カテゴリー「メディア」の28件の記事

日本元年


このたびの民主党の圧倒的勝利をめぐる英語圏の報道も紹介されているようですので仏語圏の報道でも紹介しておきましょう。いささかシニカルな論調も散見される英語圏の報道に比べると民主党の勝利を日本の民主主義の勝利として素直に称えるトーンが優勢かなという印象を受けますね。それから左派メディアではサルコジスムを自民党に見て、社会的なものを民主党に見る傾向もあるようです。人は見たいものを見るということです。以下、ル・モンドの社説「日本元年」です。

"Le Japon, an 01"[Le Monde]

日本人は変化を選んだ。8月30日の総選挙での中道左派の民主党の圧倒的勝利は歴史的なものである。ここまで自民党の保守主義者による権力の独占的な行使、そして複数の派閥間の「木刀での闘い」が半世紀以上も続いたのだった。この成功は列島における深甚な諸々の変化に表れているにちがいなかろう。

民主党の与党としての未経験は完敗後の狼狽の中にある自民党内部の分裂の可能性と結び合わさってこの安定に慣れた国に一定の政治的混乱をもたらし得るだろう。もはや投資や輸出によってでなく内需主導の成長と社会的保護を優先するというのであるから民主党は1960年代以来優勢であった「日本工場」のモデルを覆そうとしている。

8月30日の選挙は自民党に関する国民投票となった。すなわち個別のプログラムを超えて拒否されたのは権力の実践であり、経済的、社会的ロジックである。民主党は生活条件の改善を政府の基本的目的とすることで優先順位を転倒させようと求めている。敵対者から見れば、こうした「ロビンフット的」な政策は列島の産業的競争力を危険にさらすものであり、財政を不安定化するものである。

1990年代初頭の「投機バブル」の崩壊以降、日本社会は不安定化した。機会の相対的平等、給与の幅の小ささ、ほぼ完全な雇用、成長の配当の再分配による生活水準の改善が不平等の拡大、雇用の不安定性、ほぼ破綻した年金システム、多くの人々の相対的貧困化に席を譲ったのだ。こうした社会的不安定に起因する諸々の現象が選挙の背景となっていた。

民主党のプログラムは野心的なものである。社会的保護を優先することでこのプログラムはスカンジナヴィア諸国の「民主的資本主義」の列に位置することになる。しかし民主党は国民的な社会文化的遺産を考慮しつつネオリベラリスム/福祉国家の二者択一を超克することを可能にするような日本的な成長の道を見定めなければならない。換言すれば、1960年から80年の拡大の起源となったモデルを改訂しなければならない。日本人が選択した過去との断絶は救済的なカタルシス効果を持っている。後は民主党が期待の水準に達することが残されているのだ。

という訳でいかにも同じ中道左派への共感のある社説です。新自由主義か福祉国家かの二者択一を超克する日本的な道というのがどういうものかは分かりませんが、私にはここしばらく民主党からは協同主義の木霊が聞こえてきますね。超克。

ではでは。


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負けじの心

"A New Look For Japan’s Musicians"[Newsweek]

日本の音楽シーンが多民族的、多人種的になっているという話なんですが、そのことを強調するために日本の純血主義とやらを誇大に唱えることで-伝統的に血統幻想がそんなに強い社会だったとも思えないのですが-神話の強化に貢献してしまうというよくあるパターンの記事です。大衆はそんな話にさほどの関心がないことの証拠として捉えることだってできるかもしれないと思うのですがね。この奇妙な言説効果については何度も言及しましたのでもういいです。

それ以前にビルボード関係者とされる書き手には日本芸能史や歌謡史の基礎教養がないみたいです。確かに最近はいわゆるハーフの歌手や外国籍の歌手が増えている印象を受けますけれども、昔から日本の芸能の世界はそんなもんだったように思います。なお日本の歌謡についてなにか論じるには「芸能」が「芸術」(欧)や「エンターテイメント」(米)と取り結んできた入り組んだ関係への視座や東アジア諸国の芸能者たちの愛憎半ばする交流の歴史に関する認識も必要な気がするのですが、indigenousな日本にしておきたいのでしょう。こういう粗雑な地理-文化的なヴィジョンでは東アジアのマーケットには食い込めないんじゃないですかね。

ルイズ・ルピカールさん 「お百度参り」の日本訪問[毎日]

"French woman raised in Japan during war makes annual nostalgic pilgrimage"[The Mainichi Daily]

フランス人の父と日本人の母をもつ「トゥールーズの大和撫子」ルピカールさんが日本の訪問をしたという記事です。軍国少女時代の自伝『ルイズが正子であった頃』にはつくづくいろんな戦争体験があるんだなと思わされましたが、記事では「なにくそ」の「負けじ魂」について語っておられます。日仏の架け橋として活躍されていらっしゃるそうですが、本当に凛とした方のようですね。

週刊誌記者の取材に心が汚れた[Cnet]

別にメディア人が総じてすれっからしだとも思いませんし、それほどネットに大きな幻想を持っている訳でもないのですが(小さな幻想はありますが)、この記事にはなんだかしみじみとさせられました。「心が汚れた」という表現はいささか可憐に響きますが、氏には負けじの心でやってもらいたいものです。

"How do you solve a problem like Korea?"[Guardian]

どうということもない記事ですが、典型的に思えましたので。北朝鮮問題を解くには中国の協力が必要だ。しかし体制崩壊にともなう難民の発生を怖れる中国はこれまで非協力的であった。ところで北朝鮮の暴走は中国にとってコストになりつつある。なぜならば北朝鮮の挑発行動は中国が難民以上に怖れる日本の軍事化を促すからだ。この点で中国には状況を管理できる状態にするインセンティヴがあり、米中には共同の利害がある、と。もっとストレートに日本を後押しして中国に圧力をかけろ式の意見もちらほら見ますが、日本の現状を見ていないその幻想性においては軍国主義の復活だ!組と五十歩百歩なのかもしれません。

"On North Korea's nuclear and missile tests"[FP]

ウォルト氏に米国のリアリストの意見を代表させるのがいいのかどうか分かりませんが、同盟国は戦争を望んでいない、米国にはほとんど打つ手はない、この問題は中国に主導させろ、と述べています。あまり関心はなさそうですが、誰かが聞けば、日本については拡大抑止の有効性を確認して安心させとけ云々が続くのでしょう。

自国を棚にあげて言えば、米国の対北朝鮮外交はやはり稚拙なところがあったように思いますけれども、同盟国の足並みが乱れ、戦争オプションがとれないとなると他にどうしたらいいのだという気持ちにもなるでしょう。とりあえず今回韓国がPSIに参加したことは言祝ぐべきなのでしょう。当面は国連外交を進めたり同盟の空洞化を防いだり安全保障に関する縛りを緩めたり外交的手数を増やしたりすることぐらいですかね。ふう。否、負けじ。

追記

"A nuclear Japan is not an option"[Observing Japan]

クラウトハマー氏の日本核武装論に対して上のウォルト氏の記事を引用してオバマ政権は過敏に反応せずに同盟国に拡大抑止の口約束をせよと述べています。反対の理由としては日本の国内世論を挙げる一方で、地域の安定にとってワイルド・カード過ぎるからと述べていますが、後者は曖昧な言い方ですね。氏の見方には総じてそれなりの(米国から見た)合理性と現実性があると思いますが、現在の同盟関係が日本側にもたらす心理的側面についていささか楽観的に思えます。別に「保守」の頭がとりたてておかしい訳ではないと思いますよ(おかしい人もいますけど)。

ついでに、たとえ米国がゴー・サインを出したとしても(この仮定の現実性は度外視します)、核の目的をめぐって日米で齟齬が広がるように想像します。対中国の最前線の位置付けは御免蒙りたいと考える人が多いでしょうし、日本の日本による日本のための核戦略に賛成するほどアンクル・サム氏も親切ではなさそうですしね。なにかコンセプトが欲しいところです。ただ核であれなんであれ思考の縛りは無用だと思いますが、国民の合意がまったく存在しない現在は通常戦力の強化の問題に議論は集中すべきだと思います。

再追記

細かい部分の修正をしました。MTGで白熱した議論になっています。一応注記しておくと私はゴーリストではないですね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=2Y8I8xD46wU&feature=related

バートン・クレーン『酒がのみたい』(1931年昭和6年)

日本初の欧米系外国人歌手と言えば、このジャーナリストさんですね。お世辞にも上手いとは言いがたい歌唱ですが、この曲は耳に残ってよく口ずさみます。

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村と帝国の戦いでは村を支援せよ

(タイトルに特に意味はありません)

コメント欄でリクエストがあったのでグーグル・アース事件に関するル・モンド記事の訳をアップしておきます。話題になったAP記事に比べるとだいぶ短いですが、この問題について非常に詳しい記者の記事なので意味があるかもしれません。また部落解放同盟の古地図に対するスタンスがあまり世の中に伝わっていないようなのでその点で価値があるかもしれませんね。地名削除は歴史の抹消を意味してしまう、というのが同盟の見解のようです。基本的スタンスはココにありますね。文脈を無視して複製をアップしたのも、問題化すると泡を食って地名削除に及んだのも不満である、と。そうですね、個人的には古地図から地名の削除というのは薄気味悪いです。

「日本でグーグルが禁じられた地区に侵入する」ル・モンド5月20日フィリップ・ポンス

その性質から言って古地図より無害なものはあるだろうか。徳川将軍時代(1606-1868)の東京と大阪の歴史地図を公開した時、グーグル・アースは自らがタブーに抵触することになるとは知らなかった。かつて差別の対象となった社会の周縁の者たちが居住していた-現在もその子孫の一部の者たちが暮らしている-地区を地図上で位置決定することが引き起こすかもしれない偏見を理由に、この検索エンジンは数週間前から法務省の調査対象となっている。

1871年に差別は廃止されたが、この社会カテゴリーの者たち-生まれた場所ないし居住地以外には他の日本人といかなる違いもない-への偏見は人々の心性に深く根を下ろしている。グーグルのおかげで今後は”burakumin”(「小集落の住民」の意)地区を位置づけることは容易くなる。公式には彼らは150万人とされるが、その倍いるかもしれない。その一部は列島各地の4000ヶ所で暮らしている。その土地の名はしばしば変更されたが、微妙な差異をとどめている。

”eta”(穢れた者の意)は彼らの職(皮革、屠殺、解体の従事者)ゆえに仏教から非難され、下層階級のいかがわしい周辺の者たち(娼婦、物乞い、落伍者、軽業師)である"hinin"(非-人間の意)は特別の地区に押し込められた。差別が廃止された後も彼らはそこにとどまり、やがて農村から都市へ移住した大勢の困窮者たちがそこに合流した。先祖に関わる偏見は区別を欠いたこの貧困層へと押し広められることになった。

家族の秘密

生まれた場所でこの「部落の民」を「同定」することはできない。かつての「ゲットー」の場所のリストが内密に企業の人材サーヴィスを流通している事実は根強い偏見を証言している。今後はこうした地区がかつてはゲットーであったことを知るのにワンクリックで十分になるし、ゲットーを特定するには古地図と新しい地図を重ね合わせるだけで十分になる。

古地図の複製は日本では禁止されていないが、一般に歴史的説明の補足がつく。カリフォルニアのコレクター所蔵の地図をオンライン化するにあたってグーグルは用心を欠いた。最も重要な反差別団体である部落解放同盟は反応した。二週間後、グーグルは”eta”のような差別的言及を地図から削除した。しかし解放同盟は満足していない。というのも「それはそこに暮らした人々を世界から抹消することに帰着する」からだ。かつてのカースト外の人々をめぐるやっかいな問題はここでは慎重に取り扱われているのだ。グーグルが頓着しない「家族の秘密」の問題は。

といった具合にグーグルの慎重さの欠如にやや批判的なトーンです。ついでに書いておくと、成長の壁にぶつかりつつあるかに見えるこの企業をめぐって近年日本で起きている諸事件は兆候的に思えます。ストリート・ヴュー事件の際にも英語圏論者には日本の文化ナショナリズムの主張のように受け止めるむきが多かった印象がありますが、日本的近代における公私区分編成の問題なのか公共的なものと世間的なものとの争いなのかシステムに対する生活世界の側の抵抗なのかあるいはこうした説明は嘘っぱちなのかよく知りませんが、日本だけでなく世界中でこうした問題は起こり得るのではないでしょうかね。グローバル化の概念と関わってくるのでしょうけれども、私がこの言葉から連想するのはマクドナルド化する世界のような平板化のイメージでも文明の対立のようなシンプルな闘争のイメージでもなく、どこが内でどこが外なのか不分明な入り組んだ文脈間の絶えざる折衝のイメージです。

追記

で、この件についてどういう要望の下に折衝がなされるべきかがそもそもよく見えてこないのが困ったところですね。

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美術とそうでないもの

"A Ukiyo-E Master in the Art of Subtle Protest"[NYT]

ロンドンの王立アカデミーの国芳展の記事。国芳の現代性については喧伝されるようになっていますが、なにも知らずに小学校高学年の頃に模写して遊んでました。ひどく訴えるものがあったような記憶がありますが、今は猫ものぐらいです。記事は浮世絵を「文化革命」と呼び、国芳の浮世絵の当時の政治社会の風刺的側面、それから開国前にいち早く西洋絵画に出会ってその手法を貪欲にとりこんだ点について強調しています。幕府のあいつぐ禁令とこれを逆手にとって庶民の喝采を浴びた反骨の人、鎖国下にあって海外の新奇なものへの好奇心に溢れていた人といったまとめ方のようです。前者の例として天保の改革を風刺したとされる『源頼光公館土蜘蛛妖怪図』(下)、後者の例として『縞揃女弁慶』が特筆されています。米国人コレクターの協力で開催された模様です。英国の展覧会評も読みましたが、戸惑いが表れていますね。絵画なのかカルトゥーンなのかどうカテゴライズしたらいいのか分らないと。内容の理解以前に、美術館に陳列された時点でこのメディアの性格が覆い隠されてしまうように思えますね。「鑑賞」するものではない。この記事が風刺画の説明をしています。これが時事錦絵、錦絵新聞、さらに小新聞へとつながっていくようです。英国の政治風刺版画から新聞への流れとどう同じでどう違うのでしょう。

10minamoto

「幕末・明治期の欧字新聞と外国人ジャーナリスト」鈴木雄雅

こちらはおまけに紹介しておきます。日本における英字新聞の歴史にちょっと興味があってぼちぼち調べているのですが、この記事は戦前の概略です。横浜におけるハンサードの『ヘラルド』、リッカービィの『タイムズ』、ブラックの『ガゼット』の競争が佐幕派対尊王派に対応した論調であったこと、ハウエルおよびブリンクリーの『メイル』とハウスの『トキオ・タイムス』が「親日新聞」として知られたこと、近代的経営を持ち込んだヤングの『クロニクル』とフライシャーの『アドヴァタイザー』がそれ以前の個人経営的な新聞にとって代わり、「軍国主義」への傾斜を強める日本への厳しい論調で知られたことなど基本的な事実がまとめられています。おわりにを引用すると、

 一般に日本における近代国家の成立とみなされる憲法発布(1889年=明治22)以降,社会的政治機能が,新聞界においても,一般化された欧字新聞の持つ機能--すなわち,外からの資本的侵入,内からは国家の代弁機関という要因のうち,後者を重要視したのは当然のことであろう。しかしながら,外人ジャーナリストの中には助成金を貰いつつも,そうしたことのみ目的に新聞を発行したとは考えられない者が少なくない。とりわけ,彼らがくり広げた紙上論争は,自国の利益追及にのみこだわったものではない時もあった。
 欧字新聞界ではその創生期から第二次大戦終了時まで,自由な論争が「反日」のレッテルを貼られる時代が続き,「親日」「反日」のどちらかを選ばなければならなかったのも時代の趨勢であった。欧字紙は戦後ようやく経営的に一本立ちするようになるが,今でもなお,一紙を除き親新聞の啓蒙宣伝紙といわれるぐらいだから,当時の経営面の脆弱性は推して知るべしだろう。
 顧みると,多くの批判があるにもかかわらず,幾人かの傑出した外国人ジャーナリストが評価されるのは,彼らと彼らが生みだした欧字紙が,日本の国際コミュニケーションの私的担い手としてそれなりの役割を果たしたからであり,さらにジャーナリズムのみならず日本社会の近代化に深く貢献したことに他ならないからである。

といった具合にまとめています。近代的新聞概念を日本にもたらしたこと、優れたジャーナリストを輩出した点について評価しています。国際コミュニケーションの担い手としての「それなりの役割」の「それなり」という書き手の留保になにを読み取るべきなのでしょうか。「親日」「反日」をめぐる話は今もたいして変わっていないような気がします。記事は日本側からの視点ですが、その鏡として「外人社会」における分裂抗争の歴史というものもあったりする訳ですね。「外人社会」の利害の主張や自国の主張の代弁の側面が強く出る面とあまり自己規制のない活発な議論が展開される面と二重の性格があるのは今も変わらないような気がします。別の言い方をすると、共同体主義的側面と普遍主義的側面の独特な結合といいますかね。まあ、私は正確で公正であれば「親日」でも「反日」でもなんでも構わないですし、どちらかというと、うならせるような鋭い分析や批判のほうを期待していますのでどうぞ宜しく。なお英字新聞史関連の話はそのうちもう少し書きたいと思います。現在はブログのほうが優れたものがありますね。

"Looking at history: the argument for facts over theory"[Japan Times]

厳格な実証主義史家として知られるジョージ秋田氏の著書の書評です。記事は伊藤隆氏の業績についても触れていますが、要するに日本の戦後の文脈ではマルクス主義史学と対立して厳密な史実に基づいて歴史を記述した流派のことです。理論的なものに距離を置く歴史学的実証主義というと古臭いもののように語られたりすることもある訳ですが、そんなことはなくてごく正統的な歴史学の方法です。素人目にはひどく禁欲的だなあ(小声で:退屈だなあ)ということになるのですが、面白ければいいじゃんというものではないのですから仕方ありません。それで秋田氏の著書ではジョン・ダウワー氏とハーバート・ビックス氏が槍玉にあげられているようです。ビックス氏については素人でもルール違反であることはすぐに見抜けるお粗末な本ですが、ピューリッツァー賞を受賞したこともあって英語圏の読書界では昭和天皇というと氏の本のイメージがわりと強かったりします。ですから英語でこうした仕事が現われると(もうすでに反論本は複数ありますが)コミュニケーションをする上でありがたかったりします。以下は評者の言ですが、

I think Bix is wrong if his premises include, as Akita says they do, that Hirohito possessed immense powers and, because of his kami ("someone above") status, assumed his commands or demands would be obeyed. The suggestion is that he should have been on top of the list of Japanese war criminals.

The accolades heaped upon Bix's book, including a Pulitzer Prize, remind me: Americans continue to grab at the slightest hint that Hirohito, who was equated with Hitler and Mussolini during the war, wielded powers comparable to the two dictators'. This is the impression I've had ever since David Bergamini's "Japan's Imperial Conspiracy" (William Morrow, 1971) appeared.

Yes, Bix once dismissed the Bergamini book as "imaginatively constructed." But we can do the same with Bix's own book, Akita shows.

Bix believes in the efficacy of the "voiceless order technique," among other things, as he liberally puts his imaginings and assumptions into others' heads where evidence does not exist.

都合のいい事実を集めて都合の悪い事実はないことにして史料がないところは想像で埋め合わせる、これは、結局、結論ありきの議論でしかない、そしてその結論は政治的な欲望にダイレクトに導かれているので反論に対しては論理や事実ではなくレッテル貼りでしか応答できなくなると。別に実証主義にあらずば歴史にあらずとは思いませんが、論争がもつれたときに立ち返る立場として尊重すべきだと思います。なお機関説論者から見ると「天皇の責任」論という問題設定そのものがなにかずれたものに思えるのですが、内外の親政説論者は我が邦の国体の神秘なるものを強化したくて仕方がないのでしょうかね。まあ、がんばってください、千代に八千代に。

"Japanese underworld boss quits crime to turn Buddhist"[Guardian]

悪名高かった後藤組の元組長さんが坊さんになろうとしているという心温まる話です。そう言えば、元ヤクザの神父さんの話もガーディアンで読んだような気がします。マッカリーさんは本当にヤクザが好きですね。2001年に手術のために渡米した際に入国と引き換えにFBIに提供したとされる情報ですが、ヤクザ・ファンジンにある程度の話だということです。日本のヤクザって本当に情報公開が進んでいますよね。ついでにこの病院に大きな寄付をして

The grateful don, who was suffering from liver disease, later donated $100,000 (£68,000) to the hospital, his generosity commemorated in a plaque that reads: "In grateful recognition of the Goto Research Fund established through the generosity of Mr Tadamasa Goto."

と記念されているそうです。前から疑問なんですが、日本の大物右翼とかヤクザの組長ってどうして海外に名前を残したがるのでしょうかね。ひとつの様式になっているような気がします。よく知らないのですが、このあたり魑魅魍魎の跋扈するディープな戦後史があるのでしょうね。

"Letter:The Disputed Islands"[NYT]

竹島について韓国系米人がクリーニング屋のバッグでアピールしているという記事を読んで、そのエネルギーを別の方向に使ったらどうでしょう、と溜息をついた訳ですが、それに対して韓国人も日本人も騒ぐのを止めて島の周囲の環境を保持しようとかいうあるフランス人のレターがついていました。お前さんは誰なんだ、環境とかいうとリベラルっぽいとでも思っているのか、底の浅いやつめ、と思った訳ですが、それに続いて日本情報センターの杉本氏が元記事に対してこの問題は「植民地主義の遺産」ではない、歴史的にも法的にも日本領である、国際司法裁判所に出てきたらどうだ、とマジレスしていました。『消耗』という文字が大書された掛け軸が脳裏に浮かびますが、こうやって地味に反論をしておくのはとても大切なことだと思います。政府間で今がちゃがちゃやる問題ではないと思いますけれども。

もはや国内では教科書検定の話はたいして騒がれなくなった感がありますが、英語圏でもずいぶん静かになりましたね。日中韓発のソースを除けばAFP記事とテレグラフ記事ぐらいでした。AFP記事は反対派の主張を掲載し、最後に採択率がわずかである事実を伝えています。テレグラフ記事は韓国政府側の言い分-読んでないでしょ-を伝えていますが、タイトルやリード文や本文の修辞に強い主張が入っています。なぜインディペンデントでもBBCでもなくテレグラフなんでしょう。

それはともかくこうして政治の主戦場が象徴的なものから実質的なものに移りつつあるように見える傾向そのものはいいことなのでしょう。この話に関しては、作成から検定を通じて出版にいたるプロセスで手続きが適切に守られるべきだという原則論以外にあまり語るべき言葉はありません。歴史の係争点はプロないしセミプロが公的に議論をすればいい。だいたい人は教科書の外で真に歴史的なものに触れるものです。

ではでは。

追記

佐藤氏のジョージ秋田氏の書評に不満の声が挙がっているようです。読んでもいないのに批判するなと。そりゃそうですね。佐藤さん、がんばって。でも、ビックス氏の本はレベルが低いので依拠していると頭が悪く見えますよ。これはイデオロギーの話ではなく史学的な話です。まあ、あなた方が関心あるのは政治であって歴史じゃないんでしょうけれどもね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=bSs5DVHkjqE&feature=related

江利チエミ『踊り明かそう』(1963年昭和38年)

告白しますと私はかなりのチエミ・ファンでしてこれを見ると涙が出そうになります。マイ・フェア・レディと言えばチエミ。他は知らない。

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日本的統合主義?

"Waiting in the Wings" by David McNeill[Newsweek]

民主党をめぐる状況を扱ったニューズウィークの記事。なんだか見知った名前が並んで脱力する感じもありますが、ウォルフレン氏も御健在のようです。特定社会を理解するのに"the System"なる単数形の仮説的実体を立てる氏の方法論の問題点-陰謀論に接近する-が発言部分でも見事に露呈しています。記事では自民党のばらまき批判がなされていますが、民主党もやる気まんまんな訳ですよね。また官僚対民主党という対立図式を強調していますが、前にも書いたように非妥協的に対決した場合、民主党は政策立案能力を失うことになるでしょうし、党の支持母体を考えても無謀な賭けではないでしょうかね。まあ修辞なら修辞でいいんですけれども。最後に小沢氏の検察批判ですが、これを日本政治において検察の果たしたネガティヴな役割の歴史を想起すれば、その意味は理解できますが、この事件でそれを弁明の論拠に持ち出すことには今のところあまり説得力を感じていません。正直、こんなタイミングで「政治と金」がテーマになりそうなことには激しく溜息が出てしまいます。ところでこの記事ですが、ところどころでなんだか臭みがあるなと思ったらマクニール氏でしたか。

裁判員制度で大わらわ 新聞各社が「自主規制」を開始[Cyzo]

(Hat tip to Adam)

裁判員制度については基本的なアイディアとしてはいいけれども細かい部分で修正は必要だろう、いろいろな波及効果はありそうだけれどもどういうネガティヴな効果がもたらされ得るのかについての想像力も保っておこうぐらいのスタンスで見ている訳ですが、これはポジティヴな効果でしょうね。新聞各社が事件報道の際にソースを明示するようガイドラインを変更した、あるいはしつつあるという話です。前に書きましたが、事件報道の際にセンセーショナリズムに頼って社会不安を必要以上に煽る傾向には困ったものだなと思っていましたのでこれはこれでひとつの進歩でしょう。日本国民の正義感の強さはそれ自体悪いことではないと思いますが、メディアが商売繁盛のためにこれを動かす構図には醜悪なものがあります。もっともこうした原則はテレビにこそ適用されるべきでしょう。こちらのほうが影響力が強い訳ですから。ドラスティックな変化とはいかないのかもしれませんが、この小さな改善については評価しておきたいと思います。といいますか、こんなの基本中の基本ですよね。

日本人同性愛者の外国での同性結婚が可能に[JanJan]

前エントリの続きで紹介しておきます。書き手は「僕の悪い癖」かもしれないと述べていますが、これといった方針もなく法務省が諸外国への配慮で動いているというのはどうやら正しいでしょう。ルース・ベネディクト流の罪と恥の文化論や阿部謹也流(?)の世間論はあまり信用しないのでちょっと一般化し過ぎに思えますが、日本の「遅れ」は「一神教圏」よりも差別やバッシングが露骨でないために問題化しにくいことによるという経験的な観察そのものはおそらくは正しいでしょう。条件はそれほど悪くないと思います。この件に関しては特に利害関係はないのですが、ポジティヴな政治闘争が展開されるのを見てみたいという気持ちがあります。ご健闘を祈ります。

"For enlightenment, step this way" by Mark Schilling[Japan Times]

"Masterpiece Maker"[Japan Times]

私とは趣味がずれているようですけれども、シリング氏の映画評にはある一貫性が感じられるので読んでいます。中村義洋監督の『フィッシュストーリー』が好評価ですね。監督のインタビューもあります。同監督の映画はなかなかいいけれども個人的にはそれほど訴えかけない-全作品を見ている訳でもないですが-ぐらいですが、面白そうなので天気のいい日にでも見に行きましょうかね。

映画ということでついでに書いておくと、今日、渥美清主演の『拝啓天皇陛下様』を見てうならされました。別に深刻ぶった戦争映画ではなく気のいいはぐれものを主人公にした喜劇映画なのですが、妙なリアリティーがありました。どうも戦争から遠ざかれば遠ざかるほどイデオロギーの声が大きくなり、悲劇が過剰に演出される傾向がある訳ですが、この字もろくに書けない朗らかな山田二等兵の泣けてくるほどの現実感の欠如に戦争のリアルの一面が描かれているように思えました。また周縁の者たちがいちばん熱心に天皇陛下万歳だったことはよく知られた話ですが、例えば、色川大吉が重視した水俣病患者の天皇陛下万歳とはまた違うのでしょうけれども、この天涯孤独者の忠君のあり方にもそれと通底するなにかを感知しました。つまらぬ機関説論者なのでこういう不透明なものに「底知れぬ日本」を感じて畏怖の念のようなものを覚えてしまいます。もっともらしい説明やら安易なレッテル貼りやらをして安心したような顔をできる人々が羨ましいです。

"Refugees, Abductees, “Returnees”: Human Rights in Japan-North Korea Relations" by Tessa Maurice Suzuki[Japan Focus]

北朝鮮の難民の扱いをどうすべきかについてのテッサ・モーリス・スズキ氏の記事。救う会や守る会や現代コリア研究所の活動を「人権ナショナリズム」とレッテル貼りをした上で「普遍主義的な人権」の観点に立って救済すべきであると説いています。確かによく調べていますし、記述に多少のニュアンスもありますが、私は右派だろうが左派だろうが実際に汗をかいて真面目に人助けをしている人には基本的には敬意を持つし、勿論意味はあるとは思いますが、論文を生産したりしているだけの人にはそれよりはだいぶ低い敬意しか持たないです。三浦小太郎氏の評価については(コレです)、政治思想的には多文化主義対統合主義の変奏なのでしょう。エマニュエル・トッド氏の「開かれた同化主義」の概念は確かにフランス的偏りがあるとは思いますが、それなりに練られた概念なので感情的に反応すべきではないと思います。コストの観点からの批判はあるでしょうけれどもね。また歴史は飛躍をなさず、日本の多文化共生派についても氏は大いなる見込み違いをしていると思います。ところでJapan's cultural uniquenessなんて言い方をしていないように思えるのですが、いつもの藁人形議論ですか。まさか英語はよくて日本語は駄目なんて言わないですよね。また「国家の保護」的発想を批判していますが、悪しきNGO主義といいますか、細部に批判はあっても現実には政府の保護なくして人権が保障されることはないと思いますけれども。この論点は氏の国家安全保障的発想批判にもつながるのかもしれませんが、極東の戦略的環境についての認識が根本的に甘過ぎると思います。夢を見ることは人間の自由に属しますが、それがあまりにも非現実的な時には、悪夢に転じるかもしれないことは肝に銘じるべきではないでしょうか。最後に氏の言説の動機に触れている部分

The problem for those who take this view, though, is that it is very difficult to promote engagement with North Korea while also publicly condemning that country’s human rights violations, and it therefore becomes all too tempting to ignore these violations or sweep them under the carpet. The task of identifying alternative responses to the North Korean human rights problem – responses not linked to a hawkish political agenda – is an urgent and difficult one. In the pages that follow, I shall use a critical analysis of some Japanese debates on North Korean human rights as a basis for considering some aspects of this problem.

抱擁政策を支持し、タカ派と自分を区別したいので、北朝鮮に対する人権侵害の批判は手控えよう、北朝鮮の人権問題を考えるオルタナティヴとして(なぜか)日本を批判しよう、というのは追い詰められた日本左翼の心情論理そのままじゃないでしょうかね。それに他人の疚しい良心を政治的に利用しようなんて下品で卑しい振る舞いだと思いますがね。ジャパン・フォーカスはそういう場所ですけれども。佐藤勝巳氏の言説を批判的に扱っていますが、私はだいぶ下ですけれどこの世代のアカの人々のことはある程度は知っているつもりなので痛いほど分かるところがあります。なぜ民社党系の人々なのかとかもですね。氏の「帰国事業」のナラティヴが見過ごしているポイントというのがあって氏は歴史に復讐されることになるのかもしれませんね。なお私は別に対北朝鮮強硬派ではありませんので。悪しからず。

ではでは。

追記

いささか攻撃的だったかなとも思いますが、鈴木氏のアプローチには批判的なところがあるのですね。人権保障のあり方について意見を言うことそのものを批判している訳では勿論ないです。氏の持ち味である名もなき実存たちに寄せる思いや微細なものへの視線は評価できても、それがわりと単純な二項対立に基づいた性急な価値判断なり友敵理論に基づいた党派的主張なりに接続するところでちょっと待ってくださいな、となる訳です。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=pE-6vwW9et8

ディック・ミネ『ダイナ』(1934年昭和9年)

戦前巻き舌界の帝王と言えば、この方です。原曲は1925年のジャズのスタンダードで昭和9年のヒット曲。

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まあ、ぼちぼちいきましょうよ

"One France Is Enough" by Roger Cohen[NYT]

ロジャー・コーエン氏のNYTのコラムです。フランスを当て馬にしてオバマ政権に忠告を発しています。つっこみどころが多過ぎるのですが、要はレーガン以来の小さな政府路線には確かに行き過ぎがあったが、現在のオバマはまるでフランスのエタティスム(etatisme国家主義)のようだ、フランスはふたつもいらない、移民の国としての米国は可能性とチャンスの国であり続けるべきなのだ!と主張しています。このベタベタな記事を紹介するのはこの話法のままフランスを日本に置き換えても成立しそうな論調に見えたからです。例えば、記事のタイトルを"Turning Japanese"とでもして、ウォルフレン氏流の官僚陰謀論を持ち出して、主題に関係ない性的な話題をなぜか入れて・・・、あれ、もう読んだことがあるような。実際、アメリカのフランス叩きと日本叩きは似ている部分があるので比較言説分析の面白い素材になるかもしれません。トップ・ダウン的なものへの敵意、歴史や文化への妬み、センシュアルなものへの道徳的不安などなど。日本の場合には異文化への不安が入る分さらに不当なものになりがちな訳ですが。

一応フォローしておくと氏とは意見が一致することも時にありますし、最近では「イランのユダヤ人」のコラムなどは世界の複雑性を読者に示すという意味で悪くないとも思いますが、それでもある種のリベラルって・・・、止めておきますか。言い忘れましたが、コーエン氏はわりと知られたフランス・バッシャーです。かの国ではアメリカ嫌いに対して個人的にはなんの義理もないのにアメリカを擁護する役割を果たしていたのですけれどもね。

"Japan's Crisis of the Mind" by Mamoru Tamamoto[NYT]

こちらは同じくNYTの玉本氏の記事です。玉本氏のことはご存知の方もあるかもしれませんが、日本解説者として英語圏の一部で知られる政治学者です。かつて外務省系の財団法人と産経新聞の古森記者と玉本氏、さらに何人かのジャパン・ハンズや半可通ブロガ-達を巻き込んだ脱力系の事件がありました。クレモンス氏がワシントン・ポスト上で逆上、古森氏がこれに反論、NBRなどでの場の罵り合い、と心底くだらないと思いつつも見物人的には手に汗握る展開(笑)と相成りました。古森氏のWikipediaの項に経緯の記述があります。日本語のブログもけっこうヒットしますね。

この記事はスルーしようと思ったのですが、それなりに反響があるようなので一言だけ。内容は現在の日本の危機は精神的なものであり、戦後、西洋に追いつけ追い越せでやってきたが、もはや目標を失い、自由の原理に基づく西洋諸国とは異なり、日本では官僚が支配する自由も幸福もないシステムが立ちはだかっている(ウォルフレン症候群!)、今必要なのはリスクをとる意思とダイナミズムであるといった感じです。「日本人の心理的危機」ではなくて「私の心理的危機」ないし「我ら戦後リベラル左派(?)の心理的危機」ぐらいにしておくのが謙虚な姿勢というものではないですかと思いました、はい。また英語圏の日本言説に呑み込まれた善良な魂の痛ましさみたいなものをところどころで感じました。ただの偏見や叩きを真に受けなくてもいいのにと。リベラル層のオブザーバーに動揺を与えるわさびのきいた記事を一本でも書いたら-まあ全部読んでいる訳でもないので分かりませんが-氏のことを評価するかもしれません。そうですね、ダイナミズムが必要だという点は同意しますが、私は不幸でも不自由でもないですね、悪しからず。共感というのか同情する部分もゼロではないですが、こうした語りに巻き込まれたくないんですよね。だってちっとも生産的でないではないですか。もう聞き飽きました、泣き言を言ってる暇があったら地味なところからでもなにかやりましょうよと。

"A Japanese lesson for Afghanistan" by Matthew Patridge[Guardian]

こちらは歴史から誤った教訓を導き出す見本のような記事です。日本の占領統治の例はイラクの際にも散々想起され、「サクセス・ストーリー」の語り手のジョン・ダウワー氏本人が引用されて反論する事態にもなっていましたが、今度はアフガニスタンですか。ふう。マッカーサー式にやれと主張しています。アフガニスタンを貶める意図はないのですが、どちらかというと豊臣秀吉が必要な治安状況のように思えたりするのですが、違いますかね。早い時期に政治権力による武力の独占が実現し、長いこと秩序社会の伝統が存在していたからこそ占領統治もありえないほどスムーズに進行したように思うのですが。また戦前についても占領軍のプロパガンダそのものですね。封建主義対リベラリズムですか、いまどき英語圏のアカデミシャンでも言わないです。言うまでもなく識字率が高く、所有権も確立し、工業化も進んだ近代国家だった訳です。それにイギリスにはfeudalな土地所有とやらが残っているじゃないですか、農地改革はむしろ後の農政に悪影響を与えたと思うのですがね。ええと、日本は凄かったんだと威張りたいのではなく、誤った歴史の教訓をたしなめているのです。本を一二冊読んだぐらいでなにか理解した気になっているだけの人なんでしょうが、よく知らないことを新聞に寄稿すべきではないですし、またこんなレベルの記事をチェックなしに掲載するようではガーディアンのレベルも知れようというものです。

追記

クレモンス氏の発言で苛立った記憶があって文句を書いたのですが、確認できないのでその部分を削除しました。ともかく氏はエキスパート面してほしくない人トップ10に入りそうです。玉本氏にはさほどの悪感情はないですが、こういうナショナルなレベルでのmindについてそう簡単に語るのは止めて欲しいです。少なくとも私は氏の語りの中に含まれたくない。それから私は別に官僚の味方ではないですし、政官関係のバランスのとれたあり方が実現することを願っていますが、昨今のムード的な官僚叩きにはいささか不健康なものを感じます(2009.3.7)

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=N3re38PkW_U&feature=related

江利チエミ『テネシーワルツ』(1952年昭和27年)

進駐軍のアイドル・エリーのデビュー曲。14歳の子供にしてはおませな声ですよねえ。

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投影について

ニュース斜め読みということで以下ただの記事のクリップです。

"M. Mélenchon veut fédérer un "front de gauche" unitaire"[Le Monde]

社会党を脱党し、「左翼党」を旗揚げしたばかりのジャン・リュック・メランション氏が「統一左翼戦線」を訴えかけているようです。反自由主義、反リスボン条約の左翼の結集ということですが、メランション氏によれば、支持層は14%ぐらいもある、ここが統一できれば社会党にも対抗できるということです。欧州議会選挙に向けてフランス共産党と選挙協力しつつブザンスノ氏の反資本主義新党にラブコールを送っているようですが、さて左翼戦線は出来るのでしょうか。反欧州連合を旗印に議会選挙を戦うのですかね。

"French government fears rise of left"[BBC]

左の左の台頭についてはこのブログでも何度か書いてきましたが、フランス政府がこの動きを警戒しているというBBCの記事です。現状では資本主義の失敗を宣告し、不平等の拡大に反対する、郊外の移民と左翼の連帯を訴えるといった主張内容で活動も平和的なものにとどまっているとされますが、この一部が暴力的な極左活動に転じる可能性が憂慮されているようです。その可能性はあるに5コペイカ賭けておきます。ネットを眺めていてもだいぶ不穏な空気になっていますね。

"Les Irlandais seraient prêt à dire "oui" au traité de Lisbonne"[Le Monde]

今アイルランドでリスボン条約の国民投票をしたならば、3分の2が賛成票を投じるだろうという調査結果が出たそうです。サンデー・ビジネス・ポスト紙の調査によると2009年に第二回の国民投票をしたならばどうするかという質問に対して、58%が賛成、28%が反対、14%がわからないとの回答結果になったということです。経済危機を受けて欧州連合に頼りたいという心理が高まっているようです。欧州統合にとってはピンチであると同時にチャンスな訳ですけれども、この危機を活かせるかどうかですね。

"Crise : la présidence tchèque de l’Union et la Commission aux abonnés absents"[Coulisses de Bruxelles]

欧州連合新議長国に関するカトルメール氏の辛い論評。この危機にあたってチェコはまったく欧州的なアジェンダを追求する気がなく、政治空白が生まれている。またバローゾ委員長にも頼れない。このリーダーシップの不在が自分のことは自分でやれ主義への回帰をもたらしている。昨年秋にフランス国家元首の主意主義によって採用された第一の銀行プランは不十分であることが明らかになったのに、あの時、「金融共産主義」を非難していたプラハは欧州的な行動を推し進める気がない。ジャン・クロード・ユンカーも大規模な第二の銀行プランは不必要だと言って行動を拒否しているし、欧州委員会もこの意見に同調している。フランスは欧州の自動車産業の保護プランを提出したが、市場への介入を嫌う欧州委員会もチェコもこれに続かない。エアバス救済に関しても同じだ。ニコラ・サルコジが主導した欧州の再生がいかに脆弱なものであったのかが判る。欧州懐疑派に交代した途端にまたこれだ。欧州委員会も機能しないし、欧州議会も9月まで声を出せない。2009年は欧州の白紙の年となる危険がある。以上、欧州連合の動きの鈍さにだいぶ苛立っています。

"Holocaust row cleric apologises"[BBC]

この間、このネタでエントリを書きかけて止めたのですが、カトリック教会のルフェーブリストとの和解に絡んだごたごたの続報です。ルフェーブリストというのは第二次ヴァチカン公会議以降の教会の現代化路線に反発して破門された保守派のルフェーブル大司教と彼が叙任した司教達のグループのことですが、現教皇がこの派の破門を解除して教会合同を目指したところ英国生まれのウィリアムソン司教がガス室はなかった発言をしてユダヤ教会を憤激させて大騒動になっているという話です。それでこの司教が教皇に対して謝罪した模様です。ただ不用意な発言で大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ないという謝罪で、ガス室についての言及はなかったということです。狙った訳ではないのでしょうけれども、ここぞというタイミングでこの発言ですから。ガザとガスをめぐる騒ぎは今後も間歇的に続くのでしょうかね。

中国の(隠れた)足腰[王侯将相いずくんぞ種あらんや]

これには同感しました。実は私も新華社フランス語版はよく読んでいるのですが、どうして日本のメディアにはこれが出来ないのかと溜め息がでることあります。まあ新華社だからなというのはあるのですが、政治体制がどうこういう話ではなくて、情報というものに対する認識と感度が違うのでしょう、海外に情報発信だと意気込んでは自爆しがちな国との差を感じてしまいます。別にアラビア語版やスペイン語版や中国語版をつくれとは言いませんが、日本の新聞や通信社も英語版ぐらいもっと力を入れて欲しいです。日本だけでちまちまやっていても縮小するだけじゃないですか。

"Jun on Onishi"[Mutantfrog Travelogue]

Global Talk21の奥村さんによるNYTの大西記事の批判を受けてバーマン氏がポストしています。記事への批判は正確なものだとしつつも一般に大西氏に対する批判は少し過剰ではないかという疑問を呈しています。多くの批判は正確だが、「反日」というラベルは侮辱的だし不正確だ。特派員にバイアスがあるのもそれほど珍しいことでもないし、悪いばかりでもない。よくあるWackyJapanニュースよりはシリアスなテーマを扱っている。間違いがあったので批判された。それはいいことだ。しかし批判がどこまで公平なのか疑問は残る。タイムズのアフリカ特派員はアフリカ・ハンズからこれだけ批判されるだろうか。BBCのアメリカの文化や政治のニュースは正確なものもあるが、大西的な奇妙なものもある。間違いは訂正されるべきだし、批判も必要だ。ただ特定のリポーターの問題なのか制度全体の問題なのか考えてみよう、と。ごくまっとうな疑問だと思います。批判的であることと「反日」的であることとは違うというのは当然の話ですね。私自身の好みを言えば、クリストフ氏よりは大西氏のほうがまだましかなと思います。前者の無知と偽善と不誠実に満ちた記事には率直に言って吐き気がすることがあります。日本が好きかどうかとかそんなことはどうでもいい。中国報道でもけっこうひどいものがあります。大西氏のunderdogシリーズは主流社会へのルサンチマンが出ない限りはいい出来になる傾向があります。政治ネタはどうにもならないレベルだと思いますけれども。

多分大西氏に感情的に反発する日本人が多いのは日本の極左とあまり変わらない論調であることや間違いや誇張が多いということに加えて、時にひやりとするような「悪意」を感じることがある、また日本を肴に英語圏の読者に諂う「卑屈さ」みたいなものが時に感じられるからではないでしょうかね。なんとなく右サイドのヒルシ・アリ現象と似ているところもないではないですが、もっと屈折が著しいですね。韓国系の記者と比較してみてもより屈折の度合いは大きいと思います。以前書いたような気がしますが、北米の日系の一部に見られるアイデンティティー危機には私はわりと共感的なんですが、コメント欄でAcefaceさんが指摘されているように大西氏にはかの地のアイデンティティー・ポリティックスを東アジアおよび日本に投影している面があるようです。アジア系とか日系とか言ってもいろんな方がいるのでごく一部の話でしょうし、この方の経歴はよく知りませんし、興味もないのですが、記事から透けて見えます。リベラル対保守みたいな政治イデオロギーの話ではない。まあ私はこういうぐずぐずの転移の関係に入りたくないので報道の正確性と公正性の観点でしか評価したくないです。で、評価しないと。

それからBBCのアメリカ報道云々は世界の権力構造の非対称性に帰せられる話のように思えます。ブラジルやメキシコやトルコの日本報道に対してそこに居住する日本人コミュニティーを除けば日本で騒いだり抗議をしたりする人がいないのは権力が行使され得る文脈がそもそも欠如しているからという理由で説明できると思います。一般に旧植民地諸国は旧宗主国での報道に目を光らせる傾向があるように思いますが、そうでなくとも中国の反CNNのような過剰な反応があるのは端的に英語圏が情報の点で影響力が強いからでしょう。なお「日本人は人の目を気にする」みたいなステレオタイプは関係なくて要は英語圏だからだと思います。英米への憧憬と不信の歴史も背景にあるのでしょう。もっとも騒いでいるのは一部で日常に追われる日本国民のほとんどはこうした話にはさほど興味がないと思いますけれどもね。他人事みたいに書きましたが、こうした歴史的文脈の中に私も置かれているらしい事実にややうんざりすることもあると付け加えておきます。

ではでは。

追記

少し加筆しました。私には大西氏よりもクリストフ氏をめぐる諸問題のほうがアメリカにおける真のリベラルとは何かをめぐっては兆候的に思えます。まあ私はアメリカ流のリベラルじゃないので-日本と欧州の自由主義の伝統のほうがしっくりきます-個人的にはリベラルとはなにかみたいな話はどうでもいいのですが、アメリカ以外の世界にとってもけっこう重要な問題でしょうね。

再追記

氏のことを知らない人が読んで誤解するといけないのでフォローしておきます。別にクリストフ氏の活動を否定している訳ではないのです。有意義な仕事もなさっていると思いますし、意見が一致することもわりとあります。ただシニカルになっている訳ではないのですが、それでもどうにも気に入らない部分があるのですね。日本報道だけの話ではないです。難しいのでこの問題は私ももう少し考えてみたいと思います。

「破門を撤回」を「破門を解除」に直しました。日本語ソースにつられましたが、両者は違いますね。ついでにカトリックにもこのグループにもなんの義理もないのですが、「超保守派」というのは教義や典礼に関わる問題での立場で政治的な意味での極右とは一応別物だと注記しておきます。実際には近い御仁もいたりしてやっかいなようですし、左派メディアでは極右みたいな扱われ方をされていますが。

再々追記

”Holocaust Denier Is Ordered To Recant”[WaPo]

カトリック教会としてウィリアムソン司教の発言を支持しない旨公表した訳ですが、それでもおさまらず、とりわけドイツ政府の強い抗議を受けて司教が発言を明確に撤回するよう命令されたようです。この司教は同様の発言を繰り返してきた過去があるようです。教皇聖下のヒットラー・ユーゲントの件も蒸し返されたりとなんだかこのところカトリック教会はさんざんな展開です。私は個人的にはカトリックや正教はわりと好きなんですけれどもね。「わりと好き」という受け止め方が正しいのかどうかは判りませんが。

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サンにはサンの「道」がある

きのこの美味しい季節ですね。あまり真面目なことを考えられる心境でもないので日本関連ニュースとしばし戯れたいと思います。

"Democratic pretension vs. airs of entitlement" by Hiroaki Sato[Japan Times]
「イルカ」と「強制連行」が目玉のジャパン・タイムズですが、この記事はある意味典型的に思えましたので紹介します。柔道の金メダリストの石井選手の「天皇陛下のために戦いました」発言から唐突に三島由紀夫と軍国主義をめぐるいかにも外国人向けの皮相なおしゃべりへと飛躍し、最後はアメリカ大統領の君主的性格を語りつつ民主政の困難に思いを馳せてみるという前後の脈絡の不分明な文章であります。枕だけにしておきますかね。石井選手がどういうキャラクターでこの発言がどれほど不敬な響きを持っているのか判らないようですね。三島由紀夫も草葉の陰で泣いているでしょう。つまりあなたの認識の正反対です。というわけでスタート直後での大転倒、立ち上がってよたよた走り出してみたもののあさっての方向に向かってしまってゴールは出来ずといった走りでした。次回はまっすぐ前方を見てゴールを意識しながら走ることをおすすめします。ところでデスクはチェックは入れないのですかね。

"Japan hangs two more on death row"[BBC]
もはや日本で死刑が執行された時にはBBCがすべて報じてくれるというありがたい仕組みが出来上がっているようでなによりです。私自身のこの問題に対する考えはここでは開陳しないことにします。この記事で特筆すべきは麻生首相がカトリック教徒である点の強調ですかね。写真の下にもわざわざキャプションがついています。教皇猊下は死刑に反対しておられますよと。都合のいいときだけ権威を利用するとははさすがですね。ちなみにBBCさんは就任以来この点を盛んに強調するのでありますが、勿論ここはイギリスではないのです。ブレアがカトリックに改宗した、ふーん、それで?、の国なのです。私個人は英国カトリック史には非常に興味がありますけれどもね。ふふふ。日本ですけれども、どうやら宗教的信念を政治に持ち込まず、善政をなしている限りは、首相がなに教徒でもさほど気にしない(あるいは儀礼的に無視する)人が多い国のような印象を受けますね。印象ですけれどもね。

"North Korean leader 'in hospital'"[BBC]
"Pulses race in Pyongyang"[Asia Times]
キム・ジョンイル氏の病状に関するニュースが世界を駆け巡っていますが、やはり日本には北朝鮮に関するインテリジェンスはあるのですね。どこ発の情報なのか知らないのですが、この記事だとフジテレビになっていますね。ふーむ。フランスでもこの話はけっこう大きく報じられています。普通に考えるとテロ支援国家指定解除との関連を想定したくなりますが、そういうことでいいんでしょうか。どうやら情報戦の最中みたいなので判断は保留しておきますが、いずれ舞台裏が明らかになる日も来るのでしょうかね。

"Plus ça change..."[Observing Japan]
ハリス氏の政局ネタ。民主党は総選挙を求め、自民党は国際的危機を理由にこれを遅延させる。自民党は民主党を国よりも政局を優先していると非難し、民主党は世論を意識しながら政府と時に協力し、時に反対すると。タイトルの「変われば変わるほど・・・(変わらない)」というのは今の政局が福田政権の序盤とまったく同じ構図であることを指しています。この金融危機は自民党にとっては天の助けとなりそうな予感がします。いろいろ書いてはいますが、経済の見通しについてはさほど悲観的ではありません。しかしいったいいつになったら政権交代のチャンスはやってくるのでしょう。民主党はどんどん魅力に乏しくなっていきますしねえ。困ったものです。

"Heroes""Instant Karma"[Shisaku]
ホテルのバーだのカップラーメンの値段だの「庶民感情」からの乖離ネタが日本のメディアでは流行っているようですが、幸福な国だなあとしみじみと思います。グローバルな阿鼻叫喚の中にあってやはりのほほん教徒の国ですね。いいえ、これは本当に日本の強さだと思うんですよ。ところでジャコバン派の記者が「庶民」であろうはずもないことぐらい当の「庶民」が知らないとでも思っているのでしょうかね。また隣家の庭の小さな変化は気になっても一国の宰相の小さな贅はさほど気にしないのがいわゆる「庶民」らしいあり方のような気もしないではありませんが、あるいはジャコバン派には気にいらない認識なのかもしれません。私はアカの家の出なものでこのあたりの自己欺瞞には幼少時からとても敏感なんですね。ちなみに私はカップラーメンの値段を知らない麻生氏は嫌いではないですが、秋葉原で媚びを売っている麻生氏はあまり好きではないです。コメントは別にShisakuさんに向けたものではないです。

"Exclusive: Killer of Lindsay Hawker, teacher buried in bathtub, 'commits suicide'"[Times]
"Sympathy turns to scepticism as courtiers whisper princess does not do her duty"[Times]
パリー氏が日本に戻ってさっそく飛ばしています。あのー、この人のソースは週刊誌と2chみたいですのでこれをネタにwaiwaiしてもあまり意味ないと思いますよ。縦を横にしているだけです(本人は日本語読めないようですが)。ちょっとシニカルな味付けをして一丁上がり。楽な商売ですよね。それにしても市橋容疑者自殺断定報道は飛ばしましたね。警察の否定を受けて本人はブログで言い訳をしているようですが。それとどうでもいい話ですが、タイムズが「高級紙」である点を妙に強調して報じているのにはやや違和感があります。いったいいつの時代の話ですかね。俗に「東スポのほうがなんぼかまし」という言い回しがありますけれども(ない)、こういう中途半端な新聞よりはサンのほうが潔いだけなんぼか好もしいですね。

それではみなさまも秋の深まりを楽しみましょうぞ。

追記
ジャパン・タイムズのエッセーですが、本当を言うと、私を苛立たせたのは石井君の話ではなくて三島由紀夫と久野収の粗雑な扱いです。どちらももっと複雑な人達であってこういう平板な図式に収めるべきではないと思うのです。左派は平板な市民派のイメージから離れて久野収をちゃんと読むべきだと思います。この人の右翼認識はなかなかのものです。だいたいこのエッセー、英語圏の三島幻想に媚びているのが不快なんですよ。三島氏の思う壷ではないですか。言っている意味わかりますかね。

また「庶民感情」の話は左派メディアばかりでなく右派メディアも騒いでいたのですね。ふう。こちらは松平定信症候群でしょうか。どちらにしても政治家に過度な清廉潔癖を要求する風潮は好まないですね。青年将校を焚き付けていた頃から進歩がないです。だいたい景気後退なんですからお金持ちのみなさんに消費していただかないと我々も困るではないですか。

なにを思っていたのか、タイムズを「雑誌」と書いていましたので直しました。ところでパリー氏はわりと人気者(?)なのですねえ。まあ言い過ぎだとは思いますが、ここしばらくのタイムズには苛立たされる傾向があるのですね。欧州ネタはまあいいんですけどね。

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欧州大統領への道

株価と円がすごいことになっていますが、この傾向は当面は続くのでしょうね。確かに政府は機敏に動いてはいますが、目的と手段が対応していないように見えるのは私が素人すぎるからなんでしょうか。また相変わらずの日銀の腰の重さはどうしたことなのでしょう。いや別に利下げじゃなくともいいんですよ。いろいろやれそうじゃないですか。この際、涼しい顔で世界経済にすべての責任を転嫁してひそかに方針転換したらいいんじゃないでしょうかね。そう、これは撤退ではなくて転進です。政界からもマスコミからもたいして非難されないでしょう。うるさいのは経済系ブログぐらいです。まあ素人の囀ですからこれは無視してくださいね。

"Why the market has been down on the Euro and European banks"[Marginal Revolution]
kitaryunosukeさんが訳されている(いつもご苦労様です)アンブローズ氏の記事に対するコーエン氏のコメント。

By the way, this is further evidence that the driving force behind the earlier boom was the global savings glut, and sheer giddiness, not the excessively loose monetary policy of Greenspan's Fed. The ECB has pursued a relatively tight monetary policy since its origin. It also will be interesting to see what trouble arises in Spain, since Spanish banking regulation has been considered a model of how to keep these problems under control.

ここで出てくるglobal savings glut(グローバルな過剰貯蓄)というのはバーナンキ氏が語っていた話ですよね。FEDとECBの金融政策を相対的に比べるとそうも言えるのかなという気もしてきますが・・・、これはグリーンスパンを戦犯視する世間を賑わす話とは対立する意見ですよね。どう考えたらいいのかよく判りませんが(ここではFed擁護の意図はないでしょう)、認知的不協和を与える意見は尊重するという格率に従ってここにメモしておきます。ところでアンブローズ氏の記事ですが、読んでいて寒気がしてきます。でも誇張じゃなくて本当にやばそうです。レバレッジ投資の本場はアメリカではなく欧州だったことがはっきりしてしまいましたね。私が観察しているイタリアのいくつかの銀行ですが、株価が順調に下がっているようですね。ふう。

"The other part of the bailout: Pricing and evaluating the US and UK loan guarantees" by Viral Acharya and Raghu Sundaram[VoxEU]
英米の銀行救済プランの比較をしている記事です。bail outプランの本格的な分析ってあまり見た事がなかったのですが、これは議論のたたき台になるのかもしれません。この論者によるならば、なかなか優劣はつけ難いが、もし危機が深刻化した場合にはイギリスのプランのほうがパニックをひき起すだろうとしています。ゴードン・ブラウン氏が今は英雄みたいになっていますが、さてどうなるのでしょうかね。

"Sarkozy’s ways put EU peers on edge"[FT]
サルコジ外交が周囲に怨恨の種を蒔いていることについては前に紹介したエコノミストの記事でも触れていましたが、これも同様に周囲を振り回し続ける大統領についての記事ですね。

So, in the space of a few days, Mr Sarkozy offended Prague and Luxembourg, worried London and once again angered the Germans. In most countries they would be regarded as embarrassing diplomatic blunders. But that is Mr Sarkozy’s way of doing business.

“[Some people say to me], ‘you move too fast’. That’s true for those who don’t want to move,” Mr Sarkozy said.

ということでサルコジ氏は無反省のようです。この人が反省などするわけもないですがね。

"Prague accuse Sarkozy de vouloir "siphonner sa présidence" de l'UE"[Le Point]
上の記事の引用部分でプラハを怒らしたとありますが、これはサルコジ氏が「欧州大統領」(そういう役職はないですが)としての役割を一年延長しようと動いていることに対してです。順番から言うと半期交代で欧州連合の議長国は次はチェコに回ることに決定しています。それで前にも書きましたが、このチェコのクラウス大統領は有名なユーロ懐疑派であります。こんな時期にリスボン条約にも気候変動案にも強硬に反対しているユーロ懐疑派を議長にしていいんですかねというのは私みたいな人間でも思うところです(この人の環境保護主義は新手の共産主義だ発言は表現を穏当化すれば半分ぐらい賛成なんですけども)。またその次はスウェーデンでしてここはユーロ圏外なんですよねえ。なんという使えない枠組みなんでしょう。サルコジ氏がさかんに揺さぶっているのも判るというものです。この記事によれば、欧州連合の議長とは無関係に危機への対応の会合が開かれていると嘆くクラウス氏ですが、フランス、ドイツ、イギリス、イタリアの四カ国は1938年にチェコスロヴァキアの一部への侵略を許したミュンヘン協定を結んだ国だと非難したとされます。さらにこのユーロ懐疑派は欧州議長職は重要なものだとは思わないと明言しています。ふう。この人ではなにも決まらないですよね。

"Sarkozy’s attempted EU coup fails – for now" by Wolfgang Munchau[FT]
ミュンヒャウ氏のサルコジ氏の「クーデター」についての論評。この人は好意的なんですよね。彼の「欧州大統領」(president of Europe)の一年延長案や「経済政府」の提案はチェコやドイツの反対で失敗に終わったように見えるが、最終的にはこれは実現するだろうと6つの根拠から予測しています。第一に欧州経済の景気後退は明らかで米国の新大統領は景気刺激策を用意して欧州に圧力をかけると予想される。第二にマネーマーケットの保証の提供の失敗の是正が必要である。第三に現在の銀行の資本増強プランはユーロ圏レベルの協定で改訂される必要がある。第四にユーログループの指導力のなさ。第五にドイツの反対は孤立しつつある。スペイン、イタリアは賛成であり、東欧の危機が深刻化すれば、オーストリア、スロヴェニア、スロヴァキアがユーロ圏の連帯を求めるだろう。第六にリスボン条約の不確定性。チェコのクラウス氏が議長になった場合には、欧州連合のリーダー達はこの条約の外で危機に対応するほかなくなる。ドイツは反対し続けるだろうが、サルコジ氏はメルケル氏を追いつめるだろう。現在のサルコジ氏はフランス大統領に過ぎないが、危機が深刻化するならば、彼のクーデターは成功するだろう。

私は何度か書いたようにユーロ懐疑派的なんですが、今回の危機にはどう見ても欧州レべルの対応が必要ですし、これを機にあるいは欧州も実効的な枠組みに成長できるのかもしれないという気もしています。リスボン条約のような大仰なばかりの法的枠組みとは別のもっと実効的な枠組みからですね。さてサルコジ氏はどこまでこの危機を最大限に利用できるのでしょうかね。ところでフランスのSWFについての経済学者のまともな論評がでていないようなのはどうしたことなんでしょうね。放置というやつですか。そうですか。チャベス氏が素敵なコメントをしていましたね。ようこそ社会主義クラブへと。

おまけ
"Shopping in Taiwan's hypermarkets"[BBC]
BBCのネット版のタブロイド化傾向については識者の間で指摘されているところでありますが、兆候的ですのでここでメモしておきます。この記事、見出しが"Go, go gadgets"、リード文が"The wacky world of Taipei technology"といかにもアクセス稼ぎをねらったような仕掛けになっています。そう、"wacky"と"weird"、この二つは英語圏のギーク層において我が国を指すのにほぼ独占的に使用されてきた形容詞ではありませんか。さて今後英語圏でwacky Taiwanキャンペーンが始まるのでしょうか。今時BBCに幻想を抱いているのはどこかの島国の公共放送の職員ぐらいしかいないという話も聞きますが(面白い番組はありますけどね)、こういうネタはGizmodoやPink Tentaclesに任せて少しは真面目に報道したらどうですかと言いたくなる自分もいたりします。まあいいですけどね、少なくとも政治社会ネタではいい加減な報道は止めていただきたいものです。

追記
"Yen is caught in carry-trade turmoil"[FT]
例のFTの記事はこれですね。政策提言は以下。

Given the current pressure on the yen, additional measures may be needed. Japan could print yen and use them to buy foreign currencies, putting a floor under the yen and preventing deflation. While this would slow a correction of global imbalances, highly disruptive jumps in currencies due to speculative flows are the greater of two evils.

円を刷って外貨を買えと。複数の通貨(ドル以外もということですよね)に対する円売り介入。いろいろ勘ぐりたくなるところですが、今の局面ではこれもなかなか悪くないアイディアに見えます。確かにFTは円キャリーについては早くから警告していましたが、正直に言ってなんだか蜃気楼みたいな話に感じていました。

コーエン氏のエントリに関して、当初は「FEDの緩和策」「ECBの引き締め策」としていたのですが、これは相対的な話で誤解を与える表現でしたので書き直しました(ご指摘ありがとうございます)。

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実に寒い一日でした

寝ぼけたまま半袖シャツで出勤したので寒い一日でした。真の阿呆ですね。以下気になった記事をクリップしておきます。テーマはまったくありません。

阿佐奈伎尓(朝なぎに)…万葉歌刻んだ最古の木簡が出土[読売]
紫香楽宮から万葉集と同時代の歌木簡が発見された報に続いて、明日香村の石神遺跡で出土した7世紀後半の歌木簡に万葉歌が刻まれていたことが判明したそうです。いやあ、発見が続きますね。

木簡は羽子板を逆さまにしたような形で、長さ9・1センチ、幅5・5センチ、厚さ6ミリ。万葉集巻七に収められた「朝なぎに 来寄る白波見まく欲(ほ)り 我はすれども 風こそ寄せね」のうち、万葉仮名で左側に「阿佐奈伎尓伎也(あさなきにきや)」、右側に「留之良奈●麻久(るしらなにまく)」の計14文字が2行にわたって、クギのようなもので刻まれていた。歌の大意は「朝なぎに寄せて来る白波を見たいと私は思うが、風が吹いてくれない」で、作者は不明。(●はニンベンに「尓」)

朝なぎに来寄る白波見まく欲(ほ)り我はすれども風こそ寄せね

年代測定の根拠は記事にある近くで発見された「己卯(つちのとう)年(679年)」と記された木簡なんでしょうか。遠方よりの客人のための饗宴施設や役所があったところだそうで、饗宴の席で詠まれたものと推定されています。実に微妙な時期でありますね。万葉学の深淵にはアクセスできずに、その周囲を経巡っているだけのただの素人でありますが、いっそうの解明が進むことを期待します。

保守政策の配当金は 危機の震源から遠い日本にも[FT]
近況報告みたいな記事なのでそうですねえという他ないですが、金融立国!のかけ声は当分聞こえなくなりそうな雰囲気ですね。最後は製造業があって羨ましいな、日本はということですね。英国の次の一手が楽しみです。国内消費はどうしたら高められるのでしょうねえ。ふう。

"Robot girl mix up"[Guardian]
少女ロボット・スーツのニュースは私もあちこちで見て、ああ、またテクノオリエンタリズムか、とため息をついたのですが、考えてみれば、老人が少女のロボット・スーツを着るってすごい光景ですよね。というわけで「カット・アンド・ペイスト・ジャーナリズム」がいかにこの奇怪なマシーンをつくりあげたのかについての検証記事。ネタ元はザ・サンでしたというオチです(笑)。ネット情報からでっちあげたサンの記事が伝言ゲーム的に主要紙の紙面を飾るというのはかなり兆候的な現象だと思います。実はいわゆる一流紙ですら取材をせずに在日外国人のブログやフォーラムをソースにして記事を書くパターンは珍しくないんですね。いくらでも例はあります。そのうち私もメイキング・オブのエントリを書きましょうかね。

Olivier Besancenot : "Avec la crise, un chapitre des possibles est en train de s'ouvrir"[Le Monde]
前に紹介したフランスの「左の左」のブザンスノ氏のインタビュー。2009年の1月に例の反資本主義新党の立ち上げが決定しているようです。このたびの危機について可能なるものたちの一章が開かれつつあると述べております。労働者、消費者が監督する唯一の公的銀行サービスの下に全銀行を統合せよとか、今や社会変革の必要にして可能なる時なのだとか語っています。このキャラクターがうけるのは判るのですが、反資本主義派はどのぐらい支持を集められるのでしょうかねえ。共産党から国民戦線へ流れた層を引っ張り込めるかどうか。はるかに生温いですが、なんだか1930年代みたいな話ですね。Rue89に新党結成の舞台裏の詳細を伝える記事がありましたので仏語読みはどうぞ。

"The Great Illusion" by Paul Krugman[NYT]
クルーグマン氏が第二のグローバル化が終焉するのではないかという不安を語っています。以下、多くの人々が懸念とともに想像している図柄でしょうけれども、氏が語るのはそれはそれで意味があるのでしょう。訳ではありません。グルジアは兆候だ。第一のグローバル化が唐突に終焉した後に来たのは、民族主義の時代だった。食料危機を考えよう。食料自給なんていうのは古くさい考えで世界市場からの輸入に頼ればいいとされていたのが、食料の高騰とともに、ケインズの言う “projects and politics” of “restrictions and exclusion” が復活した。民族主義と帝国主義に戻ろう。グルジアは経済的にはたいした意味はないが、パクス・アメリカーナの終焉を画している。欧州のロシアへのエネルギー依存は中東への石油依存に比べても危険に見える。ロシアはウクライナに供給停止をして既にガスを武器に使っている。ロシアがもしその影響圏への支配を武力でもって主張したならば、他の国はこれに続かないだろうか。中国が台湾に武力侵攻した時に起こるだろうグローバル経済の混乱を想像しよう。そんな心配はいらぬと言うアナリストもいる。グローバルな経済統合は戦争から我々を守ってくれる。なぜならば繁栄する交易経済は軍事的冒険主義を妨げるだろうから。第一次世界大戦の後に19世紀イギリスの作家Norman AngellはThe Great Illusionという有名な本を出版したが、そこでは現代の産業時代にあっては軍事的勝利で得るものよりも失うもののほうが多いと論じられている。第二次グローバル化の基礎は第一次のそれよりも堅固だろうか。ある意味はイエスだ。例えば西欧民主主義諸国の間での戦争は考えることすらできない。経済だけではなく価値によっても結合されているからだ。しかし世界の国々はこうした価値を共有しているわけではない。征服がペイするというのは大いなる幻想だという信念を述べている点でAngellは正しいが、経済的合理性が戦争を抑止すると考えるのもまた大いなる幻想だ。今日のグローバルな経済的相互依存は想像する以上に脆弱なのだと。まあ実際に経済的合理性で動かない国だらけですからねえ。困ったもんです。というのは暢気すぎるコメントですが。

"Baltic Dry index at lowest since 2002"[FT]
第一次グローバル化がなぜ終焉したのかについて保護主義よりも輸送コストの果たした役割が大きいという論文については前に紹介しましたが、輸送関係のニュースです。de-globalizationの傾向は海運に現れそうですので、注目したほうがいいでしょう。

The cost of shipping bulk commodities such as iron ore, coal or grains on Thursday tumbled to its lowest level in more than six years as recession fears intensified and the difficulty of obtaining trade finance left many ships without any cargo.

The Baltic Dry Index, a benchmark for shipping costs and seen as an indicator of global economic activity, fell 6.75 per cent to 1,506 points, its lowest level since November 2002. The index has plunged 53.2 per cent since the end of September.

The average daily cost for the largest dry bulk vessels – known as Capesize and used mostly to ship iron ore from Brazil and Australia to China – on Thursday sunk 11.4 per cent to just $11,580 a day.

この海運の輸送コストを示すバルティック・ドライ・インデックスが2002以来11月以来最低レベルに達しているそうです。9月末からでは53,2%も低下しているとのこと。またブラジルやオーストラリアから中国への鉄鋼石の輸送に用いられるケイプサイズとして知られる輸送船のコストも低下中。そのため輸送船を出せない状況だそうです。この海運市場のクラッシュですが、特に大型輸送船の蒙っている損害が大きいようです。また中国の需用低下の影響が現れているとのこと。さらに金融が引き上げてしまったためにトレード・クレジットのレートが急上昇している模様です。タンカー輸送の市場も打撃を受けているとのこと。むう。デグローバラズしていますね。

"The Okinawan Alternative to Japan’s Dependent Militarismby Gavan McCormack"[Japan Focus]
Client Stateが翻訳されたばかりで(邦題は『属国』でしたか)最近は沖縄にご執心のマコーマック氏です。韓国の建国記念の際には道徳性を装ったプロパガンダ記事を書かれていましたね。とっても分かりやすいお方です。この記事についてはコメントいたしません。私は沖縄についてこんな風に「べき論」を高らかにそして気安く語る非沖縄県民を軽蔑しているのですよ、日本人だろうが非日本人だろうがね。ところで、あなたはポルポト裁判を傍聴して自己の認識を公的に表明する道義的義務があると思うのですが、こんなところでなにをやっているんですか。道徳警察官を気取るのはまったく趣味ではないのですが、訳書が出たことですし、この御仁を持ち上げる人も出そうですから釘を刺しておきます。こんなことを言っても、愚か者達が呼び合うのは世の常ですけれどもね。これはイデオロギーに免疫がなく人を疑うことを知らない善良な人々に向けた忠告だと思ってください。私は善良な人々が惑わされ騙される光景はもう見たくないんですよ。賢くなってくださいね。

ではでは。

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