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優雅な報復攻撃能力の保有について

"The Homecoming of Japanese Hostages from Iraq: Culturalism or Japan in America’s Embrace?" by Marie Thorsten[Japan Focus]

イラク人質事件について英語圏でも論じられているのを何度か見ましたが、どちらかと言えばフェアなほうの批判記事でしょうね。「日本人のお上意識」を熱っぽく語る大西氏のNYT記事には軽く苛立った記憶がありますが、記事では日本の批判派もまたこの件をいつもの日本人論の枠内で理解しようとしていたと論じ、確かに日本的文脈はあるとしつつも、やはりアメリカでも同様のバッシングが存在した点から「犠牲者非難」の反応の共通性を指摘しています。only in Japanな話ではない、と。

異論がない訳でもないですが、日本の批判派や海外ウォッチャーが頼りがちな平板な文化主義的な解釈-十分に文脈化された解釈とは違う-に距離を置こうとしている論者の姿勢そのものは評価したいと思いました。勿論批判的な視座というものは必要なものですが、伝統芸能化した内外の批判の様式が気に入らないという話です。それはどこにも人を連れていかないし、なんの変化ももたらさない。

でこの事件そのものに戻ると、個人的に重要だったかなと思うのは、これがきわめてメディア的な出来事であったように思える点です。小泉政権下において右派からは共感とともに真実の民の声として、左派からは警戒とともに危険なポピュリズムとして、ネットの声という未知の存在が注目され始めたタイミングで生じたためにハレーションを起こす結果となった、そうした事件として個人的には記憶しています。その後、両メディア間での増幅効果が限定的なものにとどまっているように見えるのは、マスメディア側が考えたところもあるのでしょうし、ネットが一般社会に接近してかつての先鋭性と危険さを喪失して平常化しつつあるのもあるのでしょう。単に危険そうな領域に近づかなくなったからそう見えるだけなのかもしれませんが。

防衛大綱・自民素案「北策源地攻撃に海上発射の巡航ミサイル」[産経]

敵基地攻撃能力の保有を盛り込んだ自民党国防部会の出した防衛大綱素案が話題になっているようです。メモしておきます。

政府は敵基地攻撃は、敵のミサイル攻撃が確実な場合は憲法上許されるとするが、北朝鮮まで往復可能な戦闘機や長射程巡航ミサイルがない。素案は弾道ミサイル対処で、ミサイル防衛(MD)システムに加え「策源地攻撃が必要」と明記。保有していない海上発射型巡航ミサイル導入を整備すべき防衛力とした。

ということなんですが、もう少し具体的な情報が欲しいところです。ところで前から思っているのですが、「策源地」と「敵基地」はどちらも英語だとbaseだと思うのですが、日本語では前者のほうが非限定的で、後者は限定的に感じられます。どうなんでしょう。用法を見ていると、策源地のほうが融通性がきく、遊びのある概念のように見えなくもないのですが(違っていたらすみません)。

敵基地攻撃能力だけでは弾道ミサイルを防ぐ事は出来ない[週間オブイェクト]

弾道ミサイルへの対策としてはMDが主軸であり、敵基地攻撃はあくまでも従である、イラクの「スカッド狩り」も穴だらけであった、実際、北朝鮮の弾道ミサイルに対抗するのに都合のいい兵器があるなら教えて欲しいと述べています。この件は政治的な意味合いが強いと思っているのですが、そこには軍事的リアリズムの裏打ちがなければいけない訳でふむふむとなりました。象徴的には大きな変化のように見えますが(この能力の保有のアイディアそのものは当然の自衛権の範囲だと思います)、コスト的、技術的な問題から現実化されたとしても半島有事の際に補助的に機能するかもしれない能力程度のものになるといったところでしょうか。

Separated by a common enemy[Observing Japan]

なんだか粘着しているような気もするのですが、基本的には優れたブログだと思っているので。敵基地攻撃能力が地域の状況に与えるかもしれない影響について考察しています。日本の北朝鮮へのアプローチと米国とのそれには違いがある。日本は自国の安全の観点であるが、米国の関心はより広い。世界的な核拡散の問題への懸念に加えて米国には日本との関係ばかりでなく韓国との関係もあるからだ。米韓同盟と日米同盟の相反する要請は日米同盟にやっかいな影響を与える。米国の言動は韓国のことを考えなくてはならず、抑制的なものとなるが、これは日本側に不安を与える。米国側が日本の自立的な先制攻撃能力の保有を懸念するとしたら、それは日本が自国の安全保障上の理由で動くことで他の国にダメージを与える可能性があるからだ。実際にはこれはありそうもないシナリオではあるが、もし日本がこの能力を保有するならば、他の諸国に与える影響について責任をもって考慮しないとけない。地域の安全と安定は日本の国益であり、この点を自覚することで日本の指導者は米国の努力をより評価できることになるだろう云々。

原則論的な反対という訳でもないようですが、どういうベネフィットがあるのか不透明である、また敵基地攻撃能力を保有するとして実際にそれを行使するにあたって自国の安全のみならず地域の安定に貢献するよう思考しなければならないという考えのようです。日米に限らずあらゆる同盟には同床異夢の側面があると思いますが、パースペクティヴの差そのものについては埋まらないところがありますね。現状では調整可能な範囲だと思いますが、今後日本側のいらいらが募ることになるでしょう。

"Japan Debates Preparing for Future Preemptive Strikes against North Korea"[pdf]

2006年に書かれたこの論文では法的、技術的、財政的問題から言ってこの構想はincredibleであり、これは国内向けの政治的な議論であるとしています。本気ではない、と。実際、国内向けの要素もなくはないとは思いますが、本気ではないとまでは思いません。技術的な問題についてはいざとなったら金一族を広義の策源概念に含めるとか誤爆だと言い張って政府機関にでも打ち込めばそれでいいんじゃないかという気もしますが(冗談です)、素案の段階で賛成だ反対だと騒ぐのもどうかと思いますのでしばらく眺めることにします。

こと安全保障関係については細心に物事を進めていくしかない訳であまり力瘤を入れた議論-賛成論も反対論も-は現実から遊離してしまうようにも思えます。対米不信や独立願望がここに強く投射されると米国側の猜疑や誤った解釈を呼んでおかしなことになるのかもしれませんからこのあたり主導する人々には修辞の研究が少し必要な気もします。実際のところ、あの決定的な敗戦の心理的後遺症が残っている中、また日本の置かれたなかなかに険しい戦略環境の中、さらに国内のリソースの制約の中にあっては、日米同盟を堅固なものにする一方で地道で粘り強い調整を通じて中長期的に相対的な自律性を高めていくしかないように思われるのですね。まあ、そんなに悠長なことを言っていられない可能性もありそうですが。

“After death cometh judgment” - Why are there so many Christian signs in provincial Japan?[MTG]

いたるところで不吉なメッセージを伝える「キリスト看板」についての良ポストです。目的と手段の関連の見えないところがいっそう不穏さを醸している訳ですが、この協会の堅忍不抜の恫喝的宣教活動にはなにかしら心を打たれるものもあります。これはこれでアートなのかもしれません。高校生の頃、学校帰りにフレンドリーなモルモンのお兄さん方に話しかけられてなにをやっているんだと思いつつもユタの事情に詳しくなっていたことを思い出しました。

【パリの屋根の下で】山口昌子 カンヌに登場した“蔑視”映画

「国辱」映画といいますかwaiwai映画のようですね。このイメージはけっこう強力にあると思います。リベラルなみなさんも「ナショナリズムに絡めとられるのはちょっと・・・症候群」を脱してこの手の破廉恥幻想については少しは批判すべきではないでしょうかね。また型通りのオリエンタリズム批判ではなく創作によるわさびのきいた文化的報復というのもあると思うんですよね。個人的には優雅なやり方のほうが望ましいです。とはいえこの種の幻想の悪循環に加担するコラボばかりが出現するのには困ったものです。ふう。

追記

細かい表現を直しました(2009.6.4)。一応書いておきますが、タイトルは遊びです。蔑視だ!とか偏見だ!といった糾弾調の言説よりも文化領域での余裕のあるやり合いが望ましいと思うのですね。

再追記

民間で多様な意見が戦わされることはいいことだと思うので頭ごなしに否定はしないですが、本当を言えば、政治のレベルでは難易度の高そうな話よりも集団的自衛権や通常戦力の問題に議論を集中して欲しかったりします。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=8lcDJhq1sDQ&feature=related

エミー・ジャクソン『涙の太陽』(1965昭和40年)

極東のシルヴィー・ヴァルタンこと(今勝手にそう呼んでみた)エミー・ジャクソンの40年のヒット曲。和製ポップス一号とも言われる曲ですね。涙のシリーズはどれもいいです。

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コメント

Japan focus の記事は随分長文ですね。
おっしゃるような点は、ぼくも評価したい、と思います。アメリカも同様だ、としたしたところは従来ありがちな欧米優越主義者や日本ユニーク論者の枠組みからでている点で評価できる。

が、しかし、イラグでの拉致に対する日本の騒ぎに関してはかなり一面的な分析ですね。
ぼくの記憶ですと、あれは、拉致された女性と、そのお兄さんのかなり自己本位的ないくつかの発言に一部ネット市民が過剰に反応した。4人に同様な批判があったわけではない。

また、首きられちゃった人がいましたけど、彼にはむしろ同情の声が強かった。

そして、新聞、テレビメディアはそうしたネットの騒ぎに対してむしろ火消しにまわっていた、という記憶がある。
その後、2007年にイランでも拉致されたが、それに対しては私の知る限り大した反応はなかった、と記憶します。
http://blog.goo.ne.jp/kentanakachan/e/3c5457e4bded7f58c5ba6c1f8500e3ba

しかも、この騒動をネオリベと結びつけたりするのはアクロバットだと、思う。頭をかしげざる得ない。
 記事の最後の著者の紹介をみると、同志社の先生のようですが、外国人からの批評コメントはもらっているようですが、広く日本人識者からのコメントはもらっていない。ここらへんに在日外国人識者の閉ざされた空間がありやしないか、と懸念します。


Observing Japan の記事については、コメント欄のOzymandias氏の視点がおもしろいですね。


his debate reminds me of the nuclear debate between France and the USA in the sixties. The whole thing revolved around the credibility if the US commitment, in the end the French decided that it wasn't credible.Precisely for the reasons given here: the Americans have other interests.

From a rational POV, it makes little sense to depend entirely on the US when they know that the US doesn't consider the protection of Japan's vital interest to be its top priority.


産経の山口氏の記事は高く評価しますね。こうした意識をもっともりあげていただきたい。

投稿: 空 | 2009年6月 5日 (金) 00時51分

ええ、文化主義に距離を置くのはいいけれども、ネオリベがどうこうというところに落とし込むのがJapanFocusだなあと思います。

メディアのハレーションというのは打ち消しのことです。リベラルなメディアが恐怖の対象として一部の先鋭なネット言説を見出して過剰に相手にしたことで騒ぎを大きくしてしまったように思います。ヴォランティアとて別に聖なる存在ではないのですから批判はあって当然だと思いますが、メディアの騒動を受けて首相や政府高官が直接批判にまわったのはまずかったと思います。

フランスの核武装のことはずっと考えていますが、同じやり方はできないでしょうね。ああいう対立的なやり方をすれば日本を敵国とみなす可能性もあると思います。

女体盛りって神話化されていますよね。B級映画で何度か見ました。そんなの見たことも聞いたこともないのですけれども。アメリカで中国人が経営しているとか聞いたことがありますがよく分りません。

投稿: mozu | 2009年6月 5日 (金) 01時26分

>ここらへんに在日外国人識者の閉ざされた空間がありやしないか、と懸念します。

批判的知識人ネットワークが存在しているのですが、そこに加わっている日本人識者も似たような人々が多いので健全な相互批判はなされないでしょうね。本当は不毛な気もしないではないのですが、ここでケチつけたりうーむと思いつつもいい部分を評価したりしているのは誰かがなにかを言うべきだと思うからですね。

投稿: mozu | 2009年6月 5日 (金) 02時10分

フランスの核武装のことはずっと考えていますが、同じやり方はできないでしょうね。ああいう対立的なやり方をすれば日本を敵国とみなす可能性もあると思います。

アメリカが、なんか一昔二昔前の日本の臆病な暴君親父のようにも見えますね。なだめすかしてうまくやっていかなくてはならない。
フェミニストなんか、世界におけるアメリカのPatriarchism的役割をもう少し批判してもよいようにも思う。
(といってもぼくは全体としては親米派なんですけどね。)


批判的知識人ネットワークが存在しているのですが、そこに加わっている日本人識者も似たような人々が多い

こうした日本人は一見進歩的にみえて、意外に植民地主義に対する欧米謳歌的というか、あるいは、欧米に追いつけ的な古い枠組みのなかにいるように思えてならないですね。
で、そうやって批判すると、お前は民族主義者だ、といわれてしまうーーーそういう枠組みが多くの場合まかり通ってしまっている、というのがまた、悲しい。

投稿: 空 | 2009年6月 5日 (金) 02時43分

"米国の言動は韓国のことを考えなくてはならず、抑制的なものとなるが、これは日本側に不安を与える。"
そのブログは読まないことにしているので、原文を見ずにコメントするのは、本来控えるべきなのですが・・・・

だったら韓国の防衛は在韓米軍だけにして、在日米軍基地は使わせない、程度のことは、日本は韓国とアメリカに言うべきですね。昔韓国のある大統領が安保ただ乗り論を流用して円借款を要請してきましたが、日本領内の基地をタダでアクセスしといて、北に報復攻撃されるリスクは無視するっていうのはムシが良すぎます。

投稿: Aceface | 2009年6月 5日 (金) 03時44分

>アメリカが、なんか一昔二昔前の日本の臆病な暴君親父のようにも見えますね。なだめすかしてうまくやっていかなくてはならない。

本当にそんな感じがしてきますね。ふふ。まあ、私は親米派とはまではいかないですが、どちらかというと好きなほうの国です。

一部の進歩派のポチ根性はなんなのかよく分らないんですよね。単に日本が嫌いで批判する材料を外の権威に求めているだけじゃないかとすら思えることもあります。昔は自国批判をしても社会を良くするためという目的意識があってそこまで退嬰的ではなかったと思うのですがね。

投稿: mozu | 2009年6月 5日 (金) 04時33分

論の流れのみを追ったかなりはしょった紹介なので一応引用しておきます。原文の該当部分はこのあたりです。

The US, legally committed to the defense of South Korea, has to think carefully about its words and actions vis-à-vis North Korea[...]This lends an air of restraint to US pronouncements on North Korea. As Sam Roggeveen writes, it is possible to read Gates's speech in Singapore as outlining a containment policy in recognition of the considerable obstacles in the way of denuclearization. It also bears recalling the decision by the US government ruling out in advance an attempt to shoot down North Korea's test rocket. That decision has been interpreted by Japanese elites as evidence of the shakiness of the US defense commitment.

>だったら韓国の防衛は在韓米軍だけにして、在日米軍基地は使わせない、程度のことは、日本は韓国とアメリカに言うべきですね。

この発想はなかったですね。民主党は米国に物申す気のようですが、これは言いそうにはないですね。同盟のマネージャーたちも少しは主張しないと今後は世論の突き上げが待っていると思います。

投稿: mozu | 2009年6月 5日 (金) 04時56分

Newsweek日本版で読んじゃいました。

”だが、日本はそんなことは考えない。地域の条約の制約を受けない日本は、新たな「攻撃的防衛」能力を行使でき、その過程でより広範な地域の危機を引き起こすだろう。それも、領土拡大の野望のためではなく、外敵に対してひたすら自国を守ろうとしただけで。”

そもそも日本が地域の他のすべての国や地域がすでに保有している自衛手段を整えただけで引き起こる「広範な地域の危機」なるものは北朝鮮の核武装よりも深刻なもんなんですかね。
それにそうした事態が起こるとすれば、日本よりもこうしたパラノイア的なパーセプションをまき散らすほうに責任がある。それに確信犯的に加担している彼の責任は重いと思う。


"たとえ東アジアと公式の同盟関係がないとしても、地域の安全保障と安定は日本の国益だ。それを理解すれば、日本の指導者はこの地域の安定を保とうとするアメリカの努力、とくに韓国の防衛にもっと感謝するようになるだろう。そして、アメリカが自制しているからといって今ほど不安にならず、自前の攻撃能力の必要性も今ほど感じなくなるだろう。"

むしろアメリカ(と韓国)こそ、日本の自制と実質的に韓国の防衛に対して通常の同盟国以上の貢献をしていることをもっと感謝すべきじゃないですかね。
彼のいっていることは、結局日本一国の自己犠牲によって成り立つ地域の安定を制度的に担保しようということ。なんというか、いつも木を見て森を見ないというか、本末転倒という感じがします。

投稿: Aceface | 2009年6月 6日 (土) 12時06分

「そもそも日本が地域の他のすべての国や地域がすでに保有している自衛手段を整えただけで引き起こる「広範な地域の危機」なるものは北朝鮮の核武装よりも深刻なもんなんですかね。」

Mutantfrogの議論でも、感じたのですが、すみません言葉が過ぎたら、あるいは失礼だったら、でもAcefaceさんの議論はちょっとルサンチマンに基づきすぎていないでしょうか(アメリカやヨーロッパが日本の立場をあまりに理解していないという苛立ちから)。

北朝鮮が核を持つのと日本が核を持つのでは、当然意味が違うと思います。北朝鮮、リビア、イラン、あるいはインドやパキスタンが核を持つのはまだ「貧者の背伸び」(もっと我々に注目してくれ!)「貧者の甲羅」(これで誰も我々を滅ぼせない!)とみなされても、日本が核を持つとなれば良くも、悪くも本格的な核に基づく新たな地域体制、アジア版冷戦の出現と見なされかねないと思います。

だからこそアメリカでも日本が核を持つかどうかが大きな議論になるのではないでしょうか(アメリカの保守派からすれば日本が核を持つほうが、負担の軽減になるのだと思いますしね)。

日本は、(あるいはAcefaceさんは)本当に、アジア版冷戦を東アジアに出現させて日本が冷戦期におけるアメリカ(あるいはソ連の役割)を担えるとお思いなのでしょうか。

憲法9条の改正や集団自衛権だけでこれだけゴタゴタしている日本が、その役割を担えるとはとても思いません。

それとも北朝鮮やイランと同じように、これで誰も我々を滅ぼさないといういわば「亀の甲羅」がほしいのでしょうか。それでは、正直な話あまりに卑屈すぎると思いますし、「逆ギレ」にはまだ早いと思います。まだ、まだそれ以前にやれるべきこと、やっておくべきことがあるのではないでしょうか。

核兵器の保持を前提とした外交、安全保障をとても今の日本ができるとは思いません、憲法9条や集団自衛権の問題を解決をするまでは。

国際政治や国際関係論は得意な分野ではないので、感覚的な議論になってすみません。いずれにしろ(いつもの通り)、Acefaceさんの刺激的な問題提起を楽しんでいます。こういう問題提起こそが今の日本政治には一番必要なのでしょうが。

投稿: tomojiro | 2009年6月 6日 (土) 21時36分

こうしたパラノイアックなヴィジョンの根源にあるものがなんなのかを知りたいんですよね。軍国主義の復活の悪夢(笑)なのかイスラエルを投影しているのか。ジャパン・フォーカスあたりの左翼なら分るんですけれども、そういう系統の人ではないですしね。保守への嫌悪もやや生理的なレベルにあるように感じられることもあります。

>彼のいっていることは、結局日本一国の自己犠牲によって成り立つ地域の安定を制度的に担保しようということ。

そう、その通りですね。ふふ。そうはいくか。

コメント欄は開放していますので皆さんどんどんやってください。(注:ここの議論はMutantfrogTravelogのコメント欄での議論の延長です。http://www.mutantfrog.com/2009/05/28/krauthammer-on-japan-nukes/)

投稿: mozu | 2009年6月 6日 (土) 21時44分

キッシンジャーも出てきましたね。日本の頭ごしでやりあっています。
http://www.nytimes.com/2009/06/04/opinion/04iht-edkissinger.html?pagewanted=1&_r=1

投稿: mozu | 2009年6月 7日 (日) 14時29分

「キッシンジャーも出てきましたね。日本の頭ごしでやりあっています。」
しかも、どうも誰もが日本が核兵器を持ちたくてウズウズしていることを前提にしている(笑)。

東亜日報でこんなことが報じられていますが、
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=050000&biid=2009060450508
ますますわからなくなって来ましたね(笑)。

中国は「敵」なのか、それともなんらかの形で信頼のおける地域大国になるのかが不確かなのが、現在の不透明な状況の大きな一因であると感じています。

その意味でキッシンジャーの言うとおり、今回の問題は中国にとっても非常に大きな試金石になると思っています。中国の指導部がそれをどれだけ認識しているのかわかりませんが。

投稿: tomojiro | 2009年6月 7日 (日) 17時23分

合理的に考えれば、日本は核武装するだろうと予測しても全然おかしくない訳ですからね。こちらはそういう思考にセーブがかかっていますからなにを勘ぐっているんだとなりがちですが。

英語圏の中国脅威論もそれに対する反論も素朴に見えますね。日本もそうですけれど。中国が間接支配を強める一方でなかなか制御できずに押したり引いたりの現状維持が続くというのが一番ありそうなシナリオに思えますが、どうなるんでしょうね。他人事的に予想したりしている場合かという気もしてきますが、鍵を握っているのは残念ながら日本ではない。日本はこの機会にできそうなことをやるしかなさそうに思えます。

投稿: mozu | 2009年6月 7日 (日) 18時49分

”英語圏の中国脅威論もそれに対する反論も素朴に見えますね。日本もそうですけれど。中国が間接支配を強める一方でなかなか制御できずに押したり引いたりの現状維持が続くというのが一番ありそうなシナリオに思えますが、どうなるんでしょうね。”
http://kristof.blogs.nytimes.com/
"My own hunch is that the most likely cause of instability is nationalism. If Japan were to do something perceived as particularly outrageous (something on the Senkaku/Diaoyu islands, or a video surfaced of some Japanese businessmen raping Chinese girls, or whatever), then there could be anti-Japanese demonstrations that would be difficult for the regime to control."

ニコラス・クリストフのブログで、天安門事件20周年の日に、読者からの質問にクリストフが答えたものからの抜粋です。ちなみに日本が言及されるのはここだけ。

中国のナショナリズムはあたかも天災かなにかのようなもので、中国人たちはその暴発に対して非難されることもなければ、責任を追求されることもない、しかし、そのかわり日本人が一方的に悪玉扱いです。「中国娘を日本人ビジネスマンがレイプするビデオが反日暴動の火種になる」とか、いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるでしょう。こういう形で、アメリカ人と中国人が日本人に対して共通して持つオリエンタリズムを平気で開陳する神経がわかりません。(もっとも日本のオンラインポルノの最大の消費者はこの連中と韓国人ですけどね。)

「日本が尖閣諸島で行う"とんでもないこと”」とは何を意味するかわかりません。しかし、中国による海底ガスの盗掘とか、潜水艦や海洋調査船で領海侵犯するとかには言及しないのは、片手落ちにもほどがある。こんなんで米中の間での、日本の立ち位置がきまっていくわけです。
(クリストフは以前から日米同盟を尖閣諸島に適用するのに明確に反対しており、中国領とみなしているフシがあります。)

加藤紘一が昔から日米中三角関係なんていってるけど、そんなの関係できっこありませんよ。日本は外されるか、はさみうちにされるだけです。

投稿: Aceface | 2009年6月 8日 (月) 00時23分

”Mutantfrogの議論でも、感じたのですが、すみません言葉が過ぎたら、あるいは失礼だったら、でもAcefaceさんの議論はちょっとルサンチマンに基づきすぎていないでしょうか(アメリカやヨーロッパが日本の立場をあまりに理解していないという苛立ちから)。”

別に言葉が過ぎてるとも思いませんし、失礼でもありません。それにルサンチマンというのは当ってると思います。

しかし、逆にTomoさんにお聞きしたいのは、こういうときに怒らなかったら、いつ怒るんですかってことです。

日本の国際的地位の低下と、アジアにおける国際関係が冷戦時代の枠組みを大きく超え始めているため、今後は日米関係を論じる際に、アジアからの視角はさらに大きな比重を占めるでしょう。それだけでなくて、今はもう欧米の大学や研究機関では、日本専門の一本槍では、ポストを探すのが難しくなってるんです。そうなると、つぶしが利くように中韓事情にも目配りをしなければいけない。
また、アメリカの高等教育機関やジャーナリズムにおけるアジア系の人材も進出も著しい。その多くは中国系、韓国系(あるいはインド系)です。日本人と異なり、彼らは多かれ少なかれ、自分たちのエスニックポリティクスをその視野や言論に持ち込んできます。うがった見方かもしれませんが、こうした環境の中でアジア専門家として、「日本」色が強いと映るのは、人間関係上マイナスに働く可能性もあるわけです。少なくとも業界の中では常に傍流になってしまう。
東アジアの安全保障しかり、歴史問題、ナショナリズムしかり、結局、日本は欧米人が東アジアを論じる際には便利な避雷針なんですよ。「東アジアでは、とりあえず日本を悪くいっておけば、丸く収まる。」という考えが実際、最近の英語メディアでは習慣化してる・・・とボクには思えてならないですね。

”北朝鮮が核を持つのと日本が核を持つのでは、当然意味が違うと思います。”

”悪くも本格的な核に基づく新たな地域体制、アジア版冷戦の出現と見なされかねないと思います。”

しかし、北朝鮮が核を持つということは、その後継国家として遅かれ早かれ誕生する統一朝鮮は自動的に核保有国になるということです。そして台湾はいずれ中国に吸収される運命にある、と仮定すれば、東アジアでは核を持たないのは日本だけです。「核に基づく新たな地域体制」というのは、東アジアに出現するのは時間の問題、と思います。それを「新冷戦」とよぶか、「東アジアにおける列強間の合従連衡の時代」と捉えるかは、立場によるでしょう。ただ、そうした国際環境の中で、日本が非核を貫く、というのはどういう意味を持つのか、どのくらいの政治コストを国内的に強いるものなのか、について考えておく必要がある。

55年体制と自民党の一党支配が規定する戦後日本の政治が、米ソによる冷戦と深い関係があるのは疑いありません。ならば、利害と価値観を共有しない核保有国群に囲まれ、孤立無援で立つ日本の未来には、どのような政治が生みだされるのでしょうか?
曲りなりにも戦後民主主義が自民党独裁化でも維持できたのは、アメリカが日本を西側につなぎとめることが死活的利益と考えたということと、日本がアメリカと同盟する上で、民主主義体制が政治的触媒として不可欠だったという事情があったからにすぎません。
核兵器を持つことが日本の民主主義の存続に不可欠だ、とはいいませんが、もし持たなかった場合、東アジアの政治的重心が日米関係から米中関係に今後もシフトし続けた場合、(そうなると確信していますが)日本でも、香港や台湾のように、政治退行が起きる可能性は否定できません。

投稿: Aceface | 2009年6月 8日 (月) 01時15分

ご承知のようにクリストフ氏は個人的に嫌悪していますのでこの人なら言いそうだなという感想ぐらいです。親中リベラルみたいな論者の東アジアに対する幻想性には時々めまいがします。おっしゃるように米中のバランサー論は前韓国大統領と同じような悲喜劇に終わるでしょう。

確かに英語圏のメディアの日本像は対中国のスタンスに対応しているように見えますね。英国メディアが比較的分りやすい。

近未来の統一朝鮮の誕生シナリオはどの程度の蓋然性があるでしょうかね。分断が周辺国にとって都合がいい状況は変わっていないように思えます。北朝鮮についてはすったもんだしつつ体制保障を与えたりして長期間にわたって分断状況が続くこともあり得るのではないでしょうか。

米中関係への比重の変化は止まらないと思いますが、G2のような話はそう簡単にいくのかなとも思います。中国も内政の問題があってそうそう合理的には動けないところがありますし、米国は価値観の対立を「リアリズム」で乗り越えられるほど大人でしょうかね。また米中が仲良さそうにやっているのは傍目で見ていて不愉快かもしれませんが、むしろ米中対立が極度に高まるほうが、日本にとってマイナスが大きいように思えます。

民主主義については一度安定軌道に乗ったら戻れないところがあるように思います。占領軍がはじめて日本に民主主義をもたらしたといった神話は信じませんし、日米蜜月の時期は戦後でも限られていると思います。55年体制が国内冷戦であったことは事実としても、また今後中国の影響力が強くなったとしても日本の民主主義の伝統がそう簡単に破壊されるとは思わないです。

実は同じような暗い未来図はよく描いたりするのですが、うなずき合っていてもおもしろくないのであえて明るめの(?)見通しを書いておきます。まあ、いろんなシナリオは描けるけれども、暗い見通しから戦略を立てるべきなのでしょうけれども。

投稿: mozu | 2009年6月 8日 (月) 01時54分

核については現状では国内的、国際的に説き伏せるのは大変だな、現実的に可能なオプションなのかなと思いますけれども、原則論的に反対している訳ではないです。例えばもしいつか米国が孤立主義に回帰するような日が来た場合、アメリカ以後の東アジアが現出するような場合にはするしかないかもしれませんね。そうなるとまだ同盟が存在するうちにとなるのですが・・・。

投稿: mozu | 2009年6月 8日 (月) 04時19分

「しかし、北朝鮮が核を持つということは、その後継国家として遅かれ早かれ誕生する統一朝鮮は自動的に核保有国になるということです。そして台湾はいずれ中国に吸収される運命にある、と仮定すれば、東アジアでは核を持たないのは日本だけです」

しかし、統一朝鮮・韓国が核を持つと決めつけるのは早計では。中国がそれで満足するとはとても思えませんし、アメリカも同様でしょう。むしろ、統一朝鮮・韓国に核をもたせないようにするのが日米の役割ではないでしょうか。韓国人は右も左も核を持ちたがっているのは知っていますが、日本が核武装することを現時点で明らかにすれば、彼らにGoサインを日本が出すことになってしまう。それこそ日本がこの地域の核競争を招いたとして相当の批判を受けるでしょう。

安全保障において最悪の事態を想定し、そなえなければいけないのは当然ですが、軍事力や武力(いや、そもそも「戦争」それ自体)はあくまで政治の一手段であって、武力や軍事力が自己目的化するとロクなことはないということは肝に銘じなければいけないでしょう。

日本が率先して核を持つことによって、東アジア地域(さらに連鎖して東南アジアや南アジア)を核による合従連衡にまきこむことは日本の政治・外交にとって果たして利益となるのでしょうか。

むしろ通常兵器による攻撃力の増加、防衛戦略として自衛隊をより米軍から自立して行動できる編成にするなどでも、十分中国やロシアにメッセージを送ることができるのでは。


投稿: tomojiro | 2009年6月 8日 (月) 13時17分

”米中関係への比重の変化は止まらないと思いますが、G2のような話はそう簡単にいくのかなとも思います。中国も内政の問題があってそうそう合理的には動けないところがありますし、米国は価値観の対立を「リアリズム」で乗り越えられるほど大人でしょうかね。”

しかし、これはアジアにおけるG2時代の幕開けを意味しないわけではありません。問題が多ければ多いほど、サシで話そうということになると思いますよ。
ただ、トップ会談以外では、政治面での制度化(2国間条約に基づく取り決めや軍事同盟)はできない、つまり、回りにも恩恵を与えるような地域秩序を米中は、作りだせないということです。だから日本にとっては一層問題になる。


"民主主義については一度安定軌道に乗ったら戻れないところがあるように思います。占領軍がはじめて日本に民主主義をもたらしたといった神話は信じません"

揚げ足を取るみたいですが、これは矛盾してますよね。
大正デモクラシーから満州事変にいたるまでのファッショ化の道のりは、一度安定軌道にのった民主体制でも、対外関係と戦略環境の悪化次第で、政治退行が起きうるという実例です。

”しかし、統一朝鮮・韓国が核を持つと決めつけるのは早計では。中国がそれで満足するとはとても思えませんし、アメリカも同様でしょう。むしろ、統一朝鮮・韓国に核をもたせないようにするのが日米の役割ではないでしょうか。”

北朝鮮以上に統一朝鮮に対し、米中は複雑な利害関係を持つことになります。一番彼らがやりたくないのは、統一朝鮮のナショナリズムを敵に回すこと。何もしなければ反日でまとまるのですから、おいそれと手を出すとは思えません。
結局米中は統一朝鮮の核を黙認すると思いますよ。
アメリカは打つ手がないのをすでに認めていますし、朝鮮半島の外に核が流出することの方を恐れています。北にはアメリカ本土までの運搬手段はないし、韓国ともミサイル協定で縛っていますから、半島が責任をもって核を留めておくなら、許容可能です。それに中国に対して核抑止力を統一朝鮮が持てば、アメリカは朝鮮半島から手が引ける(あるいは軍事コミットメントの比重を下げることができる)というメリットもあります。

中国にしてみれば、せっかく反日の国を反中にさせる理由はありません、核保有国となった朝鮮は対日牽制にも使えるわけですからね。核保有を止めたいのなら、とっくに北に三行半を突き付けているでしょう。


”日本が核武装することを現時点で明らかにすれば、彼らにGoサインを日本が出すことになってしまう。それこそ日本がこの地域の核競争を招いたとして相当の批判を受けるでしょう。”

それはタイミングの問題で是非の問題ではないでしょう。いずれにしても東アジアで核競争を始めたのは日本じゃないということは、いくらでも実例で証明できますよ。結局のところ、日本がこの競争で最後尾にいるのは事実なんですから。要はどれだけ反論する気があるのか、でしょう。

”日本が率先して核を持つことによって、東アジア地域(さらに連鎖して東南アジアや南アジア)を核による合従連衡にまきこむことは日本の政治・外交にとって果たして利益となるのでしょうか”

上述したように日本は“率先”しているわけではなく、単に周回遅れで参加しているわけだし、合従連衡は巻き込まなければ、巻き込まれるだけです。その時に核を持っているよりも、持っていない方が有利という合理的理由があれば、納得します。でも、お言葉を返すようですが、世界中が「次は日本」だと見ているのは、ロジックで考えれば他に道はないと彼らは考えているからでしょう?

”むしろ通常兵器による攻撃力の増加、防衛戦略として自衛隊をより米軍から自立して行動できる編成にするなどでも、十分中国やロシアにメッセージを送ることができるのでは。”

核保有国家に非核保有国が通常兵器で攻撃するなんて、それこそ下の下策ですよ。今の麻生がしている議論は純粋に国内向けの議論です。
核なしで、自衛隊を米軍から自立ちさせれば、中国やロシアにたしかにメッセージを与えられますが、それは日本の安全保障にプラスになるものにはならないでしょう。要するに自分から核の傘を抜け出た、と宣言するようなものですから。
それに通常兵器で重要なのは、数量です。日本の近隣諸国は日本よりもはるかに上回る兵力を持っていることをお忘れなく。

投稿: Aceface | 2009年6月 9日 (火) 01時16分

コメントを間違って消してしまったのでもう一度ポストしておきます。

>ただ、トップ会談以外では、政治面での制度化(2国間条約に基づく取り決めや軍事同盟)はできない、つまり、回りにも恩恵を与えるような地域秩序を米中は、作りだせないということです。

ここは同意です。こうした不安定な構図の中で微妙な舵取りをしていく他ない訳ですが、G2というキャッチ-な名称を受け入れることで米国は同盟国の信頼感を損なっているように思いますね。ネーミングというのはけっこう重要だと思うのです。

>大正デモクラシーから満州事変にいたるまでのファッショ化の道のりは、一度安定軌道にのった民主体制でも、対外関係と戦略環境の悪化次第で、政治退行が起きうるという実例です。

もちろん政治退行なのですが、日本の「民主化」にとっては両価的な意味をもつ時期とも言えますね。大正デモクラシーの延長にあり、戦時動員を通じて戦後民主主義と直に接続している。面倒な議論を脇に置けば若い民主主義国にありがちな逸脱なのだろうと思いますが、現在の日本には良くも悪くもああいうエネルギーはなさそうに見えます。ただそうした話はたぶん関係なくて今懸念されているのは中国の影響力の浸透のことですよね(あるいはそれへの対抗としての一部の反動的な動き)。メディアの世界にいればそれは実感されるところだろうと想像します。

朝鮮半島についてはいろんなシナリオが描かれていて素人にはなんとも言えないのですが、中国寄りの核持ち統一朝鮮シナリオには溜息がでるものがあります。北朝鮮崩壊に続いて国連管理下に入った際に非核化というシナリオはないのでしょうか。

投稿: mozu | 2009年6月 9日 (火) 13時46分

「それに通常兵器で重要なのは、数量です。日本の近隣諸国は日本よりもはるかに上回る兵力を持っていることをお忘れなく。」
それと質ですね。海軍力においてはまだ日本が優位を保っている、空軍力においては質は日本のほうが上だが数量の上で劣位、陸軍力ではとてもかなわないといった話も承知しています。これは日米同盟を前提としない比較ですが。

「核保有国家に非核保有国が通常兵器で攻撃するなんて、それこそ下の下策ですよ。今の麻生がしている議論は純粋に国内向けの議論です。」
もちろん、日米同盟とアメリカの核の傘を前提とした議論です。核なしに自衛隊を米軍から自立させるなんてことはもちろん考えていません。それに、自立した作戦力と攻撃力を持った自衛隊は、数年来米軍が求めていたものでは。

「北朝鮮以上に統一朝鮮に対し、米中は複雑な利害関係を持つことになります。一番彼らがやりたくないのは、統一朝鮮のナショナリズムを敵に回すこと。何もしなければ反日でまとまるのですから、おいそれと手を出すとは思えません。」
米中が“複雑な利害”を持つことはそうだとは思ってもなぜ米国が反日で中国とまとまるのが良いのかその根拠がわかりません。そもそもナショナリズムに凝り固まった統一朝鮮が核を持つことのほうを現時点では、米中とも一番おそれているのではと思います。だからこそ、統一した朝鮮半島の非核化に日本も努力するべきではないのではと思います。亀の甲羅に閉じこもるのはまだまだ早いと思いますよ。

「結局米中は統一朝鮮の核を黙認すると思いますよ。」
この結論に米中が達すると決め付けるのは疑問があります。階段を2,3歩飛び越した議論ですよね。中国が無力なまま、統一朝鮮の成立をまったく何もせず指を加えて見守るならばそれもありかもしれません。同様に、アメリカが統一朝鮮の成立をまったく何もせず指を加えて見守るならばそれも同様でしょう。もちろん、日本は何もいいません。しかし、これは現実的シナリオではないでしょう。

「中国にしてみれば、せっかく反日の国を反中にさせる理由はありません、核保有国となった朝鮮は対日牽制にも使えるわけですからね。核保有を止めたいのなら、とっくに北に三行半を突き付けているでしょう。」
どこまで、信頼できる文献なのかは疑問があるところですが、富坂聡が訳した「中国が予測する北朝鮮崩壊の日」を読みますと相当中国・北朝鮮間の関係も複雑です。
http://www.amazon.co.jp/中国が予測する“北朝鮮崩壊の日”-文春新書-綾-野/dp/4166606379
(Acefaceさんはすでにご存知かもしれませんが)。「反日」「親日」というカテゴリーで国際関係を分析するのは正直な話、ちょっとうんざりしています。条件さえそろえばどの国でも「反日」「親日」にもなるし、issueごとによってもそれは違うでしょう。

中国は「反日」を前提とした東アジア秩序を気づき上げようとすると決め付けるのはこれも行きすぎでは。むしろ中国の現状は、中国自身が国際政治においてどのように舵取りしていいのか、まだわからないでいる状態なのだと思います。この不透明さが、東アジアの政治状況の不透明さに通じているのだし、まずはそれを見据えて日本も国際戦略を練らなければいけないと思います。まず第一は、米国を東アジアの政治に常にengageさせるように努力しなければいけない。それが、表面上Japan Passingと見えたとしてもね。

東アジアにおけるなんらかのアメリカを含んだ紛争をエスカレートするフレームワーク構築に努力しないといけないでしょう。核武装の話は、その後でも遅くはありません。別に今の時期に持ち出すべき問題でもないでしょう。

投稿: tomojiro | 2009年6月 9日 (火) 22時49分

「大正デモクラシーから満州事変にいたるまでのファッショ化の道のりは、一度安定軌道にのった民主体制でも、対外関係と戦略環境の悪化次第で、政治退行が起きうるという実例です。」

これはこれで、面白い議論ですね。日本(それにドイツ)のデモクラシーが退行してフアッシズムにいたったのは果たしてその時代状況に左右された特殊な例なのか、普遍的な事例なのかということですよね。当時(1920年代、30年代)の日本とドイツ(とここが重要なのですが、それ以外のヨーロッパの国々を含む、アメリカに関しては言う能力がないのですが)においては、大衆のかなりの数が実はデモクラシーとそれに付随する資本主義に反感を持っていて、それに代わる者を模索している状況であったと理解しています。

ある人々にとっては、それがマルクス主義であり、ある人々にとってはファシズムであった。要は、共同主義・全体主義に対する需要があったのですが、今の韓国・台湾あるいは他の新興民主主義国にもそれと同じ需要があったとしても、ファシズムやマルクス主義と同じ「強力な代替策」はあるのでしょうかね。

専門家の意見を聞きたいところですね。

投稿: tomojiro | 2009年6月 9日 (火) 23時14分

>大衆のかなりの数が実はデモクラシーとそれに付随する資本主義に反感を持っていて、それに代わる者を模索している状況であった

言葉の定義の問題かもしれませんが、デモクラシーそのものというよりも議会制民主主義と古典的自由主義イデオロギーへの反感といったほうがいいかもしれませんね。いろいろな議論があるようですが、必ずしも反デモクラシーとは言えないかもと。

濃淡の差はあっても当時の欧州はいたるところで自由経済への不信と国民生活に鈍感な議会への不満が表明されていますよね。日本とドイツを比べると政治社会の成熟度の差がだいぶあるのでウィルヘルム・ドイツを1930年代に置いたような感じがあります。

今回の経済危機を受けて欧州の極右と極左の動きを見ているのですが、1930年代に比べるとおそろしく矮小ですね。言っていることは似ていますが。そもそも戦争の可能性のないところでは弱者の不満の表出にしかならないのかもしれません。

特殊か普遍かというのは難しいですが、新興の民主主義国で様々な条件が揃えば1930年代と似たようなものが出現する可能性はあるんじゃないでしょうかねえ。先進国でそのまま再現されることはないでしょうけれども、あるいはひどく洗練されたファシズム的なものが出現することもあり得るのかもしれません。

>意味不明なところがあったのでコメント修正しました。

投稿: mozu | 2009年6月10日 (水) 01時45分

”北朝鮮崩壊に続いて国連管理下に入った際に非核化というシナリオはないのでしょうか。”

日本敗戦直後、国連信託統治を経て独立、というプロセスを李承晩ら民族主義者は、国民運動にして葬り去ってしまいました。おっしゃている選択肢は、南北双方に非核=主権の喪失という構図にダブってしまうので、無理だと思います。


軍事力の「質」に関してですが、兵器の近代化にしても日本がず抜けているという状況がいつまで続くか、アメリカがF22を供給しない理由も「地域の軍事バランス」というのが最大の理由です。人的資源の面から見ても自衛隊の質が高いとはとても思えないし、実戦経験の乏しさなどから考えても、質が量を凌駕する戦力を日本が保持しているとは思えません。

”米中が“複雑な利害”を持つことはそうだとは思ってもなぜ米国が反日で中国とまとまるのが良いのかその根拠がわかりません。”

米中が「反日」でまとまる、とはいっていません。統一朝鮮のナショナリズムの基本軸が反日になったほうが、「反米」や「反中」よりも米中にとっては都合がよろしかろう、とおもっているだけです。もっともこれは中国のナショナリズムに関しても同様ですし、キッシンジャー・周会談の機密開示された議事録を読むと、日本への警戒感を信頼醸成の一つととらえていたフシもあるので、あながち米中が「反日」で「つながる」というのも間違いではないのでは?

”階段を2,3歩飛び越した議論ですよね。中国が無力なまま、統一朝鮮の成立をまったく何もせず指を加えて見守るならばそれもありかもしれません。同様に、アメリカが統一朝鮮の成立をまったく何もせず指を加えて見守るならばそれも同様でしょう。”

現実問題として、一つの民族が統合を目指したとき、それに竿さすのは現実的ではありません。ドイツ統一にフランスもソ連も賛成しました。ドイツ統一にくらべれば、朝鮮統一はそれほどの世界的事件ではありませんよ。米中にとっての朝鮮半島の存在は、ソ連やフランスにとってのドイツほどの比重はありませんから、容認できるし、すると思います。現実に止められないと思いますしね。

”「反日」「親日」というカテゴリーで国際関係を分析するのは正直な話、ちょっとうんざりしています。条件さえそろえばどの国でも「反日」「親日」にもなるし、issueごとによってもそれは違うでしょう。”

北東アジアに限って言えば、ある程度有効だとおもっています。いずれにしても韓国では意味を持ちますね。

”亀の甲羅に閉じこもるのはまだまだ早いと思いますよ。”

誤解がないようにいっておきたいのですが、今すぐに甲羅に閉じこもれといっているわけではありません。とりあえず、体のサイズにあった甲羅を探す、ぐらいかな。

”中国は「反日」を前提とした東アジア秩序を気づき上げようとすると決め付けるのはこれも行きすぎでは。”

そうはいっていません。しかし、どのような国際秩序でも基本は安全保障になります。その際に自国が持ちうるカードを全て使うと考えるのが当然です。そうなれば近隣諸国の対日カードは「歴史」と「軍事力」になるのと考えるのは妥当だと思います。ナショナリズム、歴史認識、領土紛争の三点セットを全てのプレーヤーとの間に日本は抱え込んでいるのだから、なおさらです。

”まず第一は、米国を東アジアの政治に常にengageさせるように努力しなければいけない。それが、表面上Japan Passingと見えたとしてもね。”
アメリカが東アジアからの関与をやめることはありません。たとえやめさせたくてもね。しかし、それがどのような形で具現化されるかで、日本にとっての利害が変わってくる。ジャパン・パッシングが日本にとって不利益なことは変わりません。

”核武装の話は、その後でも遅くはありません。別に今の時期に持ち出すべき問題でもないでしょう。”

いまやらなければ、それこそ秩序を乱す輩、といって非難されますよ。北の核武装が既成事実化すれば、今度は日本の封じ込めに目が向きますから。

投稿: Aceface | 2009年6月10日 (水) 09時49分

「言葉の定義の問題かもしれませんが、デモクラシーそのものというよりも議会制民主主義と古典的自由主義イデオロギーへの反感といったほうがいいかもしれませんね。いろいろな議論があるようですが、必ずしも反デモクラシーとは言えないかもと。」
その通りですね。言葉遣いがちょっと不適切でした。ただ、当時の日本とドイツ、あるいはそれ以外の国々でも議会制民主主義が腐敗している、自由主義は既得権益層の利益にしかなっていないという批判が大衆からありました。この批判は現在の状況にある程度当てはまりますよね(日本ならネウヨや蟹工船。Youtubeでチャンネル桜とか見ると、経済問題になると右翼と左翼は本当に利害が一致するなと感じます)。問題は戦前、議会制民主主義の限界、自由主義の限界に共産主義・社会主義とファシズムは魅力的な代替案(もっと強く言ってもいいかもしれません。決定的なalternative)であるようと思われていたのですが、今はそれにあたる何かがあるのかですね。

ナショナリズムでは、周期的な祭りのような陶酔感をもたらすとしても持続性ある説得力があるかどうか。分裂した民主主義の国家を包括するもっと強力なイデオロギーの衣、世界に向けたアジェンダがないと当の国民にも説得性を持ち得ないでしょう。

共産主義もファシズムも一国を超えた普遍性があるように見えたからこそ力があったのですし。日本のファシズムと混合したアジア主義もそうでしょう。日本という一国をこえた普遍性があったからある程度の力があったのだと思います(あんないい加減な導入でもね)。ま、これは今の東アジアの国々ではなかなか正面から認めることができないでしょうが。

中国からも韓国からも、台湾からも普遍性のあるアジェンダは聞こえてきませんね。民主主義の退行が起こっても、退行したままの状態でいるしかないのではないでしょうか。なんか今の日本の政治状況みたいですね(笑)。

「日本とドイツを比べると政治社会の成熟度の差がだいぶあるのでウィルヘルム・ドイツを1930年代に置いたような感じがあります。」
面白い指摘ですね。ただ、これは前々から感じているのですが、政治社会の成熟度も関係しているのだとは思いますが、第一次世界大戦を経験したかどうかが政軍関係という意味では大きな意味を持っているのだと思います。ここはまたまったく別の議論になるのでしょうが、ドイツと日本は皇帝(天皇)にのみ忠誠を誓う軍隊から、それこそ議会制民主主義を尊重する軍隊への移行に失敗した共通例であるとともに、第1次世界大戦の教訓を生かして軍事が政治に徹底して従属するかどうかで大きな違いがあると思います。話がずれてしまいました。

投稿: tomojiro | 2009年6月10日 (水) 22時45分

「日本敗戦直後、国連信託統治を経て独立、というプロセスを李承晩ら民族主義者は、国民運動にして葬り去ってしまいました。おっしゃている選択肢は、南北双方に非核=主権の喪失という構図にダブってしまうので、無理だと思います。」

1945年以後の朝鮮半島と今とを同一にはできないでしょう。当時のアメリカの第一のfocusは何といってもヨーロッパの再建と日本、それに中国情勢です。そのために朝鮮半島で何が起きているのか十分注視せず、朝鮮戦争を招いたと現在散々歴史家に米国はたたかれていますよね。朝鮮半島を重視していなかったのはソ連も同様ですよね。ヨーロッパで冷戦が持ち上がっている最中だし、中国では国民党と共産党の未来が不透明。

むしろその間隙を縫ってイ・スンマンやキム・イルスンが登場したのが、(あるいは登場を許したのが)当時の歴史ではないでしょうか。いくら今中東やアフガニスタンに足を取られているからといって、これだけ世界中で問題となっている半島情勢を1950年前後と同様に捕らえるのは説得力にかけます。韓国で、左右それぞれ60%以上が核の保持を望んでいる現実があったとしても、北朝鮮がこれだけ核実験をしていても大っぴらに核保有に乗り出さないのかを考えれば、いくら揺り動かされているとはいってもアメリカによる「核抑止力」と核不拡散政策が働いていることの証明では(またそれは中国の利害とも一致していると私は考えます。統一韓国が核を持ち、その結果日本が核を持つことを中国が政策の前提としているとは到底考えられません。当然、アジア唯一の核保持国の地位を保ちたいはずです)。なぜわざわざ日本が今それ崩さなければいけないのか、正直な話全く納得できません。

韓国が統一するとしても、核を保有できるのかどうかは、当然韓国の命運にとっても非常にambivalentな問題で、スムーズな統一(政治的援助、経済的援助)のためには、関係する近隣諸国からの承認・援助が必要なことを考えれば、1950年代のイ・スンマン(あるいはキム・イルスン)とまったく同じ行動を取れると考えるのは説得性がありません。

「軍事力の「質」に関してですが、兵器の近代化にしても日本がず抜けているという状況がいつまで続くか、アメリカがF22を供給しない理由も「地域の軍事バランス」というのが最大の理由です。人的資源の面から見ても自衛隊の質が高いとはとても思えないし、実戦経験の乏しさなどから考えても、質が量を凌駕する戦力を日本が保持しているとは思えません。」
面白いニュースがありますよ。ドイツの特殊部隊が、アフガニスタン山中でタリバンの幹部を5月に捕らえたらしいですよ。核を持つ以前にすべきことが、やはりあるのでは。
「米中が「反日」でまとまる、とはいっていません。統一朝鮮のナショナリズムの基本軸が反日になったほうが、「反米」や「反中」よりも米中にとっては都合がよろしかろう、とおもっているだけです。もっともこれは中国のナショナリズムに関しても同様ですし、キッシンジャー・周会談の機密開示された議事録を読むと、日本への警戒感を信頼醸成の一つととらえていたフシもあるので、あながち米中が「反日」で「つながる」というのも間違いではないのでは?」
1970年代の話ですよね。30年前の中国、文革を得た中国と今の中国は一緒でしょうか。中国のナショナリズムに30年前と今では違いがないとでも。ベトナム戦争後のアメリカと今のアメリカの国際戦略は同一とも思えませんし、現在は、ソ連は存在しないですしね。どうもAcefaceさんが本来嫌っている地政学的議論にも聞こえるのですが。

「現実問題として、一つの民族が統合を目指したとき、それに竿さすのは現実的ではありません。ドイツ統一にフランスもソ連も賛成しました。」
ヨーロッパとアジアは同一にはできません。これは、何もヨーロッパの方が「進んでいる」とかアジアの方が「遅れている」という意味ではありません。第二次世界大戦後のヨーロッパの政治史はよほど注意して扱わない限り、アジアの現在の政治状況には参考にならないと考えております。これはEUの経験が、アジア共同体構築の参考にならないのと同じ理由です。歴史的条件が違いすぎます。少なくともあと1回全面的東アジア戦争があって、東アジアの諸国がナショナリズムに無条件に嫌気が差し始めたあとなら話は別ですが。
「北東アジアに限って言えば、ある程度有効だとおもっています。いずれにしても韓国では意味を持ちますね。」
でも、中国の「反日」と韓国の「反日」は一緒ですかね。やはり、ラベルを単純に貼ってそこで思考停止するのでは、「右翼・左翼」のラベルと同じですよ。

すみません。やはり、これでは現時点での核武装は納得がいかないですね。ま、強いことを言いながら、ではどうすればいいのかというと決定的な案も思い浮かばないのですが、やはり他の可能性に関する議論がまず必要なのでは。

投稿: tomojiro | 2009年6月10日 (水) 23時59分

"1945年以後の朝鮮半島と今とを同一にはできないでしょう。"

民族主義が政治の中心にあるということ、分断状況が続いているという点は変わらないですよ。

”北朝鮮がこれだけ核実験をしていても大っぴらに核保有に乗り出さないのかを考えれば、”

国連でも6カ国協議でもおおっぴらに核保有国を辞任してますよ。

”統一韓国が核を持ち、その結果日本が核を持つことを中国が政策の前提としているとは到底考えられません。当然、アジア唯一の核保持国の地位を保ちたいはずです。”

しかし、現にパキスタンの実験は止めなかったし、北朝鮮にもブレーキを掛ける兆しはありません。日本の周辺国が核を持つのと、日本が核を持つという核ドミノの可能性に対して、アメリカよりも冷めた目でみているからです。

”スムーズな統一(政治的援助、経済的援助)のためには、関係する近隣諸国からの承認・援助が必要なことを考えれば、1950年代のイ・スンマン(あるいはキム・イルスン)とまったく同じ行動を取れると考えるのは説得性がありません。”

北朝鮮が統一朝鮮に嫁入りするときの持参金は二つだけ、日本やアメリカと戦い民族の自主を死守したという「正当性」とその物質的表現としての核兵器だけです。60年間の北朝鮮の歴史が単なる失敗という歴史的事実に2000万人の北住民は耐えられないでしょう。ものすごくこだわると思いますよ。核には。

”1970年代の話ですよね。30年前の中国、文革を得た中国と今の中国は一緒でしょうか。中国のナショナリズムに30年前と今では違いがないとでも。ベトナム戦争後のアメリカと今のアメリカの国際戦略は同一とも思えませんし、”

キッシンジャーと周は文革のイデオロギーと離れたところで国家の長期的国益について論じていました。戦略家として当然です。中国のナショナリズムは30年前よりも毛沢東主義のの縛りがなくなった分、体制イデオロギーとしての色彩を強めています。
アメリカのアジア政策はもちろん冷戦時とは変わっています。ベトナム戦争後ともね。だから米中協商の可能性は強まっている。それを大衆に売り込むには、結局第二次世界大戦中は同盟関係にあったという事実を動員する必要があります。

”どうもAcefaceさんが本来嫌っている地政学的議論にも聞こえるのですが。”

カプランのようになんでもそれで説明するのは、おかしいと思っています。でも地政学を全面的に否定したことはありません。少なくともそれを実際に信じている国や人が存在するわけですから。

"ドイツの特殊部隊が、アフガニスタン山中でタリバンの幹部を5月に捕らえたらしいですよ。核を持つ以前にすべきことが、やはりあるのでは。"

日本への安全保障上の脅威は、テロリストとの非対称戦ではなく、100万人規模の軍隊を持つ国民国家からきます。特殊部隊だけでは対処できません。

”少なくともあと1回全面的東アジア戦争があって、東アジアの諸国がナショナリズムに無条件に嫌気が差し始めたあとなら話は別ですが。”

そのときは核が使われますよ。間違いなく。

”でも、中国の「反日」と韓国の「反日」は一緒ですかね。やはり、ラベルを単純に貼ってそこで思考停止するのでは、「右翼・左翼」のラベルと同じですよ。”

しかし、現実に韓国では政局を動かし、中国では十万単位の大衆を街頭に繰り出させますからね。
「思考停止」するわけではありませんが、両国の対日認識の根底をなしているという事実に目を向けないのは、現実逃避でしょう。

”これでは現時点での核武装は納得がいかないですね。”

「現時点」とはいっていません。「核武装」の選択肢を議論するべき時が今なのでは、と考えているだけですよ。

投稿: Aceface | 2009年6月11日 (木) 15時26分

>第一次世界大戦を経験したかどうかが政軍関係という意味では大きな意味を持っている

話が逸れていますが少し続けると、ここは本当にそう思いますね。統帥権独立の件はドイツからの輸入された理念が当時の国内闘争の中で奇妙な仕方で機能したという話ですし。ビスマルクがいてモルトケがいてというドイツの政治の文脈を十分に理解していたのかどうかも問題になるのかもしれませんね。

中国、韓国朝鮮、台湾についてはそれぞれの歴史の中で展開している訳ですけれども、現在でも近代日本の思想圏域に接続しているあるいはその内部にあるように感じることもあります。あまり欧州と比較するのもどうかと思いますが、日本はナポレオン・フランスのような役割を果たしたのかもしれないなと。

話を戻すと、関連してクリントンの発言があったようですね。http://www.nytimes.com/2009/06/08/world/asia/08korea.html?_r=1&ref=global-home

Speaking on ABC’s “This Week,” Mrs. Clinton said the United States feared that if the test and other recent actions by North Korea did not lead to “strong action,” there was a risk of “an arms race in Northeast Asia” — an oblique reference to the concern that Japan would reverse its long-held ban against developing nuclear weapons.

やはり日本も多少は騒いだほうがいいかもしれません。

投稿: mozu | 2009年6月11日 (木) 22時22分

"1945年以後の朝鮮半島と今とを同一にはできないでしょう。"
「民族主義が政治の中心にあるということ、分断状況が続いているという点は変わらないですよ。」
でも逆にいうとそれだけなのですよね。コンテキストが、まったく違います。しかも、1950年代のイ・スンマンのころの民族主義も、それをめぐる韓国社会も、中国の民族主義もまったく違いますよね。あのころは、まだソ連との決定的対立の前で中国では民族主義よりも、共産主義・社会主義が大きなイデオロギーでした。
「”北朝鮮がこれだけ核実験をしていても大っぴらに核保有に乗り出さないのかを考えれば、”
国連でも6カ国協議でもおおっぴらに核保有国を辞任してますよ。」
すみません。これは僕の文章が不明確でした。いいたかったのは北朝鮮が核実験を行っても、つまり法的には戦争状態にある韓国にとって核武装する格好の口実があるのにも関わらず、(また核武装化は韓国世論の後押しを受けているにも関わらず)、なぜ韓国が大っぴらに核武装に乗り出せないのかということでした(韓国内の北朝鮮応援団もその一要素であることは認めますが)。アメリカの核抑止力に対する信頼、核不拡散政策の尊重、日本を核武装化に追いやる危険、このいずれもが働いているのでは。なぜ、日本が今会えて核武装化することでこのstatus quoを変えなければいけないのか、納得できないという趣旨でした。
「しかし、現にパキスタンの実験は止めなかったし、北朝鮮にもブレーキを掛ける兆しはありません。日本の周辺国が核を持つのと、日本が核を持つという核ドミノの可能性に対して、アメリカよりも冷めた目でみているからです。」
問題はこれを中国の一貫した外交戦略の一端として捕らえるのかどうかです。「敵」を過小評価するのも問題ですが、過大評価するのも同じくらい問題です。パキスタンの核実験も、北朝鮮の核実験も止めなかったのではなく、「止められなかった」のではないでしょうか。前のポストでもあげました文献は、僕が信頼する中国に関するジャーナリスト(梶ピエールさんに紹介されました)の訳したものなのですが、いかんせん匿名のソースなので「怪文書」扱いされてもしょうがないのですが、その著者(中国の軍関係の研究員らしい)ははっきりと中国が北朝鮮に手玉に取られていると書いていますよ。6カ国協議の最大の敗者は中国であると(と、同時に日本の北朝鮮外交を「悲しいほど情けない」と切ってますが)。同じことは、朝日新聞の取材でも明らかにされています。

パキスタンも同様だったのでは。考えなければいけないのは、中国には同盟国が北朝鮮以外一カ国もないという現実です。また、現在の深刻な国内情勢を考えれば、そこまで手が回らないというのがひょっとしたら現実かもしれません。中国専門家ではない僕がどうこういえませんが、中国が思っている以上に「ひ弱」であるのが、ある意味では今の東アジア情勢の混迷の一原因かもしれません。日本の外交力の弱さが中国との対比でよく問題とされますが、果たして中国の外交がそこまで「強い」のかそれとも多分にこちらの幻想なのか問うてみる価値は十分あります。
「北朝鮮が統一朝鮮に嫁入りするときの持参金は二つだけ、日本やアメリカと戦い民族の自主を死守したという「正当性」とその物質的表現としての核兵器だけです。60年間の北朝鮮の歴史が単なる失敗という歴史的事実に2000万人の北住民は耐えられないでしょう。ものすごくこだわると思いますよ。核には。」

うーん、これは北朝鮮と韓国が対等合併した場合はそうですが、合併がどのような状況で起きるのかでいかようにも変わると思います。こうだと決め付ける前に、朝鮮半島で起きうる合併に関して論じるほうが生産的だと思うのですが。
「キッシンジャーと周は文革のイデオロギーと離れたところで国家の長期的国益について論じていました。戦略家として当然です。中国のナショナリズムは30年前よりも毛沢東主義のの縛りがなくなった分、体制イデオロギーとしての色彩を強めています。」
ただ、現在の中国共産党はナショナリズムが、反体制になる可能性を一番怖がっていますよね。民主主義とナショナリズムは、不可分の関係にありますから。ナショナリズムを前提としない民主主義はありえないと思います。EU議会選挙の惨めな失敗がいい例ですね。江沢民時代と現在では、また違うと思います。やはり、コンテキストです。
「米中協商の可能性は強まっている。それを大衆に売り込むには、結局第二次世界大戦中は同盟関係にあったという事実を動員する必要があります。」
申し訳ございません。ここは一番納得がいかないところですね。正直な話、Acefaceさんらしくもない。ま、中国の国民には多少訴えかけるものがあったとしても・・・(うーん、それも疑問ですね・・・)。アメリカ人がそれでどこまで「動員」されるのですかね、21世紀の現在。たとえば、適切な例かどうかしりませんが、慰安婦法案を通したナンシー・ペロシは、チベットを含め無数の対中決議案を通している人物ですし、広島を訪れるような人ですよ。動員されているとは思いません。

21世紀の東アジアは、日本人にとっては生きづらい時代だとは思いますよ。日本は何しろ、中国、韓国が勃興している時代に衰退のときを向かえ、彼らのナショナリズムのいわば生みの親”The eternal other”であるわけですから。
純に貼ってそこで思考停止するのでは、「右翼・左翼」のラベルと同じですよ。”
「しかし、現実に韓国では政局を動かし、中国では十万単位の大衆を街頭に繰り出させますからね。
「思考停止」するわけではありませんが、両国の対日認識の根底をなしているという事実に目を向けないのは、現実逃避でしょう。」
100%賛成です。ただ、ベクトルは全く逆方向は動いていますが。そこで、相手は「反日」だからと決め付けて核武装するほうが現実逃避だと思うのですが。一種の後ろ向きの「脱亜」だと思います。
「現時点」とはいっていません。「核武装」の選択肢を議論するべき時が今なのでは、と考えているだけですよ。」
確かに、Acefaceさんのおっしゃるようにそれも選択肢の一つとして論じなければいけない時代になってしまいました。

Acefaceさんは、ある政策を提唱し、僕はそれにあくまで反対するような論じ方になっとので、「自民党」対「社会党」みたいになってしまいましたが(笑)、一体どのような状況が日本が核武装せざるを得ない国際環境なのか、それとそうならないためには何ができるのかを論じる必要があると思いますね。

投稿: tomojiro | 2009年6月11日 (木) 22時52分

すみません。ナンシー・ペロシの例は、不適切でした。慰安婦問題は中国とも、中国とアメリカの戦前・戦中の同盟ともまったく関係がありませんでした。Acefaceさん、Mozuさん筆が走ってしまい失礼しました。

「あまり欧州と比較するのもどうかと思いますが、日本はナポレオン・フランスのような役割を果たしたのかもしれないなと。」
まさにその通りなのですよ!ここから東アジアのナショナリズムと日本を分析した記事や論文があまりにも少ない。戦後ドイツとの比較ばっかりなのですよね。まったく不適切な例なのに。

これについては、言いたいことが山ほどあるのですが、またの機会にします。この視点は、現在の東アジアの分析には非常に大切な視点であると常々感じていました。なぜもっと共有されていないのか、不思議なくらいです。ドイツとの(空しい)比較をするよりはよほど生産的で刺激的なのに。

投稿: tomojiro | 2009年6月11日 (木) 23時33分

"でも逆にいうとそれだけなのですよね。コンテキストが、まったく違います。しかも、1950年代のイ・スンマンのころの民族主義も、それをめぐる韓国社会も、中国の民族主義もまったく違いますよね。"

それは韓国と中国の国内政治に民族主義がどう反映されたかという点ですよね。ぼくが言っているのは、対外関係、特に対日関係がナショナリズムのプリズムから解釈されるということ、それに対する異論や日本側の反論が現地の言論空間の中でかき消されてしまう事、さらに大衆が街頭行動に乗り出すという点で同じということです。


”つまり法的には戦争状態にある韓国にとって核武装する格好の口実があるのにも関わらず、(また核武装化は韓国世論の後押しを受けているにも関わらず)、なぜ韓国が大っぴらに核武装に乗り出せないのかということでした”

単純にいえば、10年前までは交渉で乗り切れると考えていたし、70年代に朴政権が核武装計画を実施したときは、キッシンジャーが乗り込んできて在韓米軍の撤退をちらつかせた記憶もあるから、自前の核保有計画は対米関係上マズイという判断があったんでしょう。それからは左派政権が続いて、「北は同胞」でやってきましたから。核はあくまでアメリカとの交渉用、仮に作られても狙いは日本で韓国には向けない。統一すれば自分のものになる。という考えがあったからでしょう。

”問題はこれを中国の一貫した外交戦略の一端として捕らえるのかどうかです。”

北に核を持たせるのが北京の一貫した戦略とはいいません。しかし、日米から北を安保理や6カ国協議で守るという姿勢は一貫しています。北が核保有国入りすれば、中国の一貫した外交姿勢は間違いなくその最大の要因です。

”こうだと決め付ける前に、朝鮮半島で起きうる合併に関して論じるほうが生産的だと思うのですが。”

それはそれ、これはこれ。ぼくが起きうる合併は核付き統一になると思っているだけ。

”アメリカ人がそれでどこまで「動員」されるのですかね”

アメリカ人は「動員」される必要はありません。中国の対日姿勢を黙認するか、日本の側に立たなければいいだけですから。

”そこで、相手は「反日」だからと決め付けて核武装するほうが現実逃避だと思うのですが。一種の後ろ向きの「脱亜」だと思います。”

逆ですよ。向こうは核保有国で「反日」的という想定から出発したほうがいいというだけです。
それにもう日本は「脱亜」できない。彼らの核の射程範囲内にあるから。北京やソウルや平壌の意思がロンドンやパリやベルリンよりも今後の日本は重要です。僕がいっているのはむしろ「入亜」ですよ。ただ、みんなが持っている以上、対等の立場になるには、核がいるかも、ということです。

投稿: Aceface | 2009年6月12日 (金) 10時06分

中国知らずなのですが、中国の対北朝鮮政策についてはtomojiroさんの引用されたジャーナリスト氏の見解もそれほどはずしてはいないのかもしれませんね。また外交は内政の延長であると考えるならば、中国国内の党派抗争や利権構造に規定されているのかもしれません。こうした構造が旧満州地域の不安定化を防ぐというとりあえずの北京のコンセンサスを支えており、東アジアの「ステークスホルダー」を演じることに制限を与えていると。こちらの像のほうにリアリティーを感じます。

一方で生殺与奪の権を握っているのは中国である以上、北朝鮮の核実験は中国の意思であるといった憶測も広まる訳ですね。この記事のように、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/01/AR2009060102480.html

東アジアから米国の影響力を排除するための戦略なのかもしれないと。ちなみにここでも日本の核武装が出てきますね。われらのリーダーたちがもう少し強かならばこうしたパーセプションを利用できるでしょうに。

投稿: mozu | 2009年6月14日 (日) 02時06分

"中国の対北朝鮮政策についてはtomojiroさんの引用されたジャーナリスト氏の見解もそれほどはずしてはいないのかもしれませんね。"

あるいは、高度な情報操作かもね。すくなくともその記事で「北京と平壌はグル」というイメージを無くすことができますから。

中国に北朝鮮政策に関しては、公式にせよ非公式にせよ、言葉よりも、実際の行動から、演繹していったほうがいいと思います。

有事になったら、延辺に北朝鮮の難民が押し寄せるからといっても、北朝鮮人は交通手段がないから、国境を超えられる人は限られるし、米韓連合軍は、中朝国境まで進軍しないから、それほど難民はでないのではないか。でても多くて数十万。それ以上になれば、むしろ、38度線を開けて韓国に入れろという声がでてくるでしょう。それに難民は、一時的に中朝国境に集中しても実際は仕事を求めて中国中にちらばるでしょうから、数十万なんて、億単位の中国の流民の中では大河の一滴ですよ。
それにもし、収拾がつかないほどの大混乱になれば、人民解放軍が国連軍としてロシアと一緒に鴨緑江を超えるでしょう。

結局6カ国協議で時間を稼いで、中国責任論を転嫁する相手を見つけるか、問題が北朝鮮の内部変化によって自然消滅をするのを待つ、というのが中国の「戦略」です。
胡・温コンビが軍の首に鈴をつけられないのが全ての問題だと思います。ですから、個人的には中国にはまったく期待していないですね。

投稿: Aceface | 2009年6月14日 (日) 13時57分

Applebaumはロシア通ですが、アジアについては素人です。
そもそも台湾は核武装を検討していません。軍の上層部は依然国民党系の外省人ですし、台湾の核保有は、独立宣言や外国の介入とならび、反国家分裂法に基づいて中国が台湾に軍事侵攻する口実をあたえますからありえない。

韓国は日本に「追随」どころか、はるかに先をいってますよ。いずれにしても統一すれば、核は手にはいるんですから、別にあせる必要もない。

ボクが不満なのは、同盟国である日本への安全をどのように守るのか、という議論が、アメリカのオピニオンメーカーの間で完全に欠落しているということです。これが脅威を受けているのが、イスラエルであればありえません。20年前に喧伝された「ジャパンロビー」なんてものは、実際には存在しなかったということですね。もう日米同盟は空文化したは、とボクが考える根拠になっています。

投稿: Aceface | 2009年6月14日 (日) 14時17分

「あるいは、高度な情報操作かもね。すくなくともその記事で「北京と平壌はグル」というイメージを無くすことができますから。」

そうかも知れないし、違うかもしれない。ここが中国情報では苦しいところですね。ただ、中国と北朝鮮の利害対立はアメリカでも、日本でもたびたび報じられていますからね。たしか米軍と中国軍の非公式協議では、「いざとなったら北朝鮮を攻める」という中国軍関係者の発言があったようですよね。

「中国に北朝鮮政策に関しては、公式にせよ非公式にせよ、言葉よりも、実際の行動から、演繹していったほうがいいと思います。」

国際関係論とかの前提ではそうですよね。ま、相手を一貫した戦略的意図を持ったPlayerとして捕らえないと理論が成り立たないから、いちいち政策決定の背後とプロセスを考えてられていられないのでしょうが。その有効性を全否定しようとは思いませんが、やっぱり「国際関係論」とか「国際政治学」とかはあまり好きになれないな。

「結局6カ国協議で時間を稼いで、中国責任論を転嫁する相手を見つけるか、問題が北朝鮮の内部変化によって自然消滅をするのを待つ、というのが中国の「戦略」です。
胡・温コンビが軍の首に鈴をつけられないのが全ての問題だと思います。ですから、個人的には中国にはまったく期待していないですね。」

ここは賛成ですね。ま、中国の「戦略」なのか、それともそれ以外何もできないのか、もう少し見極めなければいけないと思いますが。

「ボクが不満なのは、同盟国である日本への安全をどのように守るのか、という議論が、アメリカのオピニオンメーカーの間で完全に欠落しているということです。これが脅威を受けているのが、イスラエルであればありえません。20年前に喧伝された「ジャパンロビー」なんてものは、実際には存在しなかったということですね。もう日米同盟は空文化したは、とボクが考える根拠になっています。」

イスラエルは良くも悪くも第二次世界大戦後の「欧米」では(ホロコーストもあって)特別な位置を占めているので例としては、あまり参考にならないと思います。日米同盟の存在の希薄化はその通りだと思います。ただ、(アメリカに対する不満はわかるとしても)責任のかなりの部分は日本側にもあるのでは。東アジアの一員でありながら、一貫した東アジア戦略・外交を打ち出せていないのが日本ですからね。日本に対する期待は、アメリカだけでなく、東南アジアからもある(あるいはあった)のですから。中国のほうを、責任あるパートナーとみなそうとする見方がアメリカの一部で出てきても不思議ではない。

ただ、最近は「やはり中国はあてにできない」との声がアメリカからでてきているのでは。だから、「日本の核武装を推奨する」とか「このままいくと日本が核武装するし、アメリカはそれに反対しない」なんておおっぴらな脅しが中国に対してなされるのでは。一昔前では考えられないですよ。

僕がむしろ怖いのは、中国が安定した超大国の道を歩んでいることではなくて、むしろその逆に見かけと違い、非常に脆弱で、もろい可能性があるということです。1920年代から30年代のドイツと日本に一番近いのが中国ではないかとも思うのですよね。中国の今後少なくとも20年の課題は、権威主義的体制から民主主義の移行だと思うのですが、一方軍はそれに抵抗するでしょうからね。どうなるのかわからない、という怖さがありますよ。中国政府も一貫した国際戦略を持っているというよりは、経済成長維持と国内の不満爆発の抑制にアップアップしているというように見えます。

投稿: | 2009年6月14日 (日) 20時28分

>その有効性を全否定しようとは思いませんが、やっぱり「国際関係論」とか「国際政治学」とかはあまり好きになれないな。

まあ、歴史学のようにエヴィデンスを執念をもって集めて正確かつ複雑な像を提供しようという世界ではなく不完全情報下でにいかに実践的な提言を提供するのかが勝負の世界ですからね。私の世界観は前者よりなので現実の世界に合理的行為者モデルを当て嵌めるやり方にはかなり違和感があるのですけれども。

イスラエルが例として不適切で日本にも責められるべき点があるというのは同感ですね。かといって「反省」している場合でもないと思います。少しは何か言えと言いたくなります。

>1920年代から30年代のドイツと日本に一番近いのが中国ではないかとも思うのですよね。

中国がrevisionistなのかそうでないのかというのはずっと議論の対象になっていますね。権威主義だからこそ冒険主義はないかもとかアイロニカルなことを考えたりするのですが、実は私もよく分かりません。軍と愛国と民主が結合したならば危険なことになるでしょう。民主化というのは実にやっかいなものです。


投稿: mozu | 2009年6月15日 (月) 00時42分

"私の世界観は前者よりなので現実の世界に合理的行為者モデルを当て嵌めるやり方にはかなり違和感があるのですけれども。"


ボクも基本的にそのタイプと自認していましたが、そこが戦後日本人の弱さだと思う。政治に対し、評論家的に臨むというか、誤りを恐れてコミットしないというか。

先月初めて中国に行く機会がありまして、もちろん2泊3日の上海滞在程度でなにかいえるとは思えないんですけども、これだけ資本主義化して高度情報化した社会を共産党政権で統制できるのか、という印象を持ちました。結局、言論空間では締め付けを少しづつ緩めていくしかないでしょう。
となれば、国民の政治不満のガス抜きとして目を外の仮想敵に向けさせるのが相場です。これに日本が選ばれるのは間違いない、と思いますね。

韓国も同じ。今の脆弱な民主主義の上に、統一後はさらに3000万人もの北朝鮮人が参入してくる。今でもまとまらない上にそうなったら、どうなることやら。やはりナショナリズムに国民統合の役割を求めることになります。こちらも標的は日本になる。

今後数年は、冷戦直後よりも大きな政治変動を東アジアは迎えることになる。その時、日本の政治が今後の国の進路に大きな絵を描けなければ、間違いなく国が沈むことになると思います。

投稿: Aceface | 2009年6月15日 (月) 00時56分

米国流の国際政治観にはリアリティーをあまり感じないが、そうした一元的な世界観を有する同盟国を持つ以上は彼らの世界観そのものを日本は利用すべきだという考えです。

ここ数年で地域の構造に大きな変動が起こるだろうという点には同意します。不安もありますが、ようやく戦後が終わるかもしれないという期待もありますね。

投稿: mozu | 2009年6月15日 (月) 03時12分

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