カテゴリー「社会」の18件の記事

ブルカをめぐる熱い論争(5)

だんだん日本語圏に紹介している意味が分からなくなっているのですが(他国の社会ネタというのはそうしたものですが)、乗りかかった船ということで個人用のメモのつもりで続けておきます。

"Ce que la loi sur la burqa nous voile" par Farhad Khosrokhavar[Le Monde]

ル・モンドに掲載されたKhosrokhavar氏のオピニオン。以下、逐語的な訳ではなくかなり自由な要約です。

2004年の公立学校でのスカーフ禁止は学校に平和をもたらしたが、街頭を含む公的空間でのスカーフの非正統化を代償とした。街頭での着用は許容されているが、いまやスカーフは違法(illegal)ではないが非正統的(illegetime)なものとなった。人はそこにフランス的な近代性と両立しないものを認知したが、象徴の意味というのは可変的なものである。英米のヴェールを纏った女性たちは「共同体主義」、最悪、原理主義ではなくて宗教的象徴の個人化を体現している。公的空間でのスカーフの非正統化は、ヴェールを着用しつつ近代性を求める女性たちがフランスを捨てるという結果をもたらしている。高等教育を受けた女性たちの流出は人的、経済的リソースの損失である。こうした状況は逆説的に原理主義者やセクト主義者を利している。彼らと戦うための仲介者となるはずの女性たちもまたヴェールを着用するゆえに彼らの一部のようにみなされることになるのだから。両義的な知識人の拒絶は、共和主義的なムスリムか、それとも「原理主義者」か、のどちらかであるという結果をもたらしている。「共和主義的スカーフ」を打ち立てるのではなく、スカーフなき共和国が望まれたのだ。結果は逆になった。その後、多くの街区が「原理主義化」した。仲介的な共同体の拒否が原理主義に対して無防備にしたのだ。意味を変じた宗教的象徴を纏う者こそがセクト主義的な宗教性の防波堤になるのに、フランスはこれを拒絶している。ブルカ禁止法が施行されたならば、フランスはイスラム諸国のみならず他の西洋諸国からもイスラム嫌悪の国とみなされるだろう。新法を制定する代わりに、国内のムスリム共同体との対話の能力を強化し、セクト主義と戦うためにムスリム個人の個別性を承認しなくてはならない。

以上、ムスリムの個別性に力点をおいた意見です。私みたいな個人主義的な傾向性の強い人間には正論に聞こえるのですが、英米をやや理想化しているように感じられなくもないです。ライシテ原理主義的な行き方には憂慮する一方で、極東の一素人ブロガー的にはどこかでフランス的な道というのを勝手に期待しているところもあるのですね。

"Pourquoi les Français veulent interdire la burqa ? Entretien avec John Bowen"[Nonfiction.fr]

スカーフ問題についての米国の代表的な解説者であるジョン・ボーウェン氏のインタビューです。興味を引かれる観点になかなか出会えないと前に書きましたが、公的秩序概念になにかが生じているという直観はあって、短い記事であまり深い掘り下げはないもののその点に言及していたので紹介しておきます。

nonfiction.fr :  あなたは現在のブルカ問題の再浮上をどう説明しますか。

John Bowen :   特定の出来事と関連している訳ではないのでこの問題が今復活している理由を説明するのは難しいです。スカーフについての本の中で私はスカーフについての発言の再浮上と、例えば、アルジェリアやアフガニスタンといったムスリム世界で生じている出来事との関連を探求しました。ブルカについてはむしろ長い歴史があります。北イタリア、ベルギー、オランダで数年前から地元当局によるブルカ禁止の動きが見られます。イスラムに対するこうした欧州的な動きはフランスでは極右層ばかりでなく強い反響を呼んでいます。というのも分裂をもたらすものは許容すべきではない、ところでブルカは個人を分裂させる、という考えが身に染みているからです。討議は共通価値という理念に焦点化して左翼右翼の政治的連続体を横断しています。例えば、身分証明の管理の技術的問題に訴えているとしても、困惑させているのはむしろ仕切りや共同体を抱えているという事実なのです。

nonfiction.fr :  学校から街頭へのこの移動はなぜなのでしょう。

John Bowen : 2002年2003年の討議の間にも、ヴェールが女性の抑圧の象徴ならば、学校であろうと街頭であろうと公的空間で禁止されるべきだという声がありました。理由付けの点で非常に一貫性のあるこうした提案は聞き届けられませんでした。この時にはヴェールに関する法は施設の管理者としての教師達を悩ませていて当事者には手だてがない学校固有の問題に応答しなければならなかったからです。例えばショアーの歴史の授業への異論だとか宗教的な義務に学校生活のリズムを適応させることだとか。こうした文脈では、ヴェール問題は、法制化することの、そして法制化による問題解決の印象を与えることの適当性を提供したのです。立法に対するフランスのこの偏愛ですが、最近ではグループと覆面の着用に関する法律にも見られました・・・。

nonfiction.fr : 面白い偶然の一致ですね。この覆面とブルカの平行性は!

John Bowen : はい、意図した訳ではないですが、この二つは公的空間に関していかに法制化するのかという同じ問題に関わります。一般にフランスは公的空間というものに共通価値の場とか共生の場という風にポジティヴな考え方を持っています。そこから分裂をもたらす表徴は排除されるべきだという考えが出る訳です。これはフランス的なライシテの感覚です。しかしこの空間の境界線は流動的です。具体的には公的空間とはどこでしょう。街路でしょうか。学校でしょうか。市庁舎でしょうか。

ブルカを着用していたためにフランス市民権を拒否された女性のケースをとりあげると、政府の理由付けは市民権取得のための条件が満たされていなかったからというのではなくブルカを着用して家にいた事実からして彼女は同化していないからというものでした。ここに興味深い点があります。問題は公的秩序へのトラブルにではなく私的領域にとどまっていた事実に起因しているのです。ここには変化が見られます。現在では部屋の中にまで入るのです。妻が非処女であったがゆえの婚姻解消に関する討議でもこれは見られました。この婚姻解消は妻も判事も異議申し立てしなかった訳ですが、こうした区別が私的領域に存在する理由はないと考えた政治の声によって異議申し立てがあったのです。ブルカ問題では私的生活が公的領域における欠如ーライシテの欠如、同化の欠如等々ーの源泉足り得ると考えられています。私が関心があるのは公的秩序の観念の進化です。一方に親密空間、家族空間に対立して公的空間があり、他方に私的には嘲弄され得る公的秩序ー非常にデュルケーム的な社会秩序、道徳秩序ーがある。それでこの道徳秩序という考えから私たちはブルカ禁止に好意的な解釈へと導かれるのです。しかしポスト・ヴィシーの時代にあっては道徳秩序については語り難いのですね。

nonfiction.fr : 私的空間に関心があるということは政治的なものから離れることになるとあなたは言いたいのですか。

John Bowen : 私はここに人々の私的生活への、私的領域での自由への潜在的な攻撃を見るのですね。ブルカの件で現在は共同体主義の問題が女性の身体に関わっています。最近のことのように見えますが、この移動は実際には長い時間に刻みこまれています。個人の自由と共通価値の緊張というのはフランス革命以来不変なのですから。1789年の後に1792年があったことを忘れるべきではありません。フランスはなお一般意志の表現たる国家と個人の自由の間のこの緊張に貫かれているのです。この緊張は明瞭にルソーの思考に現れます・・・

nonfiction.fr : スカーフに関する著書の中でルソー主義的な思考がフランスの心性に深く染み込んでいることをあなたは示しました。フランスの子供たちは学校でアングロ・サクソン哲学をもっと読むべきだとあなたはお考えですか。

John Bowen : それは学校教育に関する質問です・・・、何年も前からフランスで自由主義者の思想を紹介するための努力がなされてきました。しかしフランスの教育や歴史に根付いていない他の哲学システムに訴えなくとも、ルソーの中にも個人の自由の擁護は見出せます。

他方、こうした問題は一般的に公的自由の問題を提起するばかりでなく個別的にフランスにおけるイスラムの問題を提起します。私が新著の『イスラムはフランス的になれるのか』で示そうとしたのはこういう問題です。対話の形式を発明すること、フランスのイスラムの存在を正常化できるような特権的な対話者を見つけることがなお残されているのです。

と言った具合でやや散漫なインタビューですが、公的秩序、公的空間の概念になにかが生じている、といいますか、公的なものと私的なものとの関係性に異変が起こっていると論者はみているようです。ここではそれ以上はあまり展開されないのですが、集中的に論じているらしい論者の新著には興味が引かれます。どうでもいい話ですが、私はルソーは嫌いでデュルケームが好きなのですが、ブルカをめぐるあれこれもルソーの呪いと考えるならば、私のいやな感じの説明がつきそうです。

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ブルカをめぐる熱い論争(4)

正直、興味を引くような観点というものになかなか出会えないのが今回の特徴でしょうか。えーと、ブルカの話です。これが問題になる理由というのも頭だけでなく肌感覚で分かるような部分がある一方で、なんで今こんな些末な問題を論じなくてはならないのかやはり腑に落ちない感じがつきまといます。これは「瑣末な問題」じゃない!という意見もある訳ですが、ここで問題の瑣末性を立証するようなデータが出たようです。

"La police estime marginal le port de la burqa"[Le Monde]

ブルカ着用の実態に関するル・モンド記事です。DCRIとSDIGのの二つのインテリジェンス機関からあがった情報をル・モンドが掴んだ訳ですが、DCRIの報告によればフランス全土でブルカないしニカブを着用する女性は367人(!)にとどまるそうです。着用は自発的であり、ほとんどが30才以下の若い女性で、4分の1が改宗者であり、大都市圏に集中している。おまけ情報として5才のブルカさんもいたそうです。SDIGの報告は数字はないが、同様の結論に達しているとされます。それによれば、ブルカ着用には家族への挑発的意図がある。ムスリムの大多数は全身ヴェールを拒絶しているが、この論争がイスラムをスティグマ化させるのではないかと不安に思っている云々。

"La loi et la burqa"[Le monde]

で、この新しい情報を受けたル・モンドの社説です。

DCRIがほぼ単体でー微笑させるリスクを冒してー評価を試みるほどこの現象は周縁的である。ル・モンドがつかんだ7月8日付のDCRI覚え書きによれば、フランスの367人の女性ーすなわち平均して約90000人に1人ーがブルカないしニカブ、つまりムスリム女性の身体と顔を完全に覆う黒い長衣を着用しているらしい。

これほど明確に数値化していないが、それより一週間前に作成された覚え書きの中で、SDRIは「超少数派の現象」であることを確認している。

この二つの公的な評価は、春に65人の左右の議員がこの件で調査委員会を設置することを構想した後に我が国で突然沸き起こった議論に新たな光を当てるものであった。すなわち法制化である。会期が開かれて、各議員は誰もその規模を知らないこの現象を禁止する事の適否を決定するよう促された。この点について明言を避けつつニコラ・サルコジは6月22日に議会の前での演説の際にこの問題に言及せざるを得ないと感じた。「謹んで申し上げたいのですが、ブルカはフランス共和国の領土では歓迎されない」と、これが「宗教問題」ではないと明言しつつ、国家元首はこの時に宣言したのであった。

続いて相対的に慎重な態度が優勢となった。調査委員会は7月1日にこの驚くべき服飾的実践についての書類を作成するための単なる情報収集の任務ーこれが実施されるのに6ヶ月かかるーへと変じた。これは国民議会UMPグループ代表のジャン=フランソワ・コペに応答する形でなされたが、氏は「対話の段階の後の法制化」に一挙に賛意を示したのであった。

情報機関が描く「ピクチャー」は他の点も明らかにする。全身ヴェールを着用する女性ー大部分は若者ーは基本的に都市部に暮らしている。彼女達の大部分は自発的にブルカを選んだようである。戦闘的態度から、さらには「挑発」として、と情報機関は記している。彼女達の4分の1は改宗者であるらしい。

400人足らずのために、例外のために、法制化をすべきだろうか。立法府を既に通ったその都度的に作成されたテキスト群に法律を付け加えるべきなのだろうか。諸々のリスクーひとつはブルカに誤った解放イメージを与えかねないイスラムのスティグマ化ーを考慮するならば、回答は否である。

まあ、幽霊の正体見たり枯れ尾花といいますかね。大先生レベルの瑣末な象徴をめぐる政治に見えてきました。ともあれもう少し実質的に意味のあることを人は討議すべきではないでしょうか。

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ブルカをめぐる熱い論争(3)

いや、暑いですねえ。コーラがうまい。このまま夏本番になってしまうのでしょうか。

やや一般論的に過ぎたような気もしますので今回はもう少し実態のイメージが掴めるような記事を紹介することにします。どちらも少し前の記事なので速報性はありません。右派のフィガロは基本的にライシテ支持の立場をとってきている訳ですが、今回は難易度が高い話なのでやや慎重な論調になっているような印象を受けますね。

”Qui sont les femmes qui portent la burqa en France ?”[Figaro]

まず「誰がブルカを纏っているのか」という記事です。メディアでは改宗したフランス人女性のケースに焦点が当たっているようですが、この記事でもとりあげられています。フランス国籍非保有者ばかりでなく、なんといったらいいのか、移民系や非移民系-何代か遡れば移民だったりしますが-のフランス人にもブルカ族はいる訳ですね。

頭から足まですっぽりと覆うこのヴェールを患う女性がいるが、「大部分は自発的にこの衣服を選んでいた」とイスラム専門家のベルナール・ゴダールは断言する。「多くはフランス国籍を保持している。彼女たちの間では改宗は悪くないと思われている」とかつて内務省の宗教局にいたこの人物は付け加える。「特定のセクトに入るように彼女たちはサラフィストになるのだ」と続ける。

ラディカルなイスラムを支持するサラフィストはフランスではまだ少数派にとどまっている。彼らは30000人から50000人とされる。しかし西洋の否定に麻痺してその勢力は徐々に拡大している。この原理主義はタブリーギーと同様に絶対的なものに飢える若者の心を正確に掴むが、その中には女性もいる。セクトの内部と同じようにメンバーは規則をつくり、コーランや数千のハディース-彼らが文字通りに尊重しようとしている預言者の言葉-を読み直して時を過ごしている。

フランスの多数派であるマーリク派イスラムは全身ヴェールを命じていない。このヴェールは古典的な宗教的義務にもマグレブの伝統にも属していない。しかしアルジェリアに根拠をもつパリ大モスクの指導者のみがニカブに反対の意思を示しているだけだ。他の運動は内部に原理主義的な周辺部を抱えることになるがゆえに困惑しているようだ、と国内情報局では分析されている。

宗教的高進

サラフィスムが広まるにつれてこうした女性たちのプロフィールも多様化している。多くは彼女たちの宗教的高進を家族や周囲との区別の要素となしている。ソフィアがそうであり、この成績優秀のbac持ちのパリ第七大学物理化学科の学生は学部の講堂に全身ヴェールでいつも現れては教授たちを不快にさせている。口頭試問で非常に優秀な点数をとった後に化粧品会社で働くことを夢見てシャネルの研修に参加した。

完璧に整えられたブロンド髪でやはり洗練された四人の子の母親の「デルフィヌ・アイカ」は挑発したがる。「あなたは私が脂ぎった髪だと思ったんですか。私には家に来る美容師の友だちがいるんですよ」。パリ地方の中流階級の家にカトリックとして生まれた彼女は「人生の意味」をもとめている多くの改宗者たちに加わった。「もちろんまずムスリムの男性と出会ったんです。でも信仰によってイスラムへと傾斜したのは私なんですよ」と彼女は語る。ヘッドスカーフからヒジャブ、そしてニカブへ。この推移の間に「私の服装を受け入れない」両親の支持を失ったが、彼女は新しい「姉妹たち」の「連帯」をますます大切なものとしている。

カリマはサン・ドニのシテのクルティユで育った。ぴったりしたジーンズ、イヤリング、ボーイフレンドといった平凡な若者時代の後に彼女は職業訓練に落ちて、世帯を持ったが、シテで人生が萎れ、地平が狭まっていくように感じている。イスラムに回帰した隣人を愛した彼女は夫の原理主義に従うことを受け入れている。ヘッドスカーフから全身ヴェールまで数年だった。この時代、彼女は子供を連れて歩く以外には彼と外出しなくなった。無信仰であるとみなす公的な幼稚園ではなく半ば難民的なサラフィストの託児所に通っている。家では子供の人形の顔は焼かれている。なにも表象してはならないからと・・・。二年後、アルジェリアに暮らすために出発する予定のカリマは苦悩を隠さない。夫は第二夫人をつくるだろうからと。

三人目のケースについては、みのもんた氏風に言えば、奥さん、そんな旦那なら別れちゃいなさいよ、となるのでしょうが、前の二人は自信たっぷりのようですね。パターナリスティックに関与することが正当化され得る場合もあるにせよ、一律的対応ではなくケースごとに対応を考えないとまずかろうと思うのはこうした多様な状況があるからです。なお彼女たちが自称しているのかどうかは不明ですが、サラフィストというのはスンナ派の復興主義的な厳格派を指す言葉で、そういうやばいのが今後フランスで広まるのではという不安がある訳ですね。

"À Vénissieux, terre d'expansion de la burqa"[Le Figaro]
「ブルカの広まる土地、ヴェニシューで」という記事ですが、ここは例のアンドレ・ゲラン氏が市長をやっていた町です。この町にいたブジアヌというイマームが姦通した女性への石打ち刑を肯定する発言をしたのが問題化した際にゲラン氏の名前は目にしたのですが、リヨン郊外のこの町で市長さんとしてヴェール化の波が広まるのを目撃し、この問題と取り組んできた訳ですね。前回のエントリで多少批判的な書き方もしましたが、問題に非常に近いところにいた当事者の視点という点で、高級街区で寛容を唱えるだけの人の視点よりかはなんぼか尊重しなくてはならないだろうとも思います。

「ヴェニシュー、そこはブルカの国だ!」とカップルで通り過ぎる19才のムラドは吹き出す。彼は髭をはやし、つばのない小さな帽子を被っていて彼女は真っ黒に「埋葬されている」。ミゲットのシテのマルシェの通路では今日は彼女は全身ヴェールを着用する少数派だ。彼女たちが慎み深くなるための合言葉が交わされる。信徒は火を消そうと努める。「いつもは三十人ぐらい見ますね」と野菜を売っているコリヌは語る。全体としては60000人の住民のこのリヨンの郊外には、共産党の市長のアンドレ・ゲランによれば、彼女たちが「100人以上」はいる。フランスで最も大規模な密集地帯のひとつである。「ブルカは氷山の一角に過ぎない。いくつかの地区では男女関係はすっかり監視下にある。イスラミスムは我々を真に脅かしているのだ」と議会調査委員会を求めて自らが引き起こした地震を正当化するかのようにこの議員は説明する。ひとつの舗石であり、またひとつの遺言でもある。かつてこの地域の産業周辺にできた都市の25年間の市政の後、市長は任期終了前に辞任を決定した。先週のことだ。辞めるのに先立ってこの町やフランスの他の地域を制圧する教条主義(integrisme)について彼は共和国に警告を与えようとしたのだ。

市役所窓口での日常的な事件

イスラムはおそらくヴェニシューの第一の宗教である。ゲランによれば、ここは人口の半分が外国、おそらくマグレブ出身である。そして鐘楼の下の祈祷室の大部分はサラフィストである。厳格なイスラムが毎日そこで広められる。Essalemのモスク、HLMの建物にはめ込まれたバンガローの近くで若者たちは言う。「女が男の近くにいるときはサタンがうろつくのだ」とある少年は言う。彼の兄弟は妻を「どこでも」同伴している。街路でニカブ、黒い全身ヴェールをまとう女性がほとんど誰も驚かせることなく歩き回っている。多くの者が彼女たちを知っている。彼女たちはこの街区で育ったのだ。彼女たちが共和国の規則と衝突するのは市役所の窓口である。「事件は日常茶飯です」とエレヌ・メクシスは嘆く。ヴェニシューの行政手続きの責任者である彼女は最前線にいる。身分証明書やパスポートを更新するための頭部を表に出す写真が暴力的な抗議を引き起こすのだ。「彼らは人種主義だと言って非難し、復讐すると脅すのですよ」。最後までヴェールを脱ぐのを拒否する女性たちもいる。彼女たちは身分証がないままである。しかし、所員が「しばしば発言を独占し、未来の伴侶がヴェールを脱ぐことを拒絶する男たち」と衝突するのは婚姻届の提出の際である。ところでテキストは明快である。すなわち市役所員は未来の夫婦のアイデンティティーを確認し、結婚が強制でも偽装でもないことを確かめるために顔を出して面談しなければならない。最後に祝福の式は顔を出して挙行されねばならない。

こうしたことがイスラムの規則に執着する者たち、移民たちだけでなく特にマグレブ系の若いフランス人や改宗したフランス人妻や夫を苛立たせるのだ、とエレヌ・メクシスは明言する。サン・パピエ[註:「紙なし」、非合法移民のこと]も忘れてはいけない。というのも地中海の両岸で宗教的グルを介した結婚もあるのだから。

こうしたカップルの子供たちが町の学校に就学している。教師は「ブルカ・ママ」を相手にしている。「私には2人いますね。一人は裂け目のところからのぞく目で、もう一人はシルエットで見分けられますよ」と母親担当の責任者のジャン・ムランは断言する。「私のママは娘が話題になると教室で顔を出しました」とレオ・ラグランジュ小学校の教師は思い出す。彼女は誰も排除したくないようだ。「ご承知のように飲んだくれの親というのもいます。彼らも相手にしています。大事なのは児童なんです」と彼女は付け加える。少女から執行猶予された女性性へ。校庭で「少女たちがまもなく着ることがなくなるスカートや背中を出した服」について話しているのをこの女性教師は聞くという。「彼女たちは自分たちの状況について鋭敏な意識を持っているんです」。いたるところで宗教的圧力が強まり、もっと小さな子供たちまで網に捕らえていく。シャルル・ペロー小学校の校長のパトリシア・トゥリュオンは13年前からヴェールが広まるのを見てきた。母親のほぼ半分が頭部を覆うようになっており、ジェラバがシルエットを画一化している。ブルカの女性は少ないままであり、パトリシア・トゥリュオンは子どもを預ける前にアイデンティティーを確認するためにヴェールを脱ぐよう求めている。しかし、「宗教的問題はブルカを超えています。幼稚園や小学校では非常に問題含みであることが明らかになっています」と彼女は不安だ。子供たちにその義務はないラダマンを行う児童もいる。「断食が学校活動と両立しないことを説明するために私は両親たちをみな呼んでいます」と言う。多くの児童が宗教的理由から学校の食堂に不満だ。市当局はハラールの肉を拒否したが、一週間に二日魚を出している。「その日には児童は増えますね」とジャン・ムラン小学校長のベルナール・キュルトは認める。木曜には例外的に豚肉が出ていたが、シャルル・ペロー小学校の登録者の4分の3は別の料理を注文した。また「幼稚園には人参を食べるのを拒否する子もいます。のどを掻っ切っていなかったからと言って」とパトリシア・トゥルュオンは語る。小学校では再生産に関する生物の授業がしばしば疑問視される。「反啓蒙主義が広まっている」と彼女は認める。

遅ればせの市の逆襲

1983年に「ブールの行進」が始まったのはヴェニシューからであった。失敗の後、暴力を阻止し、「完全なフランス人」となる希望を叫ぶために首都に向かった移民の師弟もいた。フランス社会と両親たちに自分たちはフランスに留まるつもりであり、統合されることを望み、平等を求めていることを告げるために10万人が到着した。権力の座についたばかりの左翼政権は移民に10年の滞在許可証を与えた。平等が期待されたが、失望が勝利した。イスラムもまた勝利した。宣教者がローヌ沿いの郊外を行き交う。1992年にムスリム青年連合(UJM)の第一回会合が開催されたのはここヴェニシューであった。ムスリムの兄弟のタリクとラマダンに影響されてリーダーたちは人種的軽蔑、イスラムの拒絶に社会的不正義を再び読みこんだ。先導者、教育者、調停者、スポーツ・インストラクターらがUJMの苗床から育ち、何年もかけてメッセージを中継した。1990年代以降、男たちはハムを追放すべく主婦のかごの中身を確かめ、女性の埋葬も拒否するようになった。市が反攻の狼煙を上げるためには2002年にサラフィストのイマームのブジアヌを追放しなければならなかった。地下室でない2つのモスクの計画が進行中である。伝統的なムスリム共同体との関係は強化された。サラフィストの拡大を阻止できていないが。

「こうした逸脱に宗教的応答をもたらすこと」

ギュイアンクール(イヴリヌ県)のイマームのアブデラリ・マムンによれば、フランスのいたるところで「忍者」女性の数が急上昇している。パリ地方で共同体が繁茂している。トラップ、ミュロ、マント、アルジャントゥイユ、ナンテール、サルトルヴィルで、またピュト、グリニー、エヴリ、さらにはロンジュモー、それからもっと農村的な地帯でも。「こうした逸脱に対して宗教的応答をもたさなければならない。たとえサラフィストがジハーディストでないにしても彼らは西洋を憎悪し、不信心者を軽蔑する一方でフランスのあらゆる社会的利益を利用する。教義が求めるようにムスリムの地に定着することなしにだ。彼らの二枚舌はムスリムの信仰告白をしたフランス人にも有害だ」と。これはヴェニシューで生まれ育った郊外選出議員国民協会長のムスタファ・グイラも共有する立場である。「こうしてブルカで挑発をしてフランスとその伝統に背を向けるべきではない」。

反ブルカ戦線は広いが、「ヴェールが、たとえ全身のヴェールでも、失業とプレカリテの禍を覆い隠す」ことを望まない者もある。ムスリムの信仰告白をしたフランス人の間でも多くが「ニカブを着用する者たちとの一種の連帯を衣服を守るためでなくアイデンティティーの内省ゆえに感じている」とローヌのムスリム信仰地域評議会長アゼディヌ・ガチは説明する。しかし若者の間にはこうした多くの頭部を再び覆うことになったヴェールを前にした相対的な無関心が存在する。「それぞれが自分の気に入るようにするさ」のイスラム版だと二ザールは要約する。「女性がブルカしたいならブルカする。したくならしないのさ!」。こうした言葉と軽いトーンは管理困難な現象を前にして議員たちが表明している増大する不安とはずれている。

以上、「忍者女性」の増大が巻き起こしているさまざまな波紋をまとめた記事です。社会面の記事は解説が必要な言葉がたくさん出るので困るのですが、まあ、細かい部分は飛ばしてください。記事中の「ブールの行進」というのは1983年の有名な最初の人種差別反対の運動のことでブールというのはマグレブ系移民二世や三世を表す言葉です。記事にあるようにフランスのムスリムの大部分が北アフリカのマグレブ地方出身で穏健なマーリク派に属していますが、なぜかアフガニスタンやパキスタンのブルカやペルシア湾岸諸国のニカブがフランスに出現して困惑をもたらしていると。この点は実際、この地域の出身者が多いイギリスとは少し違うようにも思えますが、90年代以降のテレコミュニケーション技術の発達によるところが大きいように思われますね。宗派と衣服の関連を十分に理解していないので詳しい方教えてくださいませ。マグレブでも同じような傾向がある訳ですかね。

具体的には役所や学校でのトラブルというひどく消耗するだろうけれどもちまちました話にまだとどまっているようですが、今後こうした傾向が延長される先になにが待っているのかとひどく不安にさせるようです。見慣れないものが周囲に増えていくことへの不安そのものは人情として理解可能ですし、こうした気持ちをなにかのレッテルを貼って蔑ろにするつもりはありませんが、ヴェールといういかにも関心を集めやすい可視的なものに議論が集中するのはどうなんだろうなとはやはり思います。具体的な行動につながりにくいテーマだと思うのですよね、全面禁止というのは筋悪だと思いますし。プラグマティックな観点からヴェールを脱がなければならない場面をルールとして設定するというのは意味があるかもしれませんけれども。ところで慣れるとブルカ・ママも目やシルエットで見分けられるのですねえ。それはたいしたものです。

ではでは。

追記

細かい部分の修正補足をしました(2009.7.11)

追記しておくと、これだとなにか一枚岩の勢力が拡大しているような像ですが、もっとごちゃごちゃした像だと思うのですね。そして下手な対策は逆に一枚岩の勢力を形成させてしまうリスクがあると思う訳です。こんな話は分りきっていると思うのですがね。

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ブルカをめぐる熱い論争(2)

で、ブルカの続きです。共和国の原理の護持派と文化的多様性の護持派の間で様々な意見が表明されているようですが、今のところは特に個人的には目新しい意見は目にしないかなといった感想です。ここのところやや忙しくて十分にフォローできているのかどうか分りませんけれども。ちなみにスカーフの頃に比べると後者の声が弱いような印象を受けます。それからこの大変な時期にこんな超少数派(せいぜい数千人、500万のムスリム人口比では取るに足らない数字)の問題で騒ぐのはうんざりだという感想を目にしますね。同感です。

今回の議論をざっと眺めていて気付くのはライシテの議論から女性の人権の議論に強調点が移動している点です。その点ではオランダなどの議論に近づいている印象を受けます。学校内での宗教的象徴の禁止とは違って公的空間全域でのライシテとなると、公的なものと私的なものの境界線の問題に直面し、合理的に推論するならば、例えばカトリックやユダヤ教の衣服までが問題化される可能性もなくはないでしょうから-実際、革命の際に司祭服が禁じられたことがありますが-フェミニズムの問題として提示するのが「賢い」のかもしれません。公的秩序概念とセットにして男女平等で攻めれば、法案は合憲になると考える法学者もいるようです。

それでどちらと言えば私が気になるのは具体的な政治的な動きのほうなので今回はそちらについて書いておきます。私にまだ見えないのが大統領側と例の調査委員会の距離です。学校スカーフの時にはシラク大統領は勧告を出したスタジ委員会に非常に距離が近かったのですが、サルコジ大統領が本気でブルカ禁止を法制化したいのかどうかにはまだやや疑問が残ります。大統領演説では強い言葉で批判した訳ですけれども、誰があの演説を書いたのかはだいたい想像できる。確かにサルコジ氏は内務相の時代から郊外の暴れん坊達と喧嘩してきた経歴を持つ人物ですが、本人は必ずしもごりごりの共和主義者という訳ではないと思うのですね。移民や外国人に関する問題についてむしろ彼らからはこの英米かぶれめと言われそうな見方を持っているところもあったりする。

まあ、どんな主義者なんだか少々不明な大統領は置いておいて、このたび立ち上がった超党派の32人の委員会に話を移すと、前に書いたようにこの調査委員会を主導しているのは共産党のアンドレ・ゲラン議員です。ローヌ県の議員さんですが、ずっとイスラムの過激派との戦いをしている人です。右派とも連帯して行動するせいか共産党内部では微妙な位置にあるようです。その他の経歴を見ると組合運動を指導したりといかにも立派な共産主義者です。過激な政治的イスラム主義との戦いそのものはもちろん正当化されると思いますが、私の目からは時にパライノイア的なすれすれの修辞を使っているようにも見えますね。

以下、ゲラン議員のブログにあった決議提案文の中のモチーフを説明している箇所の訳です。内容は①ライシテの来歴とその意義、②女性の人権への脅威の訴えから成っています。この提案文には89人の議員の署名がついています。かなり突貫訳なので変なところもあるかもしれません。気づいたら修正していきます。

Proposition de résolution n°1725 de André Gerin pour une commission d'enquête sur le port de la burqa

皆さん、1789年の人間と市民の権利の宣言は「何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の秩序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない」と定めています。

かくして我々の社会組織と我々の集合的歴史を構成するライシテの原理が誕生しました。

教会と国家を分離する1905年12月9日法は我々の制度にこれを根付かせました。信教の自由な実践は認められていますが、市民性と宗教的帰属の分離が確認されています。いかなる宗教といえどもその諸原則を社会の組織的規範として押し付けてはならないことになります。

1946年憲法以来、ライシテの原則は憲法的な価値を獲得しています。

第5共和国憲法第1条はこれを再びとりあげ、規定しています。

「フランスは世俗的(laique)、民主的、社会的な不可分なる共和国である。フランスは出自、人種、宗教の差別なく全市民の法の下の平等を保証する。フランスはすべての信仰を尊重する。」

この世俗的な枠組みは自閉的な、さらには互いに排除し合うような共同体のモザイクに押し込めるのではなく同じ領土の上で同じ信念を共有しない男女が共存する可能性と手段を提供するものなのです。

この意味においてライシテとはすべての者を社会へと統合するのです。ライシテは固有のアイデンティティーの権利の承認、個人の信念の尊重と社会的絆の間の均衡を創り出します。

国民的一体性、共和国の中立性、多様性の承認を強化することによって、ライシテは、伝統的な諸々の共同体を超えて、共通の価値に基づくひとつ運命共同体、共生の意志と欲望を基礎付けるものなのです。

それは共和国と市民に権利と義務をもたらすのです。ライシテが脅かされる時、フランス社会はその一体性、その共通運命を提示する能力において脅かされるのです。

歴史を通じて諸法がライシテの原理の法的確認を表明してきました。ライシテが危機にある時にこうした法律が必要であったのです。これに関して我々は明晰な証拠を示さなければなりません。

かくして児童が学校施設内で自らの宗教的帰属を誇示的に表明するための徴ないし衣服の着用を禁止する2004年3月15日の2004-228法にまでいたりました。

この法は2003年12月11日に共和国大統領ジャック・シラクによって委任されたライシテの原理の適用に関する「スタジ委員会」と呼ばれる熟慮の委員会の報告と勧告の延長上に位置付けられます。

我々は今日都市の街区においてまさに動く監獄に身体と頭部を完全に覆い、押し込めるブルカ、そして目のみを表に出すニカブを着用するムスリム女性達に直面しています。

イスラムのスカーフは宗教への帰属の明白な徴をなしていましたが、ここで我々はこうした実践の極端な段階を前にしているのです。

これは誇示的な宗教的表明のみならず女性の尊厳、女性性の表明に対する攻撃であります。

ブルカないしニカブを纏うことで女性は閉鎖、排除、屈辱の状態に置かれます。その存在すら否定されるのです。

これがイラン、アフガニスタン、サウジアラビアないし他のアラブ諸国からやって来る時、この囚われの女性達の光景は既に耐えられないものであります。こうした光景はフランス共和国の国土においては完全に受け入れられません。

さらにこうした衣服の着用に夫への、家族の男達への従属、市民性の否定が付け加わることを我々は知っています。

反白人、反フランス人種主義、反西洋観念の攻撃に基づいて姦通を犯した妻達への体罰に賛成した2004年4月のイマーム・ブジアヌの信仰表明を想起しなくてはなりません。

国務院は2008年6月27日の判決において政府が婚姻によるフランス国籍の獲得を拒否した(民法21条2、21条4)外国籍の人物のケースについて決定しなけければなりませんでした。関係者はその宗教のラディカルな実践の名においてフランス共同体、とりわけ男女平等の原則と両立しない社会行為をとったと考えらました。

国務院は申請者が民法が提示する同化の条件を満たしていないと結論づけました。

実際、彼女がイスラムの全身ヴェールを着用し、家族の男達の意志に完全に従って隠れて暮らしていたことを政府の委員が指摘しました。

他方、受入、統合契約の枠組みでANAEMが提供する言語研修の際にブルカを着用した別のムスリム女性のケースについてHALDEは決定しなければなりませんでした。

ANAEMの局長はこの研修を受ける者がブルカないしニカブを脱ぐ義務は人権と基本的自由の保護に関する欧州協定の第9条と14条の要請に合致しているかどうか知るためにHALDEに問い合わせました。

2008年9月15日の審議によってHALDEはこうした義務が上述の協定に合致していると決定しました。

かくしてHALDEは次のような結論に到達しています。
-ブルカは女性の従属の意味合いを持っており、これは宗教的射程を超えて、フランスではじめて認められた外国人に対する義務的研修の計画と統合の推進を統べる共和主義的な価値への攻撃と考えられる得る。

-ニカブないしブルカを脱ぐ義務は公安上の要請、個人を特定する必要性、さらには他者の権利と自由の保護という合法的目的によって正当化され得る。

こうした判例は有益でありますが、フランスで我々が許容できないこうした実践に直面するには十分ではあり得ません。

こうした理由から国民議会がこの件を採りあげ、調査委員会が組織されるように提案がなされているのです。


この委員会は既に2003年に個人の自由と若い女性の状況の深刻な後退にのしかかる脅威を指摘した「シュタージ委員会」の作業の継続に位置することでしょう。

この委員会は我々のライシテの原理に反する、そして我々の自由、平等、人間の尊厳の価値に反するこの共同体主義的な逸脱に終止符を打つために現状を調査し、勧告を定めることを任務とするでしょう。

こうした観察を条件として、皆さん、この決議提案文を採用することを皆さんに求めます。

ついでに書いておくと、イランではブルカは着用されていなかったと思います。原理主義=ブルカという思い込みが感じられる部分でした。今日はここまでにしておきます。またなにか動きがあったら続けます。ではでは。

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ブルカをめぐる熱い論争(1)

この奇妙な梅雨空の下、みなさまいかがお過ごしでしょうか。私はぼちぼちと生き長らえております。この不況の大変な時期にフランスではブルカをめぐる象徴政治が起動しているようです。何度か書いたような気がしますが、私自身は象徴をめぐる政治というのがどうも苦手みたいで、もっと実質的な物事に政治的リソースは配分しようぜ、とひどく世俗的な感想を持ってしまうのですが、やはり大きな話には違いないのでエントリしておきます。こうした多文化的な状況から発生する面倒な問題は日本にとってもそのうち他人事ではなくなるかもしれませんので格別欧州やフランスに関心のない人にとっても当地でなにが起こっているのか知っておくことに意味があろうかと思われるからです。

まずブルカとかニカブとかヒジャブとか言ってもイメージが湧かないという方も多かろうと思いますのでフォトをコピペしておきます。今、問題になっているのはブルカとニカブの二種類です。顔の隠れる全身タイプですが、目も隠すのがブルカで目は見えるのがニカブと呼ばれるようです。

Voiles1

で、他の欧州諸国同様にブルカに対する批判はフランスにも存在していましたが、そもそもブルカ人口がひどく少ないこともあって議論の焦点が学校でのスカーフ着用に集中してきた経緯は日本でもよく報じられたのでご存知だろうと思われます。前にこの措置に批判的なアサド氏の論文を紹介したことがありますが、共和国の非宗教性-仏語でライシテlaicite-の原則に反するということで2004年に他の宗教的象徴とともに法的に禁止された訳です。それでこれは公立学校という特定された空間内の話だった訳ですが、今度は限定性を欠いた公的空間でブルカないしニカブの着用を禁止するという話にまで展開しています。

英語ソースだとEconomistとBBCの記事が短くまとまっているのでリンクしておきます。だいたいの経緯がつかめます。

"No cover up"[Economist]

"France sets up burka commission"[BBC]

"Sarkozy seaks out against burka"[BBC]

それでナポレオン以来とされる6月22日の象徴的な議会演説の場でのサルコジ大統領の発言ですが、引用しておきますと、

"Je veux le dire solennellement, elle [la burqa] ne sera pas la bienvenue sur le territoire de la République française. Nous ne pouvons pas accepter dans notre pays des femmes prisonnières derrière un grillage, coupées de toute vie sociale, privées de toute identité. Ce n’est pas l’idée que la République française se fait de la dignité de la femme."
私は以下謹んで申し上げたいと願うのですが、ブルカはフランス共和国の領土では歓迎されないでしょう。私たちは社会生活から切り離され、アイデンティティーを奪われた、格子の向こうの囚われの女性たちを我が国に受け入れることはできないのであります。これはフランス共和国が女性の尊厳について抱く理念ではないのであります。

これと連動するように超党派の議員グループが公的空間におけるブルカ禁止の可能性の検討も含む実態調査の委員会を立ち上げることになります。注目されるのはこの動きを先導しているのは共産党のアンドレ・ゲラン議員、つまり左翼である点です。委員会メンバーには社会党の議員も含まれています。全体として左派が少数派に対して共感的になるという傾向性はやはりありますが、左派とて共和主義的な原則を重視する人は多いですので、日本の左右のイメージで接近すると多少の認知上の不協和を起こすことになると思います。それほど単純な構図でもないです。

また発端になったのは米国大統領オバマ氏のカイロ演説とされます。ヴェールやスカーフを着用することを禁止する西洋の国もあるが、ムスリムの宗教的信念は守られるべきである、と発言したことが、フランスの神経をいたく刺激してしまったと。そもそも政教分離の考えというのは西洋で括られる諸国の間でも違いがあってその中でも米仏は両端に位置するといってもいいように思われます。好意的政教分離と敵対的政教分離などとも言われるようですが。さらにフランスのライシテというのは法制度的な問題ではありますが、それだけではなくて、なんといいますか、精神とか感性にまでかかわるところがあるようなのですね。自由であることの価値と世俗的であることの価値の結合がある。こうなると価値観のぶつかり合いになる他ない。文化的多様性と寛容を説く人々もけっこう多い訳ですが、この服装に違和感ないし不快感を抱く人のほうがだいぶ多いだろうと想像します。

論争は始まったばかりでいろいろな声があがっているので何度かにわけてエントリしたいと思います。まず米仏の話になりましたのでアメリカ人のフランスウォッチャーの視点を紹介しておきます。

"Burqa Politics in France"by Michelle Goldberg[The American Prospect]

立法権の独立を守るための19世紀の法を廃棄した最近の改革のおかげで月曜にニコラ・サルコジはシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルト以来初めて議会に演説する最初のフランス大統領となった。この機会に、サルコジの強い言葉がフランスではほとんど着用する女性のいない衣服を非難することに向けられたのはむしろ奇妙であった。ブルカは「女性の服従、従属の象徴である」と彼は述べたのだ。それは「フランスでは受け入れられない」と彼は付け加えた。ヘッドスカーフは2004年以来フランスの学校では禁止されている。今やサルコジはさらに先に進んで、顔を隠すヴェールであるニカブとともにブルカ、すなわ女性の全身をすっぽりと包み込むゆったりとしたヴェールを公的な空間のどこであれ着用することを禁止しようとしている。.

これは部分的にカイロ演説の一部でフランス人を激怒させたオバマへの非難である。髪を隠すことを選択する女性はどういうわけか平等ではないとする西洋の一部の見方を拒絶する、とオバマが述べた際に、フランスの多くの人々はこの国の共和主義的なライシテ-信仰は私的領域に帰属されられるべきことを求める-への攻撃ととったのである。ニュージャージーのプリンストン高等研究所の歴史家で2007年の『ヴェールの政治学』の著者であるジョアン・スコットは「強い抗議の声とひどく侮辱されたという感覚が」存在したと言う。「サルコジの言葉はこれに対する応答以外には読解できないと私は思う」。

おそらく怒りそのものよりも重要なのはこれがうみだしたチャンスであり、この発言は左翼に不快感を与えることなくフランスの反移民的な右翼にリーチをのばす機会をサルコジに与えたのだ。ムスリム女性の服装は他の欧州の国々と同じくフランスでは長らく政治問題である。ヘッドスカーフ、ヴェール、ブルカをめぐる討議は大量のムスリム移民時代の文化的アイデンティティーというもっと射程が広く、不安を与える問題の提喩である。イスラムは欧州の生活を変えている。多くの欧州人を不愉快にするような仕方で。しかし人種主義や外国人嫌悪をともなうことなくこの話をすることは欧州人にとって困難である。欧州人が自文化の優位性を確信できるひとつの場所が性に関わる領域なのだ。フェミニズムと女性解放がナショナリズムの道具となるのである。

2002年の暗殺の前にはオランダの首相に手が届くところにあったカラフルな反移民政治家のピム・フィルトゥインにこれは明瞭であった。フォルトゥインは寛容で知られたオランダ文化にムスリム移民が与えるとする脅威に対して十字軍的な戦いを挑んだ。彼が語ったところでは男達は突然通りで手をつなぐことを怖れ、教師は移民の生徒に同性愛者であることを認めるのを躊躇うようになった。「私はもう一度女性と同性愛者の解放を経過したいとは思わない」と彼はリポーターに述べた。

彼の批判にはなにものかがあった。リベラリズムと多文化主義に矛盾があることを保守はずっと指摘してきたが、リベラルは長いことこれを無視してきた。右派ジャーナリストの中でたぶん最も知的なクリストファー・コールドウェルは来月『欧州における革命の省察。移民、イスラム、西洋』という新刊を出すが、その中で「イスラムは欧州のよき慣習、受け入れられた理念、国家の構造を破壊した-あるいは適応を要求し、あるいはその擁護を再び議論させた」と論じている。

こうした譲歩のいくつかはささやかなものである。例えば、公共のプールの男女別の時間とかムスリムの雇用者への刺激を避けるために仕事の後の一杯を止めるビジネスとかだ。いくつかの譲歩はより大きなものである。例えばスウェーデンではある閣僚がアフリカ系移民を狙い撃ちせずに女性の割礼と戦うために「すべての少女の性器の国民的検査を提案した」とコールドウェルは指摘している。イギリスの労働・年金機関は一夫多妻婚の妻たちに便宜を提供し始めているし、フランスのある判事は妻が処女性について嘘をついたという理由でムスリムのカップルの婚姻を解消し、それゆえ本質的に妻が夫と結んだ契約を論議した。

世俗的なマジョリティーと信仰深いマイノリティーの衝突が生み出す、この言葉として発せられないが、渦巻いている緊張を反移民の政治家は容易く利用できる。ブルカは欧州文明に対する脅威の象徴になっている。右派のオランダ人議員のヘルト・ウィルダースは2006年にブルカを「中世的な象徴、女性に敵対する象徴」と呼んで禁止しようとした(翌年、彼はコーランを「イスラムのマイン・カンプ」と呼んで禁止するよう呼びかけた)。ベルギーのいくつかの都市はブルカとニカブを禁止し、着用する女性は罰金を徴収されている。

「サルコジにとってはフランスの極右政党の国民戦線から票を獲得することがすべてである」とスコットは言う。「反移民の政治はこの大きな部分である。サルコジはフランス性のチャンピオンの立場をずっと引き受けてきた。これはフランスのナショナル・アイデンティティーの保護者と自らを称することのできるようなイシューを見つけるのに政治的にうまく使える」。

ブルカの禁止はもちろんアメリカの文脈では考えられないことである。というのも我々の政教分離の理解、表現の自由の理解はフランスで流布するそれとはかなり異なっているからだ。「アメリカでは政教分離は国家からの宗教の保護に関わる」とスコットは言う。「フランスではこの理念は宗教的な主張から個人を保護するためのものなのだ。個人が共同体によって抑圧されていると考えられるときには国家は個人のために介入できるのだ」。

しかしこうした国家介入は個々の女性に対して不利に機能してしまうこともあり得る。例えば昨年フランス人男性と結婚したモロッコ人女性は夫の求めでブルカを着用したせいでフランス市民権を拒否された。判決は「フランス共同体の基本的価値、とりわけ男女平等の原則と両立しない彼女のラディカルな宗教的実践と社会的行為」を言明した。研究者のセシル・ラボルドによれば、政党、知識人、ジャーナリストはこの判決をほとんど全員一致で賞賛した。

同じようにサルコジのブルカ禁止はフランスのムスリム・ゲットーにルーツを持つNi Putes Ni Soumisesを含むかなりのフェミニストの支持を受けている。この団体の立場は真面目に受け止める価値がある。というのもイスラム原理主義に対する闘争は彼女達にとって生死に関わる問題であり続けているからである。ソマリア系オランダ人フェミニストのアヤーン・ヒルシ・アリのように彼女達の活動は多文化的な信心のあり方[適訳見つからず。multicultural pieties]への中和として役立っている。

しかし、結局のところ、ブルカを着用するフランス人女性が自らを抑圧されているとみなしているなんの証拠もない。「誰にも強制されておらず、こうした慎みの形は世界の中で自分の望ましいあり方に適していると考えて、ブルカを着用している女性たちがいる」とスコットは言う。「彼女たちと強制されている女性たちを区別するのは困難だ」。そういう訳だから結局、女性の権利増進のために通過するとされる禁止法はその代わりに彼女たちの自由を侵害し、彼女たちが価値あるものとみなしているものを奪い取ることになり得るのだ。さらにひどい場合には、それは最も原理主義的な世帯の女性たちが家の中に閉じ込められることにもつながり得る。たとえ彼女たちの服装がフランスが正しくも聖なるものとみなす世俗主義への非難に見えたとしても解放の名の下にこうした女性たちの選択肢を制限することは残酷である。

以上、まとめると、①世俗主義とフェミニズムがナショナリズムの道具になっている、②ブルカを「自由意志」で選択している女性の自由の侵害になる危険がある、としてブルカ禁止の動きを批判じています。リベラリズムと多文化主義の両立不可能性の指摘や移民系のフェミニストの活動の評価に見られるようにムスリム側に全面的に寄り添った立場をとっている訳ではないようです。論者ですが、これまでいくつかの記事を読んだ限りではイデオロギー色の薄い分析肌の人という印象があります。簡単にコメントしておくと、

①の要素は引用されるスコット氏の見解に完全に同意しないとしても、その要素の存在は否定できないように思われます。そもそも発端がオバマ演説への反発にあったようにアングロサクソン的な多文化主義-フランスから見るとそういう言い方になります-への対抗心、オルタナティブな普遍としてのフランスというナショナルな意識が存在しているのは事実でしょうし、こういう「瑣末」な象徴への苛立ちは直接ではないにしても反移民の淀んだ空気と無縁とは言えないところもあるでしょう。だいたい女性の人権などさほど興味のなさそうな人々が吼えている光景というのもあったりする訳です。お馬鹿さんたちの例を出してそれを一般化するつもりはないですけれども。サルコジ政権については大統領選の際に移民問題で政治を展開して極右票を取り込んだのは事実だと思いますが、その後は右に左に節操なく舵を切っていて極右から見ればムスリムに甘すぎ、極左から見れば反移民的といった具合に両方から叩かれているように見えます。不況で支持率が下がってきているところで紛糾確実のネタを振ったと見ることもできるかもしれませんが、舞台裏は私には見えません。

②の論点については、強制されているので助けてほしいという声が多くあるのであれば話は別ですが、そうではないところが問題に思えます。さまざまな動機から着用を「意思」する人-フランス生まれの二世の動機はそれほど自明ではない-をどう説得するのかは個人的にはよく分りません。お前の意思は嘘の意思だとでも強弁するのでしょうか、そういうお前は誰なんだということになりそうに思えます。そもそも論的になりますが、例えば、私は毎日ネクタイをつけている訳ですが、この犬の舌みたいな物体を着用することを私は「選択」しているのだろうかと本気で自問するならば、今日は気分的にこれがいいとかこれプレゼントされたのはありがたいけれどもどうもつける気にはなれないなとかあれこれ選択しているような気もする一方で、結局のところ、慣習に従っているだけで期待がなければこんな犬ベロ首に巻くことはあるまいという気もしてくるといった具合に自由意思の有無は本人ですらよく分らないところがある訳ですね。ただなんにせよそれはこっちの問題であって、政府に私の意思と欲望の在り処を指摘し、決定して欲しいとは思えないと。

という訳で政治思想的には共和主義よりは自由主義に寄っていることもあって-多文化主義には懐疑的-かなりお節介な話に思えるのですが、かの国の国体に関わる話なのでこの問題をめぐる紛糾はまだまだ続くでしょう。回をあらためて他の論点に言及していきます。

ではでは。

追記

細かい表現の修正と補足しました(2009.7.2)。

BBCでBHLとKen Livingstonが英米英仏の対応の違いについて議論してます。BHLが訛った英語でまくしてています。http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/newsnight/8118735.stm

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村と帝国の戦いでは村を支援せよ

(タイトルに特に意味はありません)

コメント欄でリクエストがあったのでグーグル・アース事件に関するル・モンド記事の訳をアップしておきます。話題になったAP記事に比べるとだいぶ短いですが、この問題について非常に詳しい記者の記事なので意味があるかもしれません。また部落解放同盟の古地図に対するスタンスがあまり世の中に伝わっていないようなのでその点で価値があるかもしれませんね。地名削除は歴史の抹消を意味してしまう、というのが同盟の見解のようです。基本的スタンスはココにありますね。文脈を無視して複製をアップしたのも、問題化すると泡を食って地名削除に及んだのも不満である、と。そうですね、個人的には古地図から地名の削除というのは薄気味悪いです。

「日本でグーグルが禁じられた地区に侵入する」ル・モンド5月20日フィリップ・ポンス

その性質から言って古地図より無害なものはあるだろうか。徳川将軍時代(1606-1868)の東京と大阪の歴史地図を公開した時、グーグル・アースは自らがタブーに抵触することになるとは知らなかった。かつて差別の対象となった社会の周縁の者たちが居住していた-現在もその子孫の一部の者たちが暮らしている-地区を地図上で位置決定することが引き起こすかもしれない偏見を理由に、この検索エンジンは数週間前から法務省の調査対象となっている。

1871年に差別は廃止されたが、この社会カテゴリーの者たち-生まれた場所ないし居住地以外には他の日本人といかなる違いもない-への偏見は人々の心性に深く根を下ろしている。グーグルのおかげで今後は”burakumin”(「小集落の住民」の意)地区を位置づけることは容易くなる。公式には彼らは150万人とされるが、その倍いるかもしれない。その一部は列島各地の4000ヶ所で暮らしている。その土地の名はしばしば変更されたが、微妙な差異をとどめている。

”eta”(穢れた者の意)は彼らの職(皮革、屠殺、解体の従事者)ゆえに仏教から非難され、下層階級のいかがわしい周辺の者たち(娼婦、物乞い、落伍者、軽業師)である"hinin"(非-人間の意)は特別の地区に押し込められた。差別が廃止された後も彼らはそこにとどまり、やがて農村から都市へ移住した大勢の困窮者たちがそこに合流した。先祖に関わる偏見は区別を欠いたこの貧困層へと押し広められることになった。

家族の秘密

生まれた場所でこの「部落の民」を「同定」することはできない。かつての「ゲットー」の場所のリストが内密に企業の人材サーヴィスを流通している事実は根強い偏見を証言している。今後はこうした地区がかつてはゲットーであったことを知るのにワンクリックで十分になるし、ゲットーを特定するには古地図と新しい地図を重ね合わせるだけで十分になる。

古地図の複製は日本では禁止されていないが、一般に歴史的説明の補足がつく。カリフォルニアのコレクター所蔵の地図をオンライン化するにあたってグーグルは用心を欠いた。最も重要な反差別団体である部落解放同盟は反応した。二週間後、グーグルは”eta”のような差別的言及を地図から削除した。しかし解放同盟は満足していない。というのも「それはそこに暮らした人々を世界から抹消することに帰着する」からだ。かつてのカースト外の人々をめぐるやっかいな問題はここでは慎重に取り扱われているのだ。グーグルが頓着しない「家族の秘密」の問題は。

といった具合にグーグルの慎重さの欠如にやや批判的なトーンです。ついでに書いておくと、成長の壁にぶつかりつつあるかに見えるこの企業をめぐって近年日本で起きている諸事件は兆候的に思えます。ストリート・ヴュー事件の際にも英語圏論者には日本の文化ナショナリズムの主張のように受け止めるむきが多かった印象がありますが、日本的近代における公私区分編成の問題なのか公共的なものと世間的なものとの争いなのかシステムに対する生活世界の側の抵抗なのかあるいはこうした説明は嘘っぱちなのかよく知りませんが、日本だけでなく世界中でこうした問題は起こり得るのではないでしょうかね。グローバル化の概念と関わってくるのでしょうけれども、私がこの言葉から連想するのはマクドナルド化する世界のような平板化のイメージでも文明の対立のようなシンプルな闘争のイメージでもなく、どこが内でどこが外なのか不分明な入り組んだ文脈間の絶えざる折衝のイメージです。

追記

で、この件についてどういう要望の下に折衝がなされるべきかがそもそもよく見えてこないのが困ったところですね。

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マスクな一日

"Despite Political Uncertainty, Japan Can Still Show the Flag"[CSIS]

グリーン氏とセーチェニ氏の論評です。日米同盟に関して悲観的な声が広まっている。政局の混迷がこれに拍車をかけている。しかし日本の戦略的信頼性や重要性は過小評価されるべきではない、現在の混迷は55年体制の最終局面なのである、といい、先日の飛翔体発射への対応やインド洋への海自派遣、シンクタンクの戦略提案、憲法改正の支持率等の例を挙げ、両国とも同盟の未来について野心的になるべきだとしています。民主党に関する言及部分が気になるところですが、基地問題について鳩山はプラグマティストだが、党内左派や社民党のマネージをしないといけないのだ、とか、「よりバランスのとれた」同盟というのがアジアでの積極外交を意味するならば米国にとってもいいことだとかいった具合にフォローが入っています。悲観論への牽制ということなんでしょうが、それはもともと性急な期待をするから悲観的になるのであって・・・、まあ、当面はぐずぐずしつつ身動きができる範囲を少しずつ広げるしかないのでしょう。アフガンもどうなるのかよく分りませんしね。

たぶんイメージだけなんでしょうけれども、米国側の日本への信頼度はずいぶん高いですね(HT to Curzon)。価値観の離れた大国の台頭を前にした漠たる不安が米国市民にあって伝統的な同盟国の存在に安堵するという部分があるのかもしれません。ついでにこれも不安の投影なんでしょうけれども、ごく一部には日本国民の漠たる対米不信をイデオロギー的な反米と取り違える過敏な反応も見られますね。

"Call: Economic recovery but political gridlock in Japan"[FP]

経済的にはどうやら日本は底を打っているようだが、政治的な混迷が気がかりだというブレマー氏の記事です。自民党と民主党の不満層が中道的な第三党を結成するだろうという情報を個人的に得たと書いています。中国が台頭し、オバマ政権が新たな関係を結ぼうとし、回復が構造改革のチャンスを提供しようとしているときに政治的麻痺状態が続くようだとこれは日米にとって悪いニュースだと述べています。ところで民主党のrising starって誰でしょう。なんとなく想像はつきますけれども、この情報は意味があるのですかね。

Face à la grippe, "les Japonais restent calmes"[Le Monde]

こちらのル・モンド記事は在日フランス人たちによる列島リポートです。学校が閉鎖されたとか会社で注意喚起があったとかマスクが売れているとかあるが、一部のジャーナリストが主張するようなパニックはないと口を揃えて述べています。不安感は漂っているが、市民はごく落ち着いていて普段と変わらない、と。そうですね、私の見る限りでも、のほほんとした空気に見えますね。マスクの着用についてはどうすんべと思っていたのですが、職場で支給されて着用を要求されました。暑苦しかったです。

"Au Japon, Google s'aventure en zone interdite"[Le Monde]

フランス語圏の日本記事にはほとんど言及していませんが、一応読んでいます。言及しないのは日仏関係に関心のある人以外にはそれほど意味がないように思われるからです。これはグーグル・マップの古地図に被差別部落名が記載されていた例の話です。この問題の歴史や現状についての要領のいい説明があり、グーグルは「家族の秘密」には顧慮しないといったまとめ方をしています。グーグル的なものの受け止め方にはいろいろある訳でしょうが、書き手のポンス氏には微妙な留保があるのかもしれません。私は検索以外は使わないのでどういうサービスがあるのかもよく理解していませんが。

ちなみに同記者が一時期「反日」と呼ばれているのを見たことがありますが、基本的に日本の歴史と文化に対する敬意と日本国民への共感がある方ですのでそう思ったことはありません。もっとも政治レベルでの氏の進歩派への共感と保守派への反感はあまり買いませんが。しつこいようですが、それは私が概して保守派に共感し、進歩派に反感を抱いているからではなく(保守にも進歩にも共感できる人も反感を抱く人もいます)、社会的現実から遊離した現在の言論の対立構造に不満だからです。また対立の存在そのものに批判的なのではなく現在の日本が直面している問題に合わせて対立軸をずらして欲しい訳です。実際には言論と関係なく事態は進行している訳ですが、それはいいことではないでしょう。

最後に地図の話については確かに現実的な不都合があるところにはあるのかもしれませんが、これだとタブーを強化するような気もするのでこれでいいのかなという感じがどこかに残ります。コメント欄ではフランスの郊外のいわゆる敏感な地区の問題が言及されていますが、この話ではやはりカゴの話が想起されるべきでしょうね。

"Wakamatsu voit rouge"[Liberation]

"Ce film est adressé aux jeunes Japonais"[Liberation]

連合赤軍映画のフランス公開に合わせた若松監督の紹介記事とインタビューです。日本の伝説の怪物といった具合に60年代70年代の文化的カミカゼぶりを紹介しています。「教訓。怖れるな!」という結論です。インタビューでは監督が戦後史における学生運動について説明し(あれは父達の失敗を繰り返さないための闘争だったのだ・・・)、これは日本の若者たちへの映画なのだと語っています。いかに彼らが失敗したのかを記録として伝えたいのだ、と。連合赤軍には肯定的にも否定的にも思い入れはないのですが、この武勲詩・聖女伝にはなんだかなと思わされました。歴史的落とし前をつけたいという孤独なモチーフそのものはいいとして監督が語る世代論の枠組みを借りるならば、氏の敗戦映画は甘過ぎて例えば父世代の岡本喜八の敗戦映画の足元にも及ばないように思えます。それとやはり女性闘士の問題は氏には扱えないようです。それから実際、世相に大きな影響を与えた以上仕方ないのかもしれませんが、あり得べき日本の社会運動というものを想像する時、これがピリオドだと言わんばかりの事件の神話化は好ましくないでしょう。前にも書きましたが、実際には歴史は続いている訳ですから。

なんのまとまりもないエントリですが、ただの日記ということで。

追記

"Spread of Swine Flu Puts Japan in Crisis Mode"[NYT]

「一部のジャーナリスト」って田淵さんですかね。ほぼ予想通りの展開でオチがついたようでなによりです。もはや伝統芸ですね。

"Random gaijin mail magazine dude nails it on Japan's media-fueled swine flu panic"[MTG]

あるいは私や私の周囲が暢気すぎるだけで世の中的にはパニックになっているのでしょうかね。うーむ。

「リスク」というのは大げさだったかもしれませんが、言語共同体に安住して日本国民とコミュニケーションをとろうとしない在日外国人が多いようですので日本語で書く方が増えるといいなと願っているのですね。批判的な内容でも同じ目線の高さから発せられた誠実な声ならば大概の人は真面目に聞くと思いますよ。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=NeVdlNZ4yMQ

テレサ・テン『つぐない』(1984年昭和59年)

三木たかし先生の訃報は残念でした。平和のうちにお休みください。

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疫学的想像力

"Misreading the Map: The Road to Jerualem Does Not Lead Through Teheran"[Foreign Affairs]

リアリストの声が大きくなるにつれ、特に先日のガザ侵攻以降、米国でのイスラエルに関する論調のトーンに変化が生じている点については多くの人々が気づくところでしょうけれども、このフォーリン・アフェアーズの記事はごく冷静な筆致でオバマ政権はネタニヤフの言うことを聞かずにイランに対抗することよりもパレスチナ問題の解決に焦点をあてたほうがいいと進言しています。イランの台頭を前にしてスンナ派諸国とイスラエルの間に利害の一致が出来つつあるように見えるが、イランへの強攻策は各国の国内世論を反米、反イスラエルに傾かせることになる。こんな言い方をしていますね。

But the fact that they share certain U.S. or Israeli strategic concerns will not create the foundation for long-term strategic alliances (as opposed to ad-hoc tactical arrangements). In the Middle East, as elsewhere, one-night stands do not necessarily lead to marriage.

それでイランの核開発を遅延化させるべく交渉しつつ、その日が来た後に備えて抑止の枠組みをつくらなくてはならない。一方で中東の不安定化の根源にはパスレチナ問題があり、オバマ政権はこの解決に向けて力を注がなければならない、と。

"The good, the bad, and the unknown"[Foreign Policy]

でこちらはスティーブンのほうのウォルト氏のブログの記事ですが、基本的な認識で上の記事と一致しているようです。イラン問題とパレスチナ問題のリンケージははずすべきであり、後者についてオバマ政権は具体的に動きべきだ、と。リアリストのイスラエルに対する見方は長期的には必ずしもイスラエルにとってマイナスばかりだとは思わないのですが、イスラエル側-といっても多様な訳ですが-に想像的に内在してみるとかなりきつく見えるでしょうねえ。

アメリカ知らずのくせに余計なことを書いておくと米国のリアリストにも微妙な印象を抱くことがあります。悪いという意味ではないですが、彼らもまたアメリカ的に感じられます。欧州系のリアリズムとはなにか違う。もちろん我が邦のそれとも。今は亡き永井陽之助氏が冷戦期の封じ込め(containment)や隔離(quarantine)言説に関して指摘した「疫学的戦略観」-イノセントな国土の健康を守るために遠隔からの病原菌の進入を防ぐべく伝統的な勢力圏を無視して防疫ライン・道義的ラインを引こうとする-に彼らもまた多かれ少なかれ規定されているように見えるからなんでしょうか。そこに葛藤と苦悩があり、そこから特有の悲劇的トーンが出てくるのでしょうけれども、そこに米国的なものを感知する訳ですね。

日米同盟に関するNYTのオピニオン記事。日本の政局の混迷の中で日米同盟は漂流しつつある、変化するアジア情勢に応じて更新が必要であるという意見です。ごく穏当な内容ですが、注目すべきは北方領土問題を含めた日露関係の改善と日米韓の三カ国の関係強化の言及でしょうか。歴史を遡るならば領土をめぐる日露交渉の難航の責任の一端は米国にもあると思われるのですが(別に責める気もないですが)、米国が日露関係についてどう考えているのかは今ひとつよく分らないです。米国の戦略と両立する形で日本が中露のバランサーをつとめるというのはgeopolitically correctな選択のようにも思えるのですが、日本側にはそんな意志はなさそうですね。日韓については互いにhistorical antagonistsとみなし合っているのではなくて片方が一方的に・・・まあ、いいです。基地問題については語るも憂鬱なのでパスしたいところですが、国土防衛の役割分担についての小幅な-象徴的には大幅な-変更があってしかるべき時期かもしれませんし、それに応じた再編の構想案が民間からも出てきてもいいように思えます。ちなみにリアリストから見ても、

Moreover, mounting voter frustration in Japan with an unresponsive political system leaves the door ajar for nationalist politicians and policies, which undermine Tokyo’s ability to cooperate on pressing issues.

という風に見えていると思われます。ナショナリストのみなさんは、たとえそんなものを信じていなくとも、交渉とか協力とか妥協とかの重要性を語る芝居の稽古をしたほうがよろしいかと存じます。曇りなき赤心に加えて蛇のごとき狡猾なくして祖国の生き残りははかれませんです。

"The concept of quarantine in history"[pdf]

豚インフルエンザをめぐって検疫が話題になっていますが、この語は英語だとquarantineといいますね。語源はイタリア語の40を意味するquarantaとされます。ヴェネチア共和国とビザンツ帝国の間にあって東地中海商業の覇権を握ったラグ-ザ(現ドゥブロクニク)において黒死病到来に対応して1377年に敷かれた制度が現在の検疫体制の起源とされることは西洋史好きならばご存知でしょう。これは検疫概念の歴史についての概略的な記事ですが、ラグ-ザの検疫体制について特筆しています。旅人を40日間隔離したのですね。というわけでquarantineという語は黒死病と隔離の暗い歴史を想起させ、また日本と同様に人権に敏感な人々に懸念を呼び起こす語であるようです。中国の検疫についてのNYTの第一報における日本の不正確な言及およびその修正についてはGlobal Talk21さんがエントリされておりましたが、政府にはきちんとbecauseを内外に説明できるよう準備することを願います。

またマスクの着用をめぐってなんだかあちこちで小競り合いがあるようですが、MTGのアダムさんが日本語でエントリされていました。「日本語で書く」というリスクをとっている人々の意見は賛成するにせよ反対するにせよ尊重するのが礼節というものかと存じます。公衆衛生の知識が乏しいのでなんとも言えないところがありますが、個人的には我が邦のマスク文化には国土地理的、都市構造的な観点から言って一定の合理性があるように思われるのですけれども、どうなんでしょうね。

ではでは。

追記

政府の対策に批判的に言及している笹山氏が記事で日本の「清浄国神話」に触れています。米国の疫学的想像力とはなにか違う感じがありますが、孤立主義の伝統から来るものというのはあるのかもしれませんね。なんだかあやしい日本論やアメリカ論になってしまいそうなのでこれ以上は止めておきますが、この点に関連してアメリカ人の日本言説に自己の投影を感じることがあります。

などと呑気なことを書いているうちに国内での感染が始まってしまったようですね。ふう。気をつけましょう。

一部簡単な説明を追加しました。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=vHt1t-GxNWw

ジノ・ヴァネリ『Brother to Brother』(1978年)

北米のラテン男ヴァネリの代表曲。ヴァネリの歌唱にはいつも圧倒されます。胸毛もナイスです。

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革命前夜?

フランス関連で最近話題になっていた記事をクリップしておきます。

"Villepin s'inquiète d'un "risque révolutionnaire" en France"[Le Monde]

前首相のド・ヴィルパン氏が「フランスには革命のリスクがある」と発言したという記事です。失業者の間の「強い怒り」と「絶望」に対して社会政策を訴える文脈にあるこの発言ですが、ずいぶんあちこちで採りあげられていますね。「予測できない社会的反応」、「コントロール不能の集合行動」に備えるべく全速力で非常措置を取らねばならぬとのこと。内閣改造の話を振られたのに対して2年の首相任期は長いが、自分は首相に返り咲く気はないと述べた模様です。

"Avant un 1er-Mai massif, le climat social se tend"[JDD]

昨今の社会的緊張を扱った記事です。メイ・デイを前にしてかの国では例によってデモやストが各地で起こっている訳ですが、学校でも工場でもラディカル化の兆しが見えているようです。ド・ヴィルパン氏の「革命のリスク」発言に加えて、記事によれば、やはり元首相のラファラン氏がフランスの「熱い血」について語っているようです。熱いですよね、本当に。ユベール・ランディエ氏によれば、「社会危機は常に予測できないものだが、確かに火種がある」と言います。大統領の失言のようなほんの一刺しが火に油を注ぐことになるだろう、と。ただ1970年代に比べたらまだまだ全然温いとしています。それから記事はCGTのような組合が現在は運動のラディカル化を抑えつつ、政治に働きかけようとしている点についても触れています。平等や自由を求める情熱は高まっているが、1968-2009はないだろうとしています。

"Who wants a new French revolution ?"[Times]

でタイムズもド・ヴィルパン氏の発言を採りあげてその可能性はないとしています。この発言については、

Revolution is being talked up by people in the Establishment with their own ambitions at heart. Villepin is the most glaring example. He is a never-elected diplomat who owed all his government appointments to his mentor President Jacques Chirac. He is to stand trial later this year on charges of trying to smear Sarkozy in the so-called Clearstream affair. Last Sunday he talked of possible revolution saying he feared that public despair would lead to "collective behaviour that we might not be able to control". On Friday, he announced that he hoped to stand against Sarkozy in the next presidential election in 2012.

といった具合に政局的な解釈をしています。またロワイヤル氏も大統領攻撃を強め、フランスのために海外に対して「謝罪」する発言をしたり、暴力的な事件のたびに労働者と連帯して革命を訴えている、中世レベルの労働条件だ!と、しかし彼女もまた大統領選挙の立候補を公言しているとし、眉に唾したほうがいいと述べています。

この観察そのものは必ずしもシニカルという訳ではないでしょう。政局絡みの発言には違いないでしょうから。結局のところ、「革命」の語でなにを想起するのかという問題だと思われますが、政権を揺るがすような規模の社会的争乱が生じる可能性という意味ならば、それはなくはないでしょうね。オーストリアの話で済むと楽観しているのか政治経済エリート層には危機感が乏しいように見えますが、東から大波がやって来たならば、今はリスク回避のために大人しくしている人々も踊り出る可能性はあるのではないでしょうかね。ちなみにロワイヤル氏の「謝罪」ですが、サルコジ氏がフランスのイメージを落としていることに対してフランスに代わって謝罪するという意味でブッシュ政権時にアメリカでソーリー・サイトみたいなものが出来ていましたが、その真似なんでしょう、こんなブログもありますね。

サルコジ仏大統領が各国首脳を酷評、仏紙報道に波紋[AFP]

かのハイパー大統領が各国首脳をこき下ろした件は国際的に波紋を呼んでいましたが、あーあ、また、やったか、と思いました。ヌーヴェルオプのブログがこの件についてエントリしていました。件のリベラシオンの記事が正しいのかどうかはよく分りませんが、この通りに語ったとしてもまったく違和感がないです。政治家はまず選ばれなくてはならない、三度も選ばれたベルルスコーニは偉い、というのは冗談なんでしょうか、本気なんでしょうか。我が邦の首相も失言でよく叩かれますが、サルコジ、ベルルスコーニのコンビはそうとうのものですね。

"After 43 Years, a French Town’s Nostalgia for Harry and Joe Lingers"[NYT]

前にNATO統合軍事機構完全復帰をめぐる論争を紹介した際に米軍基地があった時代に簡単に言及しましたが、これはシャトールーの今の様子のリポートです。基地に対する受け止めというのは概して両価的なものなのでしょう。記事は昔をなつかしむ地元の声を拾っています。アメ車乗り回して、やあ、戻ってきなよ、と言っていますね。ちなみに記事に出てくるハリーズのパンはそのへんのスーパーで売っているものですが、こういう経緯があったのですねえ。

40年以上前に米軍はこのフランス中部の町を離れたが、ハリーとジョーは居残った。

二人のアメリカ人がここに居た。というのもフランスはかつてNATOのメンバーであり、シャトールーは欧州最大の米軍基地を擁していたからだが、ここは8000人のアメリカ人と3000人のフランス人民間雇用者-料理人、お抱え運転手、床屋、会計係、大工-を抱える巨大な補給センター、航空機補修ユニットであった。

しかし1966年にドゴールがフランス-英国、カナダ、オーストリア、ニュージーランド、米国の兵士の助けで二つの世界大戦を生き延びたフランス-は軍事的に自立できると決断し、NATO軍事機構から脱退し、アメリカ人に立ち去るように命じたのだった。

ここシャトールーの年配世代の多くにとってNATO基地時代は戦後フランスの陰鬱な灰色の時代にあって古きよき日々である。基地には金払いのいいたくさんの仕事があり、カラフルに彩られ、任務を離れたアメリカ人はハワイアンシャツを見せびらかし、明るい色のシボレーや他の古い車を乗り回したものだった。市庁舎ではアメリカのサービスマンとフランス人女性の間で約450の結婚が祝われた。

勿論皆がアメリカ人を歓迎した訳ではない。共産主義者や社会主義者はいつも「US、ゴーホーム」と壁に落書きした。しかしニコラ・サルコジ大統領がNATOの懐にフランスを復帰させた今、こうした年月が戻るのではないかと希望をもって語っている者もいる。

アメリカ人が帰ってきたとして、「私は別に困らない」と政府機関で働く40代のゾフィー・バラは控えめな声で語る。「そのことを話していますよ」。

しかし今日でもアメリカ人は完全に出て行った訳ではない。ノルマンディーに上陸したメイン州オーガスタ生まれのジョセフ・ガニエは1952年1月にここに基地を建設する計画のうわさを聞きつけた。フランス人妻のジャニンと一緒に彼はルドリュ・ロラン通りにジョー・フロム・メーンJoe from Maineというハンバーガーレストランを開店した。ジョーは今月86歳で地元の病院で亡くなったが、娘のアネットが今もハンバーガー、ホット・ドッグ、テクス・メクスを週に6日間出している。

「お客さんは今はフランス人ですけど、当時基地に勤めていたGIやその子供達がやってきますよ」とアネットは言う。"Schlitz on Tap"と書かれた偽のティファニー・ランプの下で彼女はある訪問者を楽しませていた。「1952年1月に父が店を開いた時にフランス人はハンバーガーがなにか知りませんでした」とアネットは言う。「私達は自分達のケチャップをつくって、基地でスパイスを手に入れたんです」。

レストランの下には今は貯蔵庫に用いられている30平方フィートのアーチ型天井の石造りのセラーがある。そこでかつてアメリカ人は途方もない量のビールを飲み干し、チェーン・スモークをし、フランス人のガール・フレンドと踊ったものだった。アーチ天井には「ベニー、トム、フェ-ガン」と名前が刻まれている。

ハリーはこの町にもっと大きな足跡を残した。1960年代に地元の実業家のポール・ピカールはアメリカのサービスマンが食べていた奇妙な白い四角形のパンに印象付けられた。長いバゲットに慣れた他のフランス人のようにピカール氏はそんなものを見た事がなかったが、ここに可能性があると考えたのだった。

それで氏は米国のパン屋を訪れ、製造法を習い、フランスに戻ってワンダー・ブレッドをリエンジニアした。アメリカっぽさを与えようと氏はこれをハリーズ・アメリカン・ブレッドと名づけ、その包装も星条旗で飾った。ハリーが誰かは誰も言えないが、おそらくはアメリカっぽく響く名前というだけなのだろう。

ピカール氏がここでパンを売るには基地が閉鎖されたのは早過ぎたのだが、氏のパンはフランスでヒットすることになった。今ではシャトールー郊外のハリーズの巨大なパン工場で白パンその他が年間1億3千万斤も生産されている。これはフランス全土に点在する他の工場でのハリーズの生産の3分の1程度だ。フランス全土に展開する6つの工場はハリーズをこの国最大のパッケージされたパンの製造業者とした。

ピカール氏は今はこの地域のとある城に引退し、ヴィンテージのレーシングカーを収集しており、氏の会社はイタリアの多国籍食品企業が所有している。しかし400人の雇用者を抱えるこの工場ともうひとつの工場によってハリーズはこの地域で二番目の雇用主となっている。トップは自動車部品会社であるが、自動車産業のスランプで雇用を減らしている。それゆえハリーズはまもなくナンバーワンになるだろう。

「彼はヴィジョナリーだった」と42歳の工場マネージャーのジャック・ローランはピカール氏を評して言う。白いサンドウィッチ・パンは「フランスでは二義的な存在」だと彼は断じる。フランスではスライスされたサンドウィッチパンはパン市場の7%を占めるに過ぎない。「フランス人はバゲットを食べる」と彼は言う。しかしハリーズは子供向けのスナックのDoo Wopやパンの耳を食べたがらない子供向けの耳なし白パンのようなアメリカっぽい新しい商品を生産し続けている。ハリーズはクイック-フランスにおけるマクドナルドとの競争企業-のハンバーガー・ロールを生産している。自家製のパンをつくっているジョー・フロム・メインのためではない。

人口66000人のシャトールーはパリやヴェルサイユやシャルトルと並ぶような存在では決してない。町には魅力的な裏路地があるが、聳え立つカテドラルがある訳ではなく、町で最も古い教会のサン・マルシャルも予約でのみ訪問者に公開されているだけだ。町のモダンなタウン・ホールには車検場といった具合の魅力がある。作家のエディス・ワートンが1906年にシャトールーを訪れた際にこのタウン・ホールを「否定しようもなく幻滅させる」と評した。

近年フランス経済の高波はシャトールーの地位を高めていたが、今や危機がこの町を揺るがしている。町長のジャン・フランソワ・メイエはNATO基地が戻ってきたならばなにをもたらすだろうかと思い巡らしている。1951年にアメリカ人が建設した滑走路はまだ存在しているし、シャトールーの空港は、航空便、航空機補修、パイロット訓練、チャーター便などのビジネスをしたりしている。

「もうかつてと物事は同じではないが、彼らに戻ってもらえるといいです」とメイエ氏は語る。「空港が存在しているのは役に立ちますよ。アメリカ人が来る場所はありますから」。

しかし他の者にとってはアメリカ時代は今後も黄金時代のままだろう。IBMパンチカードマシーンを操作する学校を出てすぐ米軍基地で働いていた74歳のミシェル・ブランシャンダンは去年、150人ぐらいの労働者を集めてこの時代の記憶を保つためのアソシエーションを結成した。メンバーの中には今でも古いシボレー、ムスタング、キャディラックを運転している者もいる。

アメリカ人は帰ってくるのだろうか。「いや」と彼は言う。「文脈が同じじゃないね。冷戦がある訳ではない」。彼は少し考えて、付け加えた。「もし彼らがやって来るなら、歓迎するよ」。

追記

"Nationalism and Anti-Americanism in Japan-Manga Wars, Aso, Tamogami, and Progressive Alternatives"[Japan Focus]

書き手の水木しげる氏の記事には少しだけ感心したのですが、これは読んでいて溜息が出ました。基地も出ますし、反米主義の話ですので短くコメントしておきましょうか。まず「ネオナショナリスト」VS「プログレッシヴ」という架空の対立図式を設定し、前者を否定し、後者を称揚するというパターンの英語圏の一部の言説には飽きています。だいたい列挙される名前も恣意的ですし、各人それぞれに違いますし、どちらにも属さない人々が主流なのです。こうした英語圏の一部の言説における日本の言説空間の「誤表象」や「良き日本人」も存在するといった傲岸不遜な物言いは半可通ブロガーあたりにも感染していますね。なお私は戦後の左右の硬直的な思考枠組みの中では両者と絶妙に距離を置いた人や両者に叩かれた人しか信用しませんが、こうした微妙な問題意識は図式主義者には見えないようです。ところでこのところ田母神氏は英語圏の一部の人々の間ではすっかりアイドルになっているようでなによりです。こういう人々は「敵」なしではいられませんから過大評価し続けるのでしょう。最後に激しい人々を別にすれば、全体としては気分は「反米」というよりは「離米」ではないでしょうかね。それは悪いことではないと思います。

再追記

協調戦略を描けないヨーロッパ[JBpress]

FTのミュンヒャウ氏の記事の翻訳。IMFの金融安定性に関する報告を受けたものですが、内容は氏のこれまで語ってきたことの繰り返しです。不良債権額は米国よりも欧州の方が多く、また処理もちっとも進んでいない。銀行救済にせよ景気刺激にせよ協調戦略が欠如しているため、保護主義的になっている。今回の危機は欧州域内市場と単一通貨を強化するチャンスであるにもかかわらず、現実にはどうもそうはなりそうもない、と。最後に述べている全5幕の長編劇というのはどんな悲喜劇を想定しているのでしょうかね。あまり悲観シナリオばかり語るのもどうかと思われますが、氏の論説はどんどん陰鬱なトーンになってきていますね。

上で批判的に言及した記事ですが、英語圏における言説編成の中において書き手の意図を勝手に解釈すれば、その「好意的」なスタンスを指摘することもできるでしょうし、書き手の文脈化の意志には評価すべき点もあるのかもしれませんが(実際、平均的語り口よりはずっと丁寧です)、結局のところ、こういう言説スタイルだと不毛な対立を延命させることにしかならないように思えますし、正直に申し上げまして、今、文化戦争をやっている場合ではないと思うのですね。最後に、言うまでもなく、誰かを弁護するために書いているつもりはありません。

再々追記

追記でまとめて批判するような書き方をしましたが、図式主義者とか半可通ブロガー云々というところで念頭にあったのは別の人々です。この点不透明な書き方で失礼しました。この記事に絞って書きます。公正かつ細かく見ている方だとは思いますが、この記事で不満なのは、ネオナショナリスト対プログッレシブという一部でよく用いられるラベルによるまとめ方です。水木しげる氏はいわゆるプログレッシブではまったくないけれども、その戦争漫画には保守的大衆にも訴えかけるだけの力がある。こういう人々はいわゆる中道というのとは違う意味で分極化した状況の橋渡し役的な存在として貴重だと思うので私がつまらないと思うような人と一緒に囲い込んでほしくない訳です。また現実政治のヴィジョンについても日米同盟か東アジア共同体か、戦争か平和かといった二者択一の提示の仕方にはあまり感心しませんし(氏の議論ではなく日本の国内議論ですが)、「ネオナショナリスト」とされる人々の言説も「プログレッシブ」と同様にいわゆる「政府の現実主義」に対する「民間の理想主義」の位置にあることを確認しておきたいと思います。実際には三帝国の間で絶妙な位置取りをしていかなければならないのであってそうそう乱暴な舵取りはできないということは誰よりも日本国民の多くが直感的に知っているところなのではないでしょうかね。

英語圏のリベラル言説への不満やら現在の日本の論壇への幻滅やらでなんだか難癖をつけているような格好になりましたが(コメント欄で指摘されたように氏の問題というよりも現在の日本の言論の問題ですね)、記事そのものは優れていますので読んで損はないと思います。個人的には論旨に同意できない部分はありますが、リベラルな傾向の方にはお勧めしておきます。対話できる方だと思います。

再々々追記

「恣意的」と書きましたが、進歩派なら水木しげる氏にとっての戦争は受け止めるべきだという意味に理解するならば、このチョイスも正しいのかもしれないと思い直しました。小田実も現在の政治的正しさの観点から見れば過剰な人々に含まれるのでしょうし。実際、進歩派にも変わってほしいです。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=qVX29N2E0z0&feature=related

カントループ『バイレロ』(オーヴェルニュの歌より)

マリ=ジョゼフ・カントループ(1879-1957)の『オーヴェルニュの歌』は作曲家の故郷の民謡の編曲集ですが、歌詞は南仏の言語のオック語です。リンク先で歌っているのはマドレーヌ・グレイ。初録音の人です。内容は羊飼いの素朴な歌です。

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日本的統合主義?

"Waiting in the Wings" by David McNeill[Newsweek]

民主党をめぐる状況を扱ったニューズウィークの記事。なんだか見知った名前が並んで脱力する感じもありますが、ウォルフレン氏も御健在のようです。特定社会を理解するのに"the System"なる単数形の仮説的実体を立てる氏の方法論の問題点-陰謀論に接近する-が発言部分でも見事に露呈しています。記事では自民党のばらまき批判がなされていますが、民主党もやる気まんまんな訳ですよね。また官僚対民主党という対立図式を強調していますが、前にも書いたように非妥協的に対決した場合、民主党は政策立案能力を失うことになるでしょうし、党の支持母体を考えても無謀な賭けではないでしょうかね。まあ修辞なら修辞でいいんですけれども。最後に小沢氏の検察批判ですが、これを日本政治において検察の果たしたネガティヴな役割の歴史を想起すれば、その意味は理解できますが、この事件でそれを弁明の論拠に持ち出すことには今のところあまり説得力を感じていません。正直、こんなタイミングで「政治と金」がテーマになりそうなことには激しく溜息が出てしまいます。ところでこの記事ですが、ところどころでなんだか臭みがあるなと思ったらマクニール氏でしたか。

裁判員制度で大わらわ 新聞各社が「自主規制」を開始[Cyzo]

(Hat tip to Adam)

裁判員制度については基本的なアイディアとしてはいいけれども細かい部分で修正は必要だろう、いろいろな波及効果はありそうだけれどもどういうネガティヴな効果がもたらされ得るのかについての想像力も保っておこうぐらいのスタンスで見ている訳ですが、これはポジティヴな効果でしょうね。新聞各社が事件報道の際にソースを明示するようガイドラインを変更した、あるいはしつつあるという話です。前に書きましたが、事件報道の際にセンセーショナリズムに頼って社会不安を必要以上に煽る傾向には困ったものだなと思っていましたのでこれはこれでひとつの進歩でしょう。日本国民の正義感の強さはそれ自体悪いことではないと思いますが、メディアが商売繁盛のためにこれを動かす構図には醜悪なものがあります。もっともこうした原則はテレビにこそ適用されるべきでしょう。こちらのほうが影響力が強い訳ですから。ドラスティックな変化とはいかないのかもしれませんが、この小さな改善については評価しておきたいと思います。といいますか、こんなの基本中の基本ですよね。

日本人同性愛者の外国での同性結婚が可能に[JanJan]

前エントリの続きで紹介しておきます。書き手は「僕の悪い癖」かもしれないと述べていますが、これといった方針もなく法務省が諸外国への配慮で動いているというのはどうやら正しいでしょう。ルース・ベネディクト流の罪と恥の文化論や阿部謹也流(?)の世間論はあまり信用しないのでちょっと一般化し過ぎに思えますが、日本の「遅れ」は「一神教圏」よりも差別やバッシングが露骨でないために問題化しにくいことによるという経験的な観察そのものはおそらくは正しいでしょう。条件はそれほど悪くないと思います。この件に関しては特に利害関係はないのですが、ポジティヴな政治闘争が展開されるのを見てみたいという気持ちがあります。ご健闘を祈ります。

"For enlightenment, step this way" by Mark Schilling[Japan Times]

"Masterpiece Maker"[Japan Times]

私とは趣味がずれているようですけれども、シリング氏の映画評にはある一貫性が感じられるので読んでいます。中村義洋監督の『フィッシュストーリー』が好評価ですね。監督のインタビューもあります。同監督の映画はなかなかいいけれども個人的にはそれほど訴えかけない-全作品を見ている訳でもないですが-ぐらいですが、面白そうなので天気のいい日にでも見に行きましょうかね。

映画ということでついでに書いておくと、今日、渥美清主演の『拝啓天皇陛下様』を見てうならされました。別に深刻ぶった戦争映画ではなく気のいいはぐれものを主人公にした喜劇映画なのですが、妙なリアリティーがありました。どうも戦争から遠ざかれば遠ざかるほどイデオロギーの声が大きくなり、悲劇が過剰に演出される傾向がある訳ですが、この字もろくに書けない朗らかな山田二等兵の泣けてくるほどの現実感の欠如に戦争のリアルの一面が描かれているように思えました。また周縁の者たちがいちばん熱心に天皇陛下万歳だったことはよく知られた話ですが、例えば、色川大吉が重視した水俣病患者の天皇陛下万歳とはまた違うのでしょうけれども、この天涯孤独者の忠君のあり方にもそれと通底するなにかを感知しました。つまらぬ機関説論者なのでこういう不透明なものに「底知れぬ日本」を感じて畏怖の念のようなものを覚えてしまいます。もっともらしい説明やら安易なレッテル貼りやらをして安心したような顔をできる人々が羨ましいです。

"Refugees, Abductees, “Returnees”: Human Rights in Japan-North Korea Relations" by Tessa Maurice Suzuki[Japan Focus]

北朝鮮の難民の扱いをどうすべきかについてのテッサ・モーリス・スズキ氏の記事。救う会や守る会や現代コリア研究所の活動を「人権ナショナリズム」とレッテル貼りをした上で「普遍主義的な人権」の観点に立って救済すべきであると説いています。確かによく調べていますし、記述に多少のニュアンスもありますが、私は右派だろうが左派だろうが実際に汗をかいて真面目に人助けをしている人には基本的には敬意を持つし、勿論意味はあるとは思いますが、論文を生産したりしているだけの人にはそれよりはだいぶ低い敬意しか持たないです。三浦小太郎氏の評価については(コレです)、政治思想的には多文化主義対統合主義の変奏なのでしょう。エマニュエル・トッド氏の「開かれた同化主義」の概念は確かにフランス的偏りがあるとは思いますが、それなりに練られた概念なので感情的に反応すべきではないと思います。コストの観点からの批判はあるでしょうけれどもね。また歴史は飛躍をなさず、日本の多文化共生派についても氏は大いなる見込み違いをしていると思います。ところでJapan's cultural uniquenessなんて言い方をしていないように思えるのですが、いつもの藁人形議論ですか。まさか英語はよくて日本語は駄目なんて言わないですよね。また「国家の保護」的発想を批判していますが、悪しきNGO主義といいますか、細部に批判はあっても現実には政府の保護なくして人権が保障されることはないと思いますけれども。この論点は氏の国家安全保障的発想批判にもつながるのかもしれませんが、極東の戦略的環境についての認識が根本的に甘過ぎると思います。夢を見ることは人間の自由に属しますが、それがあまりにも非現実的な時には、悪夢に転じるかもしれないことは肝に銘じるべきではないでしょうか。最後に氏の言説の動機に触れている部分

The problem for those who take this view, though, is that it is very difficult to promote engagement with North Korea while also publicly condemning that country’s human rights violations, and it therefore becomes all too tempting to ignore these violations or sweep them under the carpet. The task of identifying alternative responses to the North Korean human rights problem – responses not linked to a hawkish political agenda – is an urgent and difficult one. In the pages that follow, I shall use a critical analysis of some Japanese debates on North Korean human rights as a basis for considering some aspects of this problem.

抱擁政策を支持し、タカ派と自分を区別したいので、北朝鮮に対する人権侵害の批判は手控えよう、北朝鮮の人権問題を考えるオルタナティヴとして(なぜか)日本を批判しよう、というのは追い詰められた日本左翼の心情論理そのままじゃないでしょうかね。それに他人の疚しい良心を政治的に利用しようなんて下品で卑しい振る舞いだと思いますがね。ジャパン・フォーカスはそういう場所ですけれども。佐藤勝巳氏の言説を批判的に扱っていますが、私はだいぶ下ですけれどこの世代のアカの人々のことはある程度は知っているつもりなので痛いほど分かるところがあります。なぜ民社党系の人々なのかとかもですね。氏の「帰国事業」のナラティヴが見過ごしているポイントというのがあって氏は歴史に復讐されることになるのかもしれませんね。なお私は別に対北朝鮮強硬派ではありませんので。悪しからず。

ではでは。

追記

いささか攻撃的だったかなとも思いますが、鈴木氏のアプローチには批判的なところがあるのですね。人権保障のあり方について意見を言うことそのものを批判している訳では勿論ないです。氏の持ち味である名もなき実存たちに寄せる思いや微細なものへの視線は評価できても、それがわりと単純な二項対立に基づいた性急な価値判断なり友敵理論に基づいた党派的主張なりに接続するところでちょっと待ってくださいな、となる訳です。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=pE-6vwW9et8

ディック・ミネ『ダイナ』(1934年昭和9年)

戦前巻き舌界の帝王と言えば、この方です。原曲は1925年のジャズのスタンダードで昭和9年のヒット曲。

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