カテゴリー「経済」の65件の記事

気分はいつも直滑降

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VoxEUのアイケングリーン教授の論文から。結論:世界恐慌レベルのダメージだが、政策対応が違うから大丈夫さ。本当ですか、教授。

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下からの発展主義者

すっかり春めいていますが、昨日今日読んだ記事を紹介しておきます。

"It's Not Just the Economy, Stupid: Asia's Strategic Dangers from the Financial Crisis" by Michael J. Green and Steven P. Schrage[CSIS]

CSISに掲載されていたグリーン氏とシュレージ氏の記事。タイトルはクリントン大統領の"It's just the economy, stupid"のもじりで、今回の金融危機が単なる経済の問題ではなく、戦略的危険を東アジアに及ぼし得る点について警告する内容です。といっても警世家のごとく喚いている訳ではなく、多くの人が危惧している事柄についてのごく慎重な考察です。今のところ東アジアの戦略的構図には変化が見られない。中国が米国に代わってヘゲモニーを握った訳でもなく、今回の金融危機の救済を主導する余裕もなく国内問題に忙殺されている。米国の財政赤字をファイナンスしているのだから米国は中国に膝を屈することになるだろうという予言もあたらない。中国の指導者は世界新秩序を構想している訳ではなく現状維持に汲々としている。中国に関する戦略的危険は米国の影響力の低下にあるのではなく、大恐慌の後の日本のような戦略的シフトが起こることだ。中国の社会的安定のためには8%の経済成長が必要だと言われるが、2009年の成長は5%程度だと予測されている。既に工場閉鎖にともなう抗議運動は生じているが、全国的なレベルでの騒擾は起こりそうにないという。しかし危機は始まったばかりであり、誰にも今後は予測できない。

北朝鮮、ミャンマー、イランが金融危機を受けて挑戦的になっている点に注意すべきだ。中国が国内不安へのインパクトを危惧し、日韓の指導者が議会で責められている間に、北朝鮮は核保有国としての地位の要求の声を強めている。ミャンマーの軍事政権はこの機会を捉えて数百人の反体制派を逮捕した。イランは中露とP3の齟齬を利用しつつ核開発を続けている。他方、経済情勢の悪化が燃料費の下落や経済援助の必要性ゆえにこうした危険な国々を軟化させる可能性はあるが、それは指導者が国民の福利厚生にどれほど関心があるのか、どれほど経済に関連して国内の圧力がかかるのかによる。現状ではどちらに転ぶのか十分なエヴィデンスがない。

経済危機は東アジアの民主主義国に打撃を与えている。日本では麻生首相の支持率は1割代であり、韓国の李大統領、台湾の馬総統の支持率も芳しくない(台湾経済の打撃は貿易の利を説いて中国との融和を主張する馬総統の説得力を奪っている)。タイの連立政権の未来は不確実だ。東アジアの新旧民主主義諸国は米中関係をアンカーし、「自由を推進する勢力均衡」と前ライス国務長官が呼んだものを維持するのに役立っている。ここ20年の民主主義の拡大に逆風が吹くようなことがあれば、グローバルな勢力均衡に影響を与えるばかりでなく破綻国家を増大させることにつながるだろうし、米国が中国に訴えているリベラルな規範のデモンストレーション効果を損なうことになるだろう。

1932年のSmoot Hawley関税のような保護主義的措置によって金融市場の崩壊は突如として自給的な貿易圏のゼロサムゲームに転じ、これが戦争の主因となった。今日では金融、サーヴィスのグローバル化、製造業ネットワーク、WTOなどのおかげでこうした急変はありそうもない。しかし、既に世界中で特定産業の保護がなされていて、これは競合する外国企業からは不公正な貿易措置に見えるし、これが"Smoot Hawley2.0"刺激効果といったものを生むかもしれない。政権によって「バイ・アメリカン条項」はどうにか抑えられたが、他の国々を誘惑する先例をつくってしまった。気候変動関連立法もまた保護主義の偽装の罠となり得る。平価切下げ競争もまた保護主義と摩擦を強化するだろう。既に世界貿易は縮小し、WTOの貿易自由化は停滞し、オバマ政権は韓国、コロンビアとの自由貿易協定に慎重な姿勢を見せている。保護主義の動きは1930年代式の自給ブロックの形成につながらないとしても、各国が脅威に対して協力するのを妨げたり、経済の回復を遅延させることになるだろう。

幸いなことに我々は過去の失敗から学べる。保護主義と戦うことの重要性を我々は知っているし、我々の同盟国はこうした努力を主導することができる。WTOやKORUS FTAを通じた攻撃的貿易自由化が保護主義の防衛に最もふさわしいことを我々は知っている。パキスタンのような脆弱な国家に経済支援することの重要性も我々は知っている。1920年代、30年代のように軍事費をカットしたり、抑止と強力な同盟関係を脆弱な外交的調整に代替することの愚を我々は知っている。経済成長を再び活性化するグローバルな戦略の必要性も安全保障との関連性についても我々は知っている。

といった具合に大恐慌後の歴史と重ね合わせて自由貿易体制と同盟関係の維持を訴えています。最後のパラグラフには「心配するな、でも、賢くなれ」という表題がついていますが、人はそれほど賢くなれますかね。日本の例が取り上げられている部分がやはり関心を惹きますかね。

Japan was arguably not a revisionist power before 1932 and sought instead to converge with the global economy through open trade and adoption of  the Gold standard. The worldwide depression and protectionism of the 1930's devastated the newly exposed Japanese economy and contributed directly to militaristic and autarkic policies in Asia as the Japanese people reacted against what counted for globalization at the time.

中国がこうならないように気をつけなくてはならないという文脈にある訳ですが、何年か前から同じ文脈で同じような記述を見るようにな気がします。「日本特有の道」論から横滑り論へといった感じでしょうか。正直、曲がりなりにも議会制民主主義のあった国と現在の中国を同一視できると思えないですが、逆に言えば、現体制の下では中国が冒険主義に走る可能性はあまり高くはなさそうだというアイロニカルな認識が得られるのかもしれません。それからヴェルサイユ・ワシントン体制の短い言及の部分は、米国で今後地域的なウィルソン主義的志向が高まるリスクへの牽制に見えます。勢力均衡と集団安全保障と同盟をめぐる問題群は日本にとって死活的に重要な話なはずなのですが、どうも日本側がどうしたいのかさっぱり意志が見えないのは米国から見てじれったい話でしょうね。一日本国民から見てもそうですから。ところでrevisionistやrevisionismにはこういう用法もあるのですね。現存する世界秩序に対する修正要求という意味合いなんでしょうか。

"Takahashi Korekiyo's Economic Policies in the Great Depression and Their Meiji Roots" by Richard J Smethurst[pdf]

英語圏の高橋是清のスタンダードな伝記を書かれたスメサースト氏の99年のシンポジウムでのペーパー。高橋是清の経済政策の由来を明治の思想潮流に探ることを目的にしています。確かに流暢な英語を話し、同時代の英語圏の政治経済の潮流に通じてはいたが、高橋は大学の経済学者ではなく多様な職歴を持つ人物であり、彼の思考はその経歴を通じて探求しないといけないとしています。

まず、高橋の5原則を確認しています。(1)政府は不況の際には経済を刺激するために財政金融政策を用いることができる。(2)政府は景気過熱の際には経済を冷まし、インフレ退治をするために財政金融政策を用いることができる。(3)市場の情報は経済成長の鍵である。(4)経済発展は単に国家を豊かにしたり、強くするためのものであるばかりでなく国民の生活水準の向上をもたらすものであるべきだ。(5)過剰な軍事支出は国民経済の健全性を損なう。

それで第二次世界大戦後にはごく普通になったこうした考え方を世界に先駆けてなぜ彼が持つことになったのかということになります。高橋はひとつのポストにとどまることなく、ポストの移動を重ねて政治、経済、金融の幅広い知識を身に付けたとされますが、論者は原則(3)(4)(5)については農商務省の先輩にあたる前田正名の影響を重視しています。薩摩藩士の前田は江戸末期に蘭学や儒学の教育を受け、明治維新とともにフランスに留学し、ティスランの下で政府による殖産興業の考えを学び、農業と在来産業の発展を政府の政策の中心と考え、『興業意見』を提出したこと、野に下った後にも地方の産業振興の運動を起こしたことで有名な人です。国家支援による経済発展を強調する前田の考えは高橋のマクロ経済政策的な発想に影響を与えたとされます。また高橋も前田も熱烈なナショナリストであるが、政府への軍の影響力の増大を恐れ、軍事支出の増大に反対した点でも、政策形成の前に現状の基礎的な調査をするという「根本」を強調した点でも、経済成長の利益は全国民が享受すべきであると考えた点でも、政府の役割を強調する一方で東京の官僚ではなく地方の役人や生産者のほうが多くの情報を知っていると信じた点で共通しているといいます。

1880年代に地域の実情、すなわち「根本」を調査し、『興業意見』を作成していた頃に両者は出会うのですが、この意見書は農業と在来産業の振興を通じた経済発展を目指している点で、重工業や軍事力偏重の政府方針と対立する要素を持っていたとされます。前田は平均的な国民の生活水準の向上なくして経済成長なしとの信念、強兵よりも富国の主義であり、農村経済に悪影響を与えるとして松方蔵相のデフレ政策を批判したといいます。論者は前田を財閥偏重の政府政策を批判した「下からの」発展主義者としています。これは前田の提唱した地方の意志決定を重視した産業銀行案に現れているとされます。松方および大蔵省の中央集権主義対前田、高橋および農商務省の地方分権主義という構図です。前田は政策論争に敗れるのですが、この地方の意志決定を重視するスタンスは高橋に影響を残したといいます。

以下、高橋の軍事予算をめぐる衝突や教育、公共事業等の分権化の訴えなどに前田の教えを見ていますが、特筆しているのは30年代の農村救済案への反対と自助の訴えです。論者はこの点に関しての従来の歴史家の解釈に異を唱えていますが、このペーパーの眼目はこの論点にあるのでしょう。金融資本階級の代表たる高橋には農民への共感などなかったとか老年の高橋はもはや大蔵省タカ派のロボットに過ぎなかったとかいった説明がなされてきたが、前者に関して高橋は常に地方の振興を訴えていたし、後者についても戦後になってからの戦争責任回避のための官僚の言い訳に過ぎないとしています。また財政赤字削減のための措置であり、軍事費縮小は政治的に困難だったたけに農村救済をカットしたのだという説明にはより説得力があるが、高橋は常に勇敢に軍と対立しているし、既に死ぬ覚悟は出来ていたとして退けています。それで著者の説明は地方の実情を知らない中央官僚主導の農村救済案は成功しないという彼の信念によるものだというものです。地方ごとに実情が違うのだが、その状況は十分に調査されていないので全国一律の救済案には効果がないという発言を取り上げていますが、この信念は前田の教えであるといいます。35年以降には分権的な意思決定と草の根の情報への注意による農村経済発展を訴えていると。また貧農ではなく自営農や小地主を支援したことでも批判されているが、これも的外れだとしています。村を支配する大地主階級ではなく農村中間階級が経済発展の鍵であると1880年代に前田は見抜いたが、1930年代には既にこの階級が村の政治経済リーダーに成長していたのだからこの層を支援したのは高橋が村の現実を知っていた証拠であるとしています。

以上のように農商務省時代に高橋は前田真名の経済思想から多くを学んだというのがこのペーパーの趣旨です。素人の私にはとても説得的な議論に感じられましたが、私の知らないいろいろな文脈があるのかもしれません。フランス留学組の見聞録のたぐいは以前まとめて読んだことがあって前田のことは知っていましたが(普仏戦争とパリ・コミューンを目撃した日本人です)、フランスの重商主義の伝統を引き継いだ殖産興業の人ぐらいの理解でしたのでなかなか勉強になりました。政府の役割の強調と下からの経済発展の理念が独特に結合している訳ですね。これが高橋是清につながるというのもなにか数奇なものを感じます。日本のワインの父みたいな人でもあるのですね。飲んべいの私としては前田ゆかりのワインというのも気になります。ちなみにスメサースト教授が朝日に寄稿しています。是清についてはアメリカのマクロ経済学者のみなさんにももっと知ってほしいところですね。ではでは。

追記

財務省→大蔵省に直しました。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=4VnURW4tNIk

江利チエミ『木遣りくずし』

幕末の有名な俗曲のカバーですが、とても耳心地のいい粋な歌いっぷりです。

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連合って不便ですよね

あちらもこちらも騒々しいですが、おかげさまでごく平穏な日々です。そう言えば、この間、金銭を代償にして他人に髪を切らせました。少し寒いです。以下、欧州関連記事のクリップです。

"L'Union pour la Méditerranée subit un coup d'arrêt depuis la guerre de Gaza"[Le Monde]

地中海連合が「制度的に機能停止」している件についてのル・モンド記事。サルコジ大統領の肝いりでアラブと地中海の43カ国を集めるこの広域連合組織が華々しくスタートした件については以前エントリしましたが、半ば予想通りイスラエルのガザ侵攻を受けて頓挫している模様です。イスラエルと同席することをアラブ諸国が拒否しているために4月以降開催される予定だった会合の見通しが立っていないとのことです。例えば、エジプト政府が地中海連合の停止を公的に求めているとされます。エジプト人はアラブ諸国の中で複雑な位置に置かれている、地中海連合で重要な役割を果たすエジプトを守らないといけない、というフランス側のコメントが引用されています。またアルジェリアは「我々は連合のメンバーだが、連合は進捗しないだろう」という冷ややかな見解を示している模様、リビアは「地中海連合はイスラエルの爆弾によって殺された」と発言、シリアも停止の方向に動いているとされます。他方、欧州との関係を強化したいモロッコは連合の進展を望んでいるといいます。理事会のポストをめぐる角逐もあるようで、43カ国も集めれば、そりゃなかなかうまくいかないですよ。さっそく企画倒れの匂いが濃厚に漂ってきていますが、まあ長い目で観察することにします。

"France to send envoy to Iran for nuclear talks"[Haaretz]

フランス政府がジェラール・アルノー氏をイランに派遣したとハアレツが報じています。それでこのアルノー氏ですが、

The French official to be tapped by President Nicolas Sarkozy to meet with the Iranians is Gerard Araud, who holds the title of political and security director-general of the French foreign ministry. Araud has been France's point man in the six-power talks - which include the five permanent members of the Security Council plus Germany - with Iran. Two years ago, he concluded a stint as Paris' ambassador to Israel. Two weeks ago, Araud called on the U.S. to expedite the formulation of its policy of dialogue with Iran. Washington ought to take a "one-time shot" at talks with Iran, Araud said.[....]"The French do not anticipate any extraordinary results from this visit," the diplomatic source said. "But they want to take part in preparing the groundwork for dialogue between the West and Iran."

といった人物です。フランスの対イラン戦略についてオバマ政権との間で齟齬が見られることは前からハアレツが報じていました。さすがに敏感ですね。修辞のレベルでは時に挑発的に振舞ったりしていますが、基本路線にそれほど大きな変更はないように見えます。こうした動きそのものはごく合理的だと思いますが、勿論イスラエルからすれば不満でしょう。

"Sarozy's talent for reinvention"[BBC]

BBCの記者によるサルコジ大統領の印象論。私は内務大臣になる前から眺めてきましたが、あのキャラクター-今日の俺は昨日の俺と違うんだぜとでも言いたげな-は変わってないですね。ともかく由来の知れない異様なエネルギーはありますし、政治玄人の爺さん大統領に飽きた国民の多くがそうした徳を欲していたし、こうした劇的な展開を前にして今も欲しているということなんでしょう。記者さんの言う予測不能性に関しては、大統領本人よりも取り巻き達の方を見たほうがいいんじゃないでしょうかね。

"EU consensus to tackle crisis"[BBC]

日曜のブリュッセルの緊急EUサミットに関してフランスの保護主義的な動きに対する牽制と東欧救援要請の拒絶の二点についてまとめたBBCの記事。前者については、連合内に動揺をもたらしたサルコジ氏の自国の自動車産業保護の訴えが却下され、自由で公正な共通市場の維持が確認されたとのことです。発言を否定するサルコジ氏ですが、アメリカが保護主義に走ったら欧州もそうするだろうと嘯いているようです、それで後者が問題です。ハンガリーによる東欧経済救済要請が拒絶された訳ですが、メルケル首相の各国で事情が違うからという発言が引用されています。他方、バローゾ委員長は不良債権処理の枠組みに関する協定が結ばれた点や中東欧への資金援助がなされている点を強調したとのことです。具体的には以下、

He said 7bn euros of structural funds would go to the new member states his year, including 2.5bn for Poland. Another 8.5bn euros from the European Investment Bank would help small and medium-sized firms in the region this year, he said.

"EU Rejects a Rescue of Flatering East Europe"[WSJ]

こちらは東欧の救援要請拒否に関するWSJの記事です。概括的ですが、こちらのほうが少し情報量が多いです。今回のサミットを象徴するかのように引用されているハンガリー首相の「新しい鉄のカーテン」発言やユーロ圏の拡大の要請についても触れています。ポイントは中東欧と言っても一枚岩ではなく状況がましな国は救援を受けることでイメージが悪くなることを恐れているという点でしょうか。ポーランド首相の発言は以下、

"Our position is that we must differentiate between countries that are in difficulties and those that are not," Polish Finance Minister Jacek Rostowski said. Poland, which benefited from years of healthy economic growth, is in better shape that some of its more-indebted neighbors. But it has seen a substantial fall in the value of its currency as investors scramble out of the region.

これに対して西欧諸国は他のどこかから借りたらといった冷ややかな態度であったとしています。こちらも深刻な景況悪化に直面して新たに東欧救済の件で国民を説得するのは困難だと。動こうとしない欧州連合に代わってIMFや他の国際機関の役割が重要になるだろうとしています。おーい。以下、各国の状況について概観しています。ポイントはやはりドイツですが、記事では、

Most critical was the cold shoulder from Germany, which, as Europe's largest economy and the one with most access to borrowing, would play the largest role in financing any aid. Germany, the EU's strongest economy, is unwilling to unwind its own fiscal discipline to pay for the spending excesses of others. Admitting countries with weaker finances could hurt the strength of the euro or push up inflation across the euro zone.

と書かれています。あの頑固な財務大臣がちゃんと役割を果たすと述べたという報を読んだ記憶があるのですが、ぎりぎりまで踏みとどまるようです。まあ気持ちは判りますけれどもねえ。ともかく欧州の東と西の間の心理的距離はモーゼの海割りの跡のごとく広がっているようです。

南無南無。ではでは。

追記

半ばボケて書きましたが、景況も財政状況もばらつきがありますし、中東欧と言っても一枚岩ではない訳で必ずしもハンガリー案が正しいアプローチとは限らないように思えます。東と西の二元図式よりも状況はもう少し複雑なようです。メルケル氏を支持する訳ではないですが。

再追記

"Emergency eurozone aid signalled"[FT]

こちらはメディアの反響の大きさを見て火消しのために書かれたような記事ですね。アルムニア氏がユーロ圏で困難に陥った国には支援がある点を強調しています。またこのたびのハンガリー案却下については

At an EU summit on Sunday called to discuss the crisis, it was not the bloc’s western European countries but several central and eastern states that had spoken most loudly against a Hungarian proposal for a €180bn ($226bn, £161bn) financial aid plan for the region, Mr Almunia said. “When someone says, ‘Give me a plan for the region’, I say, ‘It’s not a question of a plan, but of analysis, of monitoring, case by case, problem by problem’.”

といった具合に西欧諸国でなく中東欧諸国のほうがハンガリー案に反対だったのだと主張しています。また先日のシュタインブリュック財務大臣のユーロ圏支援の発言も想起し、ドイツのエゴイズム批判に反論しています。欧州連合の外交官によれば救済の法的根拠は第100条の

This states that “where a member state is in difficulties or is seriously threatened with severe difficulties caused by natural disasters or exceptional occurrences beyond its control”, EU governments “may grant, under certain conditions, community financial assistance to the member state concerned”.

に基づくとされます。金融危機、経済危機はexceptional occurrences beyond its controlの文言に関わる訳ですね。最後に氏はユーロ圏の崩壊はあり得ないと断言されています。まあ、その確率そのものは低いだろうと思いますけれども・・・、当面は戦力の逐次投入を続ける他ないのでしょうかね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=7SwC-S2aR3M&NR=1

灰田勝彦『アルプスの牧場』(1951年/昭和26年)

この年齢でこの声はすごいと思います。

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東から西へ

深刻さ増す欧州の金融・経済[日経]

欧州経済が一段と悪化してきた。中・東欧諸国の景気減速で欧州全体の銀行の貸し付けが焦げ付き、巨大な不良債権を抱え込む可能性が高まっている。

[,,,]ハンガリーやポーランド、チェコの金融市場の混乱は著しい。3カ国の株価は2月半ばから下落が加速し金融危機前に比べて約半分の水準となった。債券も売られ、通貨も下がっており、最悪の状態といえるトリプル安の様相を見せ始めている。

3カ国は欧州連合(EU)の新規加盟国の中でも経済規模が大きく、これまでは投資先として安定性が高いとみられてきた。トリプル安が起きるのは、国外の投資家の信頼が揺らぎ、投資マネーが一斉に流出しているためである。

問題は中・東欧にとどまらない。この地域で事業展開する企業などに資金を融資しているのは主に西欧各国の金融機関だからだ。特にオーストリア、ドイツ、イタリアの銀行の債権額が大きく、主要行の財務への影響は深刻だとみられている。

[...]ここで中・東欧発の信用収縮に歯止めをかけなければならない。EU内にとどまらず日米を含め国際的で大規模な政策協調を考えるときだ。国際通貨基金(IMF)や世界銀行の支援も視野に置くべきである[,,,]

日経の社説が簡明な見取り図を描いています。中東欧発の信用収縮と景気減速が顕在化し始め、西欧への波及が危ぶまれていると。多くが早くから予想し、危惧していた展開ですが、いよいよ黄色信号が点灯し始めているようです。で西欧諸国の対応は相変わらず足並みが揃っていない、と。ふう。

"Argentina on the Danube? "[Eonomist]

こちらはエコノミストの東欧経済の記事。2009年の東欧は1997年の東アジアと2001年の南米のミックスかと問うています。西側からの資金に頼る当地の金融システムの脆弱性が露呈している。地元の銀行の多くが失敗し、外資系銀行も親会社の好意に依存している状態で、親会社のほうも尻に火がついていると。ギリシア政府は銀行にバルカンへの投資から撤退するように勧告し、オーストリアはGDPの80%を東欧諸国に貸している。また金融だけではなくグローバルな沈滞がさまざまな問題を引き起こしている。西欧諸国への工業製品の輸出は激減し、移民の送金は落ち込み、ウクライナもラトヴィアも先行きが暗い。1997年の東アジア諸国並の落ち込みだが、輸出主導の回復も見込めない。政府ができることと言っても、多くの国で政策手段はわずかだ。利下げをしたポーランドやチェコでは通貨が暴落し、スイス・フランやユーロで抵当付きのローンをしている家計に苦痛を与えている。ハンガリーのようないくつかの国では巨大な赤字の問題が加わる。政策的に余裕のある国ですら緊縮財政をとっている。バルト三国とブルガリアではペッグしている関係で強いユーロが問題となっている。2001年のアルゼンチンの再来を恐れる者もいる。IMFは個々の国の援助は出来るが、地域全体はできないし、ECBは外部の国に貸し付けることを鼻であしらっている。ひどい景気後退は不可避だが、地域のカタストロフは不可避ではない。まず「東欧」というくくりは不正確だ。カザフやウクライナとより小さく豊かでよく統治された国とは無関係だ。10年前のアジアに比べて外貨準備があり、「ホットマネー」も少ない。新加盟国は西欧からの援助を期待できる。銀行システムはかつてのアジアよりも錯綜し、外資系銀行の撤退もなさそうだ。欧州連合やECBは大型の救済に関与したくないだろうが、しなくてはならなくなるだろう。近視眼的な政治家でも隣国を政治的、経済的アナーキーに突き落とすわけにはいかないからだ。ソヴィエト連邦崩壊以降最大の危機であるが、これを大惨事にするには意図的な破滅的保護主義と欧州連合の主要組織の解体の時期が必要になるだろう。が、そんなことはしないはずだ、といった具合に惨憺たる現状を記述する一方で地域全体のカタストロフは避けられるはずだとしています。

"L'Europe dans la crise : de la dénégation à la dissolution ?"[La Tribune]

こちらはラ・トリビュヌのオピニオンに掲載されたエロワ・ローラン氏の記事です。「危機の中の欧州。否認から解体へ?」というタイトルの通り、欧州は迫りくる危機の存在を必死に否認しているが、協働して対応しなきゃ解体しちゃいますぜ、と警鐘を鳴らしています。

グローバルな危機の中で自滅的な無気力から欧州連合を脱するためにはなにが必要なのか。欧州全体での2桁の失業率?ユーロ圏の分裂?東欧諸国の集団的破産?この三つの同時襲来?なにものも欧州の責任者達を動かすことはないようだ。彼らは万が一の際の共同行動の可能性を検討するために、危機の暴力的加速から6ヶ月も経った3月1日にサミットをなおいやいや召集したばかりである。もう少し現実的な議題を提案しよう。いかに欧州プロジェクトが粉砕するのを避けるべきか?行き過ぎだろうか?警鐘家みたいだろうか?次の三つの事実を考えよう。欧州連合とユーロ圏は-ほとんど信じられないことに-今日では米国以上に深刻な景気後退に落ち込んでいる。単一通貨は崩壊を迫られている。欧州拡大は断絶に接している。

第一に大西洋の両岸の景況の信じがたい交代ぶりだ。2008年第4四半期は世界中の経済にとっての殺し屋みたいだった。米国が年率で3,8%の成長の低下を記録したことに欧州ではひどく心を動かされたのだったが、欧州連合とユーロ圏は30%も悪くすることに成功した。米国が-1%に対して-1,5%である。

2008年の傾向の反転は仰天すべきものだ。第1四半期には欧州連合とユーロ圏よりも低いところから出発した米国は年末には1%の累積の成長の超過を記録したのである。このの開きの半分は最後の3ヶ月に広がった。

いかにこの破滅的なパフォーマンスとここ10年の欧州の経済政策の2つの傷とを関連づけるべきなのか?ちっぽけな輸出国のように自らをみなし、内需を無視して対外貿易に全幅の信頼をおいたドイツが実践した社会的ディスインフレーションは高くつく失敗だ。2008年の第4四半期にドイツの国内総生産は米国の2倍以上も後退した。それから果敢、頑固、かつ絶望的に盲目的な欧州中央銀行は2008年7月に金利を上げるという許しがたい誤りを犯して欧州の成長を犠牲にしたのだった。

IMFと欧州評議会の2009年の見通しはこの傾向を延長している。燃料をフル稼働した米国は破裂し、痙攣する欧州よりもダイナミックになるだろう。

しかし景況を超えて現在動揺しているのは欧州の基礎そのものである。グローバルな危機は実際に高い犠牲を払って得た2つの夢を損ないつつあるのだ。単一通貨と東方拡大だ。

公債の金利の開きはユーロ圏の一体性を脅かし、1990年代末の南北の断絶を再活性化している。ところで、悪の重力を信じないようにするためにこの危険な分裂に対する救済策が存在している。イタリア政府の提案にしたがって「ユーロの責務」といったものが創り出されることになるだろう。欧州中央銀行は金融市場をブロックすべく直接にギリシア、スペイン、アイルランドの公債を買収できるだろう。こうした解決に反対するものは日和見主義とエゴイズム-現在の文脈ではどちらも受け入れ不可能だが-を除けばないのだ。

第二の断絶は-長い間縮まると信じられたが-より深刻だ。欧州の西と東が新たに脱線しつつある。新しい加盟国は類稀なる暴力に起因する為替レートと貿易収支の危機の餌食になっている。ところでハンガリーやリトアニアを救うためにぐらつく欧州の連帯の枕もとに呼び出されているのはIMFである。いかに欧州連合はその統合が問題になっている時に二義的な役割に満足できるというのか。

1930年の危機と我々が目にしている危機の間の大きな違いは統合された強力な経済的欧州の存在である。これが国際協力の実験場となるはずなのだ。ところが反対に混乱、さらには対決の震央となってしまっている。グローバルな危機はこの解体に帰着するのだろうか。ひとつのことは確かである。もし欧州が危機を否定し続けるならば、危機は欧州を否定する結果となるだろう。

以上、個人的にはやや見飽きた観のある悲観シナリオですが、ローラン氏もこうした論調に加わったのかというある種の感慨があります。欧州連合の無気力への苛立ちが感じられる記事でした。ともかくオーストリアからはしばらく目が離せないですね。

追記

"Eastern crisis that could wreck the eurozone"[FT]

同じ問題についてのミュンヒャウ氏のFT記事。危機を嘆くだけでなく、一応具体策も記しています。

In my view, the smartest answer to the prospect of meltdown is the adoption of the euro as quickly as possible. There is no need to switch over tomorrow. All we need tomorrow is a credible and firm accession strategy – one for each country – which would include a firm membership date and a conversion rate, backed up by credible policies.

といった具合にユーロ圏の拡大を訴えています。そのために加盟条件を緩和せよと。ユーロ採用については政治的理由もあったりしてそう簡単に進まないような気がしますが、どうにもならなくなったらばあるいは雪崩を打ったようにユーロ・シールドの保護下に逃げ込む事態になり得るのかもしれません。

再追記

"Collapse in Eastern Europe? The rationale for a European Financial Stability" by Daniel Gros[VoxEU]

こちらは同様の問題を扱っていますが、金融危機を救うために欧州レベルのファンドを立ち上げろという提言をしています。

In this environment of continuing systemic stress on the banking system, the case-by-case approach at the national level must be abandoned in favour of an ambitious EU-wide approach. The EU should set up a massive European Financial Stability Fund (EFSF). Given the scale of the problem facing European banks, the fund would probably have to be of substantial scale, involving about 5% of EU GDP or around €500–700 billion.

で誰がファイナンスするのかという問題ですが、かわいそうなドイツ、ということになるのでしょうか。上の記事でローラン氏は批判してますが、そんな風に追い込んだのは誰なんですかねえと言いたくもなります。積極的に経済統合とユーロ推進の旗振りしていたのはドイツ自身だったりするのですけれどもね。

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グアドループのゼネスト

カリブ海のグアドループでゼネスト暴徒化、死傷者も[AFP]

不満の海外県支援に700億円=仏大統領、暴動沈静化狙う[時事通信]

しばらく前からフランス海外県のストの話が報じられていたのですが、ここ連日「海外危機」などという見出しでずいぶん騒がれていました。特にグアドループのゼネストが暴徒化し、治安部隊を投入したあたりはずいぶん緊迫した空気でした。死傷者も出てしまったようです。それでサルコジ大統領が沈静化を狙って海外県に援助を約束したというのがここまでの流れです。これで収束に向かうのかどうかは予断を許さない、ということになるのでしょうか。

報道によればこのたびのゼネストは物価上昇による生活の厳しさが原因とされますが、理由がいまひとつよく判りません。一般に観光や農業が主産業でパリからの補助に頼っている経済面での弱さが今回の危機で露呈したといったイメージで語られているのですが、少し前まで海外県で最高水準の成長率を達成していた記憶があるのですね。これは90年代のグアドループ経済に関するInseeのリポートですが、メディアの報じる援助頼りのイメージは修正すべきだとしています。ただ経済の近代化の進行の楽観的な記述とともに失業率の高さ、公的セクターの比重の高さ、生活コストの高さ、輸出の弱さ、観光の脆弱性といった問題点も指摘されています。またこちらは海外省のページの2007年の概観ですが、やはり楽観的な記述になっています。ユーロ使用にともなう問題があり、成長にともなうインフレ気味の経済で賃金水準が追いついていない状態にあって火がついたということなんでしょうかね。今回の危機の影響がどう及んでいるのかがよく見えないです。石油の供給がストップしたという話もありますが。政治的理由が大きいのかもしれません。

で個人的にはRue89のクレオール語に注目する記事が目に止まりました。それほどレベルの高い記事ではないですが、ニュースを見ていてなにを語っているのかさっぱり判らなかったので。以下要約です。ストを組織したLKPのメンバーはクレオール語で語っているが、演説の重要な側面が非クレオール語話者には理解できないように思える。それは演説者と公衆との言葉のやりとりだ。これはマーティン・ルーサー・キングの演説の例のように黒人文化の重要な側面だ。LKPのメンバーの演説はキングを参照している。聴衆は演説者を応援し、言葉を提供し、演説者は聴衆を挑発し、冗談を言い、叱り付ける。特に女性達がこうしたやり取りを行う。これは住民に根を下ろした運動である証拠だ。クレオール語は構造化された思考の担い手となったのだ。長い禁止の後にこの言語は感情のみを表現し、フランス語が思考を伝えると言われたが、徐々に政治表現の道具として鍛えられていたのであった。ニュアンスが重要だ。演説者は「組織される」ということを言うのに"poté métod"を好むが、この表現は団結や絆を意味する"lyannaj"を強調する。この"lyannaj"は敵を"fouté lyann"する、困難に陥れるという表現と結びつく。 "Nou an lyannaj" とは闘いでそして日常でもみな一緒だという意味になるが、この言葉は10日間の当地の滞在で感じられた感情だ。運動に敵対する側からは「クレオールで話し続けて彼はもうフランス語を話せないのだ」といった非難の言葉が聞かれた。ここに断層が走っているのだ。言語選択は断層の存在を示すもののひとつだ、ということです。この記事で書き手が言っている断層の意味が今ひとつ不明瞭なのですが、パリ寄りの島民とそうでもない島民との間で使用言語の選択に差があると言いたいのでしょうかね。フランス語も話すけれどストで日常語を使用するというのは特に驚くべきことでもないような気がしますが、LKPが独立志向のスローガンを叫んだこともあって過敏になっているのかもしれませんね。

ワールド・ファンではないですが、島嶼音楽が好きみたいで当地の音楽はわりと聴いてます。伝統的なものではグウォ・カが有名です。街のダンサーがいいです。

http://www.youtube.com/watch?v=y6h1MJNchoQ

http://www.youtube.com/watch?v=P4pp0mYmKFs

http://www.youtube.com/watch?v=2sFqXviSEng&feature=related

ビギンとかズークとかいろいろあるのですが、最近ではレゲイのadmiral-Tが人気者みたいです。グウォ・カの伝統が入っていると言われます。

http://www.youtube.com/watch?v=lepyxp_0kwQ

http://www.youtube.com/watch?v=KWdUzaT2D6I&feature=related

ではでは。

追記

よく調べずに適当に書きましたが、経済成長にもかかわらず物価指数は弱インフレ程度で推移しているようです。直接の原因(のひとつ)とされる燃料費の高騰はどうも供給側の問題のようですね。最近の食料品の高騰についてはデータや分析が見当たりませんが、もともと高いと言われていますね。ユーロに加えて輸出入の構造にもなにか問題があるのでしょうか。植民地時代の白人子孫の地主層との人種対立に触れたガーディアンの社説はひとつの模範的な解釈です。確かにこの要素が不満の根源にあると思います。ただこのゼネストにおいて人種対立の要素の大きさをどこまで評価すべきなのかは正直判らないです。

再追記

これを人種対立と理解すべきか否かに関連してRue89に記事が掲載されましたので簡単に紹介しておきます。面倒な論点ですが、この解釈ゲームそのものが既に政治を構成してしまっているらしいので。以下忠実な訳ではありません。これは社会危機なのか人種危機なのかというリード文が内容を集約しています。

"Guadeloupe : Paris dit "statut", le LKP crie "faux débat""[Rue89]

LKPと政府とが交渉している案件は賃金を200ユーロ上げろといった具合に社会的な領域に属しており、この紛争の社会経済的根源は明瞭である。物価高、失業率、特に若者の失業率の高さ、中小企業の多さなどである。しかし別の側面が見え隠れしている。この危機は人種あるいは独立に関する危機なのだろうか。 "La Gwadloup sé tan nou, la Gwadloup a pa ta yo"(「グアドループはわれらのものだ。グアドループはあんたらのものじゃない」)というスローガンは、ベケ(beke 註:17世紀の白人奴隷主の子孫)に向けられているにせよ、メトロ(metro 註:メトロポリテーヌの略、帝国の中心の住民)に向けられているにせよ、社会的な断層と折り重なるアイデンティティー上の断層線を露呈している。ベケもメトロも白い肌の所有者である。LKPのリーダーのエリ・デモタは「奴隷制社会について語ることは肌の色とはなんの関係もない」と述べているのだけれども。しかし現地ではこの問題が存在しないなどはとうてい言えない。4月30日のCanal+のドキュメンタリーで放映された島でもっとも強力な産業家のあるベケが「人種の純粋」を求める一方で、デモタ自身が「黒人とインド系のグアドループ島民は借地人に過ぎないと感じている」と述べているのだ。

パトリック・ロゼスによれば、マルティニクに比べてグアドループでは混血の度合いが低いことが緊張の原因であり、グアドループ島民はアフリカへのルーツ意識がより強いとされる。歴史家のフランソワ・ドュルペールはもっと慎重だ。氏によれば、グアドループ人が特にracistな訳ではなく、小アンティル諸島は遠くにあるブルターニュという訳ではない。彼らは7000キロメートル離れたところに住むアメリカ人なのであり、ブルトン人やアルザス人の地域的要求とは異なるのだ、と言う。公的にはこの紛争は独立主義的な痕跡をとどめないが、ロゼスは厳格な社会的な解釈、あまりにも政治的に正し過ぎる解釈に疑問を呈する。LKP内部で低い声で表明されているのだが、独立主義的な主張が聞き取れると。そこにはフランス人との連帯の喪失があり、メトロポルもまたこの島の運命への関心を失っている。現地の役人は白人メトロで占められ、黒人の役人はC級の役職に追いやられている。

エリ・デモタは怒っている。LKPの代表の誰も独立を語っていないのに、運動の反対者達はわれわれを不安定にするために古い件を再び持ち出している。不満の真の大義を簒奪するための偽りの議論だ。じらして疲弊させるためにLKPが主張したことがない事柄で応答しようとしているのだ、と。.デモタの苛立ちはこの点でLKP内部の深い意見の不一致と関連している。独立の議論をもちだすことは40の運動の連合体であるこの運動の凝集性を弱めることになることを知っているのだ。デモタが昨年そのリーダーだった組合であるUGTGは1973年の創設以来「自決」を訴えている。ギアナの議員のクリスティアヌ・トビラは独立派がリーダーだとしてもLKPを独立運動とするのは誤りだと述べている。フランソワ・ドュルペールにとって意図の勘ぐりはまったくの「時代遅れ」だ。「彼らが市民性と手を切りたいのは彼らがグアドループの国や人民について語っているからではない。われわれはもう19世紀にいるのではない!アイデンティティーの問題を抱えているのはフランス全体なのだ。」

ということです。つまりフランス政府だけでなくLKPのほうもこれを人種の問題や独立の問題にしたくない一方、誰も単なる社会経済的問題だとは思っていないのでかくも運動の意図に敏感になっている、という状況のようです。これはこれで奇妙な状況のような気もするのですがね。市民性ってなんだろとか。

再々追記

"Le mouvement social en Guadeloupe justifié pour 78% des Français"[20minutes]

今回の社会運動に対する世論調査結果が出たようです。BVA pour Orange、レクスプレス、フランス・アンテルの共同調査によれば、78%のフランス国民がこの運動を正当とみなし、17%が正当ではないと考え、5%が意見なしとのこと。また右派の67%、左派の89%、どちらでもないの68%が共感的だとされます。BVAのアナリストによれば、この数値はさまざまな社会運動に関する調査の開始以来最も高い、またアンティルに固有の問題ばかりでなく一般的に社会的抗議に対するメトロポルの受容の高さを示しているとのことです。どうやら危惧し、深読みしているのは一部のインテリだけでこの件は分断を深めずに一定の収束の方向に向かうのかもしれません。

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滞っているようで

うーむ、国会はなにをやっているのでしょうねえ。前からそうですが、テレビのニュースを見るのがひどく苦痛なのですが・・・

パキスタン支援国会合、日米外相会談で提案へ[朝日]

数日前から報じられていたパキスタン支援国会合の件ですが、日米外相会談で提案される見通しのようです。パキスタンの支援策を主導するというのはよさそうな話ですが、ただ最近のパキスタン関連のニュースを見ているとかなり暗澹たる気持ちになりますね。震源地にならないことを願うばかりです。

それからクリントン国務長官が最初の外遊先に日本を選んだ件ですが、ジャパン・ハンズがいろいろ憶測していましたね。しばらく前から吹っ切れてある意味清々しくなりつつあるObserving Japanはこれを端的に誤りだとしていますが、残念でしたねえ。一言だけコメントすると確かに池田信夫氏は面白いですが、独自路線の方なので毒に当たらないように読まないといけないと思います。ともかくオバマ政権では当面東アジア政策に大きな変更はなさそうです。米中が経済対話で喧喧諤諤やっているこの凪を利用していろいろ手を打つべきだと思うのですが、相変わらず腰が重いです。ふう。

集団的自衛権行使 日米同盟堅持の証し[岡崎研究所]

岡崎氏が集団的自衛権行使に関する憲法解釈の変更を求めています。氏の従来からの主張ですが、手続き論の部分が気になりました。特命委員会の答申を受けて政府が新たな解釈を闡明して、政府答弁を修正、それから関係法令を改正していくという手続きを想定していた。しかし、

最近村田良平元外務次官の論を読んでハタと感じるところがあった。「委員会を設けたこと自体不要であり、不見識とすら感じた。(中略)総理大臣として責任において、日本は集団的自衛権は保有している、しかしその行使は慎重であるべきであり、最終的には総理大臣たる自分が判断すると述べ、もし法制局長官が異議を唱えれば、辞任を求めるべきだ。憲法上日本の総理はその権限を持っている」と。

ということです。そもそも内閣法制局に憲法を解釈する最終的な権限はない訳です。それがこれほどまで権威が与えられたのは55年体制下で安保に関して社会党対策を法制局に任せてきた政府与党の無責任-勿論野党やメディアのほうがはるかに無責任だった訳ですが-によると理解しているのですが、それでいいのでしょうかね。違憲審査に持ち込まれた場合にも最高裁は合憲と判断するだろうと氏は予測しています。要するに首相の決断次第な訳ですね。その際、個別的と集団的の区別をしない自衛権を主張する民主党はどのように反応するのでしょう。「自立性を高めるために」も必要なことだと思うので早いところ決着をつけてバトンタッチしてもらいたいのですが、そんな様子もないですね。

"North Korea may test-fire missile toward Japan: reports"[Reuters]

結局、テポドン祭りにでも便乗するしかないのでしょうかね。交渉に前向きとの報もありましたが、将軍様におかれましては日本の世論対策のために国威発揚の方面しっかりお願い申し上げます。いえ、つまらぬ冗談です。この問題に入り込まない形で同盟国としてできることをやっていくということなんでしょう。ふう。

首相、領土問題最終解決へ交渉 改めて表明[産経]

18日に予定されているサハリンでの首脳会談に向けて北方領土返還要求全国大会で麻生首相が挨拶をした模様です。そう言えば、テレビでも公共広告を流してましたね。記事によれば、エネルギー価格の下落を受けてロシアが擦り寄ってきているように見えるこの間に最終解決に向けて交渉を進めたいと考えているとのことです。関連してガズプロムのLNG供給に関するもありました。ただそういう雰囲気でもないような気もするのですがね。キルギスの基地閉鎖のもあったばかりですし。長いことロシアとの関係は強化したほうがいいと思っているのですが、進展はあるのでしょうか。

政府紙幣 悪循環からの脱出に期待[産経]

しばらく前から日銀批判を始めていた産経新聞の経済論調の変化に注目していましたが、これはおおっとなりました。この辺の発想の柔軟性が産経のいいところです。右翼新聞などと英語圏ではいつも揶揄されてますが、こういう顔もあるんですよー、どういう背景になっているのかは知りませんけれどもね。日銀が十分な緩和をする気がないならば、政府紙幣も考慮せねばなるまいと主張しています。日銀が素直にうんと言う場面を想像しがたい以上、こういう案が出てくるのは特に不思議ではないと思うのですが、「対案なしで」無下に否定する声が大きいようなのにむしろ違和感を覚えます。個人的には積極的に政府紙幣を支持しませんが、牽制球になるのでしょうからその方面におきましては大声で議論を続けるべきだと思います。ただ、そうですね、万が一発行されるとしたら、私自身は「ウラシロ」是清紙幣を是非見たいです。いえ、つまらぬ冗談です。現行と同じデザインでしょうね。

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[B号五十円http://chigasakioows.cool.ne.jp/syouwa04.shtml より転載]

追記

JFが農水省を揶揄していますね。私もあまり農水省ファンではないんですけれどもね、ここってブログでしたっけ?クリティカルでありたいなら本気でやったらどうですか。ごく稀に読ませる記事がありますけれど、常連さんに本当の意味でクリティカルな知性はいないようですね。自らの根拠を揺さぶらないクリティックなんてその名に値しないです。気楽なもんですね。個人的には日本のいわゆる「良心的」な人々が利用されている光景ほどうんざりさせられるものはないんですよね。

再追記

言わずもがなのことですが、これはいわゆる「裏切り者」をめぐる問題系の話ではありません。私は不安な民族主義者ではないですし、政治的すれかっらしを別にすればいわゆる「良心的」な人々に対してさほど悪感情はないんですね。私には彼らは懐かしい人々です。英語圏に彼らの発言の場があることそのものは悪いことではないでしょう。私の嫌悪はそれが公平な第三者のような顔をした、その実、自らのアジェンダを抱えた人々に利用されるような構造にあります。つまりくだらない叩きと真率な自己批判のブレンドぶりが不快なんです。また特定イシューについて意見の多様性を誤表象しないように編集するのが公平な態度というものではないですか。公平なんて知るかというならばそう宣言すべきです。Alternative JapanとかLeftist Journal of Japanとでも名乗ったらどうです。ともかく今の状態は中途半端でミスリーディングです(←文意不明でしたので修正しました)。

ロシア関連の報道がどうも変だ[極東ブログ]

うーむ。なにかぎくしゃくした感じがあるのは確かですが、特定の勢力による横槍というのもありそうな話ですねえ。まあ、私にはとうてい判りませんけれども。

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西から東へ

愛用のマックは手術を受けている最中で、ありえないほど古臭いパソコンを使っているのですが、この驚異的な遅さにも徐々に慣れているのが恐ろしい話です。いいじゃん、スローなネットライフでもという気分になっています。読み込むのに十秒ぐらいかかり、テキスト以外ほとんど見られないのですが(笑。以下、記事のクリップをしておきます。

"And worse to come"[Economist]

エコノミストの欧州シリーズが非常に簡潔ですが、当地の雰囲気を伝えています。これはスペインの光景。サラゴサのストの掛け声から始まるこの記事ですが、壮大なバブル崩壊を経験した同国の失業率は政府予測では13%から16%、あるビジネススクールの予測では20%に達する模様です。記事ではエキスポの建設ブームに沸いたアラゴンの苦境が言及されていますが、特に移民と若年層の雇用の問題が深刻化しているとのこと。母国への帰国を促す政策については以前から報じられていましたが、これは機能していないとのことです。ブームの時期に大量に入った移民の子弟が学校からもドロップアウトして失業者化しているようです。社会問題化するでしょう。

"A time of troubles and protest"[Economist]

こちらはフランスの光景。パリ西部のプジョー工場のあるポワシーを覆う不安と沈鬱に同国の空気を代表させています。日本同様に短期雇用労働者の解雇が進んでいるのですが、同国の失業率は2010年には10%の大台に達することが予測されているようです。これが今後社会不安を高めることになるとして学生組合と労働組合の動きに注意を向けています。外国人向けにアナルコ・サンディカリスムの伝統を解説し、特にSUDの動向を報じています。ええ、確実にこの機を逃さないでしょう。また国際ニュースで騒がれるのではないでしょうか。で一般市民はわりと平気な顔をしていると。

"To the barricades"[Economist]

こちらは東欧全体を扱っていますが、中心になっているのはラトヴィアです。IMFの緊急融資を受けた同国ですが、リガでは暴動が発生した模様です。借金漬けの状態で金融がメルトダウンということで緊縮財政と増税しか手がないようです。IMFは通貨ラットの切り下げとユーロの採用を勧めているようですが、政治的に不可能な状況のようです。リトアニアも同様の苦境に置かれているようですが、エストニアはまだましとのこと。緊縮財政をとるか財政拡大をとるかの選択肢が残っているだけポーランドはましだが、借金漬けのハンガリーには選択肢はなし、と各国で状況に差異はありますが、東欧の多くの債務国で財政政策をとることはできず、通貨ペッグ制も不安定性と厳しい条件への適応負担をもたらしていると記事はまとめています。アジア通貨危機以前の東アジア諸国にも似たこの地域の発展モデルはこの危機の試練を乗り越えられるのでしょうかね。

欧州経済についてVoxeuの記事が関心を引いたので紹介しておきます。

"The looming divide within Europe" by Zsolt Darvas and Jean Pisani-Ferry[Voxeu]

こちらは欧州内部の非対称性を扱った記事です。スムーズな経済統合をすると思われた欧州連合新加盟国の脆弱性が露呈している。ユーロのシェルター効果の利益を享受する国とそうでない国とに欧州は分裂している。ユーロ圏の危機管理は中東欧地域では金融機関とユーロ圏諸国の利害に偏向し、地域の状況を悪化させていると非難されている。逆にユーロ圏のオブザーバーは非ユーロ圏諸国の政策対応を不適切であるとみなしている。それは確かだが、ユーロ圏で採用された政策がこの非対称性に貢献しているのもまた事実だ。西側が採用した非協調的な預金保護と非対称的な流動性、クレジット管理がチャンネルとなっている。実際、新加盟国の地元の銀行のユーロへのアクセスは制限されている。最後にこのたびの危機は欧州連合レベルの監視システムの不在を明らかにしてしまった。一方のみを非難すべきではないのだが、政治的対立には理由がある。ユーロ圏への加盟がこうした問題の解決策であると考える者もいるし、欧州連合はキャッチアップ経済の国々に不適切な基準を設けていると非難されている。ユーロ圏加盟交渉の迅速化には理由がある。しかしチェコとスロヴァキア経済が示すように、ユーロ圏メンバーであることは安定の鍵とは必ずしも言えないし、新興経済に低すぎる実質金利を課すことは避けるべきだという意見は有効だ。以下、具体的な政策提言をしていきますが、ここは省略します。双方の非難には理由があるが、ユーロ圏は自分達の政策が非ユーロ圏に影響を与えていることを認めて、オープンに議論し、共通の結論が導かれるようにしないといけない。さもないと欧州内部の新しい分断が生み出されることになるという結論ですね。

"Was the euro a mistake?" by Barry Eichengreen[Voxeu]

軍靴の響きではないですが、リラ復活!リラ復活!の響きが私の耳には聞こえているのですけれども、アイケングリーン教授のこの記事はこの問題について扱っています。現実問題としてユーロ圏の加盟は後戻り不可能であり、そこからの離脱は深刻な金融危機をもたらすために不可能な選択だ。しかしそもそもユーロは間違いだったのか。批判派は非対称ショックを根拠にしている。非対称的ショックが債務国を襲った時には政府は財政政策を展開する能力がない。国家間での再分配メカニズムがない以上は唯一の選択はデフレと失業のみだと。我々が目撃しているものの一部は明らかに非対称的な金融ショックだ。債務を抱えるギリシアや、住宅バブルの崩壊したアイルランドやスペインの苦境がそうだ。しかし時間が経つにつれてネガティブな経済ショックが全ユーロ圏に及んでいることも明らかになりつつある。程度は違うにしても全メンバーが同様の経済的苦境に立たされている。このショックは対称的なのだ。つまり共通の金融政策が適当であることを意味しているのだ。ECBに対してゼロ金利、量的緩和を求める圧力がかかっていくだろう。今や不況とデフレはユーロ圏全体に及んでいるので財政刺激についても合意できるはずだ。ドイツのような予算に余裕のある国がこれを行えば、債務国の手助けにもなるだろう。無論これは政策担当者が正しく行動することが前提になっている。ECBはインフレへの固執を捨てて、ゼロ金利、量的緩和策を採用しなければならなくなり、ドイツは赤字フォビアを捨て、財政刺激策を採用しなければならないだろう。ロスする時間はない。2008年は非対称的な金融ショックの年だったが、2009年は対称的経済ショックの年だ。政策担当者は行動しなければならない、とのことです。政策担当者が合理的に行動できるかどうかですが、うーむ、という感じがしますね。離脱組の出現は確かに現実問題としては可能性は低いのでしょうが、内輪もめしている間にずるずるという図が浮かんでしまいます。うるさい政治家が揃っていますからねえ。また政策的には教授の提言の通りなのですしょうが、いくつかの国を除くとそれで救済できるほど甘い状況ではないように見えてしまいますね。いえ、勿論分かった上でよりましな未来のための提言をなされているのでしょうけれども。教授の大恐慌の説明に従えば金本位制からの離脱とユーロとの固定相場制からの離脱が重なってしまうのですが・・・どうも昔からユーロに懐疑的なこともあって私の見方にはバイアスがあるかもしれませんね。

ではでは。

おまけ

"Japan's outcasts still wait for acceptance"[NYT]

"Discrimination claims die hard in Japan"[Japan Times]

"Breaking the silence on Burakumin"[Japan Times]

なぜだかよく判りませんが、先週ぐらいから英語圏が部落問題で騒ぎ始めていますね。なぜ今なんでしょう。アイヌの次ということなんですかね。オバマ大統領就任記念の大西記者のNYTの記事は涙を誘うほど貧弱な出来でしたが、今度はジャパン・タイムズの番みたいです。ちなみに大西氏の記事についてはGlobalTalk21の奥村さんが批評されています(コレコレコレ)。これに便乗したジャパン・タイムズの記事は記事の前半と後半が言っているところが矛盾しているところが奇妙です。前半のコピペ部分と後半のインタビュー部分ですね。裏事情は知りませんが、野中氏の凋落とこの問題を結びつけるのはそもそも無理があるように思います。政治改革の進展とともに野中氏的な政治手法がダーティーとみなされていくプロセスを眺めていて当時その政治的な「進歩」を寿ぎつつも滅びゆく者達へのいくばくかの愛惜の念を抱いたものでした。ムネオ先生もそうですね。個人的には任侠的なものとか浪花節的なものとか-なんと呼んだらいいのかよく判りませんが-はそれほど嫌いではないので。

で、もう一本のジャパン・タイムズの記事はこれらの惨めな記事に比べればだいぶ文脈に敏感に思えますが、英語圏を含めて各方面から批判された国連のあの報告を錦の旗のごとく用いている部分にはやや溜め息がでます。いえ、差別が存在しないなどと言いたい訳ではありません。そうではなくてそもそも多文化主義的なアジェンダとなじむ問題なのかどうか少し疑問に思うのです。人種やエスニシティ-に基づく差別とはやや違うという点でやや違う戦術がとられるべきなんじゃないでしょうかね。私には中長期的にはいい方向に向かっているように思えるのですけれども、楽観的に過ぎるのでしょうか。なお確かにネットのヘイトスピーチは問題だと思いますが、記事の主張とは違って一昔前では考えられないほどタブーは解けてきていると思います。ちなみに私はこの問題が存在しない場所に生まれ育ったせいか、その後いろいろ学んだ訳ですけれども、いまだにforeignな話に感じられてしまいます。知識としては理解しているつもりでも実感としてはよく判らないなということです。

追記

"Economic Crisis Fuels Unrest in E. Europe"[WaPo]

ラトヴィア情勢のより詳しいリポートです。これを読む限りでは政権の動揺はあっても根本的なイデオロギー的混乱にはなりそうにないですね。同国にとってはロシア系の問題や無国籍者の問題が大きいと言われますが、ここに引火しなければいいです。

再追記

EUの南端が崩れる時 南北格差が生む亀裂、ユーロ離脱の動きも?[JBPRESS/FT]

ユーロに関するFTの記事の邦訳。ギリシアは文化的に欧州ではないという感覚があるんですよね。トルコとあんまり変わらないと。この辺の感じが判るようで判らないところです。それでやはりイタリアが鍵になりそうですね。

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仏露の接近

"Pourquoi Paris et Berlin ne s’entendent pas sur la relance" by Philip Ward[Telos]
独仏両国の歴史的経験と経済思想の差異に関してフランス人読者に解説する記事。ドイツにおいてトラウマとなっているのは1930年代の大恐慌よりも1920年代のハイパーインフレであること、また現在、英米でルーズベルトが想起されているが、ドイツでは大規模な公共投資がナチスの記憶と分ち難く結びついてしまっていること、それで現在想起されるのがケインズではなくて戦後の奇跡の復興の象徴たるエアハルトであることなどを説明しています。メルケルの演説でも「オルドリベラリズム」や「社会的市場経済」といった戦後ドイツ的な概念が参照されていると。米国的な「無秩序な」規制緩和主義への反発や不況時のケインズ主義的な国家介入への懐疑にこうした歴史的経験があるというのはいかにもそうなんだろうなという気がしますが、なにぶんにもドイツ事情には疎いので正確な解説になっているのかどうかはよく判りません。ともかくドイツ人の思考を理解せずには説得できないぞとのことです。

"Bruno Le Maire, loyal avec Sarkozy mais fidèle à Villepin"[Le Monde]
関連する話ですが、ジャン=ピエール・ジュイエ氏の辞任を受けてブリュノ・ル・メール氏が欧州担当閣外大臣に就任するとこのことです。この記事もそうですが、サルコジ氏のライバルであったド・ヴィルパン派の人物であるという点にメディアのフォーカスがあたっていますが、氏がドイツ語話者であるという点が重要だと思われます。この点については以前エントリに書きましたが、最近冷え込んでいる両国関係を調整するためにぜひともドイツ語能力が必要であるという点は識者によって指摘されていました。外務にも携わっている経歴がありますが、説得役ということで語学能力を買われたという面があるような印象を受けますね。

"Cold War takes gloss off Nicolas Sarkozy's presidency"[Times]
フランスの欧州およびロシア外交に関する記事。独仏関係の冷却化についても触れていますが、ジャン=ダヴィッド・レヴィット氏の発言の部分が重要でしょう。サルコジ氏はギリシアのような第二ランクのメンバーを使って欧州のバランス・オブ・パワーを揺るがしたいと考えていると。随分率直な物言いですね。またEUの議長国の任期切れに合わせてユーロゾーンのチェアマンに就任する事で事実上の欧州大統領への道を目指した試みはメルケル氏の反対で頓挫したが、EU地中海連合のチェアマンの任期はまだ18ヶ月残されていると。最後にロシアについては、

His next plan, not yet announced, is a new “economic and security space” with Russia, Mr Levitte disclosed. Given anger in the West towards Russia's occupation of northern Georgia, European leaders will be surprised to learn that Mr Sarkozy aims to offer a new security pact to Russia and hopes to bring in Ukraine and Turkey.

といった具合に新たなる「経済・安全保障空間」をロシアとの間に設定するプランを提出するつもりのようです。やはり先日のミサイル・ディフェンス批判はレヴィット氏の入れ知恵だったのでしょうかねえ。徐々にパズルの完成形が見えてきました。これではアメリカとの齟齬がだんだん大きくなりそうな予感がしますね。上手く立ち回る自信があるのでしょうけれども。しかし地中海連合にせよ親ロシア外交にせよやはりゴーリスムの伝統は永久に不滅でありますねえ。極東の見物人としてはそうこなくちゃという感じですけれどもね。

以下日本関連記事です。
"Fallout from Pentagon's gaffe spreads" by Kosuke Takahashi[Asia Times]
高橋浩祐氏のペンタゴン報告書をめぐる記事。同報告において北朝鮮を核保有国と記述した点について韓国では騒がれているようです。記事は志方俊之、権鎬淵、李英和各氏や外務省関係者の取材に基づいています。専門家の各氏は核実験は失敗だったのであり、核保有国とは言えないとし、senior officialは

"As the only nation in the world to be bombed with atomic weapons on Hiroshima and Nagasaki [in 1945], Japan can never accept such a policy stance," a high-ranking Japanese diplomat told Asia Times Online on the condition of anonymity. "In addition, Japan upholds the NPT. Also, admitting North Korea as a nuclear state is not a good negotiation tactic. It only benefits Pyongyang. "

と述べたとのことです。日本のメディアがスルーしている理由はよく判りませんが、こうやって英語記事にすることは十分に意味があるでしょう。ところでいつになったら日本のページからAsian Sex Gazetteのリンクバナーを撤去してくれるのでしょうねえ。非常に目障りなんですけど。

"Japan's premiers doomed to failure" by Yasuhiro Tase[Asia Times]
何故日本の首相の任期が短いかについての考察。これは首相個人の資質の問題ではない。アメリカ大統領の資質だって似たりよったりだ。問題は大統領を支えるようなシステムが日本にないこと、また公衆に訴えかけるには専門のスピーチライターが必要だが、日本の首相は生の言葉で語らされている。最後に各メディアが毎月支持率調査をしては騒ぎ立てるが、これは政策ではなく個人のパーソナリティーの投票に過ぎず、これを乗り切れる人間などそういない。それゆえ

As a result, the PM's approval rating falls day by day. The market is sensitive to this figure, leading to drops in the Nikkei Stock Average, which in turn pulls down the PM's approval rating. Japanese politics is caught in a vicious circle. A Japanese prime minister is expected to do an impossible job of implementing policies welcomed by the public, maintain a lovable character and exercise strong leadership on the world stage at the same time. This results in prime ministers with an annual income of approximately 30 million yen (US$325,000) being criticized by TV presenters earning hundreds of millions yen in income as "thoughtless of the public". The day might come soon when no one wishes to become prime minister in Japan.

ということです。元日経の方のようですが、メディアの政局報道への苛立ちが表明されています。日本の首相の任期の短さをメディアにのみ帰責する訳にはいかないと思いますが(明治以来の首相任期を想起しましょう)、ここで言う「悪循環」現象が現在存在しているのは確かだと思います。どうでもいい情報ばかりで本質的な議論を喚起するための素材提供の使命を十分に果たしていないどころか邪魔ばかりしているという印象を受ける人はかなりの数に達するでしょうし、供給サイドでもそう思っている人はかなりの数に達するでしょう。どうしましょうかね。少なくとも一流紙ぐらいは矜持を保って欲しいのですけれども、率先して政局を動かそうと仕掛けますからね。ふう。

"Norms of citizenship law"[Mutantfrog Travelog]
国籍法についてかつて大先生が盛んに流していたデマをとりあげている記事。なかなか考えさせられるコメントもありますね。血統主義と生地主義の歴史的展開の話は本当に複雑なんですよね。お手軽日本人論と結びつけて批判する人は大先生ならずともけっこういますが、そんな単純な話ではないです。ドイツと対比されてよく例に出されるフランスの国籍法についてもそもそも父系血統主義の元祖はナポレオン法典だという重要な事実をスルーしていはいけませんし、フィヒテとルナンの国民概念の対比を国籍法に重ね合わせるのは単なる歴史の無視でしょう。新哲学派の面々は歴史などお構いなしなのだということも忘れてはいけませんし、ルナンという人が悪名高い人種主義者で政治的にも反動派だという事実も省略すべきではないでしょうね。明治日本の国籍法でも血統主義と民族主義とはもともと別物ですし、帝国というものを無視しては国籍法は議論できないでしょうね。この点については私も勉強しないといけませんが、要はイメージで語ってはならないということですね。

おまけ
"Corporate Japan's War Stories" by William Underwood and Mindy Kotler[Far Eastern Economic Review]
Underwood氏とKotler氏の黄金コンビのご登場です。これまでのまとめといった感じで内容はpoorとしか言いようがないものでありますが、彼らの私的な正義の法廷の被告人をCorporate Japanとしているところがポイントです。クリントン時代に見られたような目立った動きはないだろうと予測しますが、まあこの二人の動きはモニターしておいたほうがいいです。Underwood氏は長年麻生氏を付け狙っている自称研究者ですね。またKotler氏の活躍はReconciliation between China and Japanという麗しい名の一方的な日本糾弾サイトで見られます。中国ではなく慰安婦ネタばかり書いているんですけれどもね。善意の人なんでしょう。でもこの人の東アジア史の絶望的な無知には溜息がでますし、ダブルスタンダードが非常に香ばしいです。中でもトルコのアルメニア人虐殺非難決議の際にこの人が見せたダブスタのことは決して忘れないでしょう。日本語読めなさそうですからここに日本語で書いても無意味かもしれませんが、米国の例の決議はあなたが思っている以上に深く持続性のある心理的インパクトを及ぼしていると思いますね。なぜかって。他ならぬ米国だからですよ。普段はなんとも思っていなくとも抑圧された記憶が回帰するという人々もけっこういる訳ですね。自己満足と引き換えになんだか困った人々を増やしてしまったようですね。ふう。文脈をわきまえない善意の介入主義は悲惨な結果をもたらし得るのだぐらいのことは学んで欲しいです。謝罪だの和解儀礼だので平和が実現すると思うほど私はナイーブではないのですけれども、そうですね、ジェニファー・リンド氏ぐらいのリアルな認識も持っていただきたいです。公正と正義を愛するならばマルチラテラリズムでやるというのもあると思いますよ。それがこの地域の大いなる和解につながるとは思えませんが、救われる人も個々にはいるのでしょうから。とっても判りやすいダブスタぶりから見てアメリカン・ナショナリズムを超えることは期待していませんけれどもね。

"Young 'Zainichi' Koreans look beyond Chongryon ideology"[Japan Times]
このブログでは批判的に言及することがありますが、別に私は根っからのJT嫌いという訳ではないです。あまりにも懐かしい論調の記事は別にして日本語のメディアではあまり読めないような記事が掲載されることがあるのは事実ですから。この記事は北朝鮮系の在日の若者の最近の動向を扱ったものです。話には聞いていましたが、イデオロギー離れの傾向は加速しているようです。拉致事件というのは戦後的なタブーを本当に破ってしまった事件だったのだなとしみじみと思ってしまいました。葛藤の中におられるようですが、みなさんに幸いがあらんことをお祈り申し上げます。私にはべき論を語る資格はなさそうですが、一つだけ言えるのは、イデオロギーなんてつまらんもんですよ、本当に、ということです。

追記
少し修正しました。タイトル変更しました(2008/12/16)。

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デジャヴュな日々

"Après la démocratie", d'Emmanuel Todd : la société française en crise[Le Monde]
"Europe urged to protect and survive"[FT]
以前「保護主義の声」というエントリで歴史家にして人口学者にして社会学者のエマニュエル・トッドの経済自由主義批判と保護主義の訴えについて少し紹介しましたが、新刊の「民主主義以後」の書評が出始めています。現物は読んでいません。多分そのうち邦訳も出るでしょう。なぜか日本にはファンが一定数いるようですから。私自身は人口学的、家族論的な著作には刺激を受けた記憶はあるのですが、その大仰な口吻の時事的な評論はどうも好みに合わないようです(ちなみに日本には核武装を勧めています)。今度の著作ですが、反グローバリズムの書のようです。それでル・モンドとFTに書評が出ているのですが、奇妙なことにル・モンドがこき下ろし、FTがわりと好意的な評になっています。前者は、こいつは冗談を言っているのかといった冷たい反応ですが、後者は自由貿易主義の議論について問題提起をしている書だというあまりらしくない評です。なにがあったのでしょう。紹介を見ている限りでは、要は、今の世界というのは先進国が中国とインドを経済的に搾取することによって成立しているが、先進国の生活水準の低下と民主主義の機能不全がその巨大な対価である、欧州は英米型の自由貿易主義を袂を分って断固として保護主義政策を採用して中国の労働者との競争から自らの労働者を守らなければならないということのようです。それでフランス政治についてはサルコジはもはや沈める船に過ぎぬアメリカに追従する愚か者で、ロワイヤルの空疎な人気ぶりを見ると社会党ももう駄目だということのようです。またエリート層はもはや革命前の貴族層のごとく傲慢で選挙民の声など無視している。ポピュリズム現象の背景にあるのはイデオロギーと宗教の空洞化であり、反民主主義的なエリート勢力が成長し、イスラム移民を標的にした排外主義を煽って選挙民の不満を逸らしていると。タイトルの「民主主義以後」というのはグローバル・エリート専制みたいなイメージなんでしょうかね。ともかく保護主義によって民主主義が復活し、賃金水準が上昇し、社会的連帯も強化されるということのようです。なんだかひどい論理の飛躍があるような気もしますが、こういう論調そのものは実はフランスではけっこうありふれたものですから、別にいまさら驚きはしません。ただトッドはそれなりに有名な人ですから、それがここまでストレートに保護主義を主張するというのは兆候的な現象に見えます。こうした保護主義の声の高まりを予期し牽制するかのようにVoxEUも反保護主義のE-bookを新たに公表していますね。

"Rencontre historique entre Sarkozy et le dalaï-lama"[Le Figaro]
北京のあいかわらずの強烈な恫喝にもかかわらず、土曜日にグダンスクでサルコジ氏がダライラマ猊下と会談した模様です。猊下は独立を望んでいる訳ではないと述べ、大統領は中国の主権を侵害する意図はないと述べるといった具合にこの会談そのものを過剰にドラマタイズしないように配慮しているようです。かならずしもそうなることを意図していなかったにもかかわらず、行きがかり上すっかり強硬派のような立場に置かれてしまった仏国ですが、ここで会談という展開はなかなか悪くない人権カードの切り方だったのではないでしょうかね。これで両者の仲介役としての役割を果たす資格を得たということなのかもしれませんから、やはり時には根性を見せることも大切なのですね。もっとも中国はあいかわらず恫喝しているようですし、チベット問題についてのフランスの国家戦略はまだよく見えてきませんけれども。

"Devedjian et l'avenir de son ministère"[Le Figaro]
"Hortefeux appelé à devenir le nouvel homme fort de l'UMP"[Le Figaro]
サルコジ氏の盟友にして失言野郎のドゥヴェジャン氏がこのたびUMP幹事長から経済回復大臣に就任したようです。このたびの危機に対応して新設された特命大臣職です。ドゥヴェジャン氏が入閣できずにこぼしていたのは知っていましたが、それほど経済に強いようにも思えませんのでやや意外でした。もっと重視されているポストかと思ったのですがねえ。党務はどうやら移民・国家アイデンティティー相のオルトフー氏が担当することになるようです。あまり我の強くなさそうな氏のことですからこちらはたぶん適任のような気がします。

"Le plan de relance de Sarkozy, toujours très critiqué"[Le Monde]
サルコジ氏が公表した260億ユーロの景気刺激策に対する社会党とモデムの批判の記事です。社会党第一書記のオブリ氏によれば、400億ユーロが銀行に注入されたのにこの景気刺激策は危機のレベルに対応していないとのこと。中道派のモデムのバイル氏もまたドゥヴェジャン氏が担当するこの刺激策は危機のレベルに対応しておらず、この規模では経済機構を再起動させるのには不十分であるとしています。他方、OpinionWayの調査によれば、国民の61%が賛成している模様です。OFCEのグザビエ・タンボー氏はこのプランは不十分なものであり、需要を喚起するにはほど遠いため、第二次の景気刺激策を待たねばなるまいとし、バークレーズのロランス・ボヌ氏はこのプランは「必要」なものであるが、景気後退のレベルに対応しているかどうかは疑問だとしています。この措置そのものは悪くないが、その効果は短期に限定され、家計に信頼を回復させ、投資を再活性化させるかどうかは確かではないと。

"Les économistes pronostiquent déjà un deuxième plan de relance"[Le Monde]
こちらはエコノミストのフィトゥシ氏とアギオン氏の意見を紹介する記事。サルコジ氏の260億ユーロの財政刺激策はケインズ主義の最も純粋な伝統に即したものであり、純粋主義者はこれに拍手を送っていると。OFCEのネオ・ケインジアンのジャン=ポール・フィトゥシ氏はこれは数ヶ月前から考慮していた理想的な刺激策であると激賞しています。これは「1981年以来最も重要な措置」であり、ミッテランが夢見たものをサルコジが実現したと。大部分のエコノミストはこの刺激策の二つの柱—銀行の萎縮により悪化した企業の支援と公共投資の推進—を支持している模様です。しかし別のエコノミスト達は消費と購買力の回復に関して疑問符を付けている模様です。ハーバードで教鞭をとるフィリップ・アギオン氏はアメリカやスペインのような家計に向けた消費と需用の真の刺激策が必要であるとしています。氏によればこの危機は需要サイドの危機であり、典型的なケインズ的状況である、したがって需要を直接に支える対応をなすべきであると。「供給サイドを対象とするフランスのプランは間接的な影響しか持たず、時間もかかるだろう」と。ジャン・ピザニ・フェリー氏は付加価値税の全欧州レベルでの減税を訴えている模様です。なんだか聞いたことのある議論ですねえ(遠い目)。

それから国家公務員の削減計画はアギオン氏によれば狂気の沙汰であるということです。むしろ公共セクターの雇用をつくる必要があると。また自動車産業支援についてはベルナール・マリス氏は必要ではあるが、これが優先的かつ戦略的なセクターであるとは思えないとしています。その他のエコノミストの意見も掲載されていますが、まず必要なことをやってはいるが、これだけでは不十分であり、追加的な経済対策が望まれるというのがコンセンサスのようですね。とはいっても供給サイド重視派と需要サイド重視派で意見が割れているようなのは日本の経済論戦と似ています。マルクスの亡霊がちらちらしているところも含めて。財政均衡主義者の悲鳴も聞こえてきます。

おまけ
"Conservatives, Clientelists, and Koizumians"[Observing Japan]
小泉政権以後の自民党の党内政治の動向をまとめています。第一次近似としては判りやすく悪くない説明なのではないでしょうか。ただ問題は各グループの内部構成と境界線ですね。英語圏の議論でいつも感じるのですが、コイズミアンへの期待から逆算的に勢力地図が表象構築されているという側面はないでしょうかね。コンサバとかクライエンタリストといってもいろいろあると思うのですよ。「保守」の語に込める意味合いもそれぞれなわけでしてね。やはりルネ・レモンばりに明治以来の政治諸潮流に関する総合的歴史の決定版を日本の歴史家が書かないといけないのかもしれませんね。慣用的なラベリングを徹底的に相対化して。そこには目くるめく多様性とともに驚くべき連続性もあると思うのです。いわゆる改革派も含めてです。それはともかく麻生政権がいわゆる上げ潮派を完全排除してしまったのはやはり上手くなかったように思えます。ある程度とりこんでおいて管理しておけばここのところ目立ち始めた離反の動きを最小化できたようにも思うのですがねえ。まあ政局についてはコメントしないでおきます。だいたい政局読みで当たったためしがないですので(笑)。

"Tamp down the old ways" by Hanai Kiroku[Japan Times]
以前靖国問題でアメリカ様に介入を願って泣きついた恥知らずな(別に参拝批判はいいですよ、でも自分の足で立ちなさいということです)元東京新聞のHanai Kirokuさんが、タモガミ・アフェアでまた煽っています。ブログにも書いたように例の論文は問題外であり、また幕僚長の職務にはこの人物は不適当であり更迭されてしかるべきというのが私の立場でありますが、かといってこういう論調にも与するつもりもないのです。

If no action is taken, Japan could start moving back to the age of military dictatorship.

といった個人的妄想を在日外国人に向けて垂れ流すのは止めていただけませんかね。客観的にそういう状況は存在していませんよ。見たでしょう、あのヒステリカルな反応を。それから軍事独裁ってなんなんですか。もしかして東条英機を「独裁者」かなにかと考えているのでしょうか。独裁であったらあるいは日米戦の開戦は回避できたのかもしれませんねえ。本質的に今とさっぱり変わらないですよ。弱い指導者が立っては引き摺り降ろされてとね。キツいかもしれませんが、ピアニストを撃つなというのは個人的にもう止めようかなという気分になっているのですね。まあそれほどの政治的すれっからしさんには見えませんけれども、記者さんのようですからピアニストということはないのでしょうね・・・Baaang!・・・ お元気で。

"Understanding Pearl Harbor"[Guardian]
ガーディアンのEri Hotta氏の記事。米国はパール・ハーバーから熱狂的愛国心ばかりでなく外交の重要性も学ぶべきではないのかという内容です。他者の屈辱感に対して鈍感過ぎるのではないかと。開戦に至る経緯について我々にはごく当たり前の話ですが、英語圏の記事ではあまり見ることはない解説がなされています。要はいまだに頭のおかしな連中が攻めてきたというナラティブですから。Hotta氏はアジア主義と先の大戦の研究をされている方のようです。著書は読んでおりませんが、英語でこうして意見を表明できる日本史研究者が増えることそのものはいいことなのでしょう。ただ本質的に違うがとはことわっていますが、イスラーム・テロリストと重ね合わせるような修辞は危ういのではないでしょうかね。実際、そこからカミカゼ=聖戦士みたいな奇妙なステレオタイプが生じている訳ですから。なおこの論調はフランス語圏の左翼層なら多分それなりに通じると思いますが、英語圏でもガーディアンの読者ならばあるいは通じるのでしょうか。いささか懐疑的なところがあります。

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宿命ですか

"The 'Honne-Tatemae' Dimension in Japan's Foreign Aid Policy Overseas Development Aid Allocations in Southeast Asia"
読んでいて頭が痛くなりました。たぶん善意の人達なんでしょう。批判はいいんですよ、でもこの論文のなにが憂鬱にさせるかというとタイトルからも判るように外国人受けしそうな「文化的説明」を恥ずかしげもなく披露している点です。「本音と建前」論の誕生が実は最近のことらしい(それ以前は言葉の意味も違ったらしい)という「歴史的事実」を知らないようですね。といいますか参考文献にアンチ日本人論やメタ日本人論を挙げているのになんでベタな日本人論を展開しているのか意味不明です。それからずいぶんと理想化しているようですが、諸外国の援助の実態を知らないのでしょうかねえ。日本に必要なのは自己満足を止めて厳密な成果の評価と戦略的視点を導入することだと思います。なお私は「文化的説明」は好みませんが、援助をめぐる戦略性の乏しさという点ではいわゆる「お大尽」志向のほうがイメージ的には説得的なような気がしますね。まあ見直されるべき時期だという点には同意しますけれどもね。

"The Anxiety of Influence: Ambivalent Relations Between Japan's 'Mingei' and Britain's 'Arts and Crafts' Movements"
民芸運動とイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の影響関係に関する考察。産業主義への反発から英国で生まれたモリスやラスキンらの伝統工芸の復興運動が柳宗悦の民芸運動に与えた影響についての入り組んだ関係を解き明かそうとしています。モリスやラスキンの著書はすぐに翻訳され知識人の世界ではブームとなった訳ですが、柳は民芸運動を日本オリジナルな運動と称して影響関係を認めなかったとされます。論者はこのアンビヴァレンツに西洋コンプレックスとナショナリズムの結合を読み取っています。また柳による朝鮮の民芸の美の発見の眼差しには帝国日本の他者に対するオリエンタリズムがあったとしています(「オリエンタル・オリエンタリズム」)。一方で英国では自己の文化的優越性を維持すべく日本の工芸を「野蛮」視するという冷ややかな態度が一般的であった点を指摘することを忘れていません。最後に西欧への劣等コンプレックスを抱くアメリカにおいては日本の工芸は欧州の工芸に匹敵するものと絶賛されたのことです。西欧コンプレックスを媒介に日米が結ばれるわけですね。いささか図式的な感じもしますが、イメージとしては判らなくもありません。

ただこの論文では近代日本の美的階層秩序の中における民芸が占める位置への言及が乏しいような気がしました。近代日本では「美術」制度は非常に不安定な状態だったわけで近代英国におけるモリスの占める位置とはやはり違うわけですから。またロシアの影響に言及しないのもどうかと思うのですがね。民芸運動というのはトルストイ主義や白樺派運動とリンクしているわけですよね。大正時代の日本帝国をめぐるジオカルチャラルな構図を描くのだとしたら、最大の仮想敵国である一方で知識層が非常に親近感を抱いていたやはり西欧への劣等コンプレックスに苦しむ大国ロシアへの言及は省くべきではないように思いました。あれがないこれがないというのはあまり上等な意見ではないのでしょうけれどもいわゆる大正生命主義に多少興味があるので柳宗悦のもう少しややこしい位置づけをおさえて欲しかったのです。

"Yosano rejects increased public spending"[FT]
"Japanese stimulus will fail, warns minister"[FT]
"Japan shuns role as leader of recovery"[FT]
与謝野氏がFTのインタビューでなにか評論家風の発言をしています。政治家としてこういう場面で正直に持論を展開するのは止めていただきたいのですが、与謝野氏になにを言っても無駄なのかもしれません。政策余地は少ないができることはしていきたいぐらいのことを言えばいいのに、ここで日本はなにもしないぞ宣言を高らかにされてもね。いや、そんなに大規模な財政政策を期待しているわけではないのですが、ここまで頑固だとは思わなかったです。私も見る目が甘かったようですね。ふう。ところで関連記事が3本もあるのはなぜでしょう。財務省からのクレームでもついたのでしょうか。どれも似たような記事に見えますけれども。「宿命論」というのは言い得て妙ですね。意図はともあれこれだと単にもう駄目だとしか聞こえないのですよね。

"German complacency poses a serious threat"[FT]
ミュンヒャウ氏のドイツについての論評。ドイツの欧州協調の拒絶が深刻な脅威となるという内容ですが、ドイツが意固地になっている理由として、ドイツの経済「構造主義者」の癖のある思考(改革はすべてうまくいっている)、歴史的にこうしたスランプに対応する能力のなさ(メルケルは大恐慌時のハインリヒ・ブリューニングと同じ)、最後にメルケルとサルコジの強烈な敵対感情の3つを挙げています。ドイツ経済の沈没もあきらかであり、またドイツがこの路線に固執する限り、欧州レベルでの適切な対応は不可能だ。アメリカの景気刺激策は大規模に過ぎ、欧州の財政刺激策は小規模に過ぎる。ECBの金融政策は限定的な効果しか持たない。最後は例のごとく

The dual problem in the eurozone, and in Germany in particular, is the conviction that all economic policy is structural and that the creation of a single currency is irrelevant to economic policy. The fallacy of those convictions will be demonstrated shortly – at crippling cost.

と暗い見通しを示しています。ところで“We can only hope that the measures taken by other countries ... will help our export economy.”に日本の本音と似たものを感じてしまったのは私だけではないでしょう。

おまけ
"De latrinis Japonorum"[Ephemeris]
エフェメリスで日本の便所のニュースが報じられています。世界に冠たる我が邦のハイテク便所でありますが、ラテン語で関連記事を読むことになるとは思いませんでした。俳句が引用されていますね。

"Fert mihi sola mea in vita latrina calorem."

人生で暖かみを与えてくれるのは我が便所だけだといった意味です。ラテン語になるとなにか違った響きがありますね。ポンペイの壁に遺された古代人の落書きみたいです。

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