょうか。

"Plan Dexia : la France pourrait recourir à l'emprunt"[Le Figaro]
それでフランス政府が投入することになっている10億ユーロですが、借金頼りになりそうです。報道官はこれは投資だから問題ないのだと主張しています。

3,8 millions pour l'ex-patron de Dexia?[Les cordons de la Bourse]
で、リベラシオンのブログでニコラ・コリ氏が噛み付いています。辞任することになった社長のミレール氏が380万ユーロの退職金を受け取ることになるかもしれないぞ!と。どうもここしばらくあらゆることに既視感を覚えますね。

"Nouvelle crise de 1929, ou pas ?"[Le Figaro]
このたびの危機において1929年が頻繁に想起されていますが、似ている部分もあるけれども違うところもあるよという記事。株価下落、連鎖倒産、景気後退といった点は同じだが、当時は経済減速が銀行倒産に先行していたし、中央銀行が蛇口を閉めてしまった。それに対して現在は世界的な成長は4%と底堅く、中央銀行は一年前から流動性を市場に供給し続けていると。バーナンキは1929年の専門家だと持ち上げて記事は締めくくられています。うーん、歴史が完全に同じ仕方で繰り返すということは勿論ないわけですが、それが必ずしも楽観的な見通しを与えてくれないようなのが困った話なわけですよね。

エコノミストにサルコノミクスについてのいい記事がありましたので紹介しておきます。何度か書きましたが、私はサルコジを「新自由主義者」だと思ったことはありません。規制論者にして競争主義者、国家主義者にして自由主義者というなかなか分類し難い存在です。フランスの史的内在論理からすると理解可能なんですがね。まあともかく物事はイメージだけで語るべきではないです。この記事のように今度の金融危機であるいは違った照明が当たることになるかもしれません。もっともこの高波の中をうまく泳ぎきれるかどうかは判りませんがね。以下粗い訳です。

"How Europe responds"[Economist]
一人また一人と欧州の指導者達はウォール・ストリートに対して福利の勝利を称える列に連なっている。「市場は常に正しいという考えは狂った考えだ」とフランス大統領ニコラ・サルコジは宣言した。サブプライム危機の間に行われたような米国の自由放任イデオロギーは「危険だったし、また単純過ぎた」とドイツの財務大臣ペール・シュタインブリュックは口を出した。イタリアの経済財務相のジュリオ・トレモンティはベストセラーとなったグローバル化の危険についての自著の正当性を証すものだと主張した。

ウォール・ストリートの凋落に対する欧州の感情が独善的だと誇張するのはよくないだろう。今週ベルギー、フランス、ドイツ、アイルランド、オランダの各国政府は先を争って困窮した銀行の救済に乗り出したが、このことは米国からのドミノ効果に欧州経済がどれほど晒されているのかを確認してくれる。退廃した米国資本主義を嘲笑するのに急なフランス左翼の社説子すら喜びを噛み殺した。「銀行界の逆上したような動揺ぶりを眺めているのにはなにからしら喜劇的なもの、愉快なものすらある。もし地球の経済的均衡は言うまでもなく何百万という人達の雇用が問題になっているのではなければの話だが」とリベラシオンの編集者のロラン・ジョフランは書いた。

にもかかわらず米国の苦難に対する欧州の反応には共通の糸がある。こんな風に続くのだ。無制約的な自由市場は誤りだということを我々は皆知っていたのだが、こう言うと我々は嘲られたのだ。そして今我々はあなた方の行き過ぎの対価を支払っているのだ。資本主義の堕落への人々の驚きを前にして、政策実行型の国家(activist state)が再び流行になっている。欧州人はそのことに信頼を持ちつつあるのだと。

しかしこうしたことが本当にどこかの国の政策を変えるのかどうかについては疑問がある。 いいテストがフランスだ。最近の宣言から判断すると中道右派のサルコジ氏は決定的に左転回した。2日間で2度、彼は自由市場資本主義を非難した。「自由放任は終わった」とトゥーロンで彼は宣言した。「常に正しい全能の市場は終わったのだ」。

これは単なる修辞ではない。上昇する失業率に対してサルコジ氏は15億ユーロの単年度の福祉から仕事へ(welfare-to-work)計画を開始した。これは低賃金を補う国家補助金に基づくもので、資本所得への1,1%の課税によって賄われるものだが、この措置は同じ党の議員達の多くを狼狽させた。減税についての話は棚上げされた。そしてサルコジ氏は2012年までに政府予算を均衡させるという約束を守るために公的支出を削減することに失敗している。

しかしこれは経済政策の真の転換なのだろうか。かつてサルコジ氏は「アメリカ人」というレッテルを貼られたが、実際にはサルコノミクスは常に分類を拒むものであった。産業政策においては国家による救済をずっと支援してきたし、2004年には財務大臣としてエンジニアリング会社のアルストムの救済に政府の金を使うことに反対する欧州議会と戦った。2007年の選挙演説の時に、彼は「自由貿易はドグマ足り得ない」と宣言し、金融資本主義が「道徳化される」よう訴えた。

しかしサルコジ氏はまたグローバル化を否認するのではなくこれに応える必要性をフランス人に訴えるために尽力してきた。週35時間制を発明した国にもっと働くこと、もっと主導権を発揮すること、国家からの補助金をあてにしないことを懇願してきたし、時間外労働を税や社会費用から免除した。もし失業者が2回以上仕事の提供を拒否した場合には給付を削減するために福祉のルールを引き締め、競争の監視を強化し、安売り店が出店しやすいようにした。いやいやとはいえ、グローバル資本主義に適応しなければならないことをフランスの有権者が知っていたがためにサルコジ氏は選ばれたのだった。

この点でサルコジ氏のトゥーロン演説を精読することは啓発的だ。金融資本主義に対する攻撃と並んで彼はまた「資本主義は西洋文明の尋常ならぬ発展を可能にしたシステムである」ことを思い起こさせた。彼は盲目的な国家介入ではなく国家と市場の新たなバランスについて論じているのだ。このバランスというのは所有する者としてではなく─極限的な場合を除いて─規制する者として、そして競争を強制する者として国家の役割を強めるものだ。

これはサルコジ氏の自由化の改革をどこに連れて行くのだろうか。「危機は改革の鈍化ではなくて加速的なリズムを求めている」と彼は語った。金融規制について彼は欧州連合の指導者達に会計ルールを厳格化することを求め、グローバルな金融の枠組みを再考するためにG8の指導者達の会合を求めた。国内改革について彼は経営幹部の給料やゴールデン・パラシュートへのさらなる規制を主張している。しかしこうした措置はサルコジ氏の並行的な措置であるところの官僚を削減し、起業家精神を促進し、福祉への依存を戒め、組合を無力化し、競争を支援する自由化の努力を脱線するものではなさそうだ。

かつての税金の高い国家の比重の大きなモデルが雇用と成長の面で限界に突き当たったことは多くの欧州人同様にフランス人は知っている。最近のル・パリジャンの調査でも60%がサルコジ氏は改革を継続ないし加速すべきだと答えた。鈍化させるべきだと答えたのは30%に過ぎない。フランス流社会主義がウォール・ストリートに到来することを怖れるアメリカ人もいるかもしれない。しかしフランス人が指導者として本当の社会主義者を選んだのは20年前のことなのだ。

追記
一部表現を修正しました。アメリカよりも欧州のほうがやばそうだということはずいぶん前から言われていたのですけれども、やはり欧州連合という枠組みは機動性と柔軟性に乏しいですねえ。これじゃあ、身動きとれないじゃないですか。

上述のトゥーロン演説のビデオにリンクしておきます(第一部第二部)。

|

« 諸行無常 | トップページ | 秋の戯れ »

フランス」カテゴリの記事

経済」カテゴリの記事

コメント

『経済は市場に任せろ』はグローバル・エコノミーの謳い文句で、日本の経済論者にも多くの信奉者を生んでいます。しかし、日本の政治家には、先人が採用した『経済』という単語の原意である経世済民を思い起こして欲しいと願っています。
経済思潮や動向に右顧左眄することなく、国民の安寧と国家の繁栄を企図するのが政治の役目と考えていますので、政治家には、経済面から政治を見る眼ではなく、政治面から経済を眺める眼を持つことを望んでいます。そういう意味では、サルジコ氏の主張は奇異な物ではありません。彼は真正政治家なのだと思います。

投稿: chengguang | 2008年10月 2日 (木) 17時40分

フランスは伝統的に政治が経済に対して優位に立つ国です。それは良い部分もあり悪い部分もあるのですが、それは「国柄」ですから仕方がない。サルコジはフランス人から見るとアングロサクソンみたいだとなるのですが、私から見ると立派なフランス人です。

政府と市場の関係はいかにあるべきかというのは大きなテーマですが、やや(アメリカ的な意味での)保守に寄り過ぎていた反動はあるかもしれません。それが日本経済にとって良いのか悪いのかは難しいところですが、新たな成長局面では日本の持ち味がもっと活かせるといいですね。ここしばらくはきつい状況が続きそうですけれども。

>国民の安寧と国家の繁栄を企図するのが政治の役目
これは悠久の政治的真理ですね。政治の死などということは勿論ないわけです。もっとも経済の論理というのは峻厳なものですから甘く見てはいけないですけれどもね。

投稿: mozu | 2008年10月 2日 (木) 21時30分

欧州中央銀行が、欧州連合協定法により、連合構成国の救済が出来ないために生じている問題は、かなり以前からイギリスのジャーナリストが指摘していました。スペイン、イタリアの経済悪化も以前から指摘し、イタリア財務大臣の楽観的説明を皮肉っていました。その上、今回のアメリカ危機に対しても、欧州政府は対岸の問題としていたが、ポールソン氏の提案が拒否されたことによる自国銀行の打撃の大きさにやっと気が付いて救済を始めた、と伝えています。
一方、欧州銀行に対するフランスの資金投入の噂は事実ではない、とフランス蔵相が否定していますので、欧州経済危機が何処まで拡大するのかは、まだ予断を許しません。
また、ソマリア沖では、戦車を積んだウクライナの船が海賊に捕捉され、アメリカ、ロシア、そしてEUが軍艦を出動あるいは出動させようとしています。マレーシアは既に自国タンカー保護のため軍艦を三隻出動させています。それにしても、日本の野党やメディアの能天気振りには、言葉がありません。

投稿: chengguang | 2008年10月 3日 (金) 20時34分

私はフランスびいき(?)なわりにはユーロ懐疑派なんですね。共通通貨にも共通外交政策にも批判的な意見を持っています。ので英国保守派の見方というのはよく判ります。ただフランスにもユーロ懐疑派というのはしっかりいまして私の意見はそちらの方に近いですね。それとスペインは言うまでもなくイタリアも悲惨極まる状態です。よく冗談で言われるリラ復活もあり得るかもですね。

日本の政治報道のひどさには私もあきれかえっていますね。総選挙なんてやっている場合じゃないのに解散風ばかり吹かせていったいなにをやっているんでしょうねえ。ふう。

投稿: mozu | 2008年10月 3日 (金) 23時50分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/507226/24188034

この記事へのトラックバック一覧です: 規制主義的自由主義:

« 諸行無常 | トップページ | 秋の戯れ »