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協同主義の地下水脈

占領と改革 (岩波新書 新赤版 1048 シリーズ日本近現代史 7)Book占領と改革 (岩波新書 新赤版 1048 シリーズ日本近現代史 7)

著者:雨宮 昭一

販売元:岩波書店
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岩波新書のシリーズ日本近現代史は発刊とともに現在の左派ないしリベラル派史学者の動向をつかむべく目を通したのですが、その中で異彩を放っていたのがこの「占領と改革」である点には多くの方が同意されるのではないでしょうか。想定される岩波新書の読者層の困惑した表情を想像してしまいますが、たぶん想定されていない読者であろう私にも、うーむ、これは、とかなり微妙な読後感が残りました。ただ著者とモチーフを共有しない人間の目にも本書が荒削りな印象を与えるもののひとつのパースペクティブを示しているという点で無視できないように思えましたのでメモしておきます。

帯のいささか扇情的な「占領がなくても戦後改革は行われた その原典は総戦力体制にある」が示しているように本書は冒頭でジョン・ダウワー的な「サクセス・ストーリー」としての占領統治史に抗うことを宣言しています。反米色の強い右派論壇人の異議申し立てとは異質な理路を辿る本書が、現在もなお世界各地で強迫反復される「占領改革モデル」の相対化を目指すという動機に発していること、また同時にグローバル化の名の下に世界を席巻する「市場全体主義」に抗して「協同主義」の思想水脈の可能性を提示するという現在的な問題意識からなる戦略的読み直し作業であること、こうした点について著者は隠し立てなく正直に打ち明けています。ここで読者を選んでしまうわけですが、まあ先に進みます。

本書を理解する上でキーになるのが1980年代ぐらいから話題になった「総力戦体制論」の枠組みです。簡単に言うと、戦前と戦後を連続的なものと捉え、現代社会のシステムが戦時体制に端を発しているという見方のことです。これは日本に限った話ではなくて、一般に総力戦体制において政治、経済、社会の合理化、国民の平準化と平等化等等が進行し、こうした動きは戦後の福祉国家体制へと接続したとされます。例えばいわゆる構造改革主義のバイブルのように世間を賑わせた「1940年体制論」という本がありましたが、同じような認識に依拠して戦時に由来するとされるシステムの改革を説く書物でした。本書が違うのは市場主義に対して総力戦体制下に端を発する「協同主義」で対抗せよという真逆のモチーフになっている点です。来るべき社民主義的なものの可能性をここに見るということですね。そしてこうした著者のモチーフがよくあるナラティブを転倒させるような暴力的な読み直し作業を導くことになっています。

著者の用語系では「高度国防派」「社会国民主義派」「自由主義派」「反動派」の4種類に戦前の政治潮流が分類されています。高度国防派は上からの軍需工業化と国民負担の平等化を強行する政策を推進した陸軍統制派や革新官僚のことです。東条英機、岸信介、加賀興宣、和田博雄といった具体名が代表するところの勢力です。社会国民主義派は下からの社会の平等化、所有と経営の分離、労働条件の改善、女性の社会的地位の向上を目指した勢力で近衛内閣周辺の人脈や昭和研究会のメンバー達のことです。本書のキーワードの「協同主義」や亜細亜共同体はこの人脈に由来しますが、風見章、麻生久、有馬頼寧、亀井貫一郎、千石興太郎といった人物がこの派に分類されています。自由主義派は産業合理化、財政整理、軍縮、自由主義経済政策を追求する20年代以来の政財界の主流勢力で、田中義一、浜口雄幸、鳩山一郎、吉田茂などの名が挙げられています。最後の反動派は明治体制への復帰を唱える勢力で観念右翼、地主、陸軍皇道派、海軍艦隊派がここに分類されています。真崎甚三郎、末次信正、三井甲之などの名前が挙げられています。

勿論この分類については異論もあるでしょうけれども、そもそも多様性を切り分ける作業たる分類とは本質的に暴力的なものでありますし、この大ざっぱな分け方にもそれなりの認識利得があるように思えます。左右とか保革といった枠組みに依拠しなくてもいいところ、また右翼と軍部の台頭により・・・といった通俗的なナラティブを無効化させてしまうところがあるからです。 著者によれば、総力戦体制を構築したのが前二者であり、これに抗ったのが後二者であるということになります。これがはっきりするのは戦争末期において自由主義派と反動派が反東条派、反翼賛派を形成して倒閣運動を起こした例の動きです。実際、反動派の領袖たる平沼騏一郎のきわめて両義的な動きは私も以前から気になっていました。本書で引用される近衛文麿の言葉を引用すると、

軍閥と極端なる国家主義者が世界の平和を破り日本を今日の破局に陥れたことに付いては一点の疑いもない、問題は皇室を中心とする封建的勢力と財閥とが演じた役割及び其の功罪である、此の点米国に於いては相当観察の誤りがあるのではないかと思ふ。即ち、米国では彼等は軍国主義者と結託して今日の事態を齎したと見て居るのではないかと思う、然るに事実は其の正反対であって彼等は常に軍閥勢力の向上を抑制する「ブレーキ」の役割を努めたのである。(中略)日本を今日の破局に陥れしものは軍閥勢力と左翼勢力の結合であった、今日の破局は軍閥としては確か大なる失望であるが、左翼勢力としては正に彼等の思う壷なのである。

というように戦争の原因を軍閥勢力(高度国防派)と左翼勢力(社会国民主義派)に求め、封建的勢力(反動派)と財閥(自由主義派)がこれに抗ったのである、米国はこのことを理解していないと近衛公は述べています。今でもアンクルサム氏は理解していないようですね。いまだに政治勢力としてはどうということもない人々に過剰にぴりぴりしているわけですから。

なお社会国民主義派ですが、著者は本書においてその戦争責任を糾弾しているわけではなく総力戦体制下における現代化勢力としてむしろ「肯定的に」捉えています。そしてニューディーラーと協同主義はきわめて近い政治潮流であったにもかかわらず、占領軍はこのことを認識できずに彼等を超国家主義者と見誤ってしまった点を指摘しています。また改革とされるものもすべて高度国防派と社会国家主義者のタッグが用意していたものであり、占領統治がなかったとしても戦後改革はなされたであろうとし、リベラリズム対封建主義という素朴な対立図式で理解しようとした占領軍の不見識を嘲笑しています。彼らが改革したと錯覚した日本は総力戦を通じて既に現代化した社会だったのであり、この致命的な錯誤は現在もなお米国の世界戦略を狂わせていると。なおググってみた限りはどうみても左派である著者はこの章で右派と見まがうほどの「愛国」ぶりを発揮しています。また翼賛体制の「肯定的側面」(そう言う言葉は使っていませんが)を説く著者は戦後左派の認識の縛りを軽々と突破しているようです。

戦後この協同主義がどうなったのかですが、翼賛政治会、大日本政治会、日本進歩党、民主党の流れ、また日本協同党、協同民主党、国民協同党の流れに受け継がれ、国民民主党で両者が合流して改進党、日本民主党、最後には保守合同により自民党の中に協同主義の潮流が流入したプロセスを描いています。また社会党にも協同主義の潮流は流れ込んでおり、イデオロギー的には左から共産主義、社会主義、協同主義、自由主義の中央の位置を占め、左右の両者に関わっていたとされます。そして協同主義的な政権として著者は片山政権と芦田政権を挙げています。さらに55年体制が完成して以降も自民党、社会党の内部で協同主義の思想水脈は命脈が保たれ、戦後日本の中道的なスタンスを可能にした要素と著者はみなしているようです。著者には岸信介と社会保険についての論考もあるようですからこの高度国防派の領袖の一人も協同主義者として評価しているのでしょう。最後に現在世界規模で自由主義派が席巻する中にあって協同主義派の復活に著者は期待を寄せているのは当然のことですね。戦後的な保守と革新の対立の時代は終焉し、自由主義対協同主義の対立の時代に回帰したとしています。

淡々とした筆致で書き進められるのですが、以上のような著者の認識はきわめてラディカルなものに見えます。社民主義的なものの価値を説く人はたくさんいますし、亜細亜主義の可能性を説く人もそれなりにいますが、総力戦体制的なものに自己の政治思想的根拠を求める人はあまり知らないからです。いえ、そういう潮流を知らないでもないのですが、ここまでストレートに語った例はあまり知りません。政治的にはどちらかといえば穏健と賢明を求める一方で、認識におけるラディカルさにはわりと寛容な質ですので居心地の悪さとともに著者にはもっと走っていただいて左派やリベラル派を撹乱して欲しいものだなという感想を抱きました。もっとも現実において高度国防派と社会国民主義派が今後台頭するようなことになったならば、自由主義派としては反動派とタッグを組んで(笑)打倒する側にまわりたいものだとここに書き記しておきます。自由主義派と穏健な社会国民主義派の連携というのは場合によってはあり得ましょうけれどもね。といった具合にこれは歴史の書というよりは政治の書です。歴史好きとしては協同主義に関するもっと緻密で実証的な研究がなされることを期待します。このテーマはいろいろなものが見えてきそうで面白そうですね。

追記
最後のほうは半ば冗談みたいに書きましたが、景気後退が長引くと「協同主義的」な声も大きくなる可能性がありそうです。それがアジア主義的感情と接続して奇妙なイデオロギーにならないことを祈っています。また左派論壇には素朴な反米主義的感情をうまく処理することを願います。戦後的な思考の縛りから解放されることそのものはいいと思うのですが、歴史の探求はともかくこの論調では政治的にはやや危うい印象を受けます。興味深い事実や認識を提示しているとは思いますけれども。

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