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閉ざされた言語空間

"The ghost of wartimes past"[Economist]
"Japan's revisionist problem"[Observing Japan]
エコノミストの幕僚長氏の更迭に関する記事です。内容はObserving Japanのいくつかのエントリの内容のほぼ引き写しです。ここしばらくのエコノミストの政治ネタのハリス氏のブログへの依存ぶりは普通の参照の度合いを超えていると思いますが、こんなんでいいんですか。まあ経済ネタ以外ははじめから期待していないですけれども。内容については特に言う事はないです。まあこう書かれるよねという見本です。以前のエントリで書いたように例の「論文」の稚拙過ぎる内容を支持できるというのは知的にさらには道徳的にどうかしている人しかいないでしょう。これは右だの左だのとは無関係です。また政治的次元から言えばこの幕僚長氏の自爆行為はこれまで自衛隊が揶揄されつつも必死に築いてきたソフトイメージを壊してしまうものであり、国益侵害的なものであることも忘れてはならないでしょう。自衛隊関係者=右翼みたいなステレオタイプを強化してしまうことは我が国の自縄自縛的な安全保障の枠組みを動かしていく上で障害にしかなりません。先鋭的な人々にはどうしても理解できないようですが、中道層にまでアピールできないようでは自由民主主義国家においてはなにもできないのです。

それとこの記事やハリス氏のエントリにもある日教組批判ですが、元文科相にせよ大阪府知事にせよ結局のところイデオロギー的観点からの批判のようですから拍手をおくる気にはなれないです。現在の学校現場からはひどくかけ離れた存在になってしまっている点で批判されるべきだと思いますがね。またその教育メソッドも意見の多様性を尊ぶ自由民主主義の原則から言って批判されるべきです。ところで英語圏の論調の一部を見ていると多分日教組というのがどういう組織なのかご存じないのでしょう。平和主義の社会主義者ぐらいの認識なんでしょう。で、それが批判されているから平和が危ないみたいな。一言だけ述べますと、戦後の国民的平和志向と平和主義イデオロギーは「別物」です。前者は評価するが、後者はさほど評価しないというのが私の立場です。平穏な日常を愛するという意味での平和志向はやはり日本のよさなんでしょう。後者についてもう少し言えば、死者の記憶が生々しかった時代にはそこにはある迫力があったわけですが、遅くとも1970年代以降は形骸化してしまったと思います。形骸化とイデオロギー化は同じことです。

なぜ「歴史修正主義」が90年代からごく一部の世論ではありますが、大きな声になっているのかですが、彼らは焦っているのでしょう。冷戦終了以降、国際政治がこれほど大変動しているのに、大きな政治にまったく興味を示さない国民と念仏を唱えるばかりで現実を見ようともしない昔ながらの知識人に。勿論彼らの主観的な世界にそう映っているという話であって日教組だの朝日的論調だのは現在のメインストリームなどではないのですけれども。かつて左翼全盛の頃に日陰者としていじめられたルサンチマンがあるんでしょう。また左派やリベラルが安全保障について現実的なことを語れないのが問題なわけです。ここは英語圏であまり理解されていないようですが、戦後民主主義者とか戦後平和主義者とかいうのはニューディラーとは「全然関係なく」てですね、日露戦以降の平和主義思潮の流れを受けていて、ともかくなぜあの戦争を防げなかったのかという反省意識がその起点にあったわけです。あまりにも理想主義的過ぎておまけに冷戦構造の中でアカい風味がついたりして結局奇妙なものになってしまったわけですが。現実政治とメディア、教育界がねじれた状態だったことも英語圏の方々には知っておいていただきたいです。1980年代ぐらいまで「保守」というとひどくやばいイメージが流布されていたんですね。なにしろ「反動勢力」ですから。もっとも国民は社会党には投票しないんですけれどもね(笑)。そこは非常に賢明なんです。なぜこんな昭和の光景を想起しているかと言うと「歴史修正主義」の主導者達は今でもこの時代の世代的記憶に生きているみたいだからです。ある世代以下は判らないでしょう。私はぎりぎり昭和末期の記憶がありますけれども。元号によって時代が変わるという感覚はやはり日本独特ですから英語圏の人には判り難いかもしれませんが、江藤淳の言う「閉ざされた言語空間」が確かにそこにあったのです(彼みたいに占領軍のせいだみたいなことは「プライド」にかけて言いませんが)。平成の世の中になってもなかなかそこから出られなくてもがいているという状況なんだと思います。明治初期の言語空間が江戸後期の言語空間の内部で悪戦苦闘していたようにです。結局、それを終わらせたのは無用の観念論を排したプラグマティズムでしたというのは我々にとってとてもいい話なのでやはり日本の保守派は明治に根拠イメージを持つべきです。「東京裁判史観」とやらと戦っているうちは戦後の内部です。だいたい東条英機なんてあんなつまらぬ人間よりも維新の志士や明治の元勲のほうが格好いいじゃないですか。明るいですしね。

それからハリス氏のいう社会ダーウィニズム云々ですが、帝国主義の時代ではないというのはその通りでしょうが、中国にせよロシアにせよ「19世紀的」な安全保障観の国であることは自明だと思いますし、理想主義的な戦略家はこの点について幻想を持つべきでないと思います。これは単なるゲームの与件であって別に私は反露派でも反中派でもありません。6カ国協議から北東アジアの地域的安全保障の枠組みというアイディアそのものは理解できなくもないですが、ワシントン体制の失敗みたいなことにならないようにそこでは徹底的にリアリズムを貫く必要があるのではないでしょうか。四カ国条約で日英同盟を失った後の日本帝国の漂流の歴史は教訓に満ちていると思います。右派の論壇人みたいにアメリカのせいだなどとは「プライド」にかけて言いませんが、やはり当時の米国の対日政策にはなにか問題があったように思えます。もし地域的な安全保障の枠組みづくりを推進したいならば、各国の世界観について主観的なアプローチもしないといけないと思います。東アジア諸国は伝統的に欧州諸国のような戦略文化、外交文化ではないですからあちらのイメージでやると必ず間違えます。何人かの民主党系の戦略家の意見を読んでいるとなにか途方もない錯誤をしているのではないかと思わされることがあるのです。日本もそうですし中国のことも基本的な事柄すら判っていないのではないかと。

空さんとハリス氏の間の忘却と修正は違うという議論に関して言いますと、単なる忘却ではないでしょうと意地悪なつっこみを入れておきましょうか。誰もが知っているように英米には問題化を防ぐための巧妙な戦術があります。例えばフランスはこの辺のハンドリングはあまり上手ではないようです。もう少し正直みたいです。私はこの賢明さといいますか狡猾さを、不道徳でありますが、たいしたもんだなと思っているのですね。例えば、メディアのレベルでも、日本がアジアのaggressorだという時には(ええ、勿論堂々たるaggressorだと思います)、against Asian countriesまでであって、colonized by Western Powersをさりげなくオミットするとかです。こうすることで自分達を第三者であるかのように切り離すわけです。いえ、お前らも・・・みたいな下品なことは言いません。ただ忘却はdeliberateなものであることだけ指摘しておきます。これは例が悪かったかもしれませんが、英語圏のアジア報道全般にネタの取捨選択のレベルから記述の仕方のレベルまで問題化を防ぐための言説戦術は見て取れます。BBCだろうがインディペンデントだろうがNYTだろうがです。たいしたものです。

だらだらとなにを書いているのかよく判らなくりましたが、もう眠いので投稿しておきます。

追記
「全然関係ない」というのはさすがに言い過ぎでしたね。そこには互いに利用し合うような関係があったわけですから。ただ基本的には彼らも日本思想史の中にいるんだという点を強調しておきます。また論壇がなんでこんなに歴史の議論ばかりしているのかという点については中韓の歴史カードの乱用や右派内部の親米と自立をめぐるジレンマなどについても言及しないといけなかったですね。ただこういう議論は国民の大多数からはかなり遊離したところの空中戦だと思います。そうした努力を無益だなどとは勿論言いませんが、全体として閉ざされた空間の中での白熱に感じられてしまいます。で状況はさっぱり動いていないと。こういうメタに立ったような物言いは偉そうですが(私もその内部にいることは自覚しています)、やはり現実を動かすことのほうが先に思えます。それからこのエントリはエコノミストの記事ではなくてハリス氏のポストに対するコメントです。空さんのエントリも参照しています。誰に向けてどういう文脈で語っているのかここだけ見ても意味不明な文章で失礼しました。

再追記
>例の「論文」の稚拙過ぎる内容を支持できるというのは知的にさらには道徳的にどうかしている人しかいないでしょう。

あちこちのブログを読んでいるうちにやはり少しキツ過ぎる表現かなと思いました。別に一般の人が嫌みたらしいセミプロ歴史家気取りになる必要もないわけですから。「この論文は知的にさらには審美的にかなり深刻な問題を含んでいる」に修正しておきます。制服組トップクラスの人にはもっと戦史や国際法について重厚な知識を期待したくなるのでこんなもんなのかという拍子抜け感があるのです。種々の情報から察するにたぶんいささか風変わりなところはあっても根は国を愛する「いい方」なんでしょう。この職務にふさわしい方だとは思えませんが。政権にダメージを与えることを想像していなかったんですね。ふう。

"Tamogami's World: Japan's Top Soldier Reignites Conflict Over the Past"[Japan Focus]
「昭和天皇」における史料の扱いの杜撰さと解釈の恣意性によってかつて春先の午後の公園のベンチで激しくわなわなとさせられたビックス氏がここで介入ですか、軍国主義の復活ですかと身構えて読んだら随分ぬるくて拍子抜けしました。幕僚長の認識に軽蔑の入り混じった微笑みを見せつつ現状の日本の平和に安堵し、アメリカ帝国主義に敵愾心を燃やす内容です。また米国の後押しで進む平和憲法の骨抜き化を憂いています。天皇裁判がなかったことを悔やむ一方で、米国による都市無差別爆撃と原爆投下を非難し、パール判事と呼応するかのように西洋列強の帝国主義、植民地主義も糾弾しています。まあ左翼としてある意味一貫している人ではあります。確かに一見したところダブスタはない。一貫していればそれでいいのかという話もありますが。ただもしビックス氏が述べるように1945年に皇室制度を廃止して共和政にした場合には戦後日本は第二のワイマール共和国になったかもしれませんね。敗戦後、先帝陛下が強力な統合象徴機能を果たされたことはやはり日本にとって僥倖だったのでしょう。

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コメント

ハリス氏が私の投稿を引用したのは多少驚きましたが、まあ、いい機会だと思います。

一部右翼が親米ポチとか言って、かえって、極端な方向に走る傾向がある。それはやはり、最低限言うべきことをいわないことに対する不満なんだと思います。そういったことに対するガス抜きにもなる。

投稿: | 2008年11月 8日 (土) 06時17分

親米と自立をめぐる右派内部の分裂についても触れないといけなかったですね。この点は日米同盟の強化を訴えつつ歴史問題でアメリカに敵愾心をもやす幕僚長氏の分裂ぶりは兆候的に見えます。評論家で言うと中西輝政氏もそうですね。テロ支援国家指定解除の報に涙を流して自立派に「転向」されたようですが。ただこういうのも実際の政策形成プロセスの外側の声(いわゆる「民間の理想主義」)なわけで過剰にここに関心が向けられるのはよほど不安を感じるのでしょうね。

投稿: mozu | 2008年11月 8日 (土) 12時53分

mozuさんは自己評価が物凄く高いようですが、「例の『論文』の稚拙過ぎる内容を支持できるというのは知的にさらには道徳的にどうかしている人」とは何を持って断定しているのでしょうか。
『日本は侵略国家であったのか』は日本を中心として近代史をその時代の状況を含め、自虐史観に否定的な立場から概括したもので、あの頁数で良く纏めている内容だと思います。これに書かれている内容は、今日では引用資料を含め、どれも知られている事柄です。歴史書ではないので、引用資料も二次資料であり、資料の一部の真偽については、これから歴史家が明らかにしていく仕事かと思います。(自身の記述を誤用されたと言う方は文句を言っているようです。)
この論文内容の巧拙を問題にしたいのであれば、mozuさんが具体的に問題点を指摘し、だからこの主題での論文には相応しくないと論評すれば良いだけです。そして、その作業は最初に論評したときに行うべき事で、今の時点で行うことは田母神問題の摩り替えかエコノミストの記事への迎合に見えます。mozuさんは、田母神氏の立場に拘泥し、其処から逆に論文を見ている気がしてなりません。
また、日本軍が『侵略者』であるのは規定事実であるとしていますが、『侵略』という言葉自体の定義は、まだ、国際的に定まってはいません。定まってもいない用語を自ら認めて、それで欧米の言論と何をどの様に戦って行こうという心構えなのでしょうか。
最近の右系の歴史観を、欧米に倣って歴史修正主義と呼んでいますが、歴史修正主義なのは戦後の日本歴史だったのではないでしょうか。『戦後の国民的平和志向』とも書かれていますが、平和志向を持っていない国民とは、何処の国のあるいは何処の時代の国民を想定しているのでしょうか。戦争とは、言うまでもないはずですが、頭の中の知的遊戯ではありません。
処で、エコノミストの記事は変更されています。コメントが87くらいに達していました。古い方はもう開けません。
Items 1 to 2 of 2 displayed, sorted by date. (Sort by relevance.)
ASIA: Japan and its history
The ghost of wartimes past
The history wars erupt afresh, with consequences for the country’s prime minister Nov 6th 2008

ASIA: Asia.view
The ghost of wartimes past
Japan’s history wars erupt againNov 5th 2008 Web only

投稿: chengguang | 2008年11月 8日 (土) 17時17分

ヴェノナ文書の解釈と「マオ」の扱い方の杜撰さについては以前のエントリのコメント欄で書きました。中西輝政氏が言い出した頃からあやしいと思っていろいろ読んだり、聞いたりしてみたのですね。これは私の意見などではなく歴史学の世界の標準的な見方だと思います。おっしゃるようにソ連の工作については今後も研究がなされることでしょうし、まだ知られていないことも発見されることでしょう。ただ開戦原因そのものを共産主義の陰謀に求めるのは無理でしょう。日本やアメリカや国民党にまったくの主体性がないとでも言うのでない限り。

エコノミストの記事にリンクしていますが、これはハリス氏のエントリに向けたリプライです。判り難くてすみません。エコノミストの記事はハリス氏のポストを参照しているのですね(そのままといっていいほどですが)。それで空さんとハリス氏の間で応答があったのでそこに横やりを入れたのです。誰に語っているかと言うとハリス氏その他に対してです。北東アジアの地域的な安全保障云々も民主党系の方に向けた話です。リンクを追加しておきます。

歴史修正主義には「」がついています。歴史修正主義というのは歴史学の概念ではなくて政治的な概念ですから私は使いたくないのです。なぜ日本のエリートの世界観において「歴史修正主義」が核心をなすのかというハリス氏の問いに対して戦後の国内事情から説明するとこうなるんじゃないですかと答えたわけです。歴史の解釈論がこんなに民間の政治の議論の中心を占めている国はあんまりないわけですから。

おっしゃるようにaggressionの定義は曖昧ですね。無通告の先制動員攻撃を侵略とするならば日米戦争はそうでしょうし、日中戦争はどこを起点とみなすかの解釈になるでしょう。ケロッグ・ブリアン協定の解釈についての複雑な議論は十分にフォローしていないので「軽率」な記述だったかもしれません。ただ私は法的ではなく歴史的に思考するので別に日本やドイツだけが「侵略国」だったとは認識していません。

>少し追加しました。ご了解ください。ついでにいうとBBCとエコノミストはかなりましなほうでNYTその他はいつもながらの論調でしたね。

投稿: mozu | 2008年11月 8日 (土) 22時01分

このビックス論文ですけど、一貫している点は、私は評価しますね。

ただ、最後のSuppose, however, in the coming decade以下がよくわからない。

日米癒着路線だと、平和主義の理念がおびやかされ、ペンタゴンとて、日本が普通の国になることは望んでおらんだろう、というわけですが、これと田母神路線をどう結びつけているのでしょうか?

投稿: | 2008年11月12日 (水) 16時48分

反帝国主義の左翼という立場がこの人のある意味で首尾一貫した認識を可能にしているんだと思います。よい帝国主義とわるい帝国主義の区別はしないと。もっとも中国やロシアに対してどういう態度をとるのかという点でこの手の人々の底が見えるんですけれどもね。ビックス氏は判りませんけれども。

>これと田母神路線をどう結びつけているのでしょうか?
あんまり結びついていないと思うのですが、私には日本の憲法改正論を危険なナショナリストの意見みたいに表象しようとしているのかなと思いました。そしてそれを後押ししているのはアメリカだと。こういう表象の仕方というのはBBCの記事もそうですね。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7721679.stm
実際にはリベラルな改憲論者だっているんですけれどもね。無反省なナショナリスト=改憲派、リベラル、左派および大多数の平和を愛好する国民=平和憲法維持派みたいな。典型的な国内論議の誤表象だと思います。やはり急進的な右派ではなくて穏健保守や現実的リベラルが安全保障論議の前面に立つべきなんです。じゃないと国内的にも国際的にも一歩も進めません。私が幕僚長氏の件で苛立ったのはまたこれで議論が後退するだろうなと予測したからなんです。安全保障の話がなぜか歴史やイデオロギーの話になってしまう。だいたい「普通の国」というのが別に覇権主義をめざしているわけではないという点の宣伝が足りない。前にアジア・タイムズに啓蒙的な記事が掲載されましたけれども、関係者はああいうのを念仏のごとく言い続け、発表し続けないといけないでしょう。

投稿: mozu | 2008年11月12日 (水) 20時53分

前回の記事をもう一度読み直して見ました。mozuさんの主張が、いま一つ理解できないでいたからです。
読み直してみて理解しました。mozuさんは既に、自衛隊を軍隊として認めていると言うことです。従って、軍の高官が、かような発言をするときには国益を考えろ、というような言説に繋がるのだと思います。
自衛隊は実質軍隊である、という前提で、mozuさんはじめ、現在、政府与党や野党やマスメディアが田母神氏を批難しています。そうであるならば、先ず軍隊として立法化し、その上で、軍法を整備する方向に向かうのが、当然採るべき道筋だと考えます。
この騒動の中に、日本の自衛隊が外国人には理解でき難い根本原因が潜んでいます。日本人でさえ容易に混同する一般認識と現実との齟齬を内包しているからです。
残念ながら、今日の日本の法律では、自衛隊=防衛省は軍組織ではありません。公務員の組織です。自衛隊法をご覧になり、それと国家公務員法とを比較してみてください。さしたる相違は見られません。それは当然で、自衛隊員も公務員との認識だからです。
田母神問題の本質は、日本の自衛隊法に疑問を投げ掛けるものです。
現在の状態で、氏の発言を問題視するなら、為政者や政治家の発言を先に問題視すべきだと考えます。彼らの方が国益に深く係っており、尚且つ、政治家も国家公務員と同じ土俵に立っているからです。

投稿: chengguang | 2008年11月12日 (水) 23時27分

>軍隊として立法化し、その上で、軍法を整備する方向に向かうのが、当然採るべき道筋だと考えます。

私としては自衛隊を憲法上明確に位置づけてほしいと考えています。それで今回の一件で歴史問題などとリンクしてそれが後退することにならないかを危惧しています。実際、野党もメディアもそんな流れをつくろうとしている。根本的に倒錯しているわけですが、それが国内政治の現状ですからそこから始めるしかない。

またもし政権が氏を守り、野党の追求と他国の干渉によって更迭という事態になった場合にはまたしても歴史カードを復活させる結果になってしまったかもしれない。したがってカードを切らせる前に即断更迭したことは外交的にも正しいと判断しました。これもひどい状況なわけですがともかくそこから始めるしかない。

どちらも政治的な観点からの意見です。公務員には確かに思想の自由もあるし、私的見解を述べる自由もあります。でも氏にはやはり状況判断して控えて欲しかったです。

氏の論文は歴史について述べていますが、やはり氏が一番言いたいのは最後の政治的提言でしょう。それは自衛隊の人々が戦後日陰者扱いされてきた経緯を考えると非常によく判る。今回の氏の挙動には呆れているところがありますが、例えばやはり更迭された来栖氏の挙動には個人的には深く共感するものがあります。

劇的な環境変化でもないとなかなか進まないのだろうかと少し憂鬱にもなるのですが、やはり自由民主主義者としては正攻法の国民的議論を通じて前進することを願っています。よたよたとした歩みでありますが、やはり敗戦時のドン底のスタート地点を振り返れば確実に進んでいるわけですから。

投稿: mozu | 2008年11月13日 (木) 01時49分

BBCの記事ですが、やっぱああいわれれてしまいますでしょうね。

田母神氏の目的はの是非は別として、おっしゃるように、目的とその実現方法がちぐはくになっている。

Bixの記事の最後のほうはわかりにくい。

日本もネオコン政権みたいになるか?
田母神一派は日米同盟重視。
日米同盟は平和憲法と齟齬
ペンタゴンは普通の日本を望まない。
日本も米軍にさらにつきあわされるのは勘弁してほしい。
しかし、
自衛隊のさらなる米軍との関与は、日本の先の大戦の正当化と結びついている。

ちょっと何をいわんとしているのか、私にはわかりにくかった。

投稿: | 2008年11月13日 (木) 02時19分

>it is most unlikely that Pentagon officials would really welcome a Japan that undid constitutional restraints on the growth of its militarism, and acquired offensive weapons systems in order to become a “normal” (war-waging) state.

ここですけれど、ペンタゴンは「普通の国」(戦争のできる国)になるべく憲法的制約を解除し、攻撃兵器システムを獲得しない限りは日本を真に受けいれることはなさそうだぐらいの意味ではないでしょうかね。Japan that以下undidとacquiredが仮定法過去で前のwouldで受けていると。こういう構文はあんまり見た事ないのですが、文脈から言ってそういう意味の文だと思うのですが。普通はunless使いそうですが。

福島瑞穂氏の発言の部分は、日本がイラクへの侵略戦争をする米国に加担しているという話とかつての戦争を侵略戦争と認めない人間が防衛省内部で増えているという話(福島氏の思い込み?)を無理矢理リンクさせているようですね。ビックス氏はイラク戦争を「侵略戦争」と規定し、日本の「大陸侵略」と完全に同じだと批判してきたのでそういう連想になっているのではないでしょうか。満州国とイラクは一緒だとみなしていますね。

投稿: mozu | 2008年11月13日 (木) 03時07分

 イラク侵略を合理化し、それにより深く参画することによって、同様な侵略である先の大戦を正当化しようと、している、あるいは、先の大戦を正当化し、それと同様なイラク侵略への参画も正当化しようとしている、というようなことを言いたいのかな、とは思いますけど・・・・

it isn’t clear what Japan’s leaders would do if, in the near term, the “parent” escalated its failed colonial-wars in Iraq and Afghanistan and pressured Japan to involve itself more deeply in them.

これは、日本の側の指導者がより深く関与していくかどうか、はわからん、といっている、その裏というか、逆の側からすると、ペンタゴンは、より深い関与を望んでいるかもしれんが、普通の日本になることまでも望んでいないだろう、ということですかね。

日米同盟は憲法理念とちぐはぐで、また、現実的にも、田母神氏の思っているようにはいかないよ、というなら、その議論の当・不当は別にして、理解できるような気もするのですがね。こんな感じでしょうかね?

投稿: | 2008年11月13日 (木) 11時33分

ええ、そんな意味だろうと思います。ただペンタゴンは実際のところ日本が「普通の国」となることを望んでいないのでしょうかね。なれと言ってませんでしたか。「普通の国」の解釈になるのでしょうが、アメリカの戦略から自立的な軍事大国日本をビックス氏はイメージしているのですかねえ。それだと素直に英文を読めばいいのかもしれません。どうもnormalizationのイメージが人によって違うみたいで話がずれるのかもしれませんね。

>書き直しました。ご了解ください。

投稿: mozu | 2008年11月13日 (木) 13時28分

今、『星州・DUCK? BY 東南・・・日本人』というブログで『シンガポール中学3ー4年の歴史教科書の翻訳』というのを行っています。現在は太平洋戦争勃発時の状況が述べられているところです。原文の英語も載っています。日本語のできない日本専門家の記事よりは面白いと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/rasenganblue

投稿: chengguang | 2008年11月13日 (木) 21時58分

ご紹介ありがとうございます。読ませていただきます。

投稿: mozu | 2008年11月14日 (金) 05時17分

"例の「論文」の稚拙過ぎる内容を支持できるというのは知的にさらには道徳的にどうかしている人しかいないでしょう。

あちこちのブログを読んでいるうちにやはり少しキツ過ぎる表現かなと思いました。"

まったく思いません。むしろ穏当だと思います。
田母神論文の真の問題点は、論文が反動的ということもさることながら、知的ではないということに尽きます。別に誰も自衛隊のトップに朝日・岩波的世界観を期待しているわけではありません。またその必要もないと思います。しかし、引用している本のレベルがあまりにも低すぎる。

”残念ながら、今日の日本の法律では、自衛隊=防衛省は軍組織ではありません。公務員の組織です。自衛隊法をご覧になり、それと国家公務員法とを比較してみてください。さしたる相違は見られません。それは当然で、自衛隊員も公務員との認識だからです。
田母神問題の本質は、日本の自衛隊法に疑問を投げ掛けるものです。”

chengguangさんのおっしゃることは、私には理解できかねます。国家公務員は国益を考えなくてもよい、ということですか?
それとも軍人のみが国益を判断できるということでしょうか?

いずれにしても国家公務員はと軍人の区別を付けること自体が、時代錯誤です。そもそも、自衛隊が武装し訓練された人員を要する日本最大の組織という事実は変わりません。ならば、その制服トップにはしかるべき政治的分別を要求するのは当然ではないですか。
それともしかるべき待遇がないのだから、多少の脱線は許される、と考えておられるのでしょうか?
自衛隊は戦後継子扱いをされ続けてきたのだから、もう少し広い目で見てやるべきだ、とおっしゃっているようにしか私には思えません。それこそ閉ざされた言語空間のみで通用する言説だと思います。

投稿: Aceface | 2008年11月15日 (土) 05時49分

自衛隊の一部および自衛隊ファン層に見られるある種の被害者意識は通用しないということは自覚してもらわないといけない段階なのでしょう。あれがないこれがないという不満や名誉感情が満たされないという不満には心情的には判る部分もありますが、憲法や法律上の問題は別にして、国内的にも国際的にも既に事実上の「軍隊」として認められているのですからこの点で自己認識が狂うとまずいです。自衛隊関係者の知り合いの話なんかを聞いている限りでは状況が見えている人はたくさんいるんだろうとは想像しますが、どうなんでしょうね。

投稿: mozu | 2008年11月16日 (日) 17時15分

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Observing Japanさんが当ブログを引用してくれている。  要点はアメリカは歴史の健忘症であり、日本は歴史修正主義、というものだ。  まあ、私はそもそも田母神論文を擁護するつもりはない。それについてはすでに記した。正義の戦争の理論によっても日本の従事した戦争は正当化できない。そして、私の引用したどちらかと言えば保守に属する池田ブログでも、Let's blowでも同様に、田母神論文を否定している。  麻生首相も政府も否定している。  野党もさらなる追求をしている。  にもかかわらず、いうと... [続きを読む]

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