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2009年7月

ブルカをめぐる熱い論争(4)

正直、興味を引くような観点というものになかなか出会えないのが今回の特徴でしょうか。えーと、ブルカの話です。これが問題になる理由というのも頭だけでなく肌感覚で分かるような部分がある一方で、なんで今こんな些末な問題を論じなくてはならないのかやはり腑に落ちない感じがつきまといます。これは「瑣末な問題」じゃない!という意見もある訳ですが、ここで問題の瑣末性を立証するようなデータが出たようです。

"La police estime marginal le port de la burqa"[Le Monde]

ブルカ着用の実態に関するル・モンド記事です。DCRIとSDIGのの二つのインテリジェンス機関からあがった情報をル・モンドが掴んだ訳ですが、DCRIの報告によればフランス全土でブルカないしニカブを着用する女性は367人(!)にとどまるそうです。着用は自発的であり、ほとんどが30才以下の若い女性で、4分の1が改宗者であり、大都市圏に集中している。おまけ情報として5才のブルカさんもいたそうです。SDIGの報告は数字はないが、同様の結論に達しているとされます。それによれば、ブルカ着用には家族への挑発的意図がある。ムスリムの大多数は全身ヴェールを拒絶しているが、この論争がイスラムをスティグマ化させるのではないかと不安に思っている云々。

"La loi et la burqa"[Le monde]

で、この新しい情報を受けたル・モンドの社説です。

DCRIがほぼ単体でー微笑させるリスクを冒してー評価を試みるほどこの現象は周縁的である。ル・モンドがつかんだ7月8日付のDCRI覚え書きによれば、フランスの367人の女性ーすなわち平均して約90000人に1人ーがブルカないしニカブ、つまりムスリム女性の身体と顔を完全に覆う黒い長衣を着用しているらしい。

これほど明確に数値化していないが、それより一週間前に作成された覚え書きの中で、SDRIは「超少数派の現象」であることを確認している。

この二つの公的な評価は、春に65人の左右の議員がこの件で調査委員会を設置することを構想した後に我が国で突然沸き起こった議論に新たな光を当てるものであった。すなわち法制化である。会期が開かれて、各議員は誰もその規模を知らないこの現象を禁止する事の適否を決定するよう促された。この点について明言を避けつつニコラ・サルコジは6月22日に議会の前での演説の際にこの問題に言及せざるを得ないと感じた。「謹んで申し上げたいのですが、ブルカはフランス共和国の領土では歓迎されない」と、これが「宗教問題」ではないと明言しつつ、国家元首はこの時に宣言したのであった。

続いて相対的に慎重な態度が優勢となった。調査委員会は7月1日にこの驚くべき服飾的実践についての書類を作成するための単なる情報収集の任務ーこれが実施されるのに6ヶ月かかるーへと変じた。これは国民議会UMPグループ代表のジャン=フランソワ・コペに応答する形でなされたが、氏は「対話の段階の後の法制化」に一挙に賛意を示したのであった。

情報機関が描く「ピクチャー」は他の点も明らかにする。全身ヴェールを着用する女性ー大部分は若者ーは基本的に都市部に暮らしている。彼女達の大部分は自発的にブルカを選んだようである。戦闘的態度から、さらには「挑発」として、と情報機関は記している。彼女達の4分の1は改宗者であるらしい。

400人足らずのために、例外のために、法制化をすべきだろうか。立法府を既に通ったその都度的に作成されたテキスト群に法律を付け加えるべきなのだろうか。諸々のリスクーひとつはブルカに誤った解放イメージを与えかねないイスラムのスティグマ化ーを考慮するならば、回答は否である。

まあ、幽霊の正体見たり枯れ尾花といいますかね。大先生レベルの瑣末な象徴をめぐる政治に見えてきました。ともあれもう少し実質的に意味のあることを人は討議すべきではないでしょうか。

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ぴりっとした夏が待ち遠しい

"Nemutan's revenge -some fact-cheking and reaction to the NYT story on anime fetishists"[MTG]
NYTの「二次元コンプレックス」記事に関するMTGのAdamuさんのポスト。Japan probeのJamesさんも作成に協力されています。この記事の問題点としてかなり特異な人物を採り上げて誤った統計情報を紹介することでそれが一般的な現象であるかのような印象を与えてしまう点を指摘しています。やや長文ですが、充実していますのでおすすめしておきます。こうして奇妙な報道には批判の声が英語圏であがるようになっているのはありがたいことですね。

WaiWai記事からの転用なのか政府統計の意図せざる誤読なのか分かりませんが、Tokyo Mangoのノリで記事書いたのはまずかったですね。個人ブログとNYTはやはり違うと思うんですよ。たぶんデスクの注文に忠実に応じたといった話なんでしょうし、実際、このレベルの記事はけっこう目にしてきたので個人的には、はあ、そうですか、あなたの日本って変人ばかりで楽しそうですね、私の日本はも少し真面目な人が多くてちょっとしんどいんですけど、ぐらいの感想なのですが、こういうどうでもいいニュースばかりでなく一般にNYTの日本報道のレベルの低さー「最低」といっていいでしょうーはどうにかしないといけないと思うのですね、米国の知性の面目にとっても。ともかく単に日本名であるという理由で素質のない人にジャーナリストごっこさせるのは止めて欲しいものですね。他にもいますよね。

ミスユニバース日本代表の宮坂さん、衝撃コスチュームを披露[レスポンス]

セルフ・オリエンタリズムっていうんですかね。これって「強くモダンな女性のための着物」といったフェミニズム的な話ではなくてその反対物、記号としての「日本女性」に対する期待を必ずしも裏切らない衣装だと思うのですね。つまりWaiWaiですね。デザイナー氏はどうもべたな新日本主義者(neojaponiste)のようで、ここにアイロニカルな文化-政治的な戦略は読み取れないですね。ミスユニバースというイベントそのものに興味がないのでどうでもいいと言えばどうでもいい話なのですが、このフィールドでがんばっている方々も頑固なフランス人コーチや海外でウケたいだけの文化的女衒に喧嘩のひとつも売ってみたらどうでしょうかね。こんなのやだよと。

【追悼】平岡正明さん 執筆を「芸」に高めた男[産経]

大月隆寛氏の追悼文。私は平岡氏の旺盛な活動のうちの浪曲関連ぐらいしか接しておらず、和風好みを気取っているけれど本質的にジャズのリズムの人程度の印象しかありません。ただ80年代の言説には多少の興味があってその中で氏はどういう存在だったのかなということはちょっと気になります。ですからそういう文脈で大月氏の追悼文を読みました。とりあえず大月氏の文体が連なる系譜がおぼろげに見えたような気がしました。ところでサブカル歌謡論って平岡氏あたりが起源になるんでしょうかね。そうだとすると罪深い人ですね。

がん闘病の川村カオリさん死去 事務所が発表[産経]

平和のうちにお休みください。

なんだか短いエントリの中であちこちに喧嘩を売ったような気もしますが、みなさん、お元気で。

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ブルカをめぐる熱い論争(3)

いや、暑いですねえ。コーラがうまい。このまま夏本番になってしまうのでしょうか。

やや一般論的に過ぎたような気もしますので今回はもう少し実態のイメージが掴めるような記事を紹介することにします。どちらも少し前の記事なので速報性はありません。右派のフィガロは基本的にライシテ支持の立場をとってきている訳ですが、今回は難易度が高い話なのでやや慎重な論調になっているような印象を受けますね。

”Qui sont les femmes qui portent la burqa en France ?”[Figaro]

まず「誰がブルカを纏っているのか」という記事です。メディアでは改宗したフランス人女性のケースに焦点が当たっているようですが、この記事でもとりあげられています。フランス国籍非保有者ばかりでなく、なんといったらいいのか、移民系や非移民系-何代か遡れば移民だったりしますが-のフランス人にもブルカ族はいる訳ですね。

頭から足まですっぽりと覆うこのヴェールを患う女性がいるが、「大部分は自発的にこの衣服を選んでいた」とイスラム専門家のベルナール・ゴダールは断言する。「多くはフランス国籍を保持している。彼女たちの間では改宗は悪くないと思われている」とかつて内務省の宗教局にいたこの人物は付け加える。「特定のセクトに入るように彼女たちはサラフィストになるのだ」と続ける。

ラディカルなイスラムを支持するサラフィストはフランスではまだ少数派にとどまっている。彼らは30000人から50000人とされる。しかし西洋の否定に麻痺してその勢力は徐々に拡大している。この原理主義はタブリーギーと同様に絶対的なものに飢える若者の心を正確に掴むが、その中には女性もいる。セクトの内部と同じようにメンバーは規則をつくり、コーランや数千のハディース-彼らが文字通りに尊重しようとしている預言者の言葉-を読み直して時を過ごしている。

フランスの多数派であるマーリク派イスラムは全身ヴェールを命じていない。このヴェールは古典的な宗教的義務にもマグレブの伝統にも属していない。しかしアルジェリアに根拠をもつパリ大モスクの指導者のみがニカブに反対の意思を示しているだけだ。他の運動は内部に原理主義的な周辺部を抱えることになるがゆえに困惑しているようだ、と国内情報局では分析されている。

宗教的高進

サラフィスムが広まるにつれてこうした女性たちのプロフィールも多様化している。多くは彼女たちの宗教的高進を家族や周囲との区別の要素となしている。ソフィアがそうであり、この成績優秀のbac持ちのパリ第七大学物理化学科の学生は学部の講堂に全身ヴェールでいつも現れては教授たちを不快にさせている。口頭試問で非常に優秀な点数をとった後に化粧品会社で働くことを夢見てシャネルの研修に参加した。

完璧に整えられたブロンド髪でやはり洗練された四人の子の母親の「デルフィヌ・アイカ」は挑発したがる。「あなたは私が脂ぎった髪だと思ったんですか。私には家に来る美容師の友だちがいるんですよ」。パリ地方の中流階級の家にカトリックとして生まれた彼女は「人生の意味」をもとめている多くの改宗者たちに加わった。「もちろんまずムスリムの男性と出会ったんです。でも信仰によってイスラムへと傾斜したのは私なんですよ」と彼女は語る。ヘッドスカーフからヒジャブ、そしてニカブへ。この推移の間に「私の服装を受け入れない」両親の支持を失ったが、彼女は新しい「姉妹たち」の「連帯」をますます大切なものとしている。

カリマはサン・ドニのシテのクルティユで育った。ぴったりしたジーンズ、イヤリング、ボーイフレンドといった平凡な若者時代の後に彼女は職業訓練に落ちて、世帯を持ったが、シテで人生が萎れ、地平が狭まっていくように感じている。イスラムに回帰した隣人を愛した彼女は夫の原理主義に従うことを受け入れている。ヘッドスカーフから全身ヴェールまで数年だった。この時代、彼女は子供を連れて歩く以外には彼と外出しなくなった。無信仰であるとみなす公的な幼稚園ではなく半ば難民的なサラフィストの託児所に通っている。家では子供の人形の顔は焼かれている。なにも表象してはならないからと・・・。二年後、アルジェリアに暮らすために出発する予定のカリマは苦悩を隠さない。夫は第二夫人をつくるだろうからと。

三人目のケースについては、みのもんた氏風に言えば、奥さん、そんな旦那なら別れちゃいなさいよ、となるのでしょうが、前の二人は自信たっぷりのようですね。パターナリスティックに関与することが正当化され得る場合もあるにせよ、一律的対応ではなくケースごとに対応を考えないとまずかろうと思うのはこうした多様な状況があるからです。なお彼女たちが自称しているのかどうかは不明ですが、サラフィストというのはスンナ派の復興主義的な厳格派を指す言葉で、そういうやばいのが今後フランスで広まるのではという不安がある訳ですね。

"À Vénissieux, terre d'expansion de la burqa"[Le Figaro]
「ブルカの広まる土地、ヴェニシューで」という記事ですが、ここは例のアンドレ・ゲラン氏が市長をやっていた町です。この町にいたブジアヌというイマームが姦通した女性への石打ち刑を肯定する発言をしたのが問題化した際にゲラン氏の名前は目にしたのですが、リヨン郊外のこの町で市長さんとしてヴェール化の波が広まるのを目撃し、この問題と取り組んできた訳ですね。前回のエントリで多少批判的な書き方もしましたが、問題に非常に近いところにいた当事者の視点という点で、高級街区で寛容を唱えるだけの人の視点よりかはなんぼか尊重しなくてはならないだろうとも思います。

「ヴェニシュー、そこはブルカの国だ!」とカップルで通り過ぎる19才のムラドは吹き出す。彼は髭をはやし、つばのない小さな帽子を被っていて彼女は真っ黒に「埋葬されている」。ミゲットのシテのマルシェの通路では今日は彼女は全身ヴェールを着用する少数派だ。彼女たちが慎み深くなるための合言葉が交わされる。信徒は火を消そうと努める。「いつもは三十人ぐらい見ますね」と野菜を売っているコリヌは語る。全体としては60000人の住民のこのリヨンの郊外には、共産党の市長のアンドレ・ゲランによれば、彼女たちが「100人以上」はいる。フランスで最も大規模な密集地帯のひとつである。「ブルカは氷山の一角に過ぎない。いくつかの地区では男女関係はすっかり監視下にある。イスラミスムは我々を真に脅かしているのだ」と議会調査委員会を求めて自らが引き起こした地震を正当化するかのようにこの議員は説明する。ひとつの舗石であり、またひとつの遺言でもある。かつてこの地域の産業周辺にできた都市の25年間の市政の後、市長は任期終了前に辞任を決定した。先週のことだ。辞めるのに先立ってこの町やフランスの他の地域を制圧する教条主義(integrisme)について彼は共和国に警告を与えようとしたのだ。

市役所窓口での日常的な事件

イスラムはおそらくヴェニシューの第一の宗教である。ゲランによれば、ここは人口の半分が外国、おそらくマグレブ出身である。そして鐘楼の下の祈祷室の大部分はサラフィストである。厳格なイスラムが毎日そこで広められる。Essalemのモスク、HLMの建物にはめ込まれたバンガローの近くで若者たちは言う。「女が男の近くにいるときはサタンがうろつくのだ」とある少年は言う。彼の兄弟は妻を「どこでも」同伴している。街路でニカブ、黒い全身ヴェールをまとう女性がほとんど誰も驚かせることなく歩き回っている。多くの者が彼女たちを知っている。彼女たちはこの街区で育ったのだ。彼女たちが共和国の規則と衝突するのは市役所の窓口である。「事件は日常茶飯です」とエレヌ・メクシスは嘆く。ヴェニシューの行政手続きの責任者である彼女は最前線にいる。身分証明書やパスポートを更新するための頭部を表に出す写真が暴力的な抗議を引き起こすのだ。「彼らは人種主義だと言って非難し、復讐すると脅すのですよ」。最後までヴェールを脱ぐのを拒否する女性たちもいる。彼女たちは身分証がないままである。しかし、所員が「しばしば発言を独占し、未来の伴侶がヴェールを脱ぐことを拒絶する男たち」と衝突するのは婚姻届の提出の際である。ところでテキストは明快である。すなわち市役所員は未来の夫婦のアイデンティティーを確認し、結婚が強制でも偽装でもないことを確かめるために顔を出して面談しなければならない。最後に祝福の式は顔を出して挙行されねばならない。

こうしたことがイスラムの規則に執着する者たち、移民たちだけでなく特にマグレブ系の若いフランス人や改宗したフランス人妻や夫を苛立たせるのだ、とエレヌ・メクシスは明言する。サン・パピエ[註:「紙なし」、非合法移民のこと]も忘れてはいけない。というのも地中海の両岸で宗教的グルを介した結婚もあるのだから。

こうしたカップルの子供たちが町の学校に就学している。教師は「ブルカ・ママ」を相手にしている。「私には2人いますね。一人は裂け目のところからのぞく目で、もう一人はシルエットで見分けられますよ」と母親担当の責任者のジャン・ムランは断言する。「私のママは娘が話題になると教室で顔を出しました」とレオ・ラグランジュ小学校の教師は思い出す。彼女は誰も排除したくないようだ。「ご承知のように飲んだくれの親というのもいます。彼らも相手にしています。大事なのは児童なんです」と彼女は付け加える。少女から執行猶予された女性性へ。校庭で「少女たちがまもなく着ることがなくなるスカートや背中を出した服」について話しているのをこの女性教師は聞くという。「彼女たちは自分たちの状況について鋭敏な意識を持っているんです」。いたるところで宗教的圧力が強まり、もっと小さな子供たちまで網に捕らえていく。シャルル・ペロー小学校の校長のパトリシア・トゥリュオンは13年前からヴェールが広まるのを見てきた。母親のほぼ半分が頭部を覆うようになっており、ジェラバがシルエットを画一化している。ブルカの女性は少ないままであり、パトリシア・トゥリュオンは子どもを預ける前にアイデンティティーを確認するためにヴェールを脱ぐよう求めている。しかし、「宗教的問題はブルカを超えています。幼稚園や小学校では非常に問題含みであることが明らかになっています」と彼女は不安だ。子供たちにその義務はないラダマンを行う児童もいる。「断食が学校活動と両立しないことを説明するために私は両親たちをみな呼んでいます」と言う。多くの児童が宗教的理由から学校の食堂に不満だ。市当局はハラールの肉を拒否したが、一週間に二日魚を出している。「その日には児童は増えますね」とジャン・ムラン小学校長のベルナール・キュルトは認める。木曜には例外的に豚肉が出ていたが、シャルル・ペロー小学校の登録者の4分の3は別の料理を注文した。また「幼稚園には人参を食べるのを拒否する子もいます。のどを掻っ切っていなかったからと言って」とパトリシア・トゥルュオンは語る。小学校では再生産に関する生物の授業がしばしば疑問視される。「反啓蒙主義が広まっている」と彼女は認める。

遅ればせの市の逆襲

1983年に「ブールの行進」が始まったのはヴェニシューからであった。失敗の後、暴力を阻止し、「完全なフランス人」となる希望を叫ぶために首都に向かった移民の師弟もいた。フランス社会と両親たちに自分たちはフランスに留まるつもりであり、統合されることを望み、平等を求めていることを告げるために10万人が到着した。権力の座についたばかりの左翼政権は移民に10年の滞在許可証を与えた。平等が期待されたが、失望が勝利した。イスラムもまた勝利した。宣教者がローヌ沿いの郊外を行き交う。1992年にムスリム青年連合(UJM)の第一回会合が開催されたのはここヴェニシューであった。ムスリムの兄弟のタリクとラマダンに影響されてリーダーたちは人種的軽蔑、イスラムの拒絶に社会的不正義を再び読みこんだ。先導者、教育者、調停者、スポーツ・インストラクターらがUJMの苗床から育ち、何年もかけてメッセージを中継した。1990年代以降、男たちはハムを追放すべく主婦のかごの中身を確かめ、女性の埋葬も拒否するようになった。市が反攻の狼煙を上げるためには2002年にサラフィストのイマームのブジアヌを追放しなければならなかった。地下室でない2つのモスクの計画が進行中である。伝統的なムスリム共同体との関係は強化された。サラフィストの拡大を阻止できていないが。

「こうした逸脱に宗教的応答をもたらすこと」

ギュイアンクール(イヴリヌ県)のイマームのアブデラリ・マムンによれば、フランスのいたるところで「忍者」女性の数が急上昇している。パリ地方で共同体が繁茂している。トラップ、ミュロ、マント、アルジャントゥイユ、ナンテール、サルトルヴィルで、またピュト、グリニー、エヴリ、さらにはロンジュモー、それからもっと農村的な地帯でも。「こうした逸脱に対して宗教的応答をもたさなければならない。たとえサラフィストがジハーディストでないにしても彼らは西洋を憎悪し、不信心者を軽蔑する一方でフランスのあらゆる社会的利益を利用する。教義が求めるようにムスリムの地に定着することなしにだ。彼らの二枚舌はムスリムの信仰告白をしたフランス人にも有害だ」と。これはヴェニシューで生まれ育った郊外選出議員国民協会長のムスタファ・グイラも共有する立場である。「こうしてブルカで挑発をしてフランスとその伝統に背を向けるべきではない」。

反ブルカ戦線は広いが、「ヴェールが、たとえ全身のヴェールでも、失業とプレカリテの禍を覆い隠す」ことを望まない者もある。ムスリムの信仰告白をしたフランス人の間でも多くが「ニカブを着用する者たちとの一種の連帯を衣服を守るためでなくアイデンティティーの内省ゆえに感じている」とローヌのムスリム信仰地域評議会長アゼディヌ・ガチは説明する。しかし若者の間にはこうした多くの頭部を再び覆うことになったヴェールを前にした相対的な無関心が存在する。「それぞれが自分の気に入るようにするさ」のイスラム版だと二ザールは要約する。「女性がブルカしたいならブルカする。したくならしないのさ!」。こうした言葉と軽いトーンは管理困難な現象を前にして議員たちが表明している増大する不安とはずれている。

以上、「忍者女性」の増大が巻き起こしているさまざまな波紋をまとめた記事です。社会面の記事は解説が必要な言葉がたくさん出るので困るのですが、まあ、細かい部分は飛ばしてください。記事中の「ブールの行進」というのは1983年の有名な最初の人種差別反対の運動のことでブールというのはマグレブ系移民二世や三世を表す言葉です。記事にあるようにフランスのムスリムの大部分が北アフリカのマグレブ地方出身で穏健なマーリク派に属していますが、なぜかアフガニスタンやパキスタンのブルカやペルシア湾岸諸国のニカブがフランスに出現して困惑をもたらしていると。この点は実際、この地域の出身者が多いイギリスとは少し違うようにも思えますが、90年代以降のテレコミュニケーション技術の発達によるところが大きいように思われますね。宗派と衣服の関連を十分に理解していないので詳しい方教えてくださいませ。マグレブでも同じような傾向がある訳ですかね。

具体的には役所や学校でのトラブルというひどく消耗するだろうけれどもちまちました話にまだとどまっているようですが、今後こうした傾向が延長される先になにが待っているのかとひどく不安にさせるようです。見慣れないものが周囲に増えていくことへの不安そのものは人情として理解可能ですし、こうした気持ちをなにかのレッテルを貼って蔑ろにするつもりはありませんが、ヴェールといういかにも関心を集めやすい可視的なものに議論が集中するのはどうなんだろうなとはやはり思います。具体的な行動につながりにくいテーマだと思うのですよね、全面禁止というのは筋悪だと思いますし。プラグマティックな観点からヴェールを脱がなければならない場面をルールとして設定するというのは意味があるかもしれませんけれども。ところで慣れるとブルカ・ママも目やシルエットで見分けられるのですねえ。それはたいしたものです。

ではでは。

追記

細かい部分の修正補足をしました(2009.7.11)

追記しておくと、これだとなにか一枚岩の勢力が拡大しているような像ですが、もっとごちゃごちゃした像だと思うのですね。そして下手な対策は逆に一枚岩の勢力を形成させてしまうリスクがあると思う訳です。こんな話は分りきっていると思うのですがね。

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ブルカをめぐる熱い論争(2)

で、ブルカの続きです。共和国の原理の護持派と文化的多様性の護持派の間で様々な意見が表明されているようですが、今のところは特に個人的には目新しい意見は目にしないかなといった感想です。ここのところやや忙しくて十分にフォローできているのかどうか分りませんけれども。ちなみにスカーフの頃に比べると後者の声が弱いような印象を受けます。それからこの大変な時期にこんな超少数派(せいぜい数千人、500万のムスリム人口比では取るに足らない数字)の問題で騒ぐのはうんざりだという感想を目にしますね。同感です。

今回の議論をざっと眺めていて気付くのはライシテの議論から女性の人権の議論に強調点が移動している点です。その点ではオランダなどの議論に近づいている印象を受けます。学校内での宗教的象徴の禁止とは違って公的空間全域でのライシテとなると、公的なものと私的なものの境界線の問題に直面し、合理的に推論するならば、例えばカトリックやユダヤ教の衣服までが問題化される可能性もなくはないでしょうから-実際、革命の際に司祭服が禁じられたことがありますが-フェミニズムの問題として提示するのが「賢い」のかもしれません。公的秩序概念とセットにして男女平等で攻めれば、法案は合憲になると考える法学者もいるようです。

それでどちらと言えば私が気になるのは具体的な政治的な動きのほうなので今回はそちらについて書いておきます。私にまだ見えないのが大統領側と例の調査委員会の距離です。学校スカーフの時にはシラク大統領は勧告を出したスタジ委員会に非常に距離が近かったのですが、サルコジ大統領が本気でブルカ禁止を法制化したいのかどうかにはまだやや疑問が残ります。大統領演説では強い言葉で批判した訳ですけれども、誰があの演説を書いたのかはだいたい想像できる。確かにサルコジ氏は内務相の時代から郊外の暴れん坊達と喧嘩してきた経歴を持つ人物ですが、本人は必ずしもごりごりの共和主義者という訳ではないと思うのですね。移民や外国人に関する問題についてむしろ彼らからはこの英米かぶれめと言われそうな見方を持っているところもあったりする。

まあ、どんな主義者なんだか少々不明な大統領は置いておいて、このたび立ち上がった超党派の32人の委員会に話を移すと、前に書いたようにこの調査委員会を主導しているのは共産党のアンドレ・ゲラン議員です。ローヌ県の議員さんですが、ずっとイスラムの過激派との戦いをしている人です。右派とも連帯して行動するせいか共産党内部では微妙な位置にあるようです。その他の経歴を見ると組合運動を指導したりといかにも立派な共産主義者です。過激な政治的イスラム主義との戦いそのものはもちろん正当化されると思いますが、私の目からは時にパライノイア的なすれすれの修辞を使っているようにも見えますね。

以下、ゲラン議員のブログにあった決議提案文の中のモチーフを説明している箇所の訳です。内容は①ライシテの来歴とその意義、②女性の人権への脅威の訴えから成っています。この提案文には89人の議員の署名がついています。かなり突貫訳なので変なところもあるかもしれません。気づいたら修正していきます。

Proposition de résolution n°1725 de André Gerin pour une commission d'enquête sur le port de la burqa

皆さん、1789年の人間と市民の権利の宣言は「何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の秩序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない」と定めています。

かくして我々の社会組織と我々の集合的歴史を構成するライシテの原理が誕生しました。

教会と国家を分離する1905年12月9日法は我々の制度にこれを根付かせました。信教の自由な実践は認められていますが、市民性と宗教的帰属の分離が確認されています。いかなる宗教といえどもその諸原則を社会の組織的規範として押し付けてはならないことになります。

1946年憲法以来、ライシテの原則は憲法的な価値を獲得しています。

第5共和国憲法第1条はこれを再びとりあげ、規定しています。

「フランスは世俗的(laique)、民主的、社会的な不可分なる共和国である。フランスは出自、人種、宗教の差別なく全市民の法の下の平等を保証する。フランスはすべての信仰を尊重する。」

この世俗的な枠組みは自閉的な、さらには互いに排除し合うような共同体のモザイクに押し込めるのではなく同じ領土の上で同じ信念を共有しない男女が共存する可能性と手段を提供するものなのです。

この意味においてライシテとはすべての者を社会へと統合するのです。ライシテは固有のアイデンティティーの権利の承認、個人の信念の尊重と社会的絆の間の均衡を創り出します。

国民的一体性、共和国の中立性、多様性の承認を強化することによって、ライシテは、伝統的な諸々の共同体を超えて、共通の価値に基づくひとつ運命共同体、共生の意志と欲望を基礎付けるものなのです。

それは共和国と市民に権利と義務をもたらすのです。ライシテが脅かされる時、フランス社会はその一体性、その共通運命を提示する能力において脅かされるのです。

歴史を通じて諸法がライシテの原理の法的確認を表明してきました。ライシテが危機にある時にこうした法律が必要であったのです。これに関して我々は明晰な証拠を示さなければなりません。

かくして児童が学校施設内で自らの宗教的帰属を誇示的に表明するための徴ないし衣服の着用を禁止する2004年3月15日の2004-228法にまでいたりました。

この法は2003年12月11日に共和国大統領ジャック・シラクによって委任されたライシテの原理の適用に関する「スタジ委員会」と呼ばれる熟慮の委員会の報告と勧告の延長上に位置付けられます。

我々は今日都市の街区においてまさに動く監獄に身体と頭部を完全に覆い、押し込めるブルカ、そして目のみを表に出すニカブを着用するムスリム女性達に直面しています。

イスラムのスカーフは宗教への帰属の明白な徴をなしていましたが、ここで我々はこうした実践の極端な段階を前にしているのです。

これは誇示的な宗教的表明のみならず女性の尊厳、女性性の表明に対する攻撃であります。

ブルカないしニカブを纏うことで女性は閉鎖、排除、屈辱の状態に置かれます。その存在すら否定されるのです。

これがイラン、アフガニスタン、サウジアラビアないし他のアラブ諸国からやって来る時、この囚われの女性達の光景は既に耐えられないものであります。こうした光景はフランス共和国の国土においては完全に受け入れられません。

さらにこうした衣服の着用に夫への、家族の男達への従属、市民性の否定が付け加わることを我々は知っています。

反白人、反フランス人種主義、反西洋観念の攻撃に基づいて姦通を犯した妻達への体罰に賛成した2004年4月のイマーム・ブジアヌの信仰表明を想起しなくてはなりません。

国務院は2008年6月27日の判決において政府が婚姻によるフランス国籍の獲得を拒否した(民法21条2、21条4)外国籍の人物のケースについて決定しなけければなりませんでした。関係者はその宗教のラディカルな実践の名においてフランス共同体、とりわけ男女平等の原則と両立しない社会行為をとったと考えらました。

国務院は申請者が民法が提示する同化の条件を満たしていないと結論づけました。

実際、彼女がイスラムの全身ヴェールを着用し、家族の男達の意志に完全に従って隠れて暮らしていたことを政府の委員が指摘しました。

他方、受入、統合契約の枠組みでANAEMが提供する言語研修の際にブルカを着用した別のムスリム女性のケースについてHALDEは決定しなければなりませんでした。

ANAEMの局長はこの研修を受ける者がブルカないしニカブを脱ぐ義務は人権と基本的自由の保護に関する欧州協定の第9条と14条の要請に合致しているかどうか知るためにHALDEに問い合わせました。

2008年9月15日の審議によってHALDEはこうした義務が上述の協定に合致していると決定しました。

かくしてHALDEは次のような結論に到達しています。
-ブルカは女性の従属の意味合いを持っており、これは宗教的射程を超えて、フランスではじめて認められた外国人に対する義務的研修の計画と統合の推進を統べる共和主義的な価値への攻撃と考えられる得る。

-ニカブないしブルカを脱ぐ義務は公安上の要請、個人を特定する必要性、さらには他者の権利と自由の保護という合法的目的によって正当化され得る。

こうした判例は有益でありますが、フランスで我々が許容できないこうした実践に直面するには十分ではあり得ません。

こうした理由から国民議会がこの件を採りあげ、調査委員会が組織されるように提案がなされているのです。


この委員会は既に2003年に個人の自由と若い女性の状況の深刻な後退にのしかかる脅威を指摘した「シュタージ委員会」の作業の継続に位置することでしょう。

この委員会は我々のライシテの原理に反する、そして我々の自由、平等、人間の尊厳の価値に反するこの共同体主義的な逸脱に終止符を打つために現状を調査し、勧告を定めることを任務とするでしょう。

こうした観察を条件として、皆さん、この決議提案文を採用することを皆さんに求めます。

ついでに書いておくと、イランではブルカは着用されていなかったと思います。原理主義=ブルカという思い込みが感じられる部分でした。今日はここまでにしておきます。またなにか動きがあったら続けます。ではでは。

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ブルカをめぐる熱い論争(1)

この奇妙な梅雨空の下、みなさまいかがお過ごしでしょうか。私はぼちぼちと生き長らえております。この不況の大変な時期にフランスではブルカをめぐる象徴政治が起動しているようです。何度か書いたような気がしますが、私自身は象徴をめぐる政治というのがどうも苦手みたいで、もっと実質的な物事に政治的リソースは配分しようぜ、とひどく世俗的な感想を持ってしまうのですが、やはり大きな話には違いないのでエントリしておきます。こうした多文化的な状況から発生する面倒な問題は日本にとってもそのうち他人事ではなくなるかもしれませんので格別欧州やフランスに関心のない人にとっても当地でなにが起こっているのか知っておくことに意味があろうかと思われるからです。

まずブルカとかニカブとかヒジャブとか言ってもイメージが湧かないという方も多かろうと思いますのでフォトをコピペしておきます。今、問題になっているのはブルカとニカブの二種類です。顔の隠れる全身タイプですが、目も隠すのがブルカで目は見えるのがニカブと呼ばれるようです。

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で、他の欧州諸国同様にブルカに対する批判はフランスにも存在していましたが、そもそもブルカ人口がひどく少ないこともあって議論の焦点が学校でのスカーフ着用に集中してきた経緯は日本でもよく報じられたのでご存知だろうと思われます。前にこの措置に批判的なアサド氏の論文を紹介したことがありますが、共和国の非宗教性-仏語でライシテlaicite-の原則に反するということで2004年に他の宗教的象徴とともに法的に禁止された訳です。それでこれは公立学校という特定された空間内の話だった訳ですが、今度は限定性を欠いた公的空間でブルカないしニカブの着用を禁止するという話にまで展開しています。

英語ソースだとEconomistとBBCの記事が短くまとまっているのでリンクしておきます。だいたいの経緯がつかめます。

"No cover up"[Economist]

"France sets up burka commission"[BBC]

"Sarkozy seaks out against burka"[BBC]

それでナポレオン以来とされる6月22日の象徴的な議会演説の場でのサルコジ大統領の発言ですが、引用しておきますと、

"Je veux le dire solennellement, elle [la burqa] ne sera pas la bienvenue sur le territoire de la République française. Nous ne pouvons pas accepter dans notre pays des femmes prisonnières derrière un grillage, coupées de toute vie sociale, privées de toute identité. Ce n’est pas l’idée que la République française se fait de la dignité de la femme."
私は以下謹んで申し上げたいと願うのですが、ブルカはフランス共和国の領土では歓迎されないでしょう。私たちは社会生活から切り離され、アイデンティティーを奪われた、格子の向こうの囚われの女性たちを我が国に受け入れることはできないのであります。これはフランス共和国が女性の尊厳について抱く理念ではないのであります。

これと連動するように超党派の議員グループが公的空間におけるブルカ禁止の可能性の検討も含む実態調査の委員会を立ち上げることになります。注目されるのはこの動きを先導しているのは共産党のアンドレ・ゲラン議員、つまり左翼である点です。委員会メンバーには社会党の議員も含まれています。全体として左派が少数派に対して共感的になるという傾向性はやはりありますが、左派とて共和主義的な原則を重視する人は多いですので、日本の左右のイメージで接近すると多少の認知上の不協和を起こすことになると思います。それほど単純な構図でもないです。

また発端になったのは米国大統領オバマ氏のカイロ演説とされます。ヴェールやスカーフを着用することを禁止する西洋の国もあるが、ムスリムの宗教的信念は守られるべきである、と発言したことが、フランスの神経をいたく刺激してしまったと。そもそも政教分離の考えというのは西洋で括られる諸国の間でも違いがあってその中でも米仏は両端に位置するといってもいいように思われます。好意的政教分離と敵対的政教分離などとも言われるようですが。さらにフランスのライシテというのは法制度的な問題ではありますが、それだけではなくて、なんといいますか、精神とか感性にまでかかわるところがあるようなのですね。自由であることの価値と世俗的であることの価値の結合がある。こうなると価値観のぶつかり合いになる他ない。文化的多様性と寛容を説く人々もけっこう多い訳ですが、この服装に違和感ないし不快感を抱く人のほうがだいぶ多いだろうと想像します。

論争は始まったばかりでいろいろな声があがっているので何度かにわけてエントリしたいと思います。まず米仏の話になりましたのでアメリカ人のフランスウォッチャーの視点を紹介しておきます。

"Burqa Politics in France"by Michelle Goldberg[The American Prospect]

立法権の独立を守るための19世紀の法を廃棄した最近の改革のおかげで月曜にニコラ・サルコジはシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルト以来初めて議会に演説する最初のフランス大統領となった。この機会に、サルコジの強い言葉がフランスではほとんど着用する女性のいない衣服を非難することに向けられたのはむしろ奇妙であった。ブルカは「女性の服従、従属の象徴である」と彼は述べたのだ。それは「フランスでは受け入れられない」と彼は付け加えた。ヘッドスカーフは2004年以来フランスの学校では禁止されている。今やサルコジはさらに先に進んで、顔を隠すヴェールであるニカブとともにブルカ、すなわ女性の全身をすっぽりと包み込むゆったりとしたヴェールを公的な空間のどこであれ着用することを禁止しようとしている。.

これは部分的にカイロ演説の一部でフランス人を激怒させたオバマへの非難である。髪を隠すことを選択する女性はどういうわけか平等ではないとする西洋の一部の見方を拒絶する、とオバマが述べた際に、フランスの多くの人々はこの国の共和主義的なライシテ-信仰は私的領域に帰属されられるべきことを求める-への攻撃ととったのである。ニュージャージーのプリンストン高等研究所の歴史家で2007年の『ヴェールの政治学』の著者であるジョアン・スコットは「強い抗議の声とひどく侮辱されたという感覚が」存在したと言う。「サルコジの言葉はこれに対する応答以外には読解できないと私は思う」。

おそらく怒りそのものよりも重要なのはこれがうみだしたチャンスであり、この発言は左翼に不快感を与えることなくフランスの反移民的な右翼にリーチをのばす機会をサルコジに与えたのだ。ムスリム女性の服装は他の欧州の国々と同じくフランスでは長らく政治問題である。ヘッドスカーフ、ヴェール、ブルカをめぐる討議は大量のムスリム移民時代の文化的アイデンティティーというもっと射程が広く、不安を与える問題の提喩である。イスラムは欧州の生活を変えている。多くの欧州人を不愉快にするような仕方で。しかし人種主義や外国人嫌悪をともなうことなくこの話をすることは欧州人にとって困難である。欧州人が自文化の優位性を確信できるひとつの場所が性に関わる領域なのだ。フェミニズムと女性解放がナショナリズムの道具となるのである。

2002年の暗殺の前にはオランダの首相に手が届くところにあったカラフルな反移民政治家のピム・フィルトゥインにこれは明瞭であった。フォルトゥインは寛容で知られたオランダ文化にムスリム移民が与えるとする脅威に対して十字軍的な戦いを挑んだ。彼が語ったところでは男達は突然通りで手をつなぐことを怖れ、教師は移民の生徒に同性愛者であることを認めるのを躊躇うようになった。「私はもう一度女性と同性愛者の解放を経過したいとは思わない」と彼はリポーターに述べた。

彼の批判にはなにものかがあった。リベラリズムと多文化主義に矛盾があることを保守はずっと指摘してきたが、リベラルは長いことこれを無視してきた。右派ジャーナリストの中でたぶん最も知的なクリストファー・コールドウェルは来月『欧州における革命の省察。移民、イスラム、西洋』という新刊を出すが、その中で「イスラムは欧州のよき慣習、受け入れられた理念、国家の構造を破壊した-あるいは適応を要求し、あるいはその擁護を再び議論させた」と論じている。

こうした譲歩のいくつかはささやかなものである。例えば、公共のプールの男女別の時間とかムスリムの雇用者への刺激を避けるために仕事の後の一杯を止めるビジネスとかだ。いくつかの譲歩はより大きなものである。例えばスウェーデンではある閣僚がアフリカ系移民を狙い撃ちせずに女性の割礼と戦うために「すべての少女の性器の国民的検査を提案した」とコールドウェルは指摘している。イギリスの労働・年金機関は一夫多妻婚の妻たちに便宜を提供し始めているし、フランスのある判事は妻が処女性について嘘をついたという理由でムスリムのカップルの婚姻を解消し、それゆえ本質的に妻が夫と結んだ契約を論議した。

世俗的なマジョリティーと信仰深いマイノリティーの衝突が生み出す、この言葉として発せられないが、渦巻いている緊張を反移民の政治家は容易く利用できる。ブルカは欧州文明に対する脅威の象徴になっている。右派のオランダ人議員のヘルト・ウィルダースは2006年にブルカを「中世的な象徴、女性に敵対する象徴」と呼んで禁止しようとした(翌年、彼はコーランを「イスラムのマイン・カンプ」と呼んで禁止するよう呼びかけた)。ベルギーのいくつかの都市はブルカとニカブを禁止し、着用する女性は罰金を徴収されている。

「サルコジにとってはフランスの極右政党の国民戦線から票を獲得することがすべてである」とスコットは言う。「反移民の政治はこの大きな部分である。サルコジはフランス性のチャンピオンの立場をずっと引き受けてきた。これはフランスのナショナル・アイデンティティーの保護者と自らを称することのできるようなイシューを見つけるのに政治的にうまく使える」。

ブルカの禁止はもちろんアメリカの文脈では考えられないことである。というのも我々の政教分離の理解、表現の自由の理解はフランスで流布するそれとはかなり異なっているからだ。「アメリカでは政教分離は国家からの宗教の保護に関わる」とスコットは言う。「フランスではこの理念は宗教的な主張から個人を保護するためのものなのだ。個人が共同体によって抑圧されていると考えられるときには国家は個人のために介入できるのだ」。

しかしこうした国家介入は個々の女性に対して不利に機能してしまうこともあり得る。例えば昨年フランス人男性と結婚したモロッコ人女性は夫の求めでブルカを着用したせいでフランス市民権を拒否された。判決は「フランス共同体の基本的価値、とりわけ男女平等の原則と両立しない彼女のラディカルな宗教的実践と社会的行為」を言明した。研究者のセシル・ラボルドによれば、政党、知識人、ジャーナリストはこの判決をほとんど全員一致で賞賛した。

同じようにサルコジのブルカ禁止はフランスのムスリム・ゲットーにルーツを持つNi Putes Ni Soumisesを含むかなりのフェミニストの支持を受けている。この団体の立場は真面目に受け止める価値がある。というのもイスラム原理主義に対する闘争は彼女達にとって生死に関わる問題であり続けているからである。ソマリア系オランダ人フェミニストのアヤーン・ヒルシ・アリのように彼女達の活動は多文化的な信心のあり方[適訳見つからず。multicultural pieties]への中和として役立っている。

しかし、結局のところ、ブルカを着用するフランス人女性が自らを抑圧されているとみなしているなんの証拠もない。「誰にも強制されておらず、こうした慎みの形は世界の中で自分の望ましいあり方に適していると考えて、ブルカを着用している女性たちがいる」とスコットは言う。「彼女たちと強制されている女性たちを区別するのは困難だ」。そういう訳だから結局、女性の権利増進のために通過するとされる禁止法はその代わりに彼女たちの自由を侵害し、彼女たちが価値あるものとみなしているものを奪い取ることになり得るのだ。さらにひどい場合には、それは最も原理主義的な世帯の女性たちが家の中に閉じ込められることにもつながり得る。たとえ彼女たちの服装がフランスが正しくも聖なるものとみなす世俗主義への非難に見えたとしても解放の名の下にこうした女性たちの選択肢を制限することは残酷である。

以上、まとめると、①世俗主義とフェミニズムがナショナリズムの道具になっている、②ブルカを「自由意志」で選択している女性の自由の侵害になる危険がある、としてブルカ禁止の動きを批判じています。リベラリズムと多文化主義の両立不可能性の指摘や移民系のフェミニストの活動の評価に見られるようにムスリム側に全面的に寄り添った立場をとっている訳ではないようです。論者ですが、これまでいくつかの記事を読んだ限りではイデオロギー色の薄い分析肌の人という印象があります。簡単にコメントしておくと、

①の要素は引用されるスコット氏の見解に完全に同意しないとしても、その要素の存在は否定できないように思われます。そもそも発端がオバマ演説への反発にあったようにアングロサクソン的な多文化主義-フランスから見るとそういう言い方になります-への対抗心、オルタナティブな普遍としてのフランスというナショナルな意識が存在しているのは事実でしょうし、こういう「瑣末」な象徴への苛立ちは直接ではないにしても反移民の淀んだ空気と無縁とは言えないところもあるでしょう。だいたい女性の人権などさほど興味のなさそうな人々が吼えている光景というのもあったりする訳です。お馬鹿さんたちの例を出してそれを一般化するつもりはないですけれども。サルコジ政権については大統領選の際に移民問題で政治を展開して極右票を取り込んだのは事実だと思いますが、その後は右に左に節操なく舵を切っていて極右から見ればムスリムに甘すぎ、極左から見れば反移民的といった具合に両方から叩かれているように見えます。不況で支持率が下がってきているところで紛糾確実のネタを振ったと見ることもできるかもしれませんが、舞台裏は私には見えません。

②の論点については、強制されているので助けてほしいという声が多くあるのであれば話は別ですが、そうではないところが問題に思えます。さまざまな動機から着用を「意思」する人-フランス生まれの二世の動機はそれほど自明ではない-をどう説得するのかは個人的にはよく分りません。お前の意思は嘘の意思だとでも強弁するのでしょうか、そういうお前は誰なんだということになりそうに思えます。そもそも論的になりますが、例えば、私は毎日ネクタイをつけている訳ですが、この犬の舌みたいな物体を着用することを私は「選択」しているのだろうかと本気で自問するならば、今日は気分的にこれがいいとかこれプレゼントされたのはありがたいけれどもどうもつける気にはなれないなとかあれこれ選択しているような気もする一方で、結局のところ、慣習に従っているだけで期待がなければこんな犬ベロ首に巻くことはあるまいという気もしてくるといった具合に自由意思の有無は本人ですらよく分らないところがある訳ですね。ただなんにせよそれはこっちの問題であって、政府に私の意思と欲望の在り処を指摘し、決定して欲しいとは思えないと。

という訳で政治思想的には共和主義よりは自由主義に寄っていることもあって-多文化主義には懐疑的-かなりお節介な話に思えるのですが、かの国の国体に関わる話なのでこの問題をめぐる紛糾はまだまだ続くでしょう。回をあらためて他の論点に言及していきます。

ではでは。

追記

細かい表現の修正と補足しました(2009.7.2)。

BBCでBHLとKen Livingstonが英米英仏の対応の違いについて議論してます。BHLが訛った英語でまくしてています。http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/newsnight/8118735.stm

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