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投影について

ニュース斜め読みということで以下ただの記事のクリップです。

"M. Mélenchon veut fédérer un "front de gauche" unitaire"[Le Monde]

社会党を脱党し、「左翼党」を旗揚げしたばかりのジャン・リュック・メランション氏が「統一左翼戦線」を訴えかけているようです。反自由主義、反リスボン条約の左翼の結集ということですが、メランション氏によれば、支持層は14%ぐらいもある、ここが統一できれば社会党にも対抗できるということです。欧州議会選挙に向けてフランス共産党と選挙協力しつつブザンスノ氏の反資本主義新党にラブコールを送っているようですが、さて左翼戦線は出来るのでしょうか。反欧州連合を旗印に議会選挙を戦うのですかね。

"French government fears rise of left"[BBC]

左の左の台頭についてはこのブログでも何度か書いてきましたが、フランス政府がこの動きを警戒しているというBBCの記事です。現状では資本主義の失敗を宣告し、不平等の拡大に反対する、郊外の移民と左翼の連帯を訴えるといった主張内容で活動も平和的なものにとどまっているとされますが、この一部が暴力的な極左活動に転じる可能性が憂慮されているようです。その可能性はあるに5コペイカ賭けておきます。ネットを眺めていてもだいぶ不穏な空気になっていますね。

"Les Irlandais seraient prêt à dire "oui" au traité de Lisbonne"[Le Monde]

今アイルランドでリスボン条約の国民投票をしたならば、3分の2が賛成票を投じるだろうという調査結果が出たそうです。サンデー・ビジネス・ポスト紙の調査によると2009年に第二回の国民投票をしたならばどうするかという質問に対して、58%が賛成、28%が反対、14%がわからないとの回答結果になったということです。経済危機を受けて欧州連合に頼りたいという心理が高まっているようです。欧州統合にとってはピンチであると同時にチャンスな訳ですけれども、この危機を活かせるかどうかですね。

"Crise : la présidence tchèque de l’Union et la Commission aux abonnés absents"[Coulisses de Bruxelles]

欧州連合新議長国に関するカトルメール氏の辛い論評。この危機にあたってチェコはまったく欧州的なアジェンダを追求する気がなく、政治空白が生まれている。またバローゾ委員長にも頼れない。このリーダーシップの不在が自分のことは自分でやれ主義への回帰をもたらしている。昨年秋にフランス国家元首の主意主義によって採用された第一の銀行プランは不十分であることが明らかになったのに、あの時、「金融共産主義」を非難していたプラハは欧州的な行動を推し進める気がない。ジャン・クロード・ユンカーも大規模な第二の銀行プランは不必要だと言って行動を拒否しているし、欧州委員会もこの意見に同調している。フランスは欧州の自動車産業の保護プランを提出したが、市場への介入を嫌う欧州委員会もチェコもこれに続かない。エアバス救済に関しても同じだ。ニコラ・サルコジが主導した欧州の再生がいかに脆弱なものであったのかが判る。欧州懐疑派に交代した途端にまたこれだ。欧州委員会も機能しないし、欧州議会も9月まで声を出せない。2009年は欧州の白紙の年となる危険がある。以上、欧州連合の動きの鈍さにだいぶ苛立っています。

"Holocaust row cleric apologises"[BBC]

この間、このネタでエントリを書きかけて止めたのですが、カトリック教会のルフェーブリストとの和解に絡んだごたごたの続報です。ルフェーブリストというのは第二次ヴァチカン公会議以降の教会の現代化路線に反発して破門された保守派のルフェーブル大司教と彼が叙任した司教達のグループのことですが、現教皇がこの派の破門を解除して教会合同を目指したところ英国生まれのウィリアムソン司教がガス室はなかった発言をしてユダヤ教会を憤激させて大騒動になっているという話です。それでこの司教が教皇に対して謝罪した模様です。ただ不用意な発言で大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ないという謝罪で、ガス室についての言及はなかったということです。狙った訳ではないのでしょうけれども、ここぞというタイミングでこの発言ですから。ガザとガスをめぐる騒ぎは今後も間歇的に続くのでしょうかね。

中国の(隠れた)足腰[王侯将相いずくんぞ種あらんや]

これには同感しました。実は私も新華社フランス語版はよく読んでいるのですが、どうして日本のメディアにはこれが出来ないのかと溜め息がでることあります。まあ新華社だからなというのはあるのですが、政治体制がどうこういう話ではなくて、情報というものに対する認識と感度が違うのでしょう、海外に情報発信だと意気込んでは自爆しがちな国との差を感じてしまいます。別にアラビア語版やスペイン語版や中国語版をつくれとは言いませんが、日本の新聞や通信社も英語版ぐらいもっと力を入れて欲しいです。日本だけでちまちまやっていても縮小するだけじゃないですか。

"Jun on Onishi"[Mutantfrog Travelogue]

Global Talk21の奥村さんによるNYTの大西記事の批判を受けてバーマン氏がポストしています。記事への批判は正確なものだとしつつも一般に大西氏に対する批判は少し過剰ではないかという疑問を呈しています。多くの批判は正確だが、「反日」というラベルは侮辱的だし不正確だ。特派員にバイアスがあるのもそれほど珍しいことでもないし、悪いばかりでもない。よくあるWackyJapanニュースよりはシリアスなテーマを扱っている。間違いがあったので批判された。それはいいことだ。しかし批判がどこまで公平なのか疑問は残る。タイムズのアフリカ特派員はアフリカ・ハンズからこれだけ批判されるだろうか。BBCのアメリカの文化や政治のニュースは正確なものもあるが、大西的な奇妙なものもある。間違いは訂正されるべきだし、批判も必要だ。ただ特定のリポーターの問題なのか制度全体の問題なのか考えてみよう、と。ごくまっとうな疑問だと思います。批判的であることと「反日」的であることとは違うというのは当然の話ですね。私自身の好みを言えば、クリストフ氏よりは大西氏のほうがまだましかなと思います。前者の無知と偽善と不誠実に満ちた記事には率直に言って吐き気がすることがあります。日本が好きかどうかとかそんなことはどうでもいい。中国報道でもけっこうひどいものがあります。大西氏のunderdogシリーズは主流社会へのルサンチマンが出ない限りはいい出来になる傾向があります。政治ネタはどうにもならないレベルだと思いますけれども。

多分大西氏に感情的に反発する日本人が多いのは日本の極左とあまり変わらない論調であることや間違いや誇張が多いということに加えて、時にひやりとするような「悪意」を感じることがある、また日本を肴に英語圏の読者に諂う「卑屈さ」みたいなものが時に感じられるからではないでしょうかね。なんとなく右サイドのヒルシ・アリ現象と似ているところもないではないですが、もっと屈折が著しいですね。韓国系の記者と比較してみてもより屈折の度合いは大きいと思います。以前書いたような気がしますが、北米の日系の一部に見られるアイデンティティー危機には私はわりと共感的なんですが、コメント欄でAcefaceさんが指摘されているように大西氏にはかの地のアイデンティティー・ポリティックスを東アジアおよび日本に投影している面があるようです。アジア系とか日系とか言ってもいろんな方がいるのでごく一部の話でしょうし、この方の経歴はよく知りませんし、興味もないのですが、記事から透けて見えます。リベラル対保守みたいな政治イデオロギーの話ではない。まあ私はこういうぐずぐずの転移の関係に入りたくないので報道の正確性と公正性の観点でしか評価したくないです。で、評価しないと。

それからBBCのアメリカ報道云々は世界の権力構造の非対称性に帰せられる話のように思えます。ブラジルやメキシコやトルコの日本報道に対してそこに居住する日本人コミュニティーを除けば日本で騒いだり抗議をしたりする人がいないのは権力が行使され得る文脈がそもそも欠如しているからという理由で説明できると思います。一般に旧植民地諸国は旧宗主国での報道に目を光らせる傾向があるように思いますが、そうでなくとも中国の反CNNのような過剰な反応があるのは端的に英語圏が情報の点で影響力が強いからでしょう。なお「日本人は人の目を気にする」みたいなステレオタイプは関係なくて要は英語圏だからだと思います。英米への憧憬と不信の歴史も背景にあるのでしょう。もっとも騒いでいるのは一部で日常に追われる日本国民のほとんどはこうした話にはさほど興味がないと思いますけれどもね。他人事みたいに書きましたが、こうした歴史的文脈の中に私も置かれているらしい事実にややうんざりすることもあると付け加えておきます。

ではでは。

追記

少し加筆しました。私には大西氏よりもクリストフ氏をめぐる諸問題のほうがアメリカにおける真のリベラルとは何かをめぐっては兆候的に思えます。まあ私はアメリカ流のリベラルじゃないので-日本と欧州の自由主義の伝統のほうがしっくりきます-個人的にはリベラルとはなにかみたいな話はどうでもいいのですが、アメリカ以外の世界にとってもけっこう重要な問題でしょうね。

再追記

氏のことを知らない人が読んで誤解するといけないのでフォローしておきます。別にクリストフ氏の活動を否定している訳ではないのです。有意義な仕事もなさっていると思いますし、意見が一致することもわりとあります。ただシニカルになっている訳ではないのですが、それでもどうにも気に入らない部分があるのですね。日本報道だけの話ではないです。難しいのでこの問題は私ももう少し考えてみたいと思います。

「破門を撤回」を「破門を解除」に直しました。日本語ソースにつられましたが、両者は違いますね。ついでにカトリックにもこのグループにもなんの義理もないのですが、「超保守派」というのは教義や典礼に関わる問題での立場で政治的な意味での極右とは一応別物だと注記しておきます。実際には近い御仁もいたりしてやっかいなようですし、左派メディアでは極右みたいな扱われ方をされていますが。

再々追記

”Holocaust Denier Is Ordered To Recant”[WaPo]

カトリック教会としてウィリアムソン司教の発言を支持しない旨公表した訳ですが、それでもおさまらず、とりわけドイツ政府の強い抗議を受けて司教が発言を明確に撤回するよう命令されたようです。この司教は同様の発言を繰り返してきた過去があるようです。教皇聖下のヒットラー・ユーゲントの件も蒸し返されたりとなんだかこのところカトリック教会はさんざんな展開です。私は個人的にはカトリックや正教はわりと好きなんですけれどもね。「わりと好き」という受け止め方が正しいのかどうかは判りませんが。

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コメント

オオニシの記事でも、この前の山口まりの記事でもそうですが、日本の読者には右翼にせよ左翼にせよ違和感があるんじゃないですかね。
同時代を生きていないような、または、問題意識を共有していないような、あるいは、同じく国で暮らしている人たちーーー右翼左翼も含めてーーー共有する最低限の何かが欠けているような違和感がでるところが多多ある。
 それがなんていうか、外国から見た斬新な視点からの日本といういわけでもなく、日本人からすると、????という・・・どこの国の何について話しているのか、一瞬とまどうようなそんな印象をもつことがある。
>

Aceface
#

Good report on Japan is “Japan is wrong on this and this and here is the background and this is how the society deals with the issue” But their narratives are usually in the format like “Japan is wrong on this and this,and that’s Japan”kind of determinism,as if they are sitting on higher ladder.
#
M-Bone Says:
February 2nd, 2009 at 9:14 am

“Japan is wrong on this and this,and that’s Japan’

Even that is better than “Japan is wrong on this, unlike America (or South Korea) which is great!”

>

ここらへんは特に共感できますね。

投稿: | 2009年2月 3日 (火) 03時50分

大西記者にはなんとなく哀れな感じが漂っているんですよね。あちらで認めてもらうために必死に自己のエスニシティーを否定しているような感じがあって。19世紀のいわゆる「同化ユダヤ人」をめぐる問題を連想させます。上から目線のバリバリのリベラル左翼野郎のほうが個人的にはうんざりします。

まあなんにせよいい迷惑な訳です。別の惑星の話に聞こえるというのはその通りですね。基本的にあちらの問題であってこちらの問題ではないですから。だからそんなのは無視して日本国民は日本の問題に取り組んで我が道を進むのが基本的に正しい。が、いらぬお世話をしたがる人々や介入を招きたがる人々が多いのが困ったものです。

投稿: mozu | 2009年2月 3日 (火) 04時25分

ところで空さんのgooブログがここしばらく閲覧できないのですが、こちら側の問題なんでしょうか。今まで通り普通に運営されてますか。

投稿: mozu | 2009年2月 3日 (火) 05時46分

フランス語が読めないのでお尋ねしたいのですが、アイルランドがリスボン条約を受け入れることが、如何して欧州連合に頼りたいという心理を高めるのでしょうか。また、アイルランドの受け入れが、如何して欧州連合にとってはピンチでもありチャンスでもあるのでしょうか。

投稿: chengguang | 2009年2月 3日 (火) 23時15分

この危機が欧州の統合の強化のチャンスとなるか統合の弱体化のピンチとなるか両者の見方が出されていますが(反欧州派から見るとチャンスとピンチの部分は反対になりますが)、アイスランドのユーロ加盟の話といい、アイルランドがリスボン条約承認に前向きになっているという話といい、欧州の傘の下でこの危機を乗り切ろうという志向が出てきている点に注目しました。

ただ下の記事にあるように欧州連合が危機対策でうまく機能している訳ではないですし、このままぐずぐずやっていると不満が噴出する可能性もあると思います。

南欧から崩れるかもしれないという憶測もありますが、今のところはむしろ欧州にすがろうという気持ちが強いようです。

投稿: mozu | 2009年2月 4日 (水) 00時16分

>
ところで空さんのgooブログがここしばらく閲覧できないのですが、こちら側の問題なんでしょうか。今まで通り普通に運営されてますか。
>
ありがとうございます。
つまらない投稿ばかりですが、めちゃくちゃ更新しています。
一つはグー、一つはグーグル内容は同じですけど・・・

http://blog.goo.ne.jp/kentanakachan

http://kentanakachan.blogspot.com/

投稿: | 2009年2月 4日 (水) 02時36分

ご存知のようにアイルランドはEU加盟国です。ですからリスボン条約を受け入れることが何故欧州連合を頼りたい心理に繫がるのか、という点が理解できません。リスボン条約が各国間の政治・経済面の統合強化を図っているので、これを受け入れるとその面での恩恵に与れるという性質のものなら解らないでもないのですが、そのような性質の条約ではないようです。また、リスボン条約を受け入れていない国は二三に留まっており、EU加盟国の多くが受け入れています。ですから、この受け入れていない国が受け入れたとして、EUが劇的に政治・経済面で変化するとも思えないのです。それでお尋ねしています。
また、危機の対処に役立つと言うよりは、今回の信用危機における打撃の程度が国毎に異なるにも拘らず統一通貨を使用していることで、国毎の経済政策の有りようが逆に難しくなっていると思えるのですが。

投稿: chengguang | 2009年2月 4日 (水) 15時35分

>危機の対処に役立つと言うよりは、今回の信用危機における打撃の程度が国毎に異なるにも拘らず統一通貨を使用していることで、国毎の経済政策の有りようが逆に難しくなっていると思えるのですが。

同意します。景況にも差がありますし、財政状況も国ごとにバラバラです。単一通貨を共有するのだから欧州レベルで統合された経済政策ができるような仕組みがないといけないのにそれがない。無理をして通貨統合を先行したツケですね。

おっしゃるようにリスボン条約は危機対応とは関係ないです。欧州の制度的脆弱性がいくぶん改善されるというだけの話ですね。頼るという言葉がよくなかったのかもしれませんが、良くも悪くもあれだけ自尊心が強かったアイルランド世論が経済危機以降、劇的に親欧州に変化したのに感慨を抱かされたということと周辺国の世論動向を考えるのに兆候的な現象のひとつに見えたということです。世論調査は水物ですし、漠然とした話ですね。

投稿: mozu | 2009年2月 4日 (水) 17時45分

考えてみたのですが、本文に飛躍があって文意が不明確だったようです。

>経済危機を受けて欧州連合に頼りたいという心理が高まっているようです。

こちらはアイルランド世論のことです。実際には経済的補助やユーロの恩恵に浴していたにもかかわらず、英米との伝統的な経済的絆もあり、政治的に独自主義的な声も強く、必ずしも親欧州連合的な世論ではなかったので。

>欧州統合にとってはピンチであると同時にチャンスな訳ですけれども、この危機を活かせるかどうかですね。

こちらは一般論です。二つの文は論理的につながっているわけではないですね。私自身は各国家のエゴのぶつかり合いでぐずぐずになりそうに見えるのですが、確かに協調的な政策的対応が必要な条件は揃ってきつつあるのでチャンスとも書きました。フランスからは内容不明ながら「欧州経済政府」の掛け声も出ましたね。ただ現実に国家間での財政的な所得移転システムみたいなものができるとはとても思えないです。

投稿: mozu | 2009年2月 4日 (水) 20時47分

ドイツはホロコーストを封印することで過去のドイツと決別し、戦後の舞台に再登場したので、国策として触れたくないし、触れて欲しく無いのかもしれません。現に法律でも厳禁にしています(裏を読むと、法律を廃止したら多くのドイツ人がホロコースト否定発言をする可能性が高いと言うことなのかもしれません)。
個人的には、欧州の幾つかの国やユダヤ団体に依る、否定派の研究にまで圧力を掛けている現状には疑問を感じていますし、其れに対して歴史学者などが抗議しないのも不思議に思っています。

投稿: chengguang | 2009年2月 6日 (金) 11時18分

長期的には歴史は妥当な像に落ち着くものだという経験則への信頼があるので、また言論の自由や学問の自由は基本的に保証されるべきだと信じているので私自身は法律で歴史についての言論を規制するやり方は好まないです。現代ドイツ事情には疎いのですが、「戦う民主主義」への国民的合意はあっても、常に道徳的圧力をかけられる現状への諦め混りの不満のようなものは広い層に存在しているように見えることもあります。イスラエルへの不満は欧州随一という調査結果を見た記憶もあります。今回のガザ侵攻に対する世論もずいぶん屈折したものだったようで不健全に感じられますね。イスラエルにとっても長期的にはよくないのではないかと思うのですが、政治的掛け金としてイスラーム世界にまで飛び火していますし、外部の人間にはなかなか立ち入り難い領域です。日本人からどうこう言えば、大火傷を負うことになりましょうしね。

投稿: mozu | 2009年2月 6日 (金) 19時02分

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