"Impairing the European Union, Gibe by Gibe"[NYT]
欧州の内輪もめについてのNYTの記事。記事はフランス対チェコの図式を中心に描いています。「高校生の喧嘩」と評しています(笑 理念的な対立に加えて名誉感情上のぶつかり合いもあるようです。チェコはプライドの高い国として有名だったりしますからねえ。大国と小国、自由主義的経済と国家主義的経済、ユーロ圏と非ユーロ圏、西欧と中欧といった具合に複数の分割線が走っているが、経済危機がこれを悪化させている、保護主義と国家主義の声が強くなり、グローバル・プレイヤーとしての欧州というのも冗談みたいだと。フランスとチェコの最近の確執としてガザ侵攻の和平案をめぐる交渉でのサルコジ氏の独走の話や自動車産業への救済案を提出した際のチェコみたいな国から雇用を取り戻すのだ発言が挙げられています。また財政規律をめぐってフランスやイタリアとドイツやチェコが対立している点も書かれています。チェコの外相の発言が関心を惹きます。
“In a time of economic crisis, we see atavistic instincts emerging,” said the Czech foreign minister, Karel Schwarzenberg, describing the way that individual nations are responding to popular distress by patriotic and protectionist measures and statements and by playing down the unity of Europe.”
“I’m most afraid of the slogans of the 1930s” about the primacy of the nation, he said. “With these problems, people forget about European thinking, and it’s understandable but it’s damaging, very damaging to ignore Europe in a crisis, especially as the crisis grows.”
1930年代みたいに危機に直面した各国が愛国主義と保護主義に訴えて欧州の一致を犠牲にしていると。「隔世遺伝的な本能atavistic instincts」というのは面白い表現です。またフランスみたいに欧州の中央集権化を求める国が愛国主義に走るのは奇妙だとも語っています。記事はチェコの欧州担当大臣の発言を引用して小国の感情にも触れています。
France, Germany and Britain still dominate the European Union and want to continue to do so, said Alexandr Vondra, the Czech deputy prime minister for European affairs. “Occasionally they consult others,” he said, “but of course the people of small countries know this, and that’s why there is hesitation about the Lisbon Treaty,” which would create a permanent European president and foreign minister, and which the Irish have rejected and the Czechs have not yet ratified. “People fear more of this power management.”
優越的な地位を維持しようとする英仏独への反感がリスボン条約への躊躇の理由であると。まあ感情的には判るような気がしますが、こうやってぐずぐずしている場合ではないと思うのですけれどもね。フランスの欧州主義と愛国主義の矛盾は確かにその通りですが、この種の論理矛盾を意志と実用主義で乗り越えるのが政治家というものではないかとも思うのですね。必ずしもサルコ・ファンという訳でもないですし、保護主義は困ると本気で思うのですが、とりあえず提案と挑発を続けるよう期待しているところもあります。
"Japan's Decision for War in 1941: Some Enduring Lessons" by Dr. Jeffrey Record
地政学の奥山さんが紹介していた記事ですが、こうした認識が出てくるのはイラク戦への反省が背景にあるようです。論者のことはなにも知りませんが、戦略論の世界の人なんでしょう、道徳的、イデオロギー問題関心があまり前面に出て来ないためある種の清々しさを覚えます。正義や道義に関心のある人には物足りないかもしれません。要は日米戦争はどちらもやる気がなかったのに双方の判断ミスによって生じたという考えですね。歴史的観点から言って特に目新しい知見があるという訳ではありませんが、アメリカからこういう議論も出てくる時代なんだというある種の感慨はあります。それは必ずしも弱さではなく経験からのフィードバックが効きやすいアメリカという国の強さの証だとも思います。各論部分の分析は紹介し切れないのでパスして、6つの教訓の部分だけメモします。
(1)fear and honor, "rational" or not, can motivate as much as interest.
リアリストは利益計算による権力闘争として国際政治を説明するが、恐怖、イデオロギー、プライドといった要素を無視している。ツキディデスの言う「恐怖、名誉、利害」の前二者だ。石油禁輸措置の断行と代替的選択肢の不在が太平洋戦争を「不可避」にした。恐怖に怯える国家指導者は無軌道に行動する。911テロの後のブッシュ政権のように。名誉は日本の例だけでなく、英国のダンケルク後の開戦決定、フランスのインドシナとアルジェリア、南北戦争時の南軍の例もある。持たざる者はリソースを超えた行動をする。ヴェトナムのように。
(2)there is no substitute for knowledge of a potential adversary's history and culture
互いの文化に無知であったことは開戦にとって重要な要素であった。グルー駐日大使のような例外を別すれば日本については知っている者は米国にいなかった。日本には山本五十六のような知米派が存在したが、多くの指導者、とりわけ陸軍指導者は米国について無知であった。人種的偏見も両国に存在した。日系人を含めて人種差別の歴史を持つ米国では黄色い小さな人々に過ぎなかったし、人種的卓越性を信じる日本人は米国人は長期戦を戦うには物質主義的かつ個人主義に過ぎると考えた。日本はパールハーバーが米国世論に与える影響を理解していなかった。文化への無知は米国の外交政策を蝕み続けている。ヴェトナムとイラクへの無知は日本同様だった。ここで米国の自己過信が他の文化の尊重を妨げているというコリン・グレー氏の言葉を引用しています。
(3)deterrence lies in the mind of deterree, not the deterror
日本の南進に対してローズヴェルトはハワイへの艦隊の派遣、度重なる経済制裁、フィリピンでの軍備増強によって抑止しようとした。米国への勝利はあり得なかったためにこれが抑止になると考えられたのだ。東京が恥ずべき平和よりも負け戦を望んだことを知った時には遅すぎた。石油禁輸は日本には耐えられなかったのであり、従属よりも戦争を選択した。彼らは抑止されたのではなく挑発されたのだ。米国の軍事的卓越が戦争を急がせた。ミリタリーバランスが後戻り不能なまでに不利にシフトする前にできるだけ早く開戦しなければならなかったのだ。
(4)strategy must always inform and guide operations
日本には中国および東南アジアにおいて目標を達成する一貫した戦略がなかった。この戦略の不在は部分的に東アジアにおける野心と軍事的リソースの間のギャップに帰せられるし、また部分的には日本軍の戦争の戦術レベルへのフォーカスに帰せられる。日本は対米戦の戦略を持っていなかったし、いかに戦争を終結するのかの絵柄も描けなかった。初期の戦術的勝利が究極的な戦略的成功をもたらすということを信じていた、あるいは希望していただけだった。2003年のイラク侵攻、とりわけその戦後の計画の不在や兵力とイラク再建のミスマッチを想起させる。いかに古い体制を解体するかの軍事作戦しか考えておらず、後はイラク人は解放を喜ぶだろうといった希望的観測があったばかりだ。
(5)economic sanctioning can be tantamount to an act of war
1941年の石油禁輸は破滅的なものであり開戦を決定づけた。経済制裁が及ぼすダメージは国際貿易に依存する日本のような国にとっては軍事攻撃に匹敵し得る。戦争の代替策としての経済制裁という一般の見方は再検討が必要だ。
(6)the presumption of moral or spiritual superiority can fatally discount the consequences of an enemy's material superiority
卓越した意思が火力や技術で優位の米国を打ち負かすという考えは日本に限った話ではない。毛沢東は人民解放軍の士気が米国を朝鮮から追放すると信じたし、フセインやビン・ラディンはヴェトナム敗戦やレバノンの屈辱を見ていた。より強い敵に直面すると人種や戦略や戦術の卓越性への信仰が強いられることになる。非正規戦のみが強い敵に勝てるチャンスを与えるが、通常は正規戦を戦える能力を得る前に失敗に終わる。毛沢東は非正規戦を正規戦への移行と捉え、正規軍の卓越性を評価した。ヴェトナム共産軍がフランスに勝利したのは正規戦だった。
(7)"inevitable" war easily becomes a self-fulfilling prophecy
戦争は少なくとも一方がそう信じれば不可避のものとなる。日本は東南アジアの欧州の植民地のみを攻撃することで米国との戦争を回避できたが、そのチャンスをつぶした。パールハーバーとフィリピンへの攻撃がなければ、ローズヴェルトがアメリカの選挙民を戦争に賛成させるのは極めて困難、おそらく不可能であったろう。しかし1941年の夏の終わりには日本の指導者のほとんどが米国との戦争は不可避だと考えた。そして最も有利な戦術的な環境下でこれを開始すべく動き出すにつれてそれは不可避となった。不可避であるという仮定が先制攻撃を促し、これを命じすらする。予防戦争というものは不可避性と不利な戦略トレンドという仮定に基づく。ブッシュ政権はフセインとの戦争が不可避であり、核兵器を取得する前に開戦しなければならないと論じた。日本は抑止可能だと誤って考えたローズヴェルトと異なり、ブッシュは核を保有したフセインは抑止不能だと主張した。本当にそう考えていたのかどうかの証拠はないが、明白なのはこの予防戦争のコストが利益に比べて巨大であったことだ。この経験は対イラン戦略に生かされねばならない。
南部仏印進駐が決定的だった点については誰もが認めるところでしょうけれども、ローズヴェルトが日本の南進を経済制裁で抑止できると考えたのは誤りだった、むしろ戦争の引き金を引いてしまったという考えですね。勿論日本を戦争に引き込んだ式の謀略論はとっていません。もっとも論者が述べるようにそのまま南進したとしてもパールハーバーがなければ米国の介入がなかった可能性が高い訳ですから対米戦は「不可避」ではなかったということになるでしょうし、また経済制裁をくらっても実際にはいくらでも抜け道はあったでしょうからやはり「不可避」ではなかったということになるのでしょうね。あの思いつめ方はやはり「恐怖」と「名誉」の要素を無視しては理解不能ということになるのでしょう。
ひとつの論文にすべての論点を網羅することを期待する訳ではないですが、なにか言うとすれば、日本の意思決定プロセスでトップの部分のみに注目していて、海軍内部の派閥抗争や陸軍と陸軍との敵対関係やメディアに煽られて強硬になった世論の要素の分析が薄いところでしょうか。特に世論の動きはアメリカの方はあまり信じたくないかもしれませんが、民主主義国だった訳ですから重要でしょう。それから海洋での戦争の理解はともかく大陸の戦争の理解は怪しい感じがしました。こちらは道義性の問題が前面に出てしまってなかなか正確な像が描けていないのですから現状では仕方がない面があるのかもしれませんが、多分こちらのほうが中東政策にとっては教訓に満ちているように思いますがね。最後に二番目の教訓での主張に反して日本の文化と歴史の理解の届いていない部分があろうかとも思いました。実際にそういう戦時プロパガンダがあったのは事実ですから誤解されるのも無理からぬところがあると思うのですが、違和感のある部分がありましたね。前後から見てdetourと考えているようなので本質主義的な理解をしている訳ではないのでしょうけれども。まあ日本の論者のうちの理性的な部分とは対話可能な人ではないでしょうかね、といった感想を持ちました。