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重い空気

イスラエルによるガザ侵攻については日本語圏でも多くのブロガ-諸氏が精力的に記事翻訳をしたり意見表明をしているようですね。それほど情報をつぶさに追っている訳ではないのですが、今回の攻撃に関してイスラエル政府は国際世論の非難を避けられないでしょう。さすがにあの画像を見せられては無反応でいることは難しいという人は多いでしょう。また長期的にはこのたびの侵攻が同国の安全に資するとも思えない。とはいえこの地域の悲劇的状況を前にして現実解が見えない現状では無辜の民の死を悼む他には私に語るべき言葉はあまりないという思いもやってきます。なおイスラエルのことを考えると自動的に満州国をめぐる状況を連想してしまうのですが、この点に関連して岡崎氏の記事がありました。絶望的に厳しい地政学的条件という他ないのですが、こう言ったからといってイスラエルに対してより深い共感を抱いているという訳ではないです。どうもこの件についてはシビア過ぎて直接書く気が沸かないので、芸もなくフランスの反応について書いておきます。

外交に関して現サルコジ政権は伝統的な親アラブから親イスラエル的な方向に転換しているなどと批判派から叩かれていましたが、それは相対的な話であって本気で泥をかぶる覚悟はさらさらないでしょう。日本語圏でも大きく報じられたようにさっそく停戦に向けた交渉を行っていますし、今後も仲介役として欧州代表みたいな顔で登場するでしょうけれども、結局のところ、米国が動かないことにはどうにもならないでしょうし、米国としてもそこまでの本気度と余裕があるようには今のところは見えないですね。フランスは米国の出方を見ながら、これを補完するような役割を果たすことになるのでしょう。それで今は同国が関与しているレバノン情勢への波及をなによりも恐れているのではないでしょうか。シリアとの交渉もどうなるんだかあやしくなってきましたが、地中海連合の枠組みは果たして機能するのでしょうかね、といった感じです。以上、新聞をぼんやり眺めているだけの印象です。そのうちもう少しなにか書くかもしれません。

フランスが欧州随一のユダヤ人共同体とムスリム共同体を抱える国であることはご存知の方も多いでしょう。このことは中東情勢の不安定化がダイレクトに国内での社会不安を惹起することを意味します。インティファーダの頃からあちらでなにか起こるとこちらで事件が起こるといった具合に連動してしまう傾向です。またフランスと両共同体との関係にはそれぞれ歴史的経緯から複雑な感情的な要素があって、90年代を通じて高進した政治的正しさの風潮もあり、外部の目からするとなにか奇妙に感じられるような屈曲が公論に与えられることになりがちです。つまり偏っているとみなされるとあっちからこっちから叩かれる訳ですね。不用意な修辞を理由に訴訟沙汰になってしまったりする。あっちよりもこっちの方がメディアへの政治力があるとかいった話もありますけれども、だからと言ってメディアが親イスラエル的かというとそうではないです。このあたりは本当に複雑なので図式的な理解を避けるために言っておくとユダヤ系だからと言って皆がイスラエルの政策をそのまま支持している訳ではないですし、ムスリムが反ユダヤで凝り固まっているという訳でもないです。そうなったらいよいよ救いようがない話なのですが、そこまではいっていない。協同の可能性の領域は残されている。とはいえ例のごとく国内は緊張が高まっているようです。

”Actes antisémites : Nicolas Sarkozy condamne des "violences inadmissibles"”[Le Monde]

12日月曜にサルコジ大統領が国内での反ユダヤ主義的な行為を「許されざる暴力」として非難したという記事です。「わが国に相応しくない、そして21世紀に相応しくないこうした振る舞いの直接、間接の犠牲者に対して心よりの連帯」を表明し、その場に集まった「フランスの偉大なる諸宗教の代表者達に感謝し、祝福した」とのことですが、ユダヤ教とイスラームの指導者がフランスの一体性の護持を訴えかけた模様です。そう、こういう時は単一にして不可分なる共和国の国体を確認しなくてはなりません。これは日曜に9発のカクテル・モロトフがユダヤ人共同体センターやシナゴーグに投じられ、十数件の人種主義的な落書きが発見されたのを受けてなされた声明です。

”Deux lycéens agressés par des militants extrémistes pro-Israël”[Le Monde]

こちらは反対にマグレブ系の2人の高校生が親イスラエル的な極端派から暴力を振るわれた事件に関する記事です。1月8日の木曜にリセの前でLDJ(ユダヤ防衛連盟)という米国でもイスラエルでも活動を禁じられている組織の闘士によってビラの受け取りを拒否したマグレブ系の高校生が暴力行為を受けたということですが、反人種主義団体はLDJの活動を禁止することを求めているようです。なお大統領が反ユダヤ主義的行為の批判のみをすることに不満を抱いている層が一定数いるようです。今回に限ったことではなくてアンチ・セミティスムには極度に敏感なのにイスラモフォビアには甘過ぎるという印象を持つ人がいる訳ですね。そしてそれは無根拠だとは言えないと個人的には思いますが、これ以上はコメントしにくい領域になります。私はかの国に愛着を抱いている者ですが、このあたりになると結局他者だよなという感じになります。余計なコミットをする気にあんまりなれない。まあアジア系はそういう意味では心理的に気楽なポジションだったりします。

”Les synagogues de Lille et de Mulhouse dégradées”[Le Monde]

こちらは14日付けの記事ですが、上述のセーヌ・サン・ドニのシナゴーグへの攻撃に続いて、リールとミュルハウスのシナゴーグの壁面に反ユダヤ主義的な落書きが発見されたという記事です。また投石もなされた模様です。以上、ル・モンドから関連記事を拾いましたが、ガザへの作戦開始以来50件以上の類似行為がなされたとユダヤ系団体が公表しているようです(件数はソースによって違いがあるようです)。昨年は年間で270件ほどのようですから激増と言っていいのでしょう。なお今のところ犯人は捕まっていないようです。確認されていない以上は余計なスペキュレーションはすべきでないでしょう。

それからいつもは良くも悪くもあらゆる問題に関して口を挟む知識人達が妙に静かに感じられるのは別に驚くべきことではないでしょう。空気読みというのはなにも極東の島国の知識人達の専売特許ではないのです。それと反比例するかのごとくネットで一般人(といっても一部ですが)が大騒ぎしている光景もそうですね。露骨なヘイトスピーチを避けるぐらいのマナーというのか狡猾というのかは多くが維持しているようですが、それでもけっこう陰惨なことになっていますね。重苦しい空気に支配されているようですが、それでも声を挙げている勇気ある(?)人々もいますので紹介しておきますかね。

”Gaza, une riposte excessive ?, par André Glucksmann”[Le Monde]

グリュックスマン氏のこの寄稿ですが、ガザへの攻撃は均衡を欠いている(disproportionnée)という批判に反批判しようとしています。ファタハがハマスを批判するなど当事者の間でこれまでの徹底主義(jusqu'au-boutisme)から離れるという進歩が見られるのに、均衡を欠いている、っていったいハマスとどう均衡させよというのかと。中東和平は徹底主義と天使主義を捨てない限りは実現しないだろうとパスカルを引用して論じています。イスラエル側から見ればたとえ「均衡のとれた反撃」だとしても両者の非対称性ゆえに国際世論からの批判を受けるといった道義的泥沼状況だろうと思いますし、部外者が勧善懲悪的に一方に加担をすることが事態を改善しないばかりか悪化させる場合が往々にしてあるというのはあらゆる紛争に通じる真理を含んでいるとは思いますが、グリュックスマンさん、それをあなたが言うのですかという批判はあるでしょうね。あれだけチェチェン問題にコミットしていたあなたが、と。いえ、なんでもかんでも一緒くたにするつもりはないですが、そういう批判はできるでしょうという話です。個人的にはサルコジ政権への心酔と落胆を繰り返す近年の躁鬱的な言動を眺めてきて私はもはやこの方のことは半ば哀れむような心情になっているのですけれどもね。

"Libérer les Palestiniens du Hamas"[Le Point]

こちらは盟友のBHLの「ハマスからパレスティナ人を解放せよ」という記事。ガザの子供らのイメージに私自身衝撃を受けたが、いくつかの事実を確認しておきたい。第一にどんな政府であろうとも自国の都市へのロケット弾の攻撃を容赦しないだろう。驚くべきは「イスラエルの残酷」ではなく自制である。第二にハマスのロケット弾による死傷者はそれほど多くなくとも、イスラエルでは悪夢のような生活を強いられている。第三に多くの犠牲者が出ているが、これは意図的な「虐殺」ではない。逆にハマスが自分達の人民を攻撃にさらしているのだ。古典的な「人間の盾」戦術だ。第四にパレスティナ側は都市を、民間人を標的にしているが、イスラエル側は軍事施設を標的にしている。第五にイスラエル軍は民間人が避難できるように標的を通告し続けている。第六に封鎖によって前例なき人道危機が生じているというのは正確ではない。地上戦が始まるまで人道援助物資は通過できたし、今これを執筆している時点でイスラエルの病院はパレスティナ人の負傷者の介護をしている。ともかく戦闘終結を望む。コメンテーター達はイスラエルの誤りをまた発見するのだろうが、パレスティナ人の最大の敵はハマスである。ハマスの暗い支配から解放されなくてはならないのはイスラエルだけでなくパレスティナ人達である。といった具合にイスラエルを擁護していますが、だいたい予想の範囲の発言です。こちらはグルジアの時のあの嘘リポートで正体見たりですので(まあそのずっと前から信用していないのですけれど)、いや「祖国」を思う気持ちはいいですけれど、もう世界の紛争地に駆けつけて人道について語っても説得力はないのではないですかねと言いたくなります。言わなくとも判ると思いますが、グリュックスマン氏もレヴィ氏もユダヤ系の哲学者です。

"Librér les Palestiniens des mensonges de Bernard-Henri Lévy"[Le Monde dipomatique]

上の二つの文章を受けたアラン・グレシュ氏のディプロの批判記事。「ベルナール・アンリ・レヴィの嘘からパレスティナ人を解放せよ」というタイトルです。まだ議論するには声が足りないが、グリュックスマンとBHLの記事は典型的だ。そう、あらゆる嘘、誤った信念の典型だ。イスラエルの政策が野蛮人に対して自己防衛するためのものだという信念だ。以下BHLの記事に逐条的に反論する。第一点。イスラエルの「自制」については両者の死者数を比較すればいい。停戦合意の後にも空爆をしていたのはイスラエルだ。また40年の長い「自制」をしているのもパレスティナ人だ。第二点。BHLはガザに行ったことがあるのか。何十年もパレスティナ人がどういう状況を生きているのかを知らないのか。ハマスの前から空爆はなされていたのだ。第三点。憎むべきはマイケル・ウォルツァ-的な意味での戦力の不均衡だ。またBHLはイスラエルのプロパガンダを真に受けているが、中立的な観察者はこれが嘘であることを知っている。それからガザは人口の密集する狭隘な地区であり、戦闘員と民間人と標的の区別はできない。第四点。ここには戦略的非対称性がある。また道徳的非対称性もある。これは人道に対する罪だ。第五点。通告したかどうかでなく避難ができない状態が問題なのだ。民間人が避難を禁じられた紛争なのだ。第六点。哲学者は抽象の天上から具体の地上へと降りて来れないようだが、人道援助物資を運ぶには現状ではまったく不十分なのだ。一日500台のトラックの通過が必要なのだが、封鎖後には23台だけだった。今はもっとひどい。最後に11月4日に停戦を破ったのはイスラエルであること、ガザへの通行に関する合意条項を尊重していないのもイスラエルであることを確認しておく。また平和条約の調印を拒んでいるのもイスラエルだ。アラファトにせアッバスにせよ合意への意志はあったのに時間を無駄にしたのはイスラエルが拒否したせいなのだ。またハマスは民主主義的に選出されたのだ。人々が誤った投票をしたのだからそれを変えよう、あるいはよき独裁を押し付けよう、文明化すべく占領しよう、これはアフガンに侵攻したソ連の論理であり、植民地主義の論理だ。以上、多くの具体的な情報を挙げてBHLを批判しています。批判としてはおおむね正当なものだと思いますが、それではどうすればいいのかの展望が見える訳ではないのがやりきれないところです。またイスラエル批判が正しくとも、それがハマスの正しさを証明する訳ではない。実際、あの戦術は正統化すべきではない。たとえ民意の支持があったとしても。

"La rue, la mosquée et la télévision"[Le Figaro]

哲学者のレデケル氏が先日の大規模なデモについて論評しています。まず、平和主義を装っているが連中は平和を願っているのではなくハマスの勝利を願っているのだと断定されております。これは冷戦時代の平和主義が反米、反帝で、ソ連批判をしなかったのと同じ左翼的偏向だということです。さらに「ホロコースト」「ジェノサイド」という文句やダビデの星と鍵十字まで見えるではないか!と。しかしこれは昔からの話だが、氏によれば新しい要素があったと言います。それはテレビとモスクの出会いだといいます。テレビは思考停止をもたらすイメージのメディアであり、感情的動員力をもつ。今回のデモの特徴はテレビのイメージに同一化した者達のイスラム色にあって68年に叫ばれた自由からはなんと遠いのだ、と。しかしこんなに「政治的に正しくない」記事がフィガロによく掲載されましたね。なおレデケル氏はかつてコーランを罵倒する記事を寄稿して通称「フィガロ事件」を引き起こした張本人です。まあなんと言いますか、「この正直者め!」というのは日本にもありますけれど、世論の一部はこれで溜飲が下がると、そういう論調ですね。

という訳でまだ本格的な論戦はないのですけれども、強い非難を含んだ事実報道が主体で後は社説でもコメンテーターでも停戦を求めつつともかくフランス国内への紛争の輸入を防がなくてはならないという内向きな論調になっています。イスラエル支持派には反イスラエル的に感じられ、パレスティナ支持派には親イスラエル的に感じられるという中途半端な報道ですね。そういう訳で両者がネット上でメディア批判をしています。思想的には寒々しい限りの光景ですけれども、今後それなりに力のこもった意見も出始めることを期待したいところです。言葉が出て来ないという感じなのは判りますけれどもね。なんの利害関係もない私ですらそうですから。

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コメント

イスラエルにとっては、結局アメリカの支持が頼りなんでしょうね。
ただ、こんな話が出てくるようだと、それもいつまで続くのかなあという気がしてしまうのですが。

http://www.asahi.com/international/update/0113/TKY200901130375.html

アメリカ国内で「もうイスラエルにはうんざり」という雰囲気はあるのか、ちょっと気になります。

投稿: Baatarism | 2009年1月16日 (金) 10時45分

朝日の記事のリンクは切れていました。欧州はイスラエルにはうんざりしていますね。仁義に厚いアメリカはそう簡単に切らないでしょうけれども、こんな状態がずっと続くようだと世論の共感が徐々に失われるリスクがありますねえ。イラク戦争批判やネオコン批判がイスラエル批判につながる論調はずっとありましたが、だんだん声が大きくなっているような印象があります。またリアリストは必ずしも親イスラエルではないですしね。イスラエルもそこは理解しているのでしょうけれどもねえ。

投稿: mozu | 2009年1月16日 (金) 13時43分

朝日の記事はこんな内容です。

ガザ 米の停戦決議賛成、「10分前に電話で阻止」
(2009年1月13日22時7分)
【エルサレム=井上道夫】イスラエルのオルメルト暫定首相は12日、パレスチナ自治区ガザでの即時停戦を求めた8日の国連安保理決議について、採決10分前にブッシュ米大統領に電話をかけ、賛成しないよう要請していたことを明らかにした。ロイター通信などが伝えた。
 採決は賛成14で米国だけが棄権。首相は「彼女(ライス国務長官)は自ら準備した決議案を棄権し、恥をかくことになった」と述べた。
 説明によると、演説中だったブッシュ氏は、オルメルト首相の強い求めに応じ電話に出て、「(決議の中身を)よく知らない」と述べたが、首相は「賛成票を投じてはならない」と迫った。これを受けブッシュ氏はライス国務長官に賛成しないよう指示したという。
 一方、AFP通信によると、米国務省高官は、米国の棄権は決まっており、オルメルト氏の電話で判断を覆したわけではないと説明している。

投稿: Baatarism | 2009年1月16日 (金) 14時26分

おお、ご紹介ありがとうございます。こんな裏事情があったのですね。今回の作戦は得るものよりも失うもののほうが大きいように思えるのですけれども、国内事情があるのでしょうね。

投稿: mozu | 2009年1月16日 (金) 20時51分

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