« 憧れの杜氏たち | トップページ | 市民宗教ねえ »

革命前夜?

フランス関連で最近話題になっていた記事をクリップしておきます。

"Villepin s'inquiète d'un "risque révolutionnaire" en France"[Le Monde]

前首相のド・ヴィルパン氏が「フランスには革命のリスクがある」と発言したという記事です。失業者の間の「強い怒り」と「絶望」に対して社会政策を訴える文脈にあるこの発言ですが、ずいぶんあちこちで採りあげられていますね。「予測できない社会的反応」、「コントロール不能の集合行動」に備えるべく全速力で非常措置を取らねばならぬとのこと。内閣改造の話を振られたのに対して2年の首相任期は長いが、自分は首相に返り咲く気はないと述べた模様です。

"Avant un 1er-Mai massif, le climat social se tend"[JDD]

昨今の社会的緊張を扱った記事です。メイ・デイを前にしてかの国では例によってデモやストが各地で起こっている訳ですが、学校でも工場でもラディカル化の兆しが見えているようです。ド・ヴィルパン氏の「革命のリスク」発言に加えて、記事によれば、やはり元首相のラファラン氏がフランスの「熱い血」について語っているようです。熱いですよね、本当に。ユベール・ランディエ氏によれば、「社会危機は常に予測できないものだが、確かに火種がある」と言います。大統領の失言のようなほんの一刺しが火に油を注ぐことになるだろう、と。ただ1970年代に比べたらまだまだ全然温いとしています。それから記事はCGTのような組合が現在は運動のラディカル化を抑えつつ、政治に働きかけようとしている点についても触れています。平等や自由を求める情熱は高まっているが、1968-2009はないだろうとしています。

"Who wants a new French revolution ?"[Times]

でタイムズもド・ヴィルパン氏の発言を採りあげてその可能性はないとしています。この発言については、

Revolution is being talked up by people in the Establishment with their own ambitions at heart. Villepin is the most glaring example. He is a never-elected diplomat who owed all his government appointments to his mentor President Jacques Chirac. He is to stand trial later this year on charges of trying to smear Sarkozy in the so-called Clearstream affair. Last Sunday he talked of possible revolution saying he feared that public despair would lead to "collective behaviour that we might not be able to control". On Friday, he announced that he hoped to stand against Sarkozy in the next presidential election in 2012.

といった具合に政局的な解釈をしています。またロワイヤル氏も大統領攻撃を強め、フランスのために海外に対して「謝罪」する発言をしたり、暴力的な事件のたびに労働者と連帯して革命を訴えている、中世レベルの労働条件だ!と、しかし彼女もまた大統領選挙の立候補を公言しているとし、眉に唾したほうがいいと述べています。

この観察そのものは必ずしもシニカルという訳ではないでしょう。政局絡みの発言には違いないでしょうから。結局のところ、「革命」の語でなにを想起するのかという問題だと思われますが、政権を揺るがすような規模の社会的争乱が生じる可能性という意味ならば、それはなくはないでしょうね。オーストリアの話で済むと楽観しているのか政治経済エリート層には危機感が乏しいように見えますが、東から大波がやって来たならば、今はリスク回避のために大人しくしている人々も踊り出る可能性はあるのではないでしょうかね。ちなみにロワイヤル氏の「謝罪」ですが、サルコジ氏がフランスのイメージを落としていることに対してフランスに代わって謝罪するという意味でブッシュ政権時にアメリカでソーリー・サイトみたいなものが出来ていましたが、その真似なんでしょう、こんなブログもありますね。

サルコジ仏大統領が各国首脳を酷評、仏紙報道に波紋[AFP]

かのハイパー大統領が各国首脳をこき下ろした件は国際的に波紋を呼んでいましたが、あーあ、また、やったか、と思いました。ヌーヴェルオプのブログがこの件についてエントリしていました。件のリベラシオンの記事が正しいのかどうかはよく分りませんが、この通りに語ったとしてもまったく違和感がないです。政治家はまず選ばれなくてはならない、三度も選ばれたベルルスコーニは偉い、というのは冗談なんでしょうか、本気なんでしょうか。我が邦の首相も失言でよく叩かれますが、サルコジ、ベルルスコーニのコンビはそうとうのものですね。

"After 43 Years, a French Town’s Nostalgia for Harry and Joe Lingers"[NYT]

前にNATO統合軍事機構完全復帰をめぐる論争を紹介した際に米軍基地があった時代に簡単に言及しましたが、これはシャトールーの今の様子のリポートです。基地に対する受け止めというのは概して両価的なものなのでしょう。記事は昔をなつかしむ地元の声を拾っています。アメ車乗り回して、やあ、戻ってきなよ、と言っていますね。ちなみに記事に出てくるハリーズのパンはそのへんのスーパーで売っているものですが、こういう経緯があったのですねえ。

40年以上前に米軍はこのフランス中部の町を離れたが、ハリーとジョーは居残った。

二人のアメリカ人がここに居た。というのもフランスはかつてNATOのメンバーであり、シャトールーは欧州最大の米軍基地を擁していたからだが、ここは8000人のアメリカ人と3000人のフランス人民間雇用者-料理人、お抱え運転手、床屋、会計係、大工-を抱える巨大な補給センター、航空機補修ユニットであった。

しかし1966年にドゴールがフランス-英国、カナダ、オーストリア、ニュージーランド、米国の兵士の助けで二つの世界大戦を生き延びたフランス-は軍事的に自立できると決断し、NATO軍事機構から脱退し、アメリカ人に立ち去るように命じたのだった。

ここシャトールーの年配世代の多くにとってNATO基地時代は戦後フランスの陰鬱な灰色の時代にあって古きよき日々である。基地には金払いのいいたくさんの仕事があり、カラフルに彩られ、任務を離れたアメリカ人はハワイアンシャツを見せびらかし、明るい色のシボレーや他の古い車を乗り回したものだった。市庁舎ではアメリカのサービスマンとフランス人女性の間で約450の結婚が祝われた。

勿論皆がアメリカ人を歓迎した訳ではない。共産主義者や社会主義者はいつも「US、ゴーホーム」と壁に落書きした。しかしニコラ・サルコジ大統領がNATOの懐にフランスを復帰させた今、こうした年月が戻るのではないかと希望をもって語っている者もいる。

アメリカ人が帰ってきたとして、「私は別に困らない」と政府機関で働く40代のゾフィー・バラは控えめな声で語る。「そのことを話していますよ」。

しかし今日でもアメリカ人は完全に出て行った訳ではない。ノルマンディーに上陸したメイン州オーガスタ生まれのジョセフ・ガニエは1952年1月にここに基地を建設する計画のうわさを聞きつけた。フランス人妻のジャニンと一緒に彼はルドリュ・ロラン通りにジョー・フロム・メーンJoe from Maineというハンバーガーレストランを開店した。ジョーは今月86歳で地元の病院で亡くなったが、娘のアネットが今もハンバーガー、ホット・ドッグ、テクス・メクスを週に6日間出している。

「お客さんは今はフランス人ですけど、当時基地に勤めていたGIやその子供達がやってきますよ」とアネットは言う。"Schlitz on Tap"と書かれた偽のティファニー・ランプの下で彼女はある訪問者を楽しませていた。「1952年1月に父が店を開いた時にフランス人はハンバーガーがなにか知りませんでした」とアネットは言う。「私達は自分達のケチャップをつくって、基地でスパイスを手に入れたんです」。

レストランの下には今は貯蔵庫に用いられている30平方フィートのアーチ型天井の石造りのセラーがある。そこでかつてアメリカ人は途方もない量のビールを飲み干し、チェーン・スモークをし、フランス人のガール・フレンドと踊ったものだった。アーチ天井には「ベニー、トム、フェ-ガン」と名前が刻まれている。

ハリーはこの町にもっと大きな足跡を残した。1960年代に地元の実業家のポール・ピカールはアメリカのサービスマンが食べていた奇妙な白い四角形のパンに印象付けられた。長いバゲットに慣れた他のフランス人のようにピカール氏はそんなものを見た事がなかったが、ここに可能性があると考えたのだった。

それで氏は米国のパン屋を訪れ、製造法を習い、フランスに戻ってワンダー・ブレッドをリエンジニアした。アメリカっぽさを与えようと氏はこれをハリーズ・アメリカン・ブレッドと名づけ、その包装も星条旗で飾った。ハリーが誰かは誰も言えないが、おそらくはアメリカっぽく響く名前というだけなのだろう。

ピカール氏がここでパンを売るには基地が閉鎖されたのは早過ぎたのだが、氏のパンはフランスでヒットすることになった。今ではシャトールー郊外のハリーズの巨大なパン工場で白パンその他が年間1億3千万斤も生産されている。これはフランス全土に点在する他の工場でのハリーズの生産の3分の1程度だ。フランス全土に展開する6つの工場はハリーズをこの国最大のパッケージされたパンの製造業者とした。

ピカール氏は今はこの地域のとある城に引退し、ヴィンテージのレーシングカーを収集しており、氏の会社はイタリアの多国籍食品企業が所有している。しかし400人の雇用者を抱えるこの工場ともうひとつの工場によってハリーズはこの地域で二番目の雇用主となっている。トップは自動車部品会社であるが、自動車産業のスランプで雇用を減らしている。それゆえハリーズはまもなくナンバーワンになるだろう。

「彼はヴィジョナリーだった」と42歳の工場マネージャーのジャック・ローランはピカール氏を評して言う。白いサンドウィッチ・パンは「フランスでは二義的な存在」だと彼は断じる。フランスではスライスされたサンドウィッチパンはパン市場の7%を占めるに過ぎない。「フランス人はバゲットを食べる」と彼は言う。しかしハリーズは子供向けのスナックのDoo Wopやパンの耳を食べたがらない子供向けの耳なし白パンのようなアメリカっぽい新しい商品を生産し続けている。ハリーズはクイック-フランスにおけるマクドナルドとの競争企業-のハンバーガー・ロールを生産している。自家製のパンをつくっているジョー・フロム・メインのためではない。

人口66000人のシャトールーはパリやヴェルサイユやシャルトルと並ぶような存在では決してない。町には魅力的な裏路地があるが、聳え立つカテドラルがある訳ではなく、町で最も古い教会のサン・マルシャルも予約でのみ訪問者に公開されているだけだ。町のモダンなタウン・ホールには車検場といった具合の魅力がある。作家のエディス・ワートンが1906年にシャトールーを訪れた際にこのタウン・ホールを「否定しようもなく幻滅させる」と評した。

近年フランス経済の高波はシャトールーの地位を高めていたが、今や危機がこの町を揺るがしている。町長のジャン・フランソワ・メイエはNATO基地が戻ってきたならばなにをもたらすだろうかと思い巡らしている。1951年にアメリカ人が建設した滑走路はまだ存在しているし、シャトールーの空港は、航空便、航空機補修、パイロット訓練、チャーター便などのビジネスをしたりしている。

「もうかつてと物事は同じではないが、彼らに戻ってもらえるといいです」とメイエ氏は語る。「空港が存在しているのは役に立ちますよ。アメリカ人が来る場所はありますから」。

しかし他の者にとってはアメリカ時代は今後も黄金時代のままだろう。IBMパンチカードマシーンを操作する学校を出てすぐ米軍基地で働いていた74歳のミシェル・ブランシャンダンは去年、150人ぐらいの労働者を集めてこの時代の記憶を保つためのアソシエーションを結成した。メンバーの中には今でも古いシボレー、ムスタング、キャディラックを運転している者もいる。

アメリカ人は帰ってくるのだろうか。「いや」と彼は言う。「文脈が同じじゃないね。冷戦がある訳ではない」。彼は少し考えて、付け加えた。「もし彼らがやって来るなら、歓迎するよ」。

追記

"Nationalism and Anti-Americanism in Japan-Manga Wars, Aso, Tamogami, and Progressive Alternatives"[Japan Focus]

書き手の水木しげる氏の記事には少しだけ感心したのですが、これは読んでいて溜息が出ました。基地も出ますし、反米主義の話ですので短くコメントしておきましょうか。まず「ネオナショナリスト」VS「プログレッシヴ」という架空の対立図式を設定し、前者を否定し、後者を称揚するというパターンの英語圏の一部の言説には飽きています。だいたい列挙される名前も恣意的ですし、各人それぞれに違いますし、どちらにも属さない人々が主流なのです。こうした英語圏の一部の言説における日本の言説空間の「誤表象」や「良き日本人」も存在するといった傲岸不遜な物言いは半可通ブロガーあたりにも感染していますね。なお私は戦後の左右の硬直的な思考枠組みの中では両者と絶妙に距離を置いた人や両者に叩かれた人しか信用しませんが、こうした微妙な問題意識は図式主義者には見えないようです。ところでこのところ田母神氏は英語圏の一部の人々の間ではすっかりアイドルになっているようでなによりです。こういう人々は「敵」なしではいられませんから過大評価し続けるのでしょう。最後に激しい人々を別にすれば、全体としては気分は「反米」というよりは「離米」ではないでしょうかね。それは悪いことではないと思います。

再追記

協調戦略を描けないヨーロッパ[JBpress]

FTのミュンヒャウ氏の記事の翻訳。IMFの金融安定性に関する報告を受けたものですが、内容は氏のこれまで語ってきたことの繰り返しです。不良債権額は米国よりも欧州の方が多く、また処理もちっとも進んでいない。銀行救済にせよ景気刺激にせよ協調戦略が欠如しているため、保護主義的になっている。今回の危機は欧州域内市場と単一通貨を強化するチャンスであるにもかかわらず、現実にはどうもそうはなりそうもない、と。最後に述べている全5幕の長編劇というのはどんな悲喜劇を想定しているのでしょうかね。あまり悲観シナリオばかり語るのもどうかと思われますが、氏の論説はどんどん陰鬱なトーンになってきていますね。

上で批判的に言及した記事ですが、英語圏における言説編成の中において書き手の意図を勝手に解釈すれば、その「好意的」なスタンスを指摘することもできるでしょうし、書き手の文脈化の意志には評価すべき点もあるのかもしれませんが(実際、平均的語り口よりはずっと丁寧です)、結局のところ、こういう言説スタイルだと不毛な対立を延命させることにしかならないように思えますし、正直に申し上げまして、今、文化戦争をやっている場合ではないと思うのですね。最後に、言うまでもなく、誰かを弁護するために書いているつもりはありません。

再々追記

追記でまとめて批判するような書き方をしましたが、図式主義者とか半可通ブロガー云々というところで念頭にあったのは別の人々です。この点不透明な書き方で失礼しました。この記事に絞って書きます。公正かつ細かく見ている方だとは思いますが、この記事で不満なのは、ネオナショナリスト対プログッレシブという一部でよく用いられるラベルによるまとめ方です。水木しげる氏はいわゆるプログレッシブではまったくないけれども、その戦争漫画には保守的大衆にも訴えかけるだけの力がある。こういう人々はいわゆる中道というのとは違う意味で分極化した状況の橋渡し役的な存在として貴重だと思うので私がつまらないと思うような人と一緒に囲い込んでほしくない訳です。また現実政治のヴィジョンについても日米同盟か東アジア共同体か、戦争か平和かといった二者択一の提示の仕方にはあまり感心しませんし(氏の議論ではなく日本の国内議論ですが)、「ネオナショナリスト」とされる人々の言説も「プログレッシブ」と同様にいわゆる「政府の現実主義」に対する「民間の理想主義」の位置にあることを確認しておきたいと思います。実際には三帝国の間で絶妙な位置取りをしていかなければならないのであってそうそう乱暴な舵取りはできないということは誰よりも日本国民の多くが直感的に知っているところなのではないでしょうかね。

英語圏のリベラル言説への不満やら現在の日本の論壇への幻滅やらでなんだか難癖をつけているような格好になりましたが(コメント欄で指摘されたように氏の問題というよりも現在の日本の言論の問題ですね)、記事そのものは優れていますので読んで損はないと思います。個人的には論旨に同意できない部分はありますが、リベラルな傾向の方にはお勧めしておきます。対話できる方だと思います。

再々々追記

「恣意的」と書きましたが、進歩派なら水木しげる氏にとっての戦争は受け止めるべきだという意味に理解するならば、このチョイスも正しいのかもしれないと思い直しました。小田実も現在の政治的正しさの観点から見れば過剰な人々に含まれるのでしょうし。実際、進歩派にも変わってほしいです。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=qVX29N2E0z0&feature=related

カントループ『バイレロ』(オーヴェルニュの歌より)

マリ=ジョゼフ・カントループ(1879-1957)の『オーヴェルニュの歌』は作曲家の故郷の民謡の編曲集ですが、歌詞は南仏の言語のオック語です。リンク先で歌っているのはマドレーヌ・グレイ。初録音の人です。内容は羊飼いの素朴な歌です。

|

« 憧れの杜氏たち | トップページ | 市民宗教ねえ »

フランス」カテゴリの記事

政治」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

社会」カテゴリの記事

コメント

"こうした英語圏の一部の言説における日本の言説空間の「誤表象」や「良き日本人」も存在するといった傲岸不遜な物言いは半可通ブロガーあたりにも感染していますね。なお私は戦後の左右の硬直的な思考枠組みの中では両者と絶妙に距離を置いた人や両者に叩かれた人しか信用しませんが、こうした微妙な問題意識は図式主義者には見えないようです。"

Penny氏は図式主義者でも半可通ブロガーでもありません。個人的にメールでやりとりを頻繁にしているので、はっきりそう言えます。もっとも彼はリベラルですが。

MOZUさんのご感想は、テクスト分析の対象を最近のマンガに絞ったことによって、これらのマンガと日本における戦争や歴史のメディア表象の間テクスト性が抜け落ちているから、そう感じられたのではないでしょうか。


投稿: ACEFACE | 2009年4月30日 (木) 19時00分

前に書かれた記事やこの記事の註などから細かく見ている人だとは思いましたが、ネオナショナリスト対プログレッシブという形でまとめてほしくなかったです。図式主義者とか半可通ブロガー云々は同様の語彙を用いる別の人々を念頭においていましたが、まとめて批判するような書き方には問題がありますね。追記しておきます。

投稿: mozu | 2009年4月30日 (木) 22時04分

おっしゃることにはいちいち同感しますが、これはいずれも彼の責任ではないような気がします。
結局のところ彼は、日本の言論空間を10年ほど研究対象としているだけで、我々のようにそこで自分の世界観を形成してきたわけではありません。
さらに加えて言えば、Mozuさんや私が問題意識としていることは、日本の言論空間でも明確に意識化されているわけではないでしょう。日本の論壇は仲間内の暗黙の了解で、半世紀以上も政治的な腑分けがなされてきました。そのため人的交流もおざなりになり、論争も活性化しないという状況が続いてきた。そういう意味では、より大衆や若い世代への訴求力があるマンガというメディアを中心にテクスト分析をするのは、意味があると私は考えます。(もっともMozuさんも否定はされていませんし、私も彼の意見には同意しかねる部分もありますが)

いずれにしても、彼が日本関連のブログに残すコメントはかなり、ジャパン・フォーカスの論調とは違いますよ。(ハンドルネームは明かせませんが、Mozuさんも目にされたことが間違いなくあるはずです。)

投稿: Aceface | 2009年5月 1日 (金) 00時03分

池田信夫ブログに関連ポストがあったので、リンクつけます。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/8d708fb93d1219f8963fe5ef1bef2241

投稿: Aceface | 2009年5月 1日 (金) 00時13分

ジャパン・フォーカスにも時々なにか違うトーンを持っている人々が登場することがあってペニー氏にもそういう感触があったのでやや過剰に期待してしまったのかもしれません。確かにそれほどおかしな記事ではないと思います。批判は氏よりも日本の論壇にあてはまるというのもその通りですね。

ただ個人的にネオナショナリストにもプログレッシブにもかなり幻滅しているのでふたつを採りあげて片方に軍配を上げるという論旨に同意できなかったです。とりあえず今は政府の現実主義とサイレントマジョリティーに期待する他なさそうだという気持ちになっていましたので。ただの個人的な感情の吐露であって批判ではないのかもしれません。

漫画分析そのものの意味と有効性についてはよく分りますし、その点を批判する意図はありません。現在の大衆の政治的無意識と呼ばれるものに迫ろうとしたらば漫画は絶好の素材でしょう。手塚治虫なら『紙の砦』も採りあげて欲しいかなとかアニメですけれども『ブラッド+』はどう解釈するのかなとか細かいことは思いましたけれども、GI表象の歴史分析を目指した記事ではないですからそこはいいです。

論壇の崩壊については歓迎したいと思います。焼け野原にどんな公論が出現するのかは今はちょっと想像できないですけれども、ともかく亡霊たちには死んでもらわないといけない。

投稿: mozu | 2009年5月 1日 (金) 02時43分

Japan focusの記事、さらっとみましたけど、進歩派とネオナショだけでは、やはりおおざっぱすぎるのかもしれませんね。進歩派のところを読んでいて、途中まで、ああ、おれ進歩だあ、なんて思ったが和田春樹やら、上野ちずこがでると、やはり、ひく。歴史の見方のスタンスなんか類似していも政治的スタンスはやはり違う。じゃあ、ネオナショか、という、同情できるところもあるけど、やはり違う。

で、日本の大衆というか、あるいは、知識人でも実際には、その中間あたりが案外大きな潮流を形成しているのではないか、という気もする。

反米感情については、そうした、流れ、というのは脈々とあるんでしょうね。大国というだけで、どの国にとっても、やはり脅威ですから、それはいたしかたない面もあるし、また、アメリカが積極的にその原因を作っているところもある、また、そうして日本の被害感情を慰めてくれる面もある。

ただ、著者も指摘しているように、アメリカのソフトパワーはわりに浸透しているし、全体としてはアメリカは好感がもたれている。
アメリカに限らずに他国に対して心底恨むとか、憎むというのは、そういう団体がないわけではないでしょうけど、全体としてはない。

ネオナショでもない、いうところの進歩派でもない、とくに、親米でも反米でも、親中でも反中でもない、かといって独立派でも、国際派でもない、そのなんだか、わからないようなのが、日本の流れをつくっている「われわれ」なのかもしれませんが、そんなとらどころのないようなものだと、論文にならない、といったところでしょうか?
 強いて言えば、全体としては、わりにプラグマティックな人が多いともいえるけど、これまたおおざっぱすぎますね。


投稿: 空 | 2009年5月 1日 (金) 13時35分

例えば嫌韓流についてもvalidな部分があるというようなところとか、田母神氏にしても肯定はしないが理解しようとしているところとか、公正な見方をされている方だと思いますが、ビッグ・ピクチャーとしては歪んでいるように見えてしまうのは、結局、言論の世界が先鋭化して現実から乖離してしまっているからなんでしょうね。

アメリカ観については今は全体としてはちょっと距離を置いて見てみようといった気分ぐらいだと思うのですが、反米まではいかないでしょうね。ただ不満や不信が大衆文化の中でグロテスクな形でぼつぼつと表出されることがまれにあると。

全体としてプラグマティックな人が多いというのは私も同じ印象を持っています。それはいい部分だと思いますが、声にならないのは困りますね。外からは先鋭な声ばかりが聞こえる結果になってしまいますし。

投稿: mozu | 2009年5月 1日 (金) 14時26分

結局、言論の世界が先鋭化して現実から乖離してしまっているからなんでしょうね

やっぱそうでしょうね。
普通の人とか普通のインテリというのは他国からはみえにくい部分なんでしょう。
 日本からアメリカみても、いってみれば、普通の人が大半をしめているんだと思う。そのなかに、極端なインテリとか団体があったり、事件があったりする。極端だと目立つし、記事になりやすい。しかし、そこだけ、注目すると奇妙なアメリカ像ができる。
が、普通の人や普通のインテリはその中間にあって、それが重要だったりする。

アメリカ観については今は全体としてはちょっと距離を置いて見てみようといった気分ぐらいだと思うのですが、反米まではいかないでしょうね。ただ不満や不信が大衆文化の中でグロテスクな形でぼつぼつと表出されることがまれにあると。
→そういうことでしょうね。

声にならないのは困りますね。外からは先鋭な声ばかりが聞こえる結果になってしまいますし。

そういうことはありますね。
ただ、海外からすると、やっぱ単純な図式が先にあるから、プラグマティックな動機での発言でも、ネオナショか進歩派かに強引に区分けされる、ということもあるんじゃないでしょうか?
例えば、ーーープラグマティックかどうかはべつにしてーーこの著者は進歩派として引用していますが、Araiのように、日本も悪かった、欧米も悪かった、などという論法は、田母神氏の日本も悪くなかった、欧米も悪くなかった、論と同種のネオナショくらいにしか思われないことが多いんじゃないでしょうか?
ぼくからすると英米が根っから無自覚にネオナショがデフォッルトみたいになってバイアスがかかっているからだ、と疑いたくなる所以でもあるのですが。

投稿: 空 | 2009年5月 1日 (金) 15時45分

>Araiのように、日本も悪かった、欧米も悪かった、などという論法は、田母神氏の日本も悪くなかった、欧米も悪くなかった、論と同種のネオナショくらいにしか思われないことが多いんじゃないでしょうか?

日本のプログレッシブによる米国批判を「反米主義」とレッテル張りすべきではないという点がこの記事の中心になっているのは、そうした文脈を踏まえているのだろうと思いますね。実際、無自覚なアメリカン・ナショナリストがそういう受け止めをする光景は見ます。

投稿: mozu | 2009年5月 1日 (金) 22時41分

>普通の人とか普通のインテリというのは他国からはみえにくい部分なんでしょう。

この記事では各種データを示して論者の言うところの非ネオナショナリスティックな意見の裾野の広さを示していますが、最近の英語圏の論調では逆のイメージが強いですからここもよくある誤解のポイントでしょうね。

投稿: mozu | 2009年5月 2日 (土) 20時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/507226/29336071

この記事へのトラックバック一覧です: 革命前夜?:

» まとめローン 銀行 [まとめローン 銀行]
まとめローン 銀行 [続きを読む]

受信: 2009年4月29日 (水) 18時47分

» モー娘。道重さゆみ ガチレズ疑惑 検証画像多数アップされる。レズ疑惑動画あり [モー娘。道重さゆみ ガチレズ疑惑 検証画像多数アップされる。レズ疑惑動画あり]
モーニング娘。のメンバーとして活躍中の道重さゆみ(19)が、レズではないかという画像が多数アップされ、ファンの間で話題となっている。 とても少ないとはいえないほどキスをする道重さんの画像がアップされていることで、ガチレズ疑惑が上がっているようだ。しかし女の子同士で手をつないだりするなどはよく見られるが、これだけ検証画像を見せつけられては疑ってしまうのも頷けるかも。 ... [続きを読む]

受信: 2009年4月30日 (木) 15時34分

» 自動車保険 [自動車保険]
自動車保険の紹介をしています。 自動車保険の情報満載です。 [続きを読む]

受信: 2009年5月 1日 (金) 10時13分

» 借金相談無料 [借金相談無料]
無料相談会 債務整理借金で一人で悩んでいませんか? [続きを読む]

受信: 2009年5月 5日 (火) 17時38分

» ランエボ 性能 [ランエボ 性能]
「ランエボ」も10代目となり、その都度改良されてきた。今回追加されたパドルシフト車は“本来の姿”であり、魅力は倍増。すなわち、「ツインクラッチSST」の変速パドルがステアリングのポストコラムに固定されており、ハンドル操舵中であっても位置を捜す必要はない。 [続きを読む]

受信: 2009年5月 6日 (水) 05時51分

« 憧れの杜氏たち | トップページ | 市民宗教ねえ »