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ブルカをめぐる熱い論争(3)

いや、暑いですねえ。コーラがうまい。このまま夏本番になってしまうのでしょうか。

やや一般論的に過ぎたような気もしますので今回はもう少し実態のイメージが掴めるような記事を紹介することにします。どちらも少し前の記事なので速報性はありません。右派のフィガロは基本的にライシテ支持の立場をとってきている訳ですが、今回は難易度が高い話なのでやや慎重な論調になっているような印象を受けますね。

”Qui sont les femmes qui portent la burqa en France ?”[Figaro]

まず「誰がブルカを纏っているのか」という記事です。メディアでは改宗したフランス人女性のケースに焦点が当たっているようですが、この記事でもとりあげられています。フランス国籍非保有者ばかりでなく、なんといったらいいのか、移民系や非移民系-何代か遡れば移民だったりしますが-のフランス人にもブルカ族はいる訳ですね。

頭から足まですっぽりと覆うこのヴェールを患う女性がいるが、「大部分は自発的にこの衣服を選んでいた」とイスラム専門家のベルナール・ゴダールは断言する。「多くはフランス国籍を保持している。彼女たちの間では改宗は悪くないと思われている」とかつて内務省の宗教局にいたこの人物は付け加える。「特定のセクトに入るように彼女たちはサラフィストになるのだ」と続ける。

ラディカルなイスラムを支持するサラフィストはフランスではまだ少数派にとどまっている。彼らは30000人から50000人とされる。しかし西洋の否定に麻痺してその勢力は徐々に拡大している。この原理主義はタブリーギーと同様に絶対的なものに飢える若者の心を正確に掴むが、その中には女性もいる。セクトの内部と同じようにメンバーは規則をつくり、コーランや数千のハディース-彼らが文字通りに尊重しようとしている預言者の言葉-を読み直して時を過ごしている。

フランスの多数派であるマーリク派イスラムは全身ヴェールを命じていない。このヴェールは古典的な宗教的義務にもマグレブの伝統にも属していない。しかしアルジェリアに根拠をもつパリ大モスクの指導者のみがニカブに反対の意思を示しているだけだ。他の運動は内部に原理主義的な周辺部を抱えることになるがゆえに困惑しているようだ、と国内情報局では分析されている。

宗教的高進

サラフィスムが広まるにつれてこうした女性たちのプロフィールも多様化している。多くは彼女たちの宗教的高進を家族や周囲との区別の要素となしている。ソフィアがそうであり、この成績優秀のbac持ちのパリ第七大学物理化学科の学生は学部の講堂に全身ヴェールでいつも現れては教授たちを不快にさせている。口頭試問で非常に優秀な点数をとった後に化粧品会社で働くことを夢見てシャネルの研修に参加した。

完璧に整えられたブロンド髪でやはり洗練された四人の子の母親の「デルフィヌ・アイカ」は挑発したがる。「あなたは私が脂ぎった髪だと思ったんですか。私には家に来る美容師の友だちがいるんですよ」。パリ地方の中流階級の家にカトリックとして生まれた彼女は「人生の意味」をもとめている多くの改宗者たちに加わった。「もちろんまずムスリムの男性と出会ったんです。でも信仰によってイスラムへと傾斜したのは私なんですよ」と彼女は語る。ヘッドスカーフからヒジャブ、そしてニカブへ。この推移の間に「私の服装を受け入れない」両親の支持を失ったが、彼女は新しい「姉妹たち」の「連帯」をますます大切なものとしている。

カリマはサン・ドニのシテのクルティユで育った。ぴったりしたジーンズ、イヤリング、ボーイフレンドといった平凡な若者時代の後に彼女は職業訓練に落ちて、世帯を持ったが、シテで人生が萎れ、地平が狭まっていくように感じている。イスラムに回帰した隣人を愛した彼女は夫の原理主義に従うことを受け入れている。ヘッドスカーフから全身ヴェールまで数年だった。この時代、彼女は子供を連れて歩く以外には彼と外出しなくなった。無信仰であるとみなす公的な幼稚園ではなく半ば難民的なサラフィストの託児所に通っている。家では子供の人形の顔は焼かれている。なにも表象してはならないからと・・・。二年後、アルジェリアに暮らすために出発する予定のカリマは苦悩を隠さない。夫は第二夫人をつくるだろうからと。

三人目のケースについては、みのもんた氏風に言えば、奥さん、そんな旦那なら別れちゃいなさいよ、となるのでしょうが、前の二人は自信たっぷりのようですね。パターナリスティックに関与することが正当化され得る場合もあるにせよ、一律的対応ではなくケースごとに対応を考えないとまずかろうと思うのはこうした多様な状況があるからです。なお彼女たちが自称しているのかどうかは不明ですが、サラフィストというのはスンナ派の復興主義的な厳格派を指す言葉で、そういうやばいのが今後フランスで広まるのではという不安がある訳ですね。

"À Vénissieux, terre d'expansion de la burqa"[Le Figaro]
「ブルカの広まる土地、ヴェニシューで」という記事ですが、ここは例のアンドレ・ゲラン氏が市長をやっていた町です。この町にいたブジアヌというイマームが姦通した女性への石打ち刑を肯定する発言をしたのが問題化した際にゲラン氏の名前は目にしたのですが、リヨン郊外のこの町で市長さんとしてヴェール化の波が広まるのを目撃し、この問題と取り組んできた訳ですね。前回のエントリで多少批判的な書き方もしましたが、問題に非常に近いところにいた当事者の視点という点で、高級街区で寛容を唱えるだけの人の視点よりかはなんぼか尊重しなくてはならないだろうとも思います。

「ヴェニシュー、そこはブルカの国だ!」とカップルで通り過ぎる19才のムラドは吹き出す。彼は髭をはやし、つばのない小さな帽子を被っていて彼女は真っ黒に「埋葬されている」。ミゲットのシテのマルシェの通路では今日は彼女は全身ヴェールを着用する少数派だ。彼女たちが慎み深くなるための合言葉が交わされる。信徒は火を消そうと努める。「いつもは三十人ぐらい見ますね」と野菜を売っているコリヌは語る。全体としては60000人の住民のこのリヨンの郊外には、共産党の市長のアンドレ・ゲランによれば、彼女たちが「100人以上」はいる。フランスで最も大規模な密集地帯のひとつである。「ブルカは氷山の一角に過ぎない。いくつかの地区では男女関係はすっかり監視下にある。イスラミスムは我々を真に脅かしているのだ」と議会調査委員会を求めて自らが引き起こした地震を正当化するかのようにこの議員は説明する。ひとつの舗石であり、またひとつの遺言でもある。かつてこの地域の産業周辺にできた都市の25年間の市政の後、市長は任期終了前に辞任を決定した。先週のことだ。辞めるのに先立ってこの町やフランスの他の地域を制圧する教条主義(integrisme)について彼は共和国に警告を与えようとしたのだ。

市役所窓口での日常的な事件

イスラムはおそらくヴェニシューの第一の宗教である。ゲランによれば、ここは人口の半分が外国、おそらくマグレブ出身である。そして鐘楼の下の祈祷室の大部分はサラフィストである。厳格なイスラムが毎日そこで広められる。Essalemのモスク、HLMの建物にはめ込まれたバンガローの近くで若者たちは言う。「女が男の近くにいるときはサタンがうろつくのだ」とある少年は言う。彼の兄弟は妻を「どこでも」同伴している。街路でニカブ、黒い全身ヴェールをまとう女性がほとんど誰も驚かせることなく歩き回っている。多くの者が彼女たちを知っている。彼女たちはこの街区で育ったのだ。彼女たちが共和国の規則と衝突するのは市役所の窓口である。「事件は日常茶飯です」とエレヌ・メクシスは嘆く。ヴェニシューの行政手続きの責任者である彼女は最前線にいる。身分証明書やパスポートを更新するための頭部を表に出す写真が暴力的な抗議を引き起こすのだ。「彼らは人種主義だと言って非難し、復讐すると脅すのですよ」。最後までヴェールを脱ぐのを拒否する女性たちもいる。彼女たちは身分証がないままである。しかし、所員が「しばしば発言を独占し、未来の伴侶がヴェールを脱ぐことを拒絶する男たち」と衝突するのは婚姻届の提出の際である。ところでテキストは明快である。すなわち市役所員は未来の夫婦のアイデンティティーを確認し、結婚が強制でも偽装でもないことを確かめるために顔を出して面談しなければならない。最後に祝福の式は顔を出して挙行されねばならない。

こうしたことがイスラムの規則に執着する者たち、移民たちだけでなく特にマグレブ系の若いフランス人や改宗したフランス人妻や夫を苛立たせるのだ、とエレヌ・メクシスは明言する。サン・パピエ[註:「紙なし」、非合法移民のこと]も忘れてはいけない。というのも地中海の両岸で宗教的グルを介した結婚もあるのだから。

こうしたカップルの子供たちが町の学校に就学している。教師は「ブルカ・ママ」を相手にしている。「私には2人いますね。一人は裂け目のところからのぞく目で、もう一人はシルエットで見分けられますよ」と母親担当の責任者のジャン・ムランは断言する。「私のママは娘が話題になると教室で顔を出しました」とレオ・ラグランジュ小学校の教師は思い出す。彼女は誰も排除したくないようだ。「ご承知のように飲んだくれの親というのもいます。彼らも相手にしています。大事なのは児童なんです」と彼女は付け加える。少女から執行猶予された女性性へ。校庭で「少女たちがまもなく着ることがなくなるスカートや背中を出した服」について話しているのをこの女性教師は聞くという。「彼女たちは自分たちの状況について鋭敏な意識を持っているんです」。いたるところで宗教的圧力が強まり、もっと小さな子供たちまで網に捕らえていく。シャルル・ペロー小学校の校長のパトリシア・トゥリュオンは13年前からヴェールが広まるのを見てきた。母親のほぼ半分が頭部を覆うようになっており、ジェラバがシルエットを画一化している。ブルカの女性は少ないままであり、パトリシア・トゥリュオンは子どもを預ける前にアイデンティティーを確認するためにヴェールを脱ぐよう求めている。しかし、「宗教的問題はブルカを超えています。幼稚園や小学校では非常に問題含みであることが明らかになっています」と彼女は不安だ。子供たちにその義務はないラダマンを行う児童もいる。「断食が学校活動と両立しないことを説明するために私は両親たちをみな呼んでいます」と言う。多くの児童が宗教的理由から学校の食堂に不満だ。市当局はハラールの肉を拒否したが、一週間に二日魚を出している。「その日には児童は増えますね」とジャン・ムラン小学校長のベルナール・キュルトは認める。木曜には例外的に豚肉が出ていたが、シャルル・ペロー小学校の登録者の4分の3は別の料理を注文した。また「幼稚園には人参を食べるのを拒否する子もいます。のどを掻っ切っていなかったからと言って」とパトリシア・トゥルュオンは語る。小学校では再生産に関する生物の授業がしばしば疑問視される。「反啓蒙主義が広まっている」と彼女は認める。

遅ればせの市の逆襲

1983年に「ブールの行進」が始まったのはヴェニシューからであった。失敗の後、暴力を阻止し、「完全なフランス人」となる希望を叫ぶために首都に向かった移民の師弟もいた。フランス社会と両親たちに自分たちはフランスに留まるつもりであり、統合されることを望み、平等を求めていることを告げるために10万人が到着した。権力の座についたばかりの左翼政権は移民に10年の滞在許可証を与えた。平等が期待されたが、失望が勝利した。イスラムもまた勝利した。宣教者がローヌ沿いの郊外を行き交う。1992年にムスリム青年連合(UJM)の第一回会合が開催されたのはここヴェニシューであった。ムスリムの兄弟のタリクとラマダンに影響されてリーダーたちは人種的軽蔑、イスラムの拒絶に社会的不正義を再び読みこんだ。先導者、教育者、調停者、スポーツ・インストラクターらがUJMの苗床から育ち、何年もかけてメッセージを中継した。1990年代以降、男たちはハムを追放すべく主婦のかごの中身を確かめ、女性の埋葬も拒否するようになった。市が反攻の狼煙を上げるためには2002年にサラフィストのイマームのブジアヌを追放しなければならなかった。地下室でない2つのモスクの計画が進行中である。伝統的なムスリム共同体との関係は強化された。サラフィストの拡大を阻止できていないが。

「こうした逸脱に宗教的応答をもたらすこと」

ギュイアンクール(イヴリヌ県)のイマームのアブデラリ・マムンによれば、フランスのいたるところで「忍者」女性の数が急上昇している。パリ地方で共同体が繁茂している。トラップ、ミュロ、マント、アルジャントゥイユ、ナンテール、サルトルヴィルで、またピュト、グリニー、エヴリ、さらにはロンジュモー、それからもっと農村的な地帯でも。「こうした逸脱に対して宗教的応答をもたさなければならない。たとえサラフィストがジハーディストでないにしても彼らは西洋を憎悪し、不信心者を軽蔑する一方でフランスのあらゆる社会的利益を利用する。教義が求めるようにムスリムの地に定着することなしにだ。彼らの二枚舌はムスリムの信仰告白をしたフランス人にも有害だ」と。これはヴェニシューで生まれ育った郊外選出議員国民協会長のムスタファ・グイラも共有する立場である。「こうしてブルカで挑発をしてフランスとその伝統に背を向けるべきではない」。

反ブルカ戦線は広いが、「ヴェールが、たとえ全身のヴェールでも、失業とプレカリテの禍を覆い隠す」ことを望まない者もある。ムスリムの信仰告白をしたフランス人の間でも多くが「ニカブを着用する者たちとの一種の連帯を衣服を守るためでなくアイデンティティーの内省ゆえに感じている」とローヌのムスリム信仰地域評議会長アゼディヌ・ガチは説明する。しかし若者の間にはこうした多くの頭部を再び覆うことになったヴェールを前にした相対的な無関心が存在する。「それぞれが自分の気に入るようにするさ」のイスラム版だと二ザールは要約する。「女性がブルカしたいならブルカする。したくならしないのさ!」。こうした言葉と軽いトーンは管理困難な現象を前にして議員たちが表明している増大する不安とはずれている。

以上、「忍者女性」の増大が巻き起こしているさまざまな波紋をまとめた記事です。社会面の記事は解説が必要な言葉がたくさん出るので困るのですが、まあ、細かい部分は飛ばしてください。記事中の「ブールの行進」というのは1983年の有名な最初の人種差別反対の運動のことでブールというのはマグレブ系移民二世や三世を表す言葉です。記事にあるようにフランスのムスリムの大部分が北アフリカのマグレブ地方出身で穏健なマーリク派に属していますが、なぜかアフガニスタンやパキスタンのブルカやペルシア湾岸諸国のニカブがフランスに出現して困惑をもたらしていると。この点は実際、この地域の出身者が多いイギリスとは少し違うようにも思えますが、90年代以降のテレコミュニケーション技術の発達によるところが大きいように思われますね。宗派と衣服の関連を十分に理解していないので詳しい方教えてくださいませ。マグレブでも同じような傾向がある訳ですかね。

具体的には役所や学校でのトラブルというひどく消耗するだろうけれどもちまちました話にまだとどまっているようですが、今後こうした傾向が延長される先になにが待っているのかとひどく不安にさせるようです。見慣れないものが周囲に増えていくことへの不安そのものは人情として理解可能ですし、こうした気持ちをなにかのレッテルを貼って蔑ろにするつもりはありませんが、ヴェールといういかにも関心を集めやすい可視的なものに議論が集中するのはどうなんだろうなとはやはり思います。具体的な行動につながりにくいテーマだと思うのですよね、全面禁止というのは筋悪だと思いますし。プラグマティックな観点からヴェールを脱がなければならない場面をルールとして設定するというのは意味があるかもしれませんけれども。ところで慣れるとブルカ・ママも目やシルエットで見分けられるのですねえ。それはたいしたものです。

ではでは。

追記

細かい部分の修正補足をしました(2009.7.11)

追記しておくと、これだとなにか一枚岩の勢力が拡大しているような像ですが、もっとごちゃごちゃした像だと思うのですね。そして下手な対策は逆に一枚岩の勢力を形成させてしまうリスクがあると思う訳です。こんな話は分りきっていると思うのですがね。

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