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変われば変わるほど

「狡(こす)いぞ日銀」[産経]
一般紙はまたスルーかと思ったのですが、産経が今回の利下げについて批判的な記事を掲載しています。産経の経済論調ってこんな感じでしたかね。一言、「狡いぞ」と。中央銀行の政策について一般の人が関心がない(さらに日銀がなにをしているのかも知らない)というのはどうかと思いますのでこうやって記事が出ること自体は多分いいことなのでしょう。でも普通に考えてこういうイベントの時にはエコノミスト達が各紙に論評を寄稿するものだと思うのですが。ところで産経サイトの「小新聞化」傾向は世の中的にはどのように受け止められているのでしょうか。世相への敏感さとある種のアナーキーさが持ち味だったのは以前からそうだったような気もするのですがどこまでいくのかやや心配になります。

“パラオの父”死去 日本軍玉砕のペリリュー島で遺骨収集や慰霊に尽力[産経]
産経らしい記事ということなのかもしれませんが、遺骨収集事業に関しては個人的に思うところがあるので感慨深く読みました。こういう方への感謝を忘れるべきではないですし、また個人で執念深くやっている方にも関心が払われるべきです。本当は政府が動くべきなのであって、こういう部分を怠るから祟られるのだと思います。

"Probing the real Japan"[JT]
国際交流基金賞受賞記念のケネス・パイル氏のインタビュー記事。著名な近代日本外交史家で最近話題になったJapan Risingの著者です。積読ですが、明治期の欧化と国粋のせめぎあいを扱った著書もあります。このインタビューでも著者の基本的な考え方が示されています。長期的な視座からいわゆる政治文化の連続性を強調する議論ですから文句のある人もあるでしょうが、そうした視座にはそうした視座なりの認識利得があるのだろうとは思います。それですべて説明されると困りますがね。

まず日本はその生存のために外的環境の変化にきわめて敏感でなければならないという条件を背負っている国であるという点。長期的なスパンでの外部環境への適応の話です。インタビューにはありませんが、著者によれば、ここから日本の驚嘆すべき「機会主義」の伝統が生まれると。外部からの無原則的な文化の摂取の貪欲さもこの外部環境への敏感さと関わっているわけです。島国は多かれ少なかれそういう傾向があるような気がしますが、これはまあその通りでしょうね。

それから日本の保守的伝統とはなにかという点。日本の保守的伝統は全歴史を通じて一貫している。アメリカは占領時代に日本を民主化し、保守主義を根絶やしにしたと考えたが、彼らは生き残り、今でも権力を握っている、今の内閣のメンバーを見てご覧なさいなと。それで日本の保守とはなにかという点ですが、

And Japanese conservatism is very different from conservatism in, say, Europe, where you have a set of deep-seated conservative principles. Japanese conservatism is pragmatic. It goes with the flow.

欧州の保守のようなプリンシプルズを持たないプラグマティストだ、流れのままに行くと。go with the flowというとなんだか禅みたいです。なんだかんだ言っても私はこういうプラグマティズムの伝統については基本的には尊重していますので、ドグマチックな保守には違和感を抱くのかもしれません。非イデオロギー的な実際家といえどもやはり言葉は欲しいわけでそれを供給する言論の質の悪さに困惑させられてしまうようです。ついでに言っておくとパイル氏によれば日本の保守的エリートは国粋主義だろうが亜細亜主義だろうが自由民主主義だろうが西洋的な意味において「信じている」わけではないということになるのですが、そこまでクールなマキャベリスト集団とまで言えるかなという気もしてきますね。「情」の成分の濃さというのもありますね。

最後に外部から見るとなにをしたくてどこに行こうとしているのかさっぱり判らないが、そこには感知し難いdeliberateな戦略というものがある。インタビューでは、最初に日本に来た頃には戦後の世界情勢への非関与は平和主義や戦争のトラウマによって説明されていたが、そこには戦略の存在が感じられた、永井陽之助教授が「吉田ドクトリン」と名付けたものだが、日本が戦略をもっているということを見つけ出すことが一番エキサイティングだったと語っています。また日本で変化が起こる時にしばしばその急激さで外国人を驚かせるが、それは部分的には我々がレーダーの下で進行している事態について研究していないからだと言います。

The things that are changing — they're there, and when the tipping point comes, whether it's through North Korea deciding to fire a missile over Japan again, or Chinese provocation, or something, or a consensus reached through a political realignment at home — Japan can change very rapidly because those things are there.

those things are thereのフレーズを繰り返しているのですが、お前さんには見えないのかと言いたいのかもしれません。そういうわけで著者はJapan Risingでやはり微細な兆候的な事象から今後は日本が外交的にassertiveになると予測しています。インタビューでは軍国主義云々ではないよと釘を刺していますね。前からそう思っていましたが、このインタビューを読んでいて日本研究というのは暗号解読に近いものがあるんだなとあらためて感じました。また日本研究者の第一世代と第二世代の差について述べているところも興味深かったです。ライシャワー世代に比べるとsympatheticでないということはないのだが、アカデミックなのでもう少しdispassionateだと。個人的にはこのぐらいの距離感がいいようです。それと小沢一郎の高評価がこの人の特徴でしょうね。そこからアーミテージ・ナイ・リポートを批判したわけです。日本がイギリスみたいになるはずがないと。ところでJapan Risingの邦訳がなくて韓国語訳があるという状況はどうなのよと思います。あちらでは日本の野望云々の文脈で受け取られているようですね。とほほ。

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コメント

最後に外部から見るとなにをしたくてどこに行こうとしているのかさっぱり判らない

ぼくなんか、内部からみてもさっぱりわからない。

投稿: | 2008年11月 4日 (火) 08時03分

those things are thereだそうですよ。

投稿: mozu | 2008年11月 4日 (火) 22時55分

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