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疫学的想像力

"Misreading the Map: The Road to Jerualem Does Not Lead Through Teheran"[Foreign Affairs]

リアリストの声が大きくなるにつれ、特に先日のガザ侵攻以降、米国でのイスラエルに関する論調のトーンに変化が生じている点については多くの人々が気づくところでしょうけれども、このフォーリン・アフェアーズの記事はごく冷静な筆致でオバマ政権はネタニヤフの言うことを聞かずにイランに対抗することよりもパレスチナ問題の解決に焦点をあてたほうがいいと進言しています。イランの台頭を前にしてスンナ派諸国とイスラエルの間に利害の一致が出来つつあるように見えるが、イランへの強攻策は各国の国内世論を反米、反イスラエルに傾かせることになる。こんな言い方をしていますね。

But the fact that they share certain U.S. or Israeli strategic concerns will not create the foundation for long-term strategic alliances (as opposed to ad-hoc tactical arrangements). In the Middle East, as elsewhere, one-night stands do not necessarily lead to marriage.

それでイランの核開発を遅延化させるべく交渉しつつ、その日が来た後に備えて抑止の枠組みをつくらなくてはならない。一方で中東の不安定化の根源にはパスレチナ問題があり、オバマ政権はこの解決に向けて力を注がなければならない、と。

"The good, the bad, and the unknown"[Foreign Policy]

でこちらはスティーブンのほうのウォルト氏のブログの記事ですが、基本的な認識で上の記事と一致しているようです。イラン問題とパレスチナ問題のリンケージははずすべきであり、後者についてオバマ政権は具体的に動きべきだ、と。リアリストのイスラエルに対する見方は長期的には必ずしもイスラエルにとってマイナスばかりだとは思わないのですが、イスラエル側-といっても多様な訳ですが-に想像的に内在してみるとかなりきつく見えるでしょうねえ。

アメリカ知らずのくせに余計なことを書いておくと米国のリアリストにも微妙な印象を抱くことがあります。悪いという意味ではないですが、彼らもまたアメリカ的に感じられます。欧州系のリアリズムとはなにか違う。もちろん我が邦のそれとも。今は亡き永井陽之助氏が冷戦期の封じ込め(containment)や隔離(quarantine)言説に関して指摘した「疫学的戦略観」-イノセントな国土の健康を守るために遠隔からの病原菌の進入を防ぐべく伝統的な勢力圏を無視して防疫ライン・道義的ラインを引こうとする-に彼らもまた多かれ少なかれ規定されているように見えるからなんでしょうか。そこに葛藤と苦悩があり、そこから特有の悲劇的トーンが出てくるのでしょうけれども、そこに米国的なものを感知する訳ですね。

日米同盟に関するNYTのオピニオン記事。日本の政局の混迷の中で日米同盟は漂流しつつある、変化するアジア情勢に応じて更新が必要であるという意見です。ごく穏当な内容ですが、注目すべきは北方領土問題を含めた日露関係の改善と日米韓の三カ国の関係強化の言及でしょうか。歴史を遡るならば領土をめぐる日露交渉の難航の責任の一端は米国にもあると思われるのですが(別に責める気もないですが)、米国が日露関係についてどう考えているのかは今ひとつよく分らないです。米国の戦略と両立する形で日本が中露のバランサーをつとめるというのはgeopolitically correctな選択のようにも思えるのですが、日本側にはそんな意志はなさそうですね。日韓については互いにhistorical antagonistsとみなし合っているのではなくて片方が一方的に・・・まあ、いいです。基地問題については語るも憂鬱なのでパスしたいところですが、国土防衛の役割分担についての小幅な-象徴的には大幅な-変更があってしかるべき時期かもしれませんし、それに応じた再編の構想案が民間からも出てきてもいいように思えます。ちなみにリアリストから見ても、

Moreover, mounting voter frustration in Japan with an unresponsive political system leaves the door ajar for nationalist politicians and policies, which undermine Tokyo’s ability to cooperate on pressing issues.

という風に見えていると思われます。ナショナリストのみなさんは、たとえそんなものを信じていなくとも、交渉とか協力とか妥協とかの重要性を語る芝居の稽古をしたほうがよろしいかと存じます。曇りなき赤心に加えて蛇のごとき狡猾なくして祖国の生き残りははかれませんです。

"The concept of quarantine in history"[pdf]

豚インフルエンザをめぐって検疫が話題になっていますが、この語は英語だとquarantineといいますね。語源はイタリア語の40を意味するquarantaとされます。ヴェネチア共和国とビザンツ帝国の間にあって東地中海商業の覇権を握ったラグ-ザ(現ドゥブロクニク)において黒死病到来に対応して1377年に敷かれた制度が現在の検疫体制の起源とされることは西洋史好きならばご存知でしょう。これは検疫概念の歴史についての概略的な記事ですが、ラグ-ザの検疫体制について特筆しています。旅人を40日間隔離したのですね。というわけでquarantineという語は黒死病と隔離の暗い歴史を想起させ、また日本と同様に人権に敏感な人々に懸念を呼び起こす語であるようです。中国の検疫についてのNYTの第一報における日本の不正確な言及およびその修正についてはGlobal Talk21さんがエントリされておりましたが、政府にはきちんとbecauseを内外に説明できるよう準備することを願います。

またマスクの着用をめぐってなんだかあちこちで小競り合いがあるようですが、MTGのアダムさんが日本語でエントリされていました。「日本語で書く」というリスクをとっている人々の意見は賛成するにせよ反対するにせよ尊重するのが礼節というものかと存じます。公衆衛生の知識が乏しいのでなんとも言えないところがありますが、個人的には我が邦のマスク文化には国土地理的、都市構造的な観点から言って一定の合理性があるように思われるのですけれども、どうなんでしょうね。

ではでは。

追記

政府の対策に批判的に言及している笹山氏が記事で日本の「清浄国神話」に触れています。米国の疫学的想像力とはなにか違う感じがありますが、孤立主義の伝統から来るものというのはあるのかもしれませんね。なんだかあやしい日本論やアメリカ論になってしまいそうなのでこれ以上は止めておきますが、この点に関連してアメリカ人の日本言説に自己の投影を感じることがあります。

などと呑気なことを書いているうちに国内での感染が始まってしまったようですね。ふう。気をつけましょう。

一部簡単な説明を追加しました。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=vHt1t-GxNWw

ジノ・ヴァネリ『Brother to Brother』(1978年)

北米のラテン男ヴァネリの代表曲。ヴァネリの歌唱にはいつも圧倒されます。胸毛もナイスです。

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コメント

http://www.mutantfrog.com/2009/05/15/enough-with-the-masks-already-インフル予防効果の低いマスク着用は不/
英語が母国語の在日外国人による日本語での投稿というのは評価しますね。それでこそ日本人との相互理解がはじまる。日本人に言いたいことがあれば、日本語でいうのが筋でしょう。

因みに、ぼくもマスクの予防効果というのはあまり信用していない。テレビでどっかの医者もそんなこと言っていました。以前Japan Probeが紹介していた厚生省のビデオなんかもよくみると、自分に対する予防というより、咳をする人はマスクをしてインフルエンザが拡大しないようにしましょう、ということに強調点があったように思います。

この件に関して、在日外国人が何か意見をいうことに対して、著者が外国人という理由で、日本人からのbacklashを恐れるというところに、むしろ著者の中になにか日本人恐怖症か、あるいは、なんらか特異の日本人論のようなものがないかどうか、一抹の不安がなくもないですが・・・。

投稿: 空 | 2009年5月18日 (月) 01時35分

日本語できる人には日本語で書いて欲しいですね。英語で書いても在日外国人以外はごく酔狂な日本人ぐらいしか読んでいないでしょうから。リベラルな人には2ch的なものへの不安が強いのかもしれませんね。

投稿: mozu | 2009年5月18日 (月) 02時06分

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