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NATO軍事機構への完全復帰をめぐる論争(1)

NATO統合軍事機構への完全復帰については以前エントリしましたが、この件についてしばらく前からフランス国内で議論が活発になされ始めているようなので紹介しておきたいと思います。

サルコジ大統領が昨年4月のブカレストのNATO首脳会談の席でNATOへの完全復帰を示唆し、6月の国防白書に明記され、今年の2月7日にミュンヘンで同様の宣言をしたことは日本語圏でも報じられていたのでご存知の方も多いでしょう。経緯を確認しておきますと、冷戦下において米国の世界戦略の下に置かれること嫌い、独自核に基づく自立的安全保障政策を展開すべくド・ゴール大統領が1966年にNATOの軍事機構から脱退した訳ですが、この脱退はフランスの独自性を示す経験として内外で記憶されてきました。したがって今回の完全復帰はきわめて象徴的な意味合いがもたされることになる訳です。ただ今回の動きは「親米家」サルコジ大統領による安全保障政策の急旋回ではなく、「ゴーリスト」シラク大統領の下で用意された路線の延長上にあります(「」に入れたのは、しつこいようですが、私はこの手のラベルは信用しない主義ですので)。

NATOには文民機構と軍事機構の二つの枠組みが存在していますが、ド・ゴール大統領が脱退したのは軍事機構であり、文民機構にはとどまっていました。軍事機構には軍事委員会、防衛計画委員会、核計画グループが存在していますが、ユーゴ紛争を契機に95年、シラク大統領によって軍事委員会には既に復帰しています。さらに実際にはNATOとはつかず離れずの関係でしたし、今回の復帰の条件として欧州防衛の強化と独自核戦略の維持が約束されていますので、今回の完全復帰は実質的な意味合いよりも象徴的意味合いが強いと言うこともできるかと思います。

それでも米国追従やフランスの独自性の喪失につながるのではないかという懸念があり、国内議論を惹起することになっています。最新の世論調査は確認できていませんが、これまでの結果からすると賛否は拮抗している状況だと思われます。外交安全保障問題が経済問題や教育問題のようなテーマに比べると一般国民から遠く見えてオピニオンを持つのはなかなか難しいというのはどこの国でも同様ですのでメディア上の討議を受けて賛否が拮抗する状態は理解可能な話に思えます。長期的な国家戦略論というよりもアフガニスタンへのいっそうの関与の是非という差し迫った話が焦点になっているようです。

おおまかに言うと、政府与党のUMPの大部分は完全復帰を進める側にまわっていて、左派と中道派さらに右派のゴーリスト・グループの一部が反対の論陣を張っているという構図になっているようです。内容的には推進派はフランスの独自性の維持とNATO完全復帰は矛盾しない、両立可能である点を強調し、反対派は我が国は米国とは一線を画した独自外交を追及すべきであり、完全復帰は理念と国益に反すると主張している格好になります。野党のほうがゴーリスト的なのが興味深いですね。国民投票にはかけられずに、議会でのフィヨン首相の信任投票によって決議される段取りになっているようですのでどうやら多数派の勝利は間違いなさそうですが、どういう議論になっているのか紹介するためにこのエントリではまず反対派の中道政党Modemの党首フランソワ・バイル氏のインタビューを訳しておきます。辞書を引かずに超特急で訳したので変なところがあるかもしれません。気づき次第直していきますが、ご注意ください。

"Sarkozy a une obsession..."[NouvelObs.com]
ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトワール(誌名、以下N.O.):あなたはNATO統合軍事機構への復帰計画をフランスの敗北と呼びましたが、少し誇張し過ぎではありませんか。

フランソワ・バイル(以下F.B.):私たちは世界の目にはフランス・ブランドとなっていた遺産を犠牲にしようとしているのです。大西洋同盟において私たちは責務を疎かにすることは決してありませんでした。フランソワ・ミッテラン時代の湾岸戦争の際のクウェートでも、コソヴォでも、911以降のアフガニスタンでもです。しかし統合軍事機構と距離を置くことで、フランスは自らをアメリカの影響圏に還元させないこと、世界に開かれていること、ノーと言えることを-これはイラク戦争の際に明らかになりましたが-私たちは示したのです。犠牲にしようと望まれているのは50年の歴史なのです。代償としてなにを得るためなんでしょうか。幕僚部でのいくつかのフランス人の将軍のポストですか。この独立の遺産は一人の人間の好きにできるものではなく、ニコラ・サルコジだけではなく全フランス人に属するものだと私は言いたいのですね。というのも私たち国民的な財産の話だからです。したがってフランス人が国民投票で態度決定できるのでないといけないでしょう。

N.O.:しかし具体的に言うと、どういう点でフランスの独立が今後脅かされるというのでしょうか。

F.B.:私たちがこの決定をするまさにその時、世界の目には、私たちは西洋ブロックという理念を受け入れ、このブロックに与するということになるのです。一方に欧米ブロックがあって他方に全世界があると。これはフランスにとって、そしてその歴史と普遍性にとってひとつの断念なのです。確かにフランスは西洋の歴史に属し、これを形作ってきましたが、フランスは西洋に還元されず、開かれており、西洋と一線を画して、アラブ世界やアフリカを理解できるのです。また欧州連合の独立的防衛政策の理念の終焉が浮上するのが私には見えるのです。というのもフランスの独立、その特異性、思想と言論の自由とともにいささか他に還元不能なその性格というものは欧州のパートナーたちにとって常にひとつの基準だったからです。フランスは独立欧州の保証人であり、独立欧州は時とともに米国との関係において、またいずれ南米、アフリカ、インドとの関係において新しい道を開くことになるでしょう。これは等しい価値をもった複数の柱の上に打ち立てられたより均衡した世界のヴィジョンです。かくして私たちが売り払おうとしているもの、それは私たちの過去ばかりでなく私たちの未来、フランスと欧州の未来の一部なのだと私は主張したいのです。

N.O.:あなたはサルコジ大統領の意図の勘ぐりをしてませんか。というのも大統領自身がNATO軍事機構への復帰の条件として欧州防衛の進展を掲げたのですから。

F.B.:サルコジの選択は欧州防衛は今後NATOの枠組み、すなわちアメリカの権威の下でなされることを意味するのです。それはアメリカの政権がどうなろうとそうです。例えばNATO司令官とは欧州のアメリカ軍の司令官である点を思い起こしてください。それ以外は文学の問題なのです・・・。

N.O.:あなたはフランスはNATOを疎かにしたことはなかったし、そのミッションに参加してきた点を指摘しました。専ら象徴的な決定の話を大げさに受け止めていませんか。

F.B.:ほろりとさせるような無垢さで国防省はこの決定は純粋に象徴的なものだと述べました。ええそうですとも!人間と諸国民の生において象徴とは本質的なものなのです。私たちの独立の象徴を要求しなければなりません。諸国民の中で異なる私たちの特徴を示すのがまさにその象徴なのです。統合とは、全世界の目からすれば、同化を意味するでしょう。

N.O.:しかしあなたはこの復帰を真剣に構想したジャック・シラク政権の閣僚だったのでは・・・。

F.B.:これはジャック・シラクが暖めていた理念です。彼はそのリスクをとらないだろうと私は常に考えていました。そしてこの時代以来この主題に関する私の確信は明瞭になり、強固なものとなったのです。イラク戦争の際のフランスの選択は射程と反響の及ぶ限りのあらゆる人々の目にフランスの独立の本質的な特徴を示しました。

N.O.:ニコラ・サルコジによるアメリカの領域であるイラクへの電撃訪問は彼の独立意志に関してあなたを安心させませんでしたか。

F.B.:いいえ、バグダッドでフランスはある意味、状況を確認するのに飽き足らずにイラク介入に事後的に同意を与えたのです。この独立の印の放棄には断腸の思いがします。特定のセクター、軍需産業セクターを除いてはね。このセクターはNATO市場からこれまで排除されていました。彼らが圧力をかけていることを私は理解しています。しかしある国民の歴史的使命とはどれほど重要かつ強力でも特定の利害に還元できるものではないと私は考えるのです。

以上、「独立的欧州」「フランスの独立と特異性」を護持せよ、これほど重大な決定には国民投票が必要だ、また「世界の目」と「独立の印」を繰り返して具体的利害を超える象徴的価値の重要性を強調しています。理念的には西洋主義(occidentalisme)とは一線を画すのがフランスの流儀であるという主張ですね。理念としては分かります。さりげなく歴史的使命という言葉が出るのには皮肉でなく痺れるものもあります。氏にはNATO完全復帰はフランスの影響力を行使するための選択肢の拡大の一手段に過ぎないのだといった割り切った見方はとらないようです。実際、「世界の目」には米仏関係の強化、さらには西洋枢軸の形成と受け止められるのかもしれません、いや、フランスのことだから・・・となるのかもしれませんけれど。最後の軍需産業云々のところは事情を知りませんが、やや勇み足かなという気がしないでもないですね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?gl=FR&hl=fr&v=5Jcm41GFLMs

ミレイユ・マチュー『ド・ゴール』(1989)

いかにも80年代的な曲調で個人的にはあんまり好みではないですが、ミッテラン大統領の依頼でつくられた将軍賛歌です。リールのド・ゴール、ロンドンのド・ゴールといった具合に生涯を回顧し、最後はフランスのド・ゴールの連呼で締めくくられています。

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