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予審判事廃止?

サルコジ氏が予審判事(juge d'instruction)制度を廃止する意向を表明したのを受けて活発な議論が行われているようです。予審判事というのは調査権限を有する司法官のことですが(判決は下さない)、政治権力や検察から独立した存在とされます。主として重罪裁判において警察と協力して証拠を収集したり被疑者を尋問したりして訴追するか否かを予審する[註 コメントでご指摘いただきましたが、訴追するか否かの予審ではなく、訴追された事件について,証拠を収集し,公判に付するか否かを決定する手続である予審を行うのが正しいとのことです]活動を行う訳ですが、あちらのミステリーやドラマなどではこの人達がよく登場します。「フランスで最も権力のある人々」と呼んだのはナポレオンとされますが(バルザック説もあるようです)、ともかくフランスの刑事司法のある種象徴的な存在としてよく語られる存在です。以下、素人のメモですので誤りが多数含まれているかもしれませんので、お気づきになりましたら遠慮なくご指摘ください。

予審判事が最近話題になったのはウトロー事件という大冤罪事件の時でした。当時、私もずっとニュースを追いかけていたのですが、この田舎町を舞台にした集団的小児性愛者事件は子供らの告白ごっこで大量の人々が被疑者とされるというまるでセーラムの魔女裁判を思い起こさせるような悪夢的な展開を辿りました。ここでビュルゴなる新任予審判事が独走したことが、悲劇を生みます。結局、被告全員無罪となるのですが、拘置所内で自殺する被疑者まで生み出す結果となりました。野心に燃えたこの予審判事によって自白の強要もあったとされます。その後、このスキャンダルを受けて合議制の導入など制度の見直しがなされました。クロード・シャブロル監督の女性予審判事を扱った「権力への陶酔」という映画がつくられたのもこの騒ぎの頃ですが、「大統領より強い」と形容される予審判事の大衆的なイメージを理解するにはいい素材だと思います。もっとも映画は映画だと思ったほうがいいと思いますけれども。

”M. Sarkozy envisage de supprimer le juge d'instruction”[Le Monde]

それでこのたびの予審判事制度廃止の提案ですが、ル・モンドのこの記事によれば、サルコジ氏は予審判事(juge d'instruction)制度を廃止してjuge de l'instructionという名の司法官の下で検察に調査権限を移すプランを持っているようです。職名に定冠詞を付加するというこの言葉遊びのセンスはともかく、これはかなり思い切った刑事司法改革を意味します。フィリップ・レジェ氏率いる刑事訴訟改革担当委員会の多数が予審判事制度の廃止に賛成のようです。この改革案ではまた調査開始前に弁護士にアクセス権を認めるなど弁護側の強化が目指されているようです。これまでの予審判事制度批判を耳にしていると、これは改善なのではないだろうかとも思われそうなこの話ですが、記事は最後の一文で懸念を表明しています。

C'est ce qui fait craindre un renforcement de la mainmise du pouvoir sur les enquêtes les plus sensibles, qui ne seraient plus confiées à un juge du siège indépendant, mais à un magistrat du parquet dépendant du ministère de la justice.

独立した裁判官ではなく司法省管轄の検察官が担当するのは権力の支配強化になるのではないかという懸念です。実際、これは司法権の独立を脅かす企てであるという批判の合唱が沸き起こっているようです。

”Supprimer le juge d'instruction ? "Une régression démocratique"”[Rue89]

Rue89のこの記事がこの件を扱っています。USMという司法官の組合による「民主主義の後退」という糾弾の声を紹介したり、政治はこれを道具化する誘惑を捨てがたいだろうという批判的な発言を拾っています。それから通念とは異なり、予審判事は単独行動する訳ではなく、検察や弁護側によって行動が制約されている点について啓蒙的な解説をしています。またウトロー事件の際の委員会の場でのパスカル・クレマン氏の発言を引用しています。問題となっていた予防拘禁については状況は改善されていると。予審判事の人数が少ないせいで予防拘禁期間の長期化を招いている批判がこの頃に盛んになされていました。最後に我々のシステムは実際には最も平等なものであり、収入や社会的地位とかかわらず同じ質と中立性をもった審理を保証しているのだ、と英米システムに心酔する改革派への牽制的発言を紹介しています。

Le juge enfin pendu, dansez Messires![Journal d'un avocat]

こちらはよくリンクされている弁護士ブログの批判記事です。1980年代、90年代に政治経済エリートの腐敗を追及したのは権力から独立した予審判事であったとしてその価値を訴えています。賛成派にとっては、これが唯一の権力から独立した機関であり、特権的な人物達への法の適用を保証する存在であり、司法権の独立、権力分立の柱であるが、反対派は予審判事を審理と起訴を同時に扱う知的に逸脱した存在として捉えるとしています。しかし反対派と言えども、予審判事の独立性に代えて検察の独立性を保証しなければならないと訴えていた、しかしこのたびの改革では検察の改革が伴っていない、従ってこれは司法の弱体化であり、共和国にとっての後退であり、オートクラシーにとっての進歩であり、腐敗した人間達の保護策であると難じています。

"Premières réflexions sur la suppression annoncée du juge d'instruction"[Journal d'un avocat]

同ブログに掲載された別の論者の論考。やや長いですが、啓蒙的で優れたポストです。まず、司法官は裁判官と検察官に二分されること、後者が95%の案件を扱うが、残りの特に複雑な5%の案件を扱うのがこの両者の性格を併せ持つ予審判事であることを説明しています。またフランスで最も強力な人々という世評は神話であり、もはや彼らがそれほどの権限を持たないことを説いています。むしろ新たに導入されようとしているjuge de l'instructionがかつての予審判事のような強力な存在になってしまうだろうと警戒しています。それから度重なるスキャンダルで現在では予審判事は司法の誤りと失敗の象徴になってしまったけれども、メディアの報道にも問題があり、政治にとって都合のよいスケープゴートにされている点を指摘し、予審判事の孤立の問題は合議制の導入によって解決されるとしています。最後に比較法制的観点から時代遅れのフランスに固有の制度のように言われるが、それは事実ではなく他国にも存在している点を強調しています。

以上のように予審判事をめぐる言説は政治権力vs司法権、さらにフランス法vs英米法という枠組み(分かりやすいので20minutesの図を下に貼っておきます)の中でこの制度の孕む実際的、具体的な問題点が論じられるといった形式で編成されています。前者の論点についてはサルコジ政権がとりわけ対メディアで政治権力の強化を企てている(とされる)事実に鑑みると必ずしも杞憂と断じることはできないように思われます。慎重な論調があって然るべきなのでしょう。後者の論点については確かにフランス固有の文脈もありますが、かの国のいつもの愛国心の発現として他人事的に捉えるのではなく、司法の迅速化の名の下に進められる改革において我々はなにを獲得し、なにを失うのかという大陸法圏に共通する問題の一局面として捉える視点があってもいいのではないかと思います。ちなみにナポレオン法典を継受した戦前日本では[註 コメント欄で指摘されましたが確かにここおかしいですね。ドイツ法の方でした]予審判事が存在していたという歴史的事実も忘却すべきではないでしょうし(小説に出てきますね)、戦後は糾問主義の権化のごとく批判されているようですが、確かに問題があったにしても性急な価値判断によらない認識があってもいいのではないのかなと思いました(勿論復活せよとは言いませんが)。私が単に絶望的に無知なだけで、専門家の間ではレベルの高い議論がなされているのでしょう。

Article_france1フランス・モデル対アメリカ・モデルの図

http://www.20minutes.fr/article/286645/France-Suppression-du-juge-d-instruction-Les-avocats-manifestent.php より転載

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コメント

>訴追するか否かを予審する活動を行う訳
予審判事は訴追するかどうかを決定するわけではなく,検察官(法的には,訴追権を有するのは大審裁判所検事局の長である共和国検事〔日本の検事正に相当〕)によって訴追された事件について,日本でいう検察官が行う捜査に相当する予審行為を行って,「公判に付するか,免訴(公判に付せずに手続打ち切り)にするか」を決定するのがフランス法の予審判事の職務です。
 ただし,フランス法では犯罪被害を受けたと主張する人や一定の社会団体などが,損害賠償を請求する訴え(私訴)を刑事裁判所に提起することができ,この私訴があった場合には,検察官が起訴していない場合であっても自動的に起訴されたものとして扱われます(私訴の公訴駆動効)。
ですから,検察官が起訴しなくても,私訴原告人の訴えによって予審が開始されることがありえます。

投稿: 一法律学徒 | 2009年2月19日 (木) 23時38分

なるほど。不正確なソースに基づいて書いたようです。丁寧なご説明ありがとうございました。

投稿: mozu | 2009年2月20日 (金) 00時15分

>ナポレオン法典を継受した戦前日本では予審判事が存在していた

ナポレオン法典ですが,通常「ナポレオン法典」といえば,1804年のフランス民法典(Code civil)を指しますが,刑事手続ですから,1808年のCode d'instruction criminelle(治罪法典:刑事手続と刑事裁判所の構成について規定した法典)の事を仰っておられるようですね。同法典は明治期にボアソナードが起草した治罪法の模範になりましたが,同法は10年ほどで明治23年の旧々刑事訴訟法にとってかわり,フランス法の影響は大正11年に制定された,ドイツ帝国刑事訴訟法の影響を受けた旧刑事訴訟法によってほぼ一掃されています。
 本来,フランス法の予審は司法官としての予審判事が被告人にとって有利不利を問わずに証拠収集をするという点に主眼があったのですが,ドイツ法の影響のもと,戦前の日本では予審判事が事実上検事の下請け機関になってしまっていた側面があります。ちなみに,フランス法では司法警察官は予審判事の部下という位置づけで,司法警察に対する懲戒権も控訴院の予審部が掌握しているため,戦前に日本のようなことはないようです。また,2000年の無罪推定法で,予審もかなり当事者主義化しています。
 ちなみに,1808年のCode d'instruction criminelleは,「改革された刑事手続」として,ドイツやロシアも含め,ヨーロッパに広く広まったようです。ただし,フランス法と違って,ロシアでは中央集権制がより強かったせいでしょうか,検察官が(令状裁判官などのコントロールがなく)非常に強大な権限を持っていたようです。ピョートル大帝が「検事総長は朕が目なり」と言った言葉は,ロシアの強大な検察官の権限を示しているのでしょう。全ての裁判の適法性も検事が監督するというシステムになっていたとか。旧ソ連時代も予審判事(予審官)は検察庁や内務機関におかれていたそうです。新制ロシアになってから改革がなされているようですが,詳しいことは以下の上田先生の論文に掲載されています。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/00-34/ueda.htm
ドストエフスキーの「罪と罰」に登場する予審判事(予審官)ポリフィーリィーは,警察の内部で執務していますが,それにはこのような理由があったからだそうです。

投稿: 一法律学徒 | 2009年2月21日 (土) 00時20分

ああ、無学者に懇切丁寧なご説明ありがとうございます。ご紹介の論文を読んで勉強させていただきます。

投稿: mozu | 2009年2月21日 (土) 00時40分

予審判事というとやはりポリフィーリィーのイメージがありますね。ドイツとフランスの差異についてはよく理解していませんでした。フランス型の予審判事というとスペインになるのでしょうかね。

投稿: mozu | 2009年2月21日 (土) 00時45分

>訴追するか否かの予審ではなく、検察が訴追した件について予審するが正しいとのことです

ちょっと説明が足りなかったようですね。日本の検察制度のもとでは,検察官は訴追官としての性格だけでなく,捜査官としての性格を有し,警察から送致された事件(特捜事件などは独自捜査あり)について起訴できるかどうかを詰めるために捜査を行いますが(その際,強制処分が必要な場合には,裁判所から令状を取ることになります),フランス法では検察官はあくまでも一般利益の代表者として,訴追官であり,原則として強制処分の権限は有しません(要急事件〔日本法の現行犯や準現行犯などに近い概念〕については,例外がありますが)。被疑者を直接取り調べることもあまりないようです。
 予審判事は,検察官(法律上は共和国検事〔大審裁判所の他の検事は法律上はあくまでも共和国検事の代理人〕)が訴追した事件について,予審行為を行うのですが,この予審においては予審判事が強制処分の権限を行使します。従来は勾留や司法統制処分〔被疑者を司法の監督下におき(たとえば,逃亡防止のため国外退去禁止を命じるなど),従わない場合には勾留する処分〕についても予審判事が単独で決定することができましたが,人身の自由にかかわる処分であるため,2000年の無罪推定法で創設された自由と拘禁判事(略称JLD)の許可を得て勾留などを行うことになりました。
 まあ,端的にいえば,日本の刑事手続における
捜査検事+令状裁判官=フランス法の予審判事
公判担当検事=フランス法の検事
ということになります。
ですから,「検察が訴追した件について予審する」というよりは,
「訴追された事件について,証拠を収集し,公判に付するか否かを決定する手続である予審を行う」のが予審判事の職務であると理解した方が正確だと思います。
「訴追された」とするのは,フランス法では前にも述べたように,共和国検事が訴追しない事件についても,私訴原告人の私訴の提起によって公訴が駆動されることがあるからです。
 フランス法の私訴制度については,以下の水谷教授の講演録をご参考までに。
http://www.ki.rim.or.jp/~jclu_oh/kouen/1998_09_12_a.shtml

追伸:フランス在住の方でしょうか?他の記事も興味ぶかく拝見しました。もしよろしければメールなどいただければ嬉しいです。

投稿: 一法律学徒 | 2009年2月21日 (土) 23時50分

>スペインの予審制度
スペイン法についてはよくわかりませんが,ラテン系の国はだいたい1808年のCICを継受しているので,フランス法の予審制度を継受していると思います。ただし,イタリアは予審制度を廃止して,検察官に強制処分の権限を与えています。ドイツもかつては予審があったのですが,現在は廃止され,そのかわりに公判を開くか否かを決定する手続きを裁判所が行います。

>警察と協力して証拠を収集したり被疑者を尋問したりして
フランス法のテキストにも,予審判事が「警察と共助」という訳語が載っているものがありますが,日本の司法警察と検察官のような関係と違い,フランス法では予審判事は司法警察に対して上司の関係にあります。予審判事は司法警察に対して命令(オルドナンス)を発する権限があるわけです。予審判事の処分(事実行為です)に対して不服のある当事者(検察官,予審被告人,私訴原告人)は控訴院(日本の高裁相当)の予審部(Chambre d'instruction)に対して不服申し立て(appeal)することができます。また,公判に付する,あるいは免訴にする終局決定に対しても予審部に抗告できます。さらに予審部の決定に対しては,法令違反を理由として破毀院(司法最高裁判所)刑事部に破毀申立てを行うことができます。つまり,フランス法では予審の段階でいったん最終審まで争うことができるのです。
 予審被告人(ペルソン・ミゼ・アン・エグザマン)を公判に付する決定が確定した場合には,もはやそれに法的瑕疵があっても当事者はそれを公判段階では争えなくなります。

投稿: 一法律学徒 | 2009年2月22日 (日) 00時57分

コメントを参考に本文を修正しておきました。たいへん勉強になります。せっかくの機会ですので自分でも調べて理解を少しだけ深めたいと思いました。詳細なご解説ありがとうございました。

投稿: mozu | 2009年2月23日 (月) 22時22分

It is a joy to read such content. This is because the post has good and relevant information for the readers. Such posts are very valuable and I can testify that I am well informed. Thank you for sharing with us on this educative subject. I beseech the other members to take the advantage of reading such nice content even in the future. I have come to realize that the online social media has the best platform for information.

投稿: Project Review and Editing Help | 2016年12月19日 (月) 23時59分

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