カテゴリー「中東情勢」の9件の記事

疫学的想像力

"Misreading the Map: The Road to Jerualem Does Not Lead Through Teheran"[Foreign Affairs]

リアリストの声が大きくなるにつれ、特に先日のガザ侵攻以降、米国でのイスラエルに関する論調のトーンに変化が生じている点については多くの人々が気づくところでしょうけれども、このフォーリン・アフェアーズの記事はごく冷静な筆致でオバマ政権はネタニヤフの言うことを聞かずにイランに対抗することよりもパレスチナ問題の解決に焦点をあてたほうがいいと進言しています。イランの台頭を前にしてスンナ派諸国とイスラエルの間に利害の一致が出来つつあるように見えるが、イランへの強攻策は各国の国内世論を反米、反イスラエルに傾かせることになる。こんな言い方をしていますね。

But the fact that they share certain U.S. or Israeli strategic concerns will not create the foundation for long-term strategic alliances (as opposed to ad-hoc tactical arrangements). In the Middle East, as elsewhere, one-night stands do not necessarily lead to marriage.

それでイランの核開発を遅延化させるべく交渉しつつ、その日が来た後に備えて抑止の枠組みをつくらなくてはならない。一方で中東の不安定化の根源にはパスレチナ問題があり、オバマ政権はこの解決に向けて力を注がなければならない、と。

"The good, the bad, and the unknown"[Foreign Policy]

でこちらはスティーブンのほうのウォルト氏のブログの記事ですが、基本的な認識で上の記事と一致しているようです。イラン問題とパレスチナ問題のリンケージははずすべきであり、後者についてオバマ政権は具体的に動きべきだ、と。リアリストのイスラエルに対する見方は長期的には必ずしもイスラエルにとってマイナスばかりだとは思わないのですが、イスラエル側-といっても多様な訳ですが-に想像的に内在してみるとかなりきつく見えるでしょうねえ。

アメリカ知らずのくせに余計なことを書いておくと米国のリアリストにも微妙な印象を抱くことがあります。悪いという意味ではないですが、彼らもまたアメリカ的に感じられます。欧州系のリアリズムとはなにか違う。もちろん我が邦のそれとも。今は亡き永井陽之助氏が冷戦期の封じ込め(containment)や隔離(quarantine)言説に関して指摘した「疫学的戦略観」-イノセントな国土の健康を守るために遠隔からの病原菌の進入を防ぐべく伝統的な勢力圏を無視して防疫ライン・道義的ラインを引こうとする-に彼らもまた多かれ少なかれ規定されているように見えるからなんでしょうか。そこに葛藤と苦悩があり、そこから特有の悲劇的トーンが出てくるのでしょうけれども、そこに米国的なものを感知する訳ですね。

日米同盟に関するNYTのオピニオン記事。日本の政局の混迷の中で日米同盟は漂流しつつある、変化するアジア情勢に応じて更新が必要であるという意見です。ごく穏当な内容ですが、注目すべきは北方領土問題を含めた日露関係の改善と日米韓の三カ国の関係強化の言及でしょうか。歴史を遡るならば領土をめぐる日露交渉の難航の責任の一端は米国にもあると思われるのですが(別に責める気もないですが)、米国が日露関係についてどう考えているのかは今ひとつよく分らないです。米国の戦略と両立する形で日本が中露のバランサーをつとめるというのはgeopolitically correctな選択のようにも思えるのですが、日本側にはそんな意志はなさそうですね。日韓については互いにhistorical antagonistsとみなし合っているのではなくて片方が一方的に・・・まあ、いいです。基地問題については語るも憂鬱なのでパスしたいところですが、国土防衛の役割分担についての小幅な-象徴的には大幅な-変更があってしかるべき時期かもしれませんし、それに応じた再編の構想案が民間からも出てきてもいいように思えます。ちなみにリアリストから見ても、

Moreover, mounting voter frustration in Japan with an unresponsive political system leaves the door ajar for nationalist politicians and policies, which undermine Tokyo’s ability to cooperate on pressing issues.

という風に見えていると思われます。ナショナリストのみなさんは、たとえそんなものを信じていなくとも、交渉とか協力とか妥協とかの重要性を語る芝居の稽古をしたほうがよろしいかと存じます。曇りなき赤心に加えて蛇のごとき狡猾なくして祖国の生き残りははかれませんです。

"The concept of quarantine in history"[pdf]

豚インフルエンザをめぐって検疫が話題になっていますが、この語は英語だとquarantineといいますね。語源はイタリア語の40を意味するquarantaとされます。ヴェネチア共和国とビザンツ帝国の間にあって東地中海商業の覇権を握ったラグ-ザ(現ドゥブロクニク)において黒死病到来に対応して1377年に敷かれた制度が現在の検疫体制の起源とされることは西洋史好きならばご存知でしょう。これは検疫概念の歴史についての概略的な記事ですが、ラグ-ザの検疫体制について特筆しています。旅人を40日間隔離したのですね。というわけでquarantineという語は黒死病と隔離の暗い歴史を想起させ、また日本と同様に人権に敏感な人々に懸念を呼び起こす語であるようです。中国の検疫についてのNYTの第一報における日本の不正確な言及およびその修正についてはGlobal Talk21さんがエントリされておりましたが、政府にはきちんとbecauseを内外に説明できるよう準備することを願います。

またマスクの着用をめぐってなんだかあちこちで小競り合いがあるようですが、MTGのアダムさんが日本語でエントリされていました。「日本語で書く」というリスクをとっている人々の意見は賛成するにせよ反対するにせよ尊重するのが礼節というものかと存じます。公衆衛生の知識が乏しいのでなんとも言えないところがありますが、個人的には我が邦のマスク文化には国土地理的、都市構造的な観点から言って一定の合理性があるように思われるのですけれども、どうなんでしょうね。

ではでは。

追記

政府の対策に批判的に言及している笹山氏が記事で日本の「清浄国神話」に触れています。米国の疫学的想像力とはなにか違う感じがありますが、孤立主義の伝統から来るものというのはあるのかもしれませんね。なんだかあやしい日本論やアメリカ論になってしまいそうなのでこれ以上は止めておきますが、この点に関連してアメリカ人の日本言説に自己の投影を感じることがあります。

などと呑気なことを書いているうちに国内での感染が始まってしまったようですね。ふう。気をつけましょう。

一部簡単な説明を追加しました。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=vHt1t-GxNWw

ジノ・ヴァネリ『Brother to Brother』(1978年)

北米のラテン男ヴァネリの代表曲。ヴァネリの歌唱にはいつも圧倒されます。胸毛もナイスです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

政治的なもの、革命的なもの

"Le G20 devra être politique selon Henri Guaino"[Les Echoes]

via French Politics

サルコジ大統領のスピーチライターのアンリ・ゲノー氏については以前エントリしましたが、氏によればG20は「技術的なもの」ではなく「政治的なもの」になるだろうとのこと。氏によれば「問題は我々のいる、今日危機にある世界から別の世界、他の規則をもつ組織された別のモードへと抜け出すべく心性、精神を発展させることである。心性、思考様式に断絶がなければならない」とのことです。むう、精神革命ですか。また「問題はG20が本質的に政治的なものなのか技術的なものなのかを知ることである。政治を行うこと、それは全世界に理解可能で、すべてを変革し、責任をとれるような強力な決定を下すことである」と言います。技術的な決定は現状のシステムの微調整に過ぎず、現状の規則や理念を侵犯する能力は本質的に危機にある世界に属している技術屋どもにはないのだ、政治家にのみこの神聖なる侵犯能力があるのだ!と、いかにも「政治的なもの」の復興を掲げるゲノー氏らしい発言ですが、なにを決定するかが問題な訳ですよね、決定することそれ自体よりも、違いますかね。すでに波乱の気配の漂うG20ですが、席上でサルコジ氏は、はあ?みたいな演説をまたしそうで少し楽しみです。

"Pierre Lellouche nommé «Monsieur Afghanistan et Pakistan»"[Liberation]

少し前のニュースですが、UMPの議員で議会のNATO委員会委員長のピエール・ルルーシュ氏がアフガニスタン、パキスタンの特命大使に指名されたとのことです。2008年末にアフガニスタンへのフランス軍の関与とNATO戦略について評価する仕事をしたことがある安全保障の専門家で「アフガニスタンにおけるNATOの戦略は失敗しつつある。NATOはアフガニスタンで勝利できない」と述べたとのことです。記事は「我々はNATOの納税者の血税にファイナンスされた地上で初めてのアヘン国家をつくりあげることに成功した」という発言も引用しています。大西洋主義者で親米派とされるけっこう有名な人ですね。ホルブルック氏の相手としてはこの人以外いないような気がしますが、さて、どうなるんだか。

"La "gauche de la gauche" part en ordre dispersé aux élections européennes"[Le Monde]

先日「左翼党」を立ち上げたジャン・リュック・メランション氏とフランス共産党のマリ・ジョルジュ・ビュッフェ氏による3月8日の「左翼戦線」結成に関する記事。「市民的蜂起」を呼びかけたメランション氏ですが、「我々は6月7日の選挙をリスボン条約とサルコジの自由主義政策への二重の国民投票とする。人民は声を上げるだろう」とのこと。CGTシュミノのディディエ氏、映画監督のロベール・ゲディギアン氏、作家のジェラール・モルディヤ氏の演説に続いて最も成功を博したのが反資本主義新党青年部のリーダーのクリスティアン・ピケ氏であったということです。同党の同盟の拒絶の決定にもかかわらず一部が左翼戦線に合流したようです。数ヶ月前にオリヴィエ・ブザンスノ氏が同盟を拒んだ訳ですが、この会合の数時間前に同党の政治評議会が左翼戦線との「不一致」を表明し、「欧州の条約を拒絶するという根拠のみで結集することはラディカルな要請に満たない」と宣言したとのことです。ブザンスノ氏は候補に立つことを望んでいないが、党の選挙人リストを提出する予定であるとのこと。IFOP調査によれば極左の支持率は16%に達すると言われ、今後、極左政党間の競争は激しくなると予想されます。現在、反資本主義新党が9%、左翼戦線が4%、労働者の闘争党が3%の支持を受けているとされます。というわけで極左の通弊に違わず、いわゆる大同的見地に立った同盟はなく、互いに敵視し合っているようです。それはいいことなのでしょう。

"Le « Nouveau parti anticapitaliste » ou le retour vers un passé qui ne passe pas"[Coulisses de Bruxelles ]

極右が落ち着いたと思ったら今度は極左かよというのが正直なところですが、反資本主新党が10%近い支持率を獲得した事態を前にしてカトルメール氏が真面目に警告を発しています。大衆的人気ではサルコジ氏のライヴァルにまで祭り上げられているとっても感じのいい革命的郵便配達夫オリヴィエ・ブザンスノ氏ですが、彼がどれほど感じがよくとも反資本主義新党はレーニン主義的な革命政党であり、エコロジーやフェミニズムといった今風なアジェンダはこの点を覆い隠すものだ。ソ連や中国とは無関係だと言い張ったとしてもこれは1917年への回帰である。以下、同党の綱領を検討しています。

(1)欧州憲法、欧州中央銀行、OECD、IMF、世界銀行、WTO、NATOの否定。フランスの革命の後、全世界に反資本主義の波が及ぶとされる。

(2)民主主義の否定。左翼戦線を否定したようにいかなる妥協的連合もしない。「階級支配は改革の道によっては根絶できない」。暴力による革命も否定していないことになる。

(3)全体主義。生産手段の私的所有の否定、金融システム、サービス業に対する人民の支配。人民とは実際には国家でしかない。人民の善のための文化の革命。明瞭に語っていないが現在の政治的、法的秩序の打倒は論理必然的であり、反対意見に対して不寛容な体制になるだろう。

反資本主義新党に投票するとは社会党への抗議や社会党を左傾化させることを意味しない。反民主主義的、反欧州的な革命政党に投票すること、前世紀の亡霊たる共産主義に投票することを意味するのだ。といった具合に同党の危険性を警告しています。今時まさかと思われるかもしれませんが、綱領その他を読む限り、これまでの動きを見ている限りは、この人々は本気ですね。左翼戦線が成立しなかったことやブザンスノ氏個人の人気が必ずしも同党への人気につながらないという話を考えても、社会党不満層やエコな人々や極右支持層の一部も取り込んで今度の欧州議会選で躍進し、国際メディア的にも注目されることになるのかもしれません。もっともフランスおよび欧州政治の不安定の象徴となったとしても彼らの革命とやらが成就することはないでしょうが、日本でも勘違いした人々が騒いだりするのでしょうかねえ。

[本日の一曲]

佐藤千夜子『ゴンドラの唄』(1915年大正4年)

http://www.youtube.com/watch?v=hQp1RTjfiVU&feature=related

革命前のまだ浪漫的なロシア幻想ということで、ツルゲーネフ『その前夜』の劇中歌。この人の時に投げやりにも聞こえる歌い方はわりと壷です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

連合って不便ですよね

あちらもこちらも騒々しいですが、おかげさまでごく平穏な日々です。そう言えば、この間、金銭を代償にして他人に髪を切らせました。少し寒いです。以下、欧州関連記事のクリップです。

"L'Union pour la Méditerranée subit un coup d'arrêt depuis la guerre de Gaza"[Le Monde]

地中海連合が「制度的に機能停止」している件についてのル・モンド記事。サルコジ大統領の肝いりでアラブと地中海の43カ国を集めるこの広域連合組織が華々しくスタートした件については以前エントリしましたが、半ば予想通りイスラエルのガザ侵攻を受けて頓挫している模様です。イスラエルと同席することをアラブ諸国が拒否しているために4月以降開催される予定だった会合の見通しが立っていないとのことです。例えば、エジプト政府が地中海連合の停止を公的に求めているとされます。エジプト人はアラブ諸国の中で複雑な位置に置かれている、地中海連合で重要な役割を果たすエジプトを守らないといけない、というフランス側のコメントが引用されています。またアルジェリアは「我々は連合のメンバーだが、連合は進捗しないだろう」という冷ややかな見解を示している模様、リビアは「地中海連合はイスラエルの爆弾によって殺された」と発言、シリアも停止の方向に動いているとされます。他方、欧州との関係を強化したいモロッコは連合の進展を望んでいるといいます。理事会のポストをめぐる角逐もあるようで、43カ国も集めれば、そりゃなかなかうまくいかないですよ。さっそく企画倒れの匂いが濃厚に漂ってきていますが、まあ長い目で観察することにします。

"France to send envoy to Iran for nuclear talks"[Haaretz]

フランス政府がジェラール・アルノー氏をイランに派遣したとハアレツが報じています。それでこのアルノー氏ですが、

The French official to be tapped by President Nicolas Sarkozy to meet with the Iranians is Gerard Araud, who holds the title of political and security director-general of the French foreign ministry. Araud has been France's point man in the six-power talks - which include the five permanent members of the Security Council plus Germany - with Iran. Two years ago, he concluded a stint as Paris' ambassador to Israel. Two weeks ago, Araud called on the U.S. to expedite the formulation of its policy of dialogue with Iran. Washington ought to take a "one-time shot" at talks with Iran, Araud said.[....]"The French do not anticipate any extraordinary results from this visit," the diplomatic source said. "But they want to take part in preparing the groundwork for dialogue between the West and Iran."

といった人物です。フランスの対イラン戦略についてオバマ政権との間で齟齬が見られることは前からハアレツが報じていました。さすがに敏感ですね。修辞のレベルでは時に挑発的に振舞ったりしていますが、基本路線にそれほど大きな変更はないように見えます。こうした動きそのものはごく合理的だと思いますが、勿論イスラエルからすれば不満でしょう。

"Sarozy's talent for reinvention"[BBC]

BBCの記者によるサルコジ大統領の印象論。私は内務大臣になる前から眺めてきましたが、あのキャラクター-今日の俺は昨日の俺と違うんだぜとでも言いたげな-は変わってないですね。ともかく由来の知れない異様なエネルギーはありますし、政治玄人の爺さん大統領に飽きた国民の多くがそうした徳を欲していたし、こうした劇的な展開を前にして今も欲しているということなんでしょう。記者さんの言う予測不能性に関しては、大統領本人よりも取り巻き達の方を見たほうがいいんじゃないでしょうかね。

"EU consensus to tackle crisis"[BBC]

日曜のブリュッセルの緊急EUサミットに関してフランスの保護主義的な動きに対する牽制と東欧救援要請の拒絶の二点についてまとめたBBCの記事。前者については、連合内に動揺をもたらしたサルコジ氏の自国の自動車産業保護の訴えが却下され、自由で公正な共通市場の維持が確認されたとのことです。発言を否定するサルコジ氏ですが、アメリカが保護主義に走ったら欧州もそうするだろうと嘯いているようです、それで後者が問題です。ハンガリーによる東欧経済救済要請が拒絶された訳ですが、メルケル首相の各国で事情が違うからという発言が引用されています。他方、バローゾ委員長は不良債権処理の枠組みに関する協定が結ばれた点や中東欧への資金援助がなされている点を強調したとのことです。具体的には以下、

He said 7bn euros of structural funds would go to the new member states his year, including 2.5bn for Poland. Another 8.5bn euros from the European Investment Bank would help small and medium-sized firms in the region this year, he said.

"EU Rejects a Rescue of Flatering East Europe"[WSJ]

こちらは東欧の救援要請拒否に関するWSJの記事です。概括的ですが、こちらのほうが少し情報量が多いです。今回のサミットを象徴するかのように引用されているハンガリー首相の「新しい鉄のカーテン」発言やユーロ圏の拡大の要請についても触れています。ポイントは中東欧と言っても一枚岩ではなく状況がましな国は救援を受けることでイメージが悪くなることを恐れているという点でしょうか。ポーランド首相の発言は以下、

"Our position is that we must differentiate between countries that are in difficulties and those that are not," Polish Finance Minister Jacek Rostowski said. Poland, which benefited from years of healthy economic growth, is in better shape that some of its more-indebted neighbors. But it has seen a substantial fall in the value of its currency as investors scramble out of the region.

これに対して西欧諸国は他のどこかから借りたらといった冷ややかな態度であったとしています。こちらも深刻な景況悪化に直面して新たに東欧救済の件で国民を説得するのは困難だと。動こうとしない欧州連合に代わってIMFや他の国際機関の役割が重要になるだろうとしています。おーい。以下、各国の状況について概観しています。ポイントはやはりドイツですが、記事では、

Most critical was the cold shoulder from Germany, which, as Europe's largest economy and the one with most access to borrowing, would play the largest role in financing any aid. Germany, the EU's strongest economy, is unwilling to unwind its own fiscal discipline to pay for the spending excesses of others. Admitting countries with weaker finances could hurt the strength of the euro or push up inflation across the euro zone.

と書かれています。あの頑固な財務大臣がちゃんと役割を果たすと述べたという報を読んだ記憶があるのですが、ぎりぎりまで踏みとどまるようです。まあ気持ちは判りますけれどもねえ。ともかく欧州の東と西の間の心理的距離はモーゼの海割りの跡のごとく広がっているようです。

南無南無。ではでは。

追記

半ばボケて書きましたが、景況も財政状況もばらつきがありますし、中東欧と言っても一枚岩ではない訳で必ずしもハンガリー案が正しいアプローチとは限らないように思えます。東と西の二元図式よりも状況はもう少し複雑なようです。メルケル氏を支持する訳ではないですが。

再追記

"Emergency eurozone aid signalled"[FT]

こちらはメディアの反響の大きさを見て火消しのために書かれたような記事ですね。アルムニア氏がユーロ圏で困難に陥った国には支援がある点を強調しています。またこのたびのハンガリー案却下については

At an EU summit on Sunday called to discuss the crisis, it was not the bloc’s western European countries but several central and eastern states that had spoken most loudly against a Hungarian proposal for a €180bn ($226bn, £161bn) financial aid plan for the region, Mr Almunia said. “When someone says, ‘Give me a plan for the region’, I say, ‘It’s not a question of a plan, but of analysis, of monitoring, case by case, problem by problem’.”

といった具合に西欧諸国でなく中東欧諸国のほうがハンガリー案に反対だったのだと主張しています。また先日のシュタインブリュック財務大臣のユーロ圏支援の発言も想起し、ドイツのエゴイズム批判に反論しています。欧州連合の外交官によれば救済の法的根拠は第100条の

This states that “where a member state is in difficulties or is seriously threatened with severe difficulties caused by natural disasters or exceptional occurrences beyond its control”, EU governments “may grant, under certain conditions, community financial assistance to the member state concerned”.

に基づくとされます。金融危機、経済危機はexceptional occurrences beyond its controlの文言に関わる訳ですね。最後に氏はユーロ圏の崩壊はあり得ないと断言されています。まあ、その確率そのものは低いだろうと思いますけれども・・・、当面は戦力の逐次投入を続ける他ないのでしょうかね。

[本日の一曲]

http://www.youtube.com/watch?v=7SwC-S2aR3M&NR=1

灰田勝彦『アルプスの牧場』(1951年/昭和26年)

この年齢でこの声はすごいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ストからデモへ

中川氏辞任「ご本人が熟慮した上での決断」17日の首相[朝日新聞]

与謝野氏頼みの非常事態 苦肉の策の3大臣兼務[朝日新聞]

酩酊の理由については存じませんし、果たして現在の景況やスケジュールを考えてそれが辞任に値する理由だったのかどうかも判りませんが(一般的に言って日本の政治家のみなさん簡単に辞め過ぎませんかね、あるいは簡単に辞めさせ過ぎではないですかね、酩酊大統領や酩酊大臣なんてこれまで国際ニュースで何人も見たような気がするんですけれども)、財務省およびその族議員の抑えとして中川氏の存在に期待している部分があったので-あんまり抑えが効いていなかったという話もありますが-ここで与謝野氏が3大臣兼務という状況にいささか不穏なものを感じてしまいます。景況の悪化とともにスタンスを変更するのかと思いきやここまでの発言と動きを見る限りちょっとヤバいんでないのと危惧してしまいます。大丈夫なんでしょうかね。

"Murakami defies protests to accept Jerusalem prize"[Guardian]

村上春樹氏が親パレスチナの抗議団体の反対にもかかわらずエルサレム文学賞を受賞した件に関するガーディアンの記事。エルサレムまで出かけていってガザ攻撃を批判してイスラエルの読者に感謝するというのは単に辞退するよりはそれはそれで作家のある種の一貫性が感じられて立派な態度なんじゃないのと思いました。またイスラエルは中産階級がいる成熟した民主主義国なんですから氏のメッセージだって通じる層というのは十分にいて、こういう層を絶望させないというのは長期的に見た場合には中東和平にとっても重要なことだと思うのですね。こうした層が国内的に周縁化され、国際報道的にもかき消されてしまうような状況はあまりよろしくないだろうと。

しかし彼らに卵のままでいて欲しくはなくて、みながみなとは思いませんが、その中の賢明で勇気ある人々には是非とも狡猾な蛇となって高い壁を攀じ登って欲しいなとも思うのです。例えば、マイケル・ウォルツァーが今回のガザ侵攻について「均衡を欠いた攻撃」論に反論したことで批判されたり、ウォルツァー・サイード論争が想起されたりしているようなのですが、個人的にはサイードに共感する部分もあったり、また氏の正戦論は一見人道的なようでいて「非道徳的」な現実主義よりもかなり危険なんじゃないのと思ったりするのですけれども、それにもかかわらずそう簡単には氏の言論を否定できないかなと思うのは、例えば、イスラエルのリベラル派や左派への氏のメッセージはこれはこれで判る感じがあったりするからなのですね。ここにあるのはとてもやっかいな問題なんだと思うのですけれども。

"Un nouveau mouvement social ?" by Guy Groux[Telos]

ギ・グルー氏の近年の社会運動についての考察。以下、忠実な訳ではなく要約です。4月29日の強力な社会動員は矛盾した性格を持っていた。一方でここ20年ほどで顕著になってきた特徴があり、他方では真の断絶、新しい要素がある。近年の社会運動はストからデモへの比重の移動があった。1968年には何百万人もの参加するストライキが工場や会社を覆い、CGTが組織する大規模デモが街頭に溢れた。1995年にはストライキはなお公的セクターでは強力だったが、運動はとりわけ大規模なデモによって特徴づけられていた。2003年と2006年にはこの状況は加速し、ストが減り、デモが増えていった。こうした傾向は今回もまた強化された。ストの比率は各セクターで減少し、デモが大規模化している。1968年にはストとデモの間に深い繋がりが存在したが、最近では両者の解離が進行している。かくして今回の運動はここ数十年の傾向に合致するものである。しかし、別の面では今回の運動には1990年代以降の運動とは異なる固有な性格も存在した。まず今回の動員はかつてとは異なり、金融危機、経済危機の文脈で展開した。確かにここしばらくの運動は失業の文脈でなされたものだが、緩慢な経済成長の中で展開したのだった。今回はそうではない。1995年から2006年の運動は特定のテーマについて政府の改革に抵抗すべく組織されたのだが、今回のはもっと包括的なテーマ、すなわち購買力と雇用に関するものであった。要求の特定性と限定性ゆえに直接に交渉することが可能だったのだが、今回は特定の地域やセクターの水準でしか交渉ができない。もうひとつ別の特徴がある。確かにここ30年ほどは失業が慢性的な問題であったし、これを私的セクターにおけるストの後退の理由と考える者がいる。それゆえ私的セクターの雇用者から公的セクターの雇用者に委ねられる「代理スト」という方式が成功を収めたのだった。しかし特定テーマの要求-社会保障のような-については代理ストのような運動もあり得るが、代理の失業というものは存在しない。今回の危機によってまさにこの問題、失業の問題がこれまでとは比較にならない深刻さで提出されているのだ。こうした文脈において組合は大規模な挑戦にさらされるだろう。経済危機と予見される多くの雇用の破壊に対して「私的なもの」の動員が掛け金となった。今日においてもっとも脅かされ、そしてもっとも代弁され、擁護され、動員される必要があるのは「社会の領分」なのだ。代理によってではなく直接に擁護されなくてはならない。4月29日に我々が見たもの、それは1977年のエットーレ・スコラの美しい映画タイトルを用いれば、「特別な一日」だったのだ。

以上、ここ数十年の傾向である「ストからデモへ」は加速している。しかし、今回の動員にはこれまでの個別的かつ具体的な交渉可能性をもつ動員とは異なる面がある。それは雇用および購買力という包括的なテーマに関わるものである。ここしばらくの私的セクターから公的セクターへの代理のような手段でなされた動員とは違うのだ。今回の動員で掛けられたのは「私的なもの」(このpriveは「奪われたるもの」のニュアンスもあるんでしょうね)の非代理的かつ直接的な擁護である、ということです。この記事ですが、大きな見取り図として判り易いのではないでしょうかね。まあ、ストとデモのないパリなんて火事と喧嘩のない江戸みたいなもんですし、大規模デモは今後もどんどん組織されることでしょう。願わくばそこに悲壮な怒りばかりでなく高揚の笑みもまた見られんことを。

追記

微修正しました(2009.2.18)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アルジェリアのユダヤ人

極東におけるラテン歌謡の一愛好者にして国際ニュースオタクとしてはこのニュースをスルーする訳にはいかないような気がするのでクリップしておきます。

”Concert by pro-Israel singer scrapped in Mauritius”[AFP]

”Enrico Macias défile pour Israël, l'Ile Maurice le boycotte”[Liberation]

モーリシャスでのエンリコ・マシアスのコンサートがキャンセルされたというニュースです。先日のパリの親イスラエル・デモにマシアス氏が参加していたことが理由のようです。モーリシャス政府がガザでの「不均衡な戦力行使」ゆえに首都ポートルイスにおける氏の音楽活動にストップをかけることを告げたとのことですが、やや意外でした。というのも政治家やムスリムのグループが反対の声を挙げたようですが、外交的には親英仏的で宗教的にはヒンズー教が優勢な国というイメージがあったものですから。インド系が多数派の国ですよね、この島。また著名人とはいえ歌手の活動に政治家が口出しするのはよくないことだと思うのですけれども。主催者側は当日予想される混乱を避けるためとしています。当地においてそんなに物騒な空気が瀰漫しているのでしょうかね。

このアルジェリア生まれのユダヤ系フランス人歌手が、1960年代、70年代のフランス歌謡界に新鮮な異国情緒の息吹をもたらしたこと、日本でもけっこうヒットしたことはご記憶の方も多いでしょう。シャンソン好きなら知らぬ者はないという人です。エンリコの名に甘酸っぱい記憶を喚起される世代ではないのですが、私はこの人のいかにもオリエンタルな哀愁を帯びた歌や砂糖菓子みたいに甘ったるい歌詞の歌はわりと好きです。しかし日本では氏が「平和の歌手」と呼ばれ、国連大使として平和の唱導者の役割を積極的に果たしてきたことで国際的に著名である一方、熱心なイスラエル擁護者の顔を持つこと、ツァハル(イスラエル国軍)の勲章持ちである(レジオン・ドヌール持ちでもある)ことなどはあまり知られていないのかもしれません。第三次中東戦争、第四次中東戦争では応援歌を歌っています。批判者達からは「シオニスト」とラベルされることになるのでしょう。

エンリコ・マシアスというのは芸名で本名ガストン・グレナシア氏と言いますが、グレナシアというのはアラビア語起源の名前のようです。氏のルーツはスペインにあります。そういうタイトルの歌も歌っていますが、スペイン系ユダヤ人というのが氏のエスニック・アイデンティティーのようです。あの乾きと湿りけの独特な結合が魅力的なアンダルシアのアラブ(・ユダヤ)音楽という混交的音楽文化のルーツを持つ氏がイスラエルへの愛ゆえに郷愁と憧憬の母なる国アルジェリアへの帰還を果たせずにいることは、自らの政治的選択の結果であるとはいえ、悲劇と言っていいのでしょうね。マルフの音楽一家に生まれた氏にとってアラブ文化は自らの身体そのものである訳です。仏語にピエ・ノワール(黒い足)という言葉がありますが、彼らアルジェリアにおける欧州系の植民者とその師弟達の屈折を孕んだ望郷の念が氏の初期の歌には響いています。コンサートを熱望しているようですが、アルジェリア政府からイスラエル支持者であることを理由に入国を拒否されているようです。

政治的には左翼であり、少数派と異邦人の友であり、ユダヤとアラブの共生を訴える平和の使徒である氏のイスラエルへの入れ込みを政治的に批判するのは容易い訳ですが、こういう矛盾に引き裂かれた人に惹かれてしまう個人的な傾向性がどうもあるようです。善男善女の若い頃の苦く甘い記憶を召喚させる事のほうが人々の生活の実質への応援となるのであって、もうその年になってあまり政治に翻弄される姿は見たくないような気がすると言いたいような気持ちもありますが、尊敬される懐メロ歌手というポジションには収まれない星の下に生まれたと自身思い決めているということなのでしょう。以下のリンクは若い頃の氏ですが、アルジェリアの生まれた町のことを忘れてないと熱唱していますね。

http://jp.youtube.com/watch?v=54P8VPUwT38

なおこのエントリに特に結論はありません。それでは皆様もお元気で。

追記

自分で書いておいてなんですが、「砂糖菓子のように甘ったるい」という形容はお前はいつの時代の人間なんだという気がしてきますね。まあ、私は問答無用のあんこ至上主義者なんですけれども。

ついでにBHLがまたオピニオンを書いていますね。

”Les douteux « amis » du peuple palestinien”[Le Point]

今回の「パレスティナ人民の疑わしい友人達」という記事では欧州の反イスラエル・デモの批判をしています。第一に現実のパレスティナ人達のほうが穏健で、共生への意志を持ち、物事が白か黒かではないことを知り、ハマスのやり過ぎも自覚しているのに、想像上のパレスティナ人達を駆動する憎悪はなんだ。第二に和解と平和を考えなければならない時に憎悪を煽っている遠隔にいる者達の思考停止ぶりはなんだ。平和は二つの国家の並立と土地の共有によって実現されるのであり、極端主義と徹底主義の放棄が求められるのだ。イスラエルがヨルダン川西岸地区とガザ地区から撤退する際にパレスティナ人側がこれを利用してロケット弾の基地にしないようにしないといけない。これは無辜の民の犠牲者を出してしまった戦闘の停止によって、そしてハマスの政治的排除によって成し遂げられるのだ。第三にこの「ホロコースト」に反対して街頭に踊り出た者達はダルフールの時にチェチェンの時にボスニアの時に同じようにしたのか。イスラエルに対する時のみムスリムに加勢する人間達がいるではないか、とある種の人々のダブルスタンダードを批判しています。

前回のイスラエル政府のスポークスマンみたいな記事に比べると生彩がありますかね。この紛争で勧善懲悪的に一方のみを支持することが和解につながらないという点も、また二国家並立の形をつくるために極端主義者を排除しないといけないというのも正しいでしょう。長く険しい道のりですが、これしか現実的な解決の道はないように私にも思えます。ただレバノン戦争や今回の侵攻がこうした未来図の実現に資するものなのかどうかの判断は分かれるでしょう。また遠隔の地において極右や極左や宗教的極端派が煽動したり、動員をかけているのも事実のようですし、こうした恥知らずで有害な連中が批判されるべきなのは言うまでもないでしょう。ただ事態のどうにもならなさを理解した上でやはり人道的観点から批判される他ないと考える人間がいてそれで批判されている訳ですから、批判者の内の最低の部分を捉えてこれに代表させるというのはあまり公正ではないと思います。最後に、BHL氏自身ずいぶんダブスタを犯している点は指摘しておきます。ダブスタのまったくない人間なんてほとんどいないでしょうし、いても無害なだけでつまらないかもしれませんけれども、氏の場合、けっこう致命的なダブスタと現実認識の誤りがあったと思います。それとこの発達したメディア環境においては「私は見た」はもう通じないです。

再追記

”Le juif, coupable universel” par Pierre Jourde[Le Monde]

文芸評論家で作家のピエール・ジュルド氏のイスラエル批判への批判記事。この方は文芸業界や大学業界の内幕を暴露するような批評活動で知られる人ですが、ここで参戦するのはやや意外でした。ググってみたら郊外の反ユダヤ主義をテーマにした文章がありますね。ふーん。内容は上のレヴィ氏の記事とダブっていますが、こちらのほうがストレートですね。熱い調子でフランスにおけるイスラエル批判の偽善性を難じています。メディアに駆動された選択的共感、ダブルスタンダード、中東紛争の国内への持ち込みの奇妙さ、反ユダヤ主義的空気等々を指摘し、独裁国家に囲まれた自由民主主義国家イスラエルへの共感を表明しています。まあ、このたびもまたフランス社会の暗部を見せつけられたような感じでうんざりさせられていたのでこうした批判そのものはよく理解できます。ちなみになぜマグレブ系の移民子弟がダルフールではなくパレスチナに憤怒するのかというのは私にも興味深い問題です。人種も民族も違うのでいわゆる遠隔ナショナリズムの定義に収まらないですし、私の印象ではこの現象は宗教対立とも呼べないような気がします。誰か説明してください。で、この記事ですが、まあ趣旨は理解できます、でも、タイトルにあるようにユダヤ人を「普遍的な罪人」として聖化してしまうのはどうなんですかね、と思います。歴史の重みや問題の根深さは分かりますが、いつまでもこうした罪悪感を媒介とした関係に固執するのはあまり健全ではないですし、逆にいささか「均衡を欠いた」激しい憤怒を生み出す心理的土壌になっているとも思うのですがね。まあこうした歴史とは無関係な人間がどうこう言うのもなんですのでここは声のトーンを下げておきます。

”Israel a atteint l'essentiel de ses objectifs militaires"[Liberation]

こちらは軍事史家でツァハルを専門とするピエール・ラズー氏のインタビュー。まずこのたびの侵攻でイスラエルは軍事目標の重要な部分を攻撃することに成功したと評価しています。ハマスは保有するロケット弾の3分の2を失い、軍事的には大打撃を受けて停戦を受け入れざるを得なかった。またイスラエルはエジプトからのトンネルのおそらく80%を破壊し、停戦条件として国境ラインのコントロールの保証もアメリカ、欧州、エジプトから獲得した。最後にハマスの戦闘員500名、他のジハーディスト100名ほどを殺害し、130名の戦闘員を捕虜とした。最終的に1300名の死者が出たが、大部分は民間人であった。

次にイスラエル側の損失としては10名の兵士と3名の民間人、80名が負傷している。レバノン戦争とは異なり、今回はまったく戦車、戦闘機を失わなかった点が興味深い。洗練された対戦車、対空ミサイルをハマスが保有していない証拠だとのこと。次にこれは古典的な戦争への回帰であり、スターリングラード流のロード・ローラー戦略であるとしています。戦闘員が隠れている、あるは占拠されていると思しき建造物は組織的に破壊された。レバノン戦争とは異なって新たな戦闘能力、作戦能力を示すことができてツァハルは自信を回復しただろう。しかし無論ハマスはヒズボラではないので慢心はできない。最後にハマスは政治的に強化されることになったとしています。パレスティナ人の間に混乱はあるが、確かなのはファタハの信頼の失墜である。今後ハマスは西岸地区への浸透を進めるだろう。もし開かれた選挙を行ったならば、ハマスの勝利の可能性が高いと。

軍事の素人が言うのは躊躇われるのですが、ロケット発射能力を奪うことが目的にしては大規模に過ぎ、ハマスの解体を目指したにしては-軍事的にそれが可能なのかどうかは別にして-中途半端に見えてしまいます。どうも戦略目標が明確でないままに国内事情から始まったように見えるのも、またあまり意味のない仕方で大量の死傷者を出してしまったんじゃないかといった後味の悪さが残ってしまうのも目的手段関係のちぐはくな印象のせいなんでしょう。さらに記事の最後にあるように今回の侵攻が穏健派の凋落をもたらしてしまうのだとすれば、政治的観点からはどう理解すべきなのかよく判らなくなります。これは本当に望んだ事態なのでしょうかね。他の理解もあり得るのかもしれませんので特に固執するつもりはないのですが、とりあえずの印象を述べておくとこんな感じになります。

| | コメント (11) | トラックバック (4)

重い空気

イスラエルによるガザ侵攻については日本語圏でも多くのブロガ-諸氏が精力的に記事翻訳をしたり意見表明をしているようですね。それほど情報をつぶさに追っている訳ではないのですが、今回の攻撃に関してイスラエル政府は国際世論の非難を避けられないでしょう。さすがにあの画像を見せられては無反応でいることは難しいという人は多いでしょう。また長期的にはこのたびの侵攻が同国の安全に資するとも思えない。とはいえこの地域の悲劇的状況を前にして現実解が見えない現状では無辜の民の死を悼む他には私に語るべき言葉はあまりないという思いもやってきます。なおイスラエルのことを考えると自動的に満州国をめぐる状況を連想してしまうのですが、この点に関連して岡崎氏の記事がありました。絶望的に厳しい地政学的条件という他ないのですが、こう言ったからといってイスラエルに対してより深い共感を抱いているという訳ではないです。どうもこの件についてはシビア過ぎて直接書く気が沸かないので、芸もなくフランスの反応について書いておきます。

外交に関して現サルコジ政権は伝統的な親アラブから親イスラエル的な方向に転換しているなどと批判派から叩かれていましたが、それは相対的な話であって本気で泥をかぶる覚悟はさらさらないでしょう。日本語圏でも大きく報じられたようにさっそく停戦に向けた交渉を行っていますし、今後も仲介役として欧州代表みたいな顔で登場するでしょうけれども、結局のところ、米国が動かないことにはどうにもならないでしょうし、米国としてもそこまでの本気度と余裕があるようには今のところは見えないですね。フランスは米国の出方を見ながら、これを補完するような役割を果たすことになるのでしょう。それで今は同国が関与しているレバノン情勢への波及をなによりも恐れているのではないでしょうか。シリアとの交渉もどうなるんだかあやしくなってきましたが、地中海連合の枠組みは果たして機能するのでしょうかね、といった感じです。以上、新聞をぼんやり眺めているだけの印象です。そのうちもう少しなにか書くかもしれません。

フランスが欧州随一のユダヤ人共同体とムスリム共同体を抱える国であることはご存知の方も多いでしょう。このことは中東情勢の不安定化がダイレクトに国内での社会不安を惹起することを意味します。インティファーダの頃からあちらでなにか起こるとこちらで事件が起こるといった具合に連動してしまう傾向です。またフランスと両共同体との関係にはそれぞれ歴史的経緯から複雑な感情的な要素があって、90年代を通じて高進した政治的正しさの風潮もあり、外部の目からするとなにか奇妙に感じられるような屈曲が公論に与えられることになりがちです。つまり偏っているとみなされるとあっちからこっちから叩かれる訳ですね。不用意な修辞を理由に訴訟沙汰になってしまったりする。あっちよりもこっちの方がメディアへの政治力があるとかいった話もありますけれども、だからと言ってメディアが親イスラエル的かというとそうではないです。このあたりは本当に複雑なので図式的な理解を避けるために言っておくとユダヤ系だからと言って皆がイスラエルの政策をそのまま支持している訳ではないですし、ムスリムが反ユダヤで凝り固まっているという訳でもないです。そうなったらいよいよ救いようがない話なのですが、そこまではいっていない。協同の可能性の領域は残されている。とはいえ例のごとく国内は緊張が高まっているようです。

”Actes antisémites : Nicolas Sarkozy condamne des "violences inadmissibles"”[Le Monde]

12日月曜にサルコジ大統領が国内での反ユダヤ主義的な行為を「許されざる暴力」として非難したという記事です。「わが国に相応しくない、そして21世紀に相応しくないこうした振る舞いの直接、間接の犠牲者に対して心よりの連帯」を表明し、その場に集まった「フランスの偉大なる諸宗教の代表者達に感謝し、祝福した」とのことですが、ユダヤ教とイスラームの指導者がフランスの一体性の護持を訴えかけた模様です。そう、こういう時は単一にして不可分なる共和国の国体を確認しなくてはなりません。これは日曜に9発のカクテル・モロトフがユダヤ人共同体センターやシナゴーグに投じられ、十数件の人種主義的な落書きが発見されたのを受けてなされた声明です。

”Deux lycéens agressés par des militants extrémistes pro-Israël”[Le Monde]

こちらは反対にマグレブ系の2人の高校生が親イスラエル的な極端派から暴力を振るわれた事件に関する記事です。1月8日の木曜にリセの前でLDJ(ユダヤ防衛連盟)という米国でもイスラエルでも活動を禁じられている組織の闘士によってビラの受け取りを拒否したマグレブ系の高校生が暴力行為を受けたということですが、反人種主義団体はLDJの活動を禁止することを求めているようです。なお大統領が反ユダヤ主義的行為の批判のみをすることに不満を抱いている層が一定数いるようです。今回に限ったことではなくてアンチ・セミティスムには極度に敏感なのにイスラモフォビアには甘過ぎるという印象を持つ人がいる訳ですね。そしてそれは無根拠だとは言えないと個人的には思いますが、これ以上はコメントしにくい領域になります。私はかの国に愛着を抱いている者ですが、このあたりになると結局他者だよなという感じになります。余計なコミットをする気にあんまりなれない。まあアジア系はそういう意味では心理的に気楽なポジションだったりします。

”Les synagogues de Lille et de Mulhouse dégradées”[Le Monde]

こちらは14日付けの記事ですが、上述のセーヌ・サン・ドニのシナゴーグへの攻撃に続いて、リールとミュルハウスのシナゴーグの壁面に反ユダヤ主義的な落書きが発見されたという記事です。また投石もなされた模様です。以上、ル・モンドから関連記事を拾いましたが、ガザへの作戦開始以来50件以上の類似行為がなされたとユダヤ系団体が公表しているようです(件数はソースによって違いがあるようです)。昨年は年間で270件ほどのようですから激増と言っていいのでしょう。なお今のところ犯人は捕まっていないようです。確認されていない以上は余計なスペキュレーションはすべきでないでしょう。

それからいつもは良くも悪くもあらゆる問題に関して口を挟む知識人達が妙に静かに感じられるのは別に驚くべきことではないでしょう。空気読みというのはなにも極東の島国の知識人達の専売特許ではないのです。それと反比例するかのごとくネットで一般人(といっても一部ですが)が大騒ぎしている光景もそうですね。露骨なヘイトスピーチを避けるぐらいのマナーというのか狡猾というのかは多くが維持しているようですが、それでもけっこう陰惨なことになっていますね。重苦しい空気に支配されているようですが、それでも声を挙げている勇気ある(?)人々もいますので紹介しておきますかね。

”Gaza, une riposte excessive ?, par André Glucksmann”[Le Monde]

グリュックスマン氏のこの寄稿ですが、ガザへの攻撃は均衡を欠いている(disproportionnée)という批判に反批判しようとしています。ファタハがハマスを批判するなど当事者の間でこれまでの徹底主義(jusqu'au-boutisme)から離れるという進歩が見られるのに、均衡を欠いている、っていったいハマスとどう均衡させよというのかと。中東和平は徹底主義と天使主義を捨てない限りは実現しないだろうとパスカルを引用して論じています。イスラエル側から見ればたとえ「均衡のとれた反撃」だとしても両者の非対称性ゆえに国際世論からの批判を受けるといった道義的泥沼状況だろうと思いますし、部外者が勧善懲悪的に一方に加担をすることが事態を改善しないばかりか悪化させる場合が往々にしてあるというのはあらゆる紛争に通じる真理を含んでいるとは思いますが、グリュックスマンさん、それをあなたが言うのですかという批判はあるでしょうね。あれだけチェチェン問題にコミットしていたあなたが、と。いえ、なんでもかんでも一緒くたにするつもりはないですが、そういう批判はできるでしょうという話です。個人的にはサルコジ政権への心酔と落胆を繰り返す近年の躁鬱的な言動を眺めてきて私はもはやこの方のことは半ば哀れむような心情になっているのですけれどもね。

"Libérer les Palestiniens du Hamas"[Le Point]

こちらは盟友のBHLの「ハマスからパレスティナ人を解放せよ」という記事。ガザの子供らのイメージに私自身衝撃を受けたが、いくつかの事実を確認しておきたい。第一にどんな政府であろうとも自国の都市へのロケット弾の攻撃を容赦しないだろう。驚くべきは「イスラエルの残酷」ではなく自制である。第二にハマスのロケット弾による死傷者はそれほど多くなくとも、イスラエルでは悪夢のような生活を強いられている。第三に多くの犠牲者が出ているが、これは意図的な「虐殺」ではない。逆にハマスが自分達の人民を攻撃にさらしているのだ。古典的な「人間の盾」戦術だ。第四にパレスティナ側は都市を、民間人を標的にしているが、イスラエル側は軍事施設を標的にしている。第五にイスラエル軍は民間人が避難できるように標的を通告し続けている。第六に封鎖によって前例なき人道危機が生じているというのは正確ではない。地上戦が始まるまで人道援助物資は通過できたし、今これを執筆している時点でイスラエルの病院はパレスティナ人の負傷者の介護をしている。ともかく戦闘終結を望む。コメンテーター達はイスラエルの誤りをまた発見するのだろうが、パレスティナ人の最大の敵はハマスである。ハマスの暗い支配から解放されなくてはならないのはイスラエルだけでなくパレスティナ人達である。といった具合にイスラエルを擁護していますが、だいたい予想の範囲の発言です。こちらはグルジアの時のあの嘘リポートで正体見たりですので(まあそのずっと前から信用していないのですけれど)、いや「祖国」を思う気持ちはいいですけれど、もう世界の紛争地に駆けつけて人道について語っても説得力はないのではないですかねと言いたくなります。言わなくとも判ると思いますが、グリュックスマン氏もレヴィ氏もユダヤ系の哲学者です。

"Librér les Palestiniens des mensonges de Bernard-Henri Lévy"[Le Monde dipomatique]

上の二つの文章を受けたアラン・グレシュ氏のディプロの批判記事。「ベルナール・アンリ・レヴィの嘘からパレスティナ人を解放せよ」というタイトルです。まだ議論するには声が足りないが、グリュックスマンとBHLの記事は典型的だ。そう、あらゆる嘘、誤った信念の典型だ。イスラエルの政策が野蛮人に対して自己防衛するためのものだという信念だ。以下BHLの記事に逐条的に反論する。第一点。イスラエルの「自制」については両者の死者数を比較すればいい。停戦合意の後にも空爆をしていたのはイスラエルだ。また40年の長い「自制」をしているのもパレスティナ人だ。第二点。BHLはガザに行ったことがあるのか。何十年もパレスティナ人がどういう状況を生きているのかを知らないのか。ハマスの前から空爆はなされていたのだ。第三点。憎むべきはマイケル・ウォルツァ-的な意味での戦力の不均衡だ。またBHLはイスラエルのプロパガンダを真に受けているが、中立的な観察者はこれが嘘であることを知っている。それからガザは人口の密集する狭隘な地区であり、戦闘員と民間人と標的の区別はできない。第四点。ここには戦略的非対称性がある。また道徳的非対称性もある。これは人道に対する罪だ。第五点。通告したかどうかでなく避難ができない状態が問題なのだ。民間人が避難を禁じられた紛争なのだ。第六点。哲学者は抽象の天上から具体の地上へと降りて来れないようだが、人道援助物資を運ぶには現状ではまったく不十分なのだ。一日500台のトラックの通過が必要なのだが、封鎖後には23台だけだった。今はもっとひどい。最後に11月4日に停戦を破ったのはイスラエルであること、ガザへの通行に関する合意条項を尊重していないのもイスラエルであることを確認しておく。また平和条約の調印を拒んでいるのもイスラエルだ。アラファトにせアッバスにせよ合意への意志はあったのに時間を無駄にしたのはイスラエルが拒否したせいなのだ。またハマスは民主主義的に選出されたのだ。人々が誤った投票をしたのだからそれを変えよう、あるいはよき独裁を押し付けよう、文明化すべく占領しよう、これはアフガンに侵攻したソ連の論理であり、植民地主義の論理だ。以上、多くの具体的な情報を挙げてBHLを批判しています。批判としてはおおむね正当なものだと思いますが、それではどうすればいいのかの展望が見える訳ではないのがやりきれないところです。またイスラエル批判が正しくとも、それがハマスの正しさを証明する訳ではない。実際、あの戦術は正統化すべきではない。たとえ民意の支持があったとしても。

"La rue, la mosquée et la télévision"[Le Figaro]

哲学者のレデケル氏が先日の大規模なデモについて論評しています。まず、平和主義を装っているが連中は平和を願っているのではなくハマスの勝利を願っているのだと断定されております。これは冷戦時代の平和主義が反米、反帝で、ソ連批判をしなかったのと同じ左翼的偏向だということです。さらに「ホロコースト」「ジェノサイド」という文句やダビデの星と鍵十字まで見えるではないか!と。しかしこれは昔からの話だが、氏によれば新しい要素があったと言います。それはテレビとモスクの出会いだといいます。テレビは思考停止をもたらすイメージのメディアであり、感情的動員力をもつ。今回のデモの特徴はテレビのイメージに同一化した者達のイスラム色にあって68年に叫ばれた自由からはなんと遠いのだ、と。しかしこんなに「政治的に正しくない」記事がフィガロによく掲載されましたね。なおレデケル氏はかつてコーランを罵倒する記事を寄稿して通称「フィガロ事件」を引き起こした張本人です。まあなんと言いますか、「この正直者め!」というのは日本にもありますけれど、世論の一部はこれで溜飲が下がると、そういう論調ですね。

という訳でまだ本格的な論戦はないのですけれども、強い非難を含んだ事実報道が主体で後は社説でもコメンテーターでも停戦を求めつつともかくフランス国内への紛争の輸入を防がなくてはならないという内向きな論調になっています。イスラエル支持派には反イスラエル的に感じられ、パレスティナ支持派には親イスラエル的に感じられるという中途半端な報道ですね。そういう訳で両者がネット上でメディア批判をしています。思想的には寒々しい限りの光景ですけれども、今後それなりに力のこもった意見も出始めることを期待したいところです。言葉が出て来ないという感じなのは判りますけれどもね。なんの利害関係もない私ですらそうですから。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

サルコジのシリア訪問

先日のEU首脳会談では各国の利害の不一致にもかかわらずなんとか対ロシアで共通メッセージを発することができたわけですが、その後もサルコジは動き続けているようです。以前書いた地中海連合立ち上げの際に最も注目されたのはシリア大統領アル・アサドのパリ訪問、そしてシリア、レバノンの国交樹立であったことを記憶されている方もおられるでしょう。アメリカとは異なるフランス主導の中東安定化の動きとして注目されたのですが、その話の続きです。

外相クシュネルのレバノン訪問に続き、4日大統領サルコジがダマスクスを訪問し、トルコ首相、カタール首長も交えて4者会談を行いました。
シリア:和平プロセス「枠組み案」提示[毎日]
仏、シリアなどの4首脳会談 中東安定化へ新枠組み[産経]
産経は共同配信記事ですが、短信ですので全文引用します。

フランスとシリア、トルコ、カタールの4カ国首脳が4日、シリアの首都ダマスカスで会談した。議題は、シリアとイスラエルの間接和平交渉の促進に向けた方策や、停滞するパレスチナ和平交渉への対応、イランの核開発問題など。会談にはシリアのアサド大統領とフランスのサルコジ大統領、トルコのエルドアン首相、カタールのハマド首長が出席。トルコとカタールは最近、中東各国の対立や争いを解決に導くため仲介外交を活発化させており、フランス、シリアとともに新たな枠組みで中東安定化を目指す動きといえる。

この場でアサド大統領がイスラエルとの交渉の「枠組み案」を仲介役のトルコに手渡したとされます。シリアとイスラエルは今年5月からトルコを介して間接和平交渉を進めている最中なのですが(現在4回)、イスラエル側の「枠組み案」がトルコに手渡された後には、両国の直接交渉に移行するという段取りになっています。なお第5回目の間接和平交渉は諸事情により延期された模様です。またイランの核問題についてシリアが西洋とイランの仲介役を果たすよう要請した模様です。

"France's Fling with Syria"by Bruce Crumley[Time]
これはよくまとまった記事です。ブッシュ政権はシリアの孤立化を目指してきた。サルコジはシラクに比べてフランス外交をワシントンに接近させようとしている。ではなぜサルコジはダマスカスを訪問するのか。アメリカと同じゴールを目指しつつフランスの独自性を復活させる外交ゲームを演じるためだと言います。レバノン首相ハリリ暗殺事件以降シラクはシリア批判の急先鋒となったのですが、サルコジはシリアが国際社会復帰への意志を持っていると睨んで現在のアプローチに展開したとされます。確かに人権上問題は大きいが改善の兆しも見えると。この記事で重要なのはカタールについての言及だと思います。

Whereas Chirac had relied on Saudi Arabia as his primary Arab interlocutor, Sarkozy appears to have turned to Qatar as the key intermediary to re-establish contacts and prepare visits and exchanges between Paris and Damascus. Evidence of Qatar's mediating role is clear in the fact that the Gulf State will participate, along with Turkey, in a four-nation summit Thursday during the second day of Sarkozy's Syria visit.

シラクがサウジアラビアに依拠したのに対してサルコジはカタールに目を向けている。この四者会談にカタール首長が加わっているのが仲介者の役割の明瞭な証拠であるといいます。またイランとシリアを切り離し、西側寄りにすることを目指しているのでアメリカの戦略とも一致すると。さらに記事はグルジア紛争の際に国際的非難の中シリアがロシア支持を表明した点を指摘しています。ポーランド、チェコのミサイル防衛システムに対抗するロシアのミサイルシステムを設置することをシリアはロシアに提案し、ロシアは軍事演習と武器売却を約束したといいます。ただこの点についてはフランス側は西側の気を引くための演技だと見ているようです。以上、この記事はいかにアメリカの中東戦略とサルコジ外交が合致しているのかを強調しています。

一方でアメリカとの間でいざこざがあったことを報じる記事もありました。
"France elbows U.S. aside in Syria negotiations"by Zvi Bar'el[Haaretz]
イスラエルのハアレツの記事によれば、アメリカは会談への参加を説得されていたが、フランスがシリアへ「強行」することでアメリカの決定を当面キャンセルさせたといいます。国務次官補のウェルチがトルコでのシリア・イスラエル会談でのオブザーバー参加を予定していたが、ワシントンはフランスの後追いをするつもりはないとしてウェルチの参加が取りやめになったそうです。アメリカが不参加であるゆえにアサドはこのフランス・カタール・トルコの支援するイスラエルとの直接交渉でなんとかやるつもりだとしています。またこの首脳会談は米仏が通した国連決議1559を無にするものである。この決議は外国軍のレバノンからの撤退とヒズボラを含む民兵の解散を定めたもので、レバノンのハリリ首相暗殺の遠因にもなったとされるものですが、フランスとシリアの関係改善とともにこの決議の履行を推進する者はいなくなったと記事は締めくくられています。

このアネクドートは一見小さな外交的駆け引きの話にも思えますが、けっこう広い射程をもった話のような気がしています。再三述べていますが、やはりゴーリスムの伝統というのはなかなかに強固なものであってアメリカの戦略とより連携したとしてもこの国が独自外交を諦めるはずがないのです。ゴルドハマー氏はこの四者会談でのトルコとの接近に注意を促していますが、トルコの地政学的重要性はこのたびのグルジア紛争であらためて焦点が当たり始めているところですから、欧州連合加盟交渉で冷えきった仏土関係にも新しい展開があるのかもしれません。と考えると地中海連合という枠組みは思わぬ形でその有用性を発揮し始めることになりそうですね。企画倒れだという声もけっこう大きかったのですが、これは使えそうです。勿論資源の話も絡むわけですね。複数のゲームを同時に展開するというサルコジ外交の持ち味が出てきているように思えます。やはり手数は多い方がいいのですねえ。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

レバノン緊迫中(2)

ヒズボラによるベイルート西部の占領と撤退という事態を受けて引き続くレバノンの政治危機ですが、その後も各地で小規模な衝突が続いているようです。アラブ連盟が仲裁にはいったとか、アメリカがレバノン軍の強化の支援表明をしたとかいった動きも出ているようです。日本語ソースは例によって外信ばかりですが、高橋宗男氏が現地入りして記事を書かれています。敬意を表明して引用しますと、

レバノンの首都ベイルート東部の山岳地域で11日、イスラム教シーア派民兵組織ヒズボラなど親シリア勢力と、反シリアのイスラム教ドルーズ派の間で激しい衝突が起きた。ベイルートの衝突が小康状態になる一方、戦闘は他地域に飛び火している。ロイター通信によると、7日以降の死者は53人、負傷者は150人に上った。

新たな戦闘地域ではドルーズ派が多数を占め、キリスト教徒も居住している。ヒズボラ支持者の多いシーア派の村が二つあり、衝突は同派住民とドルーズ派住民の間で起こった。ドルーズ派の大半は反シリア派だが、少数の親シリア派のドルーズ派住民もシーア派側について戦闘に加わっている。

反シリア派の有力指導者で、ドルーズ派の領袖であるジュンブラット氏は地元テレビを通じ「平和と共生が最も重要だ」と述べ、支持者に武器を置くよう求めるとともに、同地域の支配権を軍に引き渡す考えを示した。

ドルーズ派はイスラム教徒の中で歴史的に異端視された経緯があるが、結束の強さと勇猛さで知られる。オスマントルコ時代以降、レバノン地域では人口比以上に強い発言力を有してきた。

というようにシーア派とドルーズ派の宗派間でも対立が高まっているようです。ドルーズ派(ドゥルーズ派とも表記)というのはシリア、レバノンを本拠とするイスラームの第三勢力とも言われる宗派です。シーア派の一派として生まれたものの、スーフィズムに加えてグノーシス主義や新プラトン派の影響を受けたとされ、歴史的に異端視されることが多かった宗派といいます。コーランを教典とみなさず、聖者崇敬に熱心で、さらに輪廻転生を信仰しているという話です。ハーキムというファーティマ朝のカリフを神格化し、世界終末の際にはこの人物の再臨によりドルーズ派信徒は救済されるということです。この派がこの地域の政治史に果たした役割は非常に大きいので(親英、親イスラエルのスタンスとされる)、スンナ派対シーア派という軸に加えて要チェック勢力です。日本語でも概説書がありますので興味をもった方はどうぞ。さらにレバノンにはキリスト教マロン派という興味深い勢力もいて本当にいやになるほど複雑です。

それで仏語圏では細かい勢力分析などもなされているのですが、日本語のブログの世界でそこまで必要とされているとも思えませんので、よく分からないけど、どうなってるわけ、という人向けにRue89の啓蒙的な記事がありましたので紹介します。「レバノン危機 ヒズボラの賭け」という記事です。以下要約です。2006年以来の「冷たい内戦」状況を概観した後に基本的な疑問に答える形で解説しています。

1. ヒズボラとは何か?
ヒズボラは「神の党」を意味する。これはレバノン南部にイスラエルが侵攻した際(ファタハとパレスチナ解放戦線を撃退するための「ガリラヤの平和」作戦)、1982年6月に設立されたレバノンのシーア派の軍事組織だ。ヒズボラはベカー平野に駐屯するイランの革命防衛隊の2000人のグループと近い。当初よりシリアやイランによって支持されている。ヒズボラの目的はイスラエルをレバノン南部から撃退すること(さらにヘブライ国家を消滅させること)、少なくともレバノンにイスラム国家を樹立することだ。

ヒズボラは政治運動に転じたが、社会事業にも参画している。アル・マナールというテレビ局をつくり、病院や学校を経営している。2005年選挙では議会で14議席(128席中)、政府では2人の大臣を獲得した。厳格なムスリム的な生活スタイルを誓っているが、レバノンをイスラム社会に変化させるようとする意思は放棄している。

常に民兵組織を保有し、国際的圧力に抵抗している。首相ラフィック・アリリ氏暗殺の後に2005年にシリアの同盟者によるレバノンの撤退の後もそうであった。

ヒズボラは2000年のレバノンからのイスラエル撤退、2004年のヘブライ国家によるレバノン人、パレスチナ人の囚人解放以来、アラブ世界で大いなる信頼を獲得した。2006年にイスラエル兵を捕虜にした際に、イスラエルはレバノンの極めて破滅的な戦争を開始したが、これが親ヒズボラ、反ヒズビラの内的緊張を煽ることになった。「神の党」の威信は反西洋的なアラブ人の間で増大した。

2. これはテロリストの運動なのか?
ヒズボラは民間人を対象にして何度も攻撃を加えたため、米国や他の西欧諸国ではテロリスト組織と考えられている。1985年にメンバーの3人がTWA機をハイジャックし、搭乗していたイギリス海軍の軍人を殺害した。ジャン・ポール・カウフマンのケースのように人質をとることにも躊躇しない。対イラン戦争でイラクへの武器引き渡しを減らすためにフランス政府に圧力をかけるために行ったケースだ。

1992年のアルゼンチンのイスラエル大使館への攻撃(29人死亡)、2年後のアルゼンチンのユダヤセンターへの攻撃(95人死亡)にも関与した疑惑がある。1996年のサウジアラビアでのアメリカの軍事施設への攻撃の犯人とされる(19人死亡)・・・

ブッシュ大統領は2002年1月の国連演説(「悪の枢軸」演説)でテロリスト集団としてヒズボラを明示的に言及した。ニコラ・サルコジも同様にヒズボラをテロリスト組織とみなしている。一方でヒズボラは欧州連合が作成したテロリスト組織のリストには掲載されていない。

3. 誰が指導しているのか?
Cheikh Mohammed Hussein Fadlallahは精神的指導者と考えられている。1992年以来、ヒズボラの民兵組織の司令官であったHassan Nasrallahが政治的リーダーだ。この人物はイランとイラクで神学を研究した。3番目に重要なのがImad Fayez Mugniyahであり、テロ活動の責任者と考えられていたが、ダマスカスで2008年2月19日に殺害された。ヒズボラはこの攻撃の背後にいるとしてイスラエルを非難した。

4. アマル、ヒズボラ、違いはどこ?
アマル(「希望」)はもうひとつのレバノンのシーア派の政党で1975年に創設された。ヒズボラの同盟者だ。しかしこの党はヒズボラのように宗教指導者によって支配されていないし、1991年には公的に武装解除した。実際には民兵組織を保有しているが、ヒズボラほど強力ではない。

アマルはイランとその議員達との強いつながりをもつ。1982年にアマルのラディカルな一派はその歴史的なリーダーのNabih Berri(現在議会の委員長)と断絶し、1983年にヒズボラに参加した。これが「イスラム主義的アマル」であり、今日ヒズボラのセクトのひとつを形成している。

議会での同盟者であるアマルとヒズボラは常に素晴らしき関係を保っているわけではない。1987年、1988年のように軍事的に対立すらしたこともある。

5. なぜレバノン軍はヒズボラに介入しなかったのか?
行政権力同様に、これは多宗派で構成される軍であり、この衝突では中立を保つことを決定した。そのトップのMichel Souleimaneはマロン派のキリスト教徒だが、幕僚長のShawki Al Masriはドルーズ派、公安のトップのWafig Jizziniはシーア派、治安部隊のトップのAchraf Rifiはスンナ派といった具合だ。4日間の暴力の間、軍は調停勢力の立場を堅持し、新聞社や党本部を保護した。他方で政府によって免職された空港保安官をポストにとどめることを決定した。

土曜日にはベイルートの市街地から撤退するようヒズボラを説得するのに成功した。国民の間で威信と中立的なイメージを増大させると考えられる。これは大統領の任命を待っている軍のリーダーのMichel Souleimaneにとってメリットととなる。

6. シリアとイランの賭けはなにか?
シリアは常にレバノンと同盟者ヒズボラを地域における利害─とりわけ対イスラエルの─を守るために利用してきた。この国への影響力を回復するために現在の緊張を利用し得るだろう。

イランの役割はもっと議論されている。何人かのコメンテイターによれば、イランとヒズボラは真の意図─レバノンにイスラム共和国を樹立する─を表明したのだ。しかしイランが現在の状況に満足しているというのがもっとありそうな話だ。イランにとってヒズボラはなによりもイスラエルと西洋に対する圧力の道具だ。もしテヘランを困らせるようなことがあれば、このレバノンの道具を壊滅できるだろう。

ジャン・ピエール・ペランなどはより手の込んだ仮説を示している。イランとヒズボラはイスラエルとゴラン高原の返還を密かに交渉しているシリアに裏切られることを恐れているというのだ。かくしてこの軍事行動はシリアとの戦略的同盟をテストする目的をもつものであったことになる。
(了)

といった具合です。こうした不安定な治安情勢の国はどこでもそうですが、注目すべきはレバノン軍なのだと言っていいのでしょう。アメリカがレバノン軍の増強を表明しているのはその意味で正しいのでしょうが、反米感情を刺激しないように欧州やこの地域の同盟国を立ててうまくやらないといけないのでしょう。軍が近代的かつ中立的な勢力として成長すること、国民の間で威信を保てるかどうかが鍵だと思います。民兵組織の武装解除が次の段階ということになるのでしょうが、そんなにうまくいくのかいと言われれば、うぐっとなります。これだけ宗派が混然としているところでいったいなにを国家統合の核にしたらいいのでしょうねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

レバノン緊迫中(1)

アブハジアと並んでレバノンが国際政治上の焦点になってきているようです。与党勢力と野党勢力の間の戦闘によって緊迫している状態です。レバノンも我が国にはあまりなじみのない国ではありますが、この地域の中では非常に重要な国ですのである程度は知っていたほうがいい国だと思います。フランスとの結びつきが強く、移民も多いこともあってこのニュースは現在フランス・メディアを賑わせています。レバノンはこの地域の中では比較的西側寄りで世俗的なスタンスの国だったわけですが、内戦の憂き目に遭い、政治的宗教勢力の巻き返しで非常に不安定な状況になっています。

レバノンの政治勢力ですが、スンナ派の「未来運動」、キリスト教徒の「ファランヘ」、「レバノン軍団」、ドルーズ派の「進歩社会党」などが多数派の与党を構成しています。一方、これに対立するのがシーア派の「ヒズボラ」と「アマル」、キリスト教徒の「自由愛国運動」、「エル・マラダ」、ドルーズ派の「民主党」などであります。政党が非常に多数あるのですが、宗派の影響力の方が強いようです。キリスト教徒(30%も占める)だからといってすべてが親西欧勢力とも限らないのが興味深いところですが、宗派によって地域がモザイク状態になっています。また各政治勢力がそれぞれ民兵組織を持っていますので、「近代的」な意味での治安秩序は確立していません。政治的宗教的に分散して互いに武装して火花を散らすという状態です。政権は親西欧、反シリアのスタンスをとり、野党側が親シリア(反イスラエル)のスタンスをとるというように外交政策をめぐって分裂している状況です。それで問題になっているのが、イランとのつながりが強いとされるシーア派のヒズボラです。イスラエルやアメリカがテロリストとして敵視していることはご存知でしょう。ちなみにフランスはシラク時代は反ヒズボラでしたが、サルコジはこれも交渉相手とみなすという柔軟なスタンスに切り替えています。

H_4_liban2

日本語ソースでは例の如くAFPニュースが充実しています。「レバノン首都、与野党支持者の衝突で空港閉鎖」「レバノン野党勢力、撤退開始」「レバノン北部、首都で与野党支持者が戦闘、16人死亡」あたりで状況はだいたいつかめると思います。事実としては7日以降首都ベイルートで市街戦が展開され、ヒズボラが西部を一時的に軍事的に制圧下に置くという事態となったが、軍の決定を受けて撤退を開始する一方、11日には戦闘が北部のトリポリ周辺でも展開されたという流れです。この戦闘での死者数は少なくとも38人で内戦以来最大規模となったといいます。

記事にもありますが、この戦闘の直接の引き金となったのは政府が空港保安責任者を配置換えし、ヒズボラの通信網を捜査すると発表したことにあったとされます。軍は声明でこの責任者─ヒズボラに近い人物─を留任するとし、通信網については政府による捜査を延期し軍が独自に調査を行うと発表したといい、これを受けて首都からの撤退を開始したということです。この地域になじみのない人にも判りやすいのでEconomistの記事を紹介しておきます。フランス語圏の方がつっこんだ分析が多いのでいずれ紹介したいと思います。

「真実の瞬間」(Economist)
レバノンの悪魔的に複雑な政治が2006年7月のイスラエルとの戦争の後に2つの激しく反目する党派に分極化して以来、1975年から1990年までの間レバノンの内戦を支配した種類のカオスへと傾斜するのではないかとオブザーバー達は予測してきた。しかし言葉上の中傷合戦や国家をまとめる弱体な憲法メカニズムの衰退、さらに2、3の暗殺と時折の銃撃を別にすれば、それほど大きなことは起きなかった。しかし、突然、事態は劇的にエスカレートした。

対決は先週切って落とされた。西側が支援する議会多数派とその内閣─5月14日運動として知られる─が、強力なシーア派の民兵組織をもった政党のヒズボラ─シリアとイランの支援を受けた非常に幅の広い野党の中の主要な勢力─によってレッド・ラインとされたものを越えたとされた時に。首都ベイルートの南部の郊外の拠点とシーア派が多数のこの国の南部、東部を結ぶためのヒズボラの洗練された通信網を違法であると宣言したのであった。

野党は強硬に応答した。水曜の労働組合によるストライキは急速に首都のスンナ派とシーア派の地区を分けるラインに沿った衝突に転じた。シーア派の民兵組織は東部のバリケードとともに空港へのアクセスを含むベイルートの幹線道路をブロックした。スンナ派はベイルートとシリア、南部を結ぶ主要道路をブロックすることでこれに応じた。

木曜遅くにヒズボラのカリスマ的なリーダーのHassan Nasrallahがイスラエルとの戦いを成功裡に進めている「レジスタンス」に敵対する戦争行為として政府の動きを非難して賭け金をあげた。「通信網はレジスタンスの武器の主要な部分だ」と彼は宣言した。「我々はレジスタンスの武器を標的とする手を切ることになるのだと私は言った・・・今日がこの決定をなす日だ。」

彼の言葉は分派主義─イランとシリアを主要な陰謀者と見る者達に対してこの地域を支配せんとする西側の企ての餌食としてレバノンを見る者達を対抗させる─を超えた深刻な政治的分裂をハイライトするものだ。こうしたラインに沿って出来事のナラティヴ─イスラエルとの2006年の戦争の責任者は誰かといったような─は分岐するが、レバノン人はほとんど同じように両者のサイドに分裂する。

金曜までにシーア派のガンマンは相対的に豊かでスンナ派が支配する西ベイルートへと進撃した。5月14日に同盟する武装、組織化の不十分な民兵組織によるレジスタンスはすぐさま姿を消した。マシンガン、スナイパーライフル、ロケット推進グルネードで行われた戦闘で少なくとも11人が死亡したが。相対的に非分離主義的な稀少な国家組織のひとつであるレバノンの国軍は、分離主義的な小競り合いに引き込まれるのを警戒して、市街戦からは身を遠ざけていた。卓越した勢力であることを誇示したヒズボラがスンナ派地区の挑発的な占領を維持することを控えるサインの中、軍は5月14日の政治家や関連する組織を保護すべく交渉を行った。

この数日間の紛争はヒズボラとその同盟者─もう一つのシーア派政党のアマル、元軍司令官のMichel Aounの支持者のキリスト教徒、シリアに忠誠を誓う諸党を含む─をより強いポジションに置いたように見える。2006年11月以来彼らは政府を非合法であると宣言し、内閣のシート、新選挙法、レバノンの民兵組織の非武装化を求める国連安保理決議からの「レジスタンス」の除去を要求している。5月14日運動は自らを議会多数派であるとし、イランとの共謀でヒズボラを非難し、アメリカとその同盟国からの支援を信頼してその地歩を築いてきた。昨年の11月以来、2つの党派間の言い争いは軍司令官のMichel Suleiman将軍の大統領職の適格性をめぐる合意にもかかわらず新大統領の議会による選挙を妨げてきた。

ヒズボラに対する5月14日の最近の挑戦は部分的にヒズボラとAoun主義者のキリスト教徒─権力から排除されたことに憤っているが、シーア党の武装や反西洋的なレトリックに特に熱心というわけではない─の間の2年にわたる同盟関係に楔を入れる試みであったようだ。この戦略はうまくいかなかった。多くのキリスト教徒の離反にもかかわらずこの同盟関係は維持され、ヒズボラに対してより広い分離主義的なカバーをかぶせることになった。この権力のシフトは政府を破壊しなかったが、野党の選好への一層の妥協を求める圧力を非常に高めることになった。憲法ルールの最後のイチジクの葉が吹き飛んでしまう前に。
(了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)